明浦路司コーチ、練習開始10分で辞意を表明。
狼嵜光選手、この事態をどう切り抜けるのか!
「コーチやるとか調子こいてすみませんでした」
「謝るぐらいならコーチを続けよ、ね?」
「無理っスわ。光さん、完璧なんで教えることねぇっスわ」
「あるよ!司さんに教えてほしい事いっぱいあるよ」
「例えば?」
「赤ちゃんはどこから来るんですか!」
「絶対知ってるだろ、このむっつりスケベ」
「違います。私はオープンなスケベです」
「どちらにしろスケベじゃないか」
スケートも保健体育のコーチも他を当たってくれよ。
俺では光の期待に応えられない。
「私は司さんにコーチしてほしいの!保健体育も含めて!」
「やめてくださいよ狼嵜さん。私のような下賤な者にあなた様を指導するなどと畏れ多い」
「他人行儀からのフェードアウトは許さないよ」
「これからは俺、羊さんのお世話をしながら静かに暮らそうと思う」
「羊ちゃんうらやましい!私の面倒も見て」
最弱テイマーな俺は平凡なヒツジ飼いとして生きるのであった。
凶暴なオオカミさんは森へお帰りください。
「司さんまで私を捨てるんだ…5歳の私を半日で捨てたあの男のように!」
「急に重い過去をぶっこんで来るのズルくない?」
光の人生も山あり谷ありだったらしい。
飄々とした態度で表に出さないが、この子なりに苦労して来たのね。
だからこそ、彼女の未来は明るいものであってほしい。
「一応聞くけど、私のこと嫌いになったとかじゃないよね?」
「嫌いになるはずないだろ」
好ましく思うからこそ、俺をコーチに選んではいけない。
光ほどの逸材が俺の所で腐ってしまうのは、フィギュアスケート界の損失だ。
ひとりのスケーターとしてそれは許容できない。
彼女はこれからもっと高みへ昇れる。
終わってしまった俺が足を引っ張るわけにはいかないのだ。
「そういうのいいから。本音を聞かせて、私の何がダメだった?」
「スケートうますぎなんだよ!お前より下手な俺が!何をどう教えたらいいのか見当もつかねぇよ!ふざけんな!この天才め!」
「褒めたいの?キレたいの?どっちなの!?」
「お前一々可愛すぎなんだよ!俺をキュン死させる気か?ああコラ!!」
「だから急に攻めないで!もっと好きになるでしょ////」
両者一歩も引かず話は平行線たどった。
「頑固者め」
「そっちこそ」
「必ず後悔するぞ」
「今、絶望するよりマシ」
「本当に俺
「絶対にあなた
光は曇りのない真っ直ぐな瞳で俺を見る。
俺なんかのために真剣になっちゃって・・・
お前みたいな凄い奴に、こんなにも求められたら勘違いするだろ。
狼嵜光のコーチになってもいいと・・・なりたいと思ってしまうだろうが!
あー本当にズルい奴だよお前は!
「わかった…やるよ。やればいいんだろ!畜生め!」
「やった!それでこそ、私が好きになった人」
「俺をその気にさせた責任取れよコノヤロウ」
「その前に私を惚れさせた責任取って!」
やはりと言うか何と言うか、先に折れたのは俺の方だった。
俺たちの力関係、ずっとこんな感じなのかも。
光とグダグダしていたら、
瞳さんから『イチャついてないで練習しろ』と怒られた。
俺たちは真面目な議論を交わしていただけなのに心外だ。
「きっと瞳先生は私たちがうらやましいんだよ。察してあげて」
「なるほど、旦那さんとのスキンシップ不足か…」
「そこのアホ二人!スケートリンクに埋められたいか!」
地獄耳の瞳さんが俺たちを叱りつける。
かなり離れた場所にいるはずなのに・・・
「キッショwなんで聞こえるんだよww」
「光さん!?シーッ!」
火に油を注ぐな、このおバカ!
ほら、めっちゃ睨んでるから、どうせ怒られるの俺だから。
●
「うーん、どうしたものか?」
光のコーチになる覚悟は決めた。
しかし、彼女をどのように指導すればいいのか、展望が開けない。
育成ゲームで例えると、俺は光という間違いなく最強クラスのキャラを手に入れた事になる。
ステータスは軒並みカンスト済み。そんな奴をこれ以上どう鍛えろと?
運用次第では最強からだたのザコに成り下がる危険すらあるというのに。
光のコーチ探しが難航していた理由の1つはこれだな。
自分のせいで天才少女の成績が下がったなんて不名誉、誰も被りたくない。
だから『無理だ』と言ってみんな逃げ出す。
さっきまでの自分がそうだったように。
『子供を守る事が出来ない大人だって非難されるのが怖いだけのくせに』
そんな風に言われたこともあったな。
ああ、確かに怖いよ。
俺の采配ひとつで未来ある子供のスケート人生が狂ってしまう。
それを考えると恐ろしくてたまらない。
その子供が、将来の金メダリスト候補。
マジでゲロ吐きそう。
しかも、俺のこと好きなんだってさ!
どないせぇっちゅうねん!!!
「光とはいったい・・・・・・うごごご!!」
俺が頭を抱えて悩んでいると、諸悪の根源がニヤニヤ顔で近づいて来た。
「くふふ…悩んでる悩んでる」
「嬉しそうだな!誰のせいだと思ってる」
「嬉しいよ。司さんが私のこと、いっぱい考えてくれて幸せ」
めっちゃいい顔で笑うな。
可愛すぎて許しちゃうだろ!
「瞳さんは?」
「私が軽く滑ったら青い顔してどこかに消えた」
「瞳さん、不憫な…」
俺が今後の育成プランを考えている最中、光を瞳さんに預けていたのだが、
どうやら光の超絶技巧でヘッドコーチのしてのプライドを砕かれたっぽい。
とってもわかります、その気持ち。
瞳さん今頃ゲロ中かもな。
「今、最強のモンスターをどう育てるか考え中だ。遊ぶなら余所でお願い」
「そのモンスター寂しいと死ぬよ?」
「めんどくさぁ」
まあ考えも煮詰まっているし、少し体を動かした方がいいだろう。
氷上を滑りながら振り返り『ちょいちょい』と手招きする。
俺の意図を察した光は顔をパァと輝かせて追いついて来た。
「どうしたらいい?」
「好きに滑っていいぞ。勝手に合わせる」
「そんな事言っていいの~。本気出しちゃうよ?」
「生意気言ってすみません!お手柔らかにお願い!」
「了解。いっくよー!」
光の動きに合わせて俺も滑る。
打ち合わせなんてしていない。完全なアドリブだがやってやる。
アイスダンス経験者をなめるなよ。
格上の女性に合わせて踊るのは慣れっこなんだからね!
「おい、早すぎるって」
「えー普通だよ。次はここでターン」
「ちっ、無茶なお題だな!」
「でもついて来る、さっすが」
「おらぁッ!」
「今腕力で私を投げ飛ばそうとしなかった?」
「気のせいだろ」
「ここでリフトお願い」
「しゃあ!任せろ」
「違う!これバックブリーカーになっ…ぐあぁぁ!」
「ん?まちがったかな...」
しばらく光とスケートを楽しんだ。
アイスダンスの真似事未満で、じゃれ合って滑っただけ。
ただのお遊びだが、正直めちゃくちゃ楽しかった。
俺の思う通り動いてくれたり、そうかと思えば全く予想外の動きしたりと、光の滑りは見ていて飽きない。
合わせるというよりも、何かこっちも面白い事をしてやろうって張り合ってしまった。
俺もだけど光も本気で楽しんでいたように見える。
試合中に見た光は抜き身の刃みたいな、冷たく鋭い空気をまとっていたけど、今の光は全然違ったな。
いつの間にか増えていた見物客に歓声をもらいつつ、俺たちのお遊びは終了した。
「楽しかったぁ。またやろうね」
「ああ、機会があれば是非やろう」
「うん。約束」
軽い運動でリフレッシュした。
さあて、光の育成方針を決めないとな。
「司さんはさ…どんな私が見たい?」
不意に光が問いかけて来た。
「どんなプログラムも完璧にこなすアスリートとしての私?あなたのことが好きでポンコツになった私?」
ポンコツの自覚があったことにビックリだ。
「ねえ、どんな私が見たい?」
『あなたが望む私になるよ』と、光の目が語っている。
ここで俺がリクエストをすれば、光は本当にその願いを叶えてくれるだろう。
だからこそ俺は・・・
「
「本物?」
「いや、何と言うか、これは完全に俺の思い込みであって、失礼極まりない意見なのだけど」
「いいよ。続けて」
「光さんの滑りは、光さん
「……」
「今の滑りは十分過ぎるほど凄いし、そうなるように努力した光さんを否定する気はない。ただ、もっと自由にやったら面白いのに、もったいないなあと思ってさ」
「面白い…もったいない…」
「気を悪くしたら謝る。でも、俺は…」
何者にも縛られず自由に滑り舞い踊る、
あらゆる枷から解き放たれた、最高のフィギュアスケーター。
見る者全てを惹きつける氷上の絶対王者。
そんな・・・
「本物になった狼嵜光が見たい」
言ってしまった。
全部言い終わってから恥ずかしくなって来た。
ここで光に『はぁ?何言ってんの?』とか言われたら、スケートリンクに穴掘って埋まるぞ。
「ごめん変な事を言った、忘れて……ごぶぇ!?」
突然、光が俺の鳩尾付近へ頭突きをかまして来た。
罰なの?クサいことを言った俺への罰なの?
光はそのまま頭をグリグリ押し付けて来る。
何してんだ?頭突きぐらいで俺を倒せると思うなよ。
「よかった……司さんを選んで、よかった」
「何がじゃい?」
「私の目に狂いはなかったってこと」
「基本スペックは狂ってるけどな」
「愛に狂う女ですから」
「はいはい」
何に感銘を受けたのかしらないが、俺の答えに光は満足したようだ。
自分でもよくわからない、フワフワした思いを口に出しただけなのにな。
『本物』とか言っちゃって恥ずかしい////
「私を本物にしてよね。司さん!」
「そのやり方がわからんのですわ」
「私をお嫁さんにしてよね。司さん!」
「大人になった光さんは『え?そんなこと言ったw』と、俺を嘲笑いながらチャラ男と夜の町へ消えていくのであった」
「未来の私クソビッチかよ!?」
想像しておいてなんだが、ビッチに成長した光は俺も嫌だ。
かーなーり嫌だ!!
育成を間違えてビッチルートに入らないよう気を配ろう。
「チャラ男を斬ったあと、私も腹を斬って詫びます」
「狼嵜光!潔い女!」
この潔い女ために俺ができることは何だ?
考えろ、考えるんだ。
俺の手でこの子を立派な・・・
「光さんを本物にビッチに!」
「混ざっちゃいけないものが混ざってるよッッ!!!」
ごめん間違えちゃった。
「ビッチ違う。純真無垢な、お清楚スケーターだもん」
「俺が悪かったから機嫌直して」
「結婚してくれたら許す」
「18になったら考えてやる」
「え、そんなに待てるの?司さん性欲ないの?不能なの?」
「今度は俺がキレていいか?」
不能じゃねーわ!!
●
「光さんはどんな自分になりたい?」
「お、逆に聞いちゃうパターン……そうだね…」
俺の問いかけに光は少し思案して、言葉を紡いだ。
「欲張りな私は全部を楽しみたいの」
「メダリストになる過程も、普段の生活も、司さんとの関係も、全力で楽しんで、いっぱい笑っていたい」
「現実は甘くないし、思い通りにならないのもわかってる。絵空事だってバカにされても構わない」
「私は…」
狼嵜光は・・・
「笑いながら金メダルを取りに行く!そんな自分になりたいよ」
嗚呼、本当にこの子は眩しいな。
まさに生まれながらのスーパースター。
凡人が『無理、無茶、無謀』だと諦めた階段を笑顔で駆け上がって行く。
自分にはそれができると信じる強さも持っている。
そんな彼女の成長を見守っていられたら、隣りにいられたら、どんなに幸せなのだろう。
『光』と名付けた人は、この子の輝きを正しく理解していたのか?
あまりにも眩しすぎて、ダメダメな俺の影がくっきり浮かび上がってしまうわ。
「この理想はひとりじゃ叶えられない。途中で潰れるのは目に見えている」
「だから、一緒にいて」
「どんな困難があっても、司さんがそばにいてくれるなら、私は笑っていられるから」
「あなたと一緒ならきっと…」
光は俺に手の平を差し出す。
最初の時よりもずっと優雅で華麗な仕草はどこまでも魅力的だ。
その力強い瞳が『この手を取れ』と訴えている。
「地獄でも楽しいよ」
はい、とってカワイイ。じゃなくて!!
なんなんですかぁ、この天使のような悪魔の微笑みは?
こいつ今、サラッと俺を地獄に誘ったぞ。
いつもなら逃げ出すところだが、ここまで言わせて何も返せない男にはなりたくない。
俺も変わるべき時が来たのだ。
「いいね!やっぱお前は最高だよ、光」
差し出された手を荒っぽくしっかりと握る。
俺の反応に気を良くした光も力をこめて握り返して来た。
「おっふ///『さん』付けは卒業なのかな?」
「これからは呼び捨てにしたい、ダメか?」
「全然OK!私は『ご主人様』って呼ぶね」
「やめて!これまで通りでお願い」
「了解です。私の司さん♪」
・・・・・・・・・・
「あのさ、勢いで謝っちゃいたい事があるんだけど、いい?」
「朝食に出た、オニオンサラダを残した件?」
「生たまねぎは苦手なの!そうじゃなくて」
光、生たまねぎを食べられない子だった。
好き嫌いはよくないので、いつか絶対に克服させてやろう。
「前に犠牲の話をしたよね?」
「ああ、傷心の俺を泥ビンタして罵ったアレね」
「その節は大変申し訳ありませんでした。どうか見捨てたりしないでください」
「ヤダ、この子ってば、なんて美しいお辞儀をするのかしら////」
「自己嫌悪から死ぬほどゲロを吐き、海より深く反省しました。何卒平にご容赦下さい」
「もういい!もういいから!あの後俺もゲロ吐いたから!」
おそろいだね☆って…何の慰めにもならんなコレ。
光が氷上で土下座決める前に謝罪は止めさせた。
そんなこと気にしなくてもいいのに、まったく律儀な奴だよ。
「こうやって私と司さんの仲は深まっていくのでした」
「ゲロ仲間だけどな」
「司君、光ちゃんも、ゲロはトイレで吐きなさい」
「いたんですか、瞳さん」
「私と司さんの戯れをずっと監視していたみたい。普通に怖い」
「ヘッドコーチとしてクラブの風紀を保つ責任があるのよ」
「覗き魔?」
「やっぱ欲求不満なんじゃ…」
「お前ら、本当に埋めるぞ」
「「修羅だ…」」」
埋められないよう注意しようと思いました。