海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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4.それはきっと、光さえ食らう光芒(2)

「まァもしセンサーに触ってロックダウン起こしちまった時は──」

 

 隔壁横の壁の一部、黄と黒のハザードストライプで囲われたパネルがある。

 手にしたケースでそこをゴツンと叩いてから、キリエは通路の向こう側に薄っすら見える隔壁を指差した。そこの壁にも同じ模様が見える。

 

「パネルを開けて、中のレバーを操作すればシャッターを上げられます。でも二人同時に操作してる間だけ」

「はー……」

 

 じんわり呆れの浮かんだため息を漏らして、カナタは水の中から立ち上がった。

 軽い休憩がてら「もしも」のときの対策をキリエに聞いてみたが、通路の解除方法はあまりにシンプルで、意味不明なものだった。

 

「なんでそんな、アホアホな作りの()()()()()にしたワケ?」

「知りたいですか?」

「そりゃまあ……アホアホだし」

 

 カナタのスカートから滴り落ちる水が、暗闇の水面に無数の波紋を描く。

 キリエはもじゃもじゃ頭を乱暴に掻きながら、ライトで通路の先を照らした。とりあえず先に進め、ということらしい。

 

「────昔。とある研究員が、この町にいました」

 

 通路の先の闇を見つめるキリエの目が、すさまじく鋭い。眉間には、脳まで届きそうなほど深いしわが刻まれていた。

 

「そいつが通路に大量のバケモノを解き放って、脱走したんです。これはその時の反省で作られたもの」

 

 キリエの歩みにあわせて、ベルトで肩に掛けたケースがどんどんズリ落ちていく。

 それはすぐ水面に落ちて飛沫を散らした。彼女は背負い直そうともせず、長大なケースをズルズル引きずって歩き続けた。

 

「脳直結したパワードスーツは0.001秒以下のラグで動きをトレースし、サイバネティクスはどんな肉体にも適合する……」

 

 カナタにとって、キリエがぶつぶつ吐く言葉は意味不明で、呪文めいている。

 

「あの記憶操作なんて最たるものです。頭を開かず光刺激だけで記憶野をいじくる……不可能じゃない。開発に必要な犠牲を無視するなら」

 

 振り向いたキリエの瞳が、暗闇に薄く残光を引いたように見えた。怖気を覚えるほどの深い緑色に、カナタは見覚えがある。

 

「とまれ、半透明のパソコン有難がってるような時代で、生体工学の分野だけが極端に進化していた。なぜだ? 誰も疑問に思わなかったのか?」

 

 自らが”筋金入り”と呼んだ体を重そうに揺らして進むキリエは、カナタに語りかけているようでもあり──同時に、己を責めているような口ぶりだった。

 

「あの男の下で、すべての研究がスムーズに進みすぎていた。私が気づいていれば……そう思うと今でも酒量が増えるんですよ」

「なんか……よくワカんねー話してっけど」

 

 キリエは、はっとした。

 探るような、少しだけ恐れるような顔つきで、カナタが見上げてきていた。

 

「そのケンキューインってやつ、ひでーことしたの?」

「……はい。とってもとっても『ひでーこと』を」

 

 今度はごまかすようにカナタの頭を撫でながら、キリエはレイジの顔を思い浮かべた。

 実験の詳細は知らない。

 だが、研究員──ムナカタがレイジの体質を利用して数々の人体実験に及んだのは紛れも無い事実だ。

 その結果、彼が今のボンヤリした中身カラッポの男になってしまったことも含めて。

 そんな不快な事実をカナタに背負わせる勇気はキリエに無い。

 

「とにかく……こうしておけば、一人では先に進めなくなりますから」

 

 カナタの頭から手を離してから、はぐらかすような笑みを浮かべたキリエは、()()()()()()()()()だった。

 

「クソ野郎っていつもボッチなので。先生もいっしょ」

「あ? センセーは一人じゃないだろ」

 

 キリエの手からランタンをもぎ取って、カナタが先行した。

 

「あ、危ないですよ!」

「転んでもいいようにマット敷いて、行事の伝言ゲームしてやって、キリちゃんのゲロの後片付けしてるやつらがいること、忘れんなよ」

 

 カナタは突然、キリエの過去の悪行を並べ立ててきた。

 目を白黒させる彼女をじっと見つめていたカナタは、無造作にレンチを担いだ。ずしりと肩に沈んだ重みに、顔をしかめる。

 

「アタシだって、頼まれたら弁当くらいは作ってやるし……あんま欲しがりすぎると、酷いメみるぞ」

 

 乱暴に水を蹴散らして、カナタが歩いていく。

 キリエは慌てて追いかけた。

 

「……ま、人間のトモダチじゃなくて悪いけどな、センセー?」

「あっ、あのう、もしかして励ましてくれました?」

「あ? そう聞こえたか? 都合のいい耳してやが────」

 

 どちゃっ──水が揺れた。

 

 彼女たちのすぐ後ろだ。

 バッと振り返った二人がランタンを翳して水面を探る。わずかにさざめきたった水の中に、黒いものがモヤのように広がっていく。

 異臭が鼻をついた。

 少し懐かしさを覚えるような潮水の生臭さが裏返り、腐った泥沼のような臭気が通路にたちこめていく。

 

「せ、センセー……」

 

 わずかに後ずさったカナタの背が、どん、とキリエの背に当たる。

 

「ええ……いますね。たくさん」

 

 絶対零度の冷徹さを秘めたキリエの声色。

 はっとしてカナタが振り返ると、ランタンの光の中で黒い異形が水面から立ち上がるところだった。

 

「──こちらキリエちゃん。見つけた。コードXだ」

 

 キリエが端末を取り出す。

 その視線は目の前の棘皮人間から、片時も離れない。

 イボ皮の怪物の体表で汚泥がうごめき、徐々に輪郭がはっきりする。それと対峙する女教師の目が細められていく。

 

「場所はJ通路のはしっこ。規模は分からない」

 

 数は、ひとつじゃない。

 すでに姿を現した棘皮人間の背後で、水面が激しく沸騰している。硫黄のような腐臭を撒き散らして弾けるあぶくが、どんどん膨らむ。

 大きくなった泡が弾けると、中から小刻みに揺れる頭が現れた。

 全身に陰湿なぬめりを帯びた黒い怪物が、次々生まれ落ちてきていた。

 

「増援はよこさないで。巻き添えするから。じゃ、すぐ対処する」

 

 そう言って通話を切ったキリエを見下ろして首をかしげる怪物はカナタと、そしてレイジにとって特別な一体だ。

 その顔は目鼻を削がれたのっぺらぼう。ただ、引き裂いたような口だけが不気味な笑顔を形作っている。

 

「いい加減、見慣れてきちまったな……」

 

 全く、度し難いほどに嬉しくないことだが。カナタと”つくり笑い”が対峙するのはこれで三度目だ。

 

「ギシュッ」

 

 カナタを目にした”つくり笑い”が乱杭歯を軋ませた。

 橙色の火花が散り、黒いヘドロに汚れた歯列の影を、彼女の網膜に焼き付ける。

 

「さてさて。ここはセンセーに任せて、キミは後ろに──」

 

 絡まった髪の毛をかきむしるキリエの前で”つくり笑い”の姿が一瞬かすんだ。

 

「はッや!?」

 

 キリエの驚愕の声。

 カナタは恐怖に背筋が引きつる。

 

 あの笑顔が、きらめく鋭利な爪が、すぐ目の前まで迫っていた。

 

 キイィィンッ

 

 金属バットでボールをカッ飛ばすような快音が、地下道に響いた。

 

「かわいい生徒に何してくれんです……か!」

 

 首をおかしな方向に曲げて”作り笑い”が飛んでいく。

 例の金属ケースをフルスイングしたキリエは、すぐさま向きを変え、さらにもう一振り。

 

「わひゃっ」

 

 ひしゃげたケースはカナタの頭上をギュインと音を立ててかすめ、音も無く忍び寄ってきた怪物の首と胴体を一瞬で引き千切った。

 首元が飴細工のようにネジられた怪物が、体をコマのように回転させながら水に落ち、激しく飛沫を散らす。

 

「いいい、今のが当たってたら、アタシのあたまがあんなコトに……」

 

 もはや人型とはいえない姿で浮かんできた怪物を見て、カナタは頭頂部を撫でた。大丈夫だ。ちゃんとついている。

 

「当てるわけないでしょお!?」

 

 手が震えてマトモにチョークすら握れないキリエが、余裕の表情で笑い飛ばした。

 黒い体液にまみれたケースはベコベコにヘコんでいる。信じられないことに彼女の指先は金属のケースの一端を新聞の束のように握り潰し、形を変えていた。

 

「センセイ、こういうの上手いんですから。プロなんですから!」

 

 そう言ったキリエがバットのように素振りをすると、凶悪な風切り音があたりに響いた。

 

「ヤだな、怪物退治に自信アリの数学教師……」

 

 しかし、キリエの背後では”つくり笑い”が体勢を立て直しつつある。

 その頬は先の一撃で消し飛び、ただでさえ不気味な乱杭歯をさらに不気味に染め上げていたが、おどろおどろしい殺気は萎えていない。

 

「強くなってやがる」

 

 カナタは、顔にハネた泥と汗をぬぐった。

 より速く、よりタフに。『青林一丁目』で出会った時ですら常軌を逸していた怪物は、何度も死んで、そして蘇ってきた。

 そして、その度に強くなる。

 

「問題ナッシングですよ。お荷物抱えちゃいますが、まだ余裕です」

「ジャマで悪かったな」

 

 カナタはジトリとキリエを見上げた。

 ただ確かに、こんな状況でもジョークを飛ばす彼女の存在は頼もしい。

 ギチリ。彼女が握り締めたケースが鳴く。彼女の馬鹿力に耐えかねて、外装がほとんど壊れかけていた。

 千切れたテープをはためかせ、緩衝材のウレタンを灰色の花束のようにハミ出させたケースからニョッキリ突き出しているものがある。

 黒光りするグリップだ。

 

 ”つくり笑い”が床を蹴る。

 

 その破壊された顔面に目は無いが──確実にカナタを見ている。

 衝突に備えて身構えたキリエが、交錯の瞬間に大きく体を翻した。

 

「ははっ!」

 

 読みどおり。キリエの笑い声が轟く。

 ”つくり笑い”の狙いはあくまでカナタだ。直前で軌道を変えてくることを予期して『置いた』攻撃が、見事に怪物の顔面を捉えた。

 重厚な金属ケースが軋み、亀裂が全体に広がっていく。

 だがそれ以上に深刻な被害を受けたのは”つくり笑い”だ。

 直撃のショックでもんどり打ってころげた怪物は、水をかいてすぐ立ち直ろうとする。

 しかし頭を半分陥没させた”つくり笑い”は、よろめき、足をもつれさせ、水中から出てくることができない。

 殺虫剤にやられた、虫のようだった。

 

 その顔面に、ケースの底が垂直に突き立つ。

 

「一応、脳みそみたいなモンがあるのか。意外だな」

 

 かがんで、キリエは”つくり笑い”の頭をほじくった。

 拍子抜け──そう感じたはずなのに、胸の奥には奇妙なざわめきが残っていた。

 

「キリちゃん、そのまま伏せ!」

「えっ──おわっ!?」

 

 走ってきたカナタが、ドムッ、と音を立ててキリエの背中を踏み台にした。

 引きつった顔で高々と振り上げているものは、さっき手渡したパイプレンチだ。

 ランタンの光にギラリと光る先端が落ちる先には、まさに今踊りかかろうとする棘皮人間がいる。

 

「うりゃあッ!」

 

 ゴッキン。

 鈍く、湿った音がした。

 ターゲットをキリエに絞っていた怪物は、予想外の反撃をモロに食らった。カナタの一撃は怪物の頭蓋を破り、人間でいう鼻の辺りまで突き刺さる。

 

「はは……あんがい早く来たな、『最悪の最悪』ってやつ」

 

 呆気に取られるキリエの前で、激しい水音を立てて怪物が倒れこむ。

 血と汚泥で汚れたレンチを引き抜くカナタは、荒い息をついた。彼女がほんのわずかに気を緩めた瞬間キリエが叫ぶ。

 

「うしろ!」

 

 長身の怪物が、うつむいて立っていた。

 カナタが顔を上げた瞬間、怪物の口から生臭い息が吐きつけられた。

 まるですすり泣くような姿勢のせいで今まで気づかなかったが──その口は、異様に大きい。

 

 ”うそ泣き”。

 

 あの日、青林一丁目に”つくり笑い”と共に現れた怪物の親玉だ。

 突然の出現に反応が遅れるカナタの前で、怪物は両手を伸ばした。節くれだった指で、自分の口を上下から掴む。

 

 ミリ……ミリ……

 

 見る見る間に、その口が洞窟のように大きく開く。中に広がるのは、あらゆる闇よりも色濃い暗黒だ。

 

「あ……」

「カナタさん!」

 

 次の瞬間、カナタは強烈に突き飛ばされた。「どわ!」床に転がり、水を掻いて慌てて振り向くと、キリエと怪物の姿が見える。

 

「キリちゃん!」

 

 カナタが呼びかける。

 ケースから突き出たグリップを握ったキリエは居合いの姿勢。それはまさに、極限まで張り詰めた弓のつるが、最大の破壊力を解き放つ寸前──

 

「──は?」

 

 だが彼女は”うそ泣き”を見上げたままフリーズしていた。

 怪物の大口同様、その口がポカンと開く。グリップを握り締めた指が、音もなくほどけていく。

 

 かただうつむいて、泣く人間を模しただけの怪物。なぜか彼女は、そこに知り合いの面影を見たように、呆然と立ち尽くしていた。

 

「ヒトミ?」

 

 キリエの姿が”うそ泣き”の大口の中に飲み込まれた。

 

「しまった、キリちゃん!」

 

 信じられない気持ちでカナタが叫ぶ。しかし”うそ泣き”は彼女に見向きもしない。

 巨大な塊を飲み下すように体をゆすった後、その体が大きく崩れ、スライム状の黒い泥に変わる。

 もの凄いスピードで床を滑って離れていく怪物を前に、カナタにはなすすべが無い。気づけば怪物の群れの中に、一人取り残されていた。

 

 ■

 

 地下通路全体が揺れた。

 水面に広がる黒いモヤが爆発的に増殖していく。

 泥のように重くなっていく水の中でそれは膨れ、不気味な”つる”を伸ばして壁に、天井に這い上がっていく。

 ひしめく怪物に囲まれて、カナタは荒い息をつく。

 何もかもが生臭く、腐っている。もはやこの空間をただよう空気ですら、黒く汚染されているような気がした。

 粘ついた汚泥はとどまるところを知らない。

 この広大なトンネル全体が、いまや怪物の腹の中と化していた。

 

 汚泥の中から、無数の棘皮人間が立ち上がる。

 つかの間立ち尽くした彼らだったが、いっせいに首をぐりんと動かした。物言わぬ、死体の眼球を持った怪物たち。

 その視線の先にいるのは、言うまでもなくカナタだ。

 

「やっば……」

 

 カナタは唯一の武器であるレンチをキツく握り締める。

 キリちゃんがいなくなっただけで、なんつーザマだよ──笑い出したヒザを心の中で叱り付けて、彼女は見回す。

 前も後ろも、怪物だらけだ。

 進むも戻るも地獄。絶望的な状況に立っていると、ついさっきまでいた、病院の暖かい日差しがむしょうに懐かしくなってくる。

 

「レイ──」

 

 無意識にその名前を口にしそうになって、カナタは手の甲を噛む。

 

「……アイツに言ったこと、忘れたワケじゃねえだろ」

 

 洗面所に積み上げられた血まみれの包帯。駐車場に突き立った錆だらけの鉄骨。そして、傷にまみれたレイジの肉体。

 ここには誰も来ない。

 誰も助けてくれない。

 それがどうした。当たり前だろう、と自分に向かって吐き捨てる。

 

「傷つくなって抜かしたのはオマエだろうが。一人でやれよ、なあ!」

 

 彼女の叫びに反応したように、棘皮人間がカナタに飛び掛った。

 幸いにも彼の瞬発力は”つくり笑い”と比べるべくもない。とはいえ手足をバタつかせて駆け寄る二メートルのイボ怪物を前に、ビビるなというのはムチャだ。

 巨体が、泥を跳ね上げて一直線に。

 カナタは、すくむ足を押さえる。

 キリエの姿を思い描き、レンチを構える。バッティングの要領。マトは野球ボールより遥かに大きい。

 

 顔面を引き裂こうと迫る爪から目を離さず、カナタは一閃。

 

 

「つっ……!」

 

 ジャストミート。ゴキン、と音を立てて怪物の首がおかしな方向に捻じ曲がる。走ってきた勢いのままスライドしていく死体を目で追う余裕すら、無い。

 

「つぅ~~~~!」

 

 いい当たりだった。

 それを証明するのは、彼女の腕に残された痛みと痺れだ。

 涙目になりながら、彼女は倒れた棘皮人間を爪先でつついた。反応がない。完全に死んでいる。

 

「は、はは……これで二匹じゃんか。やるな、アタシ……!」

 

 やべー、コレ殺人とかになんのか? 

 という心の呟きは一旦意識の隅に追いやって、カナタは腕をかばいながら周囲を見回した。

 怪物の数が、さっきより増えたように感じる。

 一匹や二匹倒したところで、群れ全体には何の影響もない。

 巨大な凶器を構えなおすカナタは、アリの巣に放り込まれ、ゆっくり足を千切られていくバッタの気分を味わっていた。

 

「ハ……じゃあ全部ブっ倒しゃあいいじゃねえか」

 

 試合続行だ。

 カナタはそれしか知らないし、状況もその他を許さない。

 

「……オラ、来いよ! 片っ端からホームランしてやる!」

 

 カナタが挑発的に笑った瞬間、もはや黒い壁と化した怪物たちが大きくうねった。

 

 ──来る。

 

 鼻の奥で、空気がピリピリする。爆発の兆候を捉えたカナタが構えた。

 怪物たちのうねりは、やがて波となって群れ全体に伝わる。一が十に、十が百に。カナタに注がれる無機質な殺気が加速度的に増えていく。

 

「え、ちょっ……」

 

 イヤな予感がカナタを貫いた瞬間、周囲を取り囲む怪物たちがいっせいに駆け出した。

 

「お、お、お、多いだろ!? いくらなんでも!」

 

 思わず後ずさろうとするが、どこに逃げても待っているのは怪物だ。

 何百という腕が、何万という牙が、カナタを掴んで引き裂こうと殺到してくる。

 

「カナターッ!」

 

 一つの叫びが、怪物たちの動きを止める。

 地響きのような足音が、カナタの腹に響いた。

 

「あ」

 

 カナタが目を向けた先で、怪物の列が崩れた。

 通路を浸す水を柱のように跳ね上げて、男の巨体が空中に躍り上がる。

 汗にまみれたシャツはここまでの戦いですでに黒く汚れており、肉体を鎧う圧倒的な筋肉の渦をチラつく光の下に浮き上がらせてくる。

 

 ネコ科の肉食獣を思わせる、しなやかで力強い跳躍だった。

 その手が天井をこすり、壁面を伝う一本のパイプを引き剥がす。

 

「レ──レイジ!」

 

 カナタは今、自分がどんな顔をして彼を見ているのか分からなくなった。

 レイジの手からパイプが放たれる。淀んだ空気を切り裂くように飛んだ金属の槍が、カナタの背後から忍び寄った怪物を見事に貫いた。

 

 

 

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