『狼嵜家は日本の政治経済に多大な影響力を持つ一族の末裔です。その歴史は古く、狼嵜の一族は代々時の権力者たちと協同しながら国家の安寧を保つ活動を続けていました。現在の狼嵜家は様々な企業や団体を傘下に収めた事で国を代表する大規模組織"カミサキ"へと成長を遂げ、今後更なる躍進が期待され・・・』
「スケールがでかすぎてビビるわぁ」
《よくわかるカミサキ》というタイトルの本を読みながら俺は独り言を呟いた。
カミサキが出資している大手企業の一覧や、カミサキが歩んで来た栄光の軌跡にざっと目を通しながら、更に読み進めていく。
『カミサキには多種多様な人材がおりますが、その中でも組織の中核を担う者たちをご存知でしょうか?黒い衣服をまとう彼らの名は"
『厳しい訓練と過酷な試験を乗り越えた者だけが狼亜を名乗る事が許されますが、その門扉は幅広く開かれています。我こそはと思う腕自慢の方は、お近くのカミサキまで気軽にお問い合わせください』
『人手不足の昨今、狼亜は随時募集中。年齢性別学歴不問、ある程度の戦闘能力と鋼の根性があればどなたでも歓迎!なお職務内容は配属先によって著しく異なりますので、
ツッコミどころ満載の文章に眩暈がする。
なるほどなあ。
先日、襲撃して来た黒服たちは中々に
「何読んでるの?官能小説?」
「ちげーよ。お前の実家が発行しているパンフレットだ」
「うわっ、つまんなそう」
視線は本に向けたまま、手探りで光の頭に軽くチョップを入れる。
隣席で不服そうな顔をした光は、カップに入った緑色の液体を一口飲んで一息つく。
その抹茶ラテ俺のなんだが?勝手に飲むなよ。
奪い返したカップに気にせず口をつけると、光は満足気に微笑んだ。
日常的に行われる間接キスの仕込み。指摘するのが面倒なので最近は放置気味だ。
「この本、ばぁやさんにもらったんだ。せっかくだし、一読ぐらいはしてみようと思ってな」
「前に黒狼街に行った時か、ばぁやってばいつの間に…」
先日の襲撃事件でカミサキに属する人たちと邂逅してしまった。
光のコーチを引き受けた時点でカミサキとは遅かれ早かれ対峙する運命だったわけだが、もう少し穏便にならなかったのかと思う。
もう隠す必要もないと判断したのか、あれからカミサキの関係者がやたらと俺に接触するようになってしまい、何かと大変だった。
俺名義の口座に迷惑料という名の大金が振り込まれたり、黒狼街へ招待されたり、狼亜の入隊試験にエントリーされていたりと・・・
いろいろあったけど、光と一緒にのらりくらりと乗り越えて来た。
まったく過度なバトル展開はご遠慮願いたいものだ。俺はあくまでもフィギアスケートのコーチなんだぞ。
「そんなの読まなくたって、私に直接聞けばいいのに」
狼嵜の姓を持つ光に頼らず、本から情報を得ようとしたのが気に入らないらしい。
確かに、本に載っていない情報も光なら答えてくれそうだ。
「じゃあ聞かせてもらおう。
「7人のカミサキ最高幹部たち。ばぁやと、実は私もその一員だったりしちゃうのです」
エッヘンと少々照れながら答える光。
カミサキの最高幹部だと?思った以上にヤバい身分の奴だったのね。
「今からでも光様とお呼びした方がいい?」
「やめてよ。私はかしづかれるより、乱暴に扱われてハァハァしたいお年頃なの。もちろん司さん限定で」
「性癖の開示!!本気だね」
「オレ様な司さん見たいな~」チラッ
「ハァハァされても困るからまた今度な」
話を戻すぞ。
七星狼ということは、本気を出せば光もばぁやさん並みに強いって事か?
「私は戦闘系じゃないからカミサキの中では弱い方だよ。頑張っても中級の狼亜クラス止まり、わかりやすく言うとクリリン並みの強さかな?」
「お前クリリンなめんなよ?地球人最強候補だぞ」
「悲しいけどクリリンじゃ、ばぁやみたいなスーパーサイヤ人には逆立ちしたって勝てないの」
七星狼は個の武力だけでなれる役職ではない。
カミサキへの貢献度と人気投票、そして御前の気まぐれで決まるそうだ。
ある日、何の前触れもなく七星狼に任命され今に至る光自身も、自分には過ぎた役職だと常々思っているらしい。
「マスコット的立ち位置なんだよね。『狼嵜』の姓を頂戴したのも、私を使って組織のイメージアップを図るつもりなんだと思う」
だとしたらその戦略は効果的だな。
光の見た目は抜群だし何より華がある。
フィギュアで活躍すればするほど、カミサキに好印象を持つ良い宣伝になっているだろう。
そのうち光のぬいぐるみやアクスタが販売されそう。予約注文いいっスか?
「グッズより本物を愛でてよね」
「はいはい。七星狼、残りの5人は?」
「さあ?意外と近くにいるんじゃないw」
「お、おい、やめろよ。これ以上、常識外れの奴らに増えてほしくない」
「あははw"赤ずきん"がそれを言っちゃうんだww」
冗談なのか本気なのかわからない返答に背筋がゾッとした。
光は残りのメンバーについて語る気はないようだ。
薮蛇になっても困るので俺も深く追及はしない。
「あとこれだけ教えてくれ。御前というのは一体何者だ?」
「カミサキで一番偉い人。素性を知る者は近衛衆とごく一部の者だけ、私は5歳の時に一度だけ拝謁する機会があったけど
「信用できるのか?随分とおっかない人らしいけど」
「身内を粛清して今の地位についたとか、何かと怖い噂はあるけど、どれも定かではないね。ただ、私に目をかけてくれているのは間違いない。マスコットを続けてもいいと思ったのは、あの方の恩に報いるためもあるかな」
謎多き人物ではあるが、光の味方という点は信用できそうだな。
「司さんのことも便宜を図ってくれると思うよ。いつか御前に会えるといいね…私たちの結婚報告で!」
「あ、今日の運勢1位だってよ。やった~」
「雑なスルーを決め込む司さんも好き」
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。
むやみやたらに探りを入れて、非日常の世界へと連れ出されては堪らない。
ここいらでカミサキの情報収集は切り上げておこう。
●
夏の某日、遂に強化合宿の行われる日となった。
厄介事に振り回されながらもこれまで絆を育んで来た、俺と光のやる気も十分で合宿へ向かったのだが・・・
「どうしてこうなった?幸先悪いなあ」
「まあまあ、何事も楽しむ心のゆとりを持とうよ。これもデートだと思えばいいし」
出鼻を挫かれてへこむ俺を光が励ましてくれた。
俺と光は現在とあるサービスエリアで立ち往生している。
何故こんな状況になってしまったのかというと、ここまで乗って来た車が故障して動かなくなったからだ。
ボンネットから煙を噴いた時はさすがに焦ったわ。
やれやれ、格安のレンタカーなんぞ利用するんじゃなかった。
普段使わせてもらっている加護家の車が丁度車検の時期だったのが悔やまれるな。
「瞳先生はなんて?」
「他の人たちには説明しておくから焦らずゆっくり来いってさ。はぁ…こんな事なら、瞳さんの車に便乗させてもらえばよかったな」
「お父さんや理凰、名港のみんなと一緒に行くのもアリだったね」
まさに後悔先に立たず。
事故を起こさなかっただけマシと思うほかない。
故障したのがサービスエリアについた直後で本当によかった。
これが運転中だったら、光と一緒に走る車からの飛び降りカースタントをしていたかもしれない。
ロードサービスに救援要請を行おうとしたところで、光が待ったをかけた。
「司さん。こういう時こそ私を頼ってよ」
「何か良案があるのか?」
「カミサキの力を使う。たまにはワガママを聞いてもらおうかな♪」
言うが早いか、光はすぐに電話をかけ始めた。
「もしもし、私だよ~…私だってば!?え、声帯認証?めんどくさいなぁ…ああ待って待って、やるから!やればいいんでしょ!オホン…【七星狼・
通話を終えた光は親指を立てて微笑んだ。
持つべきものはコネと権力だなあ。
それから約1時間後、カミサキに関する本を読んだり光と駄弁ったりしていると、
二台の車がサービスエリアへとやって来た。
一台は故障車を運ぶためのキャリアカー、もう一台は荷台に何か積んだトラックだ。
両車体には狼を模したカミサキのエンブレム、光が呼んだのはあれで間違いない。
出迎えると降りて来た運転手たちが揃ってこちらに一礼する。
「光様、お待たせしました」
「ありがと。迅速な対応に感謝するよ」
「勿体ないお言葉です」
キャリアカーの運転手は50代ぐらいの男性で、もう一人は歳若い女性だった。
立ち振る舞いからしてこの人たちも狼亜なのだろう。
「故障車はこちらで回収しておきます。例の物は…」
「光様~こっちっスよ。注文の品お届けするっス~」
「コラァ!敬語を使わんかぁ!教育が行き届いておらず、申し訳ありません」
「いいよ、気にしないで。堅苦しいのは苦手だから楽にしてね」
「親父は堅いんスよ。光様だってフレンドリーな方が嬉しいはずっス」
どうやらこの狼亜たちは親子らしい。
父親は職人気質で娘の方は軽いお調子者といった雰囲気だ。
「
「フィアンセって何!?」
「違ったっスか?カミサキでは御前も認めた公認カップルとして有名っスけど」
「彼は照れてるだけだから、放っておいてね」
外堀を埋めるの本当に早いな。
絶体に逃がさないという、光の強固な執念を感じる。
マジで恐ろしいぞっ!
父親が故障車を回収している間、俺たちは娘の狼亜に手招きされてトラックの方へ。
ボタン一つで労もなく荷台のブツが地面へと降り立つ光景に感心してしまった。
さすがカミサキ、このトラック一つとっても最新技術が盛沢山のようだ。
「よいしょっと、これがお二人の乗る車両っス」
「こ、こいつはすげぇ」
「お~いい感じだね」
カバーの外されたそれを見て感嘆の声を上げる。
代わりの足がまさか、二輪車だとは思わなかった。
既存のどのバイクとも違う形状をしている。どこ製だコレ?
「『七星狼・
「ねぇ、超攻撃型て言わなかった?まさかの戦闘用?」
「武装が豊富そうで安心だね」
「何と戦う気だ!ZZか!?」
カミサキ製だったよ・・・乗っても大丈夫なのか激しく不安。
・・・・・・・・・・・・・
「なんでバイクなんだよ?」
「司さんとツーリングするのが夢だったの。絶好の機会だと思ってね」
故障車を回収し終えた親子は簡単な説明をした後、バイクと専用の装備類を置いて引き上げて行った。
改めてドーベンウルフというバイクを見る。
車体は緑ではなく黒を基調としており、所々に輝く銀のメタルパーツが組み込まれている。
近未来を思わせるフォルムと狼のエンブレムもバッチリ決まっていて大変カッコいい。
開発には相当な金がかかった事だろう。
ラゲージボックスには余裕があるが、俺たちの荷物は全て積めなかったので、合宿場所まで届けてもらう事にした。
だったら最初から車で送ってくれよと思ったが、ツーリングしたい子がいるので仕方がない。
特殊繊維で作られたライダースーツとグローブにブーツ。
犬じゃなくて狼の耳っぽいセンサーがついたフルフェイスのヘルメットを装着する。
軽量かつ体の動きを阻害しないのでとても快適だ。
光の羽織ったジャケットも防風に衝撃耐性ありと防御力が高く、それでいてデザイン性も損なわれていない。
これも全部カミサキ製だというのだから凄い。
「出発するぞ。準備はいいか?」
「うん。超スピードでぶっ飛ばしちゃってよ」
「アホか!安全運転で行くに決まってんだろ。大事な荷物(生もの)を目的地まで届けるのが俺の任務だ」
「鮮度が落ちる前に届けてよね」
「了解」
明らかに普通ではないバイクと、それにまたがる俺たちは周りの注目を集めてしまっていた。
恥ずかしいので早く出発しよう。
「全速前進だ!」
「安全運転だって言ってるだろ。振り落とされるなよ」
後ろに可愛い生ものを乗せ、俺はアクセルを回した。
●
バイクを運転するのは久しぶりだったが、ツーリングは順調そのものだった。
俺の体格に合わせて設計されたらしい機体は初乗りなのに物凄く馴染む。
座席のシートも快適で長時間の運転でも疲れ知らずだ。
特に後部座席のシートはこれでもかってぐらいフカフカだった。
「フカフカ過ぎで逆に落ち着かないよコレw」
「尻にダメージが残るよりいいだろ」
このドーベンウルフというバイク。
俺と光がタンデムすることを前提に作られたマシンなのだ。
発注したのが光で、作ったのは七星狼の肆の牙だったか?
「おか…ゲフンッ!肆の牙には感謝だね。あとでお礼を言っておくよ」
光が何か言いかけたけど、気にしたら負け。
バイクだけじゃなくヘルメットも凄い。アイアンマンのスーツ並みに凄い。
内蔵されたマイクでスムーズに会話できるし、スマホとの連携や各種ナビゲーションもバッチリだ。
本当に至れり尽くせりで恐縮してしまう。
運転にも慣れ、ツーリングを楽しむ余裕も出て来た。
この調子で行けば遅刻することなく合宿に参加できそうだ。
カミサキ様々だな。
「なあ、今気付いたんだけど『絶対に押すな』とかいう妙なスイッチがあるぞ。押していいか?」
「押すなって書いてあるんだからダメでしょ!ちょっとまって、マニュアルを調べてみる……これかな?」
光の操作に連動して、俺のヘルメットにも反応がある。
視界の邪魔にならないよう四隅にバイクのマニュアルが小さく表示された。
電子音声が謎スイッチの用途について読み上げてくれる。
『これは緊急時における脱出装置起動スイッチです。押してすぐ後部座席の搭乗者が座席ごと上空に打ち上げられます。その2秒後、機密保持のためバイクは自爆を行います。運転席側の脱出装置及びパラシュートは設置する時間がなかったので未完成です。だから絶対に押さないでね☆』
「「あっぶなぁ!?!?」」
興味本位で押しかけたんだけど!
間一髪で俺たちの無残な最期は避けられた。
てか、このバイク自爆するの?
爆弾が搭載された機体で快適ツーリングしていた自分が怖いわ。
これ作った奴、頭おかしい・・・え、もしかして七星狼って全員・・・
恐ろしい考えが浮かんだけど、さすがにそれは無いと信じたい。
怪しいボタンには触らないようにしようと、俺たちは固く誓い合った。
「ん、銀行を襲う」
「砂狼はアビドスに帰んな!」
「昔の私、こういう喋り方だったんだよ」
「なにそれカワイイじゃん///」
「ん、司さんを襲う」
「ちょ、運転中はやめなさい。自爆スイッチ押すぞコラ!」
早くも誓いを破りそうになった。
狼の姓を持つものは好きな相手を襲う習性でもあるのか?
とにかく、危ないから運転中はやめろ。
「そういえば、バイクに乗りながらデュエルするヤツあったよね」
「遊戯王5D'sだな。もはや懐かしい」
「私が鴗鳥家で暮らし始めた頃、理凰たちがドハマりしていて、自転車に乗る度『ライディング・デュエル! アクセラレーション!』とか、言ってたの思い出した」
「あるある、真似したい気持ちはよくわかるなあ」
「『アクセルシンクロォォォ!!』って、叫びながら田んぼに落っこちた時は腹抱えて笑ったw」
「理凰君カワイイwww」
「違う違う、田んぼにダイブしたのはお父さんだよwww」
「慎一郎さん!?何やってんスかwww」
慎一郎さんのハッチャケぷりがヤバい。
あの人、子供の前ではただの面白パパさんだな。
光との会話を楽しみながら運転していると、あっという間に時間は過ぎ去った。
いよいよ目的地である合宿場所、大阪・関空アイスアリーナが近づいて来た。
できる事なら、このまま大阪観光だけして帰りたい・・・
「逃げちゃだめだよ、司さん」
「わかってるよ。だけど、ああ、やっぱりちょっとビビっちまうな」
「性のはけ口に、私じゃなくてヒグマを選んだド畜生だと思われてもいいの?」
「お前を選んでもド畜生だと思われるわ!」
「いつも言ってるけど、合意の上だから問題無い無い。私たちが両想いだってこと見せつけてやろうね☆」
「俺もいつも言っているが、人前では大人しくしててくれ。合宿中だけでも頼む!」
「いくら司さんと言えども、この私を止めることはできぬぅ!!」
「あ…悪魔たん…」
光の残酷な発言に、またもや自爆スイッチ押しかけました。