海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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6.せんせいと生徒たち(1)

 

 レイジの表情は真剣そのものだった。

 機を逃さず、自分の全力をたった一瞬に注ぎ込む──まるで居合いの達人だが、彼が立つのは白砂の浜ではなくキッチンで、握るのは刀でなく、菜箸とボウルだ。

 フライパンの鉄肌に落ちた卵液が、パチパチ弾けて泡を吹く。早朝の台所に香ばしいにおいがさっと立ち上る。

 

 傍らでは、ガラスのコップに注いだ麦茶を飲みながらカナタが様子を見守っている。

 

「む」

 

 キッチン剣豪が動いた。

 彼の操る菜箸が卵を持ち上げ、たどたどしい動きで隙間に新たな卵液を流し込む。

 たったこれだけの動作を成したレイジは精根尽き果てたような顔で換気扇を見つめているが、そのホンキっぷりをカナタは笑ったりしない。

 

 油、チョイと少なかったかもな──

 

「うお」

 

 そう思ったカナタがコップを置くのと同時に、うめくようなレイジの声が朝の空気に混じった。

 

「ダイジョブだよ。そのままやったら、きっとうまくいくぞ」

 

 カナタがレイジの背中を優しく叩いた。

 こびりついて真っ二つに裂けた卵焼きを前に、レイジはしばらく固まっていた。だが、小さく頷いてすぐに気を取り直す。

 卵焼きは何度も焼け付くフライパンの上を転がりながら、徐々に元の形を取り戻してくる。

 

「カナタ」

「──ん」

 

 そう言ってレイジが皿に取り出した卵焼きは、少しだけ崩れていた。

 

「その……少し、汚いかもしれん」

 

 彼の言うとおり、端のほうは焦げ付いている。包丁を入れた断面にも、まるでノリを巻いたような黒いコゲつきの層が見える。

 それをひとかけ摘み上げながら──カナタはすでに、レイジをハグしてやりたかった。

 どれだけ不恰好だろうが、どれだけマズかろうが、これは初めて彼が完成させた卵焼きなのだ。洗濯も掃除もできなかった男が、たった一人の手で。

 

「あっ」

 

 カナタがそれを口に放り込んだとき、レイジが小さく声を上げた。

 未完成の習作を教師に見られてしまったようなリアクションだった。

 

「うん、ウマい!」

 

 カナタが顔をほころばせた瞬間から、彼の不安はゆっくり解けていった。

 

「ああ……よかった……」

 

 彼は大きく脱力する。

 よろめくように下がった彼がシンクに尻をブツけた音がこっけいなほど大きく、それを耳にしたカナタが笑った。

 ホフホフと口を開いて熱を逃がす彼女の顔を見ているうちに、レイジは胸のあたりが少し暖かいことに気づく。それは、からっぽな彼のどうしようもない空洞に投げ込まれた日差しのようだった。

 お代わりなら山ほどある卵焼きをゆっくりゆっくり、勿体がるようにカナタは味わう。

 

「ング……」

 

 どうしてたった一切れの卵焼きを惜しむような顔をして飲み込んでいくのか、まだ彼には分からない。

 ただ──もしかして自分がカナタの卵焼きを平らげるときも、同じような顔をしているのだろうかと考える。

 

「うん。ダシの味、アタシ好みだよ。あとはそうだな、形をキレイにできれば……」

 

 皿の上で湯気を立てる卵焼きを、二人は改めて観察する。

 

「ちょっとしよっぱい気もするが……」

「まあな。でも、いいんじゃないか。アタシのレシピに、レイジの個性が混ざるってのも」

 

 カナタがおいしそうにパクパク食べているのを見ると、レイジも腹がすいてきた。

 

「めっ」

「おわ」

 

 しかし、彼が伸ばした手はカナタによって撃墜されてしまう。

 何がなんだか分からず、手を押さえて立ち尽くすレイジの前で、彼女は茶化すように笑い返した

 

「これはアタシんだ。アタシだけの卵焼きだ。だいじに食うから、オマエの分はない!」

「そ、そんなにか……?」

「あったりまえだ」

 

 手に取った皿を抱え込むようにしてレイジから遠ざけつつ、カナタはしみじみと付け加える。

 

「ヒトの作った卵焼きって、なんかイイよな……」

「そうだな」

 

 お腹はペコペコだったが、とりあえずレイジは、後片付けをすることにした。

 彼の手つきはトコトン不器用に見えるが、それはスポンジや食器を丁寧に扱っているからだ。皿たちが肌をこすりあう音の合間に、彼の呟きが浮かぶ。

 

「……俺も、カナタの作った卵焼きが大好きだ」

 

 そう言ってから、レイジはカナタが静かなことに気づく。

 手を泡まみれにしたまま横を向くと、彼女は卵焼きを口に突っ込んだままのポーズで立ち尽くしていた。

 

「ど。どうした……?」

 

 彼に話しかけられ、彼女は慌てたようだった。

 急いで卵焼きを飲み込もうとするが、それはレイジの作ったもの。心なしか頬の赤い彼女がゆっくり時間をかけて顎を動かす間、彼は緊張した面持ちでそれを見つめていた。

 

「ン!」

 

 彼女は手振りで、よそを見るように示してくる。

 怒っているようにも照れているようにも見える、よく分からない顔をしていた。

 

「カ、カラとか、入っていたか……?」

「そうじゃねえよ」

 

 ようやく卵焼きを飲み込んだカナタは、二人分のコップに麦茶を注いでいった。

 

「…………ちょこっとばかし照れただけ」

 

 どけよ──そう言ってレイジを押しのけると、カナタは半端になっていた洗い物を片付け始めた。

 

「どうして、俺に料理を作らせたがるんだ?」

 

 長らく抱えていた疑問を、レイジは口にした。

 カナタの手際はとてもいい。彼女に洗われたフライパンが瞬く間にピカピカになっていくのと同じように、毎日の弁当作りなら彼女一人で事足りる。

 忙しくなるからオマエも手伝えと言われてチャレンジすることになった手料理だったが、それが単なる建前だったのは、レイジにも明らかだ。

 

「ひとつは、オマエの『にんげん』作戦だな。んで、もうひとつあって──」

 

 レイジを人間らしくする。その約束はまだまだ前途多難だが、大きな進歩が見えて、今朝のカナタは機嫌がいい。

 通路に面した窓から差し込む朝日を受けて、彼女の白髪が輝く。菜箸の水気を拭き取る彼女の笑顔は、すがすがしかった。

 

「アタシら、海行った後はお別れだろ」

 

 カナタがフライパンの上に垂らした卵が、じゅう、と音を立てた。

 

「記憶が戻ったら、いろいろ片付けなくちゃいけねえもん。父さんも母さんも心配してるだろうし、地元の学校だって顔を見せなきゃだし」

 

 なんだかんだで気に入ってしまったキリエの持ち歌をフンフン鼻唄しながら、彼女は弁当に入れる分の卵焼きを作っていく。レイジのものとは比べ物にならない、形がそろって焦げ目も程よくついた、完璧な卵焼きを。

 

「レイジ、こんどはアタシのを味見──」

 

 切り分けられた黄金の卵焼きを皿に盛ったカナタが、レイジの方を見た。そして彼女は、そのまま固まってしまった。

 

「おいおい、どうした?」

 

 カナタが料理を始めて一品完成させるまでの間、ずっと口を開かなかったことに彼も今気づいた。何万年もしゃべらなかったように、顎が重かった。

 

「オマエ、顔」

「顔?」

 

 思わず問い返した声が、少し裏返っていた。

 そっと、カナタの手が触れる。それはまだ髭剃りをあてていなかった彼の頬の上で、ジョリ、と音を立てた。

 

「すごい顔してるぞ」

 

 彼の傷だらけの指が、眉間の深いしわを探り当てた。眉は垂れ、口元はいつもに増して固い気がする。

 ひどく困惑した表情を浮かべていることに気づき、いっそうしわを深く刻むレイジの前で、カナタはくすぐったそうに笑った。

 

「もしかして……寂しいのかァ? ンン? このアタシとお別れするって考えて、そんなに寂しくなっちまったのかァ~ン?」

「それは……そうだろう」

 

 考えるだけで悲しいと思った。

 だというのに、背伸びして彼の頬をペチペチ叩いてくるカナタは、なぜか嬉しそうに見える。まるで、卵焼き以上のサプライズプレゼントが降って来た、と言わんばかりに。

 カナタの感情を追うのは、やはりレイジにはまだ、難しい。

 

「だからこその卵焼きなんだよ──ほれ」

 

 カナタは指でつまんだ卵焼きを、レイジに差し出した。

 彼は促されるまま、それを口に含む。

 

「アタシの味、覚えたか?」

 

 もごもごと口を動かして、レイジは、キチンと飲み込んでから口を開いた。

 

「甘くて。花みたいな、いいにおいがする……」

「アタシの指じゃねえよ。卵焼きの方だよ。きしょいのは相変わらずだな」

 

 すばやくツッコんでから、それでも喜びは隠せないように、カナタは口の端をほころばせた。

 

「寂しくなったら、アタシの卵焼きを作れ。そしたらどこへ行っても、いつでも、一緒にいるようなモンじゃねえか」

 

 レイジは黙り続ける。

 カナタは笑みを浮かべたまま、弁当作りに戻っていった。

 朝日に青色をきらめかせる彼女の瞳は、きっと、遠いところを見据えている。ドームに覆われた西町を脱出した先にある、自分の生活や、家族のことを。

 彼女にあるのは希望だけだ。それを見つめるレイジは、息が詰まりそうだった。

 

 カナタは、オモトカナタではない。

 

 この嘘まみれの町を支配する男から聞かされた、残酷なまでに純度が高い真実。

 外の世界がどうなっていようと、奇跡的に『青林一丁目』が残っていて、そこに『オモトカナタ』の家族が暮らしていたとしても、それは彼女の居場所にはなれない。

 

「帰る場所なら……ここでいいんじゃないか」

「そうもいかねえって。あ、たまには遊ぼうな。これっきりなんてヤだし」

 

 空中で菜箸の先っちょをくるくる回しながら屈託ない笑みを見せてくるカナタは、自分のことを何も知らないのだ。

 自分と同じ姿、同じ名前を持つ少女が十年近く前に死んだこと。自分という存在の核でさえ存在しないカナタは、ひょっとすると、レイジ以上に空虚な存在だった。

 

 ────教えるべきだ。何があろうと。それがお前の役目だろ、レイジ。

 

 責めるような自分の声は、心の最も脆い場所を容赦なく抉った。

 たとえバットで頭を殴られようが顔色ひとつ変えないレイジでさえ、耐え切れないほどの痛みを引き起こす言葉だった。

 だから彼は、黙り続けるしかない。

 

「この部屋もだいぶ片付いた。オマエ、けっこう掃除の才能あるぞ」

 

 次々とボウルに卵を割り入れながら、彼女は滔々と語る。

 

「オマエはアタシを海に連れて行って、アタシはそれまでお前の面倒を見るだけの関係。そこんとこキッチリしとかないと、だもんな」

 

 ほらほら、邪魔だから行った行った。そうやって追い払われるようにしてリビングに戻ったレイジだったが、消化できない気持ちが腹の中にぐるぐると渦巻いたままだった。

 

「なあカナタ……もしよければ。行く場所に困ったりしたら……」

 

 レイジはその先を言えなくなった。

 朝食と、そしてクラスメートの弁当を準備するために、忙しくキッチンを行ったり来たりするカナタを見ていたら、喉がつかえてしまった。

 

「どした?」

 

 視線に気づいてカナタが振り返る。

 

 そこには、置き去りにされたように立ち尽くすレイジがいた。

 

「前に、姉さんの話したろ」

 

 カナタの後姿を見ていたら、思ってしまったことがあった。口に出すかどうか悩んで、結局そうした。

 

「俺に姉さんとか──母さんがいたら、カナタみたいな感じなのかなって」

 

 唐突に沈黙が訪れた。

 静かに、とても静かにカナタが包丁を置いた。それだけで、レイジは自分がマズいことを言ってしまったのだと気づく。

 さっきまでの和やかな空気は、もう無い。

 

「キンモ」

 

 静かな、それでいて突き放すようなカナタの呟きが聞こえた。

 彼女がヒーターにフライパンを叩き付けた音が大きく響き、レイジは飛び上がるほど驚いてしまった。

 

「二度と言うな。次抜かしたら抉り出したオマエの目玉で卵焼き作ってやるからな」

 

 ■

 

 

「ええっ、 骨折マン退院しちゃったんですか!?」

 

 平日放課後。病院の待合に、ルリコの元気な叫び声が響いた。

 周りの客と受付にイヤ~な顔で見られても、彼女はまったく気にしない。

 

「今朝? いきなり? …………なによアイツ。快気祝いに何か奢らせようと思ってたのに」

 

 快気祝いといったら普通は怪我人がもらうもんじゃないか、とツッコむ余裕すらないほど、レイジは今、気まずかった。

 大勢のジジババに囲まれてイスに座った彼は、そっと隣を見る。そこに座るカナタも、彼のことを見ていた。

 見ると言うよりは睨み付けて。

 横顔に錐をネジ込んでくるような視線に耐え切れず、レイジは静かに顔を真正面に向けた。

 

「ぐるる」

 

 猛獣のうなり声が聞こえる。ここ数日、彼女はずっと機嫌が悪い。

 もともと堪忍袋の緒がそれほど頑丈なタイプではなかったが、彼女の怒りはいつでも、花火のようにパッと発散されてその場で終わるものだった。

 しかし、今回の持続力はフルマラソン級だ。

 うっすら冷や汗をかきながらレイジが目を瞑ると、未だに燃え盛る怒りの炎の熱が、湿布臭い空気の中を伝わってくるようだった。

 

『市内全域で相次ぐ床下浸水。専門家の意見によると、これは地殻変動により──』

 

 天井に設置されたTVがニュースを垂れ流している。

 

『ここにきて最近はひんぱんに停電までしてますからァ。そろそろ古いインフラってのは──』

『次は非常時のための防災グッズ特集です』

 

 最近、西町のテレビ放送には些細な変化が訪れた。

 つい一ヶ月前は擦り切れた映像で同じデートスポット紹介を延々と垂れ流していたチャンネルが、頻繁に新しいニュースを伝えるようになった。

 そのほとんどは例の潮水の被害によるものだ。あの黒い怪物を媒介する水が、市内どこででも沸いてきている。

 

 ここは地下2000メートルだ。だとしたら、地球上に安全な場所なんてあるのか?

 

 レイジが心の中で問いかけても、色飛びしたブラウン管が答えてくることはない。大量の咳き込みとカナタのうなる声の中に、彼の疑問は沈んでいった。

 

「っぱ金髪ってダメだわ。フミオのやつ、退院っていうか脱走したみたい」

 

 受付にカラむのを諦めて、ルリコが戻ってきた。

 

「電話しても出ないし、夏祭りの日だってのにドコほっつき歩いて……あら?」

 

 そう言って背伸びしたルリコは、レイジたちの頭越しに何か見つけたらしい。

 つられて二人も振り返る。と、なにやらモジャモジャとした黒い塊が、ガタのきた自動ドアを押し開けるようにしてモジャモジャ歩いてきた。

 

「おやおや。皆さんおそろいで──」

 

 待合の視線を独り占めして三人の元までやって来ると、もずくは痰と咳が絡んだような声を発した。

 

「まったく。どうしてこうもオフの日によく会いますかね」

 

 点滴跡があちこちに残る腕で、そいつは長く垂れた前髪をかき上げた。

 キリエだった。

 元から血の気が薄い頬が、今日は絶好調だ。カナタといい勝負ができそうなほどの白をしている。

 しかもこちらは血色が一切感じられない紙の白。救急車に頼らず自分の足で病院に辿り着けたのが不思議なほどの不健康大爆発だった。

 

「こちとら、なんもない日まで教師のマネ事したくねーんですよ。散れ散れガキども」

 

 おまけに機嫌もいい。

 霊安室から這い出てきたゾンビと話している三人組も、注目を受けていた。

 すぐ傍の老婦人が、命綱を握るようにジャリジャリと数珠をこする音がする。それを聞くルリコは居心地悪そうに、いつもの生徒会長ポーズ(うでぐみ)をする。

 

「先生……アンタみたいのが、どうやって教員試験を突破したわけ?」

「挙手制だったんですよ。人いねーって言われて。どうせ落とされるだろって思ったらまんまとクソ仕事に当選した形ですよ。あーあ」

 

 そこでキリエは背筋を伸ばそうとした。だがすぐに、その背は見るも無残にタレ下がった。腰も痛めているようで、さする手には力がない。

 数日前にダンプカーのような巨大怪物を蹴り飛ばした人間とは思えないほど、彼女はヨレヨレだった。

 おまけに、彼女の教え子たちですら嗅いだことのないニオイまで漂っている。三人、顔をしかめてはいるが──さすがに思い当たるものの名前を、口に出すのは(ハバカ)られた。

 

 ただ、臭う。

 それも不穏なものが。

 

「ところで三人はどうして──」

 

 そこまで口にしたところで、キリエは、はっとしてレイジを見つめた。

 ちょうどカナタとルリコにサンドイッチされる形で、彼はぼんやりと突っ立ってるだけだ。もずくの塊がプルプル小刻みに震え始める。

 三人の頭上で、『産婦人科』のプレートがエアコンの風にあおられていた。

 

「え──あ──いや。いやいやいやいや!」

 

 キリエの視線の意味に思い至ったルリコが捻じ切れそうな勢いで首を横に振った。

 

「違う。先生分かってんでしょ、私がレ「レイジくん! そういうトコはキチンとしなさいっていいましたよねェーッ!!」

「な、なんですかぐわっ」

「このバカチンが──!!」

 

 死体のようだったキリエが、束の間往時のきらめきを取り戻した。

 しかし、冴え渡る爪先が向けられたのは教え子の太い顎。コンクリートブロックを砂に変えるほどの威力が、レイジにクリーンヒットする。

 鞭でつんざくような音と共に宙に浮いた彼の体は、そのまま垂直二回転。

 

 ドッサァ

 

 巨体が床を打つ音を最後に、待合はシンと静まり返った。ゾンビがヒグマに変わった瞬間だった。

 

「避妊ってモンを知らないんですかーッ!? マセガキがァー!」

 

 痙攣を繰り返す彼の襟首をつかんで、キリエが軽々と持ち上げる。

 

「す……するわけないじゃないですか、そんなことッ!」

「うわ」

 

 レイジなりに誤解を解こうと必死だったのだろうが、言葉のチョイスが最悪(ゲロゲロ)だった。

 カナタが目を覆った瞬間に、彼の姿がかすんで消える。直後、何かが爆発したような音が響いた。

 激震のせいで蛍光灯からパラパラと年季の入ったホコリが落ちてくる。

 無言で天井を睨むキリエの手に、ちぎれたシャツの襟が握り締められている。

 みんなが呆気にとられて見上げる先で、天井からレイジの下半身が生えていた。世界で一番バイオレンスな「たかいたかい」によって、ロケットのような勢いで打ち上げられたのだ。

 

「がっ、そういうやましいことは、ごほっ、してないって、言ってんです!」

 

 天井に突き刺さったままのレイジが、バタバタと足を振り回しながら弁解した。

 

「アァ、この期に及んで何言っちゃってくれてんです!?」

「あ、あの、先生。いいかしら、ちょっと」

 

 凄むキリエに、ルリコがおずおずと声をかけた。

 さすがの生徒会長でも、担任が大男一人を片手でブン投げるところを目の当たりにしてから声を掛けるのには勇気が要った。

 

「とりあえず出ましょ。ここ、マジで居心地悪くなってきたから」

 

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