海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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8.1999からのラブレター(1)

 オッサンもそろそろ歳なんだから、ニオイ気にした方がいいぜ──

 

 長い長いエレベーターの中を、ブンタと二人っきり。

 無言で過ごす間、フミオはそんなことを考えていた。

 

 グッタリとしたカナタ。

 糸の切れた人形のようになったルリコ。

 そして血まみれのまま昏倒したレイジ。

 

 後に残してきた友人たちのことが気がかりだった。

 だがそれ以上に、ニヤニヤ笑って無精ひげの生えた顎をさするブンタがどこに自分を導こうとしているのか──それが気になって仕方なかった。

 

 ──チンッ

 

 短い旅の終着点を示す音は、あまりに軽かった。

 

「どれでも好きなの選んでいいぞ」

 

 何のことやらと訝りながらドアをくぐった瞬間、フミオは圧倒された。

 薄暗い、体育館ほどの広さの倉庫の中に、何十台、何百台という電動バイクが整列している。

 どれも新品。どれも同じ型。そして、フミオが乗り回してきたものよりも、値段も馬力も桁違いのグレード。

 それらが幽かな照明の下で金属パーツをギロリと輝かせながら、身を伏せた肉食獣のようにフミオを見つめ返していた。

 

「これ全部、オッサンのコレクション?」

 

 薄く開いた倉庫の入り口から、夕暮れの柔らかな光が差し込んでいる。

 ほんのり温まったシートを撫ぜながら、フミオは振り向いた。

 

「おめえ、マジでそう思うのか?」

 

 膨大なバイクの群れを視線で示して、ブンタは取り出したタバコを口にくわえた。

 天井の暗闇からビープ音が響いた。

 フミオの前に、一台の機械が下りてくる。彼は最初、それがラジコンヘリかと思ったが──動きは機敏で、見たこともないような奇妙なデザインをしている。

 四機のローターによって浮力を得る小皿ほどの機械がアームを伸ばし、タバコに触れる。

 

 トーチがパチっと火花を散らして、タバコに着火した。

 

「へへ。作業ドローンも使いよう……」

 

 得意げに煙をくゆらせるブンタの表情が、ふと固まった。

 

「あ? ンだよ、オッサン」

 

 フミオがおかしなものを見るような顔をして、首をかしげた。

 彼の手には使い込まれたオイルライターが握られ、ブンタに向かってハンパに差し出されたまま宙で固まっている。

 

「……クソ……やっちまった。このバカが……」

 

 どうしてブンタがそういう風に苦い顔をするのか、フミオには分からない。

 ライターをスラックスの尻に突っ込みながら、彼の興味は父親の様子より倉庫の中を飛び回る”ドローン”の群れに向いていた。

 人の気配が希薄な倉庫の中で、甲高いローター音がそこかしこから聞こえている。

 

「あれって?」

 

 フミオが指を差すと、一台のドローンが寄ってきて、彼の頭上を旋回した。

 指を立てるという動作が何かのコマンドになっていたようだ。

 世話を焼きに飛んできたドローンは、しばらくすると「あれ、違うの?」とでも言うように怪訝そうなビープを鳴らしながらバイクのメンテナンスに戻っていった。

 

「お手伝いロボみたいなもんかねえ」

 

 気を取り直して、ブンタは息子に微笑みかけた。

 

「見てのとおり、ここのバイクは軍用グレードだ。お前さんが世界の果てに挑もうって時だろうがしっかり走る。保障するぜ」

「選べ。つってもなあ……」

 

 カーキ色のフレームが並んでいる。

 どこまでもどこまでも、同じフレーム、同じエンジン、同じタイヤ。違うのはレーザーで焼きつけられたシリアルだけ。

 不気味なほどに代わり映えのしないバイクたちから『好きなのを』と言われても、彼の男心はまったくそよがなかった。

 

「前にオッサンがくれたバイクも、ここで作ったヤツ?」

 

 一台のバイクの前にしゃがみこんで、タイヤを揉みながらフミオが呟いた。

 

「…………トクベツなバイクって。ウソかよ」

「ウソじゃねえ」

 

 ブンタが即座に否定した。

 

「ありゃ正真正銘、俺サマの命を救った特別だったもん」

「もん。って言うけどさ……」

 

 なかなか納得いかない様子のフミオの傍に立って、ブンタはハンドルに触れた。

 彼は手ごたえを懐かしむようにアクセルをひねる。ウンともスンとも言わない。モーターが起動していないのだ。

 

「オッサン……」

 

 それでも、フミオが見上げる父の目に、ほんの僅かな間だけ火花が散ったように見えた。

 電気自動車よりも遥かに騒々しく、無骨で、荒く、そして熱い何かの振動をかみ締めるように目を瞑った彼は、ハンドルを握り締めたまま「くっく」と笑った。

 

「あー、やっぱガソリン車の方がいいわ……」

 

 ボヤいて、鼻から勢いよくタバコの煙を吐く彼は、不完全燃焼を起こしたエンジンのようだった。

 

「昔。デカい津波がきた」

 

 夕日に目を細めて、ブンタが続けた。

 

「クソでかい津波がやってきて、平和な日常ってのをバカみたいになぎ倒しやがった。んで、俺サマはあのバイクで……」

「おいおい、待て待て待て!」

 

 ありふれた昔語りがトンデモナイ方に進んでいることに気づいたフミオが、待ったを掛けた。

 

「それ、例え話じゃなかったのかよ!?」

「ハ。マジさ。大マジ。世界は終わってて、ここは海に浮く板切れの上ってワケ」

 

 アッサリ否定されて、フミオは口を半開きにして立ち尽くす。

 

「どういう……こった……」

 

 穏やかな夕日に照らされたフミオの頬を、一滴の汗が滑り落ちる。

 

「決まったか?」

「えっ、あっ?」

 

 タイヤの溝をほじくったまま固まっていたフミオが声を裏返した。

 

「ハハ……ま。いきなり選べって言われても、困るか……」

 

 そんな息子が寸前まで触っていたバイクに近寄り、ブンタはスイッチを押した。フィーンと音を立てて、モーターが起動する。

 次々と点灯するモニターに映し出されるのは枝を咥えた鳥。『境界防衛局』のロゴだ。

 

「よし。コイツもお前さんが気に入ったみてえだ。フミオ、俺サマに決めさせたんだ。せめておめえが運転しろ」

「あ、ああ……」フミオはシートを持ち上げて、中を確認する。空だ。その隣のバイクも、また隣も。

 しばらくあたりをウロついたフミオは、迷子になった子供のようにブンタを見た。

 

「やべ……ヘルメット、ねえや……」

「へっ」

 

 ブンタは思わず鼻で笑ってしまった。

 

「いらねえよ。こっから先に警察(サツ)はいねえ。ライオンみたいにタテガミなびかせて、風感じようや」

 

 そう言って、彼はハゲ頭をこすってキュッキュと音を立てた。

 

「オッサン……悪いやつだな」

「はっ、こっそりタバコ吸ってるヤツが今更みみっちいなあ。ノーヘルくらいでぐちゃぐちゃ抜かすなや」

 

 フミオが黙ってバイクにまたがる。

 ギュッ。大柄なブンタが後ろに乗り込んだ瞬間、僅かにサスが沈んだ。

 腰に回された筋肉質な腕の感覚。「辰」の梵字タトゥーの薄れたインクの上に、フミオの知らない年月がのしかかっている気がした。

 

「なんかヘンな感じだぜ」

 

 フミオの、率直な感想。

 

「かもなあ──俺サマ、あんまり父親っぽいことしてこなかったもんな」

 

 率直な返答。

 

「俺らみたいな感じだと、仕方ないだろ」

「やってくれ」

 

 ブンタは指を掲げ、近くのドローンに身振りで指示した。

 その意味をフミオが聞く前に、作業中のドローンが一斉に飛び立った。

 ルルル……倉庫に立ち並ぶバイクがひとりでに起動し、整然と自立走行を始める。橙色の光が差す出口までの一本道を、彼らの前に作り出した。

 

「どうよ。もう、ポケベルに心囚われたロートルなんて言ってくれるなよ」

 

 得意げなブンタを背にしたまま、フミオは黙ってアクセルを押し込んだ。

 電動式のバイクは最初ッからトップスピードを目指してうなり、内臓が置いていかれそうな感覚を与えながら、二人を倉庫の外に連れて行く。

 

「うお、あっちいなあ!」

 

 カエルとヒグラシの合唱の中に、楽しげなブンタの声が混じった。

 ひやりとした倉庫から飛び出した瞬間、夏場の田園地帯の湿気と熱気がフミオを包み込んだ。

 

 橙色の風の中に、金髪を泳がせながら、フミオは振り返る。

 まさにド田舎ド真ん中といった水田の中に、モスグリーンのネットで偽装された倉庫が佇んでいた。

 

「西町が……あんなに遠くに……」

 

 砂利だらけの畦道を食むタイヤの感覚を味わいながら、フミオは呆然と呟いた。

 狭く、息詰まりするような地下空間から戻ってきたという安堵はない。

 見たこともないほど遠くに聳えて夕日を反射する中央街のビル群が、彼をかえって不安にさせた。

 

「今のよかったぜえ。なんか、夏って感じだったわなあ」

 

 片手を伸ばして手の平で風を受けつつ、ブンタがうそぶいた。

 

「デパートから駐車場に出てきた時みたいな?」

 

 ミラー越しに目をやりながら、フミオが聞く。

 

「そうそう。今度の休みに二人で三区のラスコ行こうぜ。屋上のアイスおごってやるよ」

「オッサンと俺と二人っきりで? イヤに決まってんだろ」

 

 フミオが眉間にしわを寄せて言った。

 大型の電動バイクは静かなモーター音と、畦道の砂利を蹴散らす音だけを発していた。夕刻の郊外の静けさもあって、後ろのシートからブンタが「ちぇっ」と小さく言った声さえ聞こえるほどだった。

 

「──で。どうなんだ?」

「なにが?」

「あんたの与太話の続きだよ。津波、滅び。やっぱりこの世界はこんなに平和じゃねえか」

 

 過ぎ行く水田の列の上を、二羽の水鳥がかすめるように飛んでいた。

 のどかで、穏やかで。けだるいほど美しい、夏の夕方だった。

 ブンタが語った『滅び』とやらの気配は感じられない。地下で起こった出来事も、今となっては昼寝の合間に見た悪い夢のようにも感じられた。

 

「そう言ってもらえると嬉しいねえ」

 

 フミオの腰からブンタの手が離れる。

 彼は荷台の上で両腕を広げる。この暑さ、この湿気。まるで目の前に広がる平穏を全身で吸い込むようにして、彼は子供のように歯を見せて笑った。

 

「おい。ヘルメットみてーな頭してっから忘れてるかもだけど、落ちたら死ぬからな」

「いいじゃねえか。こんな場所でくたばるなら」

 

 父はすぐ後ろに座り、町はかつてないほど遠くに見える。

 その間に広がるのは、風に揺れる水田の光と地平線まで続く茜空。フミオにとって、どちらも新鮮な距離感だった。

 

「俺に教えてくれ。俺は知りたいんだよ」

 

 バイクの速度が増した。

 

「この町が一体何なのか。オッサンに昔何があったのか。オッサンや、例の”忍者”が何をしようとしてるのか」

 

 ブンタはしばらく黙り込んだ。フミオは無理に先を急かしたりはしない。道はまだまだ続いている。

 そのまま、不安になるほど変わり映えのしない風景と平坦な道を十分ほど走り続けた頃、とある変化が訪れた。

 

 

 

 重大な変化が。

 

 

 

「ンだ……ありゃあ……」

 

 思わずフミオは目をこすった。

 

 空の終わり。

 

 はじめ、それは地平線に築き上げられた長大な壁に見えた。

 黒い帯が地面と空との間に横たわり、山と、その背景の空とが大地から隔てられている。

 

「あそこからドームの”外”に出られる」

 

 ブンタの一言で、フミオは黒い帯の正体に気づいた。

 あれは壁ではない。隙間だ。

 

「ドーム……?」

 

 彼が答えを得る前に、広大な水田を管理する無数のドローンが一斉に飛び立った。

 

「うおっ……と……!」

 

 一機一機のファンが立てる音は微かなものだが、数千という数に囲まれれば話は別だ。

 たちまち、ハチの大群の中に突っ込んだような騒々しい羽音が聴覚を席巻する。フミオは無意識にアクセルを緩めた。

 

「すげえ……」

 

 何百、何千。

 ほとんど無限にも感じるドローンの群れが、完璧なコントロールで飛び去っていく。

 その行き先はフミオたちと同じだ。

 黒い煙のようになったドローンの群れが、山の方に向かっていくのが見えた。

 

「巣帰りの時間だな」

「巣? アレってヒナ育てたりタマゴ生んだりするわけ?」

 

 フミオが真顔で聞くと、ブンタはあいまいに笑って見せた。

 

「ちげえよ。充電だ。あっちに基地がある。そこで夜の間にバッテリーを充電して、メンテして。プログラムをアップグレードして……」

「そんな手かけてんの? カネ払って人にやらせたほうが早いだろ」

「その人手ってやつがどうしようもなく足りてねえのよ」

 

 ドローンを見送るフミオの肩を、ブンタがポンと叩いた。

 

「いったんここで止めてくれや」

「こんなとこで?」

 

 言われるがままに、フミオはブレーキを絞った。

 勢いの乗っていたバイクは少しだけ前にのめるようにして停まる。

 そこは水田の間を走る一本道のド真ん中。滅多に車も通らない場所で、真新しいアスファルトの端にぺんぺん草が生えている。

 道の両脇を通る水路の音だけが聞こえる、本当に何もない場所だった。

 

「ここに何があんだ?」

 

 フミオは、地平に走る隙間のほうが気がかりだった。

 

「十八時から市内全域に雷雨が始まる」

 

 ブンタが西町を指した瞬間、腹の底に響くような大音響が鳴り響いた。

 雷鳴だ。二人の頭上で太陽がさっとかげり、あたりがにわかに暗くなる。見渡す限りの水田の只中にいると、雨が白いカーテンとなって降りてくるのがよく見えた。

 

「降雨は十五分きっかり。明日から一週間、大雨と快晴が交互に続くぜえ」

 

 フミオは、見ちゃいけないものを見ている気がした。

 あたりは暗い。今まで山際で光を放っていたはずの夕日はスイッチを入れたように姿を消し、湿り気を感じるほどの曇り空が二人の頭上に立ち込めている。

 

 雷鳴。雨音。

 

 しかし、水は一滴も落ちてこない。

 

「節水って大事だろ。こっちに雨降らすのは、田んぼの水やりの時だけだ」

 

 雷のフラッシュが、ブンタのハゲ頭の表面を撫でる。

 

「七日後は夏祭りだったなァ。西町涼水祭。それ終わったらイヨイヨ夏本番って感じだ。テスト勉強、順調か?」

 

 フミオは答えなかった。

 阿呆のように口を開いて、空を眺めている。

 雨雲、そして稲光……すべて、町にいた時とは見え方が違う。

 雲は平たく、稲妻からは脅威を感じない。クリスマスの飾りつけのような、パターン化されたリズムを繰り返すだけだ。

 自然現象ではない。

 のっぺりしていて、立体感がない──この表現が合っているかどうか、フミオには分からない。

 ただ、そこにはとてつもない違和感があり、自分がその正体に触れかけていることだけは確かだった。

 

「俺らは伏せたお椀の中で生きる小人だ」

 

 ブンタは両手を使って、胸の前で透明な半球をなぞってみせる。

 

「曲率ってのがあってな──要するに、皿って曲がってんだろ。だから内側に風景描くなら、ソコ計算しないと”らしく”見えないんだわ」

「空が……曲がってるワケねえだろ……」

 

 フミオの目の前で、一条の雷光が空をつんざいた。

 

「そだよ。お前さんの頭の上にあるのは空じゃねえ」

 

 使いまわされた深夜放送の映像のように輪郭のボヤけた紫色の稲妻が無数のパーティクルを空に散らし、徐々に消えていく。

 やはり、何かがおかしい。

 

「……ま。こうして足元まで来ると、さすがにボロが出ちまうんだがね」

 

 ■

 

 またしばらく、二人はバイクに揺られた。

 フミオは時計を腕に巻くようなタイプではない。だからブンタの言った「十五分」が正確だったのかは分からない。

 だが確かに雨はすぐ止んで、山間の雲から橙色の夕日が現れた。

 太陽が近いなんて感じたのは初めてだった。

 

 町から見たらBB弾のようだった夕日が、西高の校舎くらいな飲み込めるほど巨大な光球として彼らの行く手に待ち構えている。

 

 地平に走る「隙間」もまた、徐々に近づいてきていた。

 その向こうの景色が、少しずつ見えてくる。

 

 道の果てではレイジとルリコが大きな暗幕の前に立ち、『ドッキリ大成功!』のカンバンを持って出迎えて──なんて、甘い考えはもう捨てた。

「隙間」は「隙間」でしかない。

 その先にあるのは夏の日暮れでも、海に続く道でもない。

 巨木のような鉄柱によって支えられた、世界の隙間。今まで空だと思っていた巨大スクリーンの裏に至るものだということを受け入れなければいけない。

 フミオは自分で驚くほど冷静だった。

 

「そら、出るぞォ。町の外によお」

 

 ブンタがフミオの肩をポンと叩いた。

 

「準備はいいか? いち、にの──」

「いいって。そういうの」

 

 軍用バイクのモーターがひときわ大きくうなりを上げた直後、砂利と雑草に覆われた道が途切れた。

 

 空と大地の狭間に足を踏み入れた瞬間、畦道の暑さも湿気も、ドームの内側に置いてきてしまったようにフミオの傍から離れていった。

「裏側」にあったものは鼻の裏がチリつくような金属の匂いと、無機質な照明で照らされた広大な空間だった。

 

 チタンホワイトの壁。チタンホワイトの地面。

 潜水艦の内部を想起させる空間は、ひたすらに清潔で、無機質だった。

 フミオにとっては少し、寒々しく感じる。ポツポツと見かける作業員や白衣の人間たちは何も思わないのだろうか。

 許されるなら、今すぐ観葉植物のひとつでも置いてやりたい気分だった。

 

 鉄板にパイプ、水密扉──それの繰り返し。

 代わり映えのしない景色の中をしばらくトロトロ走った後に、フミオは適当な場所でバイクを停めた。

 

「はい。お疲れさん」

 

 近くにいた数人の兵士と技術者が、冴えない不良の運転するバイクから降りてきたブンタに気づいて敬礼してきた。

 

「大げさなのはやめてくれよ。今日はせがれがいるんだ」

 

 そこでようやく存在に気づいたように、彼らは同じ動作でフミオを迎えた。

 

「ああ……ども……」

 

 フミオは適当な敬礼でそれに応じる。

 ブンタは融通の利かない部下たちを前に肩をすくめた。

 

「これがお前さんの知りたがっていた真実だ」

 

 フミオは顔を上げる。外から見る西町は、ウニによく似ていた。

 張り巡らされたパイプとケーブルの隙間から「空」を支える無数の支柱が伸びる。その先にも壁があった。

 それは極めて緩やかに湾曲している。ドームの外側には、またドームがあった。

 

「アレが外殻な。鉄とセメントと鉛で補強された十八メートルのお茶碗カバーってわけ。それが三層。その内側はゲルとファイバーの塊だ」

「じゃあ、あの外に行けば海があるのか?」

 

 ブンタは答えなかったが、フミオは気にしなかった。

 外殻の表面を走る足場やエレベーターシャフトは人間サイズだったが、彼の位置から見ると糸くずのようにしか見えない。

 数本の太いレールが天辺のほうに向かって延びていた。排出されたガスが雲のように立ち込めていて、その先に何があるのかは分からなかった。

 

「へー、すげえ」

 

 口で言っていても、あまりのスケールの大きさにフミオは実感を失っていた。

 

「そら天気予報当たるわ。アンタらで決めてんだもんな」

 

 言ってから、めまいを起こしそうになった。

 フミオはあまり深く考えるタイプではない。だが、冗談めかして笑い事にできる段階は、とうの昔に通り過ぎていた。

 

「俺さ、コーラの雨とかイカしてると思うんだけど。オッサン偉いんだろ?」

「お前さんが地下水をコーラにする方法思いついたら、考えてやるよ」

 

 すでにだいぶ離れた場所まで歩いていったブンタが、手招きした。フミオにできるのは、犬のように彼の後について回ることだけだ。

 

「外殻の外側にあるのは中新世の地層だ。雨も雪も、元は全部地下水」

「は……は? それって何? 恐竜時代?」

「それほど古いモンじゃねえよお」

 

 整然と駐機した農業ドローンの隙間を縫いながら、ブンタが歩いていく。

 彼は技術者の肩を軽く小突いたり、何かの冗談を言ったりして、時折立ち止まる。しかしフミオは追いつけない。

 速さがうんぬんというよりは──今の彼と並んで歩くのが少しだけ怖かった。

 

「そうそう。中生代つったらな」

 

 とうとうブンタが足を止めて振り返った。

 そこでようやく、彼は自分のために足並みを揃えようとしてくれていたのだと、フミオは理解した。

 

「ウマとかゾウとか。あとサイもいたな。サイ。いいよなあ。デカくてカタいのは好きだぜぇ」

「じゃあ最近? 中生代と同じところに町が埋まってるとか抜かしてたろ」

「たったの2300万年前だ。ここは関東平野地下2000メートルの大都市(ジオフロント)ってわけ」

「にせん……」

 

 廃棄処分されるドローンを満載したカートが彼のすぐ後ろを通り過ぎた。

 巻き起こった風がその前髪をハネ上げる。遠巻きにも分かるほど、彼は青ざめていた。

 

「ははは」

 

 そうそう、その顔が見たかったのよ──と口にはしなかったが、愉快そうに笑うブンタの顔に、そう書いてあった。

 再び歩き出した彼の後に、フミオはついていく。

 

 だんだん、彼がどこを目指すものが見えてきた。

 

 それはドームの天辺を目指して伸びるレールの基部にあった。

 

「デカくてカタい────そんだけ盛るなら、ついでに強くしとかなきゃなあ」

 

 赤黒く塗装された建造物が、巨人のヒゲのような太さのワイヤーを何本も使って宙吊りにされている。

 

「大きすぎる……」

 

 アリの視点でゾウを見た気分だ。フミオは立ちすくんだ。

 

(──塔? いや……剣?)

 

 実家がある商店街の端から端でも収まらないのではないか。首を動かさなければ全容が見えてこないほどの長大さだ。

 その先端は──あくまで彼が”先”だと思っただけだが──二又に分かれている。未完成なのか、それともこれが、あるべき姿なのか。

 そこで溶接や溶断の火花を散らせる何千機ものドローンは黙々と働くだけで、フミオの問いには答えてくれない。

 

「レールガンだ」

 

 ブンタは肩を揺らすように笑って、「砲身」の下へと歩いていく。

 

「電気の力で四百ミリの砲弾を加速。秒速二千メートルでブっ放せる。神サマだって、こいつの本気を目の当たりにしたらおしっこちびって震え上がるだろうぜ」

 

 巨大な影の下では、この空間の持つ無機質さが一層増したように感じられた。

 思わず肩をすぼめたくなるほどの冷たさの中で、フミオが口を開いた。

 

「どっかと戦争でもすんのか?」

「こいつで終わりをブっ壊す」

 

 彼が狙いをつけているものは国家でも、個人でもない。

 終わり──カサついた唇で、ブンタは確かにそう言った。

 

「終わり?」

 

 巨大なレールガンの砲身の下で、二人はしばらく見詰め合った。

 聞こえるのはドローンの微かな羽音と、遠くで工具が転げ落ちたカラーンという金属音だけだった。

 

 

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