光ちゃんと司先生が結ばれる話   作:青紫

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ヘタレマッチョ

 あの後、どうやって家に帰ったのか記憶が定かではない。

 号泣する俺を心配した瀬古間さんがタクシーに乗せてくれたところまでは覚えている。

 羊さんの話によると加護家の玄関前で真っ白に燃え尽きていたらしい。

 

「司君、大丈夫かな?」

「いのりちゃんに振られたんだよ?どう見ても大丈夫じゃないよ」

「いのり?いの、いの、い、いのりさんいのりさんいのりさんいのりさん…」

「マズい!また発作が」

「いのりさん!うわぁぁぁぁぁーーーーー!!俺はコーチ失格のヘタレマッチョだー!いのりさん、ごめん、ごめんよう、ごべんなさいぃぃーーーー!!」

「ヘタレマッチョって何だろうね?羊、見てないで何とかしてあげて」

「よしよし。司君はヘタレマッチョじゃないよ。一回りも年下の女子に振られた失恋マッチョだよ」

「もうヤダよぉうおおおんんんんん」

 

 居候先である加護家の主、加護耕一さんと娘の羊さんがあの手この手で慰めてくれたけど俺の心が晴れることはなかった。

 恩人にこんな醜態を晒すとは、天国の芽衣子さんにも申し訳なくて余計に落ち込んだマッチョである。

 

 それでも人生は無常に過ぎて行く。

 泣いても笑っても大切な絆が断たれたとしても、人は生きて行かなくてはならないのだ。

 

 ●

 

 いのりさんのコーチを辞めてから早くも一週間が過ぎようとしていた。

 その間にもいろいろな事があったはずなのだけれど、半死半生気味だった俺の脳は働かず全てにおいて生返事で応答していた。

 

 あの日からずっと、目に映る世界の全てが一気に暗くなったのは気の所為ではない。

 いのりさんは俺を明るく照らしてくれる太陽だったのに、その太陽はもういない。

 いのりさんは新コーチの夜鷹純と共に地元名古屋のルクス東山FSCを離れ、東京のスターフォックスFSCへと移籍してしまったのだ。

 都合よく東京のモデル事務所に所属している姉の結束実叶さんと姉妹仲良く二人暮らしを始めるそうだ。

 いずれはご両親も東京に引っ越す事も検討している模様。全部いのりさんの母、結束のぞみさんから聞いた話だから間違いない。

 

 のぞみさんには平身低頭で何度も謝られた。

 『あの子のわがままですみません』『先生には大変よくしてもらったのに』『ですが、娘の意思を尊重してやりたいんです』

 という感じで何度も頭を下げられてこっちが恐縮してしまった。

 のぞみさんも、ましてやいのりさんも悪くない。

 悪いのは期待に応えられなかったコーチ失格のこの俺だ。

 

 俺がアシスタントコーチを勤めているルクス東山FSCのヘッドコーチ、高峰瞳さんにも心配をかけてしまっている。

 いのりさんが考えを改めてくれるよう手を尽くしてくれたらしいが、頑なないのりさんに根負けし最後には移籍を了承したのだと言う。

 瞳さんにも謝られた『私の力が足りなかったばかりに…』と後悔していたけど、とんでもない。

 瞳さんは精一杯尽力してくれた。何もかも足りなかったのは俺だ。

 

 瞳さんが連絡したのか蓮華茶FSC所属のアシスタントコーチ蛇崩遊大、通称ジャッキー先生からも励ましのお電話を頂いた。

 『あんまり気にしとったらアカンでー』と明るく励ましてくれたけど、乾いた笑いしか返せなかった。

 また今度飲みに行こうと約束して電話を切った。行けたら行くやつである。

 

 一番神経わからんと思ったのはスターフォックスFSCのヘッドコーチ、ライリー・フォックスからオファーをもらったことだ。

 『いのりちゃんもこっち来ちゃったしさあ。司君もおいでよw』じゃねーっつーの!!

 『なめとんのかボケ!』という声を必死に押さえこんで電話を切った。

 元メダリストという奴はどいつもこいつも狂ってやがる。

 

 生徒さんやその親たちにも心配されているみたいだ。

 このまま迷惑をかけ続けるぐらいならいっそのことアシスタントコーチを辞めて・・・

 辞めてどうするんだろう?俺に何ができる?

 憧れには届かず、二度目の夢も破れ、何もない、何者にも成れなかった男。

 そんな奴に居場所なんてあるのだろうか?

 ああ、もう嫌だ。何も考えたくない。

 

 代わる代わるいろんな人に慰められて励まされて同情される。

 その中でも特に気を遣ってくれたのは、もう一人の教え子である。

 

「あのエビフライ女!散々世話になった明浦路先生を捨てやがった上に、クソジジイを新コーチにしただぁ!?ぜってぇ許せねぇ!!」

 

 鴗鳥理凰、元・フィギュアスケート男子シングルのオリンピック銀メダリストである鴗鳥慎一郎の息子。

 父親譲りの才能を遺憾なく発揮する将来が楽しみな逸材だ。

 幸運なことに俺にすごく懐いてくれて、いのりさんとは何かと張り合っていた男の子だ。

 その理凰さんがキレてる。めっちゃキレてる。

 俺なんかのために怒ってくれるのは非常に嬉しいが、このままだと東京に殴り込みしかねない勢いなので一応止めておく。

 

「先生は人が良すぎます。もっと怒っていいんですよ。本当に、ああくそっ!なんで先生がこんな目に…光のことだって……クソジジイ殺す」

 

 目に涙を溜めて怒ってくれる理凰さんこそ、本当のいい子である。

 俺は人が良いのではなくただのバカだからな。

 因みに、クソジジイとは夜鷹純のことを指しており理凰さんはゴキブリよりも夜鷹純が嫌いとのこと。

 それについては全く同感である。

 あいつ、いのりさんの前で滑って転んで頭打って泣いたりすればいいのに。

 

「もしルクス東山FSCにいるのが辛いならいつでも頼ってください。親父に話は通しておくので、先生さえよければ名港ウィンドFSCに…」

 

 そこまでしてもらうわけにはいかないので謹んで辞退した。

 今の状態で名港ウィンドFSCに移籍しても迷惑をかけるだけで俺に出来る事はなにもない。

 子供にここまで気を遣わせて、俺は本当に情けない男だ。

 俺がこんな調子なので理凰さんのコーチは別の人に担当してもらっている。

 はぁ~、俺って最低だ。

 

 そんなこんなの一週間。

 仕事にも私生活にも身が入らない。

 俺はもう本当にダメかもしれない。

 

 ●

 

「司君。その、新しい子を担当してみる気はない?いのりちゃんの成長っぷりを見た保護者から司先生にコーチングしてほしいって言われてて」

「すみません瞳さん。俺にコーチはできません…最初から無理だったんですよ」

「そんなことない。司君には確かな指導力があるって、いのりちゃんを見れば誰だってわかるわよ」

「それはいのりさんに才能があったからです。俺は何もできなかった、できていなかった。二人で強くなった気でいたけど、実際はいのりさんが一人で強くなったんだ」

 

 そう、彼女は最初から強かった。

 最初から最後まで弱かった俺とは才能も覚悟もまるで違う。

 

「そうやってまた、いつまで落ち込んでる気なの?もう一週間よ」

「……」

 

 目を吊り上げた瞳さんがググっと顔を近づけて来る。

 いつまでもウジウジしている俺に嫌気が差したのだろう。

 平手打ち、いや殴られても致し方ない。もうどうでもいい。

 

 予想していた衝撃波は来ない。

 気付けば俺は瞳さんに抱きしめられていた。

 

「辛いわよね。あんなに一生懸命だったもんね」

「……」

「怒りたいのも叫びたいのも我慢して、全部自分のせいだって思ってる。無理しすぎよ」

「……」

「司君は頑張りすぎちゃったのよ。だから今は休んでもいい。でも、絶対に立ち直って」

「……」

「あなたが必要だと、あなたじゃなきゃダメだと言ってくれる(メダリスト)はきっとまた現れる。この私が保証してあげる」

 

 それが、いのりさんだったんだよ。

 でも、そうじゃなかった。

 また現れるだなんて簡単に……無責任なこと言わないでくれよ。

 仮にいのりさん程の才覚に恵まれた人材がいたとして、俺を選んでくれる奴なんかいない。

 

「元パートナーを信じなさい。信じる者は救われるのよ」

 

 無茶苦茶言ってる。

 でも、この根拠のない自信に何度も救われて来たんだ。

 ありがとう瞳さん。

 ほんの少しだけ元気が出せそうです。

 で、話は変わるけど瞳さんにずっと抱き着かれているわけだが・・・ヤバくない?

 やわらけぇとかあったけぇとか現役時代から役得だったとか、今ちょっと幸せ。

 やはり美人のハグは万病に効く。異論は認めない。

 この人、既婚者なんだよなぁ。旦那さんが羨ましい!

 

「そう?旦那に伝えておくわねw」

「しまったぁ!声に出てたか」

「で、コーチの話なんだけど。最初は誰か一人に決めなくても体験入会の子供たちの相手をしてもらいつつ、司君のリハビリも兼ねて」

「あー!元気が出たら走り出したくなってきた。ちょっとその辺ランニングしてきまーす!」

「ちょ、どこ行く気なの?今日午後から雨が降るって、聞いてんのかぁー!」

 

 ちょっと回復したら即仕事の話に戻る瞳さん。さすがプロだな。

 俺は逃げ出した。

 すみません。本当にまだコーチは無理なんです~。

 というか怖い。子供に向き合うのが怖い。

 教え子がまたいのりさんのようになってしまったら、また置いて行かれてしまったら。

 今度こそ、

 

 スケートを嫌いになってしまうだろう。

 

 ●

 

 行く当てもないランニングをすること十数分。

 空模様は一気に怪しくなり雨が降って来た。それも季節外れのどしゃ降りである。

 だが、それがいい!

 この大雨が俺の内に溜まったフラストレーションを洗い流してくれると思ったからだ。

 

「うわぁぁぁぁーーーー!ふざけるな!ふざけるなぁ!ふざけるなぁぁーーー!!」

 

「あんなに一緒だったのに!信じていたのに、信じてくれていると思っていたのに!!」

 

「こんな終わり方、納得できるかぁぁーーーーーー!!!!」

 

 溜め込んでいたものを解放する。

 みっともない俺の叫びは雨音に消されるから問題ない。

 涙も、この胸のモヤモヤも、全部、全部流れて消えてしまえばいい。

 

 大声で叫んで走ってぐしゃぐしゃのドロドロだ。

 本当に何やってんだろ俺。

 

 脚と喉も痛くなってきた頃にようやく立ち止まる。 

 苦しい、心臓がやかましいくらいに拍動しているのを感じる。

 こんなので少しは心が晴れたのだろうか?効果の程はよくわからない。

 

 周囲を見渡すと現在地が見覚えのある場所だという事に気付く。

 ここは・・・そう、狼嵜選手と会ったあの場所だ。

 あの時も確か雨が降っていた。

 

 とある日の夜、ひょんなことから狼嵜選手と会った俺は彼女とちょっとした言い争いをしてしまったのだ。

 今考えると子供相手に相当大人気ない態度だったと思うが、向こうもかなり強烈な本性を見せてくれたのでお互い様だという事にする。

 

 犠牲なくして頂点は目指せないと言う彼女の言葉を俺は否定した。

 

 しかし、結果はこの様だ。

 狼嵜選手の考えがよっぽど正しくて、俺の描いていたものは絵空事だったのだと今ならわかる。

 

「狼嵜光か……」

 

 なんだろう?

 自分でもよくわからないのだが、今無性に彼女と会いたくなった。

 やはり本音をさらけ出した仲だからか?

 それとも、あの日の彼女の凍てついた眼光が、獣のようなギラギラした瞳が忘れられないからだろうか?

 とんでもないS気質でしたね。ホント末恐ろしいわ!

 思い出すとドキドキしちゃう、恐怖でな!でも、悔しい!あの顔また見てみたいと思っちゃうの。

 俺ってば実はMだったのかしらん。ヤダ、いつの間にか調教されてる。

 女児に責められてハアハアするドMマッチョとは俺のことだ!

 そりゃあいのりさんも見限るわ!!

 

 そんなことより、彼女は今どうしているのだろう?

 自分のことばかりで気にする暇がなかったが、夜鷹純は彼女のコーチを辞したはずだ。

 だとすれば、今後誰が彼女の指導に当たるのか?

 そもそも、狼嵜選手のような天才を指導できるコーチなんているのか?

 それこそ夜鷹純でないと不可能な芸当だったはずだ。

 

 他人の心配をする余裕が出て来たのか、一度気になると止まらない。

 彼女も俺と同じ目にあっていなければいいが・・・

 いやいやいや、ちょっとまって、ないない、それはない!彼女に限ってそれはない!

 あの子は俺なんかよりずっと大人で鋼のメンタルを持っているからな。

 

 ずぶ濡れで絶叫ランニングしていた変態とは違うのだよ。

 今この瞬間にも、ストイックな彼女は氷上で周囲がドン引きするような過酷練習に励んでいることだろう。

 

 あ~なんかもう一度一対一で会いたいなあ。

 いのりさんショックを狼嵜選手のドSパワーで打ち消してもらいたいよ。

 『あーあがっかり』とか蔑んだ目で言われたら『ありがたき幸せ!』と笑顔で返してやるのにな。

 なにそれ?ご褒美じゃね?いくら払えばいい?

 

「ん……コホン…」

 

 何がコホンじゃ!邪魔するでないわ。

 俺は今、狼嵜選手にご褒美をもらっている最中の妄想で忙しいのだよ。

 大体、こんな寂れた高架下に俺以外の変態がいるわけなかろうが。

 俺の心を癒してくれるのは美しくも野獣のような瞳を持つ彼女だけだ!

 

 例えばそう!めっちゃこっち見てる黒髪ロングのキミみたいな子!!

 

 ・・・?

 ・・・・・・??

 ・・・・・・・・・・???

 

 おい、ちょっと待てや。

 

 なんか変なのいるんだけど?

 

 高架下の壁に寄りかかって気だるそうに座る。

 ヒラヒラの高そうな服を着た。

 目力の半端ない。

 黒髪ロングの女の子。

 

「か、かみ、狼嵜光」

「どうも。情緒不安定な明浦路先生w」

 

 前に見たことがあるジト目で俺を睨んでるんだけど!?

 お、さっそくご褒美か?じゃなくて!

 

「なんでいるんだ!!」

「それ、こっちのセリフだから」

 

 マッチョと少女の運命が動き出す(予定)。

 

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