光ちゃんと司先生が結ばれる話   作:青紫

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溺れる者

 成り行きから自称ピュア太郎と教え子たちを見守る羽目になった。

 

 このピュア太郎どう見ても夜鷹純なのだが、頑なに違うと言い張るので面倒臭い。

 しかも、俺をロリコン呼ばわりしてくれやがったので、こちらからも姉妹丼クズと言い返したらケンカになった。

 教え子たちのケンカがエスカレートしないよう待機していたはずの俺たちが、一触即発になってどうする?

 ここに瞳さんがいたら、みっともない俺たちをまとめてどついていた事だろう。

 

 やたら顔の整った男と睨み合っていると、教え子たちの会話に変化が訪れた。

 ピュア太郎の用意した盗聴器がいい仕事をしてくれるぜ。

 剣呑な雰囲気は無くなり、少女たちの楽しそうな笑い声が聞こえる。

 そうか、光…いのりさんも…ちゃんと仲直りできたんだな。二人とも偉いぞ。

 これであの子たちは、ようやく以前のような友達に戻れたのだろう。

 本音でぶつかり合ったから、前よりもっと打ち解けた関係になっているかもな。

 俺もピュア太郎とケンカしている場合ではない。

 

「どうやら事態は終息に至ったらしい」

「そのようだ。これにて一件落着だな」

「ロリコンなどと言って悪かった。光を大事にしてくれるなら、キミの性的嗜好には目を瞑ろう」

「本当に悪いと思ってる?」 

「心配するな。例え小児性愛者のペド野郎でも、キミが僕の友人2号なのは変わらない」 

「素直に喜べない!」

 

 ロリコンより酷い言い草になってるじゃないか。

 殴りそうになったけど、一応ピュア太郎から謝って来た事だけは評価して拳を収める。

 フンッ!そっちも精々姉妹丼にならないよう気を付けろよな。

 冗談ではなく、お前と結束姉妹の泥沼バッドエンドとか見たくないから!

 『忠告感謝する』とピュア太郎は大仰に頷いていたが、本当にわかってんのかね?

 

「いのりたちの全面戦争は回避された。僕たちがここにいる理由はないな」

「そうだな。二人に見つかる前にサッサとずらかろうぜ」

 

 あまり長居をしていると光のセンサーに引っ掛かる可能性がある。

 目的を果たした今、早々に退散するべきだ。

 さあ、撤収撤収~・・・・・・おい、何してんだ?

 そっと立ち去ろうとする俺の腕を、中腰のままむんずと掴むピュア太郎。

 

「足が痺れて動けない」

「知らねぇよ!」

 

 痺れが治まるまでじっとしていればいいだろ?

 じゃ、俺は先にアリーナへ戻るわ。

 

「すぐにここを離れないと、いのりたちに見つかる。そうなったら…」

「そうなったら?」

「……僕はきっと海に沈められるだろう」

「まっさかぁww」

 

 ピュア太郎は顔面蒼白だ。

 いのりさんが普段に彼にどういう接し方をしているのか少々気になった。

 いくら光といのりさんでも、そこまで過激な行動に出るとは思わない。

 海に沈めるとかないないwww

 な、ないよね?

 

「キミが友人を放置して一人だけ逃げるような薄情者ではないと信じているよ」

「悪いな。俺はロリコンらしいから、大人の男は基本助けないっス」 

「後で土下座でも何でもしよう。頼む、どうか助けてくれ」

「うわっ、しがみつくな!やめろ」

「大声を出して道ずれにしてもいいんだぞ。僕らは既に一蓮托生!わかったのなら、どうか助けろください!」

 

 騒いでいるように見えるが、俺たちは極少量の声と目線を使って会話しているのであしからず。

 焦って助けを求めるピュア太郎が惨め過ぎたので、渋々手を貸す事にした。

 俺ってば本当にお人好しだよな。

 

 ・・・・・・・・・・

 

 キュピーン!!

 光の脳裏に電流が走る。

 

「む?この感じは…」

「どうしたの、お腹でも空いた?」

 

 急にキョロキョロと辺りを見渡し、クンクンと鼻を鳴らす光。

 そんな仕草を見て、やっぱ犬みたいな子だといのりは思った。

 

「司さんがいる?近い……あっちだ!」

「光ちゃん!?どこへ?」

 

 走り出した光を慌てて追いかけるいのり。

 

「フォロー・ミーだよ。いのりちゃん」

「わっ!ちょ、引っ張らないでー」

 

 いのりの手を掴み加速する光。

 強引な彼女に戸惑いつつ、いのりも速度を合わせる。

 スケートを始めたばかりの頃、光が手を引いてくれた事を思い出す。

 いのりは、なんだかとても嬉しくなった。

 

「うーん?司さんのそばに別の何かがいる気配…またバカ共の襲撃?それはないと思うけど…」

「光ちゃん?」 

「いのりちゃん…万が一戦闘になったら、超逃げてね!」

「せ、戦闘!?誰が何と???」

 

 いのりの頭は『???』でいっぱいになったが、光はそれ以上言及しなかった。

 狼嵜光・・・不思議な子だ。

 彼女は確かにここにいるのに、まるで別世界の人間のようだといのりは思った。

 

 ●

 

「関空アリーナの駐車場まで頼む。そこにミカエルが来ているはずだ」

「え?実叶さんも来てるのか!?」

「実叶ではない、ミカエルだ。大阪での仕事が一段落したらしい、小一時間前こっちに向かっていると連絡があった。そろそろ到着した頃合いだろう」

「ふーん。一言ぐらい俺も挨拶したいところだな」

「僕の友人2号として紹介しよう。楽しみにしていてくれ」

「へいへい」

 

 俺は今、荷物運搬用のキャリーカートを押しながら移動している。

 カートの上には未だに足の痺れが治まらないピュア太郎を乗せ、その上から大きな段ボール箱を被せている。

 スニーキングミッションには欠かせない段ボールがなんとも心強い。

 この都合よい道具類は全部『こんなこともあろうかと』実叶さんが用意してくれたものらしい。

 動けないからカートで運んでもらい、段ボールで姿を隠す状況を想定していたとか何なの?

 協力者がいる前提の秘密道具・・・実叶さんの未来予知が怖いっス。

 因みに、ベンチに仕掛けた盗聴器は後で回収するので問題ないらしい。

 

「司君、これを装備するんだ」

 

 段ボールからにゅっ!と手が出て俺に何かを渡して来る。

 咄嗟に受け取った物は・・・猫耳のカチューシャ???

 

「緊急変装グッズだ。いのりたちに見つかった場合、これで正体を隠せる」

「隠せるわけねぇだろ!」

 

 猫耳の変態だと誤解されて状況がもっと悪くなるわ!

 

「おかしいな。ミカエルは『猫男爵の降臨よ!』と狂喜乱舞していたが?」

 

 ただのコスプレじゃん!実叶さんの趣味じゃん!

 俺には不要なので装備はお断りさせてもらう。

 ピュア太郎は不満気だったが、結局自分で装備したようだ。

 猫属性はミケだけで十分なのに、そういえばアイツも太郎だったなw

 ミケがこの場にいたら、卒倒不可避の怪人が誕生してしまった事に頭が痛くなる。

 

 合宿二日目の夜、猫男爵の入った段ボールを運搬する俺って一体・・・

 大阪まで来て本当に何をやっているんだろう?

 段ボールごと、このまま警察に引き渡してやりたい衝動に駆られる。

 結束姉妹に関係していなければ、問答無用でそうしていたところだ。

 

「なあ、猫男爵?」

「ピュア太郎だぞ」

「……光と会って話がしたいか?」

 

 俺といのりさんのように、光とピュア太郎も、どうせ碌な別れ方をしていないのだろう。

 正直、会わせたくないのだが、

 そんなに悪い奴じゃないとわかった今、もう一度話す機会を与えてもいいのではと思っている。

 まあ、光がいいと言えばだけどな。

 

「いのり曰く、僕は言葉足らずのコミュ症らしい」

「誠にその通りだな」

「ミカエルたちと関わるようになって、自分の至らなさに辟易したよ。どの面下げてと思うだろうが、光が許可してくれるならば…」

 

 ピュア太郎・・・頭が変になっただけでなく、ちゃんと過去の己を反省しているんだな。

 いのりさんとの出会いは、こいつの心に良い変化をもたらしたのだと思う。

 そうであるならば、俺もトラウマに悩んだ甲斐があるってもんだよ。

 

「今度こそ『パパ』と呼んでもらいたい!」

「そこじゃないだろ!!」

 

 ダメだこいつ、やっぱり会わせない方がいいかも。

 

キミに娘はやらんぞ!!

「うるせーな。段ボールごと燃やすぞ」

「ちょっと言ってみたかっただけなのに…」

 

 慎一郎さんにならともかく、何でお前に言われないとアカンねん。

 今の光が聞いたら絶対ゲロするよ。

 オオカミじゃなくて、マーライオンみたいにゲロするよ。

 

「キミもいのりと話した方がいい。今がその時だ」

「あー、まあ、そうなんだろうな」

 

 教え子たちが仲直りした今、いのりさんと話す機会はこの合宿中をおいて他にない。

 あの日、言えなかった気持ちをお互いしっかり伝えなくては・・・

 

キミに妹はやらんぞ!!

「うるせーな。車道に放置するぞ」

「いのりには『兄さん』か『お兄ちゃん』と呼ばれたい。『兄様』『にーにー』も大いにアリだ!」

 

 1人で盛り上がっているピュア太郎が段ボールをガタゴト揺らす。

 こんな奴に『全力でお兄ちゃんを遂行する!』なんて言われたら・・・

 いのりさんも盛大にゲロを吐くだろう。

 

 ●

 

「…マズいぞ、司君」

「なんだ?ようやく自分のバカさ加減に気付いたか?」

「捕捉された。もうすぐ彼女たちがここに来る」

「は?おいおいおい、それって」

「僕は箱の中で大人しくしていよう。上手く誤魔化してくれ、武運を祈る」

 

 それだけ言って段ボールの中身は静かになった。

 事態を察した俺は急いでカートを押そうするが、時すでに遅し。

 

「司さん!」

「司先生!」

 

 あーあ、来ちゃったよ。

 コーチの贔屓目を省いても可愛らしい少女たちが、満面の笑みで追いついて来た。

 くっ!もう少し距離を稼げるかと思ったが、ここまでか。

 

「よく俺がここにいるとわかったな」

「司さんの事はどこにいてもわかるよ。パートナーですから」

「本当にいた。光ちゃん凄い」

 

 俺とピュア太郎が隠れているのには気付かなかったけど、誇らしげな光が可愛いので黙っておく。

 

「司さんの事だから、私たちが心配で探しに来たとかでしょ?」

「まあ、そんなところだ」

「ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですから」

「その様子だと仲直りはできたみたいだな。良かった、本当に心配したんだぞ」

「いつも振り回してごめんね…」

「光ちゃんを怒らないでください。悪いのは私ですから」

「怒ってないよ。俺は二人の事を信じていたし、こうやってちゃんと関係修復して戻って来てくれた。それがすごく嬉しいんだ」

「司さん、好き」

「司先生……あの、私、明日でもいいのでお話が…」

「うん、俺もいのりさんと話がしたいんだ。光、くっつきすぎだぞ」

「パートナーですから」

 

 俺の返答にぎこちないながらも笑みを見せるいのりさん。

 光は相変わらずで、気軽な告白と共にじゃれ付いて来る。

 ふぅ、良かった良かった。

 後はこのまま、ピュア太郎をミカエルに回収してもらえば任務完了だ。

 早くこの危険極まりない荷物(生もの)を届けなければ!再配達は勘弁な!

 

「司先生、さっきから気になっているのですが、その段ボール箱は一体?」

「妙な気配の出所はそれみたいだね。中身は何?」

「気にするな!気にしたら負けだ!絶対に開けるな!これはお願いじゃない、命令だ!」

「むー、怪しいです」

「そこまで言われると余計に気になるんだけど」

 

 だ、ダメだ二人とも。

 これは二人にとってのパンドラの箱、ある意味それ以上にヤバい代物なんだぞ。

 最後に残っているのは希望ではなく変態猫男爵だぞ!

 コラッ!箱に触るな!叩くのも揺らすのもダメぇ!

 

「何が入っているのか教えてよ?」

「ダメだ。子供が見るもんじゃない」

「この大きさ……もしかして人間だったりします?」

「……ソンナワケナイダロ」

「あー!目を逸らしてカタコトになった!司さんが嘘ついた時のリアクションだ」

「え?まさか本当に人?……死…つ、司先生、まさか誰か()って…」

「違うから!俺は犯罪行為は一切やってない!」

「あ、もしもしばぁや?ちょっと処理してほしいブツがあって、うん、証拠の完全撤去とアリバイ作りもお願い」

「どこに電話してるんだ!やめろ!お前が考えてるような死体(ブツ)じゃない」

 

 動揺するいのりさんに俺は無罪だと訴える。

 その横で、淡々と事後処理をしようとする光が闇深くて怖い。

 

「死体じゃないなら何?私の目を見て白状して」

「まだ死んでない」

「生物か、それで?」

「……猫を拾ったんだ」

「ミケちゃん?ではないですよね」

「名状しがたきオス猫だ」

「へぇー、オス猫なんだ。名前はつけたの?」

ピュア太郎

「「変な名前wwww」」

 

 ですよねー。俺もそう思う。

 二人の教え子から疑惑の眼差しを向けられて辛い。

 追及をかわし切れる自信なんて最初からない。

 サッサと逃げるが勝ちか?

 

「にゃーん…」

 

 焦っているところで、箱の中から鳴き声がした。

 場の空気が完全に固まる。俺たち三人の動きも固まる。

 

 気怠げな男の声で『にゃーん』だってよwwww

 バカ!バカ!バカ!ふざけてんのかぁぁぁ!!!

 ピンチな俺をアシストしたつもりなんだろうが、悪手すぎんだろうが!

 箱の中でいい仕事をした気でいるバカにムカついてしょうがない。

 もうダメだぁ。

 今ので完全に中身が猫男爵だってバレたぞ。

 しかも、正体が二人の良く知っている元金メダリストの大バカ野郎だ。

 もう知らん!強行突破じゃい!

 

「里親になってくれる人が迎えに来てるんだよ!急いで届けないといけないんだ!二人はアリーナに戻って練習頑張ってね!じゃあ俺は行くから!さらばだー!」

「待ってください!中身人ですね!人が入ってるんですよねぇ!!」

「今の声、なんか聞いた事あるような?司さん!私に黙ってどこの誰を運んでるの!!」

「は、放せぇ!頼む放してくれぇい!二人は中を絶対に見てはいけない、正気を失うからやめなさい!」

 

 抵抗虚しく、二人は連係プレーで俺からカートを奪い取ってしまう。

 この子達ったらダッグを組むと戦闘力凄いのね。感心している場合ではない!

 好奇心は猫をも殺すのよ。中身の猫男爵は二人の精神を殺すわよ!

 ダメよ!開けちゃダメぇーーー!!!!

 俺の叫びは届かず、二人は遂に箱へ手をかける。

 禁断の箱は『せーのっ!』という可愛らしい掛け声と主に開け放たれた。

 

「……やあ☆」

 

 パタリッ・・・

 そしてすぐに閉められた。

 時間にして3秒ぐらいだったと思う。

 光もいのりさんも、驚くほどノーリアクションだ。

 猫耳のピュア太郎と目が合った瞬間、二人の表情がスンッて消えたので吹いたww

 まあそうなるよな。SAN値!ピンチ!

 

「私疲れてるのかな?今、あり得ない野郎がいたような…」

「奇遇だね。私もここにいるはずがない人を見た気がするよ」

「猫耳ついてたんだけど」

「うん。ついてたね」

 

 『どういうことだ?』という目を俺に向けて来る二人。

 それは俺の方が聞きたいよ!どうしてこうなったんだよ!

 

「念のため、もう一回確認してみよっか?見間違いかもしれないし」

「そうだね。目の錯覚だったりするかもね」

 

 先程見た物が間違いであってほしい願いを込めて、二人は再び箱を開ける。

 願い届かず、奇跡も起こらず、中身はやはり猫男爵ピュア太郎のままであった。

 またしても表情が消えてしまう二人の教え子。

 今まさにSAN値がゴリゴリ削られている事だろう。

 

 悪い事は言わん。

 今すぐ逃げろピュア太郎!逃げるんだよォォォ!

 俺の身振り手振りに何を思ったのか、ピュア太郎は『任せておけ』とばかりに頷いた。

 あ、これアカン奴や。俺の不安は見事に的中する。

 

初めまして!僕の名前はピュア太郎」(裏声)

 

 このバカヤロウ!

 某一大テーマパークの主であるネズミ様を彷彿とさせる、甲高い裏声を出しやがった。

 そんな特技があった事にビックリだ。

 結構、似ているけど今それをやってどうなる?

 

スケートを頑張っている女の子だけに見える妖精さ!」(裏声)

 

 設定が気持ち悪いなぁ。

 お前のせいでスケートの競技人口減ったらどうしてくれる?

 いや、夜鷹純のファンなら逆に会いたくなるのか?

 俺は今すぐ殴りたいけどな。

 

 光といのりさんの目が死んでいる。

 これはいよいよヤバいって。

 

キミたちの事はずっと見ていたよ!」(裏声)

 

二人とも司君(マイフレンド)の事が大好きなんだね!」(裏声)

 

できれば、夜鷹純さんと言う偉大なコーチの事も思い出して……」(裏声)

 

 ピュア太郎は自薦を最後まで言い終えることが出来なかった。

 

「「うああああああああああああッッッ!!」」

 

 光といのりさんの二人が同時に発狂!

 正気を失った二人は乱暴に箱を閉じ、カートを全力で押しながら走り出した。

 どこ行くねーん!?

 俺が止める間もなく向かった先は、波が寄せては返す桟橋。

 まさか、おいマジか!そんな事って・・・

 

「「いやぁぁぁああああああああッッッ!!」」

 

 桟橋の終端までたどり着いた二人は、一切の躊躇なく段ボールを海に向かって蹴り落した。

 ドボンッ!という音と共に中身のピュア太郎は暗い夜の海に落下した事になる。

 何してんのよォォ!?!?

 ピュア太郎の危惧していた事が本当になっちまった!

 

「ピュア太郎ーーー!!」

 

 俺は急いで海に飛び込もうとする。

 しかし、たった今凶行をやり遂げた二人によって止められてしまう。

 

「戻ろう司さん。次の練習始まっちゃうよ?」

「そうですね。みんなも心配しているだろうし、戻って謝らないと」

「何事もなかった感じにしてる!?今、ピュア太郎を蹴り落したでしょ!なんでそんなに冷静なのよ?」

「はて?ピュア太郎なんて奴に心当たりはないけど」

「ですね。猫耳を付けた変態コーチなんて、存在していませんでした」

 

 無慈悲!圧倒的無慈悲!

 二人はピュア太郎の存在を最初からなかった事にしたいらしい。

 自分たちの正気を保つためとはいえ、さすがにこの仕打ちは酷いと思う。

 それに実叶さん・・・ミカエルも悲しむんじゃね?

 

「知りませんよ。まったく、来ないでって言ったのに…」

「猫耳もだけど、アロハ着てなかった?アイツに一体何があったんだろう?」

「少しは心配してやれよ!さすがに可哀想だろ」

「ほっとけばそのうち浮いて来るって、いいから行こ?」

「夜の海ってなんだか怖いですね。落ちたら大変そう」

 

 俺はお前たちが怖いが!

 アリーナに戻ろうと促す二人を振り切り、俺はその場で待つことにする。

 引き上げるのに手ぐらい貸してやろう。

 そろそろ浮いて来るかな?

 

 あるぇー?

 おかしいな?

 待てど暮らせど、浮いて来ないんだけど?

 

「なあ光…ピュア太郎って泳げるんだよな?」

「知らない。いのりちゃんは何か知ってる?」

「うーん……あ、思い出した。二十歳過ぎてから子供用プールで溺れた事があるらしいですよ」

「そっかぁ」

 

 二十歳過ぎて子供用プールに入った経緯は不明だが、

 つまり・・・奴は泳げないんだな。

 

「ピュア太郎はカナヅチってことか」

「だねー」

「ですねー」

 

「「「…………」」」

 

 俺たち三人の間に白々しい沈黙が訪れる。

 誰も声を発しようとしない。

 奴はまだ浮いて来ない。

 

 生温い潮風と磯臭い香りを感じながら俺は準備運動を開始。

 今更、不安そうな光といのりさんの顔を見て『大丈夫だよ』と、頭を撫でる。

 そして俺は覚悟決めた。

 

「死ぬなぁ!ピュア太郎ォォォォーーー!!」

「司さん!頑張って!」

「司先生!ファイトです!」

 

 教え子たちの声援を受けながら、俺は夜の海へと飛び込んだ。

 ヤレヤレだぜ。

 

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