「久しぶりだね、司さん」
「ありえない…」
部屋に押しかけて来た光の第一声に俺は冷汗を流す。
あたかもそれは、4年振りに再会したライナーとエレンのようであった。
久しぶりもなにも、光とは昨日もほぼずっと一緒に行動していたはずだ。
それなのに『久しぶり』という言葉を否定できないのは何故だ?
心臓を鷲掴みにされたような、このどうしようもない罪悪感は一体何だというのだ?
「楽しかった?」
「な、何が……」
「私を放置して他のSS連載するの楽しかったか、聞いているんだけど?」
「いや、それは……」
最初はちょっとした気分転換のつもりだったんだ。
それがどういう訳か、筆が乗ってしまってな。
ほら、キャラが勝手に動くというかそんな感じでさ。
「この浮気者!最低ッッッ!」
確かに最低だ、光が怒るのも無理はない。
アニメ2期を終え、来年には劇場版を控えているというのに、この体たらく。
すまない光…不甲斐ない俺をもっと罵ってくれ。さあ、早く!
「ドMか!自分が気持ちよくなりたいだけじゃん」
「俺をこんな風にしたのはお前だろ?責任取れよ」
「はいはい。今世も来世もそのまた先も、未来永劫ずっと一緒にいてあげる」
「そんな粘着宣言より早く俺を蔑めよ!焦らしてるつもりか、あ゛ぁ?」
「この考え…人格が
ハァハァ(´Д`)
劇場版で罵倒される瞬間を想像するだけで俺はもう、辛抱たまらん。
あのシーンの光を見て興奮しない方が変態だと思うのよ。
これは俺が最高の
「プルスウルトラ!!」
「その先は地獄だよ!?」
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
「という夢を見たんだ」
「悪夢以外の何物でもないね」
昨夜見た夢の内容を光に聞かせながら反芻していた。
それにしても奇妙な夢だった。
俺はSSを連載してはいないし、断じてドMでもないというのに。
「逃げるなアア!!更新から逃げるなアア」
「やめろ!うっ…頭が……」
光が意味不明なこと叫び出して頭がひどく痛んだ。
昨日イキュラスキュオラを使い過ぎた疲れが残っているのだ、きっとそうだ。
悪い夢のことはもう忘れよう。
●
どうも明浦路司です。
半年以上時間が止まっていた気がするが、光のコーチとして今日も一日頑張るぞい。
将来有望なフィギュアスケート選手たちを集めて行われる夏の強化合宿。
三日目になり、選手やコーチ陣もだいぶ打ち解けて来た。
食堂では皆が和気あいあいとした雰囲気で朝食をとっている。
「それでね、すっごくムカつく奴が私のことを『フニャチン製造機』だって笑ったんだよ。ひどくない?」
「朝っぱらから『フニャチン』とほざく、お前の頭が一番ひどい」
朝食の席で『チン』と恥ずかし気もなく宣う光は今日も絶好調だった。
このやたら可愛い癖に少々残念な美少女、狼嵜光が俺のパートナーである。
光ちゃん、お下品だからやめなさい。
「まあでも、光ちゃんを見たらフニャっても仕方ないよw」
「いのりちゃんは本当に失礼だな!世の男たちは皆、私で前かがみになるっていうのに…そうだよね理凰?」
「俺に振るんじゃねえ、飯がマズくなるから失せろ」
「『前かがみ』ってなんら??」
「ミケちゃんは知らなくていい事だよ」
ミケ太郎にはピュアなままでいてほしい。
光みたいになったら、ナッチン先生が泣くぞ。
「司さんは『フニャチン』じゃないもんね?今日も『バッキバキ!』にそそり立っているもんね?」
「お、この味噌汁うまいな」
「ガン無視はやめて( ゚Д゚)」
光を育成するためのバイブル『猿でもわかる犬のしつけ』という本によると、
不適切な行動が始まったら無視を貫き、大人しくなったら褒めるメリハリが重要なのだとか。
オオカミ属性な光には効果絶大なので今後も実践させてもらおう。
「うぅ…ひどいよ。昨日、あれだけ私をヒイヒイ言わせた癖に…」
「いいから早くご飯食べなさい。今日はゲロするんじゃないわよ」
「私がいつもゲロ吐いてるみたいに言わないでよ『真フニャチン製造機』の瞳さん!」
「死にたいようだな小娘!!」
「んぎゃぁぁぁーーー!!」
瞳さんにアイアンクローをされ、光は情けない絶叫を上げた。
ダイ大版のメガンテみたいに指が食い込んでるけど、大丈夫かな?
顔の形が変わる直前で止めればいいかと思いながら、俺は朝餉を頂くことに集中した。
俺と同様に食堂にいる皆は何事もなかったかのように食事を続けている。
飽きてしまったのか、慣れてしまったのか、それとも関わり合いたくないのか。
美少女のリョナシーンが日常の一コマになった合宿ってなんやねん。
●
午前のプログラムは滞りなく終了し、休憩時間と相成った。
アリーナから外に出て海辺の遊歩道をしばらく歩いた所に設置されたベンチセット、そこに腰掛けた俺は海を眺めていた。
ここは光といのりさんが和解した場所だったりする。
遠く離れた見覚えのある桟橋を指差しながら、俺は隣の少女に話しかけた。
「ピュア太郎が落ちたのはあの辺かな?」
「ですね。いきなり入水自殺するからビックリしましたよ」
「いや、あれは光といのりさんが突き落とし…」
「半年以上更新をサボっているから記憶障害になったんですね!かわいそうに」
「いやそんなはずは…」
「あの人はひとりで勝手に落ちた。いいですね?」
「アッハイ」
少女の圧に屈した俺は頷く事しか出来なかった。
更新という言葉に奇妙な罪悪感も覚えるので従うしかない。
ごめんて、もうゆるしてや。
隣にいる少女は光ではない、いのりさんだ。
結束いのり、俺の元パートナーであり、光の友人兼ライバルでもある子だ。
昨年末の突発的な別離が随分と昔に感じる。
今一度、話し合う必要があった俺たちは、ようやくその機会を設けたのである。
「海、綺麗ですね…」
「ああ、猫耳男の溺死体が上がらなくて本当によかったよ」
光や周りの人たちのおかげで俺のメンタルも大分回復して来ている。
その証拠にマインドブレイクの原因となった、いのりさんと二人っきりでも心は穏やかだ。
「お姉ちゃんたち、まだ同じホテルに居るんですよ。早く帰れって言ったのに」
「いのりさんが心配なんだな。いいお姉さんじゃないか」
「私をダシにしてデートしているようにしか見えないんですが、ホントやめてほしい」
いのりさんが諦観したようなため息を零した。
心中お察しします。
「ピュア…夜鷹純とは、その、どんな感じだい?」
光からはあまり良い印象の話は聞けていない。
正直、あの男をコーチとして直接指導を受けているいのりさんが心配である。
「確かに最初は無茶苦茶でしたね。でも、最近は割とまともというか、夜鷹先生なりに私のことを考えてくれているみたいで」
「そうか、上手くいってるみたいだね。安心したよ」
「あの人コミュ症だし、司先生みたいに褒めてくれないし、未だに何考えてるのかわかりませんけど、フィギュアスケートの腕前だけは本物なんです」
一呼吸おいてから、いのりさんはしっかりと俺の目を見て告げた。
「私にとって、夜鷹先生は最高のコーチですよ」
最高のコーチという言葉が俺の胸に突き刺さる。
それは、かつて自分がそうありたいと願った姿だから・・・
いのりさんがあえてそれを言ってくれたのがわかる。
これは、彼女から俺への決別を示す言葉なのだ。
私は見つけたよ。
もう大丈夫だよ。
あなたがいなくても大丈夫だから。
だから、心配しないで。
あなたは、あなたの隣にいてくれる子を、
本当に大切にするべきあの子を、ちゃんと見てあげて。
独りよがりの妄想だと笑われてもいい。
俺にはいのりさんが、そうやって背中を押してくれているように感じたのだ。
「司先生こそ、どうなんですか?光ちゃんと上手くやれてます?」
「逆に聞くけど、上手くいってないように見える?」
「いえ、新婚夫婦もドン引くレベルのイチャつき具合でしたね。砂糖吐きそう」
「そんなに?普通にしているつもりなんだけど」
「アレが普通に思える時点で相当ヤバいですよ」
俺と光は傍から見ても仲良しコンビらしい。
あれぐらい普通だと思うけど、違うのか?
「光はやることなすこと型破りな奴でさ、俺はいつも振り回されてばかりだ」
「クスッ…目に浮かびますね」
「いろいろ大変に思うこともあるけど、悪い気はしないんだよなあ。最近はもう次に何をしてくるのか楽しみだったりするw」
「大分毒されてますよ、ご愁傷様」
「あいつフィギュア本当に頑張ってるんだ。何度転んでも、何度体を痛めても、絶対諦めない。そういう時のあいつは本当に綺麗でさ、滅茶苦茶カッコよくて綺麗なんだよ」
「うわぁ…さっそく惚気ですか」
いのりさんがちょっと呆れているが、これは俺の本心だから仕方ないのだ。
俺はいのりさんと視線を合わせ告げる。
「光は、最高のフィギュアスケート選手だ。俺には勿体ないぐらいのな」
いのりさんが目を見開く。
それは一瞬のことで、すぐに優しく頷いてくれた。
俺もあえて光を最高と言った。
これは、俺からいのりさんへの決別の言葉だ。
俺も見つけたんだ。
もう大丈夫だからさ。
キミの傍にいられなくても大丈夫だから。
だから、そんな顔をしなくていいんだ。
キミは、キミの望むままに、
思い描いた理想のフィギュアスケーターになっていいんだよ。
俺のこの思い、いのりさんに届け~。
届かなかったら泣いちゃうわよ。
「「ぷっw」」
しばらく見つめ合う形になってしまい、どちらからともなく吹き出してしまった。
俺たち、なんで相方自慢しているんだろう。
「光ちゃんの一方通行かと思いきや、司先生の感情もかなり重いですよねw」
「そうかなあ?あいつの愛情表現に比べたら俺なんか健全すぎるだろ」
「やれやれ、光ちゃんの思う壺ですね」
多少なりともドツボにハマった自覚はある。
それでもいいやと思っている俺は光中毒の末期患者だ。
「いのりさんだって、何だかんだで楽しそうだよ」
「む?どういう意味ですか」
「夜鷹純の話をしている時、凄く生き生きしているからさ。仲いいんだな~と思って」
「オヴェ」
「なんで!?」
突然えずき出したいのりさん。
どうやら彼女的には夜鷹純と仲良くしている自覚がなかったらしい。
光のおかげで、吐きそうになった人へ対処方法は熟知している。
こんなこともあろうかと、ビニール袋と酔い止めの薬にミネラルウォーターも用意してあるんだ。
「大丈夫か、いのりさん。一回吐いて楽になっちゃう?」
「いえ…大丈夫…です…」
俺はいのりさんの背を優しく擦りながら、彼女の回復を待つ。
幸いにも嘔吐することなく、いのりさんは持ち直した。
「夜鷹先生のことは尊敬してますが、お姉ちゃんとカップリングした現実にまだ思考が追いついてないんです」
「うんうん。大変だったね」
「あの人を兄と呼ぶ自分を想像すると、臓腑が拒絶反応を…ぅ…」
「無理せずゆっくり慣れていけばいいさ。ほら、お水飲んで」
「慣れたくないんですけど」
時には諦めも肝心だよ。
光が俺の所へ来た当初はいろいろテンパったが、今ではあいつがいない事が考えられない。
俺たちのようになれとは言わないが、師弟関係も義兄妹関係も上手くいくように願ってるよ。
まあ、夜鷹純との関係については俺が口を出す事ではない。
あの男がアホ過ぎて実叶さんにフラれる可能性もあるのだ。
もしそうなったら、光と一緒に笑ってやろう。
そこからは、とりとめのない話で盛り上がった。
いのりさんと二人、離れていた期間を感じさせないような時間を過ごせたのだ。
あの頃の自分たちに戻れたとは思わない。
一度離れたからこそ、今俺たちはこうやって話せているのだ。
「私、焦っていたんだと思います。光ちゃんという大きな壁を前にして、彼女との実力差を思い知って、なんとかしなきゃ、今のままじゃ駄目だって」
気付いていたよ。
いのりさんの焦燥も無念も全部、俺は知っていたんだ。
知っていたのに、俺はキミを導くことが出来なかった。
教え子の不安を理解し道を示す、その役目は夜鷹純がやってしまった。
「怖かった…司先生の期待を裏切るのが…いえ、違いますね。私は、自分に失望するのが怖かっただけです」
「自分を守るため、私は司先生から逃げた」
「ちゃんと向き合うこともせず、先生を悪く言って、私は自分を正当化するのに必死でした」
「本当に笑っちゃうぐらい最低ですよね」
いのりさんは自嘲気味に笑う。
俺は彼女の独白を黙って聞いていた。
やっと彼女の本心が聞けたことに俺は安堵する。
ああそうか、やっぱり・・・
キミもたくさん悩んでくれていたんだな。
「司先生、あなたを一方的に傷つけて…本当にすみませんでした」
いのりさんが頭を下げて来る。
何をやっている明浦路司!
お前はまた、教え子に先を越されているんだぞ。
「今更謝って許される問題じゃないですけど……」
彼女ひとりが悪いのか?
そうじゃないだろ?
いのりさんが非情な決断をしたのは、俺の不甲斐なさが招いた結果だ。
顔を上げてくれ、いのりさん。
俺はキミが考えているような大人じゃないんだ。
年下の子供に縋らなければ、まともに立っていられない。
そんな恥ずかしい奴なんだよ。
俺なんかに、キミのようないい子が頭を下げなくていいんだ。
「おぅれのぉほうこぞ、ごべんよお゛お゛お゛お゛ぉぉぉーー!!」
「うわぁ!ちょっと、司先生!?顔面がべっちゃべちゃ!」
涙と鼻水とその他諸々が溢れ出た。
自分の至らなさに気が狂いそうになる。
俺のバカバカ!本当に学習しない大バカ野郎だ。
いつもいつも、年下の女の子にばかり気を遣わせてんじゃねーよ。
「時代や環境のせいじゃなくて…俺が悪いんだよ。いのりさんが俺の下から去ったのは、俺のせいだ!!」
「とりあえずライナーやめて!鼻水拭きましょうよ。ね?」
「もう…嫌なんだ自分が…俺を…罵ってくれ…もう…早く光が吸いたい…」
「ドM気質と光ちゃん中毒が末期なのがよくわかる!」
むせび泣いた俺は結局、いのりさんに慰められてしまうのだった。
●
みっともなく泣いてしまった。恥ずかしい///
泣き上戸な俺が醜態を晒すのは今更なので、いのりさんは冷静だった。
落ち着いた後、お互いに謝り倒すことになり、しばらく謝罪合戦が続いた。
謝り疲れた頃にはわだかまりも解消され、俺たちの間には和やかな空気で満ちていた。
まだちょっとぎこちないが、俺はちゃんと笑えていると思う。
時間はかかったけど、これで良かったんだよな。
「司先生、最後にお願いしたいことがあるんですけど?」
「いいよ。何でもいってくれ」
「えっと…嫌じゃなければ、抱きしめてもらっていいですか?その…光ちゃんにするみたいに」
「お安い御用だ」
一応、周囲を確認しておく。
事情を知らない人に通報されたら大変だからな。
幸いにも通行人はいない。今がチャンスだ。
リクエストに応え、いのりさんをそっと抱きしめる。
悪いな光、今だけはちょっと目をつぶってくれよ。
これがいのりさんのためにしてやれる、最後の献身になるかもしれない。
そう思うと、少し寂しい。
「俺はもうキミの隣にはいられないけれど、ずっと応援しているよ。この気持ちは変わらない」
「はい……はい!私も、司先生のこと、ずっと尊敬し続けます」
俺のスケート人生を変えてくれたのは光だけではない、いのりさんもだ。
彼女がいたからこそ今の俺がある。
無駄ではなかった。
いのりさんのコーチとして歩んだ日々には、ちゃんと意味があった。
いのりさんがいたから、俺はあいつに・・・
狼嵜光に巡り合えたのだから。
「私の最初の先生になってくれて、本当にありがとう」
「俺からもありがとう。キミのコーチでいたことを誇りに思う」
季節は夏、眩い太陽光が降り注ぐ中、俺たちは名残を惜しむように抱き合っていた。
いのりさん、暑苦しくないのかな?
俺ってば汗かいちゃってるし…臭いとか言われたらヘコむ。
「暑くない?」
「暑いです」
「じゃあ、この辺で…」
「待ってください。あと30分だけ」
「長いよ!?」
「じゃあ光ちゃんが来るまで、こうしていましょう」
「なんて恐ろしい事を!あいつにこんなところを見られたら…」
キレ散らかしたオオカミによる戦争が始まってしまう!
えらいこっちゃで!
「もういいでしょ、離れ……嘘っ!?思ったより力強ッッ!」
「フフフ、今だけは私が司先生を独占です」
強くなったんだね、いのりさん。
などと感心している場合ではない。
光がノコノコやって来る前にいのりさんを引き剥がさなければ大変なことになる。
いのりさんを傷つけることなく早急にハグ状態を解除するのだ。
「二人とも、何をやっているのかな?」
今絶対に聞きたくない少女の声が聞こえた。
そ、空耳だといいなあ、アハハハハ!
いつも一緒だと幻聴が聞こえて来ることもあるさ。
背後からとんでもないプレッシャーを感じるのも、きっと気のせい。
「あ、光ちゃん」
\(^o^)/オワタ
いのりさんの無慈悲な発言が俺の希望を打ち砕いた。
やっぱりいるのか、なぜ来てしまったんだ光。
怖くて振り向けないよ。
「ごめんねーwちょっと司先生借りてるよww」
「貸し出した覚えはないんだけど…いつまでそうしているつもり?」
「司先生が離してくれなくて…キャッ////」
いのりさん!?
火に油どころか、ダイナマイト投げ込んだあー!
青筋浮かべた光の顔が容易に想像できて震えが来る。
「殺すぞ、このエビフライッ!!(ふーん、そうなんだぁ)」(#^ω^)
怒りで本音と建前が逆になっている、光ちゃん怖すぎぃ!