光ちゃんと司先生が結ばれる話   作:青紫

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彼女の育て方

 急募!!

 どなたかスケートめちゃうま少女の育て方をご存知ありませんか?

 真剣に悩んでいます。どうかお知恵をお貸しください。

 

 光の指導方法について引き続き悩む俺であった。

 

「じゃあさ、私が司さんにスケートを教えるのは、どう?」

「どうってお前、それは本末転倒……待てよ、意外とアリかもな」

「冗談で言ったのに採用されたよw」

 

 遅まきながら俺は気付いた。

 光が今までどのようにスケートを教わって来たかを先に知るべきだと。

 天才少女を生み出した指導ノウハウを参考にさせてもらおう。

 そのために、光から俺が教わってみるのもアリだ。

 

「そういうわけで頼むよ、光先生?」

「司さんからの先生呼ばれる日が来るとは感無量!いいよ、やってやりましょう」

 

 ノリのいい奴で助かった。

 頼みますよ先生!

 

「でも私、人に教えた経験ないからな。うーむ……気は進まないけど、アレしかないか…」

 

 さっそく何か思いついたようである。

 ずっと悩んでいる俺と違って優秀だな。

 スケート力もコーチ力も負けた俺って一体・・・

 

「司さん」

「なんでしょうか先生?」

「ヨダカ式になるけど、いい?」

「ヤバいワード出て来たな」

 

 ヨダカって、あの夜鷹純だよね?

 元弟子だけあって、その教え方も当然熟知している光先生。

 それを体験させてくれるらしい。ちょっと怖いけど、かなり興味あります。

 元金メダリスト、略して元金の指導法、是非とも知りたい。

 光をトップレベルのスケーターに成長させた秘密の一端に俺は迫る。

 

「始めるよ。よーく見ててね」

「わかった。めっちゃ見るわ」

 

 光が軽やかに滑り出す。

 相変わらずのいい滑りだ。

 ほう、ほうほう、そう来たか、おー。

 じっくり見入ってしまった。

 光のスケート、何度見てもうますぎる。

 戻って来た光を拍手で出迎えよう。パチパチパチ。

 

「上手だったぞ」

「御粗末様でした。はい、次は司さんのターンだよ」

「今のをやればいいんだな。わかった、司イッキマース!」

「そうだね。いきなりやれって言われても無理……えぇ!やるの?」

 

 やれって言った光がなぜ焦っているのだろう?

 お手本をなぞるだけだろ、いろいろ情けない俺でもそれぐらいはできらぁ。

 何か言いかけた光を置いて俺は滑り出す。

 目に焼き付けた彼女の滑りを余すところなくトレース・・・いける!

 

 滑り出してから思ったのだが、お手本通りに滑るのが正解なのか?

 ヨダカ式という物騒な名前が付いていることを考えると、手本をなぞって『はいお終い』ではない気がする。

 真の狙いは俺の応用力を試すことなのでは?きっとそうに違いない。

 あっぶな!バカ正直に滑っていたら、失望した顔の光に、

『はぁ…仮にもコーチを名乗るなら気付いてよね。あーがっかり』

 などと、言われてしまうところだった。

 

 いいだろう。その挑戦受けて立つ!

 俺が滑りやすいように、気になる点をいくつか変更させてもらおう。

 ダウングレードしてても文句言わないでよね。

 よし、やるか。ここからは、司アレンジver.で行かせてもらう。

 

 ・・・・・・・・・・

 

 ふぅ、滑りきって満足した。

 このまま童心に返って、光先生の生徒になりたいよ。

 

「ただいま戻りました」

「……」

「先生、俺の滑りどうでした?先生…おーい光先生?」

 

 光の批評を聞きたいのだが、彼女は心ここにあらずという様子でブツブツ呟いている。

 

「初見で全部覚えた。いや重要なのはそこじゃない、技を追加するし振付も大分変って私のお手本より全然良くなってた。それなのにヨダカの仕込みの動きとピッタリ重なって…違う、重なったというより食われた?ヨダカの影も私の影も全部食われて、司さんの独自の滑りに再構築された……なにそれおかしい、司さんは変だよ。変態だよ!!」

 

 結局最後は変態呼ばわりか!

 お前、俺のこと好きなんだよな?

 それは罵倒用サンドバックとして好きってことかい?

 

「今の教えて!」

「?」

「司さんがアレンジした所、私に教えて」

「いいけど。どうせならもう何ヶ所か改良したいと思った点が、光なら俺ができない高難度のジャンプも組み込めるし…」

「それも全部!丸っと余すことなく!」

「お、落ち着きたまえ」

早く(ハリー)早く早く(ハリーハリー)!!早く早く早く(ハリーハリーハリー)!!!」

 

 ひえっ!この子、完全に目がいっちゃってる。

 光に急かされて再び滑ることに、やるのはもちろん改良版の方だ。

 食い入るように見つめて来る光が怖いけど無事完走した。

 

「こんな感じだ」

「……わかった。見てて」

 

演技し終わった俺と入れ違いになるように光が滑り出した。

うわーやっぱ俺より断然見栄えがいいな。

ばえてる、ばえてますよ光さん!

改良した点も難なく滑り切り、光は戻って来た。

 

「今度はどう?」

「お前完全記憶能力者か?一回で完コピするとか、ちょっと普通じゃないぞ」

「オマエモナー」

「何か言ったか?まあいい、最後のジャンプは三回転入れた方がもっと良くなるかもな。表情はもっと柔らかくすると審査員のウケがいい。あとは、そうだな…」

「司さんのご意見もっとちょうだい」

 

 光は俺のコメントを真剣に聞いて頷いている。

 一見すると完璧と思った滑りであっても、いろいろ改善点が見えて来るもんだ。

 光ならもっとやれるはずだ。

 この子の凄いところを、もっと引き出してやりたいという欲が俺の中からあふれてくる。

 

「もう一回俺が滑るわ。光も気になることがあるなら好きに意見してくれ」

「はい!司さんの三回転ジャンプが見たい!」

「無茶を言うな、脳内補完しろ。いくぜ!」

「えぇ…あ!また変わってる!?」

 

 俺が滑り光が滑るを繰り返す。

 二人で『ああだこうだと』意見を出し合いながら、競い合うようにスケートの精度を高めていく作業に没頭してしまう。

 

「ここでこの技が決まると最高に熱くない?」

「わかるー。だったらこっちは…」 

「うんうん。それでそれで」

 

 夜鷹純の考案したものとは違うものになってしまったが、光は特に気にした様子もない。

 俺はとても充実した時間を過ごせて満足だ。

 

「楽しいね」

「うん。確かに楽しい」

「これならヨダカも驚くと思うよ。へへ…あいつの滑りを土台にしてやったぜw」

「悪い顔だなあ……そうか、これか!」

 

 これだったんだ!

 これなら俺も光のコーチとして役に立てる。彼女をもっとレベルアップさせられる。

 自分のひらめきに感動していると光が頭突きをかまして来た。

 

「いだ!ってまたかよ!」

 

 そして、またしても頭をグリグリと押し付けて来る。

 彼女のこの行動には一体どういう意味があるのか?

 狼嵜光という生物の習性は未だに謎が多い、後ほど検証の必要がある。

 しばらくグリグリを続けて満足した光はゆっくり顔を上げる。

 しまりのない緩んだ笑みは、いつもより幼く見えた。

 

「頑張ろうね。司さんとなら私はもっと強くなれるよ」

「そうだな。二人ならなんとかやれそうだ」

「結婚しようね。円満な家庭が築けるよ」

「結局それかーい」

 

 ●

 

 クラブの練習時間も終わり、先に帰宅する光や生徒たちを見送った後。

 ヘッドコーチの瞳さんに俺は本日の成果を報告していた。

 光と一緒に考えた練習メニューと、俺がどのようにコーチするかを力説した。

 

「以上が、狼嵜光育成計画の概要になります。細かい所は本人と相談の上、徐々に詰めていこうかと」

 

 話を聞いた瞳さんは大きくため息をついた。

 

「散々悩んでいたから期待したのに、筋トレがメインの練習って何?」

「筋肉は全てを解決するんですよ。これから先、光の基礎体力向上は必須です」

「まあ、いいわ。それで肝心の指導方法だけど……本気?」

 

 瞳さんは呆れた顔をしていてる。え、ダメなの?

 

「司君の負担がとんでもない事になるわよ」

「上等です。それぐらいでないと足らないんですよ」

 

 練習とは極論、大量のインプットとアウトプットの繰り返しである。

 俺と光の練習方法も変わらない。

 

 まず光から俺にヨダカ式のレッスンを叩き込んでもらう。

 そして俺の中で解析と調整を施したもの、改良版を光に教える。

 改良版を滑った光から更に意見や希望を募る。

 また俺が改良、光が試験、改良、試験、改良、試験・・・etc.

 光が滑って俺が滑って、とにかく二人でスケート滑りまくる作戦だ。

 はい、わかってまーす。無茶苦茶ですよねー。

 仕方ないだろ。これしか思いつかんかったんや!

 光もこれで・・・これ()いいって言ってくれたんや!

 

「その改良とやらをやるために、司君が一からスケートを学び直す気なんてね…」

「瞳さんにも他のコーチにも教えを乞いますよ。他クラブの先生方にも話をしてみます」

 

 俺のスケーターとしての実力を上げなくして、光のコーチ足り得ない。

 コーチを続けていくために、俺は今一度生徒になる!

 俺は真剣だ。笑いたければ笑うがいい。

 

「俺は光と一緒に強くなります」

「いつの間にか呼び捨てだし……ホントばかよね。スケートバカ!」

「や、やっぱりダメでしょうか?」

「はぁ…あれだけ熱弁されて止めろなんて言えないでしょ。好きにしなさい」

「やった!」

「光ちゃんのために多少はフォローしてあげるわ。司君はともかくあの子に無理させないでよね」

「瞳さん!愛してます!」

「だから既婚者だっつーの」

 

 そっぽを向く瞳さんの顔が赤い。

 何だかんだで、俺と光のことを心配してくれている。面倒見がよくて優しい人だ。

 瞳さんのこういうところマジで好き。

 

 ・・・・・・・・・・

 

「司君と光ちゃんの関係だけど、混乱を避けるため(おおやけ)にしない方向でいくわ」

「今更何を?もう子供たちに紹介しちゃいましたよ」

 

 このご時世、有名人の情報拡散などあっという間だ。

 狼嵜光がルクス東山FSCにいる事実は広く知れ渡る事になる。

 そして俺がコーチになったということも・・・

 

「心配はいらないわ。うちには頼りになる人材がいるもの、ね?」

「全て私にお任せください」

「あなたは!瀬古間さん」

 

 何処からともなく登場したのは、

 スケートリンクの受付として勤務している老人、瀬古間衛(せこままもる)さんであった。

 いのりさんがミミズ好きになる原因を作った人物だったりするのだか、いつもと雰囲気が違う?

 

「首尾はどう?」

「万事滞りなく。私の術式により情報が漏れることはないでしょう」 

「あの、話についていけないのですが?」

 

 今、術式とか言わなかった?何者なのこの人?

 

「瀬古間さんのご実家はね、古くから続く呪術師の家系なのよ」

「寝耳に水!」

「情報操作は得意分野でしてな。スケート場から一歩でも外に出た者は、光ちゃんのことを別の誰かと誤認するようになります」

 

 そんなバカなと思ったけど、瞳さんも瀬古間さんも至って真面目に話をしている。

 世の中まだまだ俺の知らない世界があるんだな~と無理やり納得した。

 

「俺が新しい子をコーチしている話は広まる。けれど、それが光だとはバレない?」

「いかにも。精々『やたら綺麗で可愛い子だった』ぐらいの認識に落ち着くかと」

「スケート場に来ている間だけ認識は正され、光ちゃんともみんな普通に接してくれるわ」

「便利すぎません?」

「ご家族や親しい間柄の方には術式を無効化する手筈も整っております」

「そして都合よすぎる」

 

 とてもありがたいのだけれど、便利すぎて何か裏がある気がする。

 

「この術式は期限があります故、それだけ守って頂ければ問題ありません」

「ネタ晴らしはそうね…夏頃かしら?それまでに関係各所へ根回しをしましょう」

「えっと、ネタバレをしなかった場合はどうなります?」

 

 忘れていたとか、俺がビビったとかで、言い出すタイミングを逃すことだってあり得るよね。

 

「術式の影響下にある者の脳に間違った情報が定着します。それも、明浦路先生にとって不都合極まりない情報が…」

「不都合ってどんな?」

「今回のケースだと…明浦路先生が『ヒグマとウコチャヌプコロしやがった!』が妥当ですな」

「とびっきりのド変態ね!いくらいのりちゃんにフラれても、獣に走るとかないわー。熊がかわいそう!」

「今すぐ術式を解除してください!!」

 

 ほら!やっぱりえげつないリスクがあったよ。

 しかも、ウコチャヌプコロ!?!?

 アニメはやっぱりアウトだった姉畑先生・・・

 

「今解除してもヒグマとやった情報は残りますよ?」

「なんでだよ!?何で俺だけ…光は?光の方にリスクはないのか?」

「ありますよ。光ちゃんの場合は『男に夜這いをかけるドスケベ少女!』という間違った情報でドン引きされるでしょう。かわいそうに…」

「それは事実だろ!!」

 

 不公平なことに光だけノーダメージか。

 瀬古間さん。子供に甘すぎない?

 

「とにかく、情報漏洩の心配はなし。司君は夏までにネタ晴らしの覚悟決めること。いいわね?」

「は、はいぃ」

 

 俺と光の関係は当面の間、親しい人以外には秘密。

 それも呪術という不思議な力によって守られるのだ。

 世界観をぶっ壊されて、なんだか酷く疲れた。

 もうお家に帰りたい。

 

「ヒグマを襲うのは禁止よ」

「襲ってたまるか!」

「光ちゃんを襲うのも禁止よ!」

「……襲ってたまるか」

「一瞬だけ熊より全然アリだと考えましたなw」

「正体表したわね!この鬼畜マッチョ!」

「二人とも黙れ」

 

 瞳さんも瀬古間さんも、俺で遊ぶな!

 

 ●

 

 その日の夜、

 俺は今日決めた事柄をデータとしてパソコンに打ち込んでいた。

 光の育成方針とそのやり方は見えて来た。

 あとは、実行に移して継続できるかどうかだな。

 瞳さんに指摘されたよう、スケートバカにならなければコーチは務まらない。

 気を引き締めていかないとな。

 

「コレ全然役に立たない」

 

 机にはパソコンの他に一冊のノートが広げられていた。

 ノートの表紙には『対・狼嵜光』と書かれている。

 いのりさんのコーチだったころ、倒すべき敵として光の情報を集めてまとめていた物だ。

 そこには『凄い』『綺麗』『ヤバい』『眼力』『怖い』『夜鷹』等、書きなぐったような言葉の羅列が続いている。

 光の内面を知った今では、結構的外れな偏見も多くて恥ずかしくなる。

 これは本人に見つかる前に処分だな。

 いずれ俺は『対・いのりさん』ノートを作ったりするのだろうか?

 そんな事を思いながら作業を終える。

 パソコンの電源を落とし、就寝しようとベッドへ・・・

 

「で、こうなるわけね」

「はーい。一名様ご案内~」

 

 ベッドには先客がいた。

 掛け布団を広げて出迎えたのは、もちろん光である。

 布団ごと投げ捨ててやろうと思ったが、今日もいろいろあって疲れたので大人しくベッドインする。

 

「このベッドちょっと大きいよね?」

「ダブルサイズだってよ」

 

 羊さんが大きいベッドを希望して購入したものだが、大きすぎて落ち着かないと理由で破棄され、今は俺が使わせてもらっている。

 

「さすが羊ちゃん。私たちがこうなる事を予見していたのね」

「そんなわけあるか」

 

 背を向けて寝ると頭突きをされるので、仕方なく光の方へ体を向ける。

 暗闇に慣れて来た目がその端正な顔を映し出す。

 横になった光と近距離で目が合い、こそばゆいような感情が湧く。

 この子が隣にいてくれて、安心感を得てしまう自分がいる。

 

「寝るまでお話、しよ?」

「いいよ。じゃあ、真面目な話だ」

 

 光のためにも俺のためにも、ちゃんと話すべき事がある。

 既に手遅れかもしれないが・・・

 

「こういうの、もうやめにしよう」

「どういうの?」

「一緒に寝たり、風呂に突撃したり、抱き着いて来たり、結婚しようとか言う…スキンシップ全般の事だ」

「いや」

「最後まで聞け。俺はもうコーチを辞めるだなんて言わないし、お前から逃げたりしない、約束する。だから…もうそんな事しなくてもいいんだ」

「……むぅ」

 

 あ、やっぱりちょっと怒った。

 むくれた顔も可愛い。

 

「俺はバカだからさ。お前みたいな奴にグイグイ来られると、困るんだ」

 

 本当の本当にバカな男だから。

 お前みたいな綺麗で可愛い子に何度も『好き』だと言われると、すごく困るんだ。

 冗談かもしれないのに、一時の感情かもしれないのに、そんな幸運あってはならないのに・・・

 

「勘違い、しそうになる///」

 

 自分の顔が紅潮していくのがわかる。今が夜中で助かった。

 光は無言で俺を観察している。

 俺の内面を暴こうとするかのように彼女の瞳が強い力を帯びていく。

 

「私の本気、まだ伝わってない?」

 

 悔しそうに言う光に少しだけ心が揺らぐ。

 

「本気だとしたら考えを改めろ。俺はやめておけ」

「なんで?なんでそんな事いうの?」

「光はこれからいろんなことを経験する。そしてお前の世界はドンドン広がっていく、その中にはスケートと同じぐらい好きになったり大切にしたい物や人が見つかる。お前のことを本気で思ってくれる誰かも必ず現れる。その時きっと……俺は邪魔になる」

「聞きたくない…」

 

 悪いな。でも聞いてくれ。

 コーチになる事を決めた時でさえ、アレだけ情けない姿を見せたのだ。

 恋愛が絡んでしまったら俺は今よりもっと面倒くさくて、カッコ悪くて、最低なダメな男に成り下がる。

 そんな姿をお前に見せたくない。

 このままだと俺は……将来、光が別のよい相手と結ばれた時、素直に祝福できそうにない。

 そんな自分にだけはなりたくない。

 

「頼むよ、光」

 

 どうかこれ以上俺を・・・

 

「情けない奴にしないでくれ」

 

 ただのコーチとして、お前のそばにいさせてくれたら、それで十分なんだよ。

 

 言うべき事は言った。

 光は聡い子だ。これで俺との関係も見直してくれる。

 これでいい、いいはずだ。

 寂しいと感じているのは、俺の気のせいのだ。

 

「あなた自信がないのね」

 

 澄んだ声と共に光の手が俺の頬に添えられる。

 冷たい手の平が心地よくて、されるがままになってしまう。

 『自信がない』と言われた事にたいしては反論も憤りもない。

 全く以ってその通りだからだ。

 

「悪いかよ」

「悪いわよ。自分のことも私のことも、過小評価するのはやめて」

 

 自分はともかく、お前のことを過小評価したつもりはない。

 

「してるよ。私がホイホイ心変わりするような女だって甘く見てる」

 

 だからそれは、

 

「変わらないよ。私はこの先何があっても司さんのことが好き」

 

 まだそんな事を言うのか・・・

 人の心は変わる。俺はそれを知っているんだ。

 どんなに誓い合っても、固い絆を育んでも、変わる時は変わるんだよ。

 俺はそれを悪夢に見るほど知ってしまっている。

 光、お前だってきっと・・・

 

「一緒にしないで」

 

 光?

 

「私は、いのりちゃんじゃないよ」

「あ…」

 

 まただ、またやってしまった。

 俺はまた、いのりさんと光を比較して同じだと決めつけて・・・

 狼嵜光という個人を蔑ろにした。

 最低だ最低すぎる男だ。

 こんな奴、お前は好きになってはいけない。

 俺じゃお前を幸せにできない。

 

「そうやってまたネガティブになる。悪い癖だよ」

「すまない、本当にすまない」

「仕方ない人だなぁ」

 

 苦笑する光。

 いや、本当に情けない奴でごめん。

 

「証明してあげる」

 

「あなたが本当は凄い人だって、私の気持ちは変わらないって、思い知らせてあげる」

 

「見ててね。近くでちゃんと見てて」

 

 光の声が頭に直接響く。

 例の洗脳行為だろうが何だろうが、今はどうでもいい。

 彼女の言葉を受け止める事からは逃げてはダメだ。

 

「私、頑張るから。スケートも恋も両方頑張って結果を出してみせるから」

 

 どうかお願い・・・

 

「あなたを好きなままの、私でいさせてください」

 

 何も譲る気はないと、自分の気持ちを曲げる気は無いと宣言された。

 強い、あまりにも強すぎる。

 そんな風に言われたらネガティブ男は一撃ノックアウトだよ。

 執念も覚悟も何もかも、俺とは比較にならない程しっかりしている。

 本当にどうして俺なんか・・・これもやめよう。

 自分を卑下すればするほど、光を貶める事に繋がる。

 こんなにも強い子が好きだと言ってくれたんだぞ?

 少しは胸を張れよ、俺。

 

「お前の気持ちはすごく嬉しい。けれど、どうしたらいいのか正直わからん」

「大人って大変だ」

「そうだよ。世間体とかいろいろあるの、面倒なことにな」

「私は迷惑?」

「そんなことない。上手く対処できない俺が悪いんだ。まだ三日目だぞ?お互いを理解していく時間が必要だと思う」

「じゃあ!いいの?スキンシップOK?」

「TPOをわきまえてくれたらな」

「司さん、大好きだよ」

「そうか」

「リアクション薄い~」

 

 安心した光は俺の胸に顔を埋める。

 俺の胸筋がそんなに気に入ったの?

 ちょっとだけ、彼女の髪の毛を手で梳いたり撫でたりしてみた。

 くすぐったそうに身をよじる光は幸せそうで、こっちまで嬉しくなる。

 これヤバいな。俺のパートナー可愛すぎる。

 勘違いしないでもらいたい、これは俺と光のメンタルケアを一石二鳥で行う方法なのだ。

 他意はない。ないってば!!

 

「混浴は却下な」 

「えぇぇーー!?背中流したいのに…」

「羊さんの背中で我慢しろ」

「一緒に寝るのはセーフだよね?今もしてるし」

「…………中学生になるまでだ」

「残された時間は少ない。今の内に堪能してやる。うはっ!腹筋かってぇー!!」

 

 俺の腹筋を撫で回す光が楽しそうで何より。

 おーい、遊んでいないで、そろそろ寝ないと明日が辛いぞ。

 

 気持ちは変わらないと光は言ってくれたが、誰か別の人を好きになる可能性は十分にありえる。

 時が来たら俺は笑顔で彼女を送り出してやらなければならない。

 その事だけは常に念頭に置いておこう。

 だけどもし、光がずっと俺を好きでいてくれたなら。

 そうなったら、俺はどうするのだろう・・・

 

 この日から悪夢を見ることはなくなった。

 

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