海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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6.せんせいと生徒たち(6)

 

「よお、お嬢さんがた」

 

 本殿近くの休憩所で、一行は声を掛けられた。相手は右目の下に引っかき傷のような特徴的なケロイドを持つ男だった。

 

「あら、おじさん」

「うーわ。祭りの屋台まで出入りしてんですか?」

 

 目を丸くするルリコを押しのけて、キリエが前に出ていった。

 

「祭りは稼ぎ時ですよ。ここ、ウインチも車道もないんで俺らみたいのがたくさん要るんすわ」

 

 頭に手ぬぐいを巻いた男の足元には大きな背負子(ショイコ)があり、ビニールに包まれた荷物がいくつもくくりつけてある。

 パッキングされた肉と、それを冷やす保冷剤にふくらはぎをくっつけて、男は休憩中のようだった。

 

「首、まだ治ってないでしょうに」

「なあに。ギプスが外れたってことは医者の太鼓判もらったってコトっすよ……姉御も今日は(トウ)──」

 

「ンッンン」ペラペラと喋る男の前で、キリエはわざとらしく咳払いした。

 彼は軽く首を伸ばして、彼女の背後を見やる。教え子たちが、困惑した顔を見合わせていた。

 

「あね……まさかサボったの? あんな大事なコトを!?」

「一日二日抜いても問題ありませんよ」

「おおアリですってヤバいですって! あんたの体終わってんだから!」

「ンンンン!」

 

 またもやキリエの咳払いが、男の話を中断した。

 

「ワーカホリックのフリーター野郎に気遣われるほど落ちぶれちゃいませんよ」

「仕事は俺の生きがい。姉御のはただの現実逃避。そこんとこ、間違えないで」

 

 カナタがポカーンとした顔で二人を指差す。行儀が悪い、とでも言いたげに、レイジはそっとその手を下ろしてやった。

 その、レイジですら呆気にとられた顔をしている。彼の後見人であるキリエは、社交性の無い破綻者だ。そんな彼女が、いっちょまえに大人と会話をしているのだから。

 

「このおじさん、先生の『本業』のほうの人ですって。知ってた?」

 

 固まったままの二人に、ルリコが耳打ちした。

 ケロイド男はそんな彼女の視線に気付いて、ヒラっと手を振ってくる。

 満面のスマイルで飛び出してきたキリエを思い切り轢いたという話のインパクトが強すぎて、正直ほかに何があったか思い出せないが、彼とは病院でちょっとした『世間話』をした仲だ。

 

「俺、近くでスタンバってるんで。姉御、もしものときは」

「うざったいですね。大丈夫ですよ。ダイジョーブ」

 

 ケロイド男とキリエの間ではなにやら深刻な話が進行中だったが、ルリコはかすかに安心する。職員会議でノケ者にされてるアル中教師が、プライベートでも孤独だなんて救いがなさすぎるからだ。

 

「ところで紳士淑女の皆々様よ。お兄さんからナパーム弾買わない?」

 

 不意に振り向いた男が、トンデモナイことを言ってきた。

 

「え。ナパ……なに? 爆弾?」

 

 思わずレイジが聞き返した。ナパームとはガソリン由来の油脂焼夷弾。

 石油が枯渇したこの時代に、そんな旧世代の兵器が残っているはずもない――が、ケロイド男はどうやら防衛局の人間だ。彼が『ある』といえば、言葉通り山盛りのナパームがどこかに眠っているのだろう。

 

「こら。それ、アウト。防衛局の機密」

「機密がなんだっつーんすか。古いの手作業で処分とか、神経磨り減りまくってんですよ。しくじって爆死とか、俺イヤですからね」

「だからって私の生徒に押し付けようとしてんじゃねーですよ」

 

 キリエがたしなめに走るほど、ケロイド男のネジも静かに外れまくっていた。

 平然と高校生に兵器の密売を持ちかけた彼は、涼しい顔して背負子をせおう。その背中に何度も女教師のキックが炸裂するが、どこ吹く風だ。

 

「これ、もってくの忘れてたでしょ。優秀な部下に感謝してくださいよね」

 

 男が懐から無造作に掴み出したのは、何本もの円筒だ。おまけに先端には導火線らしきものまでついている。

 

「うあっ、伏せろ!」

 

 カナタが頭を抱えてしゃがみこんだ。

 あれはダイナマイトだ。間違いない。ケロイド男のヤバさは、ここまでの会話で骨身にしみてよく分かった。

 夏祭りの日に神社爆破など罰当たり極まりないが、キリエの知り合いだ。何をやらかしても不思議ではない────

 

「カナタ。大丈夫だ。多分」

 

 爆発のときは、いつまで経っても訪れなかった。

 レイジの声で、ようやく彼女は顔を上げる。彼の手をつかみ、おそるおそる立ち上がった。

 

「お嬢ちゃん、なかなかシツレーだね」

 

 彼女たちの前に差し出されていたものは、輪ゴムで留められた、何の変哲もない──ろうそくの束だった。

 それを無言でひったくるように受け取って、キリエが歩き出す。

 

「ああそれと、白いほうのお嬢ちゃん」

 

 彼女の後を追ったカナタを、男が呼び止めた。

 

「なにさ」

 

 イヤそうに振り返ったカナタの前で、男は紙キレに何かを書きつける。

 よく手入れされたスキンヘッド。顔にはケロイドが走り、鍛え抜かれた肉体は動くたびに皮膚の下で筋肉がうねる────その見た目に反して、不気味に感じるほど彼の文字は流麗だ。

 

「こんだけよく会うなら、きっと縁ってやつだろ。これ、俺の連絡先」

 

 手渡されたメモ書きとケロイド男とを、カナタは胡散臭そうに見比べた。

 

「何か入り用になったら、ここに電話してくれ。なんでも手配するから」

「なんでもって?」

「おう。ミサイルでもバズーカでも用意してやる。特にナパームなんかはオススメだぜ。超高温で燃える新型が開発されたせいで、古いのドッサリ余ってて」

「映画、花屋ときて次は死の商人かよ……」

「ホラ。そんなヤツの与太に付き合ってんじゃないの。行きますよー」

 

 キリエとレイジが、石段に足をかけて待っている。

 彼らの元に小走りでカナタが欠けていくと、後にはケロイド男とルリコが残された。

 

「おっさん」

 

 カラン──軽く下駄の音を鳴らして、彼女が男の前に立つ。

 

「ハイハイ。おにいさんだからね。そのへん、ヨロシクね」

「どう?」

 

 気にせず、彼女はその顔をケロイド男に突き出した。

 猛烈な勢いにヘッドバッドを警戒したが、たじろぐ彼の予想は外れた。

 彼女の顔は真剣そのものだった。しばらく奇妙なポーズで硬直していた男はようやくその意図に気付いて、じっと彼女を観察する。

 血色のいい頬、ツヤのある黒髪。答えはもう、決まっている。

 

「そうだな。無関係な通行人Aにそこまでして意見してほしいなら──別嬪(ベッピン)さんだ」

 

 その言葉への報酬は、目にまぶしいほどの笑顔だ。

 去って行く彼女のことを、男は手を振って見送る。

 

「はあ……ああいうの見ると、俺らってもう若くねえって思っちまうモンすね……」

 

 子供たちの背中を叩きながら本殿に向かっていくキリエの背に、ケロイド男は語り掛けた。

 一歩一歩踏みしめるたび、彼女の体は危なっかしく左右にブレる。今日の『姉御』は珍しく生徒の保護者ぶっているが、自分がどれほど危険な状態か、理解しているのだろうか。

 

「あとは姉御も立ち直ってくれりゃいいんだが……ま、年寄り同士、せいぜい足掻いてみましょうや」

 

 キリエが聞いていたらチェーンソーを振り回して殺しにやってきそうなことを言いながら、彼は背負子を担ぎなおす。

 荷物を頼りなさげに揺らしながら、彼は行列に逆らって山を降りていった。

 

 ■

 

「ほい」

 

 ろうそくの束をバラして、キリエがみんなに配っていく。

 本殿が近づくにつれて坂の勾配は厳しくなり、キリエのフラつきもひどくなる。

 

「どこでも会うな、さっきのオッサン」

 

 ろうそくを受け取りながらカナタが振り返った。

 キリエの大きな溜息が、熱を孕んだ夜気をかき乱した。

 

「ヒマでしょうがないってんでバイト掛け持ちしまくってんですよ。おまけにコンプラ意識がこの私よりもユルユルのガバガバ」

「こんぷら?」

「揚げ物のコトです」

「ダメよ、カナタ。こんなオトナの言うこと信じちゃ」

 

 大勢の人たちと共に、幽かな光で濡れた石段を登っていく。

 いつしかちょうちんの数も減り、ぼうと光を放つ石灯籠が闇夜の案内人だ。ところどころに吊られた風鈴が、下駄と草履の足音の合間に響き渡る。

 カナタは嘆息する。

 まるで宇宙に伸びるガラス細工の階段を上っていくような気持ちだった。

 背中をそっと添えられたレイジの腕を感じながら、この先の本殿も突き抜けて、ずっとずっと銀河の中心へ歩いていけそうだった。

 ──たとえこれが、作り物の夜空でも関係ない

 自分がひとつの星になったような錯覚すら覚えてきたころ、静寂の中に──ドン、と太鼓がひとつ鳴り響いた。

 

 ドン、ドン。

 

 そこから更に一打。二打と続く。

 奉納演舞が始まったのだ。太鼓の音に急かされるように、参加者たちは歩調を強める。

 

「キリちゃん?」

 

 反して、足取りが重くなっていく者がいた。

 カナタからの呼びかけに答えず、キリエは苦しげに胸元を握り締めている。彼女の首から吊られたチェーンが、じゃら、と音を立てた。

 

「……急ぎましょう」

 

 足を引きずるような彼女に続いて、三人の学生たちはとうとう本殿に到着した。

 すでに相当な人数が集まっている。みな一様に真剣な面持ちで、中央の白い幕が吊られた舞台と、その四方で燃え盛る篝火を見つめていた。

 

「ホラ。あれが水神様ですよ」

 

 震える指先を追って、カナタは本殿の正面に目を凝らす。和紙製の、大きな張子が鎮座しているのが見えた。

 奉られる神といえばド派手な装飾が施された錦絵みたいなものや、後光のさした柔らかな観音様のようなものを彼女は想像する。

 だが、そこにあるのは何の造作も無い、白い飛行機のモックアップのように見えた。

 

「あんなんが?」

「そう。あんなんが、です」

 

 無感情にキリエが言い放った。

 

「きれいだな」

 

 そう言ったのはレイジだけだった。

 数人の手によって、張子の神が舞台の中央に運び出される。

 

 火の粉が空に舞い上がり、星屑のように瞬いた。

 

「あ」

 

 と、カナタが声を上げた。

 篝火の投げかける光に朧に照らされて、いつしか黒髪の巫女が立っていた。

 彼女の手には細長い松明が握られており、こちらにも赤々とした火が燃え盛っている。

 松明の先で必死に身をよじり、何かに触れようとするかのように舌を伸ばす炎を見ているうちに、カナタはレイジのことを思い出していた。

 

 彼女がレイジの右手をそっと探ると、彼は無言のまま、その手をしっかりと包み込んだ。

 

 一陣の風が吹き、火の粉がわっと舞い散る。

 それがはじまりの合図になったかのように、巫女の爪先が静かに前に滑り出た。

 水神と同じく、彼女の衣装は異質だ。それは和装というよりドレスに似ている。白い袖が夜気をはらみ、翼のように翻る。

 彼女の踊りには卓越したものがあり、その足裁きには、一切の迷いが見えない。黒髪が舞い上がり、涼しげな目元があらわになる。

 鳶色の瞳でフっと見据えられて、カナタはその美しさに思わず息を呑んだ。

 

「──ん?」

 

 彼女の隣で、ルリコが声を上げた。

 

「あっ、ザワちん!?」

 

 彼女に続いて、カナタもその正体に気づく。巫女装束の“彼”が、彼女達に軽くウインクしてみせた。

 

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