光ちゃんと司先生が結ばれる話   作:青紫

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家族の形

「引き続き理凰視点でお送りするよ」

「どこの誰に向かって話しているんだ?」

 

 司先生に挨拶をして、俺と光は鴗鳥の家へ帰って来た。

 

「せっかくトツギーノしたのに出戻りだな」

「一時帰宅だよ!用が済んだら司さんの所へ帰るんだから」

「泊まっていかないのか?お前の寝る場所ぐらいはまだ残っているぞ」

「ありがたいけど遠慮する。私には夜のお勤めがあるので」

「何だそりゃ?」

「私には時間がないの!JSでいられる今の内に男体について学ばないと」

「お前、司先生に何をしている?」

「理凰にはまだ早いんよ!!」

 

 『お勤め』とやらのために光は宿泊を拒否した。

 何だか知らんが、司先生も大変だな。

 

「ただいま」

「ただいまー。出戻り娘が帰宅しましたよっと」

「自分で言うのかよ」

 

 玄関で靴を脱いでいると、母さんが出迎えてくれた。

 

「お帰りなさい。あら、光も帰って来たのね」

「うん。ただいま、()()()()

「「え?」」

 

 俺と母さんが同時に硬直した。

 光の口から聞きなれない単語が飛び出したような?

 

「あー!光がいる!?終わったの?ウラジーとはもう終わったの!」

「終わってない!今、愛を育んでいる真っ最中!」

「などと、ストーカー女は意味不明の供述をしており」

「もう汐恩ってばぁ。久しぶりに肉体言語でお話し、しよっか?」

「あ、私死んだわ」

 

 妹の首根っこを掴んで部屋の奥へと向かう、光。

 その背を呆然と見送ってから、母さんが口を開いた。

 

「い、今、光が私のことを…オカアサンって言わなかった?」

「リヴァイアサンの聞き間違いじゃ…」

「いいや、絶対お母さんって言った!光~もう一回、もう一回、母と呼んでくりゃれ~」

 

 母さんが喜びでおかしくなった。

 俺も初めてのことで少々動揺している。

 光の奴、急にどうしちまったんだ?

  

 リビングでゆっくり過ごしていた父さんは光と遭遇していた。

 光から折檻を受けた妹は床に転がってアワアワ呻いている。

 

「ん?帰って来たのか、光」

「まあ、ちょっとね」

「フッ、何はともあれ、お帰りなさいだ」

 

 優しい笑みで出迎えた父さんに、光も笑顔で応える。

 

「うん。ただいま……()()()()

「ブヘァッ!!」

「うわぁ!?パパがコーヒー吹いたwww」

「これはw名港ウインドの皆には見せられないww」

「エホッ…ひ、光、一体どうしたと言うんだ??」

 

 俺と母さんが駆け付けた頃には既に惨事は起きていた。

 父さんが飲み物吹き出しただと?

 超見たかった!!

 

 両親が噴射物を片付けている間に俺は光を尋問した。

 

「なんか驚かせたみたいで、ごめん」

「わかるように説明しろ。どういう風の吹き回しだ?」

「これは司さんから出された課題なの」

「先生から?」

 

 光と先生の間で何やらあったようだ。

 

 ・・・・・・・・・・

 

 以下、光の回想。

 

『嘘だろ?慎一郎さんのこと、お父さんって呼んでないの?』

『う、うん』

『お母さんは?』

『エイヴァさんって呼んでる…』

『お前にも事情はあるんだろけど、ちょっとばかし寂しいな』

『そうなんだよね』

『で、今更ながら、ちゃんと呼びたくなったわけか』

『どう思う?やっぱり変かな?』

『いいと思う。元気よく『パパ』『ママ』って呼んであげて!』

『そこは『お父さん』『お母さん』でいこうかなと』

 

 司さんとの雑談中、私は育ての両親との接し方を相談してみた。

 呼び方を変更したいと言うと、司さんは背中を押してくれたのだ。

 

『きっと二人とも喜ぶぞ』

『本当にいいのかな?迷惑じゃ…』

『いいに決まってるだろ。何を悩む必要がある?』

『だって、私は……二人の本当の子じゃないし…』

『ていっ!』

『痛ッ!なんでデコピンしたの!?」

 

 デコピンされた額を押さえて抗議すると、司さんは『はぁ~』とため息をついた。

 

『お前って自分の事になると、途端にバカになるよな』

『心当たりがありすぎて何も言えねぇ…』

 

 今までの自分の醜態を思い出してげんなりする。

 アレとかコレとかゲロとかあったなあ。

 

『急に現れた見ず知らずの子供を、あの二人がどうして育てたか、わかるか?』

『それは、私の境遇に同情したからじゃ…』

『このバカチンがっ!』

『いったぁい!!』

 

 2回目のデコピンが私のオデコに炸裂した。

 脳に響く衝撃がぁ!司さんの愛が痛い!

 

『あのなぁ、光。子供のいない俺が言うのもなんだが、子育てってのは、それはそれは大変な事なんだぞ』

 

『安っぽい同情心だけで何年も子育てなんか、できるわけねぇーだろ!』

 

『慎一郎さんたちがお前を育てたのはなあ、ひとえにお前を愛していたからだ』

 

『あの二人は実の子と同じぐらい、お前のことが可愛くて仕方がないんだよ』

 

『血の繋がりがあろうが無かろうが、光は鴗鳥夫婦の娘だよ。この俺が保証する』

 

『大事な娘から『お父さん』『お母さん』と呼ばれて、迷惑に思う親はいないぞ』

 

 司さんは私の肩を掴んでガクガク揺らして来た。

 ふふふ、愛しい人に三半規管や内臓をシェイクされる喜び、癖になりそう////

 

『わかったか?わかったなら返事!』

『はい。私は司さんの所有物であります!』

『本当にわかってるのか?』

『いつか絶対、慎一郎さんを『お父さん』エイヴァさんを『お母さん』と呼んでみせるよ。これでいいよね』

『いつかじゃダメだろ。よし、今日中に呼んでみてくれ。これはお前への課題とする』

『無茶振り来たよ。でも、やってみる』 

『達成できなかった場合は、毎食後デザートに生たまねぎを食らわす!』

『そういう鬼畜なところも好き////』

 

 司さんの課題をクリアするべく、私は鴗鳥家へと帰省するのであった。

 

 ・・・・・・・・・・

 

「そういう経緯があった訳よ」

「やるなウラジー。さすが私のみ込んだ男よ」

「さすが俺の先生だな。光のみならず、俺たち家族のことを考えてくれる」

 

 光の回想を聞いて、俺は胸が熱くなった。

 なぜか偉そうな汐恩もしきりに感心している。

 司先生こそは男の中の男だ。

 

「お父さん、光が私をお父さんと……くっ、我が人生に悔いなし」

「はい、あなた。テッシュを使って、鼻水凄いことになってるわw」

 

 父さんも母さんも感極まっている。

 いつになった呼んでくれるのかと、実は気にしていたもんな。

 光はテッシュを大量消費する夫婦に下へ。

 僅かな緊張と照れが入り混じった顔をしている。

 

「ずっと呼んでみたかった。今更だけど、二人を『お父さん』『お母さん』って呼んでいい?」

 

「二人のこと、本当の両親だと思ってもいい?」

 

 光、お前は本当にバカだよな・・・

 

「バカな子……そんなの、当たり前じゃない」

「光が家に来たあの日から、私たちはずっとお前の親として生きて来たつもりだ」

「うん、うん。バカな娘で…ごめん」

 

 父さんと母さんが光を抱きしめている。

 ヤバい、俺にもティッシュください。

 汐恩がスッと箱ティッシュを差し出して来たのでありがたく受け取った。

 

「お父さん」

「やはりいい。何度聞いてもいい」

「お母さん」

「はいはい。あなたのお母さんですよ」

「二人ともありがとう。大好き」

「光…誰が何と言おうとも、お前は愛しい私の娘だ」

「心から愛しているわ。あなたも私たちの大事な子供よ」

 

 ええ話や!

 泣き上戸の司先生がこの場にいたら号泣必至であろう。

 

「やれやれ感動的な光景だな。そう思わないか、兄者?」

「お前のキャラで台無しだけどな」

 

 後方で見守る謎キャラを演じる妹がウザい。

 

 ・・・・・・・・・・

 

 心温まるシーンの後。

 光を交えた俺たち家族は団欒を過ごしていた。

 父さんも母さんも、鼻歌交りに家事をこなしていて、すこぶる機嫌がいい。

 

「しゃあ!ミッションコンプリート!生たまねぎの刑回避した!」

 

 先生からの課題をクリアした光はガッツポーズを決めた。

 

「光は私のお姉ちゃん。これも今更だよね~」

「だね~。汐恩は妹であり年下のマブダチだよ」

「姉御!」

「妹よ!」

「ねえさぁぁぁんんんっ!」

「いもうとぉぉぉーーっ!」

「お姉さま『アレ』を使うわ」

「ええ、よくってよ」

「よくねぇよ!スーパーイナズマキックは禁止だろうが!」 

 

 テンションの上がったアホ姉妹が禁則事項に触れようとしたので慌てて止めた。

 これを破ると連帯責任で晩飯のおかずが減る。

 

【鴗鳥家の禁止リスト・一部抜粋】

 ・Gを素手で潰してはいけません

 ・屋内での必殺技禁止(例・筋肉バスター)

 ・パンイチで徘徊するのはダメです

 ・全裸はもっとダメです!

 ・ルールとマナーを守って楽しくデュエルしよう!!

 

「理凰は私の弟ということで」

「ざけんな!俺が兄でお前が妹だろ」 

「お兄ちゃん♪」

「気持ち悪ッ!」

「お兄様!」

「キモッ!!キモッキモッキモッ!」

「御堂筋くんみたいになったwww」

「失礼な奴め。拒絶反応起こすぐらいなら私が姉でいいよね」

 

 こいつが姉かよ・・・ないわー。

 

「理凰、よく考えてみて私が姉になるメリットを」

「メリット?そんなもんあるのか?」

「私が司さんと結婚したら、自動的に理凰は…司さんの弟になるんだよ!」

「なん…だと……」

 

 司先生が兄さんに?なんだそれ最高かよ。

 

 『理凰、お前は自慢の弟だ』

 『全力でお兄ちゃんを遂行する!!』

 『止まるんじゃねえぞ』

 『速さが足りない!』

 『お前を信じろ!俺が信じるお前を信じろ!』

 

 多種多様な兄キャラに扮した司先生が、俺の脳内を埋め尽くした。

 あ、アニキィィィーー!!

 

「光…姉上様とお呼びしても?」

「ようやく立場を理解したようだな、愚弟」

「兄貴が、司の兄貴がほしいです…」

「ならば私が結婚できるようアシストしろ」

「はっ!何なりとお申し付けください」

「堕ちたなww」

 

 先生が兄貴になってくれるなら、俺は光の軍門に下ってもいい。

 

「アシストって具体的には?」

「私と司さんを○○しないと出られない部屋に閉じ込めて!」

「また実現不可能なことを」

「瀬古間のじっちゃんに頼めば……さすがに反則か」

 

 俺たちは司先生を家族に迎える日を楽しみにするのであった。

 母さんたちは、そんな俺たちを微笑ましく見つめていた。

 

「司君……また大きな借りが出来てしまったな」

「こうなったら是が非でも、光をめとってもらわないとね」

 

 自分のいないところで好感度が爆上がりし、包囲網がドンドン狭まっていることを、司本人は知る由もなかった。

 

「ぶぇっくしゅんっ!」

「司君、風邪?気を付けなさいよ」

「いや、なんか急に悪寒がして」

 

 ●

 

 今日はクラブの定休日だ。

 俺は司先生から譲り受けた例のノートを読み込む気でいたのだが、

 

「まさか、スケート場に忘れるなんて」

 

 いつも持ち歩いていたのが仇となったか、ロッカーの中に置いて来てしまったようだ。

 今後は自宅に保管して家でだけ読むようにしよう。

 幸いにもスケート場は解放されていた、いつも受付にいる爺さんも何故かいた。

 

「おや、休日だというのに滑りに来たのかい?」

「忘れ物をしただけなので、回収したらすぐに帰ります」

「ふむ。時間があればスケートリンクへ行ってごらん、面白いものが見られるよ」

「???」

 

 更衣室のロッカーを確認して例のノートは回収した。 

 用事は済んだので真っ直ぐ帰ってもいいのだが、

 

「面白いものねぇ…」

 

 不敵な笑みを浮かべた爺さんの言葉が気になった俺はスケートリンクへ。

 誰か滑っている?あれは・・・

 

「司先生と光?」

 

 休日返上で練習をしている二人の姿を見つけた。

 まったく水臭いな、俺にも一声かけてくれたらいいのに。

 二人に声をかけようとして・・・俺は動きを止めた。

 

「なんだ…これ…」

 

 熱い?

 バカな、ここはスケートリンクだぞ。

 俺が感じたのは熱ではない、正しくは(プレッシャー)だ。

 その圧の出所は、あの二人しかいない。

 

 声を出すことも忘れ、俺はゆっくりと近づいていく。

 練習をしている二人を邪魔しないように、刺激しないように、忍び足だ。

 司先生と光の姿がハッキリと目視できる距離で止まる。

 そして、息を潜めて様子を伺った。

 司先生と光はお互いのことしか目に入っていないようで、俺の存在には気付かない。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「ふぅ…どうする?そろそろ限界でしょ、一回休憩挟む?」

「いらん。今止まったら感が鈍る。お前が休みたいならそうするけど?」

「私も大丈夫。じゃあもう一回最初から」

「上等だ!今度こそ成功させる!」

「いくつになっても男の子ですなぁ。私もやるだけやっちゃうよ!」

 

 一体いつから滑っているのだろう?

 先生も光も玉のような汗を浮かべ、顔には疲労の色が出ている。

 

「やっぱり中盤のスピンがきつい」

「でも、ここのグレードを落とすと全体がぼやける気がして」

 

 先生が滑る、光が滑る、二人一緒に滑ることもある。

 時折、議論を挟みながら何度も何度も何度も・・・

 何かに取りつかれたかのように、氷の舞台で踊り続ける。

 

 これが二人の言っていた練習方法?司先生の教え方?

 聞いていた話と全然違う。

 俺の知っている練習じゃない、こんなの練習などとは呼べない。

 

「これじゃあ、ただの殴り合いだ…」

 

 先生も光も相手に対して挑むような滑りをしている。

 

『ついて来てよ』

『お前がな!』

『これが出来る?』

『なめんな!』

 

『やって見せろよ天才!』 

『言われなくても!』

『光なら、ここはこうだろう!』

『司さん好みは絶対こっち!』

 

『俺を見ろ!』

『私を見て!』

『お前は最強のスケーターだ』

『あなたは最高のコーチだよ』

 

『強くなれ』

『強くなって』

『『もっとだ、もっと…もっと!』』

『『もっと輝けぇぇーー!!』』

 

 二人は言葉を交わしてはいない。

 その目が動きが、あふれ出す気迫が、言葉よりも饒舌に自らの意思を相手に届ける。

 傍から見ている俺にでさえ、二人の意思が伝わって来た。

 

 気付けば俺も汗をかき、拳を固く握りしめていた。

 熱い・・・

 

 そして俺は更に信じがたい光景を目撃する。

 

「…っ!?」

「光!」

 

 コケた?

 あの光がジャンプミスで転倒した!?

 

「あたた……ミスったなぁ」

「ケガはないか!」

「平気だよ。続けよう」

「本当に大丈夫か?痛い所があったらすぐ言えよ」

「心配性な司さんも好き!」

「光、本日の6回目の転倒か、俺はもう30回超えてますけどね!」

「そこで張り合われてもw」

 

 俺は光がミスしたところを、数える程しか見たことがない。

 あいつは人前で弱みを晒すこと極端に嫌っていたはずだ。

 ジジイには完璧な自分を見せ、名港ウインドでもノーミスが当然の滑りで周囲を圧倒していた。

 それが今はどうだ?光は何度も間違え失敗を繰り返している。

 そうなった理由はただ一つ、先生がいるからだ。

 先生がいるから、光は安心して失敗ができるんだ。

 自分を一番に考え、支えてくれる存在がいることの絶大なる安心感。

 それが光の恐怖心を取り払った結果だ。

 

「本番でミスらなきゃいい。失敗するなら今の内よ」

「うん。コケるのは怖くない、司さんに心配されるのは嬉しい、そして本番の私は完璧~!」

「それでこそ狼嵜光だ。よーし、俺もやってや……ぎゃぼ!?」

「顔からいった!?!?」 

 

 今度は先生がズッコケた。

 光が慌てて先生を抱き起している。

 

「ごめん鼻もげてないか、見てくれる?」

「大丈夫もげてないよ。痛いの痛いのヨダカの所へ飛んで行けぇ!」

「そのおまじないメッチャ効くww」

 

 以前、光とジジイの練習風景を見たことがある。

 それは口数の少ない二人の姿と、氷上を滑る音だけが淡々と響いていた。

 凍える様な緊張感が漂う静謐なる空間だった。

 

 光と司先生の練習は全くの逆だ。

 二人とも自分の滑りを相手に見せつけることに余念がない。

 褒め合ったり、挑発したり、イチャついたり、コケたりしながら騒がしく滑りまくっている。

 互いを想い高みを目指す。圧倒的熱量を秘めた苛烈なる空間。

 

 静謐と苛烈、どちらが正しいかは俺にはわからない。

 ただ、今の二人には後者の方が性に合っていたという話だ。

 

「もう無理だ、あと5分だけやって休憩しよう」

「そ、そうだね。ふぅ…さすがに…私も……疲れ…たよ」

 

 先生も光も限界が近い。

 それでも二人は滑ることを止めない。

 その意思が途切れない限り、疲れなど無視して滑り続ける。

 

 滝のような汗が頬を伝い、足は疲労で小刻みに震えている。

 相当苦しいはずだ。もしかしたら、立っているのもやっとなのかもしれない。

 だというのになんで、なんでそんなに楽しそうなんだよ?

 

「どうして……笑っているんだよ」

 

 お互いの顔見て励まし合うように笑う二人。

 それがとても尊いものに感じられ、うらやましくて、嫉妬した。

 

 なんでだよ、何してんだよ俺は、

 俺だって司先生の弟子だというのに・・・見ているだけなのか?

 どうして俺はあそこにいないんだ?

 

 ●

 

 練習を切り上げた二人は、氷上を這うよう出て行った。

 ベンチへと崩れるように座り込み、荒い呼吸を整えている。

 

「はぁ…ふぅ…お疲れ…頑張ったな、光」

「司さんもね…あぁ…キツかったぁ」

 

 光より司先生の疲労が激しい。

 用意していたタオルで汗を拭いてからは、ぐったりしている。

 体から湯気を立ち昇らせている姿は、一戦交えたボクサーのようで、妙な威圧感があった。

 先に回復した光が先生にドリンクの入ったボトルを渡す。

 

「司さん、これを飲んで」

「ありがと……何コレ美味しくない」

「経口補水液だよ。一応、思い出の品です」

「??…渋いチョイスだな。ポカリとかアクエリでいいのに」

「思い出さないか…このお子様舌め!そんな司さんには、じゃーん!アップル味も持って来ました」

 

 光は鞄からもう一本のボトルと取り出した。

 最初の奴とはフレーバーが違うらしい。

 

「準備いいな。そっちのボトルをくれよ」

「ちょっと待ってね……んっ……はいどうぞ」

「何で1回飲んでから渡した?」

「間接キスがしたいからに決まってる!」

「こいつ、迷いのない綺麗な目をしていやがる」

「さあ飲んで司さん!グイッといっちゃってよ」

「はいはい。ありがたく頂きますよ」

 

 さすが先生、間接キス程度では動じないか。

 素直にドリンクを飲む先生を光はホクホク顔で見つめていた。

 

「なあ、まさかとは思うが、俺のハブラシ使ったりしてないよな?」

「………私の使ってもいいよ」

「今の間で察したわ!お前、そういうのホントにやめろよ」

「私はただ、司さんと自分の口内細菌を混ぜ合わせたかっただけなの////」

「恥じらいながら何を言うとるんだ貴様は!」

 

 うわぁ・・・好きな奴の前で細菌という単語をほざく女か。

 主に光のせいで会話内容がエグい。

 二人っきりだといつもこんな感じなの?

 

「この程度でいちいち動揺していたら、夫婦生活大変だよ?」

「また話が飛躍する」

「口内細菌どころか、遺伝子を混ぜ合わせる関係になるのに!!」

「もうヤダぁ。言い方が、そこはかとなくキモい」

「キモくない!絶対気持ちよくするから!疑うなら、ちょっと試してみて」

「このバカ、神聖なスケートリンクで何をおっぱじめる気だ」

 

 このまま二人を放置したら遺伝子混合に発展しかねない。

 俺は意を決して二人の前に姿を現した。

 

「そこまでだ、光。先生が困ってる」

「理凰?何でいるの」

「あ、理凰君だ。どうしたの?今日はお休みだよ」

 

 俺は二人に何を言うべきなのだろう?

 ただ挨拶したかっただけ?応援していると言いたかった?

 違う、そうじゃないだろう。

 二人が眩しかったんだ。うらやましかったんだ。

 司先生や光と、肩を並べたいと思ってしまったんだろう!

 

「先生、お願いがあります」

 

 ずっと置いていかれたままなのは、嫌なんだ。

 

「俺も練習に参加させて下さい」

「理凰君?」

「二人の邪魔はしません。見学させてくれるだけでもいい。俺も一緒に強くなりたいんです」

「……へぇ」

 

 夜鷹純に『邪魔だ』と一蹴された苦い記憶が蘇る。

 あの一件で俺は夜鷹純をジジイと呼び、嫌うようになった。

 司先生はどう判断するのか?やっぱり俺は邪魔者なのか?

 

「理凰君!」

「は、はい」

「そう言ってくれて嬉しいよ。やっぱ二人より三人だよね」

「本当は二人っきりが良かったけど、司さんが許可するなら私に異論はないよ」

「じゃあ!」

「うん。一緒に頑張ろう」

「私たちの領域へようこそ。後悔するなよ」

 

 後悔なんてするものかよ。

 拍子抜けするほどアッサリ、俺は二人の練習に参加することを許された。

 そして・・・

 

 ・・・・・・・・・30分後

 

「……ぁ……ぁ」

 

 俺はベンチに倒れ伏したまま意識朦朧としていた。

 

「見て見て司さん、理凰が白目向いたまま痙攣してるww」

「光がいきなり飛ばすからだろ。30分持っただけでも立派だよ」

 

 俺の見通しは甘かった・・・

 先生も光も化物並みの体力を持つ、フィジカルモンスターだったことを失念していた。

 無謀にも、そんな二人について行こうとした俺の体力は、あっけなく底をついたのだ。

 しかも、初見で全部覚えて滑るのが基本って何?まるで意味がわからんぞ!

 

「やっぱ基礎体力の向上からだな。筋トレをメニューに組んで正解だ」

「当分の間はサポーター的ポジでいいんじゃない?」

 

 俺がこの狂った練習に本格的な参加をする日は、まだ先になりそうである。

 だけど、諦めない。俺は自分を誇れるスケーターになるんだ。

 このちょっと、いや、かなりおかしい、二人と一緒にな。

 

「理凰~回復した?したよね?寝てる暇ないよ?」

「コラ無茶言うな。あと20秒は寝かせてあげようぜ」

 

 あ、俺死んだわ。

 

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