早朝の関空アリーナ。
整備されたばかりのスケートリンクで、一心不乱に滑る筋肉質なイイ男がいた。
どうも俺です。
教え子の求愛行動に日々タジタジな明浦路司です。
早起きした俺は選手たちの練習が始まるまでの時間、スケートリンクを使わせてもらっているのだ。
俺の無理を聞いてくれたアリーナのスタッフさんや連盟の人たちに感謝しなくちゃいけないね。
昨日、光たちの練習風景を見て『滑りてぇ!』という気持ちが溢れてしまった。
選手に混ざって練習に参加したい衝動を抑えるのが大変だったわ。
そういう訳で今は風の向くまま気の向くまま、ボッチでひたすら滑っている。
(三回転ルッツ跳びたいんじゃい!)
光のコーチとして、彼女の得意技ぐらい跳べないと示しがつかないでしょう。
岡崎選手やいのりさんたちがカッコよくジャンプする姿を見てしまったものだから、余計に跳びたいと思うようになった。
もちろん、光の成長が最優先事項なのだけれでも、俺もジッとしているわけにはいかないのだよ。
てなわけで、合宿中に『三回転ルッツを成功させる』を目標に設定した。
空き時間に俺が練習してもいいか交渉したところ、選手の邪魔にならなければOKと許可して頂いた。
出来れば他クラブの選手やコーチ陣にもアドバイスをもらいたい。
お手本がゴロゴロいる環境を無駄にするのは勿体ない、ダメ元でも頼んでみる価値はありだ。
「うーん、まだ回転が足りないか…」
肩で息をしながら失敗したジャンプの反省をする。
あの男、夜鷹純ならばこれぐらい軽々と跳んで見せるんだろうな。
あぁもう悔しい!
「朝から精が出ますね」
「ひゃわ!どちら様ですか!?」
自分ひとりだけだと思っていたところに声がかかる。
ビックリして変な声が出たじゃないか。
「私ですよ~。おはようございます、司先生」
「ら、ライリー先生?」
朗らかに笑う金髪美女。
東京スターフォックスFSCのヘッドコーチ、ライリー・フォックスがすぐそばに来ていた。
光が警戒している相手という事で、俺の顔は強張ってしまう。
いのりさんショックの後と、昨日のネタ晴らし直後にも勧誘して来た変な人だ。
実力を評価してくれるのは嬉しいのだが、ライリー先生独特の空気感というかテンポはちょっと苦手。
空気を読めないのではなく、読んだ上で自分の感情を優先して動く人なんだろうと思う。
悪い人ではないんだけどなあ。
グイグイ来るのはオオカミだけで十分だ。
「そう警戒しないでくださいよ。もういきなりの勧誘はしませんから」
「ならいいんですが」
「お迎えする準備はしておくので、気が変わったらいつでも言ってくださいね!」
「そういうとこやぞ」
虎視眈々とチャンスを伺い、隙あれば逃がす気はないといったところか。
光と瞳さんがキレ散らかす前に諦めてほしいな。
何となく目が覚めてしまったライリー先生は、軽く滑ろうと思い立ってスケートリンクを訪れたらしい。
そこに先客の俺がいて、声をかけたという次第だ。
昨晩の女死会でしこたま飲んだと聞いていたが、二日酔いの気配もなくピンピンしていらっしゃる。
「酒は飲んでも飲まれるなってヤツですよ。あ、"つかっち"て呼ばせてもらうね」
「急に距離を詰めて来ますね」
「ピカるんに嫌われちゃった分、つかっちとは仲良くしたいからね。タメ口も解禁しますとも、ダメ?」
「まあ、別にいいですけど」
上目遣いでお願いのポーズをされてしまっては断れない。
今更ながら、ライリー先生はかなりの美人さんであると認識する。
現役時代と遜色ないプロポーションに整った顔立ちは、どこに行っても人目を引く。
モフッとした癖のあるブロンドヘアーも素敵やん。
おまけに人懐っこくボディタッチが多いので、勘違いする男も多いそうだ。
今はラフなトレーニングウェアを着て、髪を後ろで束ねている。
やめてくれ、その髪型チェンジは俺に効く!
うなじが色っぽいんだよ。いいぞ!もっとやれ。
「随分と真剣に滑っていたけど、それもピカるんのためかな?」
「ただの趣味ですよ。ライリー先生の邪魔はしませんので、滑るのならご自由に…」
ライリー先生に背を向け練習に戻ろうとする。
しかし、一瞬で回り込まれてしまった。
この人何してんの?
「ピカるんとはどんな風に練習しているの?気になるなぁ」
「普通ですよ。特別な事はしていません」
「いのりんとヨダカ君みたいな事してたりするのかな?アレってかなりハードだよね」
「へぇーそうっスか」
「秘密?秘密なの?ピカるんとの、あんなことやこんなことは門外不出なの?」
「あなたに教えたくないだけです」
「そんなぁ。私はつかっちのこともっと知りたいのに」
「あの、引っ付かないでくれますか?」
「やった?もうやった?ピカるんはアッチの方も天才だった?」
「やっとらんわ!」
「聞かせてよ。教え子の体を貪り尽くした感想聞かせてよ!あのオオカミが、どんな
「おい駄狐、そこまでにしとけよ」
ウッゼェェェ!!
このダ・フォックス激しくウザい!
これまでも俺と光の事を勘繰って来る奴は多々いたが、その中でも屈指のウザさだ。
スケートリンクに穴掘って埋めてやろうかしら?
ああもう時間が勿体ない、無視だ無視!
こんな女に構っている暇はない、俺はジャンプの練習がしたいんだよ。
「せっかくだから、一緒に滑りましょうよ」
「嫌ですけど」
「三回転ルッツのコツ教えてあげる」
「なぁにぃ!?」
魅力的な提案に心が揺れた。
・・・・・・・・・・・・
「そうそう。だいぶイイ感じになって来たよ」
「ありがとうございます」
「大事なのはイメージだよ。常に最高の自分をイメージして跳んで」
「うっす。勉強になるっス」
ライリー先生と一緒に練習する事にしたが、それは正解だったようだ。
やはりアドバイスをくれる人がいると練習の捗り具合が段違いだ。
彼女の指導はどれも的確で解りやすい。
ヘッドコーチをやっている実力は本物なのだと実感した。
「フフン!これでも元金メダリストですから」
「さすがっス。アメリカ産のお稲荷様は伊達じゃない!ありがたや~ありがたや~」
「お賽銭は情報で払ってね」
指導をする見返りとして、俺の話を聞きたいと言う。
黙っていてもそのうちバレそうなので、ぶつかり稽古のことや光との関係をかいつまんで説明した。
知的好奇心が満たされた様で、気を良くしたライリー先生はいのりさんたちの事を少しだけ教えてくれた。
いのりさんが夜鷹純から理不尽な指導(光曰く拷問)をされている兆候はないようなので安心した。
「上手くいってるみたいよ。ヨダカ君も大分丸くなったって、いのりんが言ってた」
「えぇ…太ったのか、ちょっとショック」
「違う違うw体形じゃなくて性格が丸くなったって話。なんかね、彼女できて変わったらしいよ」
「嘘だろ…あの男と付き合える、菩薩みたいな女がいたなんて信じられん」
「ビックリだよねー」
「光といのりさんを仲直りさせる方法って、何かありますかね?」
「放置でいいんじゃない。無理に大人が介入すると余計こじれるよ」
「なるほど。一理ある」
「殴り合ってからじゃないと解り合えない事もあるって、私と瞳先生みたいに…」
「何があった!?アンタら女死会で何をやらかした!?」
「ねえねえねえ、結局ピカるんとはどこまで進んだの?」
「またそれですか。俺たちは健全な師弟関係ですってば」
「それは無理がある!ピカるんのつかっちを見る目、捕食者のソレだもんw」
「どうしよう 俺の教え子 プレデター」
「それ知ってる!ハイクだハイク」
一緒に練習したり俳句を読んだりして、ライリー先生と仲良くなったぞ。
この事を光が知ったら、またプンスコするので黙っておこう。
●
光には即行でバレた。
朝の挨拶しようとした瞬間に即バレした。
「どうしよう 私の旦那 浮気した」
してねーし、旦那でもねーし。
「サイアクだ 他の女の 臭いする」
なるほど、鋭敏な嗅覚で気付いたのか。
ライリー先生が結構ベタベタする人なので、彼女の匂いが知らぬ間に移っていたらしい。
俺には全然わからないけど。
「許さない あの女狐は ブチコロス」
光ちゃん?俳句読むのやめなさい。
虚ろな目で五・七・五を呟くの怖いからやめなさい。
「金髪か?そんなに洋モノが好きなのかぁぁ!」
「洋モノ言うな」
「国産を選ぶべきでしょうが!黒髪が最高でしょうが!」
「昨今は海外製の品質もバカにできないぞ」
「日本人なら米を食え!司さんは私を喰えってんだよ!性的に!」
「うるせー」
もうすぐ練習が始まるというのに、ご立腹な光は俺にくっついたまま離れようとしない。
一緒に暮らし始めた頃によくやっていた、両手足を使った抱き着き形態、通称、デスコアラになってしまったのだ。
隣りの瞳さんが呆れている。他の誰かに見つかる前に解除してほしい。
「コアラ?セミじゃなくて?」
「どっちでもいいですよ。おい光、自分の足で歩け」
「浮気ダメ絶対!!」
「だめだこりゃ」
瞳さんと共にため息をつく。
恨みがましい目をした光は更に抗議の声を上げた。
「フジャケルナ!モアイ!」
「光ちゃんの滑舌ヤバいわよ。何言ってるのか全然わからない!」
え?瞳さんはわからないんですか?
俺は何となくだが、わかっちゃうんだよなあ。
この程度、俺たちの絆の力で翻訳できらぁ!
「オンドゥルルラギッタンディスカー!!」
「裏切ってないよ。ライリー先生はちょっと練習に付き合ってくれただけだって」
「アンナヤクニンナデカャール!」
「悪人ってのは言い過ぎだな。話してみると案外いい人だったぞ」
「ウゾダドンドコドーン!」
「嘘じゃないって。あーもう、よしよし。俺が悪かったから許してくれよ」
「なんで会話できるのよ。あなたたちキモイわ」
「オホーツクババァ!」
「今、私に向かって『ごうつくババア!』と言ったわね。ん?なんで目を逸らしてるの?おい、こっち見ろガッカリウルフ!」
「ヴェッ、マリモ!」
「お待ちください!光が怖がって怯えてます。やめて!この子には手を出さないで!」
不用意な発言で瞳さんの怒りを買った、光はアホの子である。
連帯責任で俺も怒られたじゃないか!トホホ・・・
「鬼から守ってくれた司さん、好き」
バカ!鬼はまだ隣りにいるんだぞ。
あ~瞳さんが俺の尻をつねってる~フッ、効かんな!
嘘です!痛いです!やめてください!
「言語能力がやっと戻ったな、コアラ解除しなさいよ」
「もうちょっとだけ、キツネ臭いのを消すから」
「いだだだだ!激しい、いつもより激しい!」
ライリー先生の匂いを消すためなのか、額のグリグリが強烈だった。
これ、もしかしなくてもマーキングされてるよな。
機嫌を損ねられても困るし、しばらくこのままにさせておくか。
「朝から盛ってんじゃないわよ、馬鹿どもが!早く集合場所へ行け!遅刻なんてしたら海に沈めるわよ?」
「「イエス・マム!!」」
光を引きはがして一緒にダッシュ!
鬼には逆らえない、悲しい師弟の俺たちである。
今日も元気に頑張るぞい。
●
合宿二日目のスケジュールも順調に進み、もうすぐ昼休憩だ。
氷上にいる光は午前の締め括りとばかりに、俺の前でジャンプを決めて見せてくれた。
体が成長して体重も増加しているはずなのに、着氷時の軽やかさは以前より上なのが凄いと思う。
引き締まった美しい体とブレない姿勢は見ていてウットリする。
筋トレの成果も出ているようで何よりだ。
「でっかくなったなあ」
「背が伸びたと言ってあげなさいよ」
ここ最近、光の身長はグンッと伸びたように思う。
これからもドンドン成長して素敵な大人になって行くんやね・・・
あ、ヤバい、なんか泣きそう。
いつか訪れる、その時の心境になって泣きそう。
「見違えてく君の指から今、手を放す」
瞳さんが『何言ってんだ?』の顔をしている。
お気になさらず。
ちょっと感極まって、頭に浮かんだフレーズを口ずさんだだけっス。
「コラコラ!勝手に放さないでよ」
ポエミーな俺の発言は、戻って来た光にも聞こえたらしい。
恥ずかしいなあ、もう////
「何を想像したのか知らないけどさ。例え司さんが放しても、私は放さないし離れるつもりはないから、安心してよ」
「なんだお前?俺をダメにする人型決戦兵器か?」
「そうです。司さん以外が操縦すると秒で暴走します」
暴走されては困るので、今しばらくは俺が面倒を見ることになりそうだ。
光の言葉でちょっとホッとした自分がいる。
本当にダメになりそうだ。
「今日は、お昼一緒に食べれる?」
「ああ、うん。先に行っていてくれ、俺はちょっと滑ってから行くわ」
「え、なになに?何する気?」
選手たちが昼休憩中に、早朝にやった練習のおさらいをしておきたい。
そのためにスケートリンクを使う許可は取ってある。
15分だけ自由に滑っていいとのお達しだ。
「待たなくていい、瞳さんと先に飯を食べてきな」
「だが断る!」
「断るなよ。昼飯食いっぱぐれても知らねぇぞ」
「次の座学、また講師が遅れてるのよ。昨日と一緒で昼休憩は少しだけ延長になったわ」
「だから司さんの練習をガン見してもいいのです。ほら、私たちの事は気にせず存分に滑ってよ」
ガン見はやめてくれ。
二人の視線を感じながら俺は滑り出す。
時間は限られているが焦らずやろう。まずは、数分間自由に滑って体を慣らす。
リンク全体を大きく使って滑って行く、自分が主役になったこの感じは何度やっても気分がいい。
ライリー先生と目が合ったらウインクと一緒に親指を立ててくれた。応援サンキューです。
今朝、彼女から教わった事を念頭に置いて滑ることを意識する。
『つかっちのフィジカルは十分だと思う、あと足りないのはメンタルの方だね』
『イメージだよ。あなたの中の理想を現実に引きずり出すの』
『自分を信じてやってみよう。え?無理?うーん…だったらさ』
『あなたを信じてる人を信じるのはどう?』
『もう跳ぶっきゃないよね!ピカるんにカッコイイところ見せたいよね!』
ライリー先生、あなたは人をその気にさせるのが上手いですよ。
いろんな人に指摘されているよう、俺は基本ネガティブで自分に自信がない。
それでも、信じてくれている人がいる。
本当にありがたいことに、たくさんの人たちが俺を支えてくれているのだ。
彼らの思いに応えたくなるじゃないか。
その中でも光は…彼女は特別だ。
こんな俺を、すごいとカッコいいと、そして好きだと言ってくれる女の期待は裏切れない!
本当は弱くて情けなくて惨めでも、光の前でだけはカッコつけられる自分でありたい。
いずれ別れの時が来るのは知っている。でも、今だけはアイツの隣は俺だ!俺の物だ!
それを証明してやろう!
だから、跳べ!跳べよ!跳んで見せろよ!
滑走スピードが速まる。行けるぞ!
視界が狭まり音が消えていく、余計な情報が遮断されたのだ。
世界が集束していく中、俺は確かな声を聴いた。
『跳んで!』
『…跳べ』
一人は光の声、もう一人は誰だ?
どこかで聞いたような、気だるげな男の声?
二つの声に背中を押され、俺は踏み切った。
今こそ決めてやる!
これが俺の・・・三回転ルッツ!?
アレ?なんかおかしくね?
三回転ってこんなに楽勝だったけか?
これなら、もっとやれるんじゃ?
俺も光みたいに…いや、あの男みたいにやれる!
オラッ!追加だ・・・四回転ルッツ!!
無我夢中で自分が何をしているのか、よくわからない。
ただ、俺の身も心も自由だった。
どこまでも自由に氷上を舞い踊っていた。
ああ、嗚呼、やっぱりフィギアは最高だぜ!
呆れるほど何度も繰り返し見た映像が脳裏に蘇る。
曲も振付もジャンプのタイミングも焼き付いて離れない、あの男のスケーティングが。
オリンピック金メダリスト夜鷹純の演舞、今の俺なら真似できる!
重ねろ、塗りつぶせ、狼嵜光のコーチならそれぐらいできるだろうが!
三回転アクセル!
からの~~
フライングキャメルスピン!
まだここからだ、もう一発っ
足換えコンビネーションスピン!!
よっしゃぁ!成功ッッ!!
でもやり過ぎたぁ!体中が悲鳴を上げてるぅ!
オデノカラダハボドボドダ!!
夜鷹純マジバケモンだな。こんなのどうかしてるぜ。
さすが金メダリスト、さすが俺の憧れ、原点にして頂点の存在。
さすが・・・俺からいのりさんを奪った男!
ああカッコイイ、憎たらしい、カッコいい、やっぱり憎たらしい!
俺はアンタに届かない、届くことはない。
だけど、あの子は、光ならきっと、お前のいる頂きへと登り詰める。
その瞬間を特等席で見るのが、今の俺の夢だ。
楽しみだ、本当に楽しみだなぁ。
体力を使い果たしたけど俺は満足だ。
オリンピックで完走を果たした、あの男のように最後のポーズを決める。
いるはずのない観客の拍手を迎え入れるように手を広げてみせた。
「はぁ…はぁ…へへ……最高の気分だ」
頬を伝う汗が心地いい。
やりましたよ、ライリー先生!あなたのおかげで跳べました。
見てくれたか光!俺もまだまだ捨てたもんじゃ・・・
「キェェェェェェアァァァァァァくぁwせdrftgyふじこlp!!」
え?何この聞くに堪えない絶叫?
世界を終わりに導く怪物でも復活したの??
「フゲッッ!?!?」
叫び声を上げた何かを確認しようとしたところで、超スピードの何かが腹部に突っ込んで来た。
凄まじい衝撃に多々良を踏む、転びそうになる体を何とか立て直して、しがみついた何かを確認する。
やはりと言うか何と言うか、そいつは俺のパートナーでした。
さっきのデスシャウトもお前かい!
なんちゅー声を出しとるんだ。美少女が出していい音ではなかったぞw
「司さん!カッコイイ!カッコイイ!かっっっこよすぎぃぃぃ!」
「お、お、落ち着けぇ!」
「無理だよ!あんなの見せられたらもう辛抱たまらん!責任とって!私をこんなになるまで魅了した責任とってよ!」
「やめろ光!やめろ!光やめるんだ!やめろおおおお!!」
「好きぃ!好き好き好き好き!愛してる!抱いて!!今すぐここで抱いて!!」
「ゑゑゑゑゑ!?!?」
未だかつてないほど興奮した光は、とんでもない発言を大声で叫んだ。
俺の滑りが光の魂を揺さぶり過ぎたらしく、暴走モードに突入したようだ。
アカン、こいつ目がマジだ。
このままでは前代未聞の理由で合宿中止になり、俺の社会的死が確定するぞ。
スケートリンクの中心で暴走したオオカミを必死でなだめる俺でした。
●
「い、今の見た?」
「見た。何アレ、凄すぎて鳥肌たった」
「ヤッベ、光ちゃんのコーチやっベぇわ!」
「司先生…か、カッコイイ///」
「あれは惚れるわ。男でも惚れるわ、掘れる!」
「くぅ~俺も抱かれてぇ///」
「男子がホモホモして来たな。腐☆腐、いいぞぉ!」
「いいなぁ…私も司先生にコーチしてほしい」
「死ぬ気か?オオカミに噛み殺されるぞ?」
スケートリンクは異様な空気の中で騒然としていた。
司が滑り出したと思ったら、オリンピックさながらの演舞を披露してみせたからだ。
子供たちだけでなく、目の肥えた大人たちすらも魅了した滑りはそれぞれの心に大きな衝撃を与えた。
「一体なんなんだあのコーチは!?」
「アレで現役じゃないだと?無名なのが意味わからん」
「夜鷹…純…本人がいるかと思った」
「お前もそう思うか?ソックリなんてレベルじゃなかったぞ」
「四回転からの技の構成、まんま夜鷹純でしたよ!いや、でも再現…不可能だろ」
「スピンに至っては彼の方が上手いような、気のせいか?」
「何かあるとは思ったが、なるほど狼嵜光が選ぶ訳だ」
目撃者たちがざわつく中、ライリーは光に詰め寄られている司を見て目を細めた。
自分の目に狂いはなかったと確信しつつも、何やら複雑な胸中だ。
今朝までは二回転ルッツがやっとだった男が四回転を決め、更にそこから別の高難易度技へ繋げて完走するとか、全くもってどうかしている。
ちょっとした手助けのつもりだったのに、自分は規格外の化物に手を貸してしまったのかな?
「やっぱりほしいな~。つかっちだけでも譲ってくれません?」
「お断りします!」
すぐそばにいた瞳先生にキッパリ断られる。
うーんダメかぁ。ダメだろうなぁ。
いのりんが来てくれただけでも良しとするかないけど、簡単に諦めるには惜しい相手だ。
「最初から、つかっち一本で狙うべきでしたね」
「だからあげませんってば!昨晩もずっとこの話で、もう飽き飽きですよ」
「今晩もいっときます?」
「フッ、望むところですよ」
「いいワインの店、押さえておきますね☆」
今晩も瞳先生と飲み明かせるのは嬉しい。
引き抜きの件はともかく、彼女とは気が合うのでプライベートでもお友達になりたいわ。
ライリーは今朝の事を思い出していた。
司に光の危険性を問いかけた時だ。
『私はつかっちが心配なんだよ?』
『どういう意味です?』
『このままだと、ピカるんに潰されるんじゃないかな~と思ってる』
夜鷹純が見出した光の才能は、ハッキリ言って異常である。
名港ウインドに入った直後、彼女の才を目の当たりにした何人もの生徒が辞めてしまう事件があった。
実は生徒だけでなく、コーチすらも複数人辞職してしまったのは有名な話だ。
名前の通り彼女は光輝く存在で、その光はあまりに強すぎて他者を影に落とし込む。
実利のため司に近づいたとはいえ、彼を気に入ったライリーは純粋に心配していた。
『ピカるんの輝きは強すぎる』
『言われなくてもわかってます』
『本当にそう?あの子がどういう存在なのか理解してる?』
『しているつもりです。ライリー先生の目に、光はどう映っているんです?』
『全てを食らい尽くす怪物かな』
『あー確かにそういう面もありますよねw』
何故か嬉しそうにする司にちょっと引いた。
ライリーは言葉を続ける。
『あの子は正真正銘の怪物だよ。餌になる人を見つけて喰い散らかす』
『そして絶対に満足せずに次の獲物を求める』
『そう遠くない未来、つかっちはピカるんに食いつくされてすり潰される』
『あの子の才能があなたを殺す』
だからこそ『スターフォックスに来てほしいんだけどね』という言葉も付け加えておく。
うちのクラブなら司の負担も減らせるし、私もフォローできる。
今はちょっとこじれている、いのりんとヨダカ君も、二人にとって将来有益な存在になるはずだと思う。
なにより、司というコーチをピカるんだけで終わらせてしまうのは、あまりに惜しい。
『心配してくれてありがとうございます。いい人ですね、ライリー先生は』
『だったら…』
『でも、俺はあいつと一緒にいます。そう、決めましたから』
『いいの?ピカるんだけでコーチ人生が終わっても?あなたが倒れても、あの子は振り返ってくれないよ?』
そこで司は笑った。
そいつは良い事を聞いたと快活に笑ったのだ。
『本望ですよ!光には是非そうしてもらいたい』
『あいつが俺も他の何もかもを喰い尽くして、より高みに進んで行くと言うのなら、そんなの…』
『最ッッッ高じゃないですかぁ!!』
熱に浮かされたような顔で司は笑う。
その顔にゾッとする。
ああ、これはダメだ。私は見誤った。
明浦路司という男は既に手遅れだ。
彼はもう狼嵜光の輝きに狂ってる。
俺を食らえと、自らを笑顔で差し出してしまっている。
教え子が自分の屍を踏み潰して行く事こそを、司は望んでいるのだ。
『ピカるんは本能で最高の餌を見つけた訳ね』
『餌で上等ですよ。ただ、できれば美味しく食べてほしいっスねw』
『性的に?』
『ちげーよ。なんでこんな女ばっかりやねん』
ライリーは司と光の関係を、どちらかが一方的に寄りかかっているもの、依存というネガティブで危うい関係だと思っていた。
話してみてわかったが、それは違ったようだ。
これは依存と言うには生ぬるい、共生というレベルの域に至った関係だ。
お互いをかけがけのない存在だと認識しながらも、必要とあれば己を捧げる事すら厭わない。
司は自分がどうなろうと光を支え続けるだろう。
光は司の思いを汲んで、より強くより早くより高く、前に進み続ける。
この二人は止まらない、止まる事を知らない。
例えるならそう・・・
『二体で一体のバケモノ』
『ん?うしとらですか?名作ですよね~』
のんきに練習を再開する司に、ライリーは苦笑いしかできなかった。
うーん、参ったなぁ。これは手強いぞぉ。
いのりんとヨダカ君のコンビを見た時にも思ったけど、この組み合わせはヤバいでしょ。
ねえ、いのりん、ヨダカ君、キミたちはやらかしたかもしれないよ?
絶対に組ませてはいけない二人をくっ付けたかもよ。
『混ぜるな危険ってね』
『やっぱり、うしとら好きなんですね。白面推しですか?』
『ハクメンって何?』
『えぇ…知らないの…うそーん』
そんな風に思ったのが今朝の出来事である。
まさか、今日中に思い知らされるとは予想外すぎて笑える。
あー、ホントに笑っちゃうぐらいに興味深い二人だ。
ピカるんとつかっちの動向は今後も要チェックだね。
●
光が『抱け抱け』うるさいので、抱いてやった。
お姫様抱っこだけどな!
「そういう意味じゃなかったけど、これはこれで大いに結構」
「他の人もいるんだ。俺が再起不能になる発言は控えてくれよ、頼むから」
「ごめんごめん。ちょっと興奮しすぎた事は反省するよ。でも、本当にカッコよかったんだから」
「そうやって褒め殺しても、何も出ないぞ」
「何も出さなくていいよ。司さんがいてくれたら、それでいいの」
「へいへい。瞳さんも待ってるし、飯食いに行くぞ~」
「了解、うーん腹ペコだ~」
俺の首に腕を回した光はそのままにして、リンクの外へ出ようと移動する。
大事なパートナーだ、落とさないように注意しないとな。
え?衆人環視の中、お姫様抱っこは恥ずかしくないのかって?
全然平気だ。これぐらい普通だろ。
家では羊さんや耕一さんにもねだられて、しょっちゅうやってるぞ。
「おい」
リンクの出口に着いたところで、妙に貫禄のある声が聞こえた。
「お前何やってんの?シングルの選手になるの?」
目を向けた先には、顔に傷のある男がフェンスにもたれて俺を見ていた。
「それともなんだ、そのお姫さんと結婚でもすんのか?」
男が誰か理解した俺はフリーズする。
ど、どうしてここに、いらっしゃるんですか?
「
「司さんの師匠?って、ちょぉぉォォォッ!?!?」
「おー、天井にぶつかりそうな勢いだなw」
恩師との再会にパニくった俺は、力いっぱい光を上空にぶん投げた。
大事なパートナーぶん投げちゃったww
ごめん、ちゃんとキャッチするから許して。