光ちゃんと司先生が結ばれる話   作:青紫

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俺は奪われた

 未来を担う子供たちの学び舎、中学校の校門付近。

 車を停めて待っていると目当ての人物が現れた。

 運転席から手を振ると俺に気付いた彼女も手を振り返してくれる。

 一緒に校舎から出て来た友人に挨拶をしてこっちへ駆け寄って来た。

 そんなに急がなくていいのに…

 後部座席の扉を開けて乗り込んで来たのは美しい黒髪を持つ美貌の少女だ。

 

「お迎えご苦労様。待たせちゃったかな?」

「そんなに待ってない。これも仕事の内だ、気にすんな」

 

 パートナーである光を回収した俺は車を発進させる。

 安全運転でスケート場までお届けしまーす。

 

「友達がね、司さんのこと褒めてたよ『あのカッコイイ人誰?』だってさ」

「ほほう、中学生にも見る目のある奴がいるんだな」

「特にガタイのいい男子に人気があるみたい。みんな『寝技で勝負したい///』って危ない目をしてたww」

「頼む!全力で断ってくれ!!」

 

 恐ろしい!

 学生時代、身長が伸びて筋肉がつき始めた頃の悪夢がよみがえる!

 レスリング部や柔道部の連中に追いかけ回されたのは今でもトラウマだ。

 

「ちゃんと釘を刺しておいたから安心してね。司さんは私の大事な人なんだから」

「お前、婚約者がどうとか言ってないだろうな?」

「当り障りのないように『あの人は私のマスター』と言っておきました」

「当りも障りもあるな!」

 

 霊基再臨して中学生になったうちのサーヴァント。

 あんまり言うこと聞いてくれないので困る。

 星5だとは思うんだけど…頭の中、思春期恋愛脳バーサーカーだからなあ。

 

「学校はどうよ?何か変わったことはあったか?」

「いつも通りだね。それなりに楽しく過ごしてるよ。あ、今日はアレがあったな」

「アレとは何だ?」

「校舎裏とか、屋上に呼び出されて『付き合ってください!』てヤツがあった」

「ちょ、告白されとるがな!!」

 

 大した事ではない風に答える光。

 俺は動揺してブレーキ踏みそうになったぞ。

 

「されてるよ。入学してから週一ぐらいのペースでずっとね。はぁ…理凰がいないと小学校の時みたいに虫よけできないんだよね」

 

 こ、このモテ女。小学校時代からそんな感じなのかよ。

 週一で言い寄られるってすげぇな。

 

「今日の人は、サッカー部の主将だったかな?校内女子人気ランキング上位陣らしいよ、毛ほども興味ないね」

「かなりの優良物件じゃねーか。しかも先輩かよ」

「いやいや『ずっと前から好きでした!』とか、初対面の人に言われるの結構怖いよww」

 

 勇気を出して告白したのに、相手の心には微塵も響いていないとは……悲しいね…

 

「面倒だよ。周りが勝手に盛り上がって噂がひとり歩きするし、今日の人みたいに人気者をフッたあとはアフターケアをしないと、余計なやっかみを買うし」

「お疲れさん。でも、そういうイベントがあってこその青春だよな~」

 

 昔が懐かしいぜ。

 いたずらでもらった偽ラブレター…

 気になっていた子が友人と付き合ったり…

 男から告白されたり…

 あれ?俺の青春……割と不憫!!

 

「懐かしんでいる場合?司さんはもっと危機感を持って欲しいよ」

「危機感?何に対してだよ?」

「未来の妻が!ヤることしか考えていない猿に告白されたんだよ!そういう目で見られたんだよ?夫なら、ブチギレてもいいと思うけどな!」

「猿っておまww」

「あいつら絶対私でやらしい妄想してるよ、エロ同人みたいに!あ~~ヤダヤダ鳥肌が立つ!!」

「そ、そういうこと言うなよ。とりあえず同じ男として謝るわ!ごめんなさい!」

「司さんはいいんだよ。私でいくらでも妄想して////」

「しねーよ、バカ」

「さすが!実物を好きにできる男は余裕があるね!」

 

 俺が何を言っても光の好感度が上がる。ある意味恐怖だ。

 頻繁に告白されて迷惑とか、美人なりの苦労ってヤツがあるんだな。

 

「精々、うまく立ち回って敵を作らないようにしろ。そういうの得意だろ?」

「得意だけどさぁ。女子グループを誘導してガードしてもらうか…」

「ま、頑張れw」

「他人事だと思って…あとで甘えるからね!ちゃんと受け止めてよ」

 

 はいはい。俺でよければストレス発散に付き合いますよ。

 

 バックミラー越しに光と何度も目が合う。

 見すぎだバカヤロウ。気になるだろうが。

 

「やっぱり前に行こう」

「おい、危ないからちゃんと座ってろ」

 

 赤信号で止まると、光は体を器用に動かして助手席へ移って来た。

 やんちゃ盛りの子供か!中学生女子のやることではないぞ。

 シートベルトはちゃんとしろよ。

 

「運転している司さん、カッコイイね」

「そうか?」

「うん。借り物の車なのにドヤ顔で運転しているところ、すごくカッコイイよ」

「ごめんねマイカーじゃなくて!!」

 

 今、運転している車の所有者は耕一さんだ。

 加護家には大きなガレージがあって車は三台もある。

 その内の一つを今日は使わせてもらっているのだ。

 車の維持費って高いんだぜ?

 昨今はカーシェアリングなんかも流行ってるし、車を持たない人だって沢山いる。

 俺もその選択をしているだけだ。

 

「私がメダリストになったら、CMとか出てバンバン稼ぐよ。車の一つや二つプレゼントしてあげる」

「そりゃあ楽しみだな」

「司さんは乗ってみたい車ってある?」

「特にないかな、それなりの乗り心地でしっかり走ってくれたら文句ない」

「私は大きな車がいいな。アルファ―ドとか」

「へぇー」

 

 アルファ―ド、トヨタ社を代表するラージサイズミニバンだな。

 車内が広くて快適そう。大きさもさることながら、外観が厳ついイメージがある。

 

「『こいつDQNカー選びやがったw』とか思ったでしょ?」

「思ってねぇよ!全てのアルファードユーザーに謝れ!」

 

 なんてことを言うんだ。

 例えそれっぽい人が乗っていても、DQNだなんて思ったら失礼だろうが。

 

「8人乗りよくない?家族が増えた時も安心だし、ね?」

「ね?じゃねーよ」

 

 腹を撫でながら言うな。そしてこっちを見るな。

 

「酷い!この子のことを認知しないつもりなの?」

「どの子だよ!酷いのはお前の頭だ」

「養育費は払ってもらうよ。子供の権利なんだから」

「認知なんかするかぁ!養育費も絶対払わない」

「それだけ聞くとヤバい男だw女の敵だwww」

「うるせぇ!()()何もしていないのに責任だけ背負わされてたまるかぁ!」

「まだ?」

 

 しまった!口が滑った。

 俺のちょっとした失言を聞き逃す光ではない。

 

「まだ?今、()()って言ったね。ふーん」

「……」

「まだって事は~、これから先、私に手を出す可能性があるんだ。へぇ~ww」

「運転に集中したいから黙れ」

「嫌でーす。ちょっと早いけど味見してみる?ねぇねぇ、どうするのww」

「イジらないで狼嵜さん」

 

 この女!ちょっと弱みを見せたらこれだよ。

 わからせてやろうか?……だから、それが思う壺だってばよ!!!

 

 スケート場につくまでの間、散々からかわれてしまった。

 最近、光の挑発が増えている気がする。

 このままだと俺は本当に……週末、滝行にでも行ってこようかな?

 

 ●

 

 とある日のお昼時。

 スケート場のラウンジは多くの人でごった返している。

 そんな中、どんよりしたオーラを放つ少女がいた。

 

「はあぁぁ……」

 

 狼嵜光は深いため息をついた。

 普段のはつらつとした彼女は鳴りを潜め、自慢の髪もすっかりしょげてしまっている。

 元気がないのはコーチの司がいないせいだろうか?

 本日、司は教え子の理凰を伴って名港ウインドでの合同練習に参加している。

 光は気分が優れないということでお留守番である。

 

「やっぱり司君と一緒に行きたかった?」

「いえ、そういうわけじゃないです。お昼、食べましょう…」

 

 同じテーブル席につく高峰瞳は光のことを心配していた。

 光がルクス東山に来た当初はどうなる事かと思ったが、スケートと恋に一生懸命な子だと解ってからはとても可愛がっている。

 恋のお悩み相談にのったり、プライベートで遊びに行った事もあり、司が不在の時はこうしてランチを一緒にする仲だ。

 

 光の持参した弁当は栄養バランスの考えられたもので、彩りも鮮やかだ。

 司が作ったものだろうと瞳は何となく察した。

 光は弁当の中から玉子焼きを選んで橋を伸ばし口に運んだ。

 ゆっくり、もそもそと咀嚼する姿は哀愁が漂っている。

 

「もしかして美味しくない?」

「司さんの手作りですよ?美味しいに決まってるじゃないですか…」

「だったらどうしたの?今日の光ちゃん、ずっとシナシナでみんな心配してるわ。何があったか話してみて」

 

 光を心配していたのは瞳だけではない。

 ルクス東山に来てから数ヶ月、スケートの実力は当然として、その愛らしい容姿と面白いキャラクターで光は多くの人望を得るに至っていた。

 今も、周囲の人間が自分たちの会話に聞き耳を立てていることを、瞳は知っていたのである。

 瞳の言葉を受けて、光はシナシナな理由を話し出した。

 

「司さん、いつも私に美味しい食事を作ってくれるんです」

「あら、うらやましいわね」

「それで、私も何か作ってあげたくなって……久しぶりに厨房に立ったんです」

「いいじゃない。それで?」

「玉子焼きに挑戦したんですけど、完成したのは…」

 

 光は言い淀む。まるで認めたくない事実を思い出したように。

 

「……異臭を放つ黒い何かだった」

「っ!?」

 

 瞳は吹き出すのを堪えた。

 聞き耳を立ていた何人かがむせたり、椅子をガタつかせたが、光は気付かなかったようでセーフ。

 

「羊ちゃんは私が『ダークマターの錬成に成功した』と大はしゃぎで…恥ずかしかった…」 

「っっ!?!?」

 

 やめろ!ダークマターやめろ!

 今回も瞳は何とか耐え切ったが、周囲はラウンジから退出する者や、テーブルに顔を伏せ肩を震わせる者が続出している。

 いや、お前らどんだけ光のこと気にしているんだよ。聞き耳立てすぎてヤバいわ。

 

「私は捨てようって言ったの、でも、司さん優しいから『せっかくだから食べる』って言い出して、ダークマターを食べちゃったの」

「さ、さすが司君ね。勇気あるわ」

 

「そうしたら‥‥‥司さん『びひゃぁ』とかいう奇声を上げて倒れちゃった」

 

 その時の光景がありありと想像できてしまった瞳はついに吹き出した。

 

「あはははははははwww」

「笑い事じゃないよ!数分間ビクンッビクンッ痙攣してて滅茶苦茶焦ったんだから!」

 

「羊ちゃんはずっと爆笑してるし、司さんは壊れちゃったし、救急車を呼ぶ前にダークマターを処分する方が先か悩んで大変だったのに!」

 

「そこで私は思い出したの、鴗鳥家にいた時に全く同じ事をしでかして、お父さんが『びひゃあ』となった日のことを!」

 

「理凰が『お前は二度と厨房に立つな!』ってガチギレしたの何で忘れていたんだろう?」

 

「「「「「あはははははははwwwww」」」」」

 

 最早、瞳だけではなく、ラウンジにいた半数以上が笑っていた。

 特に被害者をよく知るコーチ陣のダメージは深刻だ。

 司もだが、あのクールな慎一郎先生が奇声を上げた瞬間とか面白過ぎるだろ!

 こんなんの我慢できるかい!

 

「みんな笑いすぎ!こっちは真剣に悩んでるのに」

「ご、ごめんなさ…フフ…ちょっとwツボにハマりすぎてww」

「どうしよう。このままじゃ司さん『嫁のメシがマズい』スレ立てちゃうよ」

「嫁なのは確定なのね」 

「嫌だぁ!メシマズだと思われたくないー!!捨てられたくないよぉ!」

 

 光がシナシナになっていた理由が判明した。

 料理上手な司と比較して余計に落ち込んでしまったのだろう。

 こういう可愛いところが、皆に愛されているんだと瞳は思った。

 

「料理下手なだけで、捨てられたりしないわよ」

「じゃあ聞きますけど、瞳先生は、玉子からダークマターを錬成する嫁がほしいと思いますか?」

「いらないわねww」

「ほらぁ!やっぱりメシマズは致命的なんだ」

「そんなに言うなら、司君に料理を教えてもらえば?」

「ただでさえ、お世話になっている司さんに料理のコーチもしろと?そんなの言えるわけ…」

「二人で厨房に立っていると()()みたいね」

「司さんにお願いしてみます!!」

 

 光は夫婦というキーワードに即やる気を出した。

 その変わり身の早さに瞳はまた笑ってしまう。

 

 光が司に頼み込んで料理を習うようになったのは、それからすぐの事である。

 

 一方その頃、名港ウインドFSCにて…

 

「父さん!大変だ司先生がぶっ倒れた」

「何だと!?一体何があった」

「先生、弁当に謎の物体Xを持って来たんだ。俺は止めたんだけど『あいつの手料理を残すわけにはいかない!』と言って全部飲みこんで…」

「まさかダークマター!なんという早まった真似を…」

「ダークマターって何!?先生は何を食べたんだ?」

「愛に殉じたか……私は彼を誇りに思う」

「また光絡みか!あいつマジ最悪」

 

 ちょっと痙攣したものの、司は割とすぐに復活したという。

 ダークマター耐性を獲得し始めた司と、娘の相性はやはり良好だろうなと慎一郎は思った。

 

 ●

 

 休日の加護家。

 俺たちは四人揃って映画を鑑賞していた。

 悪党にさらわれたヒロインを主人公が大暴れしながら救出する、コテコテの痛快アクション映画だ。

 敵からの銃撃は全く当たらないし、冒頭からいろんなものが爆発するけど、派手なアクションは中々見応えがある。

 欠点を挙げるとすれば、主人公とヒロインのキスシーンが多いことだろうか。

 こいつら、隙あらばチュッチュしまくる。

 オープニングでチュー、会話の合間にチュー、敵を倒してチュー、再会してチュー、ボスキャラを無視してチュー…

 もうとにかくキスしまくりでウザい。

 爆発寸前の敵アジトから脱出する際にチューしだした時は『はよしろ!』と心の中でツッコミを入れた。

 今、エンディング前っぽいのだが、またもやキスしている。もうええちゅーねん!

 

 耕一さんは『若いねえ』といって微笑ましいものを見る顔だ。俺はそんなに達観できませんよ。

 羊さんは『おお!また来た!』と興味深そうに見ている。女の子はチューが好きなん?

 そして、光はというと……映画ではなく俺を見ていた。おい映画を見ろよ…

 光は声を出さず、唇の動きだけで何事かを呟いた。

 俺も視線だけで返答する。

 

 (する?)

 (何をだ!?)

 (したくないの?)

 (だから何をだ!)

 (私は…したいな///)

 (まるで意味がわからんぞ)

 

 本当は光が何をしたいのかわかってるけど、それに『はい』と頷く事はできない。

 あの、今手を握るのやめてもらっていいですか?

 コラコラ、綺麗な顔を近づけるんじゃない!

 見られてる!耕一さんと羊さん、エンドロールそっちのけでこっち見てるよ!

 親子で親指を立ててる場合か!助けろや!

 

 俺はトイレに行くと言ってその場を逃げ出した。

 戻った時、全員から『ヘタレ』呼ばわりされたけど、なんとか危機は回避した。

 あんなチューチュー映画に当てられた勢いでしたら後悔するぞ。

 

 ●

 

 映画鑑賞から数日後。

 私はずっとモヤモヤした気分を抱えていた。

 

「そろそろキスぐらいよくない?司さん、ガード硬すぎるよ…」

 

 中学生になってからチャンスは何度かあった。

 この前、映画見た後は絶対いけると思ったのになあ。

 どうも人目があると照れちゃってダメみたい。

 しかし、二人っきりになると警戒されて、雰囲気作りが間に合わない。

 やはりここは、多少強引に行くべきか?

 いやでも、それで嫌われたら本末転倒だし……うーん。

 

「光、俺先に帰るわ。じゃあな~」

「あ、うん。お疲れ」

 

 理凰はスマホをいじりながらスケート場から出て行った。

 あいつ、私への態度がぞんざいになったな。

 引きずってもらっても困るけど、一度は好きになった女にあの態度はないわー。

 私はもう眼中にないってか…‥‥まさか他に好きな子ができた!?

 そういえば、この頃スマホ触ってニヤついている事が増えたような。

 相手は羊ちゃんじゃね?

 私の作戦、思いのほかうまくいったんじゃね?

 そうだったらすごく嬉しいのだけれど、先に成就されしまったらムカつくわ!

 こうしちゃいられない、帰って羊ちゃんに探りを入れなければ。

 その前に司さんに挨拶してから帰ろう。

 

 司さんは事務室にいた。

 彼以外の職員は皆出払っていて司さんひとりだけだ。

 

「……寝てる」

 

 司さんはソファに腰掛けたまま眠ってしまっていた。

 傍らには直前まで読んでいたであろう『犬のしつけ決定版』なる本が落ちている。

 最近、私の扱いがこなれて来た気がするけど、この本のおかげって事はないよね?

 犬と一緒にされても困るよ!私は誇り高きオオカミだってば!

 本に関しては後ほど問い質すとして、今は眠れる王子様に注目しよう。

 

 司さんの寝顔はとても可愛いのだ。

 何度見ても飽きない、愛しさがこみ上げて来る。

 鼻筋が通っているよね、輪郭がシャープだな、頬っぺたプニプニしたい!

 

「こんな所で無防備すぎ」

 

 私じゃなかったら襲われてるよ?

 よく私に注意する癖に、司さんだって気を付けるべきだと思うな。

 つい、半開きになった口に目がいってしまう。

 これは誘ってるね!

 周囲を見渡す、まだ誰も来ない…チャンスか?

 

「ねぇ、起きないの?起きないと……キスしちゃうよ?」

 

 隣に座る。起きない。

 手を伸ばして頬に触れる。起きない。

 ちょっとドキドキして来た。

 顔を近づける。起きない。

 彼の吐息を感じる。まだ起きないで。

 

「ごめんね…我慢できないや」

 

 私は唇を重ねた。

 ズキュウウウンとかいう激しい効果音はいりません!

 静かにゆっくりと私は彼を味わった。

 時間にしておよそ1分間経ってから唇を離す。

 ついに、ついにやってしまった。

 寝込みを襲ってキスしてしまったぁ!!

 はい、全く後悔しておりません。よくやったと自分を褒め称えたいです。

 やることもやったし、誰か来る前にとんずらしよう。

 

「じゃあ、また後でね…」

 

 未だ眠りこけている、司さんの頬を指先でつついてから、私は事務室から出た。

 なんか今頃になって体が熱くなって来た。

 ヤバいヤバい。もう早く帰ろう。

 やってしまった私は熱に浮かされながら帰路に着くのであった。

 

 ・・・・・・・・・・

 

「あ、瞳先生。お疲れ様です」

「光ちゃん、お疲れ様。そうだ、司君見なかった?」

「事務室で居眠りしてましたよ。起こすのがかわいそうなので、そのままにしておきました」

「あらそう、疲れているのかしら?」

「私、帰りますね。さようなら」 

「はい。気を付けて帰るのよ」

 

 なんだか機嫌の良い光を見送った瞳は、事務室で司を発見した。

 

「司君?……なんだ、起きてるじゃない」

 

 居眠りしていると聞いたが、どうやら起きているみたいだ。

 ソファに座ったままの司は両手で顔を覆い、小刻みに震えている。

 表情は伺えないが耳まで真っ赤で、頭のてっぺんから湯気が出ている気すらする。

 

「ありえん…あいつマジで、信じられん///」

 

 司の様子は明らかにおかしい。

 震えたまま言葉にならない声でずっとブツブツ呟いている。

 

「長いって…もう…なにやってくれてんの…」

「司君、ねえ、ちょっと!大丈夫なの?」

「ひ、瞳さん。俺はもうダメです…奪われてしまいました」

「何を?何か盗られたの、泥棒がいたの?」

「中1がしていい技じゃない…どこで覚えたんだよ…」

「さっきから何を言っているのかわからないわ。一体何があったのよ?」

 

 瞳の問いかけに、顔から手を離した司は血走った目で叫び返した。

 

「だってあいつ!舌入れて来たんですよ!俺の口内蹂躙されましたわ!!」

「何の事よ!?」

「ディープなヤツですよ!数十秒、歯茎までしっかり舐められましたぁ!!」

「あなた、まさか…光ちゃんと…」

「もう終わりだぁ!」

 

 その後、錯乱した司と瞳が発見され、職員総出で二人を取り押さえた。

 

 ●

 

 重い足取りで帰宅した俺は、玄関扉の前で尻込みしていた。

 事務室での一件が夢だったのでは?

 そうであれば、今こんな風に悩んでいないと思う。

 あれから瞳と話をして、起こった事は仕方がないので、むやみに口外しないとだけ誓いあった。

 

『あの子は本気(マジ)よ?覚悟した方がいいかもね』

 

 瞳さんに言われるまでもなく、あいつの気持ちは理解していたつもりだった。

 しかし、いざ行動に移されると…これはヤバいぞ。

 

 息を吐いてから玄関扉を開けた。

 音を立てないようにそーっと中に入ってから小声で帰宅を告げる。

 

「た、ただいま…」

 

 部屋の奥から軽やかな足音が聞こえる。

 奴だ!奴が来るぞ。光が来てしまう。

 

「司さん、お帰りなさい」

「お、おお、おっふ///」

「???どうしたの?変な顔して?」

 

 どうしたのはこっちのセリフじゃ!

 お前、あれだけの事をしておいて何でいつも通りやねん。

 あれぐらい今時の若い子は普通なの?俺の価値観が古いのか?

 ダメだぁ。光の顔をまともに直視できない。

 俺は目を逸らしながら極力、光の方を見ないように靴を脱ぎ、廊下を通り過ぎようとした。

 だがしかし、オオカミは簡単には逃がしてくれない。

 

「ねえ、もしかして…」

 

 光の声を聞くな、止まるな、逃げろ!

 

「起きてたの?」

 

 ひょぇぇぇ!?

 ピンポイントで爆撃された!

 まだだ、まだ終わらんよ!

 返答せずにここは逃げの一手で……あるぇ、体が動かないよ?

 

「意地悪だね。起きていた癖に、私にあんな事させて」

 

 お前が勝手にしたんだろう!

 それよりも、ああああああああ!後ろから抱き着かれてるーー!!

 マジやばくね?衣服越しだけど、光の体温とか柔らかい感触が伝わって来て、ヤバいって!

 羊さーん!耕一さーん!いないのか?

 誰でもいい!ちょっと俺たちの間の空気ぶち壊してくれませんかねぇ?

 

「続き…する?」

 

 『うん!するする♪』って言いそうになるだろうがボケがぁ!

 どうしようどうしようどうしよう。もう流された方がいい?

 俺の完全敗北エンドで、この物語は終了でいいのか……

 

 その時、俺に脳裏にニュータイプ的直感が走る。

 感じるぞ。慌てる俺を見て愉悦に浸る邪悪な親子の気配を!

 

「ヤバいよパパ、司君たち玄関でおっぱじめる気だよ」

「さすがに想定外だなあ。部屋まで我慢できなかったのか」

 

 リビングへと続く扉の隙間から、こちらを覗く親子がいた。

 それを確認した俺は、途端に冷静になる。鎮静剤みたいな親子だww

 光の手を優しく解いて、彼女と向き合う。

 大丈夫。ちゃんと顔を見て話せる。

 

「寝込みを襲うのはルール違反だ」

「寝たフリはいいの?」

「それは謝る。ちょっと、お前がどんな反応するか気になってな…それでご覧の有様だよ」

「じゃあ、罰として私もベロチューの刑に処していいよ」

「何がじゃあなのかわからんぞ。今は……コレで勘弁してくれ」

「わっ、えへへ///仕方ないなあ」

 

 俺は光と目線を合わせ正面から抱きしめた。

 『ヒュー♪』とこちらを茶化す音が聞こえたが無視。

 同衾をやめて、スキンシップが減ったことが光にとって良くなかったのかも。

 突飛な行動を取るのはストレスが溜まっている証拠だと、愛読書にも書いてあったからな。

 

 光は最初の頃より体温が上がった気がする。

 身長も伸びて、体つきも良くなった。

 ドンドン綺麗になっていくな……本当、俺には勿体ない…

 

「私、どうせまた我慢できなくなると思うよ。その時はどうする?」

「その時はその時だ」

「うわぁ、問題を先送りにしたよww」

「大人の処世術だ!恥ずべき事ではない」

「根本を何とかしないとダメなのに、応急処置しかしないんだ……意気地なし」

「そういう男に惚れた自分を呪え!」

「強がっちゃって……ま、今回はコレで手打ちにしてあげる。次はどうなるか、楽しみだね」

「お、お手柔らかに頼む」

 

 ふぅ~なんとか事態を収集できた。

 かなり危なかったけど、俺の理性が光に打ち勝ったのだ。

 さっそく滝行の成果が出たようですな。

 

「あちゃ~ここで終わりかぁ」

「光ちゃんは頑張ったのに司君がヘタレたね」

 

 もう隠れる気のない親子が、俺に低評価をつけている。

 今回は二人がいたので乗り切れたが、二人っきりだとマジでヤバかったな。

 

「続き……また今度しようね♪」

「ひゃぁ////」

 

 ゾクゾクするから耳元で囁かないで!

 俺は着実に光という女の型にハメられていく……もうだめかもわからんね!

 

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