海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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6.せんせいと生徒たち(2)

「なあーんだ! そういうコトですかあ!」

 

 飛んでるセミがボトボト落ちてくるほど暑い日だった。

 

「先生七年ぶりにヤな汗かいちゃった。てへてへ」

 

 死にそうなほど顔色が悪いくせに、妙に元気なキリエに続く形で四人は進んでいく。

 日差しで真っ白に焼かれた病院前のバスターミナルに、点々と残されていく赤い雫はレイジの顔面から滴ったものだ。

 

「ま……間違いくらい……誰でもしますから、ね…………」

 

 明らかに納得していない様子の彼は、顎と額にティッシュをあてがっていた。キリエの容赦ない『指導』によって出来た傷が、うまく塞がっていない。

 引き裂かれたシャツの胸元は血で汚れ、ティッシュと一緒に生々しい赤色に染まっていた。

 

「さすがにモンク言ってもいいぞ、それ」

 

 ぶっきらぼうにカナタが言い放った。

 そっと、様子を伺うようにレイジが彼女に目を移す。しかし、五歩先を歩く彼女は顔すら見せてくれない。

 

「バスで裏山……行くんですよね?」

 

 カナタとレイジの間に漂う微妙な空気なんてお構いなしにキリエが聞いた。

 裏山──そう呼ばれる小高い山が、西高の合宿所の裏手に控えている。山腹に沿って敷かれた参道を辿った先に境内があり、そこが祭りの会場だ。

 

「さっきのお詫びといっちゃなんですが、付き合いますよ。むやみに高い焼き鳥とか、オゴってあげちゃいます」

「マジかキリちゃん!」

 

 それまでムスッとしていたカナタが目を輝かせた。

 

「マジマジ。大人はウソつきましぇん」

 

 エサをチラつかされた小型犬のように体にまつわりついてくる彼女に向かって、キリエはサムズアップをしてみせる。

 その動きに、まったくキレが無い。

 彼女の親指がヘロヘロ揺れているのを前にすると、レイジの中で不安が入道雲のように膨れ上がっていく。

 待合で感じたイヤな臭い。悪いままの顔色──彼女がムリに元気を振り絞っているのは明らかだ。

 レイジは俯き加減に歩き続ける。そして、ただならぬものを感じているのは彼だけではなかった。

 隣を歩くルリコが、彼に軽く目配せしてきた。

 

「せんせ」

 

 彼女は軽く咳払いして気を引いた。

 

「病院いいんですか。診察とかそういうの、あったんじゃないんですか」

「後回しで問題ありません。大丈夫、でーす」

 

 キリエがブロックの段差に蹴躓いてよろめいた。その姿は「大丈夫」からほど遠い。バスターミナルのひさしの中に入った彼女は、支柱に手をついて息を落ち着けた。

 

「それに好きじゃねーし。病院っての。感染症のとき散々キツい目見たし、さっきだって天井ブッ壊しちゃったし。居心地悪いし」

「あっそ」

 

 ルリコは襟元を引っ張って、火照った素肌を冷やす。

 “こりゃ何言ってもムダね”──と、レイジを見上げるその目が言っていた。

 

「それじゃ、先生のおサイフに甘えてお祭り満喫しちゃいましょ」

 

 バスを待つ彼らが耳を澄ますと、すでにフライング気味の太鼓の()が聞こえる。

『西町涼水祭』のスタートは日暮れからということになっているが、それはあくまで一応の日程だ。

 地方というのは、ちょっとした催しに妙に血を騒がせる。

 何日も前から祭囃子のリハーサルにせいを出す町民たちが、当日にかぎって大人しくなるワケが無い。

 古い町並みの路地一本一本にまで染み渡っていくような囃子の中で、ありふれた夏の午後の日差しが、妙に茜色を帯びているように感じさせる。

 バスターミナルを吹き抜けるヌルい風は、煙とソースの香りがした。

 

「りんご飴とかいいな。しばらく食べてないし。金魚すくいもやってみたいし、ヨーヨーとか、射的なんかも──」

 

 ルリコの後ろ手で、通学かばんがぶらぶら揺れている。

 夏の訪れと共に開かれる一大イベントを前に、彼女の気持ちも浮かれているようだ。

 

「なによ。アンタたち」

 

 やがて彼女は、三人が自分を見つめていることに気づいた。

 

「てっきりルリコはこういうの断ると思って……なあ?」

 

 カナタが同意を求めるように視線を向けた先で、ほかの二人がバラバラにうなずいた。

 海へ行く話が持ち上がったとき、レイジはその場にいた。ルリコが“時間のムダはバカ同士で~”と一蹴したことを覚えている。

 周りがどれだけうわついていても、輪の外から醒めた目を向けているのがこれまでの彼女だったはずだ。

 

「いいでしょ。これからは自由にやるって決めたのよ」

 

 彼女は少し照れくさそうに笑って髪の毛をフワリと翻した。傾き始めた日差しに透けて栗色に照る髪が、レイジの目には鮮やかだった。

 

「さ、バス来るわよ。混んでるだろうから、うすらデカコンビは席詰めてよね」

 

 やがて、ベージュに所々サビを浮かせた市バスがターミナルに滑り込んできた。

 

「そういえば、変わったことが一つあってね──」

 

 夏の日向を走りぬけて、焼けたタイヤの匂いをくゆらせる車体は熱の塊のようだった。ステップを踏みしめる彼女たちの首筋がじんわり汗ばんでいく。

 

「今ね、公園に住んでるの」

 

 ルリコの予想に反して、バスは空いていた。

 

「は?」

 

 なので彼女が放った爆弾発言も、その後にカナタが裏返した声も、ぞんぶんに車内響き渡った。

 

「こ、公園、生活だァ……!?」

「そうそう。三区の。広場を拝借して、テント張って……」

「あそこらへん、エラく治安悪いですよ。不審者に襲われたりしません?」

 

 バスが動き出すと、キリエの首が大きく揺れた。

 いつもいつも破天荒で胃痛のタネを作る彼女まで度肝を抜かれたのが面白かったようで、ルリコは笑いながら腕をまくった。

 

「心配無用です。私、けっこうやりますんで」

 

 彼女が細腕を突き出すと、申し訳程度のちからこぶがぷくりと主張する。

 

「寝込み襲われようが、そこらのヘンタイくらいなら返り討ちよ。ボコって」

「た、たくましすぎる……」

 

 さすがのレイジも開いた口が塞がらない。

 過酷な方法で身体を痛めつけ、半分廃墟のような場所で暮らしてきた。しかし彼にとっても都会のド真ん中で野宿なんて、未曾有のチャレンジだ。

 加えて、そんな決断に踏み切ったのが、よりによってルリコ。完全に彼の理解のキャパシティをオーバーしている。

 

「ルリコ、キレイ好きじゃなかったか?」

 

 かろうじて彼が搾り出した言葉に、彼女は猛烈に頷いてきた。

 

「そうそう! 銭湯とランドリーだけは外せなかったのよ。ビンボー生活するハメになると思ってたんだけど……(マリコ)にカツアゲされてた時よりぜんぜん楽ちん」

 

 壮絶なことを語っていても、ルリコは常に笑っている。

 

「あの頃の私、ちょっとイカれてたわよね」

 

 そう付け加えてから、ますます面白くなったようだった。彼女は大口を開いて、バス中に響くほどの笑い声を上げた。

 その音に自嘲の色は無い。むしろトコトン明るく、弾けるような屈託のない笑い声────だったが、それをアハハと笑って済ませられるほど、聞く側は気楽でいられない。

 まさかのアルティメット家出、女子高生キャンプ生活、公園での自給自足……真面目で優秀な生徒会長から矢継ぎ早に放たれた衝撃発言に、一同フリーズ気味だ。

 

「お、女の子の野宿とかありえないって。前アタシに言ったよな!?」

 

 カナタの表情はめちゃくちゃだ。

 驚きと焦りと呆れ。すべてをいっぺんに叩き込まれたせいで、顔の左右で感情が揃っていない。

 

「うるさいわね。こちとら生徒会長よ。無敵よ」

 

 ルリコがいつものムチャ理論でカナタを黙らせるのと同時に、バスが信号に捕まった。

 ブレーキの微かな揺れと共に吊り革がギシ、と軋む。その音にほんの少し憂いを帯びた「でも」が落ちて、午後の空気を僅かに濁らせた。

 

「でも。さすがに浴衣はガマンって感じかしら。夏祭り……なんだけど。さ」

 

 そう言って、彼女はみんなの前で古びたサイフをひっくり返した。あかぎれだらけの手に落ちたのは数枚の百円玉。

 どれだけポジティブに構えていても、苦しいものは苦しいのだろう。

 

「おや。それならちょうどいい。次で一旦降りましょう」

 

 彼女の掌を覗き込んでいたキリエが、ふっと笑った。彼女の細く長い指が、停車ボタンに伸びる。

 ポーンという音とともに、車内に“商店街”の名が響いた。そこから裏山までは、かなり距離がある。

 

「なんで?」

 

 急な寄り道を告げられてルリコが首をかしげた。

 

「先生の実家、着物屋してるんで」

 

 やがて信号が変わり、バスが再び走り出す。開いた窓の外から聞こえる太鼓の音に混じって、ゴロゴロという雷鳴が聞こえた。

 

 ■

 

 

「別行動しましょ。レイジ、アンタちょっと厄介払い」

 

 商店街の入り口でバスを降りたとたんに、ルリコがレイジを引き止めた。

 

「厄介払いって、面と向かって言うものじゃないだろう」

「フミオの様子見に行って、ついでに差し入れでも渡してきなさい。友達でしょ」

「それは、そうだが…………」

 

 ルリコの肩越しに、レイジは先行したカナタたちの様子を見る。

 腕組みして壁にもたれた彼女に、キリエがジュースを買ってやっていた。

 コーラの缶を受け取った瞬間、カナタの表情が輝くが──レイジの視線に気づくと、彼女はあわてて視線を外し、ふくれっ面を装った。

 

「今回もズイブンこじれたわねえ」

 

 ルリコがデカいためいきをついた。

 今回『も』という響きに若干思うところはあったが、レイジは黙るしかない。不用意なことを言ってカナタをキレさせたのは、間違いなく彼だ。

 

「ここはガマンよ。カナタのすっごいキレイな浴衣姿、見せてあげるから」

 

 カナタの浴衣──どんなことにも動じないレイジの心が、少しだけ揺れた。

 しばらくルリコの前に立ち尽くしていた彼は、やがて迷いを押し込むように小さく頷いてから反対方向に歩きだした。

 フミオの実家である暮酒店の看板が、揺らぐ大気の向こうに控えている。

 しょんぼりした大きな背中が、溶けるように人ごみにまぎれて行く。それを見送ってから、ルリコは二人のところに戻った。

 

「あのバカタレでくの坊は?」

 

 口から炭酸水の缶を離したカナタが、小さなげっぷをした。

 

「愛しのフミオくんのトコよ。お見舞いだって」

「じゃ、ここからはチーム女の子で仲良くしましょ」

 

 身長2メートルの28歳児に率いられて、一同は着物屋を目指す。

 彼女たちの頭上で、入道雲の輪郭をなぞる日差しが黄色味を帯び始めていた。

 モコモコとしたやわらかそうな雲だが、大きな雲の下には、当然大きな影が落ちる。それは立体画像でも変わらない。

 珍しく人でごったがえす商店街に吹き込む風は、濡れたアスファルトの匂いがした。

 

「花火、見れるかしら……」

 

 ルリコの長いまつげが不安そうに瞬いた。

 この町の裏事情を知らない彼女の目が空に向いているうちに、カナタは歩調を強めた。キリエの隣に並んで、そっと耳打ちする。

 

「ここ、ドームの中だろ。天気ってのも、そっちで作ってんだろ」

 

 キリエが一度頷く。

 

「しかもリーダーのハゲはお祭り大好き人間ですからね」

 

 西町の気象は人為的に操作されている。

 ここを支配する防衛局は冷徹な組織だ。だがトップの局長(ハゲ)、つまりフミオの父ブンタは、野暮を嫌うサッパリとした人間だ。

 彼が祭りの日を狙い撃ちして雨を降らせるような意地悪をするとは、カナタには考えられない。

 

「黙っておきましょ。『ハラハラすんのも祭りの醍醐味』ってハゲ言ってたし」

「なるほどなあ。じゃ、ここはテンチョーを尊重(ソンチョー)しとくか」

 

 缶をゴミ箱に押し込むカナタの隣でキリエは舌を突き出した。あまりにハゲハゲ言いすぎて、輝く頭をこすりながらニヘラと笑うブンタの顔が脳裏に浮かんできた。

 

「ぺっ」

 

 ムカついたので、キリエは路肩に唾を吐く。

 それで被害をこうむったのは、ちょうど散歩を楽しんでいたポメラニアンのトンプソンくん(2歳)だった。

 彼は比較的おとなしい性質だったが、目の前にマーキングされた瞬間野生を取り戻した。飼い主の少年が握ったリードを引きちぎれそうなほど張り詰めさせて、彼は目の前の電柱女に吠え掛かる。

 

「うるせえバカ犬! バウバウ!」

 

 勢いよく四つんばいになったかと思うと、キリエは全力で威嚇した。

 哀れな犬と、少年。ふたりして硬直する前で、キリエはスッと立ち上がった。そのまま、勝ち誇った顔でズンズン歩いていく。

 

「でも、本当に雨が降るかも。もしくは雪が」

「は? なんでよ?」

 

 町内トップクラスの問題児から距離を取って歩きつつ、カナタが呟きをもらした。

 

「だって、ルリコがこういうことに自分から付き合ってくれるなんて珍しいだろ。野宿のことも。正直──」

「正直?」

 

 口ごもったカナタに、いいから言ってみればいいじゃない、とルリコが促してくる。

 

「悪く受け取るなよ。でも、ルリコらしくねえ」

「あは」

 

 軽く笑ってから、ルリコは人ごみにキリエの背中を探す。

 ガリバーのように歩幅がデカいくせに、同行者のことをまるで考えない。彼女の姿は既にとおく、雑踏の上で揺れる黒髪が彼女の居場所を示していた。

 

「やっば。カナタ、走りましょ」

「え、ちょ、ちょっ!?」

 

 軽やかに駆け出したルリコの後を、あわててカナタが追う。栄養不足で立ち上がることすらおっくうそうにして、毎日倒れていた頃がウソのようだ。

 

「どうかしら、アンタが“死ぬぞ”って言った女の子の結末は!?」

 

 タップを踏むように、ルリコのローファーが音を奏でる。彼女がクルリと振り返って見せると、軽くウェーブした黒髪と制服のスカートが風に乗ってふわりと広がり、花びらのように踊った。

 

「は────うわっ」

 

 夏の日差しより眩しい姿に幻惑されて、カナタの足が一瞬止まる。

 その手を、ルリコが引いた。二人分の足音が焦げたアスファルトを打ち鳴らす。淀んだ温い空気は耳元を掠めて流れ始め、カナタは雑踏をすり抜ける風になる。

 

「変わっていくって、いいことよね!」

「え、なに。なにそれ?」

 

 ルリコの息が弾む。カナタもそうだ。血潮が首筋で強く脈打ち、汗となって流れ落ちる。香る日焼け止めのにおいに、彼女は夏を強く感じた。

 

「レイジだけじゃない。私もアンタに心を動かされちゃったってこと!」

 

 ルリコが、ぐんとスピードを上げた。

 夏祭りの匂いの中に、甘いポップコーンの香りが漂った。

 そしてカナタは思い出す。みんなで映画を見に行った日、強引にルリコの隣の席に尻をねじ込んで、ケンカの末に放った一言を。

 

「──え、アレ? アレ、そんなに効いたの!?」

「まあまあね。今までの積み重ね全部棒に振って、ホームレス始める程度だけど」

 

 足をもつれさせながら、カナタは考える。『まあまあ』で済ませる話ではない。

 ルリコをなんとかしてやりたいと必死になるうちに口をついて出た言葉が、彼女の心に恐ろしいほどのクリティカルヒットだ。

 

「はあ……はあ……いやなんか、マジでなんか、ごめんな……」

 

 カナタはようやく、それだけ口にした。

 少し先でキリエが手招きしているのが見える。ルリコは徐々にスピードを落とした。

 

「なんで謝るのよ」

 

 カナタはかけっこ有段者だが、ルリコはあの細い身体で、更にその上を行く。

 全力疾走で肩で息をするカナタに手を貸す彼女は、ケロっとした余裕の笑みだ。それと対照的に、カナタは何かを恐れるような上目遣いで見返した。

 

「アタシ、ルリコの人生ダメにした?」

 

 子供にとっては家が全て。たとえどんな家であっても──あの日、カナタが真剣だった分、ルリコも真剣に取り合ってくれた。

 そこでの言葉は偽りのない彼女の思いだ。

 いくら強い力でブン殴られて家出する覚悟をキメたとしても、価値観がそう簡単に変わるはずは無い。

 

「いいのよ、ホント。これは私が決めたことなんだから」

 

 それでも、ルリコの顔には一切の翳りがなかった。

 

「後悔、しないか?」

「いつかするでしょうね。めちゃくちゃ」

「うっ」

 

 苦しそうな声を漏らしたカナタがガックリ肩を落としたのを見て、ルリコは手を叩いて笑う。

 

「何かを選べば、人は多かれ少なかれガッカリすることになるわ」

 

 それまで繋いでいた二人の手が、まるで自然にそうなるように、そっと離れていった。

 

「大事なことは、自分で選んだってこと。でしょ?」

 

 その手で頭を撫でてくれるルリコの顔は数日でずっと大人びたようで、カナタには眩しかった。

 

「お姉さんって、こんな感じなのかな」

 

 ルリコが目を丸くした。

 

 ──あ、やばいかも。

 

 カナタは身構えてしまう。

 何を隠そう、今のカナタがレイジにキレ続けている原因となった言葉だ。

 彼に家族だと思ってもらえるのは嬉しいはずなのに「姉や母」という単語を聞いた瞬間、拒絶反応が出た。

 モヤモヤして、少し悲しくなる感じだ。だからルリコも、同じようなリアクションをするのかもしれないと思った。 

 

「はは。出来の悪い妹がもう一人?」

 

 予想に反して、ルリコは心底楽しそうに笑ってくれたが。

 

「いいかもね…………そんなのも。レイジのトコに飽きたら、ウチの公園来たら」

「ウチって。コーキョーブツだろ。公園って」

 

 照れくささ半分でカナタが笑うと、ルリコも笑う。

 そんな風に立ち止まっていると、大きな影が二人を飲み込んだ。キリエだ。

 

「もしもーし、お嬢さん方。お話終わった? センセーの前であんまり眩しいモン見せないでくださいよ。目が潰れるから」

 

 呆れたように言うキリエの顔は、穏やかだった。

 

「うーわ。いっちょ前の保護者みたいな顔しやがって」

「ほんとだわ。この教師くずれのアル中が」

 

 カナタ達の放った容赦のない一言が、すぐにその表情を粉砕したが。

 

「ふんだ! 浴衣おごんねーぞガキども!」

 

 キリエの背後には古い呉服屋があった。

 いかにも下町の老舗といった感じの、木枠にガラスが嵌められた戸の奥に、土間と座敷があって、反物がきれいに収められた棚があって……上品そうな老婦人が、微笑みかけてきた。

 彼女がキリエの母親、なのだそうだ。

 

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