私、狼嵜光は幸せ者だ。
鴗鳥家の人たちは本当に人格者である。
慎一郎さんは口数少ないけれど家族を深く愛しているのが伝わって来る、ナイスミドル。
エイヴァさんはいつもニコニコでとても優しい。ハグやらチューやらのスキンシップが激し目。
理凰君は私をよく気にかけてくれて一緒に遊んでくれる。
汐恩ちゃんは小っちゃくて可愛いし、私を怖がらない。
何よりも本来異物である私を実子と同列に扱ってくれて、それが当然であると全員が認識しているのが本当に凄い。
この一家には足を向けて寝られない。
いつの日か盛大に恩返しをしようと思っている。
マジでよかった。ヨダカと二人暮らしじゃなくてよかった。
あいつとの共同生活とか想像しただけでも震えて来やがる。
半日でポイ捨てされた時はマジでどうなることかと思ったが結果オーライ。
ヨダカグッジョブと感謝してやってもいい。
私は今、本当に日々幸せを実感している。
【フィギュアスケート】
楽曲に乗せてダンスのように踊ったりしながら氷上を滑り、技の完成度と表現力を競うスポーツ。
鴗鳥一家―はフィギュアスケートを家族ぐるみで嗜んでいる。
慎一郎さんは元オリンピック銀メダリストという、とんでもない経歴の持ち主。
エイヴァさんもアメリカ代表選手だったとか、私の養父母マジパネェ。
お仕事も名門フィギュアスケートクラブのコーチをしているんだってさ。さすがっスわ。
そんな家族と暮らしていると、私も自然とスケートに触れる機会があるわけでしてね。
慎一郎さんがコーチを勤めている名港ウィンドFSC。
そこへ見学がてら、私をスケートデビューさせてみようという話になった。
『ついに来たか』と私は少し身構えてしまう。
鴗鳥家に身を寄せる者としてスケートが滑れないようでは一家の恥。
『滑れないの?じゃあ、ヨダカに返品しよう』とかになったら目も当てられない。
もちろん、これは私の思い過ごしで鴗鳥家の人たちがそんな無体を働くとは思わないけど。
スケートが滑れるに越したことはないだろう。仲間外れは嫌だし。
「……詰んだ」
開始10秒。
慣れないスケート靴を履いて、意気揚々と出陣した私は氷上で遭難した。
滑るとか以前の問題だ。立ったまではいいが動くことができない。
今動いたら絶対転ぶ自信がある。
参ったな、ここから何をどうすればいいのか全くわからん。
「光ちゃん?ヴェロキラプトルを制止するポーズして、どうしたの?」
「理凰君タスケテ」
理凰君は一目で上手と思われる滑りを見せつけながら、私の前に停止。
固まったままの動かない私を心配して来てくれたようだ。ええ子やね。
私の身に何が起こっているか察してくれた彼は、苦笑しながら私の手を取った。
「ゆっくりでいいから慣れていこう。ほら、僕の手を掴んで」
「ちょ待てよ…怖い怖い怖いッ!」
理凰君は私の手を引いて滑り出す。
ようやく私も前進できたのだが・・・はやっ、こわっ、あぶっ!?
どこがゆっくりやねん。
少年の無邪気なエスコート恐ろしいぞ。
「最初は誰でも怖いよ。でも、スケートはすごく楽しいんだって知ってほしいな」
すごい理凰君。
私を引っ張っているのに、なんて自由で軽やかな動きなんだろう。
スピードが全然落ちない。周りの人にもぶつかる様子はない。
まるで氷が彼の滑りを後押ししているかのようだ。
これが、鴗鳥夫妻の血を受け継いだ者の才覚か。血統の優秀さを感じるぜ。
楽しそうだな。私も・・・
「わ、私も…私も理凰君みたいに滑りたい」
「光ちゃんならできるよ。ケガしないよう僕が見てるから、頑張ってみよう」
「うん。やってみる」
理凰君の激励を受けて私は勇気を出すことにした。
大丈夫大丈夫。これは遊びだ、ただの遊び。ちょっと滑ってヒャッハー!するだけ。
イメージしろ。スケートリンクの上でエンジョイしている自分の姿を。
30分後・・・
「すごいよ光ちゃん!今日初めてなのに、もうこんなに滑れるなんて」
「ありがと。これも理凰先生のおかげ」
「ううん。光ちゃんに最初からセンスがあったんだよ」
まだまだ不格好だけど、あれから何とか見様見真似で滑れるようになった。
理凰君の教え方が丁寧だったし、転んでもいいや位の気構えで、やってみたのが功を奏したみたい。
「ザーボンさん、ドドリアさんも、ありがとね」
「スケート靴に変な名前つけてる!?」
道具を大事にする主義な私は、レンタルしたスケート靴に愛称を付けた。
右のザーボンに左のドドリア。
私の下手くそな動きについて来てくれた戦友だ。
「もっと教えて、もっといろいろできるようになりたい」
「了解。じゃあ今度は…」
1時間後・・・
「……ふぅ、こんな感じでどうでしょう?」
「………」
「理凰君?」
「え、あ、ごめん。上手というかもう完璧と言うか…」
「本当?やったね!楽しくなってきたぁー!」
スケートリンクを何十周もする頃、楽しむ余裕が出て来た。
転倒する回数も減ったし、人にもぶつかることもない、氷上を自由に闊歩出来ているという解放感が堪らんな。
大事なのは重心だ。変に力んだりせず、ブレードに体重を乗せてやれば勝手に動く。
できることが増え、スケートへの理解が深まると、ますます楽しくなる。
もっと上手くなりたいという欲が私の中で大きくなっていった。
スケート・・・楽しい!!グレートですよこいつはァ!!
「確認するけど、光ちゃん、本当に初心者?」
「?……そうだけど?」
更に上達していくと、理凰君が困ったような呆れたような顔をしているのに気付いた。
なんですその顔?『この程度か、下手くそめ!』ですか?
くっ、スケート一家のサラブレットはさすがに手厳しいな。
このままでは先生役を買って出てくれた理凰君の顔に泥を塗ってしまう。
何とか『少しはできるな』と思ってもらえるようにならないと・・・
私はこの時、理凰君に認めてほしい一心の承認欲求モンスターになっていた。
いいね!してくれー!
そんな私の目にある光景が映る。
近くを滑っていた名も知らない男性がいきなりジャンプしたかと思うと、空中でくるっと回転したのだ。
「うわっ、すご」
「着地も綺麗だね。僕もいつかあんな風に跳んでみたいなあ」
理凰君によると今ジャンプした人は名港ウィンドFSC所属の先輩らしい。
通りで上手いわけである。
か、カッコイイ!何アレかっこいい!
私もやりたい、ていうかやるね絶対!!
「さあ!行きますよ。ザーボンさん、ドドリアさん!」
「光ちゃんどこへって、えええぇーーー!?」
私は衝動のままに滑り出した。
さっきの人凄かったな、カッコよかったな。
目に焼き付いた動きを思い出す。確か・・・ここで、こうして・・・こう!
根拠は全くないのけれど、自分でもどうかしていると思うけれど、不思議な確信があった。
きっと・・・
私の方がもっとずっと上手く跳べる!!
「ん、しょっとっ!」
●
娘の光が名港ウィンドFSCに来ている。
スケート初挑戦の彼女には息子の理凰が付いてくれているので心配はないだろう。
今日はスケートが楽しいものだと思ってくれたら、それでいい。
鴗鳥慎一郎はそんな風に考えていた。
クラブの運営について会議を終えた慎一郎は子供たちの様子を見に行った。
この時間、スケートリンクは初心者から中級者に向けて解放されている。
子供たちはすぐに見つけることができた。
ちょうど今、光が滑り出したところらしい。
理凰が慌てたようにその背中へ手を伸ばすが虚しく空を切る。
速い。いや、ちょっと速すぎないかコレ?
光のスケーティングは初心者と言うにはあまりにも、常軌を逸していた。
一体息子はどんな教え方をしたのかと疑問に思う暇もない。
次の瞬間、慎一郎は信じられないものを目撃する。
「ん、しょっとっ!」
跳んだ!?
光はスピードに乗ったままその身を空中に躍らせたのだ。
しかもそれは・・・
「アクセル・ジャンプだと!?」
いや今はそれどころではない、光の身が危険だ。
あの勢いで跳んで着地は不可能。大事な娘が大ケガをしてしまう。
いくら才能があろうとも光はまだ5歳で、今日が初挑戦なんだぞ。
無事に降りれるはずが・・・降りれるはずが・・・なかったのに。
「わっと、と、と………ふぁービックリ」
慎一郎の心配をよそに、光は危なげながらも着地した。
多少体がブレただけで転倒する様子もなかった。
「光ちゃん!大丈夫?どこもケガしてない!」
「あ、うん全然平気。ちょっとミスったけど、楽しかったぁww」
「笑い事じゃないよ。もう!」
「後ろ向きで跳ぶつもりだったんだけど、前からになっちゃったw」
「ジャンプはまだ危ないから禁止!」
「えぇー」
血相を変えた理凰が光に詰め寄って無事を確認し説教をしている。
今見た光景が未だに信じられない。
狼嵜光という少女のもつ潜在能力の一端を垣間見た慎一郎。
周囲からクールな印象を持たれがちな彼は今、口を半開きにしたまま固まっていた。
「夜鷹……これがお前の見せたかったものなのか?」
「あなた、どうしたの?珍しく面白い顔になってるわよ」
幼い娘・汐恩を抱きかかえた妻・エイヴァが慎一郎の隣に立つ。
慎一郎はたった今目撃した事の詳細を妻に説明したのだが、
「いや、さすがに親バカすぎ」
「……む、だが」
「光ちゃんが可愛いのはわかるけど、スケート初めてまだ1時間ちょっとの子がアクセル決めるとかw」
「うー」
妻に親バカと言われ一笑に付されてしまった。
汐恩もやれやれという顔をしている気がする。
親バカ?俺は親バカなのかと真剣に悩む慎一郎。
「あ、慎一郎さん!エイヴァさんに汐恩ちゃんも!見て、私こんなのできるようになったの」
「だから禁止って言ってんだろ!」
その後、エイヴァや汐恩も見ている最中、先程よりも洗練されたアクセルを決める光であった。
自分が何をやらかしたのか理解もせず。
●
私は鴗鳥家で楽しく暮らしていた。
あれからも定期的にスケートリンクへと連れて行ってもらい、クラブの人たちにも顔と名前を覚えてもらえていたりする。
スケートは私の趣味になった。ここまで何かに打ち込んだのは初めてだ。
理凰君と競い合うのは楽しいし。上手にできるとみんな『すごいね』って褒めてくれるし、喜んでくれる。
スケートをやればやるほど、心も体もポカポカして来て、もっともっとやりたい上手くなりたいって思っちゃう。
こんな世界があるなんて知らなかったよ。知れてよかった。
生活に変化があった。
なんと私、小学校デビューをしたのだ!
理凰君と同じ小学校へ通えるよう手配してくれた鴗鳥夫妻に感謝。
元来コミュ症気味だった私が学校でうまくやれるのか心配だったけど、理凰君がフォローをしてくれたこともあって、すぐにクラスへと馴染むことができた。
一緒に遊ぶ友人もできてちょっと感動した。
弱キャラ光ちゃんも少しずつレベルアップ中なのだよ。
そんなある日の下校中。
私の第六感が不吉なものを感じ取った。
「このプレッシャーは?」
「光ちゃん。また毒電波受信してるの?」
毒電波とは心外な。
理凰君、私の勘は当たるんだよ。
このまま直帰すると良くない事が起こる気がして胸がザワザワする。
しかし、あんまり遅くなるとエイヴァさんたちが心配するので、帰宅以外の選択はないんだけど。
鴗鳥家に到着・・・
「ねえ、もう家全体から黒いオーラが立ち昇っているんだけど?」
「光ちゃん…今度お医者さんに連れて行ってもらえるよう、母さんに言っておくね」
何故わかってくれない。
家の中に絶対何かいるって!呪怨よりヤバいって。
はっ!エイヴァさんたちが危ない!
私の家族に手を出してみろ、刺し違えてでもブッコロだぞ。
家の中にダッシュ突入。
ただいまもそこそこにランドセルを放り投げ、プレッシャー発生源のいるであろうリビングへ。
「みんな無事?なんかヤバいのが……い…!?」
「あら光、おかえりなさい。今、お客様が来ているから静かにね」
「おかえり。理凰は一緒じゃなかったのか?」
「……」
慎一郎さんとエイヴァさんがおかえりを言ってくれた。
汐恩ちゃんはおねむの時間なので子供部屋で爆睡中だろう。
そんなことより!
いるよ。
いるんだけど?
もう二度と会うことがないと思っていた、黒いのがいるんだけどぉ!!
「……元気そうだな」
「げぇっ!ヨダカ!?」
相も変わらず陰気臭い男。夜鷹純がそこにいた。