百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話 作:もちごめさん
「え……」
ヤマトを穿つはずの勢いがつんのめり、転んで倒れる。その眼は、呆然として己を切った侍の姿を見つめていた。
そしてヤマトもまた、唖然とその足を止めていた。
まるで理解が及ばなかった。なにせ日和は“おでん”を自称すれどカイドウの実子であることが知れ渡ってしまったヤマトと違い、本当におでんの娘である光月 日和その人なのだ。
侍が日和を切る理由などあるはずもない。そして日和を切った侍と、彼のみならず周囲全ての侍たちが怒りと侮蔑の面持ちで日和を見下ろしている理由もまた、存在し得ないはずなのである。
故にヤマトも、そして日和も、切られた事実よりも先に困惑する他なかったが、しかしやがて、日和を切った当人が憎憎しげにその動機を吐き出した。
「光月……日和様、だと……!? ふざけるな……ッ!! カイドウの小娘が、よくもその名を騙れるものだなッ!!」
「えっ、な……!」
衝撃。というよりは、ハッとなって気が付いた。日和が本当に“日和”であることを知る故に、その可能性が頭から抜け出ていたのだ。
日和が“日和”であることが、侍たちに信じられていない。ヤマトが“おでん”を名乗るように、狂人が世迷言を宣っていると思われてしまっている。
故の日和への攻撃――憎悪であり、ようやく我に返ってそれに気付いたヤマトは、たまらず侍たちへ声を上げた。
が、その声はすぐに遮られた。
「ま、待ってよ! 日和は……っ!?」
「黙れと言ったぞ、カイドウの子らよ……!! おでん様に続き日和様まで愚弄して、我らが怒らぬと思うのか? これ以上、虚言の一つでも吐いてみろ。その瞬間に貴様の首を斬り落としてくれる……!!」
ヤマトは衝撃のあまり、己の背後に忍び寄る侍の気配に気が付いていなかった。ひやりと首筋を撫でる刃の感触でようやく気付き、ショックと死への恐怖、そして侍から殺意を向けられている事実とがごちゃ混ぜになって、その口が閉ざされてしまう。
だが日和の心境と比べれば、ヤマトのそれなど大したものではないだろう。
日和は切られ血を吹く背中の痛みすら忘れて身を起こし、ただその悲愴を侍たちへ投げかけた。
「ち、違い、ます……! ヤマトは妄言でも、私は、本当に光月 日和なんです……っ! 嘘なんかじゃ、ありません……っ!」
「まだ言うか、小娘ッ!! ……どうやら一度切ったくらいではその性根は治らんらしい!! ならばもう、首を落とす他ないか!!」
「そうだ!! 殺せ!! カイドウの子を殺せッ!!」
「我らの痛みを、恨みをカイドウに知らしめてやるのだッ!!」
しかし必死の主張も、侍たちをヒートアップさせるばかり。そして比例して、日和が纏う絶望感もどんどん大きくなっていく。
無理もないことだ。なにせヤマトが“おでん”を否定されるのとはわけが違う。正真正銘の自分自身を、面と向かって否定されているのだから。
――否、他を切り捨ててまで心の軸に据えた“光月”は、もはや日和にとってそれ以上の要石だろう。
己の根幹、文字通りの全てを、その根幹そのものである侍たちに憎悪の中で否定される。その心境は、もはやヤマトにも想像がつかない。ヤマトが想像できる絶望の、さらに下のそのまた下。悲劇的としか言いようのない光景だった。
だが百獣海賊団相手に決死の討ち入りを決行した侍たちのその
「や、やめて……本当、なんです……! カイドウの娘と、扱われているだけで……ヤマトと違って、私には血の繋がりなんてない……! ほ、ほら、明らかでしょう!? 目も、髪も……!」
母親、光月 トキ譲りの青緑色を、
「だからなんだというのだ!! 目の色も髪の色も、そんなものどうとでも変えられる!!」
「っ……!」
それすら、侍たちは否定した。
日和の口が、とうとう声をなくした。ぽつりと一滴、涙までもが零れ落ちる。
しかし未来を捨てて憎悪に囚われている侍たちの眼差しは、当たり前のようにその雫を嫌悪した。まだ言うのかと、忌々しげに語った彼らは、さらに日和へ言葉を返す。
「……そうだ。見かけは変えられても、その性根は変えられぬということだ」
「性根……?」
「貴様が日和様だと、おでん様の娘だと言うのならば……なぜ、木刀など握っている……?」
侍が日和の得物を眼で示す。何のことかわからず、涙をこぼしながら見つめ返す日和に、侍は冷酷に突き付けた。
「おでん様の娘が、
「そん――な、ことは……」
――ない。とは言えない。
日和の木刀はヤマトの金棒にも負けないほどの一品ではあるものの、当然、真剣のような肉を切る鋭さは持っていない。
それを自分の得物としている理由は、思い返せばヤマトも聞いたことがなかった。あるいは日和自身もそうだったのかもしれない。彼女が認めない、押し殺された
そして――侍は、そんな日和の心へ向けて、一本の刀を放り投げた。
「それでも尚、戯言を抜かすのであれば……今ここでそれを証明してみせよ」
かちゃん、と、恐らくは百獣海賊団の誰かが使っていたのだろう欠けた刀が床の上を転がって、そして同時に小さな塊が一つ、その隣に投げ込まれた。
気を失った、ページワンだった。
意味するところは明らかだ。日和は半ば呆然と、刀とページワンに眼を向けたまま、口にする。
「……子供、ですよ……?」
「カイドウが子に容赦したか?」
否、とは言えない。日和が“日和”である以上、言えるはずもない。
日和は震える手で、真剣を手に取った。
それを支えに、フラフラと立ち上がる。握ったその鋭い切っ先を、ぐったりと目を閉ざすページワンの方へ向け――そして、
「……お、い……何して、やがんだ……小紫……!!」
弱々しく吠えるうるティに、その動きが一瞬止まった。
「やめろ、テメェ……!! あたしのペーたんに、傷、つけたら……絶対、許さねぇぞ……!!」
失神から目覚めたうるティは、侍の一人に背を踏みつけられ取り押さえられていた。しかしそれでももがき、一心に日和を睨みつけている。
だがそれで日和が止まったのは、その一瞬だけだった。怒りの目を受けながら、日和は刀を握り、ページワンの方へと一歩ずつ歩み寄る。
「やめろって、言ってんだろ……!! 止まれよ……無視、すんな……!!」
日和は止まらず、うるティが必死に威嚇を振り絞る中、ページワンの下にたどり着いた。
「やめろ……今なら、まだカイドウ様にも、黙っといてやる……!! だから、やめろ……っ!!」
日和はカイドウの娘ではないことを証明するため、ゆっくりと刀を振り上げた。
「やめろ……小紫、それ以上は、本当に許さねェ……!! やめろ……やめろ……ッ!! やめて、くれよ……っ!」
日和はやめず、歯を砕かんばかりの力で噛みしめた。力み、全力を構えた刀に注ぎ込み、ページワンの身体へ振り下ろす――
「――おねぇちゃん」
「ッあ――」
直前。うるティから涙と共に零れたその一言が、日和の身体を押し留めた。
ピタリと止まり、跳ねた手の中から真剣が弾き落とされる。かちゃんと、また刀が音を立て、同時に日和の足が頽れた。
へたり込み、刀を取り落とした自分の両手を見つめた日和は、呆然としながら大粒の涙を次々零した。
絶望と、そして安堵の涙だった。
ヤマトはこうなることを、日和がページワンを殺せないことを知っていた。
もとい、信じていた。今度こそ信じ抜くことを決めていた。
情を捨てる覚悟はできても、非情にはなれないと。自分を姉と慕う小さな弟を殺すことなど、日和にはできないと。
彼女はやはり、ヤマトが最初に出会ったころから変わっていない。純粋で優しい、いい子なのだと。
――故に。
「……そら見たことか。所詮は海賊の子、その程度の気概で我らを騙そうなどと、片腹痛い」
「真に我らをたぶらかすつもりなら、仲間だろうが子供だろうが切る覚悟くらいは持ってこい。腰抜けめが」
吐き捨てる侍たちが、それぞれ刀を抜き放つ。日和の想いを足蹴にして、貶めている。
日和は侍たちを騙していない。だが、侍たちが信じられない気持ちもヤマトには理解できている。
終わるために討ち入りに挑んだ侍たちに、未来を叫ぶ日和の言葉が届かないことも、理解はできていた。
だが、それでも。
例えヤマトが、おでんとしていずれ侍と共に戦うことを夢見ているのだとしても。
「
それだけは、許せるはずもなかった。
「ッな――!!」
ヤマトを牽制していた侍が咄嗟に首筋の刀を引くも、それはヤマトの覇気によっていともたやすく弾かれる。怒りと誇りを動力源に生じた気力は同時に不可視の威圧を振りまいて、周囲を囲む侍たちの幾人かが独りでに気を失った。
そして残る侍たちも皆、その顔に一瞬にして緊張の汗が浮く。弾かれたように抜刀し、誰からともなく、声が上がった。
「切れッ!! あのバケモノを、切り捨てろッ!!」
「「「「「おおッ!!!」」」」」
侍たちが一斉にヤマトへと襲い掛かった。
構えた刀は皆一様に覇気で黒く染まっている。対してヤマトは一人で無手のまま、いかにも勝機のなさげな多対一だったが、しかし激情に震えるヤマトは、窮地に反して己が敗北する可能性など一切感じていなかった。
覇気とは、意志の力。その面で、今のヤマトは圧倒的に侍たちの上を行っていた。気圧された侍たちの弱体化とヤマトの強化が重なり合った、それは当然の帰結に当たる状況だった。
事実、このまま戦っていたとしたら、ヤマトは侍たちを無血のまま一掃
だが、そうはならなかった。
戦闘の火ぶたが切って落とされた、まさにその瞬間だった。
ヤマトの直感、研ぎ澄まされた覇気に予感を捉え、ヤマトは咄嗟に目的を変えた。
ひゅるると降ってくる風切り音。思わず上を見上げた侍たちに先んじて動き出していたヤマトは、刀と侍たちを押し退けて一直線に日和とページワン、そして踏みつけられて動けないうるティへと手を伸ばした。反射的に振り下ろされる刀の何本かは覇気でガードし、どうにか無事に三人を確保した直後。
風切り音――降り注いだ榴弾が、一斉に炸裂した。
鼓膜が痛むほどの爆発音と、それに紛れる侍と百獣海賊団の兵隊たちの悲鳴が響いた。爆風と熱が戦場をかき乱し、ヤマトも懐に抱え込んだ三人を庇いながら、それに翻弄されることとなる。
うるティはその衝撃で再び気を失ってしまったが、守った三人もヤマト自身も、先んじて動き出していたためにどうにか大事は避けられた。大した怪我もなく爆撃の中を切り抜けて、キーンと響く耳鳴りを聞きながら安堵の息を吐く。
が、ヤマトのように爆撃を察知できなかった大多数からは、安堵の代わりに阿鼻叫喚の悲鳴が噴き出していた。
爆撃はライブフロアのほぼ全域に降り注いでいたようで、三百六十度全てが凄惨な有様だ。動いている人間は一人余さず血を流し、戦闘不能な者も数多。そこら中に血と、焦げ臭い悪臭も広がっており、戦闘員は敵味方合わせて半分も残っていないだろうことがうかがえる。
――しかも、だった。
事態はそれだけにとどまらない。あまりの惨状に息を呑むほかなかったヤマトのすぐ目の前に、またもドゴンと降ってきた。
それは榴弾などではなく、雅な着物を身に纏った巨女の身体。ヤマトがそれを見間違えるわけもなく、それ故に呑み下したはずの驚愕が思わず喉から飛び出した。
「ぶ、ブラックマリア!!?」
「う……ヤマト坊ちゃん、かい……?」
ヤマトの親友、ブラックマリアが、苦しげに息を吐いていた。
彼女がこの場にいることに関しては、日和やページワンとは違い不思議はない。元よりヤマトとブラックマリアはライブフロアに、ひいてはうるティの確保と討ち入りへの対処のために動いていたのだから。
だがそのブラックマリアが、全身傷だらけで満身創痍の有様であることは明らかに異常だった。
「あら……うるちゃんにぺーたんに、小紫ちゃんまでいるのかい……? 全く、情けないとこ見られちまったねェ……」
「それよりも、何があったんだいブラックマリア!? 君がこんなに痛めつけられるなんて、いったい――」
何者の仕業なのだ、とヤマトの頭に困惑と、そして興奮が巻き起こった。
ブラックマリアはヤマトやジャックには及ばないものの、常日頃から彼らと修行しているだけあり、百獣海賊団内でも上から数えた方が早い強者だ。そんな彼女をこうも痛めつけられるとなれば、それは当然、百獣海賊団最上位クラスの相当な強者の仕業となる。
全盛の大名たちに迫るほどの、それは屈強な侍の伏兵であるはずなのだ。故にそれほどの逸材がまだワノ国に残っていたのかと、ヤマトはブラックマリアの心配をしながら、興奮を抑えられない。
だが、しかし。そんなヤマトの身勝手な興味本位な眼差しは、見通し、若干呆れが滲んだブラックマリアが指し示すのと同時、打ち砕かれることとなった。
かつてヤマトが日和に吹き飛ばされた楼閣の真正面、ライブフロアを挟んで並び立つもう一方の楼閣に開いた、大きな穴。そこから部下らしき多数の人影を背景に、ニヤリと悪辣そうな笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいる二人の大男の姿が、ヤマトの目に映った。
二人とも、明らかに侍ではなかった。そして恐らくは、ワノ国の民でもないだろう。
外界の海賊たちが、そこにいた。
「――ササキ、フーズ・フー……!! 貴様ら、どういうつもりだ……ッ!!」
不意に声が上がった。見やればさっきまでうるティを足蹴にしていた侍が、焼けただれた腕を庇いながら憎々しげに大男たちをにらみつけていた。
「鬼ヶ島へ集まる百獣海賊団の援軍を叩き、我らがカイドウを討つ手助けをすると、そう言っていただろうッ!! なのに、なぜ我らもろとも攻撃を……ッ!!」
「ははっ! ここまでくると、いっそ哀れだな」
だが牙が突き出た魚人らしき男も目元を赤いマスクで隠した男も、射殺さんばかりな侍の視線を鼻で笑った。
込められた憤怒も決意も何もかも、まるで気にしたそぶりもなく、嘲弄ばかりを声に滲ませ背後の部下たちへと口にする。
「おいササキ海賊団!! 手筈通りだ、いいな!?」
「今の爆撃を生き残っちまったかわいそうな連中に、慈悲ってやつをくれてやれ、フーズ・フー海賊団!!」
「「百獣海賊団も侍共も、全員まとめてぶち殺せッッ!!!」」
「「「「「おおおおぉぉッッーーーーー!!!」」」」」
号令と、そして部下たちがそれに一斉に武器を掲げ、ライブフロアへとなだれ込んできた。
たちまち始まる三つ巴の殺し合い――否、もはやそれは蹂躙だ。
ササキ海賊団とフーズ・フー海賊団、二つの海賊団の総数は現状の侍と百獣海賊団の兵隊たちよりも少ないが、しかし侍も兵隊たちも、それまでの戦いと今の爆撃とでまともに戦える状況ではない。碌な抵抗ができず、そして二つの海賊団たちはそんな彼らに容赦なく、分け隔てなく武器を振るっていた。
ヤマトは、そんな状況にまだ頭が追い付かない。
「ど、どういうこと……!? あいつらがブラックマリアを攻撃したんだろう!? なら、あいつらは侍たちの味方なんじゃ……」
「ああ。味方
興奮が消え、困惑ばかりが頭を占めることとなったヤマトへ、ブラックマリアが呼吸を整えながら答える。
「自慢げに話してたよ。どういう巡り合わせか、たまたまカイドウを討ちとろうっていう侍たちの船と出くわして、同盟を組む運びになったんだと。侍たちは荒海と
つまり、侍たちが五百人も鬼ヶ島に上陸できたのも彼ら海賊の手助けがあったから、ということだ。常々の疑問に、ヤマトはやっと合点がいく。
とはいえしかし、
「なら、なんで今更、侍たちを裏切ってるの!? 同盟ってことは、あの海賊たちも
打倒カイドウの目的で集まったなら、少なくともカイドウを倒すまではその信頼関係は保たれるはずだ。――が、
「そう思ってたのは、侍だけってことなんだろう」
ブラックマリアが息を吐く。
「あいつらは、そもそも最初から相手を信頼なんてしてなかったってことさ。ただ弾除けと、カイドウへの露払いに使えれば上出来だとでも思ってたんじゃないかねぇ」
「そんな……」
「残念ながら、世間一般の海賊ってのはそういうもんだよ」
そう言うブラックマリアに次いで見やれば、戦場の趨勢が早くも決しようとしていた。
海賊たちの軍勢はあっという間に戦場の中央を食い破り、その刀を侍や百獣海賊団の兵隊たちの血で濡らしている。ヤマトたちに憎悪を燃やし、つい先ほどまでその命を奪わんと声を荒げていた侍たちもそれに応戦するが、その勢いは止まらない。尽くが、海賊たちの凶刃に倒れていった。
戦う侍の数があっという間に減っていく。その中の一人、片腕が焼けただれた侍は、その目に恨みの炎を燃やして魚人の大男――恐らくはササキに切りかかった。
「おのれ……卑怯者どもめがッ!! このようなタイミングで裏切りなどと……やはり海外の海賊など信用すべきではなかったか……ッ!!」
「おいおい、恨み言なんて吐いてくれるなよ! てめェらが間抜けなのが悪いんだ!」
侍とササキの刀が火花を散らす。が、手負いの侍に対して相手はブラックマリアを倒せるほどの実力を持つ、魚人の剣士。元より勝ち目などあるはずもない。
ぎゃりんっ、と侍の刀が撥ね上げられて宙を舞い、そして直後、悠々歩いて距離を詰めてきた赤いマスクの大男、フーズ・フーが、その右腕を閃かせた。
「が、は……!!」
侍の背から、短刀の刃が生えた。
がら空きの懐を貫かれ、侍はとうとう立つ力も失ってしまったらしい。短刀が引き抜かれるとそのまま頽れ、倒れ伏してしまう。
フーズ・フーはその姿を見下ろしながら、小ばかにするように咥えた煙草をふかした。
「嘘と裏切りは海賊の華、ってな。ま、来世の教訓にでもすりゃあいいさ」
「き……貴様ら……ゆ、許さんぞ……ッ!! 共にカイドウと戦う、ど、同士だと……我らはそう、信じていたというのに……ッ!!」
「なにを
と。感慨も何もなく、ササキは侍にトドメの刀を突き立てた。
侍の目が一瞬だけ見開かれ、ほどなくそこから光が消える。僅かに残った命の灯を吹き消して、それからササキがまたも嘲るように吐き捨てた。
「だがまあ、てめェらの目的は継いでやるよ。要はカイドウが死ねば、それで満足なんだろう? じゃあ問題ねェさ。安心して死んどけ」
「ああ、もう侍どもを使う必要もねェからな」
次いで、フーズ・フー。侍の亡骸へ向いていた眼がヤマトと、そして日和を捉え、ニヤリと笑った。
「お前ら、カイドウの娘なんだってな?」
ヤマトの身が緊張で粟立った。
強がり半分に、譲れない点を言い返す。
「……僕は息子だよ」
「あ……? まあ、どうだってかまいやしねェが。要は百獣海賊団のウィークポイントだってことに違いはねェ。人質に取れば、少なくともザコどもはおれたちに手を出せなくなる」
「本当に、侍どもはマヌケな上にバカだよな。カイドウのガキなんて、殺すよりもよっぽど有用な使い方があるのによ!」
だがもはや、フーズ・フーもササキもその歩みを止めることはない。
部下たちも同様だ。周囲の侍たちは全滅し、全員がヤマトたちだけを狙っているこの状況。皆を守るため四方を警戒せねばならない以上、ヤマトは碌に動くこともできず、このままでは侍たちと同様の末路を辿ってしまうことは避けられない。
否、特にヤマトと日和に関しては人質などという、より悲惨で屈辱的な運命が待っている。緊張で微かに背中が粟立った。
「一応言っとこうか。おとなしく捕まるんなら、お前らの命は保証してやるが……どうする?」
「決まってるよ。……『嘘と裏切りは海賊の華』なんだろう?」
故にこそ、戦う以外に道はないのだ。
だろうな、とでも言うように、フーズ・フーは鼻を鳴らした。そして、同時。ヤマトの背後で、ブラックマリアが立ち上がる。
「……坊ちゃんのピンチに、幹部がグースカ寝てられるかってんだい……!」
痛む身体を押して、気を失っているうるティとページワン、そして先ほどからずっと呆然自失状態な日和の前に出て、ヤマトと背中合わせに構えを取った。
「せめて背中は、私が守るよ。ヤマト坊ちゃん、その二人をお願いしても……?」
「……うん、任せて……!」
ブラックマリアが海賊たちから受けたダメージは大きい。本来であれば手当てを受けた上で布団でゆっくり療養すべき状態だが、しかしそのダメージの凡そはササキとフーズ・フーの二人の手によるものだろう。
部下が相手であれば、問題ないに違いない。何よりブラックマリアがそういうのだから、ヤマトはそれを信じるのみだった。
ササキがゆっくりと刀を構えた。
「おれたちにボコされたくせして、どの口で言ってんだかな」
「……タイマンだったら返り討ちにしてたよ。そんでもって教えておいてあげるけど、ヤマト坊ちゃんは私の何倍も強いからね……! 瞬殺されちまわないよう、精々気をつけな……!」
「てめェみてェな雑魚の数倍なんざ、相手にもならねェよ!!」
啖呵と共に、戦いの火ぶたが切って落とされた。