レイジはフジツボをひっぺがす。
ランタンの明かりの下で見るそれは、皮下に根を張ったというより、血肉の一部がそのまま別の生き物に変わったように見える。
腕の肉ごとはげたフジツボをしばらく見つめた後、レイジは砂場に向かって放り投げた。
「ちょっと。やめてよね、私の
それを見たルリコが唇を尖らせる。
「すまん」
いつも以上に張り合いの無い返事を返してくるレイジに向かってため息つくと、彼女はすぐにガーゼを手にした。
しばらく、近くの道をまばらに走り抜ける車のエンジンだけがこの場の音になる。
ハンガーに吊られたランタンの周囲を、大きな蛾が飛び回っていた。
ここは三区の寂れた公園。ルリコが根城にするテントに、三人は戻ってきていた。
大柄な体でテントに入れないレイジは、外のベンチから処置の様子を眺めていた。
「見てたってこの子の皮は張らないわよ。アンタとは違う」
ルリコの前で、カナタが寝袋に横たえられている。
A-6500シャフトの最下層でレイジを止めた後、倒れた彼女は目を覚まさないままだった。
「アンタが責任感じる必要はない」
ケガし慣れてるから、任せて──と語る言葉に偽りはなく、ルリコの処置は手際よかった。
蹂躙され、溶け出したカナタの皮膚を補うように清潔なガーゼを貼り付けていく。
しかしその治療に、どこまで効果があるかは疑問だ。
体から染み出す体液が純白のガーゼを墨のように黒く染めていく。
こんな姿になって初めて明らかになったことだが、いくら見た目が似ていても、カナタの中身は人と似つかない、別物だ。
「あとで病院連れてくから。防衛局に捕まるかもしれないけど、この子の命が最優先──いいわね?」
「ああ」
鎧のように生えそろったフジツボを、彼は砕いて殺ぎ続ける。その手は、ひどく震えている。
「俺がカナタを、こうした」
「ちがう」
ルリコのフォローは、レイジに届かない。
カナタの細い首に手をかけたときの感触を、彼は今でも生々しく思い出せる。
止まりそうなほど弱々しい脈が、悲鳴のような呼吸が、その手に染み付いている。
「全部あの、アホンダラのせいよ。今度ツラ見せたら、とっちめてやりましょ。私も手伝うから」
小刻みに震える手から、彼はフジツボの破片を剥がしていく。
力任せに肉を剥がした傷口は悲惨なことになる。皮膚が、脂肪が層になっているのが見える。
しかしそれも、無尽蔵の再生力が即座に修復する。
痛み続けるのは、彼の胸だけだ。
ゴソ……
カナタが身じろぐ気配があって、レイジは顔を上げる。
「ルリコ……」
「大丈夫よ」
ルリコは唇に人差し指を当てて見せた。
カナタは、ルリコにしがみついて寝息を立てていた。
決して安らかなものではない。不健康ないびきのような、喉の奥で泥の塊を転がすような、聞く人間を不安にさせる音がした。
「カナタの体は、どうなっているんだ」
「分かるわけないでしょ。こんなの」
溶けるように剥がれた全身の皮もそうだが、二人の視線はカナタの首に注がれる。めくれ上がったウロコの下に、紫色の痕が浮き出ている。
はっきりと人間の手の形だと、絞められた跡だと分かる。
「こんなヒドいの、分かりたくもない……」
「俺と違って頭いいんだろ。生徒会長」
ルリコは、はっとした。
彼女が視線を走らせた先で、レイジも口元を押さえている。
「すまん……」
拷問まがいの人体実験で脳を損なった彼の感情は、希薄だ。
そんな彼が溢れるほどの苛立ちを湧き立たせているのは本来歓迎すべきことなのだろうが──状況が状況だ。
「憶測なら。してやってもいいけど」
あれから何時間も経つのにこわばったままのカナタの手に触れながら、ルリコは話し始めた。蚊取り線香の煙が、その頬をかすめて立ち上る。
ランプの光の下で、彼女の瞳が静かに光っていた。
「この子をアンタの家に連れてきたときのこと、覚えてる?」
テントの中に、西高のセーラー服が掛けられている。
かつてカナタはルリコの制服に触れながら『着られないのが残念だ』と言っていた。
「カナタが強く『なりたい』と願ったことを叶えるために、体の形が変わる。それは、とっても素敵なことだと思うけれど……」
そしてルリコを助けたい、クラスの一員でありたいという想いが、彼女にセーラー服を与えた。
「アンタ、前に話してたわよね。会ったばかりのカナタは髪が長かったって」
「あ、ああ……」
レイジには昨日のことのように思い出せる。
初めて彼女の体に起こった変化は、脱毛だった。
それをまるで、邪魔なもののようにバサバサと、まるで抜け殻のように切り捨てたときの、カナタのスッキリした顔と、舞い散る白髪の幻惑するような光。
「私としては正気を疑うような決断だけど──」
黒く長い自慢の髪を軽く梳きながら、ルリコが呟く。
「かけっこするなら、短いほうがいいものね」
ルリコの目には、どこか羨むような光が宿っていた。
その背後で、レイジは“オモトカナタ”の陰鬱な死に顔をフラッシュバックさせていた。
水死した彼女の顔に、肩に、深淵に引きずり込もうとする亡者の手のように黒髪がへばりついていた。
「なら──今の姿はなんなんだ?」
解剖台の上に寝かされた“オモトカナタ”がそうだったように、毛布の中で、カナタも裸だ。
今の彼女は、かつての自分の死をなぞるように、何も身に着けてはいない。
「自分の死をなぞるのが、カナタの願いだって!?」
「
「そんな!」
身を乗り出してきたレイジの前で、ルリコは力なくかぶりを振った。
「だから憶測」
「だったら、海は? 海に行くっていう、カナタの夢は!?」
「フミオは裏切った。私とアイツは空中分解。そして──アンタを責めるつもりはないけど──」
「ないけど、なんだ?」
責めない、と言いながら、ルリコの目には明らかな非難が浮かんでいた。
言いたくない。言ったらダメ。そんな感情に顔を歪めながら、すでにその目は語っている『トドメを刺したのはレイジでしょ』と。
「──アンタは悪くない。ただ、この子の過去を何も知らなかっただけ。私やフミオと同じで」
「俺が? あんなヤツと同じ……」
蚊取り線香の芯のように、レイジの中で焦燥がじりじりと音を立てる。
「う……あ……」
そのとき、カナタが苦しげにうめいた。
顔の半分表皮がめくれている。黒い膜のようになったまぶたを、彼女が持ち上げた。どんより曇った瞳が不思議そうにテントの中を見回す。
「カナタ。目が覚めたのね」
「よかった」
テントの中に、レイジが身を乗り入れた。
彼の顔に安堵の色が浮かぶ。
「さあ、帰ろう。俺たちの──」
「う……いやぁっ!」
差し伸べられた大きな手のひらを、力任せにカナタが払った。
仄かな夜闇の中に乾いた音が響く。
「あ……え……?」
ショックを受けて固まるレイジの頬を、一滴の黒が滑り落ちていく。カナタの体液だ。
彼女の皮膚はいまやビニールのように薄く、少し動いただけで裂けてしまう。
焦点の合わない瞳を血走らせて、カナタはレイジを睨んでいた。
半分は、レイジを。もう半分は、レイジに別の何かを重ねて見ているようだった。
「ほら。カナタ。だいじょぶ、怖いものなんて何も無いよ」
落ち着きを取り戻したルリコが、カナタを抱いて背をトントン叩く。しばらくそうしていると、カナタは徐々に落ち着きを取り戻していった。
「あ……ああ……ごめん。さっきのは、ちが……」
「分かってる。私も寝ぼけてマリコの頭蹴ったことあるし。大丈夫。ね?」
レイジとカナタが戸惑う中、ルリコがごく自然に割って入った。
カナタの様子はひどい。白い肌に脂汗が浮き、細い顎を伝って、ルリコのスカートに滴るほどだった。
「あ、あれ……なんだよ、これ。おかしいな……」
カナタは、汗をぬぐう。だが、拭っても拭っても、彼女の動悸が収まることはない。
「あれ……あれ……」
「カナタ、俺は──」
「いや! いやァッ!」
シン、と辺りが静まり返った。
もとから人が立ち寄らない公園が、居心地の悪い静寂に包まれている。
鈴虫すら声をひそめる中で、ルリコが制服からスカーフを解く衣擦れだけがやけに耳に残る。
「アンタは悪くない。何も悪くないよ」
ルリコがスカーフを握り締める指は、関節が真っ白になるほど強くこわばっていた。
それを見つめるレイジに気づいて、彼女はあいまいに笑って見せた。
「あげるわ。大事にしてね」
カナタの痛々しい首の傷跡に、ルリコの手が触れる。
丁寧にスカーフを巻き終わるまで、カナタは嫌がらずにじっとしていた。彼女の揺れる瞳は、ずっとレイジに向けられている。
「レイジ、あたしぃ……」
そこにはただひとつ、恐れの感情だけが渦巻いている。
「ごめん、なさい」
「いいんだ」
「よくない。ごめん」
カチカチとカナタの歯が鳴っている。寒さではない。恐怖だ。レイジは反射的に手を伸ばしかけ、そして……引っ込めた。
今の自分は彼女にとって家族でもトモダチでもない。
怒りに我を忘れて過去のトラウマを暴きだした、恐怖の大王だ。
「ごめん、レイジ。ごめんな……」
おずおずと、今度はカナタが手を伸ばしてきた。
「今日だけ、休ませてくれ。明日になったら──そうだ。卵焼きを作ってあげるから。好きだろ。アタシ、アタシ頑張るから……」
レイジに伸ばした彼女の右手から包帯が解けた。
「レイジと離れ離れにならなくてすむように、がんばるから……うッ」
腐臭を放つ真っ黒な腕が現れる。
指先から骨が半分飛び出した、見るも無残な死人の手だった。
それで料理なんて、できるはずがない。彼女が確かに歩んでいた暖かな日常、そこにもう戻れないのだと、哀れな腐肉の塊が突きつけてくる。
「う……え……」
カナタは、ルリコの腕の中で小さく戻した。
テントの中に酸っぱい臭気が満ちる。
「さて、と」
ルリコはわずかな迷いも見せず、シャツでカナタの口元を拭う。
「悪いんだけど、お湯、沸かすから。そこの水道で水汲んできて」
「ああ」
レイジは腰を浮かした。
「いかないで!」
「大丈夫だ」
何が大丈夫なのか、レイジ本人にも分からない。いなければいけないのに、この場にい続けることに耐えられなかった。反吐にまみれたカナタが、ルリコの腕の間から手を伸ばして、レイジにすがろうとする。
「たすけて……レイジ……」
「俺は」
何を言っていても、カナタの瞳の中にはそれがある。レイジに対する、明確な恐れが。
「ルリコ、しばらくカナタを頼む」
「あっ、ちょっとレイジ、バケツ持っ………………アンタ!?」
レイジは、はじかれたようにその場を後にした。
「まさか、このやろ! 待ちなさいよ、レイジ、バカ、コラっ、逃げんな!!」
悲痛な叫びが背中を追いかけてきた。運命の女。自分でそう呼んだカナタの声を無視して、レイジはただ、走って、逃げた。
「あああもう! それ後でもっとギクシャクするやつだからね!」
こんなに弱った体でカナタが千切れそうなほど強く自分の腕を握り締めてくるのを感じながら、ルリコも愕然としていた。
あのレイジが、逃げたのだ。
運命から、自分の痛みと直面することから。
彼女はただただ、そのことに驚いていた。
■
レイジはそれからずっと走り続けた。
走って、走って──気がつくと、マンションの近くまでやってきていた。
真夜中の田園地帯で、あたりには明かりのひとつも無い。
そんな暗闇の中でいっそう黒々とした影を地面に落とすのは、幽霊屋敷だった。
窓は割られ、ドアが打ち破られ、苔むした廃墟。
どうしてこんなところに行き着いたのか? 考える気力すら、今の彼にはない。
ただ、一人になりたかった。
ポーチの前の石段に腰掛けて、彼は静かに頭を抱える。
ずっと、そうしていたかった。
罪悪感に自分の心が押しつぶされていく音を、じっと聞いていたかった。
「こんな夜更けになあにやってんですか」
暗闇から現れたキリエを見て、レイジは悟った。
ついに自分の終わりが来た。来てくれたのだと。
「先生、師匠。お願いです」
月明かりの下に、レイジは二の腕を差し出す。彼の肌は月光で濡れたようになり、まるで、滴るほどの血にまみれているようだった。
「俺を、殺してください」
一度も折れることがなかった男が懇願した。
何を言われても、キリエの足取りは淀まない。
いつものように長身をフラフラ揺すりながら、彼の元に歩いてくる。ギャラクティックテコンドー継承者。西町最強の個人。
夢破れ、自分の手でカナタを傷つけたレイジの、救い。
「お願いです──」
レイジはその場に跪いた。
頭でも心臓でも、好きに壊してくれと思った。
彼は不死身だ。どれだけ破壊しても手足が生え変わり、記憶を消す薬を打ち込まれても効果がなかった。
だから生きている限り、ずっと思い出す。カナタの首を絞めたこと。彼女の心を壊してしまったことを。
だが、キリエなら──レイジはその可能性に縋る。彼女の全力の破壊を受け入れれば、もしかしたら、と。
「なんのマネですか」
しかし、彼の前まで足を止めた彼女は、死んだ虫を見つめるような目を向けただけだった。
「取り返しのつかないことをしました」
「知ってます」
レイジは跪いたまま、太い首を差し出す。
「だから、なんなんですか。そのクソみたいな仕草は」
チャポ──半分空いたワンカップが、キリエの手元で音を立てた。
彼女の前で、レイジの巨体は雨に濡れた小犬のように震える。
「俺は、カナタを傷つけた」
「だから知ってるって言ってんでしょ。私は防衛局の人間です。キミらが好き勝手やったおかげで、一部始終確認して、会議して、そんでこの時間です」
「もう……俺は俺を許せないんです」
実際、今の彼は犬だった。
「終わりに、してほしい」
あれほど耽溺し、運命と呼んだ少女の心と体に消えない傷を刻み込んだ。
そのうえ、弱りきったカナタの姿を見ることに耐え切れず、恐れをなして尻尾を巻いた。
自分で自分の運命を投げ捨てた、病気の狂犬だ。
「先生ね。すごく応援してたんですよ」
「なに、を?」
「キミとカナタさんのこと。あの子が来てから全部がいい方に変わっていくように見えた。
フミオくんはあのクソハゲと仲良くなれたし、ルリコさんは見事にフっ切れた。
ほんで……私はそのルリコさんに、ちょっとだけ説教されて。
……このイカれた町から、ほんとにキミらが出て行くかもな、って思えてたんです」
キリエは顔の高さに焼酎のビンを持ち上げる。
半端に残った酒にまん丸な月を浮かべて振るった後────手首のスナップだけを利かせて、それをレイジに投げつけた。
カッ、シャアン
ビンは彼の目の前で割れ、飛沫と破片が降りかかる。
「それがどうです。女の首絞めてケツまくって退却、ときた」
月光が、かげる。
ズラアアアと音を立て、キリエが背負った鞘からブレードが引き抜かれていく。月にかぶった剣とキリエは一体化した影の刃のようだ。
それが自らに振り下ろされる断頭台の刃だと、レイジは感じた。
「見えますか?」
白煙を吹き上げるブレードの側面には無数の筋が刻み込まれていた。
柄から流れ出した銀の液体が、その筋に沿って葉脈のような模様を描いていく。
「このブレードには
これでもし斬りつけられたら──そう考えるだけで恐ろしくなるシロモノだ」
レイジの顎先に、この世のどんなものより冷たい刃が触れる。そっと力を込めて、キリエは彼に面を上げさせた。
「防衛局がキミを放置している理由、その最たるものがコレです。殺る気になればいつでも殺れる」
「せん────」
レイジは、頬を太陽が掠めたように感じた。
闇に閉ざされた郊外の田園地帯が、一瞬、真昼のように白く照らし出された。
音すらも切り裂く神速の抜刀は、圧倒的な静寂の中で成された。
ゴッ
暴風。
キリエの一撃が作り出した広大な真空に流れ込む莫大な空気が、見えない拳となってレイジを殴りつける。
彼は無傷だ。
路上に打ち倒された彼は、メリメリという音を聞く。振り返ると、彼の背後で幽霊屋敷が真っ二つに裂け、内側に向かって倒壊していくところだった。地面には渓谷のように深々とした溝が刻まれ、ナノマシンの作用で腐食されて炭化していく。
パチン
口をぱくぱくさせるレイジの前で、ブレードが鞘に戻る。
ナノマシンの働きを抑えるために過冷却して使われるブレードは、たった一撃でオーバーヒートを起こし、強制冷却に入る。
合金製の鞘がカーボンコンポジットの刃を強固に抱きしめる音が、レイジの夏がまだまだ続くということを冷酷なまでに突きつけてきた。
運命を手放した彼にとって、ただの地獄と化した季節が。
「今のキミには、斬るほどの価値もない」
キリエの背後で、屋敷が燃え始めていた。
「な──」
「ほら、ね。言ったでしょ。いくら強くっても、幸せになれないって」
キリエはすでに歩き始めていた。
幽霊のように、ふらふらと。まるで火の中こそが帰る場所だとでも言うように、崩れゆく屋敷へと消えていく。
「先生ッ!」
その背中に、レイジは叫ぶ。
「──なにを、どの口でッ!」
ごうごうと燃え盛る炎の中で、一度キリエが振り向いた。
彼女とレイジの間に流れる空気は、いつも独特だ。姉と弟のようで、母と子のようでもある。
感情に乏しいレイジが、たまに食って掛かるのを心地よく思っていたこともある。
そんな彼が、今は牙まで剥いてくれる。
彼に向けるキリエの微笑みは、やさしく、やわらかい。
「今さら先生ヅラですか! 自分の人生すら投げたくせに、俺にだけ大人ぶるんですか!?」
「…………はい。そのとおりです」
キリエの黒髪が、火の粉といっしょに舞い上がる。
黒々としたブレードを手に、今にも崩れ落ちそうな天井を仰ぐ彼女こそ、レイジの目には断罪の刃が振り下ろされるのを待っているように見えた。
「私はイカれたアル中です。唾棄され、この世から除かれるべき薄汚れたオトナコドモです。自分が立派で選ばれた人間だと思ってるうちに、気づけば一番なりたくないものになっていた。
それを認めたくなくて、ずっと酒飲んでダダをこねているクズなんです。だけど……いや、だからこそ、かな」
炎の中に消えていく彼女の背筋が、熱に溶かされるバターのようにしだれて下がっていく。
「せめて……キミたちが見せてくれた夢を、最後まで見ていたかった」
「キリエ先生ッ!」
「ではまた。学校で」
もはや火の玉のようになった屋敷が、これまでで一番不穏な音を立てた。炎に包まれた巨大な梁が振ってきて、二人の間に突き刺さる。
キリエの後姿が完全に炎の向こうに消えたのを見届けて、レイジはようやく、自分が真の意味で破門されたのだと気づいた。
離れていても肌が焦げるような熱に炙られ、彼の体に煤と灰のにおいが染み付いていく。
それでもレイジはぎゅっと拳を握って立ち尽くしていた。
遠くから聞こえてくるサイレンの音を聞きながら、拳の隙間から血を滴らせながら。ずっと、ずっと。