合宿二日目のスケジュールもなんとか終了。
ホテルに戻った参加者たちは入浴を終えた後、各々自由に過ごしている。
「今日も光ちゃんたち凄かったねw」
「本当に何をどうしたら、あんな風になるんだろう?」
「ゲロの三連コンボとか初めて見たw」
「瞳先生、メッチャ怒ってて怖かったあ」
「司先生だけスケートリンクに正座させられてたやつな」
「上半身裸のままだぜ?アレは相当キツかったと思う」
「その後『温める!』とか言って、光ちゃんといのりちゃんが密着してたよ」
「「「なにそれうらやま!!」」」
「半裸の司先生と密着か…けしからんな!」
「そっちかよ!」
話題の中心はやはり光たちの事だ。
昨日、光といのりが大喧嘩した事は記憶に新しいが、今はもう仲直りしたらしい。
『お騒がせしてごめんなさい』と、頭を下げて回っていたので本当なのだろう。
二人と一緒に謝罪行脚する半裸の男が気になってしまい、イマイチ内容が頭に入って来なかったが、三連ゲロについても謝り倒していた気がする。
「ホント、迷惑な連中だ…」
岡崎いるかはソファに深く腰掛け、天井を見上げていた。
風呂上りの彼女からは爽やかな石鹸の香りがする。
隣に座る友人の烏羽ダリアはタロット占いに興じていたが、いるかの趣味ではないので特に感想は無い。
カードの絵柄なんとなく不気味で好きになれないのだ。
「早期解決して良かったですわね。いるかも心配していたでしょう?」
「してねーよ。ガキ共がどうなろうと知ったこっちゃない」
「泣かされた事を根に持ってますの?」
「泣いてない!!」
「幼児退行したいるかは、可愛かったですわww」
「もういい!ダリア嫌い!」
立ち上がり、からかって来る友人に背を向け歩き出す。
喉が渇いたので飲み物を買いに行くつもりだ。
「私の分は紅茶でお願いします」
「パシリにすんな」
まあ、いいけど。
自分が飲みたい銘柄のドリンクを売る自販機は、ここらか少し遠い場所にある。
面倒だが散歩がてら行ってみる事にしよう。
ダリアの紅茶は、午後ティーでいいか。
「いるか?」
「なんだよ。リプトン派とか抜かすなよ」
「あなたを占った結果が出ました」
「頼んでないんだけど?」
「『待ち人来たる』でしてよ」
「おみくじか!」
タロット占いってそんな感じだっけか?
●
宿泊客のくつろぎに重きを置いたホテルには、様々なリラクゼーション設備が用意されている。
大人数が寝転べる畳張りの休憩所、ゲームセンターにカラオケルーム、温泉地によくある卓球台や最新のマッサージチェアもあって、至れり尽くせりだ。
「くっ…この程度…僕を舐めるなょびゃばばばばあばあばぁぁぁ~」
いるかは目的の自販機へ向かう道中、奇妙なモノを発見してしまった。
マッサージチェア相手に即堕ち2コマしている変な男がいたのだ。
ホテルが貸し出している浴衣に身を包んでいるのはいい。
だが、男が頭に猫耳を付けているのは理解し難い。
「なんだ、ただの変態か」
夏だから変なのが湧いたのだろう。
関わってはいけないと判断したいるかは、目を合わせず通り過ぎようとする。
『そこなドルフィン少女よ、待ちたまえ』
ドルフィンって私か?
つーか、なんだこの声?一体どこから??
『僕だ、ピュア太郎だ!』
「誰だよ!?知らねぇよ!」
頭に響く謎の声に思わずツッコんでしまった。
周囲には自分と高速でバイブレーションする猫耳の変態しかいないはずだが?
まさか、この変態が私にテレパシーを・・・
ないない!それはない!あり得ないってww
我ながらバカな考えをしたものだ。漫画の読みすぎかな?
『変態ではない。ピュア太郎だ』
「お前かぁ猫耳ぃ!!」
『僕の思念を受け取れるとは、中々良い感性を持っているな』
あり得ない事が起こっていた。
どういう手品か知らないが、猫耳が直接脳内に語りかけているようだ。
ハッキリ言って恐怖以外の何物でもない。
なりふり構わず逃げた方が良いだろうか?
『警戒する必要はないぞ、前年度ジュニアGP女王・岡崎いるか』
「私を知ってる?お前、合宿の関係者なのか?」
『違う。教え子から引率拒否されたのに心配で『来ちゃった☆』ピュア太郎だ///』
「そりゃ拒否もされるわ!!」
猫耳の変態に引率されたい奴なんかいねぇよ!
合宿参加者に、こんな変態をコーチにした選手がいるとは・・・
マジ引くわー。
『本題に入ろう、ヘルプミーだ』
「はぁ?」
『マッサージチェアの最高レベル『インフェルノ』に挑戦したらこの始末。どうか僕を救ってほしい』
「そんなの自分で電源切るか、レベルを下げればすむ話だろ?」
『キミは阿呆か?こんなに激しく震えている僕が、スイッチ類の操作をできるとでも?』
確かに、自称ピュア太郎は信じられない勢いとスピードで震えている。
あれでは指一本動かすのも難しいだろう。
新手の拷問器具か震動兵器かな?そのうち体が崩れていきそうで怖いなぁ。
不用意に触れると、こっちまでダメージを負いそうだ。
こんな危ないマッサージチェア、造った奴も導入した奴も、今座ってる奴もみんな頭おかしい。
「止まるまで我慢してれば?」
『タイマーは残り30分だ。終わる頃には僕の分子構造が破壊されているぞ』
「助ける義理ないし」
『自分で言うのもなんだが、僕が死んだらフィギア界全体の損失ではないかね?』
「フィギア界に猫耳変態はいらんだろ」
『薄情だなキミは!そんなに人助けが嫌か?僕の友人と教え子を見習うべきだ』
「私、ジュース飲みたいからもう行くわ」
『待って!ジュース代ぐらいなら出すから助けて!健康ミネラル麦茶おごるからぁぁ~』
「午後ティーにしてくれ」
バカの声が頭に響いてうるさいので、渋々助ける事にした。
椅子ごと震えているバカに近寄ってスイッチをオフにする簡単なお仕事です。
拍子抜けするほどあっけなく、危険なマッサージチェアは停止した。
『ありがとう。本日二人目のヒーローはキミだ』
「意味がわからん。それより、テレパシー送るのやめろ」
「そうだな……ここからは、普通に喋ろう…」
思念とは違い、変態の地声はボソボソして覇気が感じられない。
高振動していたせいか、浴衣は着崩れ猫耳のカチューシャは頭からズレてしまっている。
顔は・・・うおっ!?!?
気付くのが遅れたが、変態はかなりのイケメンだった。
色白の肌に驚くほど整った顔立ち、だらしない性格が垣間見える、ぼさぼさの髪の毛や気怠げな表情すらも魅力的に感じてしまう。
異様なほど鋭い眼光に見つめられると、なんだか酷く落ち着かない。
はだけた浴衣から覗く肉体もよく引き締まった細マッチョで、大層美しい。
とぼけた言動と猫耳さえなければ、一生女に不自由しない生活が送れそうな男だ。
「どうした?…僕の顔に何かついてる?」
「あ、いや、変態の癖に美形だと…何言ってんだ私は」
「お褒め頂き感謝する。教え子たちにボロクソ言われた心が癒されるよ」
いるかは自分の顔が赤くなるのを感じた。
ちょっと美形だからって、あまりにチョロ過ぎませんかねぇ!
自分の手のひら返しにツッコミつつ、残念のイケメンを観察する。
んん?この男・・・どこかで見たような?
自分はこの男を知っている?
ミーハーな性分は持ち合わせていないので、好きだったアイドルや芸能人という線は薄い。
私が興味あるとすれば、スケートの選手ぐらいか?
この男は言った、自分の死はフィギア界全体の損失だと。
その大言壮語が本気だとしたら、こいつはまさか・・・
いるかの脳裏をかすめたのは、昼間、司が跳んでみせた四回転ジャンプの光景だ。
それは誰の再現だった?
司は誰の技をベースにしてあのジャンプを跳んだのか?
みんな言っていたではないか、自分もアレは
日本が世界に誇る元金メダリスト。
今もなお、スケートを嗜む者全ての尊敬と畏怖を一身に集める、フィギア界の絶対王者。
「夜鷹…純…?」
そうだ、絶対にそうだ。
写真も動画も飽きる程見て来た自分の直感が、彼を本人だと認めたのだ間違いない。
子供の頃から大ファンで、私が尊敬できる数少ない男性の一人だ。
その夜鷹純が今、目の前にいるぅーーー!?!?
いるかは激しくテンパった。
フィギアスケートの頂点が変態だった事より、今の自分が何の準備も心構えも出来ていない事を後悔してのテンパり具合だ。
最初、見捨てようとした事や乱暴な物言いで幻滅されていたらと思うと、気が気ではない。
そんないるかの内心を知らず、ピュア太郎はマイペースであった。
「人違いだ。僕はピュア太郎という名の妖精にすぎない」
「よ、妖精!?いや、アンタどう見ても夜鷹純だろ」
「スケートに励む女子だけに見える妖精だ!」
「なんか気持ち悪ッ!」
やっぱりただの変態かもしれない。
●
自称ピュア太郎の夜鷹純と遭遇してしまった。
助けた礼にジュースを奢ってくれるらしいので、彼と連れ立って歩く。
なんだが緊張する。
それも仕方のない事だ、だって私は今あの夜鷹純と一緒に行動しているのだから。
ダリアや他のみんなに自慢したい。
同じホテルに彼がいると知ったら、みんながどう反応するか見ものだと思う。
想像以上に変人だったけど、彼がフィギア界の
オリンピックに出た時の話とか、一ファンとして、いろいろと聞いてみたい事が多すぎる。
「オリンピックか…あの頃の僕は、日本一つまらない男だった」
「そ、そんな事は、ないと思いますけど…」
「世間の評価など虚しいものだよ。結局、自分と自分の大切な人たちに認められてこその人生だ」
「な、なるほど」
「その点、今の僕は充実していると言っていい!だって彼女いるから!勝ち組だから!」
「よかったですね…」
「え?彼女の話を聞きたいって?仕方ない、キミにだけ特別に僕とミカエルの馴れ初めを…」
「あ、マジクソ興味ないんで結構です」
「聞いてよ!BGMにしていいから聞いてよ!なんでみんな嫌がるのかなぁ?」
少し会話してわかったが、彼は自己評価が低く、金メダルを獲得した功績にはまるで頓着していない。
それよりも今彼女がいる事の方が重要らしく、惚気話を語りたくて堪らないらしい。
夜鷹純の彼女ねぇ、どんな人なんだろう?
どのようにして、この変態・・・じゃなかった、イケメンを落としたのかは少々気になる。
彼の残念な性格を知ってなお、付き合いを続けている胆力には感心すら覚える。
「噂をすれば何とやらだ」
「はい?」
「ジュンくーん!」
不意に立ち止まった夜鷹純の視線の先、パタパタと駆け寄る浴衣姿の女性がいた。
栗色の髪をなびかせ、こちらへ向かって来る女は遠目に見てもかなりの美人だ。
「探したよ、ジュンくん。マッサージチェアを試して来るって言ってたのに、いないんだもん」
「すまない。事情があって、この子にお礼のジュースを奢る途中だ」
近くで見ると余計に女の美貌が際立つ。
なんか全体的にキラキラしているし、雑誌から飛び出したファッションモデルみたいだと思ってしまった。
これが夜鷹純の彼女?
なんだこりゃぁ!美男美女かよ!お似合いですね!
「ジュンくん?また何かやらかしたの?」
「めっちゃブルブルした」
「
「バイブ太郎になるところだったのを、救ってもらったピュア太郎だ」
「ヤダっ!卑猥ねww」
彼女さんが鋭い正拳突きを放ち、夜鷹純が片手でそれを捌く。
暴力的なスキンシップだが『あはは』『うふふ』とじゃれ合う二人はバカップルそのものなので、いつものやり取りなのだろう。
なんか、物凄く場違いな気がして来た。
ジュースは諦めて、お邪魔虫は退散した方がいいのだろうか?
「ごめんなさい。ジュンくんがご迷惑をかけたようで、私からもお礼しま……」
「いえ、そんな。気にしないで、いいです」
「……ん?んんん??」
「あ、あの、どうかしましたか?」
彼女さんが私の顔をジーッと見つめたまま固まってしまった。
そして、いきなり私の顔を両手で掴んでむにむに・・・って!
何しとんじゃぁワレェ!
「ちょ、やめ…」
「………いるか…ちゃん?」
「はぁ?どうして私の名前を」
「わあーっ!!やっぱりいるかちゃんだぁ!キャーー!!いるかちゃぁぁぁんんん!!」
「なっ!?ふぐぇぇ~~!?!?」
彼女さんが私の名前を叫びながら抱き着いて来た。
思ったより力が強く圧迫された胴体が軋み、変な声が漏れてしまう。
「いるかちゃん!いるかちゃん!いるかちゃんだぁぁ!!」
何事?何事?何が起こってる?
私の名前を連呼するこの女は一体?
「実叶…楽しそうだね?僕も抱き着いていいかい?」
「ジュンくんはダメ!」
「(´・ω・`)ショボーン」
あからさまにションボリする夜鷹純。
そいつが今、聞き捨てならない名前を呼んだ気がする。
「ぐぇ…み、ミカだと?今、実叶つったのか!?」
「そうだよ!私だよ、結束実叶だよ。久しぶりだね~」
「なぁにぃぃぃィィィーーーッ!?」
今度は私が叫ぶ番だった。
横で寂しそうにしている夜鷹純が、どうでもよくなるほどの衝撃が全身を駆け巡る。
実叶・・・結束実叶。
スケートを始めたばかりの幼い頃、私と仲良くしてくれた相手。
実叶は私よりもずっと上手で、いつもキラキラしていて、そんな彼女が大好きだった。
大きくなっても一緒にスケートをやろうと言って笑い合ったのが懐かしい。
他にもいろいろ約束した記憶があるのだが・・・
実叶はある日、ケガを理由に突如スケートを辞めてしまったのだ。
あんなに一緒だったのに・・・それ以来、会う事はなかった。
正直、裏切られたと思った。
実叶にも事情があったのだろうが、私はずっとその事を根に持っていたのだろう。
いのりが彼女の妹であると気付いた当初、辛く当たってしまったのもそのせいだ。
電話で話してみる?と、いのりに提案された時は少し揺れたが意地で断った。
次に彼女と話をするのは、私がオリンピックで金メダルと獲った時だと決めていたからだ。
それなのにさぁ・・・
いきなり、こんな所で会うとかなんなんだよォ!!
私の決意と覚悟、全部パァになったじゃんかよォ!
ホントもうどうしろっちゅーねん!!
「いるか!いるかぁ!いるかちゅわぁぁぁんんん!!」
「ぐあぁぁ!しつけぇ!」
抱き着くだけでは飽き足らず、実叶は頬ずりまでして来た。
その頬ずりが激しすぎてヒリヒリすんだが?摩擦熱で熱いんだが!
「NTR!これが噂に聞くNTRか!?なんだコレは、悔しいはずなのに、不思議と実叶とドルフィンのイチャコラを見続けたいという欲求もある。ヤレヤレ、僕としたことが、また新たな扉を開いてしまったようだ。後でいのりにも教えてあげないと…そうだ、司君と光にも意見を聞きたいな」
夜鷹純・・・いや、もうバカでいいや。
バカが新境地に達してクネクネしていた。
おい、お前の彼女だろうが!私の頬がゴッソリ削られる前に助けろや!
●
頬ずりをされるがままの思考にブレーキがかかる。
おい、ちょっと待てよ・・・
今更だが重大な事実に気付いてしまった。
か、彼女だって?
実叶が夜鷹純の、彼女だと、そう申したのかい!?
嘘だ・・・
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!ウソだぁぁーーーッ!!!
「キャッ!?いるかちゃん、どうしたの?急に白目を向いたら怖いわよ」
「実叶、キミの鯖折りが強烈すぎたのでは?」
「……あびゃ~…刻が見える…」
「え?コレマズくない。完全にイっちゃってない?」
いるかは放心しながら幼き日の事を思い出していた。
自分に関心のない両親、冷え切った居心地最悪の家庭。
ひねくれてしまった自分は、学校にも上手く馴染めず毎日が苦痛でしかたなかった。
そんな自分の唯一の安らぎは、スケート教室で親友と滑る時だけだったように思う。
結束実叶・・・私の親友にして、憧れのスケーター。
同性の彼女につい依存して、友達以上の感情を抱いたが後悔はしなかった。
『ミカ!大きくなったら結婚して!』
『ダメだよ、いるかちゃん。女の子同士は結婚できないってば』
『今は『たようせい』の時代なんだよ!『どうせいこん』も普通にできるようになるはず』
『難しい言葉を知ってるんだね……ごめんね、私は普通に男の子を好きになって結婚したいなぁ』
『ヤダぁぁ!ミカがあんな汚らわしい生物とズッコンバッコンするとかヤダよォォ!』
『ズッコンバッコン言うのはやめようか』
思い・・・出した!
幼い私は実叶に求婚していたのだ。
『どうしたら、結婚してくれる?』
『えっと、諦めるという選択肢は?』
『ない!』
『そっかぁ…じゃあ、いるかちゃんがオリンピックで金メダル獲ったら、考えてあげる』
『マジで!?言質取ったからね!ミカに二言はないよね?』
『うん、いいよ。でもそうなる前に、私に彼氏や旦那が出来ていたら潔く諦める事が条件だよ?』
『わかった!ミカが非モテになるよう、お百度参りするよ!わら人形用意しなくっちゃ』
『それ丑の刻参りだ!?絶対やらないでね』
『え?五寸釘よりも私とズッコンバッコンしろと、そういう事なの?遠回しなお誘いなの?///』
『ちがーう!いるかちゃんと、ズッコンバッコンはやらないし!できないよ!』
『や・ら・な・い・か?』
『やらないわ!!』
そうだった。
それから私はスケートに本気で取り組むようになったんだ。
『金メダリストになって、ミカとズッコンバッコン…ぐふふ、楽しみだねぇ?』
『やらねぇつってんだろ!?』
実叶がスケートをやめてしまってからも、ずっと私はあの約束を、心の何処かで覚えていたんだ。
私が持つ金メダルへの渇望は、実叶の存在があったからだ。
それが今・・・
「ノゾミガタタレター!!」
「いるかちゃん!?」
「ほう、美しいイナバウアーだ」
過去の回想から戻ったいるかは、大きくのけ反り絶叫する。
自分が実叶にこだわる理由を思い出したのに、それが儚く霧散していた事を認めたくない一心の叫びだ。
よりにもよって、夜鷹純かーい!
実叶ってば、宣言通り金メダリストがタイプだったのか?
「あのー、これは確認なのですが?」
「あ、戻って来た」
「勝手に発狂して勝手に正気になるとは、情緒不安定だな」
うるさいバカ!
猫耳を頭皮ごとむしり取るぞ?
「お二人は、本当にお付き合いしているのでしょうか?」
間違いであってほしい。
残り少ない理性を総動員して、実叶たちの本心を確認しておかなければ気が済まない。
『ドッキリでした☆』と笑ってくれたらどんなにいいか・・・
私の問いに実叶とバカは顔を見合わせて微笑む。
おーい、目で会話してんじゃねーよ。
「俗に言う、ラブラブというヤツだ」
「もう!ジュンくんってば、ぶっちゃけすぎ////」
かぁー!甘い空気をまき散らしおってからに!
こっちは嫉妬の炎に身を焦がしてるつーのによぉ!
不満顔の私に何を思ったのか、バカップル共は証明すると言い出した。
「人工呼吸の続きだ。いいかい?」
「ジュンくん…うん、来て…」
はいはい。
ズキュウウウン!ズキュウウウン!ズキュウウウン!
私の前で堂々とキスしてくれやがりました。
濃厚過ぎる上に長いわ!!
誰がそんなに激しくやれって言ったよ!
お前ら、もう私のことをなんか目に入っていないだろ?
私は一体何を見せられているのだろう・・・
いるかは目の前が真っ暗になった。
●
気が付いた時、いるかはバカを最初に目撃したマッサージチェアに座っていた。
手には午後の紅茶500ミリペットボトルと、何かのメモらしき紙切れ、そしてスイカバーと握っていた。
紅茶はいいが、スイカバーを頼んだ覚えは毛頭ない。
おそらくバカの仕業だろうが、ジュース奢ってくれるのではなかったのか?
紙切れに目をやると、やや丸っこい文字で文章が書かれていた。
『いるかちゃんへ、会えて本当に嬉しかったです』
『私はジュンくんと、ホテルの部屋にシケこむ予定があるので失礼するね☆』
『のんちゃんとも、仲良くしてくれるとありがたいな』
『スイカバーはジュンくんのおススメです。溶けないうちに食べて』
『追記・昔の約束はともかく、いるかちゃんが金メダリストになるのを応援してます』
・・・・・・・・・・
フラフラとした足取りで、いるかはダリアの下へ戻って来た。
「随分と遅かったですわね?道中、何かありまして」
「……いた」
「ん?何がです?」
「ピュア太郎がおった…」
「何ですかそれ?……あ、確か司先生がそのような不審者がいたと言っていたような?…」
「…実叶もいたんだ」
「ミカ?それって、あなたが長年こじらせていた、あの実叶さんですか?」
「今頃あいつらお楽しみ中だよ!チクショーめぇぇ!!!!」
「意味がわかりませんわ!?」
投げつけられた紅茶入りのペットボトルを慌ててキャッチするダリア。
錯乱状態の友人にドン引きしながらも、落ち着くように指示する。
いるかは、そんなダリアを無視してスイカバーを乱暴に開封。
溶けかけたアイスを流し込むようにして口へ入れ、また叫んだ。
「ここからいなくなれェーッ!」
「誰が?何処にですの??」
意味不明な退去通告をしたいるかは、ドサッと崩れるようにソファへ仰向けに倒れ込んだ。
そうして二度、三度と痙攣した後、いるかは大人しくなった。
どう声をかけたら良いのかわからぬまま、ダリアはそっといるかの頭に触れ優しく撫でる。
何か彼女の精神に大きな負担のかかる出来事があったようだが、話を聞かない事には始まらない。
半開きの口から『あいつらズッコンバッコンしたんだ…』と、呪詛のようなうわ言を垂れ流す、友人の姿は見ていて非常に心苦しい。
「いるか?何があったのか、話してくださいまし」
ダリアの方を見ず、虚空に瞳を彷徨わせたままのいるかは、一変して陽気な声で話し出した。
「大きな星が点いたり消えたりしている。アハハ、大きい...彗星かな。イヤ、違う、違うな。彗星はもっとバーって動くもんな。暑っ苦しいなココ。ん...出られないのかな。おーい、出し下さいよ...ねぇ」
「あ、これダメなヤツですわ…」
岡崎いるか、精神崩壊確認!!
その後、再び幼児退行したいるかは、ダリアや他の合宿参加者に散々バブって、なんとかマインドクラッシュから回復したらしい。
・・・・・・・・・
「……」ジーッ
「いのりちゃん…またいるかパイセンがこっちガン見してるよ?」
「うん、わかってる。めっちゃ悪寒が走ってる」
「ちょっと、私を盾にしないで!」
「ヤバいって。アレ、司先生を見る光ちゃんと同じ目だってばよ」
「あー…それは、うん…襲う気満々だね。ご愁傷様w」
「嫌だなぁ。光ちゃんあげるから、それで我慢してくれないかなぁ」
「やーめーてーよーw」
「……フタリトモ…ウマソウダナ…」ペロリッ
「「ひぃ!?!?」」( ゚Д゚)( ゚Д゚)
いるかの後輩女子を見る目つきが怪しくなったのは、気のせいだと思いたい。