光ちゃんと司先生が結ばれる話   作:青紫

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天使降臨

 夜の海中レスキューは中々に骨が折れた。

 

「よっしゃあ!ピュア太郎獲ったどぉーー!!」

「キャー!素潜りもできる司さん素敵!」

「さすが司先生です!」

 

 海に飛び込んだ俺は闇の中からピュア太郎を見つけ出し救助した。

 海面に上がり大漁を告げる俺を、教え子たちの歓声が出迎える。

 彼女たちの手も借りて、ぐったりしたピュア太郎をなんとか桟橋へと引き上げた。

 

「危なかったぁ。マジで沈んでいるとは」 

「お疲れ様。これでヨダカのどざえもんは回避できたね」

「フッ、名古屋の河童と呼ばれた俺に不可能はない」

「聞いてないww」

 

 河童ではなく、海猿ばりの活躍をした俺は奇妙な達成感で満たされていた。

 光が『頑張ったね』と労ってくれるのが嬉しい。

 さて、やりすぎた光といのりさんは一応ピュア太郎に謝っておきなさいな。

 

「つ、つ、司先生!光ちゃん!」

「どうしたぁ、いのりさん?」

「よ、夜鷹先生…息してない、です」

「「嘘やろ!?!?」」

 

 仰向けに寝かせたピュア太郎の下へ駆け寄る。

 桟橋に設置された街灯に照らされたピュア太郎の顔は、なんだか酷く青白い。

 脈はある、呼吸は・・・してないだとぉ!?

 

 マズいマズいマズい!

 このままだと大事な教え子たちが殺人犯になってしまう!

 

《緊急ニュース速報!!》

《元金メダリスト夜鷹純さんが溺死体で発見されました》

《警察は彼の生徒と元生徒の身柄を確保、事情聴取をしている最中です》

《なお、真犯人は現場に居合わせた自称コーチのマッチョ男性で確定した模様》

《犯人の男はロリコンとして名高く、ヒグマにも興味を示していたド変態だという・・・》

 

 最低の想像が頭をよぎって血の気が引く。

 なんで真犯人が俺なんだよ!!

 

 まだだ!まだ終わらんよ!

 落ち着いて救助活動の続きをすればいいだけだ。

 こんな所で、教え子たちと俺の未来を閉ざしてなるものか!

 最悪、カミサキの手を借りる事に・・・そうならないよう今は最善を尽くそう。

 こういう時は定番の人工呼吸に限るっピ!

 よーし、やるぞぉ!

 

「「だめぇぇぇッ!!」」

「ふべっ!?」

 

 人工呼吸をしようとした俺を光といのりさんが押し留める。

 光の手が素早く俺の口を塞いでしまい、マウストゥマウスが不可能になる。

 邪魔をするんじゃないよ!手の平舐め回すぞ?

 

「ヨダカとキスするなんて許さない!」

「そんな司先生見たくありません!」

 

 言ってる場合かぁ!

 人の命がかかってるんだぞ!

 どいてくれ二人とも、俺はピュア太郎を助けるんだ。

 

「嫌ぁ!絶対に嫌ァァァ!!」

「反対です!断固反対です!」

 

 まあ!なんて聞き分けのない子たちだろうね!

 そこまで言うならさ・・・

 

「じゃあ、お前たちがやってくれ」

「「え??」」

 

 何ビックリしてんの?

 俺にやるなと言うなら、二人の内どちらかがやるしかないだろ?

 

 俺は二人を見る。

 二人はお互いの顔を見た後、無呼吸のピュア太郎へと視線を向ける。

 そして青くなった奴の唇をマジマジと観察した。

 

「「無理ィィィ!!」」

 

 無理なのかよ!

 ピュア太郎さん結構イケメンなのに無理なのかよ。

 ワガママ言ってないで、命を救う努力をしようぜ。

 

「ここは、いのりさんしか…」

「いのりちゃん…任せたよ」

「うえぇ!?」

 

 まあ、順当に行けば現生徒であるいのりさんが担当すべきだよね。

 さあさあ、ブチュッとやってくれたまえ!

 俺と光は応援に徹するからな。

 

「む、無理です。だってお姉ちゃんに悪いですし、これじゃホントに姉妹丼」

「そんな事言ってる場合じゃないんだよ!」

「いのりさん!時間がないんだ、覚悟を決めてくれ!」

 

 俺と光の熱い眼差しを受けて、いのりさんは黙りこくってしまう。

 俯いた彼女はプルプルと体を震わせた後に一呼吸。

 顔を上げた時には決意に満ち表情をしていた。

 そうか、やってくれるか。さすがいのりさんだ!

 

「……できん」

「「んん?」」

でっきーーん!!!!

 

 突如として大声を上げる、ピュア太郎の現生徒さん。

 いのりさんは両手で×印を作り明確な拒絶の意思を示した。

 彼女の凄まじい剣幕に俺と光は気圧される。

 とにかく嫌だという思念が痛い程に伝わって来る。

 ここまで言われてしまっては、さすがに無理強いができない。

 

「唐突な逆切れパワーで押し切るとは、いのりさん…やりおるわ」

「まったく、大した女だよ」

 

 俺と光は何故だか感心してしまった。

 そして、激烈に嫌がられたピュア太郎に心底同情した。

 

 いのりさんはダメだとすると、消去法で光がやるしか・・・

 

「マジで言ってる?」

「光ちゃん、お願い…」

「光…」

「うっ…」

 

 光が俺を見つめる『あなたはそれでいいの?』と、悲しそうな目だ。

 いいわけないだろ!俺だって苦渋の決断なんだ。

 だが、人の命には代えられない。

 すまない、光……お前を頼らせてくれ。

 俺といのりさんの懇願を受けて光は折れてくれた。

 

「あーもう!わかった!やりますよ!やればいいんでしょ!」

 

 それでこそだ!

 俺のパートナーは本当に強い子だと思う。

 粘膜接触は俺とだけだと、そう言ってくれたのに、何度も破らせてすまない・・・

 

 ため息をついた光は意を決してピュア太郎の前に屈みこむ。

 少し涙目になっているようで、そんな光から目を逸らしたくなる。

 

「頑張って光ちゃん!夜鷹先生を救えるのはあなただけだよ」

「このクソエビフライ!後で覚えてろよ」

 

 二人の友情にまた亀裂が入った気がするが、今は置いておこう。

 光は長い髪をかき上げ、ピュア太郎の口へと自分の口を重ねようとする。

 その姿が妙に煽情的で俺の鼓動は早鐘を打った。

 

 ドクンッ!!

 

 嫌だ、俺は、見たくない!許さない!認めたくない!

 

 光が別の男と口づけするなんて・・・断じて認められない!!

 

「つ、司さん?」

「司先生?」

 

 全ては無我夢中だった。

 俺は光の体を後ろから抱くようにして、ピュア太郎から引きはがしていた。

 自分の中の何かが叫んだのだ。

 『やらせるか!』と『光は…俺の……だと!』と咆哮した。

 

 俺の突飛な行動に、光もいのりさんも目をパチクリさせている。

 驚かせて悪かったな。

 

「やっぱり俺がやる。俺がやらなきゃならないんだ」

「え、でも、私は……大丈夫だよ。こんなの全然気にしないから、人名救助だから仕方ないって」

「嫌なんだよ…」

「へ?」

「俺は嫌だ!光が人工呼吸するシーンなんか見たくない!嫌すぎるぅ!」

「嬉しいな…そんなに私のこと////」

 

 俺は光を抱く力を強くする。

 どう考えても嫌なものは嫌なんだ!

 告白の返事すらまともにできていないし、日々のアプローチを散々スルーしている癖に、こんな時だけ独占欲を発揮する。

 ああ、本当にサイテー野郎だよ俺は!

 

「光、情けない野郎のワガママを聞いてくれ……ここは俺に任せてくれないか?」

「司さん…うん、わかった。ヨダカの命、あなたに託すよ」

 

 向き直った光が俺に抱き着いて頭グリグリ押し付けて来る。

 これが彼女の愛情表現だと今は十分理解しているし、やられて悪い気はしない。

 心が落ちつく、この子はいつも俺に勇気をくれるのだ。

 光が応援してくれるなら、ピュア太郎とマウストゥマウスするぐらい屁でもないぜ!

 

「あのー、イチャついているところ悪いんですが、そろそろマジで夜鷹先生がヤバいです」

「今いい所なのに…人工呼吸する素振りすら見せなかった、エビフライは黙ってろ!」

「こっちも必死なんだよ!なんと言われても、姉妹丼は回避してみせる!」

「まあまあ。ケンカはやめなさいな」

 

 衝突しそうになる二人を手で制する。

 仲直りしたというのに、ケンカに発展するスピード早すぎない?

 今はそれどころじゃないから後にしてくれ。

 

 俺はピュア太郎の前に膝をつく。

 綺麗な顔してるだろ?息してないんだぜ。

 未だに猫耳装備中の変態だが、これでも日本が誇る金メダリストだ。

 こんな所で溺死していい奴ではない。

 俺と教え子に殺人容疑がかかるのも絶対に阻止してみせる。

 

「終わったらいっぱい上書きしてあげる。頑張ってね!」

「俄然やる気が出た。やるっきゃないな!」

 

 普段なら断りを入れるところだが、今は光の提案を素直に受け入れる。

 クリア報酬『上書きチュー』のために頑張りますか。

 ピュア太郎との接吻を忘れるぐらい、甘くて濃厚なヤツを頼むぜ!

 

「わ、私も!司先生になら私のセカンドをあげてもいいです////」

「マジでか!?」

 

 きゃっほう!!ご褒美の追加に胸が高鳴るぜ。

 結束家の皆さんごめんなさい。

 いのりさんのセカンドキッス、俺がもらってしまうかもしれません。

 ファーストキッスは俺の不手際で光が奪取済みです。

 

ツーカーサーさぁぁん?」(#^ω^)ピキピキ

「ひぃ!?」

 

 イカン危ない危ない危ない!

 光という名前なのに闇属性のオオカミから殺意の波動が迸っている。

 慎重に言葉を選ばないと、俺は喰われてしまうだろう(性的に)

 

「い、いのりさんはもっと自分を大事にした方がいいね!だから、お気持ちだけで結構です!」

 

 光の威圧が怖すぎたので、いのりさんからのご褒美は辞退する。

 俺ってばもう尻に敷かれてるのかな?

 

「そうそう、それでいいんだよ。いのりちゃん?私の夫になる人にちょっかい出さないでね?」

「嫉妬深くて束縛激しい女は嫌われるよ?そんなので司先生を伴侶になるとかw夢のまた夢なんじゃない?」

「あはっ!いのりちゃん、本当に言うようになったね~………狩るよ♠」

 

 ひぇ!光が人を殺す前のヒソカみたいな顔してるwww

 やめなさい!友人に向けていい顔と殺気じゃないわよ!

 

 俺たちがバカな事をやっている間に、ピュア太郎はあの世へ旅立とうとしていた。

 

 ●

 

 おふざけはここまでよ!そろそろ本気出す!

 教え子たちから勇気をもらい、ご褒美は後でもらう。

 気合を入れ直してから、ピュア太郎の顔を覗き込むような体勢になる。

 俺の本気を感じ取った教え子たちも、固唾を呑んで俺を見守ってくれるようだ。

 二人とも、スマホを録画モードにしながら構えているのは何故だろう?

 そうか!俺が人名救助に勤しんだ証拠を残そうとしてくれるんだな。

 頭のいい子たちで助かったぜ。

 一瞬、個人的に『よだつか』を楽しむためでは?と、疑ってしまった俺を許してくれ。

 

 気道確保よし!ピュア太郎の鼻をつまんで準備完了!

 無言のまま教え子たちに目配せする。

 俺を応援する気持ちと、若干の期待と不安を含んだ顔だ。

 心配するな。バッチリ決めてやるからな!

 大きく息を吸い込んで、ターゲットファイナルロック!

 いっくぜぇぇぇぇ!!

 

ちょっと待ったぁぁーーーッ!!

「「「なんだよ!?」」」

 

 夜空に響き渡る謎の声に妨害され、俺たち三人はズッコケた。

 もう!何?何?何なのよ?

 せっかく覚悟を決めたのに台無しじゃないの!

 今度こそ『やぁぁぁってやるぜ!』と誓った俺の心意気が宙ぶらりんになったわよ!

 

 邪魔をしてくれた奴は脇目も振らず、全力疾走でこちらへ突撃して来た。

 危険人物かと思い教え子たちの前に出るが、特に敵意は感じない。

 奴は俺たち前でブレーキをかけピタリと急停止した。

 声からも判明したが相手は女性、均整の取れた身体にセンスの良い服装、スカートから覗く生足が眩しい。

 そして、頭には何故か・・・茶色の紙袋を被ってる!?!?

 もうそれだけヤバい奴だと理解した。

 

 光を見ると首をブンブンと振って否定する。

 カミサキの敵対組織や、光や俺を狙う曲者ではないらしい。

 ありゃ?いのりさんの様子がおかしいぞ。

 大丈夫?口から魂が抜けてない?もしかして、お知り合いだったりするの?

 と、とにかく何者かを尋ねてみよう。

 

「あの、どちら様でしょうか?」

 

 紙袋に空いた二つの穴、恐らく目に当たる部分がキラリッと光ったように感じた。

 

「我が名はミカエル!そこで死にかけているピュア太郎のパートナーよ!」

「「な、なんだってぇーーー!!」」

 

 ピュア太郎が散々惚気ていた、大天使様のご登場だ。

 俺と光のリアクションに満足したのか、ミカエルは『フフン!』と得意気に鼻を鳴らす。

 

「彼氏のピンチに颯爽登場!人工呼吸は私にお任せ☆」

「おお!ミカエル、なんて頼もしい御方なんだ」

ミカエルwwwヨダカの何なのwwwわけがわからないよwww

 

 やった!これで俺がピュア太郎と口づけしなくてよくなった。

 彼女こそ救いのヒーローだ。ミカエル様様だぜ!

 光は詳細がよくわからないまま、ミカエルを指差して爆笑している。

 一方、いのりさんは・・・

 

何やってるの、お姉ちゃん?

 

 即行でミカエルの正体をバラした。

 いのりさんが心底呆れたような表情でミカエルを見ている。

 

「もうっ!のんちゃんってばノリが悪いぞ☆少しは空気読んでよね?」

「ヤダよ。恥ずかしい!」

 

 ミカエルはためらいなく紙袋を外してみせた。

 紙袋の下から現れたのは、予想通りの人物だった。

 若干の幼さを残しながらも利発そうな顔立ち、優しさと包容力を兼ね備えた魅力的な美女である。

 全力で甘えたくなるような雰囲気なのは、彼女が『お姉ちゃん』だからだろう。

 彼女こそ、いのりさんの実姉である結束実叶(みか)さんだ。

 

「いのりちゃんの!お姉さんだとぉ!」

「そうでーす。よろしくね☆」

「ヨダカと付き合ってるってマジですか?」

「マジですよ♪」

「マジっすかぁ……」

 

 光の問いにキラキラの笑顔で応える実叶さん。

 レンタル彼女や妄想の類でなかった事に光が呆然としている。

 (たで)食う虫も好き好きだから、仕方ないね。

 

「あなた光ちゃんよね?……わっはぁ!本物超か~わ~い~い~!お持ち帰りしちゃダメ?」

「ダメです。私は司さんの所有物なので」

「まあまあまあまあ!その歳で、もう運命の人を見つけたのね!のんちゃん、先越されてるww」

「うるさいな!ごめん、うちのお姉ちゃん頭パッパラパーなの」

「のんちゃん?そこは、お花畑と言ってほしいわ」

 

 実叶さんと光が打ち解け合い、いのりさんの心労が益々激しくなっていく。

 

「素敵な人だね。こんなお姉さんがいたら毎日楽しそう」

「欲しい?今なら格安で売ってあげるよ?」

「要らない。ヨダカついてきそうだもん」

「勝手に販売された挙句に売れ残った私!悲しいので妹たちをハグします!」

「「ぐぇぇ~~!!」」

 

 実叶さんが光といのりさんをまとめて抱きしめた。

 思いのほか力が強かったらしく、妹分たちの口から苦しそうな呻き声が漏れた。

 女三人寄れば姦しい。蚊帳の外になってしまったので寂しさを覚えた。

 俺も混ぜてほしい・・・じゃなくて!

 おーい、キミたちピュア太郎のことを忘れていませんか?

 

 実叶さんと視線が合う。

 ハッ!とした彼女は妹たちを解放し、俺に深々と頭を下げて来た。

 

「お久しぶりです、司先生。その節は、のんちゃん…妹が大変な無礼を働いてしまい誠に申し訳ございませんでした。それなのに、今日まで碌な挨拶も出来ずじまい、お恥ずかしい限りです。結束家を代表して誠心誠意お詫び致します」

「いやいやいや!そんなに畏まらなくてもいいですから、頭を上げて下さい!それよりも溺死寸前の奴がですね…」

「そうでした!お話はまた後ほど、今はピュア太郎の蘇生が先ですね」

 

 言うが早いか、実叶さんはピュア太郎の前に屈みこむ。

 パートナーが風前の灯火でも、彼女は冷静だった。

 俺以上に手際よく、状況分析と気道確保を終えると、ピュア太郎の鼻をつまんで息を吹き込んだ。

 

 ブッチュゥゥゥゥ~~~!!!

 

 や、やった!

 シビれもあこがれもしない完璧な人工呼吸だ。

 

「お、おう////」

「きゃっ////」

「…………オェ…」

 

 真っ当な治療行為だと解っているのに照れてしまった。

 光も同様だったらしく、飛びついて来た彼女と共に赤面してしまう。

 いのりさんだけは吐き気に襲われていた。

 

「お願い、ジュンくん。息をして」

 

 実叶さんの献身的な人工呼吸は一度では終わらず、何度も繰り返し行われる。

 本当に『ジュンくん』呼びしているんだ・・・似合わねー!

 思わず笑いそうになったが、真剣な実叶さんに水を差しては悪いのでグッと我慢。

 

ブッハッww出たwwジュンくんwww

「私も最初笑ったなぁ…今では慣れちゃったけど」

 

 耐えられなかった光が吹き出し笑い転げている。

 いのりさんは遠い目で姉の背中を見ていた。

 

「まだプロポーズしてもらってないよ?私を置いて天国に行っちゃうなんてダメだからね!」

 

 実叶さん・・・

 おい!ピュア太郎、いつまでも寝てんじゃねーぞ!

 現役モデルの彼女にここまで言わせて溺死とかあり得ねぇからな!

 泳げないとか知らんわ!三途の川ターンして戻って来いや!

 

 必死に人工呼吸を続ける実叶さんに俺も胸が熱くなった。

 少しでも力になるべく、教え子たちと一緒に呼びかける。

 

「夜鷹先生!起きて!このままじゃお姉ちゃんが行き遅れに」

「ヨダカァー!てんめぇ!いのりちゃんとお姉さんを泣かせたら許さんぞ!」

「惚れた女残して逝くとか、お前それでも金メダリストかぁ!」

「のんちゃんたち、うるさい。でも、そのまま声をかけ続けて」

 

 起きろ!起きるんだピュア太郎!

 あともう一息だと思う、何かこの男の覚醒を促すようなきっかけがあれば・・・

 そこで俺は閃いた、頭に電球が灯ったような感覚だ。

 

「光、ちょっといいか?」

「ん?何、今チューしたい?」

 

 この緊迫した状況でチューの催促はしないよ。

 それより、お前にやってほしい事があってだな・・・ごにょごにょ。

 俺の提案を聞いた光は嫌そうな顔をしたが、人工呼吸より遥かにマシなので了承。

 未だに起きないピュア太郎の耳元へと口を寄せ、甘く囁いた。

 

「起きて『パパ』朝だよ。ねぇ…『パパ』ったら!」

 

 ぐっはぁ!?今のは俺にもダメージが入ったぁぁ!!

 か、か、か、かわぇぇ~~!!

 父性をくすぐるような光の声に脳がやられたわ。

 今度から俺もああやって起こしてもらおうかな?

 

「………っ!?かはっ、ヴぁ……ぁ…」

「ジュンくん!」

「夜鷹先生!」

 

 ピュア太郎の体が大きく跳ね、奴は息を吹き返した。

 ダメ元でやらせてみたけど、俺は正しかったようだな。

 彼女の人工呼吸より、光の『パパ』が勝つとはな・・・どんだけ呼ばれたかったんだよw

 復活したピュア太郎に抱き着く実叶さん、いのりさんも何だかんだで心配していたようで、胸をなでおろしている。

 大役を果たした光は不満顔で俺の下へ戻って来た。

 

「もう二度とやらない。さぶいぼ出たわ」

「よくやったな。ちょっと俺にも『パパ』って言ってみれくれる?」

「それは私たちの子供にお願いしてね♪」

薮蛇(やぶへび)だったかw」

 

 あらヤダ気が早い////

 先を見据えすぎた光に俺は今日もタジタジですわ。

 

「う…‥‥ここは…?」

「ジュンくん、良かったぁ。もう!心配したんだから」

「実叶?来てくれたのか……一体何があった?」

「覚えてないんですか?光ちゃんに見つかった夜鷹先生がテンパって、自ら海に飛び込んだんですよ?」

「そう…なのか?まるで記憶にないが?」

「ビックリしたよ『ピュアピュアピュアァァァーーーッ!』とか奇声を上げてダイブしたんだから」

「司先生が危険も(かえり)みず助けてくれたのよ。ちゃんとお礼しないとね」

「実叶たちが言うなら真実なのだろう。迷惑をかけたみたいだな…」

 

 ゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑ!?!?

 

 女性陣が殺人未遂事件をなかった事にしてるぅぅ!

 三人に言い含められ、ピュア太郎の記憶は改ざんされた。

 とても憐れだが、俺にも都合が良いので黙っておこう。

 当事者の光といのりさんだけでなく、実叶さんまで口裏を合わせてくれるとは・・・

 『全部わかってます』と実叶さんが俺にウインクをしてくれる。

 さすが大天使だな!惚れてまうやろぉー!

 あ、嘘です。光さん?そんな怖い顔しちゃダメよ。

 

「夢を見ていてた……誰かに『パパ』と呼ばれる幸福な夢を…」

「『バカ』の間違いだろ」

「光……ちょっと呼んでみてくれないかい?」

「なんですかバカ?」

「フフフッ、このゾクゾクする感じ久しぶりだ////」

「「キンモーッ!」」

「ジュンくんの願いは私たちの子供が叶えてくれるよ♪」

「それは楽しみだ」

「ぅ………オェェ…」

 

 実叶さんが光と同じような事を言ってるw

 姉とコーチがイチャつく最中、いのりさんの吐き気は止まる事を知らない。

 ゲロインの先達である光が、彼女の背中を優しく擦っていた。

 

 ●

 

 ピュア太郎は無事生還を果たした。

 後の介抱は実叶さんに任せるとして、俺たちは急ぎアリーナに戻らなければならない。

 

「大変!もう完全に遅刻ですよ!」

「それもこれもヨダカのせいだからね!」

「すまない……この猫耳をやるから許してくれ」

「「いらん!!」」

 

 海にピュア太郎を突き落とした二人は元気である。

 遅刻の原因を作ったのは、お前らだと言いたい。

 

「実叶さん、俺たちはもう行かないと…」

「はい。ジュンくんの事は任せてください」

「世話になったな、司君…」

「いいって事よ!じゃあな」

 

 バカップルたちに別れを告げて教え子たちとダッシュ。

 時計を見るともう集合時間を過ぎてしまっている。

 瞳さんも今頃カンカンだろうか?

 ここは三人で走るより、俺が二人を運んだ方が速いな。

 

「いのりさん、失礼するよ」

「え?わ、きゃっ!?」

 

 いのりさんの体を両腕ですくうようにして抱える。

 お姫様抱っこになるけど我慢してほしい。

 

「光!来い!」

「ヒャッハー!ドッキングだぁー!」

 

 跳躍した光が後ろからおぶさるように抱き着く。

 腕はいのりさんを支えるために使用中なので、光は自力で俺にしがみつく格好になる。

 以前の襲撃事件を教訓にして、俺たちは避難訓練を実施するようになった。

 俺の合図ですぐさま逃走しやすい形態に移行するよう、光とは打ち合わせ済みだ。

 これはその成果と言っていい。

 

 前にいのりさん、後ろに光、二人とも軽いので負担は感じない。

 これなら行ける!!

 足に力を込めて俺は加速する。

 狼亜の訓練に参加して覚えた呼吸と歩法が役に立つ。

 

「飛ばすぜ!」

「わっ、凄いスピード…サラマンダーより、ずっとはやい!!」

「いのりちゃん、それビッチのセリフだよww」

 

 ピュア太郎を救助するべく海に飛び込んだ俺は、当然の如くずぶ濡れになっていた。

 準備のいい実叶さんが持参したタオルで体を拭いたが、濡れた服だけはどうにもならない。

 下を女性陣の前で脱ぐ訳にはいかないので、上のシャツだけ脱いで実叶さんに預けて来た。

 したがって、今の俺は上半身裸の半裸男である。

 

 二人の少女を抱えた半裸男が夜中に全力疾走・・・

 傍から見たらヤバいな!

 違うよ俺は変態じゃないよ。真摯で紳士なフィギアのコーチだよ。

 

「ウホッ!相変わらずイイ体してるぅ!!」

「そうでしょう!司さんの肉体美の前ではダビデ像も霞むんだよ」

「なんでお前が自慢気なんだよ」

 

 光が後ろからギュッとして耳に息を吹きかけて来た。

 今はらめぇ!力がぬけるからやめなさい!

 いのりさんも、俺の胸板をペタペタ触り『ぐふふ』と彼女らしからぬ笑みを浮かべている。

 

「司先生、乳輪から毛が生えてますね」

「そういうとこ見ないでくれる////」

「えい!えい!」

「乳首連打するのもやめてね////」

「ちょっと!勝手に司さんの体を弄ばないでよ!せめて、乳首一回500円払ってよ!」

「売るなバカ!」

「買った!後払いでお願い」

「毎度あり~」

「買う方もバカだ!」

 

 俺の体で売買契約を成立させる教え子たちには後でお説教だ。

 お前たちを闇商人に育成した覚えはないぞ。

 

 よーし!関空アリーナが見えて来た。

 そろそろ遅刻の言い訳を考えておかないとな。

 

「……司さん」

「なんだ光?耳の甘噛みはやめろよ」

「酔った……吐きそう‥‥」

「えええええ!?このタイミングでかい!」

「質の悪いゲロインだなぁ」

 

 光さんや・・・

 少し前から静かにしていると思ったら、俺の背中で乗り物酔いになっていたのか。

 ピュア太郎に会ったストレスが尾を引いた事で、ゲロインの特性が発揮されてしまったらしい。

 

「この角度だと、いのりちゃんにぶっかけるしかないね……ごめん」

「ごめん、じゃないが!?絶対やめてよ!何考えてるの?」

「諦めんな光!もうすぐだから持ちこたえてくれ!チィッ、限界まで加速する!!」

「……うぅ…揺らさないで…」

「光ちゃん頼むからこっち向かないで、おい!聞いてんのかぁ!」

 

 ・・・・・・・・・・

 

 集合場所に遅れて到着した俺たちは、待ち構えていた瞳さんたちに大目玉を食らってしまった。

 なんとか事情を説明するものの、俺が『ピュア太郎』というふざけた単語を口にした時点で、誰も聞く耳を持たなくなった。

 本当なんです!猫耳の変態が海にドッボーンしたんですってば!

 

『どうして半裸なのか?』

『下穿きが何故濡れているのか?』

『今まで教え子たちと何をしていたのか?』

『ピュア太郎なんて奴がいる訳ないだろ!』

 

 散々追及された挙句に・・・

 

『こいつ、二人に手を出したんじゃね?』

『あーあ、やっちまったなぁ!』

『警察に突き出した方がいいのでは?』

『『『『もげろ!!』』』』

 

 等々、事実無根の疑惑を向けられて落ち込んだわ。

 せめて尋問は、子供たちのいない所でやってほしかったな。

 『もげろ』が一番多かったのも傷ついた。

 

 そうこうしているうちに、光が限界を迎えて『オロロロロッ!』とゲロ!

 至近距離でそれを見た、いのりさんも『オロロロロッ!』ともらいゲロ!!

 教え子たちだけに恥をかかせる訳にはいかないという事で、

 俺も『オロロロロッ!』と追従のゲロ!!!

 

『『『ジェットストリームゲロの完成だ!!』』』

 

 などと言っている間もなく、鬼神と化した瞳さんに激しい折檻を受けた。

 俺だけ肉体言語アリでな!

 なんの!瞳さんからのご褒美だと思えば・・・やっぱり痛い!

 

 ゲロ掃除を含む後始末が大変だった・・・

 お集まりの皆様、遅刻と練習の妨害、本当に申し訳ございませぬ!

 笑って許してくれたり、庇ってくれた人たちに感謝しないとな。

 食中毒でもノロウイルスでもないので心配しないでください。

 

 クソぉ!コレも全部、ピュア太郎って奴が悪いんだ!

 

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