「うおお! 弁当、すっごい弁当! カナタちゃんは俺の救世主だ!」
「すみませんね。こいつ、いっつもうるさくて。ありがたく頂戴します」
「アタシも喜んでもらえて嬉しいよ」
大げさに感動しながら弁当を掲げて帰っていくヨシとザワちんに手を振りつつ、カナタはフミオにバイクで運ばせた包みの中から、最後まで残っていた弁当を一つ取り出して席を立った。
「うまいか?」
「ン」
隣で特製卵焼き弁当を口いっぱいに頬張っていたレイジが、不器用なサムズアップで応えてくる。カナタは「そうか」と笑って、彼の手をやさしく取って、なかなか直らない握り箸を矯正してやる。
「じゃ、明日はもっとうまい卵焼きを食わせてやるな」
学校でこんな商売してたら普通はすぐに止められそうなもんだが、幸い担任はキリエだ。
教師としてどうかはともかく、生活力に大きな問題を抱えてる彼女も、今やカナタから弁当を買っている立場。しっかり弱みを握らせてもらっている形である。
それはともかく、弁当の売り上げは想像をはるかに超える好調ぶりだった。
きっかけは本当に些細なことだ。
ヨシが「学食の化石パンはもういやだ、高い、まずい、死ぬ」と愚痴っていたのを聞いたカナタが、「同じ値段でもっとマシな弁当作ってやろうか?」と持ちかけたのが始まりだった。
いつも魂が抜けたような顔で化石パンをかじっていたヨシが、ある日を境に立派な二段弁当を持ってくるようになった。
から揚げ、ハンバーグ、タコさんウインナーまで詰まったボリューム満点の弁当を、彼はうれしそうにみんなに見せびらかす。
それをきっかけに、ビジネスはあれよあれよという間に加速度的に広がっていった。
「カナちゃん、お弁当ありがとうねえ!」
「ウン」
「明日も楽しみにしてるな」
「おう」
おかげでカナタは、あっという間に曲者だらけの2-Aに溶け込んでいった。
「値下げ、してみっかな……」
愛用のがまぐちを覗き込んで、カナタが呟いた。
カナタは料理をするのが好きだ。記憶を失う前の自分が、どんな暮らしをしていたのかは分からない。けれど、台所に立つと、我ながら驚くほど手際がいい。
数十人分の弁当を用意しながら、2-Aの生徒たちとしばらく過ごして分かったことがある。
このクラスの生徒たちはみんな問題を抱えている。ヨシはヘラヘラしているが、おそらく、今設定している弁当代ですら払えないほどキツそうだ。
ヨシとよく一緒にいるザワちんは、強がって見せるが病弱で、よく学校を早引けしている。悪いと思いつつ、彼が出席日数についてキリエと相談しているのを耳にしたことがあった。
レイジについては言うまでもない。
そんな生徒ばかりがこのクラスに吹き溜まっている。今ちょうど、カナタが差し出したピンク色の弁当箱をじとりと睨んでいる人物も、その例に漏れない。
「私のこと、かわいそうなヤツって思ってるんでしょ」
机に広げた参考書の上にペンを投げ出して、ルリコが吐き捨てた。
「腹減ってんだろ。カネは取らねえから」
「いらない」
「いるだろ」
「勝手に決めんな口出しすんな。そんなんレイジにでも食わせときなさい」
あくまでルリコはかたくなだ。
「で、昼メシはどうすんの? またガムかよ?」
「うるさいわね」
結局最後まで拒否の姿勢を貫いたまま、ルリコは席を立った。
いつしかクラス全員から注目されていた彼女は「ちっ」と舌打ちを漏らして廊下に出ると、ピシャリと戸を閉めてしまった。
「ヤバ。もう嫌われちまったかな」
みんなの視線が集中する先で、ばつが悪そうにカナタが頬をかいた。
レイジはその横をすり抜けざまに弁当箱を手に取って廊下に出る。ルリコと少しでも付き合えばイヤでも分かることだが、お世辞にもフレンドリーなタイプとは呼べない。だが、彼女が他人にここまで強く当たるのは、初めてだった。
「ルリコ。少しいいか」
おまけに相手がカナタとなれば、どうしても気になった。
「アンタいつからそんなに世話焼きになったの」
移動教室の生徒でごったがえす廊下の中で、ルリコはダルそうに壁にもたれて立っていた。レイジが追ってくるのはお見通しだったようだ。
「カナタにもう少し頭使うように言っときなさい」
レイジは言葉の意味をすぐには理解できず、眉をひそめる。
「……それ、どういう意味だ?」
「そのまんまよ」
あまりに鋭い視線を浴びせられたレイジは一瞬だけひるみそうになったが、負けてばかりではいられない。
「カナタが嫌いなのか」
「そう見えるなら、それでかまわない」
ルリコはすでに背中を向け、生徒会室の方に歩き始めていた。
「仲間内の雰囲気悪くしたくないから、友達ゴッコには付き合ってあげる。ただ、皆の前で私にいろいろ情けをかけようとするのはやめろって言ってんの」
「待て。ハナシは終わってない」
大柄な体で生徒たちをどかしながらついてくるレイジのことを視界の端で捕らえて、ルリコの口から二度目の舌打ちが放たれる。
無関係の生徒がギョッとして遠巻きにするほどの苛立ちを全身から発散する彼女だったが、回り込んできたレイジが立ちふさがると、さすがに足を止める。
「何」
爆発間近の押し殺した怒りと共に、ルリコが短く聞いた。
「弁当。せっかくカナタが作った。ルリコのためにだ。これだけでも食べてやってくれないか」
「ハ。みんなが見てる前で、そんなんもんを受け取れっての?」
ルリコは小さな弁当箱を一瞥したが、すぐ目を逸らした。
「いるもんですか。それと──アンタいいかげん、上に何か着たら」
シャツを破ってからこの瞬間までずっと上裸でいたレイジの肌をルリコが打つと、乾いた音が響き渡った。乱暴にレイジを押しのけて歩いていく彼女は、もう振り返ったりはしない。
六月はもうすぐ終わる。グラウンドから廊下に吹き込む風は温かいはずなのに、レイジはどうしようもない冷ややかさを肌と頭で感じていた。