現パートナーの光と元パートナーのいのりさんがケンカをしている。
二人ともフィギアスケート界の未来を担う注目株だ。
良き友人、良きライバルとして、今までもこれからも切磋琢磨する関係を築いていけると信じていたのだが・・・
「あ?」
「お?」
向かった先で俺が見たのは、恐ろしい顔でメンチを切り合う少女たちの姿だった。
コレは酷い、二人ともゲッター線を浴び過ぎた人みたいな顔してるわ。ドワォ!!
親が見たら泣くよ?俺も泣きそうだよ。
止めなくては、こんな戦い誰も望んでいない。
何よりも、俺自身が反目する二人を見たくない。
「モウヤメルンダッ!」
「……ぁ」
「……っ」
意を決して、二人の間に割って入る。
俺を認めた二人の瞳が揺らぎ、理性の輝きが戻った。
よし、そのまま大人しくなってくれよ。
今の二人は大変危険な状態だ。慎重に事を運ばないと・・・
「何をやっているんだ?可愛い顔が揃って台無しだぞ」
「「………」」
「話は後でちゃんと聞くから、今は抑えてくれないか?」
「「………」」
「いつもの優しい二人に戻ってくれ。頼むよ」
「…‥司さん…」
「…司…先生」
よかった。俺の言葉は二人に届いている。
なんとかこの場は収まった・・・
「「邪魔だから引っ込んでてッッ!!」」
「アッハイ」
ハイッ!ダメでした!!
二人に怒鳴りつけられて、ショボーンだよ。
そういうところだけ息ピッタリなの、何なの?
俺の言葉全然届いてなかったよ。
参ったね、不毛な戦いを続ける二人を止める手段はないのか?
俺は首だけをギギギと動かして理凰君たちを見る。
『すまんな、コレ無理だわ』
『『『いるかパイセンの二の舞じゃないですかヤダー!』』』
『こ゛わ゛い゛ぃぃぃ~~』
『あんな奴ら野放しにしたら、合宿は破壊し尽くされてしまう!!』
『何とかしてくださいよぉ、二人の先生でしょぉぉ~』
アイコンタクトと口パクで会話してみた。
理凰君たちの縋るような視線が俺に突き刺さる。
何とかしろって言うけどさぁ、光もいのりさんも聞く耳持ってくれないんだよ。
仕方ないな、こうなったら・・・
力づくで行くか!!
以前までの司なら、二人の教え子に怒鳴られた時点で心は折れ引き下がっただろう。
しかし、今の司は違う。
いのりに別れを告げられ、壊れてしまった司はヒカルセラピーによって回復すると共に、その精神性をキテレツな方向へ進化させていた。
今の司は、ちょっとした思いつきでエキセントリックな行動を取ってしまう。
瞳曰く『奇行に躊躇がない変人』と化していたのだ。
ケンカをやめない教え子たちに、司の容赦ない実力行使が襲い掛かる。
「え、司さん、何を?…」
「司先生?…あの…」
司はおもむろに光といのりの後頭部を掴んでゆっくりと力をこめる。
元々、至近距離でにらみ合っていた二人の顔は徐々に近づいていくことになった。
すると、どうなるか?
ヤバいと思った時には全て手遅れだった。
ズキュウウウン!!!!
「「~~~~ッッ!?!?!?////」」
抵抗する間もなく、光といのりは互いの唇重ねてしまった。
いや、無理やり重ねさせられたというのが正しいか。
「はーい、キマシタワー!完成~」
自分たちの状況に気付いた光といのりはジタバタと暴れるが、司の腕力で固定された頭を動かすことが出来なかった。
よって、キスした状態も解除できない!
どうしてこうなった!?!?
・・・・・・・・・・・・・
理凰たちもその光景をバッチリ目撃していた。
司の意味不明な行動に唖然としつつ、二人の少女による衝撃的シーンに目が釘付けとなっている。
静まること数秒、誰かがゴクリッと息を呑む音が聞こえた。
そして案の定爆発する。
「「「「ほぉわぁぁぁーー!?!?!?」」」」
「「「「光ちゃんといのりちゃんが!チューしてるぅーーッ!!」」」」
やった!
やりやがった!
誰がそこまでしろと言った?
バカか?バカなのか?バカなんですね?
アレが狼嵜光のコーチ、明浦路司・・・イカれてやがる。
「さ、さすが司先生。俺たちに出来ない事を平然とやってのけるッ!」
「「「そこにシビれる!あこがれるゥ!」」」
「待て待て、憧れたらダメだなヤツだぞアレは…」
「はわ、はわわわわっ!光ちゃんといのりちゃんが////」
「うっ!なんだこの気持ち、何かに目覚めそう////」
先程まで絶望していた子供たちが嬉々として騒ぎ出す。
暗く淀んでいた部屋の空気は、モヤモヤした珍妙なものに変わっていた。
幼児退行から復帰していた、いるかはそんな面々に悪態をつく。
「ケッ!くっだらねえ!ガキどもがちょっとキスしたぐらいで騒いでんじゃねーよ」
「…いるか?鼻血を止めて下さいまし。血だまりが出来てますわ」
「おわぁー!なんじゃこりゃー!」
「キャー!いつの間にか床が血だらけよー!」
「姐御の出血量おかしいだろ!壊れた蛇口かww」
「変な言い掛かりはよせ、私がキマシタワーに興奮して鼻血を出すわけないだろ?そもそもコレは鼻血じゃなくてケチャプだ!」
「語るに落ちてんだよ、鼻血ブースケ」
「誰がブースケだ!」
「「「お前しかいねぇだろ!!!」」」
「ダリア~。みんながいじめるよォォ~」
「はいはい、鼻にティッシュ詰めましょうね」
岡崎いるか、血液と一緒に威厳とプライドも失う女。
●
ゆっくり二十秒ほどカウントしてから、司は二人を解放する。
「「~~~………プッハァ!!」」
自由になった光といのりは、すごい勢いで跳び退った。
二人は頭から湯気が出そうなほど真っ赤になり、小刻みに震えながら目を白黒させている。
今しがた自分たちの身に起こった出来事に、脳の処理が追いついていないのだ。
「いいものを見せてもらった!二人ともグッジョブだ!」
いい笑顔で親指を立てる、司。
その満足気な表情は、彼を慕う二人ですら『イラッ!』とするものだった。
「「何をしてくれてんのォォォッ!!」」
「んほぉおおおっ!!」
怒りに震えた教え子たちが司の尻を同時に蹴り上げる!
日々の練習で鍛えられた二人の脚力は、司に汚い悲鳴を上げさせた。
「バカ!司さんのバカ!自分が何をやったのか解ってるの?」
「ケンカの仲裁だ。大成功だったろ?」
「他にやりようがあったでしょ!なんでキスさせる必要があったの!」
「俺が見たかったからだ!!」
「このバカァァァ!司さんはやっぱり大バカだよ!それでも好き!」
「お前はブレないなぁw」
無理やりキスさせられた事に光は憤慨していたが、司は悪びれた様子がない。
『こりゃダメだ』と思った光は、同じく被害者であるいのりに加勢を求める。
「いのりちゃんからも何か言ってやってよ!」
「あ…うん///」
「どうしたの?どこか痛い?まさか、私の歯がぶつかっちゃった?」
「いや、私……だった…から///」
「んん?」
「初めてだったから、誰かとキスしたの////」
「あー、そうなんだ。あは、あははは……なんか、ごめんね」
「だ、大丈夫だよ。そんなに嫌とかじゃなかったから…」
「そ、そうなんだ」
「「~~~~////」」
いのりのファーストを奪ってしまった事に焦った光は素直に謝罪する。
そして、いのりのしおらしい様子を見て自身も照れてしまう。
何だコレ?何だコレ?何が起こった?
散々罵り合ったばかりだと言うのに、本当に何だコレ?
急激な心境の変化と、むずがゆい感覚に困惑しながら、二人は赤面したまま黙ってしまう。
私たちは一体何をしているんだろう?
なんかもう、怒っていたのがバカバカしくなって来た。
「ほう。やはり二人はそっちの気が…続けて、どうぞ?」
この男!!!
腕組みをしながらこちらを観察する司がものすごく腹立たしい。
事の発端も何もかも全ての元凶はあなただと言うのに、この態度である。
光といのりは頷き合って休戦の意思を示す。
「司さん…」
「司先生…」
「なんだ?俺を間に挟んでくれる気になったか?」
「「反省して(してください)!!」」
「あ゛あ゛あ゛ぁぁんんんんッ!」
またしても蹴られてしまう俺。オホッ!いいのが入ったわ!
倒れた俺に追加攻撃の踏みつけを行う、光といのりさん。
新旧二人の教え子に足蹴にされる喜び。癖になりそうだ。
いいぞぉ!もっと痛みをくれ!ご褒美あざ~す。
俺は今、新たなる境地に到達しようとしている。
「お前たちの力はその程度か?もっと蔑んだ表情で踏みつけるんだよォ!」
「これはひどい!?どうしてこんなになるまで放っておいたの!?」
「私のせいじゃない!最初からこんな感じだったよw」
「嘘ッ!絶対光ちゃんが何かしたんだ!」
「最初に司さんをぶっ壊したのはいのりちゃんでしょ!」
「そんなの知るかー!今は光ちゃんのコーチなんだから何とかしてよ!」
「あー開き直って責任逃れしたぁ!いのりちゃん汚い!ゲスエビフライ!」
「うるさーい!メンヘラオオカミ!」
「ケンカはよさないか!怒りは全て俺にぶつけろ、さあ、踏んでくれたまえよ!」
「もうヤダぁ、私の知ってる司先生を返して…」
「ドMな司さんも好き!!」
いよいよもって収拾がつかなくなった。
もうどうにでもなーれ!
ふーっふっふwふわぁあーはぁーはぁーはーっwうあぁーはぁーはぁーはぁーはぁーはっwふぁっはっはっはっはぁーっwwひぁっはっはっはっww
「一体何の騒ぎ?」
ハッ!?
こ、この声は?まさか・・・
「これはどういう事か、説明してくれるわよね?……司君?」
あ、ああ・・・あ・・・鬼、じゃなかった、瞳さんだ。
瞳さんがゾッとする笑みを浮かべたまま、俺たちを見ている。
シュワット!
いつの間にか瞳さんを含む他のコーチ陣が食堂にやって来ていたのか。
ケンカの仲裁に明け暮れて、周囲の確認を怠った結果がこれだ。
瞳さんの登場に光といのりもフリーズしてしまっている。
くっ!なんとかして二人だけは守らねば!
「違うんですよ。これには事情があってですね…」
「血まみれの床、キマシタワーと騒ぐ子供たち、罵り合う二人に、踏まれて喜ぶ変態……このカオスを作り出した犯人は司君ね?」
「いや~全部俺の仕業というのは極論が過ぎると言いますか」
「じゃあ、そこの二人が真犯人なのかしらね?」
「二人は悪くねぇ俺のせいだ!俺が全部やったんだ!やるなら俺だけにしろ!」
「身を
「フッ、俺はコーチですからね。教え子を守る義務がある」
「覚悟は既にできているか…わかったわ、歯ぁ食いしばりなさい!」
「司さん!」
「司先生!」
「光、いのりさん……仲良くし…ひでぶっ!!」
瞳さんの鉄拳制裁、俺でなきゃ、くたばっちまうね!
●
鉄拳制裁を食らった後もバタバタした。
いのりさんに謝り倒したり、貧血の岡崎選手を医務室に運んだり、血だまりを片付けたりと大変だった。
光といのりさんが衝突した件のお咎めはなかったが、代わりに俺はガッツリ怒られたよ。
午後からのレッスンは座学だったのだが、講師の到着が遅れており、休憩時間が延長される運びとなった。
天気が良いので外に出て海沿いの遊歩道を散歩することに、当然の光も一緒だ。
途中で見つけた休憩スペースの縁台に腰掛けると、ほんのりと潮の香がする風が吹いた。
「まったくもう。まったくもうだよ、まったくもう!」
隣に座った光は未だにプンスコしている。
いのりさんとチューした事が納得できないらしい。
「機嫌直してくれよ。いのりさんも『気にしない』って言ってくれただろ?」
「私は気にするの!粘膜接触はあなたとだけって決めていたのに!司さんの鬼畜!」
「ごめんってば、アレは確かにやりすぎだったと反省したから許してくれ、な?」
私は怒ってますという態度を崩さない光。
うーむ、どうしたら機嫌をなおしてくれるのやら。
「まだ事の重大さがわかってないね。自分に置き換えて考えてみてよ」
「例えば?」
「んーっとね……ヨダカと無理やりキスさせられたらどう思う?」
「え?俺が…夜鷹純と////」ポッ
「なんで満更でもないの!そこはもっと嫌がって『オエッ!』ってするところでしょ!」
「そうは言っても『よだつか』は一部の層に大人気なんだぞ」
「ひ・か・つ・か!!ここは『ひかつか』時空の世界なの!『よだつか』なんかさせるかぁ!」
「な、なんだってぇーー!!」
「今更すぎるリアクション!?もういい、わからせてあげる!」
「おい待て、何する気……んぶっ…~~~!?!?」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
チューされてるー!!
屋外で真っ昼間から中学生の美少女に!
強引にキスされてしまったのが、この俺だぁぁ!
うわぁぁぁ!唇やわらけぇ!頭がクラクラしてボーっとする。
ひぇ!舌を入れるなぁ!あ、そこは・・・しゅ、しゅごい////
「………んっ……上書き完了っと、これでいのりちゃんとのキスはノーカンだね☆」
「あ、そっか。いのりさんと間接キス////」ポッ
「さっきから照れるポイントずれてるぅ!もっと私でドキドキムラムラしてよ!」
「ドキドキはしとるわい。社会的に死んだかもというスリルでな!」
今の目撃されていたら一発アウトだぞ。
光さんってばホントに何しとんねん。俺も何されとんねん。
「一応、周囲は確認したから、誰も見てないはずだよ」
「本当かよ。ま、信じるけどさぁ」
「司さんの力なら、私なんてすぐに振り払えるのにね~そうしないんだよね~なんでだろうね~www」
「お、お前がケガをしたら困るからだよ。それ以外の意味なんてない」
「はーい。今はそういう事にしておくよ」
く、くそぉ!
まんまと手玉に取られている。
でも、そんな自分が嫌いじゃないわ////
「望まぬ相手と無理やりキスさせるのはよくない。わかってくれたかな?」
「本当にすまんかった。百合の夢を見た俺が間違ってたよ」
「キスは両想いの相手としてこそなの。私と司さんみたいに!」
「ソウデスネ。やれやれ、これで光と2回もキスしたことに…」
「え?」
「え?」
何だそのキョトン顔は?俺が何か間違った事を言ったのか?
「一体いつから―――キスが2回だけだと錯覚していた?」
「なん…だと…!?」
正確な回数は怖くて聞けない。聞きたくない。
こいつ、日常的に俺の寝込みを襲ってるのか…なんて卑怯なオオカミなんだ!
「100から先は覚えてないw」
「言うなぁ!!」