物語は、主人公ジャックと妹のローズ、そして型落ち馬型オートマトンの相棒、トリガーの三人が砂の惑星を旅するロードムービーパートで幕を開ける。
そもそもなぜ、そのような辺境から話が始まるのかというと──宇宙を股にかけて賞金首を追いかける三人が、あるとき銀河の片隅にある宇宙酒場ステーションにて、麻薬王マルデロの手配書を何気なく手に取ったことがきっかけだった。
高名なギャラクシー
砂の惑星で最も荒廃した土地に降り立った彼らは、飢えと乾きに苦しみながら、この星のどこかにいるという麻薬王マルデロを探して彷徨い始めるのだった──
……ちなみに、ここまでのあらすじはパンフレットにのみ記載されている。念のため言っておくが、これらが本編で描かれることは、一切ない。
□
砂。
砂漠。
風。
熱風。
空。
ひたすらに青空。
水。
──なし。
不毛の世界。砂漠の蜃気楼の中に三つの人影が現れる。
砂丘を踏み崩して進む彼らの歩みにオーバーラップする形で、ネオイグアナ──デススカラベ──レイザーコンドルなど、この砂漠に潜む生物たちの姿が映し出される。
やがて、先頭を歩く、裸に革ベストの男の姿が大写しになる。百キロ先の獲物を睨んでいるような険しい目つき、赤ら顔、そして、油でも塗ったのかと思わせるほどの汗が、マッチョイズムを体現するような肉体の上でギトギトと輝いている。
時折撮影クルーの影を映りこませながら、彼らは砂漠を歩いていく。
やがて、ジャックの妹、ローズがその場にへたり込んだ。無理もない。もう、二日も熱砂の中を歩きどおしだ。
持ち込んだ水も食料も、底をついた。何か、何かないか、何か────
ローズ
『何あれ……サボテン?』
ローズが目を細めた。
ジャックとトリガーが目を凝らすと、確かに砂漠のど真ん中に一本、大きなサボテンが生えているではないか。
しかしグネグネと動くサボテンなど、宇宙広しといっても誰も見たことがない。三人は顔を一度見合わせて、ゆっくり近づいていく。
ジャック
『あれはいったい────新種の生物か?』
トリガー
『きっと荒野の妖精ス。道を教えてもらえるかもしれないス!』
ジャックの忠実な相棒、馬型オートマトンのトリガーは、彼を乗せることもなく、人影目指して一直線に駆けて行った。
サボテン男
(無言で、急に宇宙テコンドーの演舞をしている。なぜかディスコミュージックが流れ始める)
そこにいたのはサボテンの着ぐるみを着た、東南アジア系の男だった。
ジャック
『え、なんだこれ? なにが始まった?』
トリガー
『この星のスタイルの挨拶に違いないでス! 我々もやるッスよ!』
ジャック
『お……おう!』
トリガーが何の脈絡もなく後ろ足で立ち上がると、股関節のあたりからタイツを着た中の人の足が見えていろいろ台無しである。
彼に付き合って、嫌々演舞を始めたジャックだったが、次第に音楽と慣れ親しんだ宇宙テコンドーの動きにノってくる。
音楽は次第に激しさを増し、なぜか砂漠のド真ん中にも関わらずミラーボールと、スポットライトとDJブースが現れる。
ローズ
『何でそんなノリノリなの! それってただのサボテンの着ぐるみ! 荒野の神秘とか挨拶じゃなくて、ただ頭がおかしい人でしょ!』
この場で唯一常識の世界に取り残されたローズの叫びにあわせて流砂が割れる。キメの細かい砂を振り落としながらダンスフロアがせり上がってくる。
いつの間にか、ハイレグ姿のバックダンサーたちがフロアに現れていた。
ローズが呆然と見つめる前で三人がフロアに飛び乗ると、そこから始まるのはダンス──ではない。キレのある宇宙テコンドーの演舞だ。
イタロ・ディスコに合わせてジャックのキレのある蹴りがスイカを粉砕した瞬間、バックのサボテン男が意味もなく角材を掲げて襲いかかり、それをジャックが素手で叩き折る。
ジャック
『俺は強い』
~アオリのアングルから、太陽をバックにしたジャックをグルリと回る無意味なカット~
彼のギトギトした肌の上で、砂漠の日差しとスイカの種が踊る。
トリガー
『このスイカ、俺の過去の匂いがしまス……たぶん、消えてたメモリーっス』
バックダンサーたちとトリガーもノリにノリまくって応援している。
そして、音楽の盛り上がりとともに演舞は最高潮へ。
ローズ
『おァーッ!?』
ダンスのフィニッシュと同時に、後方で大爆発。
事前に役者が段取りを知らされていなかったのか、かなり本気の演技で悲鳴を上げるローズ。それを無視して、やりきった表情で肩で息をしながら視線を交し合う三人。
サボテン男
『行き先を知らぬ怒りは、必ず災いとなるだろう』
サボテン男を演じるのは子供と間違うほど背の低い東南アジア系の役者だったが、かなり渋めの声優に吹き替えられていた。
ローズ
『なんなのこの人』
薄汚いサボテン男は、近くのズタ袋から一本の缶入り飲料水を差し出す。錆の浮いた缶に張られた赤いラベルには意地悪そうなチョビ髭男が印刷されていた。
トリガー
『ほーら飲み物をくれたじゃないでスか! やっぱりいい人スよ!』
ビカビカと電飾を光らせるトリガーを無視してジャックが水を飲む。それはタバスコ入り炭酸水だったので、直後、彼はショットガンのように中身を噴き出した。
ローズ
『言わんこっちゃない!』
その後、サボテン男はキレのいい演舞を続けながら、ハイレグダンサーズを引き連れて荒野の向こうへ消えていく。彼が遠ざかるに従ってディスコミュージックもフェードアウトしていき、やがて、三人は不思議な静寂の中で立ち尽くす。
ローズ
『もう限界……』
しばらくすると、地獄のような暑さを思い出したようにローズがガックリと崩れ落ち、それをジャックが抱え上げる。
トリガー
『踊っている時、あっちに町が見えたス。何か、飲めるものが見つかるかもしれないっスよ』
ローズ
『二人とも、さっきスイカ割ってなかった……?』
ジャック
『急ごう。俺たちがこうしている間にも、マルデロの売ったクスリで苦しむ人が増えているんだ』
ローズ
『ねえ、さっきスイカ……』
クチビルをタラコのように腫らしたジャックが空を見上げたところで、時間が移り変わる。月を浮かべた紫色の夜空がフェードインし、舞台は惑星を支配する麻薬王マルデロの宮殿へと……
□
「ハハハ……なんだこれ」
フェルト地のサボテンと棒読みの男と、やたらにボディーラインを強調した衣装の女と、低予算の馬ロボットたちの意味不明なやり取り。
(おぞましいことに)何度も何度も見てきたが、いまだルリコにはこの映画の面白さが理解できない。
「へっへへへへっ! えひゃひゃひゃひゃ、ひっく、ぐすっ」
妙な声が隣から聞こえてきた。ルリコが秘密の宮殿で悪逆非道を尽くすマルデロを睨んでいたそのときだった。カナタに目を向けると――なんと、彼女は涙を流して笑っていた。
「カナタ。アンタ……」
「あっ、いやっ、ごめん、本当、こういうのに、弱くてさ、ひっ、ひっ、ひいっ」
片手でタオルを使って涙を拭いて、もう片手では白い膝がほの赤く染まるほど叩く。器用なことをしながら、カナタはゲラゲラ笑い続ける。
「いいわよ。アンタが楽しいなら、それで」
これまであくびをしながら画面を見つめていたルリコだったが、カナタの百面相がおもいのほか面白いことに気づいてからは、不思議と眠気が引いていった。
命がけのサバイバルの末、辿り着いた砂漠のバザール。
砂埃が舞う中に、蛍光色のブラスター弾が飛び交う激しい銃撃戦。
麻薬王の宮殿に囚われているという姫君から情報を得るため、コッソリという言葉から宇宙一遠い三人組によるハラハラドキドキの救出劇。
『やるわね、素敵な賞金稼ぎさん』
『お褒めに預かり
「ありゃ?」
そのせりふの小さな違和感に、カナタは首をかしげた。
「どうしたの?」
「いや……気のせいかな……今のムズい言葉、どこかで……」
カナタは笑い、ルリコは肩をすくめ、そしていつしか──二人とも、真剣に映画に見入っていた。
だが、問題は終盤にやってきた。
『よせローズ、そのドアを開けるな!』
一発の銃声が鳴り響いた瞬間、カナタは思わず、口に運ぶ寸前だったポップコーンをポロリと取り落としてしまった。
「え、えええええ? そういう風になっちゃうのかよ?」
スローモーションの中、ローズの体が倒れていく。
これまで何度も何度も襲ってきた危機を、ばかばかしいくらいの強運とジャックのパワーゴリ押しで切り抜けてきた三人だったが、その瞬間は唐突に訪れた。
『でかい図体で俺らの宇宙をフラフラするんじゃねえスよ、スペースデブリ』
カナタが受けた衝撃から立ち直る前に、映画の展開はめまぐるしく移り変わる。
お次は、思っていた以上にトンデモナイ過去を持っていたトリガーと、彼と運命じみた因縁で結び付けられたサイボーグ忍者軍団のバトルシーンだ。
『
「あ?」
まただ。
凶悪な面頬を身につけたギャラクティック・テコンドー創始者コヨーテ・イガとのやり取りの最中、カナタは思わず声を上げた。
やはり気のせいではない。この映画を見るのは初めてのはずなのに、たまに、既視感のあるせりふが飛び出してくる。
しかし──彼女が深く首をひねる前に、画面の中で手裏剣とレーザー、そしてハリウッド中の爆薬を処分したんじゃないかと思わせる大爆発が炸裂する。
『ガーッハッハッハ! どうしたおんぼろ機械よ! 空も飛べぬ鉄クズに、何が守れるというのだッ!』
光と音の濁流が、彼女の中に沸いた妙なデジャヴを押し流していく。
一度ついた炎は消えることがない。復讐が復讐を呼び、いつの間にか、どちらが加害者で、どちらが被害者かも分からなくなりながら、怒りと憎しみの炎が惑星全体に燃え広がっていって────
「うわわ、それダメだってジャック! ダメそれ!」
カナタは汗ばんだ握りこぶしで肘掛けを連打する。
「たかが映画でしょ。アンタは静かに見るってことができないの」
醒めた顔でルリコが呟く。
「だって、こんなことになったら取り返しつかなくなっちゃうだろ!」
「そんなもんでしょ。映画も、人生も。どうでもいいことで
「でも……!」
やるせなさを瞳にたたえて、カナタがスクリーンに向き直る。
雨の降りしきる町にジャックが一人、ローズに渡すはずだったプレゼントの包みを持って立ち尽くしている。トレードマークの鍔広帽のフチから、とめどなく水が滴る。
夜の闇と滝のような流れが、彼の表情を覆い隠していた。
彼のコートにはローズの血がべっとり染み付いている。彼女が事切れるまでずっと握り締めていた手は鉤爪のようにこわばり、人間のものとは思えなかった。
『さあ、もうお前だけだ、ジャック・ブレイザーッ!』
ありとあらゆる建物から灯が消えていた。死者の眼窩のように真っ暗になった窓から無数のブラスターの銃口が突き出し、彼に狙いをつけている。
まさに四面楚歌。
にもかかわらず、ジャックに臆した様子はない。帽子のツバをちょっと上げて、宮殿の上から見下ろしてくるマルデロを睨み返す。
その瞳に何の感情も見えない。真っ暗な穴のような彼の瞳孔から闇が染み出してくるように、次第に画面の色彩が失われていく。
『貴様、その耳は飾りかァ? 聞こえてるなら這いつくばれ、この地にキスでもするようになッ!』
銃声が響いた。
ノワール調になった画面に鮮やかな赤が咲く。
引き裂かれたプレゼントの包み紙が紙吹雪のように舞い散る。空になった箱から、転げだしたメッセージカードが足元の水溜りに落ちて、インキの文字が滲んでいく。
『ああ、聞こえているとも』
包みの中から現れたのは、いくつもの銃身を持つ大型ブラスターだった。
『聞こえすぎるほどにな』
スポットライトのような月光に切り取られた彼の手の中で銃身が回転を始め、不気味な唸りが町に響き渡り──
「ねえ、カナタ。この後のシーン……」
口にしかけて、ルリコはやめた。
ぐっと身を乗り出したまま、瞬きすら忘れて、カナタはスクリーンに見入っている。シートを硬く握り締めて、その魂はここではなく、映画の中に飛び込んでいる最中のように見えた。
完全に映画の世界にのめりこんでいるカナタを邪魔することなんてできない。
ルリコはカナタの膝の上からポップコーンのバケツをひょいと取り上げると、もくもくと食べ始める。