光ちゃんと司先生が結ばれる話   作:青紫

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トクベツなアイツ

 何の前触れもなく、あいつは突然やって来た。

 

「狼嵜光って言います。よろしくお願いします」

 

 少女が笑顔で自己紹介をする。

 雪のように白い肌、長く艶やかな黒髪、宝石のように輝く瞳を持った女の子。

 一瞬で目を奪われた。ただひたすらに、とても綺麗だと思った。

 温かくてむず痒いような不思議な感情が胸の内から湧き出す。

 それが何かを理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

 (あいつ)は俺の特別になったのだ。

 

 ●

 

「ただいま……あーマジで疲れた」

「お兄ちゃんお帰り~。なんだか久しぶりだね」

「本当にな。はい、これやるよ」

「お土産キター!お兄ちゃん大好き」

 

 俺、鴗鳥理凰はようやくの旅行先から自宅へと帰って来た。

 

 事の起こりは数日前、学校の友人グループからスキー旅行に誘われたのだ。

 友人の1人に羽振りのよい奴がいて、そいつの親戚が経営する旅行代理店のスキー合宿ツアーに急遽空きが出たらしい。俺たちの引率は友人家族がやってくれて、スキー板等の装備一式は現地でレンタル可能。料金も格安で請け負ってくれるとの事だった。

 非常に魅力的な提案であり、友人たちはスキー旅行へ行く事を即時決定した。

 だが俺は首を縦に振るのをためらった、とある事情から病んでしまった明浦路先生を置いて旅行になんて行けるはずもない。 

 最初は断るつもりでいて、先生にもその旨を伝えたのだが、

 

『友達との思い出作りも大切だよ。そう、思い出だけが心を癒してくれる……ははは』

『俺はこんな状態だし、理凰さんは気にせず旅行を楽しんでおいで、それまでには元気になっておくよ…たぶん』

 

 虚ろな目の明浦路先生に送り出され、俺は旅行へ参加することにした。

 壊れてしまった先生を見ているのが辛くて、旅行を口実に逃げてしまったとも言える。その事が少々後ろめたい。

 友人たちとのスキーはとても楽しくて、氷上ではなく雪原を滑るというのも新鮮な体験だったと思う。

 天候の悪化からロッジに軟禁されるトラブルがあったりもしたが、殺人事件が起こるでもなく、こうして無事帰って来れたので旅行に行って良かったと思える。

 先生も立ち直ってくれているといいけど・・・

 

 荷物を下ろし旅行中にあった出来事を話しながら、家族にお土産を配って回る。

 ふと家の様子に違和感を覚えた。何かが足りないような気がする。

 騒がしいあいつの気配がしないのだ。

 

「光、いないのか?」

「やっと、お気づきになりましたか」

 

 妹の汐恩が妙な口ぶりでヤレヤレと首を振る。

 なんだかバカにされているようでムカつく。

 

「お兄ちゃん気を確かに持ってね。光は……お嫁に行ってしまったんだよ!」

「何言ってんだお前?」

 

 光と二人でまた奇妙な遊びを始めたのだろうか?

 妹が意味不明なのはいつもの事だが、何かが引っ掛かる。

 

「母さん。光は?」

「トツギーノしたわよ」

「母さんまで意味不明!?」

「女の子の成長って早いわよね。嬉しいのと寂しいので、母さん泣けて来るわ」

「安心しなよママ。ウラジーなら光を幸せにしてくれるって」

「そうよね。二人に幸あれ!」

「わけわかんねぇよ。一体何が起こっている!?」

 

 母と妹のテンションについて行けない。

 俺はテーブルで作業中の父に助けを求めた。

 真面目な顔で何をしているのかと思えば、ガンプラ組み立てているよ、この人。

 

「教えてくれ父さん、俺がいない間に何があったの?」

「トツギーノだ」

「だからトツギーノってなんだよ!!」

 

 全員で『え、なんでわからないの?』みたいな顔やめろ。

 

「光は行ってしまったよ」

「い、家出をしたったってことか?」

「違う。愛した人と一緒に暮らすため、引越しをしたんだ」

「はぁぁぁぁ!?!?」

 

 頭が真っ白になった。

 愛した人?一緒に暮らす?引越し?

 待てよ、光からのLINEで謎のメッセージが来ていたが、あれは冗談ではなく本気だったのか!?

 

 【引越します、じゃあの】

 

 そんなんでわかるかぁ!

 愛した人だって!?そんな相手がいるとか聞いていないぞ。

 

「光のハートを射止めたのは、筋肉モリモリマッチョマンでした」

「ドウェイン・ジョンソンか!?いつどこで知り合った!」

「何で決めつけたの?ハリウッド俳優じゃないわよww」

「お兄ちゃんも、よーく知っている人だって」

「彼には苦労をかける。いずれ何かしらの礼をせねば」

「何も知らないの俺だけ!?」

 

 鴗鳥家から光の姿が消えていた。

 やはり俺は旅行に行くべきではなかったかもしれない。

 

 因みに、

 トツギーノとは『(とつ)ぐ』をもじった言葉で『嫁入り(よめいり)』を意味するらしい。

 クソどうでもいい!

 

 ・・・・・・・・・・

 

 スマホで光の番号を呼び出し電話をかける。

 何度目かの呼び出し音・・・・・・繋がった!

 

「光!お前どこに…」

「今風呂上りで全裸なんだけど?」

「わ、悪いっ!かけ直す」

「嘘だけどねw」

「てめぇ!!」

 

 この野郎、人をおちょくりやがって。

 

「スキーどうだった?お土産私の分もある?」

「俺のことより!お前、家を出て行くなんてどういうことだよ?」

「トツギーノだよ」

「それはもういい!!」

 

 トツギーノ言い出したのはやっぱりお前かバカヤロウ。

 父さんと母さんにまで変な言葉を吹き込むんじゃないよ。

 

「妙な遊びはやめて帰って来い。これ以上鴗鳥家(うち)の恥をさらすな」

「ありがとう。私、幸せになるね」

「話聞けよ!相手が誰か知らないが、お前の遊びに巻き込まれた人は迷惑してるぞ」

「遊び?こちとら本気じゃ!毎晩仲良く一緒に寝とるわい!」

「い、い、一緒に寝たっておま…」

「やらしー!理凰やらしー!変な想像しないでよね」

「ぐっ……とにかく先方には俺も一緒に謝ってやるから、菓子折りの準備をしておけ」

「面倒見のいい上司かww」

 

 あいつのことだ、冗談で始めた遊びに引っ込みがつかなくなったのだろう。

 まったく世話が焼ける。

 光の気まぐれという災難に巻き込まれた被害者には、身内の俺が誠意を込めて謝罪しなければ。

 被害者というか、不運にもターゲットにされた相手は誰なのだろう?

 母さんたちに聞いても『すぐわかる』としか言わないし。

 

「ひかる~飯が出来たぞ」

 

 電話越しに光のものではない音声が聞こえた。

 男の声!?しかも、どこかで聞いたような?

 

「はーい。じゃ、またね理凰」

「おい!今の誰だよ、おい……切りやがった」

 

 いつもそうだ・・・

 いつもあいつは俺を置いて行ってしまう

 

 ●

 

 翌日、学校終わりに光を捕まえて尋問をしようとすると、俺を見るなりダッシュで逃走しやがった。

 追いかけてたどり着いた先は、俺の所属するルクス東山FSCが拠点にしているスケート場。

 そこで俺は光がやらかした事の全貌を知ることになる。

 

「そういう事だから、よろしくね理凰」

 

 なんと!光はルクス東山に移籍をしていた。

 そして明浦路先生に弟子入りしたらしい。

 更に、引越し先も明浦路先生の住居なのだとか・・・

 何だこの展開?全然ついていけねぇ!俺は夢でも見ているのか?

 

「ごめんね理凰さん。LINEで話すより直接説明した方がいいと思って、今後は光のコーチとして本気で取り組むつもり…」

 

 先生が光のコーチになった経緯と自身の志を語ってくれたが、まるで頭に入って来なかった。

 

「せ、先生が、俺の明浦路先生が、光に毒されてしまった」

「毒って言うなよ。理凰のじゃなくて私の!私の司さんだからね!」

 

 最悪だ。

 いのりの事で深いダメージを負った先生に、光という猛毒が注入されてしまった!

 想定外すぎる。周りのみんなも何故止めなかった?

 先生の人格も言動も明らかにヤバい方向に傾いていると気付いているだろうに。

 メンタルぶっ壊れたままの状態がずっと固定されているぞ、アレ。

 

「先生、考え直した方がいいです。こいつのコーチになったら、待っているのは破滅です」

「ファムファタルな私って罪な女////」

「黙れよ疫病神」

「ひどっ!司さん、理凰がイジメる~」

「はいはい、二人とも仲良くしてね。よし!ウォーミングアップから始めようか」

 

 どこまでもマイペースな明浦路先生は、光のウソ泣きをスルーして練習を開始した。

 なんか光の扱いに慣れてる?

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 俺が不在の間にクラブ内の雰囲気は様変わりしていた。

 原因は言わずもなが、あの二人である。

 

「いいぞ光!とってもいい!」

「当然!ここからもっとギア上げていくよ」

 

 光が技を決める度に明浦路先生がメチャクチャ褒めている。 

 先生は元から褒め上手であったが、それが更にパワーアップしていた。

 光も先生の言葉に応えるように動きのキレを増していく。

 

「光ちゃん。やっぱりすごい」

「負けてられないな。俺もやるぜ!」

「いいなぁ、私も司先生に褒められたい」

 

 二人に触発された他の生徒たちも自身の練習に真剣に取り組む姿勢だ。

 クラブ全体の成長率は未だかつてない程の勢いがある。

 いのりが去って行き明浦路先生が病んでしまった事で、落ち込んでいたクラブ内の空気。

 それを光の存在が見事に払拭していた。

 明浦路先生と光を中心にしてルクス東山FSCは活気づいていく。

 

「悪いな理凰さん。俺のワガママを聞いてもらって」

「いえ、先生の気持ちはわかりますから」

 

 光との練習に注力したいという事で、先生が俺を見てくれる頻度は減ってしまった。

 いのりがいた時からそんな感じだったので、俺としては特に不満があるわけではない。

 ただ、まあ何と言うか、少しだけ寂しい気もするが。

 

「先生のやりたい事を応援するのも弟子の務めです。光を見てやってください」

「理凰さん。いい子すぎる!」

「でも、偶には俺のことも気にかけてくれると、嬉しかったり…」

「もちろんだよ!俺は理凰さんのコーチでもあるんだからね」

「先生~!」

「はっ!理凰が司さんとやらしい空気に!?そんなの許さないんだから!」

 

 俺と先生の仲に嫉妬した光が猛抗議して来たので軽くあしらった。

 男同士の絆に割り込んで来るんじゃねーよ。

 

 ・・・・・・・・・・

 

 休憩時間、光はたくさんの生徒に囲まれて仲良く談笑をしている。

 

「光ちゃん、司先生とはどこまで進んだの?」

「ほほう、それを聞いちゃいますか。話してもいいけど、みんなには刺激が強いかもよ?」

「キャー!光ちゃんってば大人なのね」

「お、おとな……」ゴクリッ

「年上のマッチョとアダルトなあれこれを……」ゴクリッ

「俺も、司先生の胸筋に抱かれたい」

 

 名港ウインドにいた頃の光とは別人みたいだ。

 あの頃の光は黙々と練習を重ね、休憩中もあまり人と関わろうとはしなかった。

 話しかければ応えるし、ボッチというわけではなかったが、どこか壁を作っていたように感じる。

 あんな風に談笑するようになるとは、移籍をきっかけにキャラ変でもしたのか?

 他にも、技のアドバイスを求める者には丁寧に回答し、一緒に滑りたいという者には手を握って併走したりと、サービス精神旺盛な光だった。

 

「あいつ変わったな…」

 

 それとも、アレが本来の光だったのか?

 だとしたら、それを引き出した原因は・・・

 

 ・・・・・・・・・・

 

「今の良かったわよ、司君。現役時代を思い出して来たんじゃない?」

「そいつはよかった!これも瞳さんの教え方が上手いおかげですね」

「ヘッドコーチなめんじゃないわよ。ほら、忘れないうちに今のもう10本」

「あぅ、瞳さんにビシバシしごかれると興奮する///」

「変態にはもう20本追加だ!サッサと行って来い!」

「イクゾー」デッデッデデデデ!

 

 明浦路先生が他のコーチから指導を受けている。

 これも今のルクス東山では当たり前の光景だと光が教えてくれた。

 クラブが終わった後や、休憩時間を返上したり、時には俺たち子供に混じって同僚たちに指導を頼んでいたりする。

 俺や他の生徒たちにも『ごめん、今のちょっと教えてくれる?』と、声をかけることも度々ある。

 少しでも有用だと思えば大人子供関係なく、誰にでも頭を下げて教えを乞う。

 父さんにも話をして、名港ウインドの練習に参加する予定もあるそうだ。

 

「どうしてそこまで…光のためですか?」

「自分のためだよ。コーチであり続けるためにやるべき事をやる。全部、俺がそうしたいと思ったからだ」

「司君~。こっちのみんな時間空いたっ言ってるわよ。動きのチェックしてもらったら?」

「今行きます!じゃ、理凰さんも練習頑張って」

 

 俺との会話もそこそこに切り上げ、先生は己を鍛える事に余念がない。

 

「司さんカッコよすぎぃ!私のためと言わないところに愛を感じちゃう///」

「お前、先生にマジで何をした?こんなの異常だろ…」 

「理凰はわかってないなあ。アレこそが司さんの本性なのに」

「……なんだよそれ」

 

 呆れるほど貪欲に高みを目指そうとする姿勢は一種の狂気すら感じる。

 あのジジイ、夜鷹純とはまた違うベクトルの強固な意志、煮えたぎる何かを先生は持っていた。

 俺は初めて明浦路先生を怖いと思ってしまった。

 そんな先生を光は恍惚の表情で見つめ続ける。

 

 短い間に光も先生も変わってしまった。

 変われない俺は、また置いて行かれるのか・・・

 

 ●

 

「お疲れ様。しっかり休んで次回に備えるように」

「みんなお疲れ~。また会おうね~」

 

 本日のクラブ活動が終了し、皆がそれぞれの帰路に着く。

 明浦路先生を含むコーチ陣はミーティングルームでクラブ運営についての会議中。

 一言挨拶してから帰りたかった俺は、スケート場内のラウンジで時間を潰していた。

 

「よかった。まだいた」

「何か用か?先生なら会議中だぞ」

 

 俺を探していたらしい光が隣席に腰を下ろす。

 

「知ってるよ。ねえ、今日そっちの家に帰ってもいい?」

「なんだ、もう家出はお終いか?」

「偶には帰省したっていいでしょ。汐恩たちにも会いたいし」

「好きにしろよ。出て行っても、お前の家に変わりないんだからな」

「うん。ありがと」

 

 それきり特に何か喋るでもなく俺たちは一緒にいた。

 お互い長い付き合いだ。言葉が無くても気まずい時間ではない。

 

 今日一日、光を見ていて思った事がある。

 俺の思い違いでなければこいつは、遊びでも冗談でもなく・・・

 光が鼻歌交りにスマホをいじり始めた頃、俺はその横顔に問いかけていた。

 

「なあ、光」

「ん?」

「お前、明浦路先生のこと…」

 

「好きだよ」

 

 俺が言い終わる前に光はハッキリとした口調で答えを返した。

 

「即答かよ」

「うん。私は司さんのことが好き。愛してるの」

 

 迷いのない言葉には光の真っ直ぐな意思がこもっていた。

 

「ごめんね」

「なんで謝るんだよ」

「誤魔化したりはしたくなかった……理凰は私の気持ちを聞く権利があると思うから」

 

 ああ、そうか・・・知っていたのか。

 

「いつから気付いてた?俺がお前のことを好きだって」

「自分の気持ちに気付いてからかな。もしかしたら、そうなのかもって思った」

 

 光には結構前からバレバレだったらしい。

 なんか急に恥ずかしくなって来た。

 

「……ごめん」

「謝るな。お前は全然悪くないんだから」

「好きって気持ちが届かない辛さ、私は知ってるよ。だから…」

「フッた本人に慰められたら余計にキツイんだよ!あークソっ!告白前に失恋しちまった!!」

「いや、なんか、もう、ホント、申し訳ないっス」

「だから謝るなって!!」

 

 乱暴に頭を掻いて『チクショー!』と叫べば幾分か気が楽になった。

 その間、光は焦った顔でずっとオロオロしていた。

 こいつのレアな表情を見れただけで、失恋の痛みが緩和された気がする。

 

「理凰のことは家族として好きだよ」

「そりゃどうも」

 

 はいはい。男としては見れなかったってことだよな!

 

「ねえ、怒ってる?」

「怒ってねーよ!」

「怒ってるじゃん!」

「怒ってるとしたら、お前を好き()()()自分にだな!」

「もう過去形にされた!?」

 

 うるせーよ過去の女!

 自分をフッた奴に優しくできるほど人間できてねぇんだわ。

 

「俺とお前はこれからも友達で家族だ!これでいいんだろ?」

「ヤケクソ気味なのが気になるけど、それでお願いします」

 

 おずおずと差し出して来た光の手を握り返す。

 昔からケンカをしても最後は握手して仲直りをしていたっけな・・・

 しばらくはギクシャクすることもあるだろうが、またすぐに元の関係に戻れると信じる。

 俺も光もそうありたと思っているから。

 

「明浦路先生のどこが好きか、聞いていいか?」

「顔と体!」

「お前って奴は…」

「大事なことでしょ?顔と体で第一印象決まるんだし」

「そうだけどよ。身も蓋もないな」

「もちろん、司さんの内面も好きだよ。結局私に逆らえないところ、すぐ流されて騙されやすいところ、寝ている時にいろいろしても起きないところとか凄く好き!」

「先生!逃げて!超逃げて!」

「それからね……」

 

 ヤベェよ。わかっていたけど、この女ヤベェよ。

 骨の髄までしゃぶりつくされた先生を想像して、背筋に冷たいものが走ったよ。

 その後も、光はペラペラと先生のどこが好きかを話し続けた。これがとにかく長い!

 口から怪文書を垂れ流す光は心底楽しそうだったが、魂の抜けかけた俺はそのほとんどを聞き逃した。

 

「司さんの好きなところ、あと2時間ぐらいで全部説明できるけど、聞く?」

「え、遠慮しておく」

「そう?聞きたくなったらいつでも言ってよ……あ、そうだ。コレ渡しておくね」

 

 光は鞄から一冊のノートを取り出すと、俺に手渡して来た。

 

「何だコレ?」

「司さんから、理凰へのプレゼントだよ」

「先生から?」

 

 先生の字で表紙に【理凰さん】と書かれたノートを開いてみる。

 

「こいつは…」

「すごいでしょ。マメというか凝り性な人だよね」

「……」

「理凰のこと大事に思ってなきゃ、こんなの作れないよ」

 

 ノートには先生から見た俺、鴗鳥理凰のデータがビッシリと書き込まれていた。

 弟子入りした時から今までの成長記録に始まり、

 得意な技や、苦手項目、今後伸ばしていきたいところ、将来の展望まで網羅されている。

 俺自身が気付いていない、細かい癖や注意点が書かれていて恥ずかしい。

 ノートの至る所に俺を褒めちぎる言葉も散乱していて、それも恥ずかしい!

 このノートは一朝一夕で作れるものではない、時間をかけて俺という人間を見守って来た者だけが作成できる、かけがえのない一冊だ。

 これがあれば日々の練習も今まで以上に捗ることだろう。

 

 最後に書き込まれたコメントの日付を確認する。

 先生が病み始めた頃だ・・・先生、自分が大変な時だったはずなのに・・・

 胸に温かいものがこみ上げて、目頭が熱くなる。

 見ていてくれたんだ。俺のことを・・・

 

「ずっと……見ていて、くれたんだ…」

 

 ページをめくる度に先生の思いが伝わって来る。

 俺がスケーターとして大成することを信じて疑わない、先生の思いが。

 

『理凰さんはすごい、きっとお父さんよりも有名な選手になるだろう』

『いのりさんと理凰さんがケンカをした。原因は俺らしい、どういうこと?』

『ここ最近いのりさんに掛かり切りだ。理凰さんごめんね』

『完敗だ、狼嵜選手は強すぎた。あれからいのりさんの様子もおかしい。理凰さんは大丈夫か?』

『俺はもうダメかも…スケートが出来なくなる前に、せめて理凰さんに新しいコーチを…探し…て』

 

 どんな時も俺を気遣う言葉ばかり・・・

 こんなの、嬉しくないはずがない。

 俺は自分のことで精一杯なのに、先生は誰かのために一所懸命になれる人だ。

 本当に敵わない。

 光もそんな先生だから好きになったのだ。

 

「司さん、いいコーチだよね」

「そう…だな…」

「理凰にとても良くしてくれた、素晴らしい人だよね。長生きしてほしいよね!」

「わかってるよ……何が言いたい?」

「お願いだから、逆恨みで司さんを刺したりしないでよ。マジで勘弁してよ?」

「するかぁ!」

「ホッ……ならいいんだけど」

 

 こいつ、フラれた腹いせで俺が先生に危害を加えないか心配していやがった!

 そんな陰険野郎だと思われていたことがショックだわ。

 このノートを見せたのも、俺を思い止まらせるためだった訳か。

 確かに、光の恋愛対象が素性の知れない男だった場合、俺はよくない行動に出たかもしれない。

 それがあのいけ好かないジジイだった場合は、暗殺も視野に入れて計画を練ったことだろう。

 だが、明浦路先生なら話は別だ。

 俺は恋敵にすらなれなかったけど明浦路先生になら、好きになった女を取られても悔いはない。

 むしろ先生を選んだことを褒めてやりたいぐらいだ。

 

「お前、男を見る目はあったんだな」

「ふふん。もっと賛美してくれていいのよ」

「俺をフッたこと後悔させてやる」

「それは楽しみだね。精々頑張って私よりいい女を探しなよ」

「言ってろ、バーカ」

 

 俺たちの間に妙なわだかまりはない。

 これも光がそうなるように仕向けてくれたからだ。

 バカの癖に気を回しやがって・・・

 

「ありがとね、理凰」

「何に対しての礼だよ?」

「まあ、何と言うか、理凰がいてくれてよかったなーって…えへへ」

「意味わかんねぇ……でも、俺の方こそありがとう、光」

「それは何のお礼?」

「お前に会えて良かったと思ってな。こんな珍しい生き物と幼馴染とか貴重な体験をしたぜ」

「珍獣扱いするなよ」

 

 俺って確か失恋したんだよな?

 光といつもみたいなやり取りをしていると、色恋沙汰の話をしていたのが嘘みたいだ。

 いいんだけどさぁ。

 なんか、もうっちょとこう、青春の1ページに爪痕残したかったぜ!

 

「あれ?二人ともまだ帰ってなかったのか」

 

 会議を終えた明浦路先生が俺たちの所へやって来た。

 光と話し込んでいたら時間が経っていたようだ。

 

「お疲れ様です、先生」

「仕事頑張った司さんは偉い!」

「はい、お疲れ~。二人は何をし…コラ!頭グリグリするのやめなさい」

 

 光が頭を先生に押し付け、じゃれついている。

 構ってほしい犬かな?

 こいつ、自分の好意を隠す気が微塵もねぇ!

 はぁ・・・最初から勝負はついていたってことか。

 やっぱりちょっと悔しいのう!

 

 先生は光のことをどう思っているのだろうか?

 コーチを引き受けるぐらいだから嫌ってはいないだろうけど、恋愛の対象として見ているかは不明だ。

 どうせなら、光の想いが成就してほしいよな。

 

「ちょっと待って、そのノート!なんでここに!?返して!」

「え?これは先生から俺へのプレゼントでは?」

「違う!これは俺の思い付きメモであって恥ずかしい愚痴もいっぱい書いているし、本人には絶対見せられな……光、お前の仕業か!!」

「テヘッ♪」

「カワイイ!でもあとで説教な。理凰さん、それをこっち渡してくれ」

 

 俺のデータがまとめられたノートはプレゼントではなく、光が無断で持ち出した物だったらしい。

 

「お断りします。これはもう俺の物なんで、隅々までじっくり読ませてもらいますよ」

「いやぁぁぁ!恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!俺の黒歴史また増えたぁ!」

「大丈夫。恥ずかしい司さんも私は大好きだよ」

 

 床に手をついて項垂(うなだ)れる先生を光が慰めている。

 お前のせいで先生が恥辱にまみれているのを自覚しろ。

 とはいえ、このノートは俺が大切に保管させてもらうので安心してください。

 

「明浦路先生」

「何だい、この恥ずかしい俺に何か用かい?」

「光のこと、よろしくお願いします」

 

 俺は先生に頭を下げる。

 決めたよ。俺は幼馴染として光のことを応援してやろう。

 

「理凰…」

「ど、どうしたの理凰さん?光に脅迫されたの?弱みを握られたら最後、もう助からないぞ!」

「司さんも助からないゾ☆」

 

 なるほど、先生の弱みは既に握られていると・・・ご愁傷様です。

 

「光は奇妙奇天烈摩訶不思議な生き物ですけど、根は良い奴なんで」

「うん。知ってるよ」

「見てくれに反して、かなり凶暴で頭パッパラパーですけど!」

「それもよく知ってる!」

「ねえ、二人ともシャイニングフィンガーされたいの?」

 

 黙ってろパッパラパー!

 俺と明浦路先生が話している。

 

「どうか、光から逃げないでやってください」

 

 光の出す強すぎる輝きからも、先生を想う気持ちからも、逃げないでほしい。

 かなり大変だと思うけど、先生にはこの無茶苦茶な女の全てを受け止めてやってほしい。

 その役目はきっと明浦路先生、あなたにしか出来ないと思うから。

 

「理凰さん、頭を上げて。俺の覚悟はとっくに決まってるからさ」

「めちゃくちゃ悩んでいたけどねw」

「うるせっ!俺とお前の人生がかかっているんだから、少しぐらい悩ませろ」

「こんな感じで人生を私に捧げた司さんである」

「こんな感じで人生を光に搾取された俺である。笑えよ?」

「アンタら仲いいですね!!」

 

 俺の心配は杞憂だった。

 先生はとっくに覚悟を決めていて、光のことをいろんな意味で考えてくれている。

 頑張ってくださいよ、先生。

 二人がうまくいくように応援しています。

 

「明浦路先生のこと、今日から()()()と呼ばせてもらいます」

「え?」

「この男、どさくさ紛れに距離を詰めて来おったわ」

「俺のことは理凰と呼び捨てにしてください」

 

 俺だって先生の弟子なんだから、これぐらいは許されてもいいだろう。

 

「光、理凰さんはどうしちゃったの?」

「んー?私と司さんが仲良しすぎて、寂しくなっちゃったとか?」

「/////」

「図星みたいっスよw」

「えっと、いきなりはアレだから()()()で、どうかな?」

「はい。俺のこともよろしくお願いします、司先生!」

 

 君付けに落ち着いたけど、俺と司先生の距離は少しだけ縮まった。

 いつか、自然と呼び捨てにしてくれたらいいなと思う。

 

 俺の初恋は終わった。

 それでも、(あいつ)が俺の家族(とくべつ)なのは変わらない。

 

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