ホテルの部屋に戻った私はトイレに直行した。
「オロロロロロロ!!」
そして胃の中身を全部ぶちまけた。
「ハァ…ハァ…ゔっ、オェェェー!!」
望まぬ復活を遂げた、ゲロイン光。
しばらくの間、私はトイレの住人となった。
ゲロの処理を済ませた後、
涙と鼻水といろんな汁で汚れた顔を洗い、
シャワーを浴びて全身を清めた。
「酷い顔……」
鏡に映るやつれた顔は、
とてもじゃないが全日本ノービス選手権優勝者には見えない。
ギャンブルで全財産使い果たした人みたいだ。
フラフラと力なくベッドへと倒れ込む。
音漏れしないよう、枕に顔を埋めながら私は叫んだ。
「やらかしたぁぁぁーーー!!!!」
今日という今日は、自分のバカさ加減に心底呆れたわ。
●
全日本ノービス選手権終了後。
ホテルの自室にて、
どうやって司さんに告白するか、頭を悩ませていた時だった。
ふと、窓の外を見ると悲痛な表情で外を走る司さんを目撃したのだ。
こんな遅い時間に?雨降りの中、傘もささずに?
心配半分、チャンスだと思う気持ち半分で、私は彼を追いかける事にした。
司さんは河川敷が好きなのだろうか?
前も似たような場所で話をした気がする。
高架下にある階段に座り込んだ彼を覗き込むようにして挨拶をした。
驚いた彼は階段を下まで滑り落ちた。
こんな時間に危ないと注意する彼に、私はあなたに会いに来たと伝える。
言え。言うんだ、狼嵜光。
自分は昔、あなたに助けてもらったのだと、
スケートを続けるきっかけをくれたこと、頑張る理由をくれたこと、
あの日、あなたに会えたことを、ずっと感謝していたと言うんだ。
そして、そんなあなたを好きになってしまったと伝えなければ。
いや、いのりちゃんの話は今はいいからって、おい!
何を言う気だ?止まれ、止まるんだ私!
『あーあ、がっかり』
がっかりなのはお前(私)だぁぁーーーー!!!!
何してんの?何してんの?
何言っちゃってるのぉ???
『残念、残念、残念だなあ~』
うるせーよ。
今この世で一番残念なのは間違いなくお前(私)だろうが!!
ホントにさぁ、もう勘弁してくれよ。
犠牲の話とかもいいから、ヨダカの事は侮辱されて当然だから!
ああ、司さんが何かいい感じの事を言ってる。
まったくその通りだと思います!
それに対する私の返答は・・・
泥付きのビンタで口を塞ぐという暴挙!?!?
少年法の適用とかいいから、もう傷害罪で逮捕されろよ。
記念すべきファーストタッチがコレかい!
おっと、今私の手の平が司さんの口に触れて・・・ふひ。
『子供を守る事が出来ない大人だって、避難されるのが怖いだけのくせに』
言い過ぎでしょぉぉーーー!?
怖いのはお前(私)じゃ!
好きな相手のメンタル削って興奮するタイプだったの?
大変!司さんのお顔が泥まみれに!
都合よくミネラルウォーターのペットボトル持っているよ。
飲みかけで申し訳ないんですが、これで洗い流しますね。
ハンカチで優しく顔を拭いて・・・なんのプレイだよ!?
罵倒して、ビンタして、飲みかけの水ぶっかけて、急に優しくなるな!
もうなんかいろい気色悪いわ。
あ、ハンカチは司さんの顔を拭いた記念品として補完します。
『あなたが夢をかなえられなかったのは』
おいおいおいおい、バカ!
それはダメだ!それは言っちゃダメなヤツだ!
超えてはならない一線だぞ!
『まだ捧げられる犠牲があったのに、手放す勇気がなかったからじゃないんですか?』
はははははは、はははははははwww
告白する勇気がなかった奴が何か言ってるwww
お前(私)もう黙れよ。
はい、嫌われた!今の絶対嫌われたぁ!
終わった。
私の初恋、始まる前から終わった。
全部私が終わらせた。
司さんが見たこと無い顔をしている。
これは、衝動的に殴り殺されても文句言えないなあ。
『俺の波乱万丈人生をバカにするなーッ!』
ですよねー!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいー!
『狼嵜選手さあ!大人相手ならまあまあキツイ事言ってもいいって思ってるでしょ!』
違うの!
司さん相手だからこうなっちゃうの!
つまり、その、私はあなたに甘えてしまっているの。
こんな可愛くねえ甘え方があるか!!
『大人でもそんなに心は頑丈じゃないよ!』
『年の離れた貴方にこんな元気よく、心の弱さを語るのはダサいと思うけどさ』
大丈夫、司さんはダサくないよ。
心が弱くダサい女は私の方だからねー!
司さんの言うことは全部正しい!
間違ってるのは私だけだよ。
『私は夜鷹純を疑わない』
疑え!
お前(私)今まであいつ何を見て来たんだよ。
慎一郎さんがいなかったら、とっくの昔に路上生活していたような奴だぞ。
『でも、大丈夫かな。いのりちゃん…』
いのりちゃんの心配をする暇があるなら、
自分の心配をしろ!
もうヤダ、
司さんの前で奇妙なドSキャラになるのマジやめて!
こんな女、誰が好きになるんだよ。
私が男だったら絶対にお断りだ!
あれだけ失礼な態度を取ったのに、司さんはちゃんとホテルまで送ってくれた。
これが紳士というヤツか、惚れなおしたぜ。
そして私はゲロインになったってわけよ。
●
ベッドの上で私は自分の醜態を思い出して激しく落ち込んだ。
「告白どころか、罵倒して怒らすとか、もう笑うしかないww」
結局、私には無理だったんだなあ。
過去のお礼もできず、思いも伝えられず、何一つ叶えられぬまま、忘れられていくんだ。
全部私の自業自得だ。
いくらテンパっているとはいえ、あの様な無礼を許すはずはない。
私が司さんの立場なら、二度と関わりあいたくないと思う。
もう彼が私に向き合ってくれることはないだろう。
何よりも、私が彼に合わせる顔がない。
「これで終わりかあ……儚い恋だった」
エイヴァさん、汐恩もごめんね。
二人がせっかく背中を押してくれたのに、全部台無しにしちゃった。
私に恋愛はまだ早すぎたよ。
司さんといのりちゃんのコンビは、これから益々強く大きくなっていくことだろう。
私はそれを陰ながら応援することに決めた。
最初からこうすればよかった。二人の邪魔をしたらダメだよね。
どうかお幸せに!
「司さん…ごめん…ごめんなさい…みんな、ごめん……」
弱々しく謝罪の言葉を口にして私は眠りに落ちて行く。
こうして、私の初恋は情けない終わりを迎えたのであった。
そう思っていた・・・
●
あれから私は前にも増して練習に打ち込んだ。
体を動かしていないと余計な事を考えてしまう。
全てを忘れるかのように、ひたすら氷上を滑って滑って滑りまくった。
その鬼気迫る様子に周りは『光ちゃん恐ろしい子』などと言って戦慄していた。
誤解があるようだけど、いちいち訂正するの面倒なので放置だ。
ヨダカのレッスン前には自主練も行うようになった。
集中・・・集中して・・・よっ!
試合で優勝をもぎ取ったジャンプ、トリプルアクセル。
必殺技とも呼べるこいつの精度を更に上げるべく、私は何度も跳び続ける。
ジャンプ自体は成功するものの、しっくりこない。
うーん、なんか違うな。
全日本選手権のときはもっと体が軽かったように思う。
どんなジャンプも絶対に失敗しないという自信もあった。
その理由はやはり、彼が見ていてくれたから・・・
「…もう終わったこと。いい加減切り替えないと」
油断すると浮かんで来そうになる彼の顔。
それを打ち払うように、もう一度滑走を始める。
よし、ちゃんとスピードに乗れている。
あとは踏切のタイミングに気負付けて・・・
『俺の波乱万丈人生を…』
な!?今出て来ちゃダメ!
ストップストップ!映像の再生止めて!
『バカにするなーッ!』
ごめんなさいっ!
でも、怒った顔もカッコイイ////
じゃなくて!
ヤバい、タイミングずれ・・・もうこのまま行くしか!
不意にあふれ出した司さんの記憶。
そのせいで、跳ぶタイミングを完全にミスした。
今更中断はできない、これではヨダカのように上手く跳べやしない。
ズレる。ズレていく。
あのスケートだけは完璧な男のジャンプからズレてしまう。
速すぎる、高すぎる、こんな跳び方を私は知らない。
あいつは、ヨダカはこんな風には跳んだりしない。
『狼嵜選手!!』
幻聴?それともまた私の脳が造った妄想。
どっちでもいい。
司さんの声が、狼嵜選手と私を呼んだ。
かみさき・・・ひかる・・・狼嵜光。
私は夜鷹純じゃない!狼嵜光だ!!
だったら私は、ヨダカの模倣は止めるべきだ。
いい加減、狼嵜光の滑りで勝負する時が来たのだ。
それに司さんには、本当の私を見てほしいから!
私だけのトリプルAを決める!
行け、行けぇ、行けよォォォーーー!!
普段とはまるで違う動きで私は跳ぶ。
不思議と体が軽くなった。
ああ、なるほど・・・これが私の跳び方だったんだ。
今何回?もう一回ぐらい回れる気がする。
うん。もう好きにやってやろう。
着氷?ヨダカでも難しいだろうなコレは。
でも、心配無用。
私なら問題なく降りられる。
氷上に降りた私はそのまま滑走を続ける。
曲もなし、振り付けもデタラメ、全て私の思うまま。
私のやりたいように滑る。全部私が決める。
楽しい、これは楽しいぞ。
スケートをやり始めた時みたいな新鮮な気持ちが蘇る。
私、今すごく、フィギュアスケートを堪能している!
私はしばらく自由気ままにスケートを楽しんだ。
・・・・・・・・・・
誰もいないスケート場で私は決めのポーズをする。
「ふぅ……久々に楽しかった」
今の滑り司さんに見てほしかったな。
欲を言えば一緒に滑ったりなんかして、それマジで最高!
さて、戯れもここまでだ。
そろそろヨダカが来そうな気配が・・・
「……」
「……い、いたんだ」
タオルとスポドリの入った容器を取ろうとしたところで、私は奴の存在に気付く。
今日も全身黒づくめの男、夜鷹純がベンチに座りこちらを凝視していたのだ。
み、見られていた!?
今の一連の滑りをヨダカに目撃された。
ヒェ!今の下手くそなジャンプとか、ヨダカの動き全否定なアレコレを全部見られてしまった!
私は悪戯がバレた子供みたいに縮こまった。
無言のヨダカがなんか怖い。
えっと、今のはちょっとした気晴らしだから、気にしたら負け!
ほらほら、今日も過酷な練習始めましょうや。
私が内心で焦っていると、ヨダカは深いため息をつき立ち上がる。
「そうか、違ったか…」
何かを諦めたかのように、重苦しい言葉を呟くヨダカ。
違うとは一体何のことやら?
疑問符を浮かべる私にヨダカは告げる。
「僕は降りる」
「は?…」
「降りると言ったんだ。あとは好きにするといい」
驚くほどアッサリと、奴はそんなことを言ってのけた。
降りる?好きにしろ?
それって、私のコーチを辞めるってことか?
『どうして?』『急すぎる?』『理由は?』
なんて考えるよりも先に、
ヨダカはやっぱり、ヨダカだなあと思った。
この男、またしても私をポイ捨てしてくれやがったのだ!
さすがにこれはキレていい案件なのでは?
もう用はないとばかりに、背を向けて立ち去ろうとする、鬼畜ヨダカ。
その背に向けてドロップキックする権利ぐらい私にあると思う。
最後かもしれないし、ダメ元で聞くだけ聞いてみるか?
「私に飽きた?」
初めて会った時、ヨダカが『僕が飽きるまでなら』とか抜かしていた気がする。
だから、コーチを辞める理由はそれかなと思った。
「そう、なのかもな…」
「ハッキリしないね」
「キミは僕を必要としない、僕はキミを必要としない、それだけだ」
「…本当に勝手な人…」
煙に巻くような話をボソボソ呟いて出口に向かうヨダカ。
こんな時までわけがわからん。
「
私は初めてこの男を先生と呼んだ。
最後だから、特別サービスだ。
一回しか言わないからな。ちゃんと受け取れよ?
「お疲れ様でした。どうか、お体に気を付けて」
労いの言葉と共に深い一礼をする。
狼嵜の家から連れ出してくれて、ありがとう。
鴗鳥家のみんなに会わせてくれて、ありがとう。
スケート教えてくれて、ありがとう。
あなたがいなければ、きっと今の私もいなかった。
だから、ありがとう・・・夜鷹先生。
「存外、悪くなかったよ…光…」
それだけ言ってヨダカは去って行った。
奴の足音が消えるまで、私はずっと礼をし続けた。
気のせいかな?あいつ最後ちょっと笑っていたような・・・
「終わった……あー終わっちゃったなあ」
思いっ切り伸びをして体をほぐす。
ひとりきりになったスケート場で私は得も言われぬ解放感と、
ちょっとだけ寂しさも感じていた。
これからどうするかな?
慎一郎さん、またビックリするだろうな。
新しいコーチも決めないと・・・
「私にコーチしてくれる人なんて、いるのかな?」
私とヨダカの師弟関係は、あっけなく幕を閉じた。
●
ヨダカがコーチを辞した理由は今でも不明だけど。
お互い最後の短いやり取りだけで、納得して別れた気がする。
そのはずだったのだが、
「あいつマジふざけんな!」
数日経って、捨てられたという怒りが沸々と湧き上がって来たのだ。
私の何が不満なんじゃい!
学校の出席日数もギリギリで、かなり頑張っていた方だよね?
あームカつく!
なんで私がフラれた感じになってるの?それが一番腹が立つ!
ヨダカの言う『犠牲』を払い続けた結果、
私はコーチ不在のぼっちスケーターになってしまったのだ。
新たなコーチの選定は難航している。
慎一郎さんが探してくれてはいるが、狼嵜光の名前を出すと皆尻込みして逃げていくらしい。
私から指名という事も可能なのだが、私の目に適う指導者に心当たりはない。
くそっ、ヨダカで目が肥えてしまっている。
あいつのせいで生半可なコーチでは満足できない体にされてしまった。
イヤーッ!ヨダカの調教に馴染んだ私自身が一番イヤーッ!
「新しいコーチ…か…」
一瞬、司さんの顔が頭をよぎったけど、かぶりを振って打ち消す。
ないない。それはないってば。
彼は、いのりちゃんのコーチとして一所懸命頑張っているはず。
私はお呼びじゃないつーの。
ストーカー行為はもう引退したので、最近は二人の情報があまり入って来ない。
理凰の言動から何となく推察するにとどめている。
どちらにせよ要らぬ心配だな。
私は自分の心配をしよう。
・・・・・・・・・・・・
「もしもーし、ピカるん?私、私だよ!」
「誰だよ!?」
知らない番号から電話がかかってきた。
試しに応答してみたら、やたらハイテンションな女の声が聞こえた。
ピカるんって何よ?
詐欺みたいなので切ろうとしたら、
「ライリー・フォックスって言ったらわかるかな?」
「何!?」
元・女子シングルアメリカ代表の金メダル保持者?
本物か?だとしたら私に何の用?
「コーチ探しに難儀してるんでしょ。慎ちゃんから聞いたよ~」
しんちゃん?
慎一郎さんのことじゃないよな?
やめてくれww次に顔見たら笑いそうになるww
「ピカるんさぁ。うちにおいでよ」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。スターフォックスFSCに来てくれたら、私がコーチしてあげる、どう?」
あのライリー・フォックスが指導してくれるのか、確かに悪い話ではない。
ヨダカがいない今、名港ウインド所属にこだわる理由もない。
だけど、私が本当にコーチしてほしい人は・・・
「実はさあ。夜鷹君もこっち来るんだよね~ピカるんの
「あ゛あ゛」
「元カレがいても気まずいとか思わなくていいよ。なんなら
「お断りだぁぁぁぁーーーーッ!!!!」
「ピカるん声大きすぎww鼓膜が逝きかけたぞww」
「脳みそ!!腐ってんのかぁぁぁぁぁ!!!!」
「だからボリューム下げ…」
「失せろ女狐ッ!!」
スマホを叩き壊しそうな勢いで電話を切る。
はぁ・・・はぁ・・・何だったんだ今の。
この世界の金メダリスト、頭おかしい奴ばっかりだな!
あの口ぶりだと、私の影コーチをしていたのがヨダカだと知っている。
知っていてなお、ヨダカのいるクラブに入れとか・・・よくもまあ抜かしおる!
スターフォックスFSCには絶対行かねー!!
私の電話番号を教えたであろう、慎一郎さんにも釘を刺しておかないと。
女狐は気になることを言っていた。
『後釜』とは一体誰のことなのだろう?
ヨダカの拷問にも似たレッスンに耐えられる奴は、そうそういないと思うが・・・
私の後任をこの短期間で見つけるなんて、前から目をつけていた相手がいたのか?
あの節操無しがぁ・・・女狐と一緒に地獄へ落ちろ!
後日、後釜が誰なのかはキレ散らかした理凰によって判明する。
・・・・・・・・・
「光!ジジイがコーチを辞めたって本当か?」
「そうだけど、なんで知ってるの?まだ理凰には教えてないよね」
「あいつだよ…あいつが明浦路先生を捨てやがった」
「待って、理凰が何を言っているのかわからないよ」
ここ最近、いろんな事が起こりすぎだ。
私の脳みそはとっくの昔にキャパ越えしているのに、これ以上一体何が起こるというの?
「いのりが、ジジイと組んでルクス東山を出て行ったんだ!」
理凰が喚き散らすように言った。
「う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛」
その意味を理解した私の脳は沸騰した。
・・・・・・・・・・・・
奇声を上げて倒れた私を家族の皆は心配してくれた。
「夜鷹のことで悩んでいたんだな。すまない光、全ては私の至らなさ故だ」
しんちゃ・・・んん!慎一郎さんは悪くない。
いつもの如く悪いのはヨダカです。
「いのりもジジイも何考えてんだ。先生だけじゃなく、光までおかしくなっちまった」
司さんおかしくなったの!?
今すぐお見舞いに行きたい!!
いやでも、どの面下げて・・・ああああああ、もどかしい。
「また発情期かしら?」
そうかもね!!!!
私は永遠の思春期であり発情期でもある。
って、何を言わすんじゃい!
「円満離婚したんじゃなかったの?」
やめろやめろやめろ!
その言い方だと私とヨダカが夫婦だったみたいじゃない!
戸籍にまで傷がついたら、法的手段に訴えるよ?
妹でも容赦しないよ?
●
いのりちゃん、いのりちゃん、いのりちゃん!
ダメだよ。それはダメだ。
それはだけはやっちゃダメだ。
本当に本当に本当に!ダメダメダメだったんだよ!!
いのりちゃんと司さん。
二人のコンビが好きだった。
互いを支え合ってドンドン強くなっていく。
そんな二人が大好きだったんだよ。
これからも二人で私に挑んで来てくれると思ったのに。
それなのに・・・
司さんを捨てて、ヨダカを選ぶんだ?
ふざけてるの?
人の気も知らないで、私がどんな思いで・・・
もういいよね?
もう我慢も遠慮もしなくていいよね?
いのりちゃんは司さんのことが要らないんだ。
だったらさぁ・・・
私が司さんを、もらってもいいよね!!
感謝するよ、いのりちゃん。
あなたはとても愚かな選択をしたけれど、
私にとってはこれ以上ない程の、嬉しい誤算だったよ。
いのりちゃんはいつも私を驚かせてくれる。
さすが私のライバルだね。
やるべき事ができた。
どうすれば望む結果を得られるのか考えろ。
司さんは今、いのりちゃんを失って傷ついているはずだ。
心に大きな穴が空いた状態。
それを私が埋めてあげればいい。
問題はいのりちゃんの代替として、私を選んでくれるかどうかだ。
こればっかりは賭けになるな。
とりあえず、外堀だけは先に埋めておくか。
「慎一郎さん。ちょっとお話が、ええ、新コーチの当てがありまして…」
私の初恋は、まだ終わっていなかったらしい。
●
私が司さんのことを好きだと自覚した場所。
そこで彼を待つことにした。
彼がここに来る保証なんてない。
間違いだらけな私の初恋。これが最後の運試し。
もし、彼が本当に来てくれたのなら、それこそ運命だよね。
「もう五日目なんだけど?全然来る気配ないぞコレ」
今日ダメだったら、明日は直接会いに行こう。
『最初からそうしろや!』と、汐恩あたりがツッコミそうだけど。
私にも心の準備というものがありましてね。
ごめんね、素直じゃなくてー!
来ないな~。もう、帰ろうかな?
あ?エイヴァさんから電話だ。
「はい。高架下でスタンバってる光ですが、何用か?」
「光!そこじゃないわ。待機するなら向こう岸の高架下よ!」
「急に何よ?どうして私の位置がバレてるの!?」
「いいから早く移動する!接敵まであと5分切ったわよ」
「わからんけど、わかった!」
切羽詰まった声のエイヴァさんに従って移動する。
途中で雨が降り出したので、本気で帰りたくなった。
濡れる前に橋の下へ入れたけれど、接敵とは一体・・・
・・・・・・・・・・・・
来た!!
来た来た来た!!
本当に来てくれた!!
あは!
あははははははははは!
思い通り!思い通り!!思い通り!!!
やっぱりだ、やっぱり司さんは私の!
運命の人なんだ!!
はい、もう私の旦那様に決定!
絶体逃がさないから覚悟して。
ここからが正念場だぞ。
司さんと交渉して、何とか私のコーチになってもらわなければ!
必要とあらば、私自身の体を差し出すつもりだ。
必要じゃなくても差し出すつもりだ!!
もらって、くれるよね?
・・・・・・・・・
ひとりの少女が青年に恋をした。
それが全ての始まりだった。