ベストジーニストは今日、久しぶりの休日だった。
休む時にはしっかり休むべきだ。繊維の一本一本を解すようにリラックスして、軽いストレッチをして風呂に浸かれば、ダメージジーンズのように疲れた身体も新品のデニムのようにさっぱりとするものだ。
「ふぅ……もしもし、ベストジーニストですが」
突然の電話にも素早く応答する。
『ジーニストさん!テレビ見てください!はやく!』
「テレビ…?」
何があったのか…と不安を感じながらテレビを付けると、そこにはデカデカと娘、袴田維折の特集が組まれていた。
「おい!?どういう事だ!」
『雄英高校1年A組が襲撃された事件はこれまで雄英高校によって情報統制を受けていましたが、匿名のタレコミによってその真相が明らかになりました!犠牲ゼロを謳う雄英高校は、一人の少女…いいえ、一柱の女神によってもたらされたのです!』
なんだこれは!?
なんだ雄英襲撃って!そんなの聞いてないぞ!
「おい人の娘を勝手に……」
画面に映る自分の娘が鮮血を撒き散らしながら落ちていく心臓が引き締められるような最悪の映像に目眩がする。
「維折…?」
映像の中の維折は、動かない。
切断面にモザイクはかかっているが、斬り落とされた腕が、だらりと脱力した身体が、吐き気のするほど噎せ返る死を感じさせる。
維折の彼女の被身子ちゃんが甲斐甲斐しく手当をしているが、ヒーローとして色んな現場を見てきたから分かる。
これでは助からない……もう、死んでいる。
言葉を失い床に座り込むベストジーニストの脳裏に怒りが、悲しみが、憎悪が、無力感が、湧いては渦巻くのを感じる。
そうして、リボンの花が咲いた。
『さぁ…一緒に救われましょう!』
黄泉帰った娘は映像越しでも伝わるほどの迸る輝きを纏って、敵を圧倒している。先程までの映像が悪い夢のように、縦横無尽に立ち回り、一人一人沈めていく。
『意気地無し♡』
「おいっ!?娘のプライベートを映すな!」
一人、また一人と降伏していくヴィラン達に向き直るのは被身子ちゃんだった。
『皆、もう闘う必要はないのです。私は血が好きなのです。頭のおかしい狂った人間。それでも今、私はお天道様の下を笑って生きています』
『どんな狂った人でも赦していいのです。確かに価値基準が違う人は怖いけれど、手を取り合わないと何も進まないのです。全て全て、私はイオリちゃんに与えてもらいました』
『イオリちゃんが紡いで、引っ張り上げてくれたのです。私もイオリちゃんも、与えあって、尊重し合うのです。皆がそうあれば…もうヴィランもヒーローも関係ないのです』
あぁ…そうか。
君は維折が紡いだ存在だ。
『投降してください。闘いは終わりました、ヴィランだからって終わりじゃないのです……まだやり直せます、だって私達には…』
維折の理想の原点である君が、維折と同じ理想をみているのだな。そう思うと、どこか嬉しく思う。
『偉大なる救済の女神イオリちゃんがいるのです!イオリちゃんを信じるのです!』
「いや違うだろうっ!そういう話じゃないだろ!」
娘が女神になった。
というかキスで気絶したんだが。
何年も連れ添って愛し合って、とっくにキスの一つや二つ済ませてると思った。我が娘ながらラブラブカップルっぷりは見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだった。
『リボン教バンザイ!イオリ様!イオリ様!』
なんなんだこれは……なんで皆縦ロールなんだ…
男も女も関係なくゴスロリリボンだし……!
そもそもウチの娘のプライバシーはどうなる。
まだプロではない学生なんだぞ……!
『瞬く間にヴィラン達を更生させ、無害化した袴田維折様こそが!真に!真にこの世界を救う救済の女神なんです!!マスゴミもあまりの神々しさに直接インタビューをする事は叶いませんでした!サインして欲しい!』
「コイツも信者か……!!」
『ヒーローネームの決定に期待が持たれますね!そしてお父様であるベストジーニスト様の支持率も凄い勢いで上がっております!次のヒーロービルボードチャートJPではランクが上がりそうですね!』
「というか誰なんだ投稿したのは…隠し撮りは違法デニムだろう」
『最近ではNo.2ヒーローエンデヴァーによる、児童誘拐及びストーカー疑惑も持たれていますからねぇ~』
「何やってるんだエンデヴァー…」
『それではここで元ヴィランの分倍河原さんにインタビューしたいと思います!』
『おう!よろしくな!死ねよ!』
明らかに怪しい覆面男だ。
言ってることも支離滅裂だし。
『俺は多分運が無かったんだ、ラッキーなのさ!だけどよ、今なら分かるぜ。いいや何も分かってないね!俺は最後に自分の意思でヴィランになっちまったのさ。そうでもねぇよ、仕方なかった!』
分倍河原…確かトゥワイスとかいう小悪党だったな。
『だから俺はリボン教に入信したのさ、縦ロールは嫌だ。まずは自首する!捕まりたくねぇよ!責任取らせろ!』
「……まあ自首すると言うならいいのか…?」
『おっと失礼、雄英から抗議の電話が来たので退散します!リポーター兼アナウンサーは私、元ヴィラン【人喰らいのサマリア・フェイエルバッハ】こと、リボン教広報担当サマリアちゃん♡がお送りしました!』
「おいコイツもヴィランじゃないか!!」
『警察が来たので逃げますがこれからは誓って殺しはしません!ばいばーい!』
殺しはしないからなんだというのか。
普通に個性使ってテレビ局占拠してたらただのヴィランだろう!後逃げるな!迷惑な本質は変わってないぞ!
「……はぁ……なんというか……未洗濯デニムのように疲れた……」
『ジーニストさん…大変なことになってます…!事務所に娘さんの事で沢山の電話が…』
「……すぐ行く」
ベストジーニストは、結局休めずにまた事務所に戻っていくのだった。
「うちの娘が大怪我をっ!!雄英どうなってるの!もしもし根津校長!?どうなってるんです!ちょっと!生き返ったから良しじゃあないんですよ!!根津校長!根津校長!!」
『落ちついてほしいのさ!』
ついでにジーニストの妻にして袴田維折の母による怒りの鬼電が根津校長を襲ったと言う。
雄英高校、職員室。
「……サマリア・フェイエルバッハか……あのUSJの現場にいたのか?」
「結構な大物ヴィランよね…?何年も捕まってない」
「その子の通報が合った時にはもう現場からかなり遠くまで逃げているからね。そのくせ、【人喰らい】と呼ばれるだけあって食人思考があったから、遺体が見つからずに1年経ってから犯行が発覚したこともある」
『もう人は殺さない、なんて言ってるが…信用できねェな』
教師達が一度、サマリアの経歴を洗っていく。
警察のプロファイリングや現場に残った痕跡などの資料は、一応渡されている。すべてではないだろうが……
「えーと、サマリア・フェイエルバッハ、25歳。父はドイツ人、母はアラブ系日系人。日系人の母が名前の響きから取ったらしいわね……うわ……」
「最初の犯行は父親のDVを止めるため、か。殺した死体を隠すために肉を喰った…と」
「それで血肉の味を覚えて、夜な夜な観光客なんかを殺して食べ始めた。目的を見失った殺人鬼ね……そういえば、なんだけど……あの、切断された維折ちゃんの腕なんだけど」
そういえば、と息を飲む。
本人も右腕が生えてきたからと気にしていなかったが、一応オール・フォー・ワンの手に渡ったりしたら困ると言うことで捜索したのだが見つからなかったのだ。
「……こいつか」
「袴田少女の腕を食べたんなら、今後もやるだろう、速く捕まえないとね……ていうか腕生えるの凄いね!」
「…本人いわく、恐らく完治した昔の傷もイケそうな気がする…だとか血が創れるんだから多分恐らく内臓とかもイケそうだとか言っていたな。よほどの自信だが」
「あの子なんでもありね」
結局、人喰らいサマリアはいまだに捕まっていない。
同時に彼女の新しい被害者もまだ、見つかっていない。
………本当に更生した事を願うのみである。
今日は久しぶりのジーニスト回でした