光ちゃんと司先生が結ばれる話   作:青紫

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いのりちゃんと夜鷹先生①

 司は光のコーチとなり、なんやかんやで楽しく過ごしていた。

 一方その頃、もう一組の師弟たちは……

 

 《東京・スターフォックスFSCが拠点とするスケート場》

 クラブの活動が終わり、チームメイトたちが帰宅した後も私は滑り続けていた。

 余裕がない、焦りばかりが募る、こんなんじゃダメだ、まるでうまく出来ていない。

 心臓が激しく脈打つ、全身の疲労もピークに達している。

 止まるな、動け、動け、動け、いいから動いて!

 

 何とか完走したものの、及第点とはいかなかったようだ。

 それは自分が一番わかっている。

 お手本に比べて、あまりに無様なスケートだった。

 疲労から立っていることもできず、氷上に手をついて荒い呼吸を繰り返す。

 私のコーチは、冷たい眼差しのまま言葉を発した。

 

「もう、終わるかい?」

「いえ……まだ……やれます…」

「精度が落ちてきている、ミスも3回を超えた、自分でも気づいているだろう?」

「……っ……」

「これ以上やっても得られるものはない、今日は終了だ」

「…る…ちゃん…‥なら」

「……?」

「光ちゃんなら、まだやれる、こんなところで終わったりしない」

 

 そうだ、光ちゃんなら、この程度で挫けたりはしない。

 ここで練習をやめてしまったら、あの背中には追いつけない。

 

「確かに、光ならやれていた、僕も止めはしないだろう」

「だったら、続けさせてください。私は…」

 

 私は、止まるわけにはいかないのだ。

 払ってしまった犠牲のためにも…

 

()()()

「……先生…」

 

 コーチが私の名前を呼んだ。

 これは、彼が大事なことを言う前の合図だ。

 

「何度でも言う。キミは光にはなれないよ」

「っ!そんなの、わかってます」

 

 本当に理解しているのか?という鋭い視線を睨み返す。

 ここで目を逸らしてしまったら負けだ。

 わがままを聞いてもらうには、その意思を見せなければならない。

 やがて、先に目を逸らしたのは先生の方だった。

 

「あと一本だけだ。それで今日は切り上げる、いいね?」

「はい。ありがとうございいます!夜鷹先生」

 

 私、結束いのりは夜鷹純をコーチに迎え、練習の日々を送っていた。

 全ては、金メダリストになるために。

 そして・・・

 

 狼嵜光(あの子)に勝つために・・・

 

 ●

 

 満を持して挑戦した全日本選手権。

 私は完膚なきまでに敗北した。

 やれることは全部やった、死力を尽くしたつもりだった。

 それでも、光ちゃんには届かなかったのだ。

 

 どうしても勝ちたかった、一番になりたかったのに。

 結果は表彰台落ちという無様なものだった。

 悔しくて、惨めで、情けなくて、どうしようもない激情が胸中に渦巻いた。

 

 司先生、あんなに目をかけてくれたのに、信じてくれたのに…

 その信頼を私は裏切ってしまった。

 返し切れないたくさんの恩に、報いることが出来なかったのだ。

 自分だって悔しいだろうに『お疲れ様』と言って、労ってくれた先生。

 いっそのこと、叱責してくれた方がマシだったかもしれない。

 先生の気遣いや優しさが…今は少しだけ辛い。

 

 全日本選手権から数日、私はずっと考えていた。

 

 このままでいいのか?

 ずっと司先生に甘えたままで、光ちゃんに勝てるのか?

 全部やった、死力と尽くした、本当に?

 まだ捧げるべきものが、勝つための犠牲があったはずなに…

 手放すことをしなかったのではないか?

 そんな事ばかり考えて、ずっとモヤモヤしている。

 練習にも身が入らないし、司先生ともギクシャクしっぱなしだ。

 私は、どうすればいいんだろう?

 

 そんな時だ。あの人に再会したのは…

 

「よ、夜鷹純……さん?」

「??キミは確か、麦茶の妖精?」

「違います!いのりです。結束いのり」

「いのり?のりは味付けが、いい…」

「あの、お腹空いてます?」

 

 クラブに行く前に立ち寄った、いつもの公園に黒づくめの不審者がいたのだ。

 ベンチに行儀悪く座った男は、よく晴れた空を睨みつけながら、缶コーヒーをチビチビ飲んでいる。

 知らないフリをしてもよかったのだが、なんだか気になって声をかけてしまった。

 

「こんな所で何をしている?練習、いかないの?」

「いや、こっちのセリフですけど。光ちゃんの所へ戻った方がいいんじゃ…」

「やめたんだ、光のところには戻らない」

「へ?」

「もう僕は、光のコーチじゃない」

「は?え?はぁ?はぁぁぁぁ!?!?」

 

 この人、今何て言った?

 やめた…だと…???

 光ちゃんのコーチを辞めただとぉ!!

 

「ど、ど、どいうことなんですか?一体何が?」

「見ての通り、今の僕は、暇を持て余した、ただのおっさんだ」

「知らねぇよ!あ、すみません」

 

 思わずツッコんでしまった。

 おっさんて……自分で言うなよ。悲しくなるわ。

 

「気にしなくていい、年下からの罵倒、悪くない///」

「変態か!」

 

 この人、こんなキャラだったけ?

 最初の印象と大分違うな。

 もっとこう、怖い感じの人だったはず…

 

「ここで会ったのも、何かの縁、キミ頼みたいことがある」

「な、なんですか、私にできる事なんて、そうありませんよ」

「仕事を…紹介してくれないか?」

「えぇ…」

 

 何言ってんだこのおっさん。

 てか、今無職なのかよ!?

 

「小学生に頼む案件じゃないですね。素直にハローワークへ行ってください」

「ハロー?なんだそれは…うまいのか?」

 

 ダメだこいつ……

 これが社会不適合者、なんて残念な生き物なんだろう。

 一応、私にわかる範囲でハローワークとは何かを教えてあげた。

 

「なるほど、便利な組織があるものだ、キミ聞いて正解だったな」

「私に職の斡旋を頼んだ時点で、何もかも間違ってますよ」

「お返しに、キミの相談に乗ろう…」

「別に、相談したい事なんてありません」

「それは嘘だ、なぜかというと、僕には悩みを抱えた少女を嗅ぎ分ける力がある」

「すごく気持ち悪い!」

「遠慮することはない、こんなサービス、光にだってしたことないよ?」

 

 何で私のお悩み相談コーナーが始まったんだろう?

 そして、なぜこの人はこんなに偉そうなのだろう?

 でも、これは渡りに船かもしれない。

 司先生にもできない話を、金メダリストのこの人にならできる気がした。

 

「じゃ、じゃあちょっとだけ聞いてほしいことが…」

「エビフライをリスペクトした髪型は、キミによく似合っている、そのまま続けるといい」

「髪型の相談じゃねぇよ」

 

 言われなくてもエビフライは継続する気だ。

 そうじゃなくてですね……

 私は全日本選手権後から抱えて来たモヤモヤを話すのだった。

 

 ・・・・・・・・・・

 

「まだ、光に勝つ気でいたのか…」

「そうですよ!いけませんか?」

 

 『その程度で?』とバカにされた気がして口調が荒くなる。

 

「本気?」

「本気です」

「エビフライ神に誓える?」

「誓えます…エビフライ神って何だ!?」

 

 変な神様を捏造するな。

 

「理解しているだろう?光は強い…あの子は僕の目から見ても異質だよ」

「天才…ですもんね…」

「その表現は好きじゃない」

 

 天才という言葉に夜鷹さんは不快感を示した。

 

「天才というのは周りが勝手に貼ったレッテルにすぎない、負け犬の遠吠えだ」

 

「『あいつは天才だ自分たちとは違う』『だから勝てなくて当然なんだ』」

 

「勝利を諦め、己の未熟を認められない者の戯言だ。勝つためにどれだけの犠牲を払ったか、何も知らない癖に…」

 

 この人も、周りから散々好き勝手言われて嫌な思いをして来たのかな?

 

 光ちゃんだって、己の才能に胡坐をかいていたわけじゃない。

 いっぱい努力して頑張ったからこそ、優勝を勝ち取って来た。

 歯を食いしばりながら必死に積み重ねた時間、それこそが光ちゃんの強さなんだ。

 

 やっぱりそうか…答えは至極単純明快だった。

 私はただ単に、支払う犠牲が足りなかったのだ。

 

「大多数の人間は、強い輝きから目を背け、線引きをする。それをしない、できないキミもまた、異質だよ」

「私って、そんなにおかしいでしょうか?」

「おかしいね、だからこそ、光はキミに注目していた『いのりちゃんマジやばくね?』と、呪文を唱えるほどに」

 

 光ちゃん、私を気にしてくれていたんだ。

 それなのに私は……ガッカリさせてごめん。

 

「本気で光に勝ちたいと言うならば…」

「必要なんですよね。今よりもっと多くの犠牲が」

「キミ聡明だな。だが、おススメはしないよ…犠牲を払い、ひたすらに勝利だけを望んだ結果、何も残らない人生は嫌だろう?」

 

 それは実体験ですか?という言葉を飲みこむ。

 金メダリストの苦悩を、ちょいちょい混ぜて来るの困るわ~。

 

「そう思うなら、なぜ光ちゃんに犠牲を強いたんですか?」

「必要だと思ったからだ。狼嵜の名に縛られない、別の価値をあの子に与えたかった」

「??…よく、わかりません」

「わからなくていい。今のは忘れてくれ」

 

 カミサキ?別の価値?

 なんだか踏み込んではいけない気がして、それ以上聞くのはためらわれた。

 

「私はこれから、どうしたらいいと思います?」

「行き詰まっているのなら、環境を変えるのも手だ」

「環境をですか?」

「『居心地のよい場所を離れ広い世界で冷たい風に触れよ』と、魔法オババも言っている」

「魔法オババって誰!?」

 

 オババはともかく、夜鷹さんの言いたいことは理解した。

 環境を変えるか…

 

「喋り過ぎた、そろそろ行くよ」

「あ、はい。話、聞いてくれてありがとうございます」

 

 夜鷹さんは空になった缶をゴミ箱にシュートして公園を出て行った。

 シュートは3回も外れた上に、舌打ちしていてカッコ悪かった。

 

 話してみると案外いい人だったな、変な人でもあったけど。

 

 ●

 

「お仕事、見つかりました?」

「いや、しばらくダラダラ過ごそうと思う」

「ダメ人間じゃないですか」

「いざとなったら慎一郎君を頼るさ…あ、でも光がいたら、気まずいな…」

 

 あれから、夜鷹さんは度々公園に出没するようになった。

 示し合わせたわけではないが、よく見かけるので、こうやって会話する程度の関係にはなった。

 無職の癖にジュースやたい焼きを奢ってくれたりする。

 たまに財布を忘れて、私が奢ったりもする。

 服装は相変わらずの黒一色。最近、近所の子供たちに『黒づくめの組織』と呼ばれ出している。

 名探偵が来る前に身を隠した方がいい気がする。

 

「僕はジンではない、ジュンだ」

「……そうですね」

「ジュンの兄貴だ」

「しつこいです」

 

 ジュンの兄貴とする、とりとめのない会話は私の癒しになっていた。

 この人と話していると、胸のモヤモヤを気にしなくてすむ。

 

「で、光ちゃんのコーチ、どうして辞めたんですか?」

 

 まだ理由を聞かせてもらってない。

 ケンカでもしたのだろうか?

 

「同じだと思った。でも、違ったんだ…光にもう僕は必要ない」

「何が何だかわかりませんね」

「光は既に別の道を見つけた。その邪魔はしたくない」

「えっと、つまり、夜鷹さんは光ちゃんにフラれた、と?」

「そう、なのか?……そうか……そうだったのか…わぁ…きっつ…」

 

 お、落ち込まないで!

 黒一色の男がガチへこみすると負のオーラがすごいよ。

 光ちゃんから引導を渡した?そんなことある?

 二人の関係はよく知らないけど、夜鷹さんは言葉が足らないクソボケなので、大きな行き違いがあったりしてそうだ。

 光ちゃん視点では、夜鷹さんがいきなり別れを告げて、光ちゃんが『あの野郎ふざけんな!』と怒っていたり……十分ありえる!

 

「先生と呼ばれたのは、アレが最初で最後だったな…」

「あの、今からでもちゃんと話をしたら」

「それはできない。僕たちはもう(たもと)を分かったんだ。今、光にあったら、きっと僕はショック死するだろ」

「よっわぁ!メンタルクソ雑魚じゃないですか」

「キミは知らないんだね。光が僕に向ける豚を見る様な、あの目を……ふ、ふふふ///」

「思い出して興奮するな」

 

 本当にどういう関係だったのやら?

 話によると、夜鷹さんは光ちゃんのためを思って別れたらしい。

 それがうまく伝わっているかは、微妙だけどね。

 一方的にもらってばかりの私とは違う。

 真に相手を思うなら、時には突き放すことも必要なのか。

 

「光ちゃん、新しいコーチを探すのかな?」

「慎一郎君がなんかするだろう。僕がいなくなった程度で、あの子は止まらない」

「光ちゃんに教えられるコーチなんて、それこそメダリストぐらいじゃ…」

「新たなコーチを求めて、名港ウインドを去ってしまうかもね」

 

 他人事みたいにいっているけど、その原因を作ったのはあなたでしょうに。

 

「光が別の男をコーチに…ふふ…これがNTR」

「まだ新コーチが男だと決まってないでしょ。未練タラタラなの見苦しいです」

「誤解しないでもらいたい、僕は光に対して恋愛感情は持っていない。慎一郎君と同じ、父親目線で彼女の身を案じているんだ。もし『パパ』と呼ばれたら、僕は昇天する」

 

 ショック死したり昇天したり、忙しい奴だな。

 どうせ、そういう気持ちを光ちゃん本人には伝えていないんだろう。

 

「ちゃんと言葉にするべきでしたね」

「そんなことをしたら心停止するだろ?僕はキミが思う以上に繊細なんだ」

「めんどくさい人だなあ」

「よく言われる///」

「褒めてないです」

 

 夜鷹純すぐ死ぬ。

 危なっかしいというか、なんだか放っておけない人だ。

 司先生といい夜鷹さんといい、スケートやっている男性は頭のネジが基本外れているの?

 理凰君とかはしっかりしてそうだけど…

 

「キミはどうするか、決めたかい?」

「まだです。夜鷹さんが仕事を決めるまでには、何とかしたいです」

「じゃあ、永遠に決まらないかもね」

「おい、働けよ」

「その蔑んだ目、光のとはまた違った(おもむき)…すごくイイ…///」

「ゾクゾクするのやめてください。通報しますよ?」

 

 ドMの相手するの、すごく疲れる。

 

「私、光ちゃんみたいになりたい。どうすれば、あんな風になれるんだろう?」

 

 私は何となく、いつも考えている事を口に出した。

 返答は求めていなかったが、夜鷹さんは反応を示す。

 

「キミは光にはなれないよ」

「私じゃ、何をやっても勝てないって…こと、ですか?」

「そういう意味じゃなかったが…まあ、そうなるな」

 

 お前では無理だ。

 ずっと自問自答していたことを言われて、頭の奥がカッとなった。

 何もかも無意識の行動だった。

 気付けば、私は夜鷹純に縋っていた。

 司先生ではなく、ライバルのコーチをしていた、この男に…

 

「教えて下さい。私が勝つための方法を」

 

「どうしても勝ちたい、強くなりたい、絶対に負けたくない」

 

「元、金メダリストにして、光ちゃんのコーチだったあなたなら、私を強くできますか?」

 

 なりふり構わない姿勢でまくし立てる。

 それほどまでに、私は勝利に飢えていた。

 

「自分が何を言っているのか、理解しているか?」

「………」

「仮に一番になったとして、キミに幸せは訪れない、氷の上でしか生きられない空っぽの獣になって、それが何になる?」

 

 空っぽの獣になった男が諭すように言う。

 やめておけ、今なら引き返せる、自分のようになってはいけないと、私を心配している。

 余計なお世話だ。

 

「それでも!私は勝ちたい、一番になりたい、ならなくちゃいけない!」

 

「氷の上は私の舞台、私の居場所だ。ここで最強になれないなら生きている意味がない!」

 

「強くなれるなら、幸せなんていらない、私は……空っぽの獣になりたい!!」

 

 これが私の本性。

 どんな犠牲を払っても一番になりたいという狂気。

 こんな事を言う私を、司先生はきっと止めるだろう。

 あの人は優しいから、優しすぎるから、私が犠牲を払うことを良しとしない。

 

 今、全部理解した。

 私が払うべき犠牲がわかった気がする。

 最低最悪の思い付き、でもそれが正しい、それしかないと思えてしまう。

 醜い醜い醜い!勝ちたいというエゴを貫く私は、なんとおぞましく醜悪なのだろうか。

 心だけは、とっくの昔に獣だったみたい。

 

「そうか…ここに、いたのか…」

 

 私のエゴを聞き終えた夜鷹さんは、震える声で呟いた。

 彼の冷たい目は大きく見開かれ、私の顔をまじまじ凝視する。

 ちょ、近い近い近い!無駄にイケメンな無職が至近距離でガン見してくるの怖い!

 勢いで生意気言ってすみません!

 何か気に障ったなら謝ります。たい焼き奢るから許して!

 

「キミの覚悟はわかった。だが、ゆっくり考える時間も必要だろう」

「えっと、それはどういう」

「三日後だ、覚悟が完了したのなら、またここで会おう」

「あ、ちょっと!」

 

 ひとりで何かを納得した夜鷹さんは、私を放置して立ち去ってしまった。

 浮かれているような気がしたけど、アレは何だったのか?

 

「三日後か…」

 

 この事を司先生に相談するべきだろうか?

 いや、ダメだ。話してしまったら私の決意は揺らいでしまう。

 

 私の醜い本音、司先生にも聞かせたことなかったのにな…

 

 ●

 

「東京に行く」

「えぇぇ」

 

 三日後、例の公園で私は夜鷹さんの計画を知った。

 

「スターフォックスFSC、そこでコーチをすることにした」

「おめでとうございます。お仕事決まったんですね。で、誰を教えるんですか?」

「キミだ」

「は?」

「キミだよ、結束いのり。僕はキミのコーチになる」

「なんですと!?」

「だから、東京に行くよ、準備して」

「待ってください!話が急展開すぎて理解が追いつきません」

「キミが望んだ事だろう?今更、冗談だったでは、すまないよ」

 

 確かに、私は夜鷹さんを頼った。

 でも、私のコーチになって東京へ行くだなんて…

 そんなの…

 

「自分を偽るな、わかっているはずだ、キミは今のままでは満たされない」

「……う」

「一番になるのだろう?光も他の子も全部蹴散らして、金メダリストになる、それがキミの望みだ」

「それは、でも…」

「今ここで決めて、僕と一緒に東京へ行くか、ここに残ってずっと(くすぶ)るかを」

「………」

「冷たい風に触れる時が来たんだよ、いのり」

 

 大いなる分岐点。

 ここでの選択が私の人生を変えてしまうだろう。

 

 ためらう素振りはやめろよ。

 後ろめたい自分を隠したいだけだろ?そんなに自分が可愛いか?

 そういうズルいところ、夜鷹純にはとっくに見抜かれているぞ。

 

 私の覚悟はとっくに決まっていた。

 司先生を蚊帳の外にして、決めてしまっていた。

 

 最悪だ…私って…本当に最低だ…

 

 司先生…私は…あなたを‥‥

 

 私は夜鷹純と共に行くことを決めた。

 

 ●

 

 その日のうちに、私は司先生に別れを告げた。

 

 当然の如く司先生は動揺を示した。

 だけど私は、彼の懇願も嘆きも全部無視して、一方的に切り捨てた。

 私の決意が固いと知って最後には送り出してくれたけど、納得はしていない顔だった。

 あの後、彼はどうなったのだろう?

 やめよう……私には司先生を心配する権利すらない。

 胸の奥に感じる痛みは、きっと気のせいだ。

 醜い空っぽの獣には、痛み感じる心などないのだから…

 

 司先生を裏切って、夜鷹()()に乗り換えた最低最悪のエゴイスト。

 勝つためには恩人すら切り捨てる心無き獣。

 

 それが私、結束いのりの本性だった。

 

 ・・・・・・・・・・

 

 今でも考える、あの日、あの時、あの場所で、

 司先生に出会ったのが、私でなければよかったと…

 彼は私なんかよりも、もっとずっと、いい生徒に恵まれるべき人だった。

 何があっても絶対に裏切らない、そんな相手こそが彼のそばにいるべきだ。

 こんなことを言えた義理ではないけど、願わくば、

 

 司先生の希望になれる、素敵な生徒が見つかりますように…

 

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