春、それは新たな始まりを予感させる季節。
「朝か…」
いつものように自室のベッドで目を覚ました。
覚ましたのだが……
「…いない、か…」
数ヶ月間、毎日感じていたぬくもりが今朝は無い。
それだけで朝の目覚めが酷く物足りなく感じた。
布団に残るほのかな香りだけが、彼女がここにいたのだと告げていた。
俺と光のルーティンであった
今日からは別々のベッドで眠ることになる。
『寂しくなったらいつでも呼んで』
『あなたから来てくれてもいいからね』
『夜這い、お待ちしてます☆』
昨夜、散々甘えて来た光の言葉を思い出す。
完全に終了というわけではなく、どちらかが望めば特例で復活を認めることにした。
かなり緩い措置だとは思うが、あまり厳しくするのも良くない。
べ、別に俺が寂しいとかじゃないんだからね!
朝起きたら、光が当たり前のようにいてくれた日々。
上に乗っかっていたり、しがみついていたり、起きたら至近距離でガン見されていたりと、いろんなパターンがあったな。
それも今日からは無くなるのだ。
自分で決めた事とはいえ、ちょっとだけ不安を感じてしまうのは俺の弱さ故だ。
悪夢を見なくなってしばらく経つ。いい加減、ひとり寝に戻っても平気だろう。
年下の少女にいつまでも甘えているわけにはいかない。
俺は一方的に寄りかかりたいのではない、お互いを支え合いたいのだ。
これからも彼女と共にあるために、強い自分になることを誓った。
身支度と整えリビングへ。
人の気配がする。他のみんなも既に起床しているらしい。
「おはようございます」
「おはよう。最後の夜はどうだった?」
「変な言い方やめてください。別に最後ってわけでもありませんし…」
「そうなのかい?僕はてっきり司君が小学生以下の女性しか愛せない男だと」
「盛大な思い違いですね。そろそろ名誉棄損で訴えますよ?」
耕一さんとの、冗談なのか本気なのかわからない会話はいつも通りだ。
「司君。おはよ~」
「あ、羊さん。おはようございまいます」
羊さんの声がしたので振り返って挨拶した。
おやまあ、素敵な格好をした美少女がいらっしゃるではないか!
耕一さんが誇らしげな顔をしている。
「うちの娘を見てくれ。この子をどう思う?」
「すごく……可愛いです…////」
「それ毎朝やる気?」
羊さんは制服を着ていた。
通っている中学校指定の学生服だ。
胸元のリボンとチェック柄のスカートが愛らしい。
制服ってやつは女の子の魅力をこれでもかってくらい引き上げる装備だよな。
ふぁぁぁ~~何度見ても可愛すぎる!
「まだ着なれないなあ、ちょっと上着のサイズが大きいし」
「そのダボダボ具合が最高です!」
「今まさに成長期だからね。すぐピッタリになるさ」
羊さんは先週から市内の中学校へ通っている。
この辺では割と有名な進学校らしい。羊さん勉強頑張ったんだな。
耕一さんと共に小さな頃から見守り続けた羊さんも、ついに中学生か感慨深いな。
芽衣子さん…あなたの娘さんは立派に成長しましたよ。
「大きくなったね…ホントに、よくぞここまで……ぐすっ」
「芽衣子にも見せてやりたかった……ううっ、めいこ~…」
「また始まったよ…ママもいい加減呆れてると思う」
朝からうるっと来てしまい、耕一さんと一緒に羊さんに慰められる始末。
制服姿の羊さんを見る度に感極まる俺たちに、羊さんはジトっとした目を向けている。
ごめんね、大人になると涙腺が弱くなるのよ。
「そういえば光は?」
「庭にいるよ。早く行ってあげたら」
「光ちゃんは今日からだったね。司君、バッチリ決めて来なさい」
「何をですか」
羊さんたちに促されて庭へ出る。光はすぐに見つかった。
この家を建てた当時から植えられている、桜の木の下に彼女はいた。
桜の花びらを見つめる憂いを帯びた横顔は、とても綺麗で大人っぽいと思う。
よくできた一枚絵のような美しさ…このまま眺めているのもいいか。
ボーっと見ていると、光が俺に気付いてくれた。
「あ、司さん。おはよう」
「おう…」
俺をみとめた光の表情は一気に明るくなり、屈託のない笑顔を見せてくれる。
それに俺は『おう』としか返せない。
芸術点の高いものを見てしまうと言葉が出ないよね。
ノベルゲーだったら今の絶対イベントCG入ったと思う。
「もうすっかり春だよ」
「そうだな」
「桜、今年も綺麗だね」
「そうみたいだな」
「『お前の方が綺麗だ』ぐらい言えないの?」
「おまきれ」
「心がこもってないwww」
ごめんごめん。
ちょっと脳の処理速度が落ちてしまってな。
だってよ、羊さんに続いて光の奴も制服姿なんだもん!!
羊さんには親目線の可愛さで悶えていたのだけど。
光の場合はその…何と言いますか…彼女は特別で……
ああクソッ!完全に術中にハマっとるがな!
それでいいのか俺?最近、それでもいいと思ってるだろ俺!!
「中学生になった私はどうかな?」
「……」
「黙ってないで、何かご感想は?」
スカートの裾をつまんで可愛く『どうよ?』と聞いてくる、光。
ふむ、感想か・・・
今日くらいは光を目一杯褒めてやってもいいだろう。
俺は一生懸命に脳みそを動かして考えた。
「そうだな。有り体に言ってすごくいいと思う。ブレザータイプの制服に長い黒髪はよく映えている。ネクタイがいいんだよな~いいアクセントになってるわ。凛とした佇まいの中ににもやや幼さを残した絶妙な少女加減が素晴らしい。女子中学生いいよねここから女子高校生に進化すると思うとワクワクが止まらないよね。おいおい勘弁してくれよ今までも煩悩抑えるの大変だったのにお前はどこまで俺を苦しめる気なんだよ。こんなのと何ヶ月も同衾してよく無事だったと自分を褒めてやりたい。その辺の修行僧よりも俺の方が忍耐力あると思うわ。今思ったけどスカート短くね?お前距離感バグってるからこれからもっと勘違いする奴らを量産するぞ。やれやれ俺だけじゃなくて学校中の男子もオオカミ沼に沈める気かこの鬼!悪魔!光!このままだとビッチルート一直線やんけ?そんなのコーチとして絶対認めねぇからな!中1が出していい色気じゃないんだよなあ制服姿の破壊力高すぎるわ!せめて学校では覆面被ったまま過ごせないか?ダメか?そんなもんじゃお前の顔の良さは隠せないかああああ心配だクソッ可愛いなこいつそして綺麗だヤバ好きかも」
さて、ここから言葉を厳選・圧縮してどう伝えるべきか?
「怪文書w漏れてるよww」
「え?は?もれ?」
「そんな風に思ってくれたんだ。嬉しいなぁ////」
「待って、そんなアホな…」
あのキモい思考を無意識に口に出していたというのか!
明浦路司、一生の不覚!何度目だよバカヤロウ!
「ど、どこまで聞いた?」
「全部聞いちゃった」
「終わった…」
「司さんってば、私にゾッコンだよね?もう勢いで告白したら?答えはもちろんイエスだよ」
なるほど全部聞いちゃったのか。
それはそれは非常に困ったなあ…やれやれだ。
「きゃぁぁぁーーー!!いやぁぁぁーーー!!バカぁぁぁーーー!!」
「甲高い悲鳴!?」
「恥ずかし恥ずかしはずかしはずかし!忘れろ忘れろわすれろわすれろ!」
「私の好きな人、すぐ発狂するなあww」
恥ずかしさが限界突破した俺は桜の木に何度も頭を打ち付けるのだった。
・・・・・・・・・・
「はぁ…はぁ…朝から…ドッと疲れた…」
「ヘッドバッドで桜が全部散っちゃうところだったね。はい、タオル使って」
「ありがとうございます、狼嵜さん」
「好感度リセットしないで!!」
渡されたタオルで汗を拭う。額が少々ヒリヒリするが問題なし。
先程のやらかしはなかったことにしよう。そうしよう。
「やり直していい?」
「どうぞどうぞ」
考えすぎたのがマズかった。
最初から思ったことを素直に伝えればよかったんだ。
「光、制服よく似合ってる。とても可愛いと思う」
「ありがとう。まだあるよね?」
「ええと、お前は無自覚に人を惚れさせる癖があるから気を付けて。心配なんだよ」
「もっとあるよね?」
「この欲しがりさんめ、鬼!悪魔!光!」
「そうじゃなくてさ『好き』って言わなかった?最後の方…」
「…………イッテナイヨ」
「いや、言ってたよ!ちゃんと聞いたし」
「思春期特有の幻聴だな」
「もう、司さんのヘタレ」
はいはい、どうせ俺はヘタレですよ!
もういいだろ!聞かなかったことにしろよな。
お願いですから!
「いつかちゃんと『好き』だって言ってよね。ずっと待ってるから」
「待ちくたびれても知らねーぞ」
「うん、それでも待ってる」
こんないい子を待ちぼうけさせていいのかと、本気で悩む。
学校で誰かいい人を見つけてくれたら…それはそれで、別の苦悩が始まりそうだ。
よし、考えるのはやめよう。未来の俺がなんとかしてくれることを期待する。
思考停止と問題の先送りこそ大人の処世術よ。
「ちゃっちゃと朝飯作って食うか」
「うん。目玉焼き食べたい」
「お前も好きだな…じゃあ、簡単うまい"照り照り目玉焼き"にしよう」
「ご飯が死ぬほどすすむやつキタ!」
「腹八分目にしておけよ、登校初日からゲロインになりたくないだろう?」
「わかってるって。司さんの手料理を吐くなんてとんでもない、美味しく食べてしっかり消化吸収しますとも」
好物を食べられると聞いて、無邪気に喜ぶ姿は年相応に可愛らしかった。
・・・・・・・・・・
「光ちゃんの制服カッコイイね。なんかこうシュッ!としてる」
「羊ちゃんの方は可愛い感じだ。そっちのデザインもいいなあ」
光は特待生として、スポーツコースのある学校へ通うことになっている。
洋さんとは別の学校で、今日が一週間遅れの入学式だ。
「理凰とはどうなの?同じクラスになったんでしょ?」
「んー?女子がカッコイイって騒いでたよ」
「周りじゃなくて、羊ちゃんのお気持ちが知りたいんだけど…」
「今度、オンラインでゲームやる約束したけど、何?」
「そっかそっか!その調子で仲良くしてあげて、理凰も喜ぶから」
「そう?この前の対戦でボコボコにしたら『調子乗んな!ブスヒツジ』とか言われたけど」
「あいつ…ごめん、私がシメておくね。照れているだけだと思うから、見捨てないでやって」
理凰君と羊さんは同じ学校でクラスも一緒らしい。
二人が仲良くなってくれたら俺も嬉しいのだけど、光が妙な動きをしているのが気になる。
洋さんには理凰君の話題を振るし、理凰君には羊さんの話をしている事が多い。
「何を企んでいる?」
「恋のキューピッドになる私を応援してね」
「意味がわからん」
「全ては私たちの未来のためだよ」
なんかはぐらかされた気がする。
光に悪意はなさそうなのでしばらくは様子見だな。
「司さん、私の入学式来てくれないの?」
「残念ながら仕事だ。文句は瞳さんに言え」
「私の婚約者を、みんなに紹介したかったのに」
「せんでいい。慎一郎さんたちによろしく言っておいてくれ」
朝食を食べ終え出勤の時間となった。
大丈夫だと思うが、初登校の光に何かアドバイスをしてやりたい。
「ハズレスキルを授かっても落ち込むなよ。それたぶん大当たりだから」
「わかってるよ。ええと、魔力測定の水晶を壊して、的当ての標的も破壊したらいいんだよね」
「そうそう。あとは突っかかって来る貴族のボンボンを適当にぶちのめせばいい」
「『あれ?私何かやっちゃいました?』の決め台詞で完璧だね」
「二人とも"なろう"の読みすぎだよ」
入学先はどこぞの魔法学校ではないので助言は不要だったか。
でも、光の容姿は目立つのでちょっかいをかけてくる奴はいると思うんだよな。
怒った光がクラスメイトを半殺しにしたとか、聞きたくないなぁ。
「うまくやるから心配しないでよ。学校では優等生キャラを貫くから」
「なんかストレス溜まりそうだな」
「溜まった分は司さんに甘えて解消します」
「そうですか。よし、じゃあ仕事行って来るわ。初日から遅刻するなよ」
「うん。いってらっしゃい」
・・・・・・・・・・
仕事を終えて帰宅した俺を待っていたのは、加護家と鴗鳥家の面々だった。
先週あった理凰君と羊さんの入学式で意気投合した慎一郎さんと耕一さんが、両家交えてのちょっとしたパーティを企画したらしい。
またしても何も知らない俺だよ。例によってメイン料理はお寿司である。
耕一さん、慎一郎さん、エイヴァさんの大人組はワインの飲みながら談笑している。
あそこに行ったら飲まされるので近づかない。
理凰君と羊さんは対戦ゲームで白熱して、お互いをネットスラングか何かで罵り合っていた。
二人ともゲーム好きで、オンラインでは何度も戦った事があったらしい。
「まさか噂の"ブラッドシープ"が、あんな可愛い子だとは…」
「なんだそりゃ?」
「ネット対戦のハンドルネームだよ。お兄ちゃんは"リーオー"で、二人とも界隈では有名な上位ランカーだったりする」
「ふーん。ところで、キミは誰だ?」
なんか小さな女の子が俺の隣に座っている。
「初めましてだね、ウラジー。私は鴗鳥汐恩、理凰と光の妹だよ」
「あ、やっぱり。初めまして、明浦路司だ。二人のコーチをさせてもらっている」
さすが妹だな、理凰君によく似ている。
兄と同じく両親の良いところを受け継いだのか、顔立ちも大変可愛らしい。
汐恩と名乗った少女は『へぇ』『ほう』とか呟きながら俺をジロジロ見て頷いた。
「これが光を落とした筋肉か、話に聞いていた以上だね」
「あ、ありがとう?」
「うんうん。悪くないね。ウラジーは若い子が好きかい?」
「いや、別に…」
「ここに光より若い子がいるけど、どう?」
「どうと言われましても」
「光には黙っていてあげるから、今度二人きりって遊びにい……」
「何をしているのかな?汐恩~?」
「チッ!邪魔が入ったか、ウラジーまた後でお話しようね☆」
光に睨まれた汐恩はすたこらサッサと逃げ出した。
迷いのない撤退、光の危険性をよく理解しているな。
「あの子ったら、油断も隙もないよ」
「楽しい妹さんだな。結構カワイイし」
「司さんのロリコン!妹と浮気するとかサイテーだよ!」
「おいやめろ。慎一郎さんたちもいるんだぞ」
「どうしてもって言うなら、私が正室で汐恩は側室に」
「お前は何を言っているんだ?」
「まさか、理凰がいいと申すか!?いや、いくらなんでも……アリだな」
「ねーよ」
「私が許可した場合のみ『やらないか』してもいいよ///」
「こいつ腐ってやがる」
誰か、この腐れオオカミを止めてくれよ。
こんなので学校は大丈夫なのか?
光じゃなくて周りの人間が心配になって来た。
「まあまあ、ウラジー。お寿司でも食べて落ち着きなって」
「司君~。シャリ残ったから食べいいよ~」
「先生が望むなら、俺……////」
「理凰君!?正気に戻って!あと、寿司ネタだけ食べるのはやめなさい」
汐恩ちゃんと羊さんに理凰君も俺たちの下へ集まって来た。
あーもう、キミたちも自由だね。
「光、口開けろ」
「え!?こんな所で…何を突っ込む気なの///」
「寿司だよ。あーんしろ、あーん」
「あーん……むぐむぐ…おいしい!もっとちょうだい」
「はいはい」
「ほほう、見せつけてくれますなぁ」
「イチャつきながら、私が残したシャリを的確に消費している。考えたね司君」
「ただの生ごみ処理機じゃねーの?」
ネタが乗っていなくても光は満足そうに食べてくれた。
俺が手ずから食べさせてくれるのが良いらしく、ネタのあるなしは二の次なんだと。
子供たちの成長を祝う宴は盛り上がり、みんなで楽しい時間を過ごせた。
この日から、両家の交流が始まって毎日がより賑やかになっていく。
家族ぐるみの付き合い、そこに俺も混ぜてもらえることが、とても嬉しい。
これも光が運んで来てくれた縁なんだよな。ラッキーガールめ!
「学校、馴染めそうか?変な奴に絡まれたりしていないだろうな?」
「大丈夫だよ。年上のマッチョにしか興味ないって言ったから」
「絡まれてるじゃねーか」
「焼く?ヤキモチ焼いちゃう?」
「焼きません。命知らずな相手が心配になっただけだ」
「またそんなこと言って、嫉妬する司さんも可愛いねwww」
「お、こんなところにワサビチューブが」
「やめて!私の鼻に注入しようとしないで!調子に乗ってすいませんでしたぁ!」
何はともあれ、中学デビューおめでとうだな。