光ちゃんと司先生が結ばれる話   作:青紫

22 / 46
メモリーズ

 念願が叶い、司さんは私、狼嵜光のコーチになってくれた。

 好きな人の下で高みを目指せるなんて、私はとても幸運な奴である。

 司さんは期待以上の人で、日を追うごとに私は彼を好きになっていく。

 悩み抜いた末、私にピッタリの練習方法を考案してくれた時は、嬉しすぎてどうにかなりそうだったよ。

 加護家での同居もうまくいっているし、家族と周囲の理解を得ることもできた。

 お互いの気持ちを確認し合い、司さんが私を大事に思ってくれていると知った。

 大事に思うからこそ手を出してくれないとは……ままならないね。

 結婚とかは私が18歳になったら考えてくれるらしいけど、私の方はそんなに待つ気はない。

 もうちょっと身体が成長したら、さっさと勝負を決めてしまいたいと思う。

  

 我が人生はまさに順風満帆。

 この喜びを最大の功労者である、あの子に伝えたい!

 

『ウェーイwwwいのりちゃん見てる~?ww』

『司さん、私のコーチになっちゃいましたぁwww』

『今ではひとつ屋根の下で暮らして、毎晩一緒に寝てまーすww』

 

 こんな感じのビデオレターを送ったら、どんな反応をするのかな?

 司さんに怒られるから絶対やらないけどね。

 

 あとは既成事実を作って、結婚して、金メダルをゲットして、

 二人は幸せなキスをして終了☆

 勝ったッ!【光ちゃんと司先生が結ばれる話『完』!】

 次回作では結婚後の甘い生活と、子育て奮闘記が始まる予定だ。

 

 ふぅ…いけない、いけない。

 司さんが好きすぎて思考が先走ってしまった。

 調子に乗って浮かれていたら、足元をすくわれた!?なんて事にならなようにしないと。

 追い風が吹いている今だからこそ、油断なく立ち回らないといけないよね。

 私と司さんの関係はまだこれからなのだから。

 

 ●

 

 ある日の晩。

 私は羊ちゃんと二人きりでお留守番をしていた。

 

「置いて行かれた…子供の我が身がツライ」 

「パパがごめんね~」

「いいって。大人の付き合いも大事だよ」

 

 加護家の大黒柱である耕一さんは会社を経営している。

 今日はその会社の飲み会があり、耕一さんが司さんを誘い二人は夜の街へと出かけて行ってしまったのだ。

 司さんは耕一さんの会社で何度かバイトをした経験があり、従業員たちとも気心知れた仲なのだとか。

 

「司君が来るとみんな喜ぶんだってさ。酔わすと面白いらしいよ」

「それはいい事を聞いた」

 

 司さんは自ら進んで飲酒する人ではないので、酔った姿を私はまだ見たことがない。

 大人になったら司さんとお酒を飲むことのあるのかな?

 夫婦二人で晩酌したり、お洒落なバーで素敵な夜を過ごしてみたい。

 

「ほろ酔いで無防備になった司さんを好き放題したい!」

「光ちゃん。欲望がダダ漏れだよ」

 

 大人が不在の加護家はいつもより広く感じる。

 この家の防犯設備は完璧だし、ホームセキュリティにも加入しているから安心なのだけど、

 女の子二人だけというのは何となく心細いな。

 

「パパや司君が忙しい時はひとりの夜も多かったから、慣れちゃった」

「羊ちゃん…」 

「だから、光ちゃんがいてくれて私、すっごく嬉しいの」

「羊ちゃーん!」

「うわっぷ。ふふ…光ちゃんスキンシップ激しすぎw」

 

 私は羊ちゃんに抱き着いて頬ずりする。

 ひとりの寂しさは私も理解している、私も羊ちゃんがいてくれて嬉しいのだ。

 

「大人たちが飲み会ならば」

「私たちも子供だけで楽しんじゃおう」

「「ヒャッハー!!」」

 

 お小言を言う司さんがいないので、夜更かしをして遊んでしまおう。

 羊ちゃんと二人でゲームをしたり、司さんの部屋を漁ったり、他愛もないお喋りをして過ごした。

 夜中に食べるお菓子は背徳感というスパイスが効いていて美味だなあ。

 

「そうだ。司さんにえっちぃ写真を送ろう」

「突然何を言い出すかと思えば…だが面白そうなので止めない」

 

 飲み会の最中、司さんに色目を使う女が現れるかもしれない。

 そいつらへの牽制と、あなたの本命は私なのだとわからせるために、

 私はエロい自撮りに挑戦する。

 

 羊ちゃんと試行錯誤すること十数分、私は満足できる写真を撮影することができた。

 目元を手の平で隠したパジャマ姿の私がノーブラの胸元を大胆に開け肌を露出させている。

 釣りだとわかっていても目が離せないエロ広告みたい。

 

「我ながら、いかがわしさ満点ww」

「ビーチクが見えそうで見えないのがポイントだよね」

 

 羊ちゃんのお墨付きももらったことだし、この写真でいいだろう。

 

【司さんのいない夜は寂しい】

【飲み過ぎないで早く帰って来てね☆】

 

 メッセージを添えて送信っと……

 わっ!もう返信が来た。

 このレスポンスの早さ、司さんやっぱり私のこと好きだよね!

 さあ、愛しい彼の反応は如何に?

 

【バカなことやってないで早く寝ろ】

 

 あちゃ~怒られたか。

 お、更に続きが来たぞ。

 

【送られた写真は人目に付かないよう俺が責任を持って保管しておく】

 

 写真気に入ってるじゃんwww

 私の自撮りはお気に入りのフォルダへと厳重に格納された模様。

 

【エロ可愛い写真を撮って人に送るのは感心しない。そこは反省しろ】

 

 はい、ごめんなさい。

 ちょっとしたイタズラだったの、もうしませ・・・

 

【仕方ない、どうしても送りたかったら俺だけに送れ】

 

 ヤレヤレしながら催促して来たwww

 もう絶対私のこと好きじゃん!

 心配しなくても、こんな事をするのはあなただけ。

 いいのが撮れたらまた送るから、楽しみにしててね。

 

【しっかり戸締りをして、風呂入って歯磨いて寝ろよ】

【羊さんにもよろしく。じゃ、おやすみ】

 

 短いメッセージでも司さんの愛が伝わって来た。

 思わず顔がニヤケてしまうが止められない。

 

「写真、とても気に入ってくれたみたい」

「二人の仲が順調そうで一安心だ」

 

 ひとしきり遊んでから、私と羊ちゃんは一緒に就寝することにした。

 使用するベッドはもちろん司さんの部屋にあるダブルサイズのやつだ。

 

「司君の部屋なのに、光ちゃんの私物であふれた部屋の惨状よww」

 

 司さんの部屋があまりに殺風景だったので、少しづつ私物を持ち込んでいたらこうなった。

 そのうち、隣の壁をぶち抜いて私の部屋とくっつける計画も耕一さんと相談中だ。

 

「大分馴染んで来たよね。この調子で司さんの全てを私色に染めようと思う」

「汚染?」

「せめて侵食と言って!」

 

 私は司さん専用のお薬です。病原菌や猛毒扱いはやめてね。

 

「あの白いロボットは何?箒みたいなの持ってる」

「キャリバーンだよ。アレは箒じゃなくてバリアブルロッドライフルという主兵装、データストーム空間を展開するクワイエット・ゼロを停止すべく先発として出撃してガンドノードを蹴散らしながら前進、エアリアル=エリクトと邂逅した。キャリバーンとエアリアル、二体のガンダムは宿命の対決へと…」

「わぁ、光ちゃんがオタク特有の早口に!?」

 

 水星の魔女いいよね。特に主人公の声がいいよね!

 理凰の影響で私もすっかりガンオタです。

 鴗鳥家は全員ガンダム履修済みの仲良し一家だよ。

 羊ちゃんにも布教してあげないと(使命感)

 

 照明を落とし、二人で横になる。

 眠くなるまでお話でもしよう。

 

「このベッド光ちゃんの匂いがする」

「お勤めの成果だね」

 

 父親の耕一さん共々、私の味方になって応援してくれる羊ちゃん。

 同じ家で暮らす家族で大切な友達だ。だからこそ聞いておかなければならない事がある。

 

「羊ちゃんはさ……司さんのこと、どう思ってる?」

 

 天井を見上げながら聞いてみた。

 私の思い違いじゃなければ、羊ちゃんも・・・

 なぜ私を応援していられるのか、彼女の本心が知りたい。

 

「司君はね……恩人なの」

「恩人?」

「そう。ママが生きていた頃からの大事な恩人」

 

 ぽつぽつと懐かしむように羊ちゃんは話し出した。

 

 彼女のお母さん、芽衣子さんは体の弱い人だったらしい。

 体調を崩しがちで入退院を繰り返していた芽衣子さんは、ひょんな事から知り合った司さんを家に招き、加護家で一緒に暮らすようになった。

 フィギュアスケートが好きだった芽衣子さんは、司さんの夢を応援したくなったのだそうだ。

 

「病気で辛い時も、司君が練習しているところを見て笑ってたんだよね…」

 

 『ほら見て、司君頑張ってるね』『カッコイイね』と芽衣子さんは笑顔を見せてくれたらしい。

 

「一生懸命な司君の存在が、ママの支えになっていたんだ。私もパパも司君がいてくれてから、ママの前で笑っていられた」

 

 その後、治療の甲斐なく芽衣子さんは亡くなってしまう。

 

「私…泣けなかったの。ママがいなくなったことに現実感が無さ過ぎて、悲しいとかの前に何が起こってるのかわからなくて、解りたくなくて……涙が出なかった。パパもそうだったし、病室に駆け付けてくれた司君も同じだったから、そういうもんだって思った」

 

 呆然としている間に時間が経ち。

 気付けばお葬式が始まっていたらしい。

 

「それでね。お葬式の最中に…司君がいきなり大声で泣き始めたの」

「……え?」

「周りの目とか、男だとか、大人だとか、そんなこと全然気にしないで子供みたいにわんわん泣いて、すごかったなぁ」

「それ、大丈夫だったの?」

「大丈夫じゃなかったね~。お経は中断するし、参列者はオロオロしっぱなし、パパと親族みんなで司さんを慰めたけど効果なし、外に連れ出そうとしたけどテコでも動ないから会場はもうパニック」

 

 なんでそんなに泣いているの?と羊は疑問に思った。

 そして、すぐに気付いた。

 

「司君は私とパパの分まで泣いてくれたんだって、そう思ったら……なんだか私も急に悲しくなって来て、ママが死んでから初めて私も泣いたの……ようやく泣くことができたの」

 

 その後も大変だったらしい。

 耕一さんも泣いちゃって、司さんと羊ちゃんと耕一さんの三人が抱き合いながら涙の大合唱。

 もらい泣きした参列者も続出して、お葬式は予定時刻をかなりオーバーしてしまった。

 全てが終わったあと、正気に戻った司さんはお葬式を台無しにしたと、土下座で謝罪したのだが、誰一人として彼を責める者はいなかったという。

 

「もし、あの場で泣けていなかったら、ママをちゃんと送り出してあげられなかったと思う」

 

「私はきっとうまく笑えない子になって、パパとの会話も減って、この家も辛気臭い空気に満ちていたはず」

 

「司君がいてくれて本当に良かったって思うよ。司君は私を……加護家みんなを救ってくれた恩人なの」

 

「私もパパも天国のママも、司君が大好き。というお話でした」

 

 語り終えた羊ちゃんは母親との大切な記憶に思いを馳せている。

 芽衣子さん、とっても素敵な人だったみたい。私も会ってみたかったな。

 

 知らない司さんのエピソードを聞けてよかった。

 私が好きになった人は、自分以外の誰かのために本気で泣いたり怒ったりできる人なんだ。

 それがすごく誇らしい。

 

「この先、司君にいい人が現れなかったら、私が彼を幸せにする計画だったんだけど…」

 

 うぇ!?やっぱりそれって…

 

「そんな時、光ちゃんが来てくれました!いやぁ~嬉しかったなあ」

 

 嬉しい?悔しいじゃなくて?

 私に対して焦ったり怒ったりしななくていいの?

 

「いのりちゃんの事で落ち込んだ司君を元気づけようとしたけどダメだった。悲しいけど私じゃ力不足」

 

「でも、光ちゃんは違った。司君をあっという間に立ち直らせて一番近くに収まっちゃった。いやもう、本当に脱帽ですわ」

 

「ちょっと性格変わっちゃったけど、あんなに楽しそうな司君初めて見たよ」

 

「だからね、光ちゃん……」

 

「司君を幸せにする役目はあなたに任せます」

 

 羊ちゃん……そんな風に思ってくれていたんだ。

 耕一さんも羊ちゃんも、司さんが幸せになることを望んでいる。 

 私にならそれができると、二人とも信じてくれているのだ。

 

「任されました。その信頼に応えてみせるから、期待してて」

「うん。頼んだよ」

 

 羊ちゃんから任された重大任務、必ず達成してやる!

 

「私という保険がいるから、安心して当たって砕けろ!光ちゃん」

「砕けるのは嫌だなあ……ん、保険?」

「オオカミが狩りに失敗した場合、司君(エモノ)はヒツジがおいしく頂きますって事だよ。忘れないでね?」

「ははは……そうならないように頑張るよ」

 

 このヒツジ!油断ならねぇぇぇーー!!

 任せるとか言っておきながら、かっさらう気満々じゃん。

 司さんと過ごした時間のアドバンテージは羊ちゃんが上、更に耕一さんの後押しもあるとすれば、厄介この上ない強敵だ。

 二人に懇願されたら司さんも断れない可能性だってあるよね。

 これは早めに始末…じゃなかった、対処する必要がある。

 

「突然だけど、羊ちゃん。男紹介してあげよっか?」

「急に上から目線で何を言う。勝者の余裕かコラ?」

 

 司さんを狙わせないために、羊ちゃんを別の男とくっつければいいのだ。

 咄嗟の思い付きにしてはよい作戦だと思う。私って頭良いな。

 

「いや、羊ちゃんカワイイからさ。私の男友達が気に入ると思うんだよね。彼氏とか興味ない?」

「ない事もないけど。一応聞くけど、どんな人?」 

「ちょっと小生意気だけど顔は良くて将来性もある奴だよ。ご両親も人格者、愉快な妹つき」

「ふーん。その子もスケートやるの?」

「うん。男子ノービスではかなり強い方だよ」

「ニュータイプ?ファンネル飛ばせる?」

「それは知らん!てか、羊ちゃんガンダム詳しいでしょ?」

 

 なんでキャリバーン知らないフリしたの?

 水星の魔女は羊ちゃん的には黒歴史なの?

 

 なーんだ、布教の必要はなかったみたいだね。

 ガンダム詳しいなら、あいつと話も合うしピッタリじゃん。

 喜べ理凰、お前の嫁さん候補はここにいたぞ。

 

「今度ジークアクス一緒に見ようよ」

「いいよ。私のマブになってくれるならね」

「それは無理。私のマブは司さんだから、羊ちゃんには別の奴を用意します」

「えー、ニュータイプじゃないと嫌だなぁ」

 

 理凰、頑張ってサイコミュ起動させてくれ!お前ならできる!

 

 ガンダムの話をしていたら、いつの間にか寝落ちしていた。 

 自分のベッドを私たちに占領された司さんは、リビングのソファで寝たらしい。

 ごめんね。今度はスペースを空けておくから、三人で川の字になって寝ようね。

 

 ●

 

 学校の無い日は一日中スケート場で過ごすこともある。

 今日もそんな日だった。

 午前の練習を終え休憩に入った私はラウンジで昼食を取っていた。

 同じテーブルにはヘッドコーチの高峰瞳先生もいる。

 

 ここのラウンジは広くて座席数も多いから、食事や休憩、ミーティングなどを行うのに持って来いだ。

 カフェテリアで販売されている食事メニューも味とコスパのバランスが良く評判がいい。

 

「司君たち、まだやっているのかしら?」

「ギリギリまで特訓するらしいですよ。張り切り過ぎて空回りしている感ありますけど」

「司君も理凰君も、あなたにいいところを見せたいのよ。可愛いじゃない」

「そう考えると悪い気はしません」

 

 わかるよ。『意地があんだろ、男の子には!!』というヤツだね。

 次の特別レッスンまでに二人がどのくらい上達しているか、期待させてもらおう。

 

「瞳先生に聞きたいことがあります」

「いいわよ、何でも聞いてちょうだい」

「司さんと、お付き合いしたいと思ったことがありますか?」

「無いわね。私は旦那一筋だから」

「アイスダンスのパートナーだったんですよね。あの筋肉と密着してよく我慢出来ましたね?」

 

 私だったら耐えられない。

 あの逞しい肉体でリードされたら、惚れてまうやろ?

 

「あのねぇ、競技中にそんな事を考えている暇はないわよ」

「ええー?ほんとにござるかぁ?ちょっとぐらい『ウホッ!いい男』したんじゃないですかぁ?」 

「…………まあ、ほんのちょっとだけなら///」

「ですよね!司さんにムラムラしないとか、女じゃないですよね!」

「ちょっと光ちゃん、声が大きい」

 

 さすが私の司さん。

 いい男っぷりは瞳先生にも有効だった。

 

「旦那さんに黙って司さんをつまみ食いしたいと思ったことは?」

「ないわよ!さっきから何の質問?」

 

 ただの調査ですよ。

 羊ちゃんの例もあるので、司さんの身近にいる女性をチェックしたいのだ。

 既婚者だからといって油断はしないよ。

 

「安心しなさい。あなたが考えているような事はしないわよ」

「本当に?信用しますよ?」

「ええ、信用してくれていいわ。司君との関係、ツッコミたいところが山ほどあるけど、個人的には応援してる」

「瞳先生、いい女…私が男だったら惚れちゃいます」

「ありがと。司君へのアタックは節度を守ってね。じゃないと、愛しの彼が牢屋に入る事になるわよ」

 

 司さんのためなら、プリズンブレイクもなんのその!

 いざとなったら、狼嵜の力を借りてでも……やってやる。

 

 調査の結果、瞳先生はシロ、羊ちゃんはグレー、理凰はクロなので要注意だ。

 

「私、瞳先生のことを誤解していたみたいです」

「そうなの?どんな風に誤解していたか知りたいわ」

「『司さんの後方彼女面してウゼェなこの女』とか思ってて、ごめんなさい」

「知りたくなかったわ!誰が後方彼女面よ!」

 

 ぶっちゃけ過ぎたか。

 もう少しオブラートに包んだ言動を心がけよう。

 無自覚な後方彼女面を決めていた瞳先生にも非があると思うので、今後は気を付けてもらいたい。

 司さんの全方位は私の居場所なのだから。

 

 ランチを続けながらお喋りは続く。

 会話の内容はもっぱら昔の司さんについて。

 ダンスのパートナーだった瞳先生なら深い話が聞けそうだ。

 

「へぇー。アイスショーの出演を目指していたんですか」

「そうなのよ。フリーターを続けながら、ずっと練習していたわね」

 

 今はコーチをしているので、結局その夢は叶わなかったみたい。

 勝負の世界は厳しい、司さんの実力でもどうにもならない事だってある。

 

「結構いい線までいっていたのよ。有名な団体のオーディションに最終選考まで残ってね…」

 

 某有名団体の主演俳優として最終選考まで残った…やっぱり司さんは凄い。

 見る目がある人もいて良かった。でも、ダメだったのか…

 

「司君、その最終選考に行かなかったのよ」

「は?な、なんで?」

 

 意味がわからない。

 落ちたというならまだしも、行かなかったとはどういうことなの?

 

「私にもよくわからないのよ。ただ…倒れそうになった女の子を助けていて、それどころじゃなかったとか言って」

 

 ・・・・・・・・・・・・え?

 

「もっとマシな嘘を付いたらと言ったんだけど、司君も譲らなくてね。当時、私も期待していた分、落胆と怒りで酷いこと言っちゃって、ケンカになってそのまま音信不通。また会いに来てくれるようになるまで、かなり時間がかかったわね」

 

 待って、ちょっと待って。

 倒れそう?女の子を助けていた?

 それでオーディションすっぽかして、瞳先生とケンカして、長い間辛い目にあって・・・

 まさか、そんなの、そんなのって・・・

 

「瞳先生……それっていつ頃かわかりますか?」

「3年?いや、4年ぐらい前だったかしら、すごく暑い夏の日だったのは覚えているわ」

 

 私の口から『ひっ』と言葉にならない呼気が漏れた。

 間違いであってほしい、でも、聞けば聞く程に確信は深まる。

 やだ!聞くな!その先を聞くな!

 私じゃない、私じゃない、私じゃないと言ってよ。

 

「ああ、そうそう。なんか助けた子もスケートをやっていたらしいわ『未来ある仲間を助けて何が悪い!』って逆切れされたのよ」

 

 もう言い逃れはできない。

 ・・・・・・・・・私だ。

 

「今考えると、妄想にしてはよくできた言い訳……ってどうしたの!?顔が真っ青よ」

 

 血の気が引く。

 取り返しのつかない事をしてしまった。

 己の罪を突き付けられた今、どうすればいいのかわからない。

 何ができる?どうやって償えばいい?

 『好き』だなんて言って浮かれている場合ではない。

 そんな資格、最初からなかったのに・・・

 この事を知ったら司さんはきっと、今度こそ、私を嫌いになるだろう。

 

 わたしは

 ワタシは

 私が!!

 

 私が……司さんの夢を終わらせたんだ。

 

「光ちゃん!?ねえ、ちょっと光ちゃん!大変!誰か来て、この子の様子がおかしい。しっかりして!私の声が聞こえる?」

 

 瞳先生の叫び声を聞きながら、私は目の前が真っ暗になった。

 

 ●

 

 どのくらい時間が経ったのだろう。

 気付いた時、私は医務室に運び込まれベッドに寝かされていた。

 右手が温かいものに包まれている。

 誰かが手を握ってくれているとわかった。

 

「あ、司さん…」

「光!よかった、気付いたのか。よかった、本当に…」

「私…なんで‥‥」

「無理に起きようとするな。すぐ医者を呼ぶからじっとしてろ」

 

 泣きそうな顔をした司さんが医者を呼び、私は簡単な検査を受けた。

 精神的なショックが原因で失神をした考えられ、大きな病を患っている兆候は見られないと結論付けられた。

 診断結果に胸をなでおろした司さん、駆け付けた瞳先生と理凰も安堵の表情を浮かべている。

 

「一体どうしたんだよ?今日は昼までは元気だったのに」

「……ごめん」

「私が何か余計な事を言ったのかしら?光ちゃん、理由があるなら教えてくれる?」

「……ごめんなさい…」

 

 理凰も瞳先生も心配してくれているのに、私はうまく応えられない。

 

「ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい、私、私が…私のせいで…」

 

 もう自分でも何を言っているのかわからない。

 今すぐにでも、司さんに謝らないといけないのに、謝罪すらまともにできない。

 私はどうしてこんなにポンコツなのだろう。

 

「瞳さん、理凰君も、ちょっと光と二人だけにしてくれませんか?」

 

 司さんの言葉に従い、瞳先生と理凰は退出していった。

 医務室には私と司さんの二人だけになる。

 

「ゲロ吐きそうか?」

「……」

 

 私は首を振る。

 今の私にはゲロを吐く元気すら残っていない。

 司さんの顔を真っ直ぐに見れない。

 

「何があったか、話してくれるな?」

「…………うん」

 

 沈黙を貫き目を伏せ罪から逃げることは可能だ。

 全てをなかったことにして、誰にも言わなければいい。

 でも、それをしてしまったら、私はもう二度と司さんと向き合えなくなる。

 嫌われても、見限られても、この人に嘘をついて逃げる真似だけはしたくない。

 

「私のせいなの、私が、司さんの未来を奪ったの…」

「どういうこと?」

 

 私は洗いざらい全てを話した。

 数年前、倒れそうになったところを助けてもらったこと。

 そのせいで、司さんがオーディションに出られないかったこと、瞳先生との会話でついさっき知ったことを包み隠さずだ。

 話を聞き終えた司さんはポカンとしていたが、やがて思い立ったように手を打った。

 

「あー!あの時の子か!言われてみれば面影あるわ。うっわ、なんで気付かなかったの俺」

 

 記憶の中の少女と私が合致したらしい、司さんは私の顔をまじまじと見つめて感心している。

 

「ごめんなさい。私、取り返しのつかない事を…ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 あの日、私が倒れたりしなければ、司さんには別の未来が、輝かしい今があったはずなのに…

 私がそれを奪ったんだ。

 

「償わせて、私が出来る事なら何でもする」

 

 何をされたっていい、どうか私を罰してほしい。

 司さんの気が済むなら何だって受け入れよう。

 だから、お願いします。

 私があなたを好きだという、この気持ちだけは真実なのだと解ってほしい。

 虫がいい話だとわかっているけど、私にはもうこれしかない。

 みっともなく懇願して縋り付いてでも、あなたを諦めたくないよ。

 

「勘違いだ」

「え?」

「光は勘違いをしている。オーディションには最初から参加する気はなかったんだ」

「なぁにぃぃぃーー!?!?」

 

 司さんは当時の事を教えてくれた。

 

 あの日、司さんはオーディション会場に予定時刻よりかなり早く到着していた。

 もう少しで夢が叶う、その緊張と興奮から居ても立っても居られないなかったらしい。

 せっかくなので審査員や劇団員に挨拶しようとしたところで、控室からの会話を意図せず聞く事になった。

 

『今日のオーディション、本当にやるんですか?』

『ああ、出来レースだとしても、ちゃんと審査をしたって事実が重要なんだ』

『主演俳優は売り出し中の若手イケメンに決定か。素人なのに滑れるんスかね?』

『一応経験者らしいぞ。もう1人の候補者には数段劣るが、顔と名前だけで客寄せできる分は勝っているだろう』

『名前なんて言ったかな?あけ…あけ何とか君、俺としては彼を応援したいけど』

『仕方ないだろ。今回は運が無かったと思って諦めてもらうしかない』

『イケメンに箔をつけるだけの生贄か、スポンサーの意向とはいえ胸糞悪い』

 

 盗み聞きになってしまった、その会話の内容に司さんは眩暈がしたという。

 そのままフラフラと会場の外に出て、行く当てもなく街中をさまよいながら、ずっと考えを巡らせていた。

 かませ犬だった自分、そんなことにも気付かず浮かれていた、愚かな男。

 今までの苦労は何だったのか?全てが水泡に帰したこと、最悪の形で裏切られたことで自暴自棄になり、心に黒くて寒々しい何かが広がっていくのを感じた。

 

 もう・・・スケートはできない。

 こんなこと続けていても、意味がない。

 誰も俺を見てくれない、必要とされていない、報われたりなどしない。

 何を期待していたんだろう?

 こんなクソ暑い中、スケート靴を担いで、バカみたいだ。

 

 潮時だ。

 憧れには程遠く、結局俺は何者にもなれなかった。

 努力すれば、犠牲さえ払えば、きっと誰かが見つけてくれる。

 俺を必要だと言ってくれる誰かに出会えるなんて……

 そんな都合のいい話は、最初から存在しなかったのだ。

 

「そんな…ひどい…」

「俺の考えが甘かったんだよな。で、もうどうにでもなれーって思っていた時にだな…」

 

「俺はお前に会ったんだ、光」

 

 目の前を、自分以上におぼつかない足取りで歩く少女を見つけた。

 少女の体がぐらりと傾く瞬間を見た。

 その刹那、どういうわけか勝手に体が動いた。

 自分でも驚く程のスピードで少女を受け止めていた・・・

 その後の展開は二人の思い出となった。

 

「だから、お前は何も悪くない。謝る必要は皆無だ」

「……そう、だったんだ」

「ごめんな。勘違いさせてしまって、あの子がお前だと気付けなくて悪かった」

「いいよ。司さんだって大変だったんだし」

「瞳さんにも中途半端な話をしてバカだった。サボった言い訳にお前を使ってしまったんだ…」

 

 ホッとしたのもつかの間、今度は司さんが謝罪して来たので私は慌ててしまう。

 

「許してくれ。この通りだ」

「いい!謝らなくていい!あの日のこと、ずっとお礼を言いたかったのに黙っていたのは私だから…」

 

 ようやくこの時が訪れた。

 今こそ、私はあの日の感謝を口にする。

 

「司さん。私を助けてくれて、ありがとう!」

 

「今の私があるのは全部、あなたのおかげだよ」

 

 やっと言えた。

 何年もかかったけど…あの日の思い出に一段落ついた。

 ん?司さんの様子が?

 

「え?泣いてる!?」

 

 司さんは無言で目から大粒の涙をこぼしていた。

 

「何?やっぱり私を助けたこと、後悔してる?」

「違うよ。嬉しいんだ…あの時の子が、こんなに立派になってくれて、俺なんかのことをずっと覚えててくれて……嬉しいんだ…」

「司さん…」

「また俺に会いに来てくれた。救ってくれた…お前は俺のヒーローだな」

 

 ヒーロー?私が?

 そっか、私が救われたように、あなたも私に救われていたんだね。

 そうだとしたら、私もすごく嬉しいよ。

 

「お前を助けられて良かった。あの子がお前で良かった」

 

「ありがとうな、光」

 

「今の俺があるのは全部、お前のおかげだったんだ」

 

 あ、ダメだ。私も涙腺が決壊する。

 

「つかささぁぁぁんんんーーーッッ!!」

「おーよしよし、いっぱい泣いてスッキリしろ。あ、俺もまたもらい泣きがぁぁ!!」

 

 司さんに抱き着いて、二人でいっぱい泣いた。

 号泣する私たちを発見した理凰と瞳先生は訳が分からずドン引いていたけれど。

 そんなこと全く気にならなかった。

 

 ●

 

 ひとしきり泣いた後、すっかり暗くなってしまった夜道を帰路に着く。

 泣きつかれた私は司さんに背負われた状態だ。

 このまま家まで連れて帰ってもらおう。

 

「本当にテレビに出るわ、有名になってるわで、俺は頭が上がらないよ」

「司さんだって有言実行していたよ。コーチだってスケート関係のお仕事だし」

 

 あの日の記憶を確かめ合いながら、お互いを労ったりして何だかくすぐった気分だ。

 司さんの夢を終わらせたと勘違いした時は気が狂いそうな程ショックだったけど、

 こんな風に話せるようになって幸せなので結果オーライだ。

 

「それにしても許せない。クソみたいなオーディションを仕掛けた奴ら、全員消してやろうか」

「物騒な事を言うもんじゃない。あの人たちだって自分の仕事しただけだ。理不尽だろうが、そういう事もあるのが仕事ってやつだ」

「それでいいの?司さんが言ってくれれば、狼嵜を動かして復讐することもできるのに?」

「前から思っていたが、お前の実家……カミサキってのは何なの?ヤバいの?」

「聞きたい?聞いたらもう後戻りはできなくなるけど?」

「わかった聞かない。知らぬが仏だよね!」

 

 残念、全力で拒否されちゃったww

 情報開示はいずれまた、私たちが親密になれば否が応でも知ることになるから、待っててね。

 

「司さんは何か隠し事ってある?あったら教えて」

「隠している訳じゃないが、俺の好物はドーナツとブロッコリーだ」

「覚えておくね。私は目玉焼きが好き、生たまねぎは勘弁して」

「読書とかポイント懸賞とかもよくするな」

「ネットショッピング、めっちゃ便利でおススメだよ」

 

 家に着くまで、私は司さんと好きな物の話で盛り上がった。

 これからも、少しづつ理解し合っていこうね。

 

「司さん、私ね…あなたのこと…」

「ん?」

 

 司さんの耳元に口を寄せて囁く。

 

「一目惚れだったんだよ」

「…そうか」

 

 あ、また薄いリアクションだww

 司さんの『そうか』が出たときは、ちょっとドキドキしている証拠なのだと最近気づいたんだよね。

 ちょっと耳が赤くなっているし、もう可愛いなぁ。

 ふふ、これからもっと揺さぶってあげるから、覚悟してね。

 

 私と司さんの距離はまた縮まったと思う。

 今日の出来事もいつか思い出に変わる。

 その時も、どうかあなたが隣にいてくれますように…

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。