日本上空、約10000m。
家族連れや海外からの旅行客が溢れかえる航空機。
600人あまりの民間人が乗るこの飛行機には、今、1人のヴィランが乗っている。
「久しぶりの日本だ、早く妻に会いたい」
「お母さんみて!かもめが飛んでる!」
「ありゃウミネコだ」
「おぉい!俺が頼んだのはビーフだ、チキンじゃないぞ!」
「うわぁ…ジーニストの娘強え…!」
機内は静かなものだ。
人の言葉が良く聞こえるくらいに、静かだ。
パソコンのタイピング音だって聞こえる。
この快適な空の旅が、これから地獄に変わる。
『冥様、計画通り、この雄英体育祭の真っ只中で仕掛けるのですね?』
『そうだよ』
『準備は整いました。すでにこの飛行機内にセムテックスをたっぷり仕掛けましたので、合図さえあればいつでも』
『オールマイトを私達に近づけさせてはならない。まだまだ到底勝てないんだからね』
『はい、Bチームは?』
『問題ない、私が直接率いる』
チャットを交わして、男が息を吐く。
うまくいくのだろうか?オールマイトはどういうわけか以前より強くなったらしいではないか。
冥様と弔様の為に死ぬ覚悟は出来ているが、無駄死にはしたくない。……いや、冥様のお考えに疑問などあるまい。
CAから貰った最期のコーヒーに口をつけ、PCをしっかりと見つめる。
『今までご苦労、起爆しろ』
「弔様を王に!」
手の中のスイッチを強く押し込んだ。
BOOOM!!!!
オールマイトは、すぐに来る。
「もう大丈夫、私が来た!!!」
雄英高校からひとっ飛びですぐに現場に到着したオールマイトが、素早く、たった1人で巻き込まれた市民たちを掬い上げる。
それでもこの600近い人数だ、救けるのにはいくらオールマイトでも時間がかかる。
『オールマイト!他の航空機でも同様の事件が!』
「OK!すぐ向かう!!」
時間差によるテロ。
航空機だけにとどまらず、バス、列車、新幹線、フェリー。
あらゆる市民を盾にできる場所を破壊していく。
これも全ては、死柄木冥という女の策である。
世界中、あらゆる要所に爆弾をばら撒く。
これはMr.コンプレスの圧縮を最大限利用させてもらった。どんなところにも爆弾を仕掛けられる素晴らしい個性だ。
ヴィラン連合としてはもうこれっぽっちも待てる状況ではなくなった。だから強硬手段を取ることにした。
それは計画の前倒しであり、死柄木弔の強制的なパワーアップのためだ。オール・フォー・ワンへの、明確な叛逆でもある。
「マスターピースを超えた究極完全体……」
弔を王にする。そこに
それに賛同するドクターの自我も、必要ない。
「……どうせドクターの自我を切り取ったのもそろそろバレる頃だろうし、いいタイミングだったと考えよう」
すでにドクター、殻木球大の自我も意識も存在しない。
死柄木冥の覚醒した個性【ハサミ】によって切除されている。
皮肉なことに殻木という男の自我が取り除かれた結果、その研究技能、開発速度が大きく向上している。
上位の思想に行き着くのに、やはり自我など無駄なのだ。
今、雄英体育祭を潰して起こしたこの戦争で、オール・フォー・ワンには消えてもらうつもりだ。
オールマイトと相打ちになれば御の字、そうでなくともいくらか痛手は負うだろう。あのオールマイトに超再生でも付いているなら別だが、いくら袴田維折の【リボン】が自分と同じで概念に干渉していたとしても流石に無理だろう。
とはいえ、これから数ヶ月弔は動けない。
オール・フォー・ワンとヒーロー達をぶつけるための陽動とはいえ、王の不在を守るための戦力は必要だ。
そのためにわざわざタルタロスまで出向いたのだ。
弔を守る兵隊を集めないといけない。
玉石混交、使える駒もあれば使えない駒もある。
とはいえなにに引き換えても欲しいのはやはりレディ・ナガンだろう。実質、彼女のためだけにタルタロスを襲ったと言ってもいいくらいに欲しかった。
すでにタルタロスの職員のほとんどは死柄木冥が殺してしまったので、まともに戦える看守など残っていない。
「ふぅ…もうボクの仕事は、君をスカウトすることだけだよ。ふふふ…麗しのレディ・ナガン」
「……」
「血塗れなのは気にしないで、さすがのボクでもここまでくるのに苦労したんだ」
死柄木冥の白い髪と肌は、その瞳と同じくらい真っ赤に塗れている。両手には巨大なマチェーテのような刃物が握られており、その刀身を振り払って壁を鮮血で彩った。
「叛逆のレディ・ナガン、ボクと共に来てくれよ」
「生憎殺し屋は辞めたんだよ」
「公安を殺したいだろ、ボクだったら殺したい。ていうかどうせブッ殺すし、一緒に殺そう」
「公安を…?あんた一体何する気だ?」
「全部殺して壊して、きれいな世界で弔を王にするんだ」
「薄汚れた世界の間違いだろ」
大勢殺したが心まで墜ちきってはいない。
レディ・ナガンは今だって、自分の血塗られた手を幻視して苦しんでいるというのに、この女は血塗らた姿を誇らしいとでも言うようにこちらに手を伸ばしてくる。
「ボク達は偽物なんだ…ぶっ壊れたって誰も気にしないさ」
「…何いってるんだお前」
「どいつもこいつも偽物だ。たちの悪いメアリー・スーだ……偽物なら、いくら殺したっていいんだよ」
「何言ってるのか分からねえ。イカれてんのか?」
人は理解できないものに畏怖を感じると言うが、まさにそれだった。言っていることの理屈が分からない。
殺人を正当化しているにしても、偽物の定義が分からない。
レディ・ナガンにはこの女の理屈が分からなかった。
「だからね、君は悪くないんだよナガン。筒美火伊那は被害者なんだ。君が決めたことじゃない、君は何一つ悪くない。悪いのはこの偽物の世界なんだよ」
そんなもの、ただの責任転嫁だ。
結局手を汚した事実は変わらないのだから。
「
「…ゲンサク…?何言って…」
真っ赤なIDカードを指先で拭う。
IDの下の方が斬れてどっか行っちゃったんで名前は分かんなかったけど、『肉倉』って書いているそれを見て満足気に放り捨てる。
「だけどね、ボクは運命を変える。一緒に来てくれよ」
手に、ぬめりのある血の感触が伝わる。
無意識だった。ナガンはその手を取った。
レディ・ナガンの手を引く死柄木冥の手はまだほのかに微温く、確かに体温を感じさせた。
……それは多くの人を惨たらしく殺めた女の手ではあったが、ナガンにとって久方ぶりの感触だった。
「おまえ…なんなんだ…」
「ボクは死柄木冥……」
「
冥のセリフがしつこすぎて、実はこの3倍合ったので殆ど削る作業してました……しかも今回イオリちゃん出てないし難産でした
最後のルビは転(弧を王にするために)生(きる)者、にする案もありましたがダサかったのでやめました