光ちゃんと司先生が結ばれる話   作:青紫

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アニメ見て原作読んで我慢できずに書きました。



夢の終わりは突然に

「司先生にコーチしてもらうのは、今日で最後にします」

「…………へ?」

 

 いつものように練習を終えた後、彼女から告げらた言葉。

 最後?最後って何だ?

 ショックのあまり頭が真っ白になり間の抜けた声が出た。

 俺の大切な教え子である少女、結束いのり。

 一緒にオリンピックで金メダルを取ろうと誓いあい、これまで苦楽を共にしてきた間柄だ。

 そのはずだった。

 たった今、そのいのりさんからコーチをしなくていいと、

 『あなたとはもうやってけない』と言われたのだ。

 

「え、一体何の冗談…ははは、今日はエイプリルフールじゃないぞ」

「冗談ではないです。真面目に聞いてください」

「……」

 

 いのりさんの目は真剣そのもので、これが冗談でも夢でもなく現実なのだと否が応でも教えて来る。

 

「どうして?何か気に障るような事をしたなら謝るよ。理由、そうだ理由を聞かないと納得できない」

「金メダルを取るためです」

「その気持ちは俺も一緒だ。だからこれからも二人で…」

「あなたがコーチだと光ちゃんに勝てないんです!!」

「っ!?」

 

 狼嵜光、全日本ノービスBにおいて2連覇を成し遂げた天才少女。

 将来のオリンピック金メダリストとして大注目されている存在だ。

 いのりさんにとって彼女は良き友人でありライバルであり、そして倒すべき敵だった。

 

 狼嵜選手は確かに強い。強過ぎる程に。

 彼女に勝利しなければ金メダリストなど夢のまた夢だと誰もが知っている。

 そのために、俺は邪魔だというのか?

 

「私一番になりたいんです。どうしても金メダルが欲しい。だから、光ちゃんに勝たないと……もうあんな悔しい思いをするのは嫌なんです!」

 

 閉館前、二人だけのスケートリンクにいのりさんの声が響く。

 普段のいのりさんとは違う大きな声。

 彼女の中に眠るメダリストになりたいという、どうしようもない気持ちが言葉を紡いでいく。

 情けなくもこの時、俺はただ圧倒されているだけであった。

 想定以上だった。気付けなかったのだ。彼女が抱えている焦燥と勝利への渇望の大きさに。

 ここ数日、いのりさんが何か思い詰めていたような気がしていたのに、そのサインを見逃した。

 これではコーチ失格の烙印を押されても弁明しようがない。

 

「司先生には感謝してます。ここまで来れたのだって先生が支えてくれたからだって解ってます。でも、でもダメなんです。これから先は先生じゃ足らないんです」

 

 足らない?俺が?俺では満足できない?

 あなたは力不足だと、頂点へ至るためには俺の指導など無意味だと突き付けられる。

 最も信頼し強い絆で結ばれたパートナーだと信じていた彼女によって。

 何だこれ?何が起こってる?俺は何を間違えた?

 わからないわからないわからないよ、いのりさん。

 

 他にもいのりさんが何か言っていたような気がするが、全く耳に入ってこない。

 胸が苦しい頭がグラグラする。これは本当に現実なのかと、何度も自問自答を繰り返す。

 

 どれくらい経ったのだろうか、俺はやっとの事で声を絞り出す。

 

「……本気なんだな?」

「いろいろ考えた上での結論です。司先生には本当に申し訳ないと思っていますけど」

「俺が辞めた後、コーチのアテはあるのか?」

「それは…」

 

「僕がやる」

 

 二人だけだと思っていたところに第三者の声がかかる。

 その姿を認めた瞬間、全身に鳥肌が立った。

 この男が、この人がなぜここに?

 

「よ、夜鷹純」

「お互い自己紹介は…いらないか。彼女の新コーチは僕だ」

「新コーチって、急に出て来て何のつもり」

「結束いのり、彼女は僕と同じ種類の人間だ。氷の上でしか生きられない」

「何?」

「だから僕が面倒を見る。僕と同じ道を辿れる程度にはなってもらう」

「簡単に言って!あなたがいのりさんのコーチになると言うのなら、狼嵜選手はどうするんだ!」

「光は置いて来た。契約解除したんだ」

「は?」

「それなりに期待してはいた。でもアレは違ったんだ。光は確かに天才だと言っていい、でもそこまでだ」

 

 狼嵜選手をまるで取るに足らない物のように・・・

 この男は何をさっきから何を、何を言っているんだ

 

 夜鷹純、元・男子シングルのオリンピック金メダリストであり俺がフィギアスケートの世界へと飛び込むきっかけとなった憧れの存在。

 そして、コーチとして全身全霊で勝たなければならなかった男だ。

 狼嵜選手の影のコーチを請け負っていて、彼女の偉業の担い手はこの男だったはず。

 その地位いとも簡単に捨て去ったとでも言うのか。

 

「ただの天才では僕に、夜鷹純(メダリスト)はなれない。だから次だ」

 

 そう言って夜鷹純はいのりさんを指差す。

 次はお前だと、お前なら自分の見たいものを見せてくれるはずだと、そうするべきだと命令するように、そうであってくれと縋るように。

 

 一瞬だけ身を震わせたいのりさんは夜鷹純を見据えて深く頷いた。

 その目には迷いはなかった。その瞳にはもう俺は映っていなかった。

 夜鷹純がいのりさんのコーチをすることは、二人の合意の上で決定事項なのだと見せつけられた。

 寝耳に水、俺は今の今まで何の相談もされていなかった。

 

「でも、俺はまだいのりさんの…」

「邪魔だよ」

「っ!?」

「これは彼女が望んだことだ。子供の夢を大人が潰すような真似、君はしないよね?」

 

 俺がいのりさんの夢を潰す?

 そんなわけ、そんなわけ・・・・・・あるはずないと思っていたのか?

 とっくの昔に俺は見切りをつけられていたというのに。

 今の俺はもう先生じゃない。俺は彼女の足枷だったのだ。

 

 『明日から始める。今日は帰って寝ろ』とだけ告げて夜鷹純は去って行った。

 取り残される二人。あまりにも気まずい沈黙が流れる。

 もう夜も遅い、いのりさんのご家族が迎えに来る頃だ。

 何か、何か言わないといけないのに、声が出ない、考えがまとまらない。

 くそっ!しっかりしろ俺!いのりさんとの絆はこんな事で終わらせていいはずがない!

 二人の夢がこんな形で終わるなんてはずが・・・

 

「そういうことですので、これからは夜鷹()()に見てもらうことにします」

「あ……」

 

 夜鷹純のことをいのりさんが『先生』と呼んだ。

 それだけで俺の心はあっさりと折れてしまった。その場に力なくへたり込んでしまう。

 

「今までありがとうございました。失礼します」 

 

 ペコリと頭を下げるいのりさん。

 言うべきことは言ったと俺の横を通り抜けて行く。

 彼女が行ってしまう。二人の関係が本当に終わってしまう。

 嫌だ、行くな、まだ俺は君と一緒に・・・

 

 『子供の夢を大人が潰すような真似、君はしないよね?』

 

 夜鷹純の、遥か高みにいる男の声が脳裏に突き刺さって消えない。

 間違えるなよ明浦路司!

 お前がやるべきことは何だ?

 彼女を引き止めることでも、『捨てないで』と懇願することでもないはずだ。

 決めただろ、誓っただろ、何があってもいのりさんを応援すると。

 俺が選ぶのは彼女の最善手であるべきだ!

 

「いのりさん!」

 

 彼女の名前を呼んでいた。

 もうこれで最後かもしれない。だから、伝えておかなければ。

 

「ありがとう、いのりさん。いい夢を見させてくれて」

「……」

「君のコーチになれて本当に、本当に楽しかった!余計なお世話かも知れないけど、これからもずっと応援してる」

「はい。私も、楽しかった……です」

 

 それだけ言って振り向きもせず彼女スケートリンクを後にした。

 彼女の足音が完全に消え去っても俺はしばらく動く事ができなかった。

 行ったか・・・・・・終わった。

 全部終わってしまったんだな。

 

「うぅ……いのりさん…いのりさん‥‥‥‥いの、いのりさぁーーーんんんっっっ!!!」

 

 誰もいないスケートリンクでただ一人俺は泣いた。

 元教え子の名前を叫びながら、みっともなくむせび泣いた。

 瀬古間さんに連れられた警備員に取り押さえられても涙は止まらなかった。

 あ、パトカー呼ぶのはやめてください。救急車もいりませんってば。

 今はただ泣かせてください。

 

 この日、明浦路司は人生二度目の夢を諦めた。

 

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