いのりちゃんのコーチが司さんだという衝撃の事実が判明。
更に、理凰までもが司さんに弟子入りしてしまった。
『じゃあ私も』と言えたらどんなにいいか・・・
面と向かって話せずじまいの私には無理なんですけどね!
「ふぅ……こんなところか」
パソコンのキーを『ッターン!』と押して一息をつく。
日に日に貯まっていく司さん写真(隠し撮り)データを仕分けしていたのだ。
最初は手振れが酷かったりピントが合わなかったりと苦労したものだが、
今ではスマホ片手に鮮明な写真を撮れるカメラ少女になった。
写真を引き伸ばして部屋中に貼りたいところだが我慢する。
事情を知らない家の男性陣に気付かれては何かと面倒だからね。
司さんたちは今頃、夏合宿の真っ最中か。
いいなぁ。私も司さんと山籠もりしたい。
ひと夏の思い出つくりてぇ!
理凰が送ってくれる写真に司さんが写っていること祈ろう。
「おーい
光と書いてストーカーと読むのはやめないか!
妹の汐恩がずかずかと私の部屋に乗り込んで来た。
まったくこの子ったら、アイスは一応もらうね。
パピコうめぇ。
「人聞きの悪い事言わないでよ。自宅の特定もまだだし、盗聴器もしかけてないのに!」
「どう見てもストーカーです。ありがとうございました」
「仮にストーカーだとしても、ストーカーという名の乙女だよ」
「キッショw」
あまりイジメてくれるなよ。泣くぞ?
誤解だよ。ストーカーなどではありませぬ。
敵情視察と理凰の様子見を兼ねた真面目な行いですぞ。
たまたま、本当にたまたま二人のコーチが写真に写り込んだだけだよ。
あの人背が高いから仕方ないよね。
「犯罪する暇があるなら、声をかければいいのに。あれから何ヶ月経ったと思ってるの?」
「うるせー!それができたらストーキングなんかやっとらんわ!」
「やっぱストーカーじゃん」
認めたくないものなの!若さ故の過ちっていうヤツだよ。
「結局さあ。光はウラジーとどうなりたいの?」
勝手に妙なあだ名をつけるんじゃないよ。
どうなりたいって?
「昔、助けてもらったお礼をして、今度こそちゃんと自己紹介したい」
「それで?」
「あの時みたいにまた、お話したい、かな」
「それだけ?」
「それだけだけど」
私の返答に『ダメだこいつ』みたいなしかめっ面をする汐恩。
私、間違ったこと言ってないよね?
「ウラジーと友達になれたらいいわけだ」
「そうそれ!司さんと友達になりたい」
「その先は?」
「……その、先???」
友達の先?
もっと仲良くなるって事か?
「親友?」
「そうじゃなくて、男女の機微というか」
「男女の鬼火?」
「ああもう!じれったいなぁ。光はさあ、ウラジーのことが…」
「司さんのことが?」
「す……っ……これ以上はママとの誓約で話せない」
「何だよそれ!」
言いかけて途中でやめられると、すっげぇ気になるだろう?
せめてヒントくれ。
「助言ぐらいなら、ママも許してくれるか……ちょっと待ってて」
汐恩は一旦部屋を出て、少ししてから戻って来た。
その手には子供でも抱えられるサイズの段ボール箱、中には書籍が入っていた。
「これは?」
「私の漫画貸してあげる。とりあえず全部読んで」
ふーんどれどれ・・・なんか、ジャンルが偏っている気がする。
汐恩の持って来た漫画本は、恋だの愛だのを謳ったものばかりであった。
うわ、興味ない。
バトルものはないんですか?
「まずはその教科書を読んで勉強して」
「これ教科書だったんだ」
「読み終わったら感想聞くからね?読んだフリしてもバレるから」
「えぇ~めんど」
『いいから読め』と念押しして汐恩は出て行った。
彼女の意図がサッパリわからないが、たまには読書もいいだろう。
一冊を選んでパラパラとページを捲ってみる。
なになに、イケメンにおもしれー女認定された主人公が・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「どう?一冊ぐらは読んでみた?」
「全部読んだ」
「え、マジで!面白かった?」
「うん、思ったより全然良かった」
無理やり渡された漫画だったけど読み始めるとハマってしまった。
キャラクターたちの心情に共感したり『あーこんな風に考えるのかぁ』とか思ったりして中々楽しめた。
好きなキャラを応援したり『なんでだよ!』っていう展開にツッコミを入れたりもした。
結論、ラブコメはいいぞ!
「あの、続きは?続きは無いんですか?」
「このほしがりさんめ!よいぞ、私秘蔵の漫画で無知な己を改めるがいい」
「ありがてぇ」
汐恩から漫画をいっぱい借りて読んだ。
この日から、私はラブコメの世界にどっぷり漬かったのである。
視界の隅で汐恩とエイヴァさんが親指を立て合っていたのは、何のサインだろう?
●
《全日本ノービス予選・中部ブロック大会》
私はシード権を行使して大会をスキップした。
その代わりと言ってはなんだが、海外で武者修行することになった。
行先はロシアだよ。ロシア!
ヨダカが珍しく『楽しんで来い』とか言うのですっげぇワクワクしている。
わかった。ボルシチとピロシキってヤツを食べればいいんだね。
違う?でも、食べていいよね。
ロシアは何もかもスケールがでかい。
観光もそこそこに私は修行に打ち込んだ。
あったかそうなロシア帽はお土産に買おう。
天才振付師のレオニードさん登場。
若干胡散臭いが、実力は本物だったようで、アレやらコレやら教えてもらった。
おお、バレエの動きっスか。
ヨダカに言われて私もかじったことあるっス。
あ、無理!人体はこれ以上曲がらな・・・あびゃびゃびゃばば・・・
もしかしてコレ、修行というなの人体改造なのでは?
またしても私はヨダカの罠にかかったらしい。ちくしょー!
修行の合間に現役時代のヨダカが出場した大会の映像を見ることにする。
頼んだら、レオニードさんが快く用意してくれた。
今に見てろ、ぜってぇお前より上手く滑ってやるからな。
恨みの籠った眼でヨダカ映像を見続ける私に、レオニードさんは感心していた。
ボルシチ、思ってたのと違う。
クリームシチューのようなものを想像していたのに、出て来たのは真っ赤なスープだった。
ピロシキは、ロシア風の肉まん?
どっちも美味かったから満足満足。
漫画を読む習慣はロシアにいても変わらない。
こういう時は電子書籍版が重宝するね。
●
日本に帰国後、私は次なる大会に向けて練習の日々を送っている。
いのりちゃんの動向チェックも欠かさない。
久しぶりに見た司さんは、ゲロ吐きそうなぐらい素敵だった////
ヨダカは相変わらず憎たらしかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラブコメ道は奥が深く、作品も実に様々だ。
近頃は汐恩の融通してくれるものだけでなく、自分でも漫画を買って読んだりする。
物語の主人公たちは皆キラキラしていてうらやましい。
あ~私もこんな青春送りたいよう。
「Lv999のヤバいやつが五当分の着せ替えを正反対に告らせたいけどコミュ症で勉強ができないんじゃい!」
「ちょっと何言ってるのかわかんないw」
私をラブコメ沼にハメた汐恩がニヤニヤしている。
漫画のことを私と語り合えるのが嬉しいのかな。
「今日読んだヤツの感想聞かせてよ」
「えっと、ね……」
汐恩に促されて私は漫画の内容を思い出す。
バイト先の年上店長に恋をした女子高生の話だったか。
一回りも年が離れた彼との関係に悩みつつ、恋を成就させようと奮闘する主人公が微笑ましい。
「でもさぁ。この主人公ちょっとウジウジしすぎなんだよねぇ」
「『店長に彼女がいるかも?』とか『今の関係を壊したくない』が口癖」
「店長が昔、自動車事故から自分を救った恩人だという事に気付く主人公」
「なのに、こいつ全然ッ!それを打ち明けないのよ『迷惑になる~』とか言い訳ばっかで」
「ページめくるたびに『いいから早くしろや!』って思ったわww」
率直な感想を伝えた。
すると、汐恩が何やら口元をひくひくさせ、こう言い放った。
「お・ま・え・が・言うなぁぁぁーーー!!!!」
「わ、急に怒鳴らないでよ」
汐恩がこんなに大声だすところ初めて見たかもしれない。
「ひょっとしてワザと言ってる?」
「何のこと?」
「なんて手強いんだ。ピュアにも程があるだろ」
ピュアとか言わないで。
名前に『純』が付いている癖に全然ピュアじゃない奴、知ってるわww
「あーもうダメだわ。座学じゃなくて実戦させないと一生気付かないわコレ」
「し、汐恩さん?顔怖いですよ」
汐恩は私を鋭い瞳で睨みつけ、低く唸るような声を出す。
この私が気圧されるだと!?
「行け」
「ど、どこに?」
「今すぐウラジーのところへ行け!」
「いや、そんな無理」
行けって、もう夜中だぞ?
それに今、司さんがどこで何をしているかなんてストーカー歴の浅い私がわかるはずもない。
私と汐恩のやり取りを聞いたのか、エイヴァさんがスマホを操作しながら近づいて来た。
「明浦路さんなら今、交通整理のバイト中よ。場所はここね」
「何で知ってる!?」
「こんなこともあろうかと、ちょっと、ね」
「さすがママだ。いい仕事をしてくれる」
ちょっと、じゃないが!?
熟練のストーカーがこんな近くにいてショックだわ。
位置情報までバレているとか、司さんのプライバシーがヤバい。
どこかでスマホ落としたりしたのかな?
「ほら、行った行った!」
「本当に今から?ここから結構距離あるんだけど」
「これを使いなさい」
「これは!」
エイヴァさんの、こんなこともあろうかと(第二段)
底に車輪の付いた靴を渡して来た。
ローラースケート?車輪が縦一列だからインラインスケートだね。
確かに、こいつと私のスケーターとしての技量があれば並みの車より速い。
サイズピッタリなんだけど!?
いつからこの状況を想定していたんだろう。
ここまでされては、もう行かないとは言えない。
私はなけなしの覚悟を決めた。
そういえば、最初に司さんと会う覚悟を決めてからもう随分経つ。
よくもまあ、こんなにグダグダできたな~と自分でも思う。
「車には気を付けて、事故って転生しちゃダメよ」
「ウラジーのこと自分がどう思っているか、ちゃんと確かめて来なよ」
「具体的にはどうすれば?」
「顔見て『ただの友達でいたい』のか、それとも…」
汐恩が意味ありげに一泊置いた。
「『結婚したい!』って思うかだね」
「けけけけけ、けっこ、結婚!いやまだ早いって私小学生だし////」
結婚と聞いただけで心臓が早鐘を打った。
してない、司さんと結婚した自分を想像とかしてなーい!
「これもう、答え出てるじゃん」ヒソヒソ
「あとは自覚が必要なのよ。もう一押しね」ヒソヒソ
私が赤面している間、母娘は何事かを囁いていた。
「いろいろありがとう。行って来ます」
「ええ。ちゃんと会えるといいわね」
「なるべく近くで正面からウラジー顔を直視しろ!今の光に出来るのはそれぐらい」
「うん。が、頑張ってみる////」
インラインスケートを履いた私は夜の町へ走り出す。
何度も失敗した私だけど、今夜こそ会える気がした。
顔を見る。顔を見て、
『友達』か『結婚』か、自分自身に問い質す。
・・・・・・・・・・なんか極端だな。