少しだけ昔の話をしよう。
私は児童養護施設という身寄りのない子供たちを収容・養育する場所にいた。
そこでは私かなりの問題児だったらしく、職員はおろか同類である子供たちにも恐れられ嫌われていた。
私はいつも一人だった。
そんな私の何をお気に召したのか。
ある日、知らない大人がやって来たかと思うと職員たちと話をして、私を引き取りたいと申し出たのだ。
職員たちはこれ幸いとドンドン話を進めて行き、私の受け入れ先が決定された。
『良かったね、ひかるちゃん』じゃねーよ。私の意思は無視か?
厄介払いができて嬉しかったのか、引き取りとられるまでの間、みんなものすごーく優しくしてくれた。
お前ら全員足の小指骨折しろ!
しかしまあ、あの頃の私はかなりわんぱく盛りというか、ほぼ野生児だった自覚はある。
職員たちも相当手を焼いていたんだろう。正直スマンカッタ。
『ひかるちゃんの禁止リスト』とか壁に張り出されていたなあ・・・
《禁止事項その32 野良犬と死闘を繰り広げてはいけません》
当時の私よ、一体何があった???
そんなこんなで施設を出て、
連れて行かれた先は立派な造りの大きなお屋敷だった。
私を引き取った物好きは資産家というやつだったみたい。
ただの"ひかる"だった私は《
資産家にもらわれて人生イージーモードを期待したが、そんなに甘くなかった。
狼嵜光になったその日から、私へのスパルタ教育が開始されたのだ。
今思えば、あれは"わんぱくモンスター"を何とか"人間"に戻そうと尽力してくれたのだと思う。
しかし、当時の私はモンスター。素直に言う事など聞く訳もなく、徹底抗戦を開始した。
サボる、逃げる、隠れる、暴れるは当たり前。
屋敷中の窓ガラスを割ったり、池の水全部抜いたり、盗んだカツラで遊んだりした。
それでも教育係を任命された人たちの執念の賜物か、
数ヶ月をかけて私の性格は、かなり
実際には悪知恵が働くようになっただけ、自分を取り繕う術を覚えただけなのだが、それは言わぬが花だろう。
狼嵜の家で私は一般常識とともに、重要なスキルを学んだ。
自分の益になる人間を選別し、その相手に好かれるように行動すると何かと得をすると知ったのだ。
お菓子をもらえたり、サボりを見逃してもらえたり、悪戯しても笑って許してもらえたりする。
幸いにも見てくれの良かった私は、愛想よく振舞うだけで大勢を味方にできた。
元々後ろ盾のない孤児の身としては、この技能を学べたことは大変有意義だった。
狼嵜の家に来てからしばらく経った。
性格的にはかなり落ち着いたものの、未だ野生の残っていた私の逃走癖とサボり癖は相変わらず。
追いかけて来る使用人たちを何度も撒いてたら、逃げ上手の光様と言われるようになったぜ。
その日は雪が降っていた。
制止しようとする使用人たちを振り切り、私は薄着のまま外に出た。
今日は久しぶりに屋根の上に登ってみようと思う。
シンシンと降り積もる雪を見ながら物思いに耽っていると、屋敷の正門前にタクシーが停車した。
この悪天候の中で来客だろか?
興味本位で私はタクシーから降車する人物をそっと確認してみた。
陰鬱とした空気をまとう黒い男がそこにいた。
何アレ死神?上から下まで黒一色の服装なんだけど?
もしかして黒の組織の人かな?誰かーコナン君呼んで来てー!!
黒い男はズカズカと門を潜り抜け狼嵜家の玄関先へ。
私は屋根伝いに先回りして移動、ちょうど男の頭上付近で待機した。
なんだかあの男のことが気になる。
以前、施設を出た時にも感じた。人生の転機、ターニングポイントを迎える気配がする。
男を出迎えたベテラン使用人。通称"ばあや"が男と会話している。
あ、ヤベェ。ばあやがこっち見た。全部お見通しかいな。
ばあやの言葉に男が振り返ると同時、私は地面へと飛び降りた。我ながら完璧な着地である。
どうも、黒い人。で?アンタどこの誰?
最初が肝心なので男を睨みつけてやる。
視界の隅でばあやが『めっ!』と叱責の口パクをしていたが知った事か!
自分の縄張りに侵入したヤツはとりあえず威嚇するのが光スタイルです。
がるるるるる。
黒い男は生気の薄い瞳で私を見つめボーっとしている。
目が合うと、少しだけ男の瞳が揺れた気がする。
あの、さすがにノーリアクションだとこっちも辛いんだけど。
せめて何か言って?
「僕が飽きるまでなら」
なんのこっちゃ???
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は狼嵜家を出されることになった。
異世界でもないのに追放である。ざまぁ展開はありますか?
理由は先日の黒い男が原因らしい。
は?あの男について行けだって!?!?
あの第一印象最低男と暮らせと?鬼ですかアンタらは?
狼嵜の姓は今後も使っていいそうだ。それが何の気休めになるというのか、トホホ。
グッバイ!私の勝ち組人生。こんにちは!ろくでなしと一緒の人生。
もう―最悪なんだけどぉ!
あの人、絶対家事とかやらない系だよ。5歳児の養育なんて無謀すぎる。
おまけに社会不適合者の匂いがプンプンするんだけど。
お先真っ暗とは今の状態を差すのだろう。
全部夢だったらいいな。
そんなことはなく、指定された日時に男は私を迎えに来た。
やっぱ黒だよ、今日も黒一色だよ。
まっくろくろすけと呼んでいいっすか?
「夜鷹純」
何が?
「夜鷹純だ」
ヨダカジュン?ああ、名前か、自己紹介のつもりなのね。
私も名前を言わないと失礼だよね。
「狼嵜光」
「……そうか」
え?終わり。
「……」
「……」
会話のキャッチボォォォーールゥ!!しようぜ!!
コミュ障にも程があるでしょ!
いや、これは私も悪いんだけどさぁ。
施設でも、狼嵜屋敷でも私基本『ん』しか言わなかったから、声帯退化してるの!
喋りたくても長い言葉が出ないのよ!察して!
ここは大人のヨダカーがリードするべきところじゃね?
怪しい男にビビりまくった5歳児には優しくした方が紳士的だよ?
「夜鷹順だ」
「ん、狼嵜光」
それもう聞いた!!私も名乗ったよ!!
無限ループやめてよぉ。怖いよぉ。
コミュ症同士の会話ってある意味地獄だよね。
次からはちゃんと会話ができるように上手くやろうと心に誓った。
声帯も鍛え直そう。
「行くか」
「ん」
とりあえずついて行く。
手を繋いだりもせず、幼児の歩幅も気にすることなく、一人でスタスタ先へ進むヨダカ―・・・
こいつルックスはともかく、中身はサイテーじゃんね。
でも、今更帰る所もないし、この人に見捨てられると、めでたくゲームオーバー!なので私に選択の余地なし。
水柱の人に『生殺与奪の権を他人に握らせるな!』って、怒られちゃうな。
狼嵜光5歳、早くも人生詰んだかもしれない。