百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話   作:もちごめさん

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僕はおでんだから ④

 ササキが地を蹴り、猛然とヤマトへ突っ込んだ。そして同時、ヤマトもブラックマリアへの心配を一思いに捨て、目の前の脅威に集中する。

 魚人の膂力がすさまじいことは、ジャックで嫌というほど思い知っている。故に普段は受けになど回らないが、今は状況が状況。背後の日和たちのことを考えれば避ける選択肢があるはずもなく、ヤマトは瞬時に決心し、両腕にめいっぱいの覇気を込めた。

 金棒がないことがあまりに痛いが、やる他ない。刀を腕で防御する覚悟を決めて、身構える。

 が、さっそく予想外がヤマトの視界を横切った。

 

 

「守りの構えで瞬殺たァ、笑わせる……!! 瞬殺ってのは、こうやるんだよ!!」

 

「早――ッ!!」

 

 

 フーズ・フー。瞬間移動もかくやというスピードで一瞬のうちにササキを追い越し、ヤマトの至近距離まで迫った赤いマスクの大男は、ササキに気を取られていたヤマトの隙を貫いた。

 

 

「【指銃(シガン)】――!!?」

 

「ぐッ……!!」

 

 

 着物を貫き、的確に心臓へと突き立てられる覇気に染まった指の抜き手。ヤマトの身体はその速さに追いつけなかったが、しかし辛うじて覇気は追いついた。

 ヤマトの覇気のガードをフーズ・フーの覇気は貫けず、指は弾かれ、マスクの上からでもわかる驚愕がヤマトを睨む。

 だがフーズ・フーの一撃を防いでも、ササキのそれがまだ残っている。

 

 

「ハッ!! 【六式】なんて所詮は玩具でしかねェってことだ!! どいてろ、フーズ・フー!!」

 

 

 フーズ・フーの身体を押し退けるようにして、ササキが大上段に刀を振り下ろした。

 

 当初ヤマトが目論んでいた腕での防御は、もはや不可能だ。ダメージは防げても【指銃(シガン)】の衝撃はヤマトの体幹を揺らし、防御の構えは解けてしまっている。

 盾にするはずの腕は開き、再び閉じるにはもう間に合わない。

 

 

「――ならッ!!」

 

「なッ――!!?」

 

 

 受けれないなら取る(・・)しかない。一か八か、開け放たれた正中線へ閃くように振り下ろされる刀へと伸ばしたヤマトの両手は、しかして賭けに勝利して、ササキの刀を捕まえた。

 白刃取り。刀速からしてコンマのズレも許されなかったタイミング、見事に捉えたヤマトにササキは思わず瞠目し、一瞬だけその動きが凍る。

 

 

「玩具振り回してんのはどっちだマヌケ!! 【刃銃(ハガン)】!!」

 

「チッ……!!」

 

 

 だがフーズ・フーの声とともに我に返り、ササキは力任せに刀を引き抜きその場から飛び退いた。

 そして同時、退いた空白を埋めるように飛来する、フーズ・フーからの飛ぶ斬撃の連打。マシンガンもかくやといったその弾幕は、しかし一発一発の威力がさして高くなく、もちろんヤマトの覇気を貫けない。

 故に、攻撃はさらに続いた。

 

 

「【(ソル)】!!」

 

 

 再びの瞬間移動の如き高速移動で、フーズ・フーは己が放った攻撃すらをも追い抜いて、瞬く間に距離を詰めた。そして弾幕に晒されているヤマトへ向けて、今度は両の指を構える。

 

 

「食らえ――【指銃(シガン)――(マダラ)】!!」

 

 

 今度は指での抜き手、【指銃(シガン)】の連打。一撃で足りないのなら数で押し潰すまでと、的確にヤマトの急所を狙って放たれた。

 マシンガンどころか、もはやミニガンのような攻撃の嵐だ。さしものヤマトもこれをこのまま受け続ければ、大事に至っていただろう。

 

 が、しかしその瞬間。

 どじゅ、と肉が貫かれる音が鳴り――同時にフーズ・フーが驚愕の声を上げた。

 

 

「は――!!? な、お前……ッ!!!」

 

「捕まえた……!!」

 

 

 ヤマトはフーズ・フーの両手の【指銃(シガン)】を、その拳ごと受け止めた。手のひらに穴が開くのと引き換えに、フーズ・フーの動きを縛める。

 同時、絶え間なく降り注いでいた【刃銃(ハガン)】の弾幕もとうとう尽きた。これでもう、攻勢の障害となるものはない。

 最近の修行、うるティが釘バットに次いで多用する攻撃方法を拝借し、

 

 

「う――らぁッッ!!!」

 

「ごッ……!!!」

 

 

 ヤマトは覇気を込め、頭突きを放った。

 口から血を吐きながらフーズ・フーが吹き飛んでいく。そしてその先には、退いたササキ。己へ吹き飛んでくるフーズ・フーへ、彼は苛立ち交じりに刀を振るった。

 

 

「クッ……おれの邪魔してんじゃねェ、足手まとい野郎!!」

 

「がはッ……!!」

 

 

 払い除けるようにその背中を切り捨てる。フーズ・フーがササキの退避を待たず【刃銃(ハガン)】を放ったこと然り、やはり別々の海賊団であるからか、助け合うという発想はないらしい。

 互いに互いを利用するのみ。そうして成る強さもあるだろうが、少なくとも今、それは悪手だった。

 ササキがフーズ・フーを攻撃などせず助けていれば、あるいは迎撃は間に合っただろうが――

 

 

「ッ!!? てめェ、いつの間に……ッ!!!」

 

「攻めてこないとでも思ってた!? 甘いよ!!」

 

 

 もう遅い。

 吹き飛ぶフーズ・フーの陰に紛れ、ヤマトは距離を詰めていた。刀を振り抜いてしまったササキの懐はガラ空きで、隙だらけだ。

 ヤマトはそこに、渾身の右ストレートを打ち込んだ。

 

 

「せっりゃあぁッ――!!」

 

「ぐ、ご……ッ!!」

 

 

 ササキもまた、苦悶に顔を歪めて吹き飛んだ。

 これを受けたのがそこらの百獣海賊団の兵隊たちであったなら、まず間違いなくそのままあの世へ旅立っていただろう。頭突きも然り、ブラックマリアに近しいその強さを鑑みても、少なくともしばらくは立つこともできないほどの大ダメージ、クリーンヒットだった。

 が、ヤマトのそんな手応えに反して、二人は戦闘不能にはならなかった。

 

 

「ぐ……クソが……!! ササキお前、よくもおれごと切りやがったな!? ふざけてんじゃねェぞ!! ガキどもの前に、まずお前から殺してやろうか!?」

 

「できもしねェことを言ってんじゃねェ!! ッぐ、ごほっ……クソ、あばらが……。そもそもてめェが下手こかなきゃ、おれもこんなことにはなってねェんだよ……ッ!!」

 

 

 フーズ・フーもササキも、倒れすらしなかった。両者とも吹き飛ぶうちに体勢を取り戻し、未だその身に戦意を滾らせている。

 効いていないわけではない。が、ヤマトの想像よりもはるかにダメージが少ない。

 つまりはそれだけ、フーズ・フーとササキがタフだったということだ。

 

 攻撃力に加え、持久力まで持ち合わせている。判明してしまったその事実は、ヤマトの窮地をさらに強調するものに他ならない。

 単純に、素手のヤマトではこれほどまでにタフな相手を倒しきれない。今さっきの渾身のクリーンヒットが、言ってみれば今のヤマトの最大火力。それでこの程度のダメージであるならば、あとどれほど攻撃を重ねる必要があるだろう。

 日和たちのことがなければ素直に何十、何百と攻撃すればいいだけだが、しかし現状、半端な攻撃には背後の日和たちを狙われるリスクが付きまとう。

 皆を守るために、ちまちまと攻撃してはいられないのだ。一撃ノックアウトが最善で、しかし素手ではそれを成すことができない。

 

 であればやはり、どうにか得物を、金棒を回収する必要があった。

 日和に攻撃の意図がないことを示すため投げ捨ててしまった金棒は、爆撃のせいで瓦礫に紛れ、今はどこにあるかわからない。

 どうにか見つけ出さなくては、とヤマトは背中に汗をかきつつ、視線を周囲に巡らせた。

 

 

 ――と、その時。

 

 顔を歪めて言い争いをしていたササキとフーズ・フーの両名が、突然口を開けたまま、その声を失った。ぽかんと口を開け、困惑と驚愕が入り混じった視線が一ヶ所へ向く。

 こちらの思惑がバレたのかとヤマトは一瞬ぎくりと竦むが、しかしすぐにそうではないと気が付いた。

 

 二人の視線が向けられた先、その正体が、視界の端からフラフラとその姿を現した。

 

 

「ひ、日和……!!?」

 

 

 日和が、一人無防備にヤマトと海賊たちの間に進み出ていた。

 

 

「なっ……何してんだい小紫ちゃん!! 早く戻りな!!」

 

 

 僅かに遅れてブラックマリアも異変に気付き、半狂乱に声を上げる。だが日和は反応すら示さない。生気のない様子でササキとフーズ・フーへと近づいていく。

 そんな奇異なる光景がササキとフーズ・フーを足止めしていたのだが、しかしそれも長くは続かない。数秒後、フーズ・フーの口元がニヤリと歪んだ。

 

 

「ッ――!!」

 

「チッ……!!」

 

 

 日和を狙ったフーズ・フーの手を、ヤマトが寸前で叩き落とした。続けて腕を払って牽制し、フーズ・フーを遠ざけると、回収した日和に怒鳴るように言い放つ。

 

 

「何を考えてるんだよ、日和!! あいつら、敵なんだよ!? 捕まったら殺される――」

 

 

 あるいはそれ以上の苦難を味わわされることになる。だというのに、戦う気もなく身を晒すなど、いったい何を考えているのだ。 

 もしそうなってしまったら、いったい僕はどうすればいいのだ。

 そう、ヤマトは震える恐怖心のまま、それを怒りの言葉に変えて吐き出そうとした。

 

 だがその前に、日和の声が被せられる。

 短く一言、

 

 

「……殺されたいんです」

 

 

 と。

 

 

「は――」

 

 

 ヤマトはその一瞬、ササキやフーズ・フーの脅威すら忘れ去った。

 日和がか細い声で口にしたその言葉は、それほどの衝撃をヤマトに与えたのだ。

 

 そして一方、ササキとフーズ・フーはその言葉に噴き出し、ゲラゲラと笑い声をあげた。

 

 

「だはははは! なんだ日和だか小紫だか、てめェ死にたいのか! ……お笑いだな! 必死こいて守ってるそいつの前でよォ!」

 

「フッ……そっちのヤマトとかいうガキはカイドウの血を感じる強さだが……こっちは真逆だな。覇気もまるで感じねェ。……案外、本当はカイドウの娘じゃねぇって話は事実なのかもな」

 

「ははは……」

 

 

 日和本人と、そして日和の父たるおでんへの侮辱。怒りを見せて然るべき場面に、しかし日和は乾いた笑いを、諦念を浮かべるのみだった。

 唖然とするヤマトの手の中で、日和はさらに投げやりな言葉を紡ぎ続ける。

 

 

「……今となっては、私はもうどちらでもない。そうでしょう、ヤマト……? 光月として生きることはできず、かといってカイドウへの恨みも捨てられない私は……もう何者でもないんだから……」

 

「………」

 

「何者でもないなら、もう死ぬしかないじゃないですか……! それ以外にどうしろって言うんです!? ……私はもう一人ぼっちで、どこにも味方なんていないのに……っ!」

 

 

 ヤマトは日和の気持ちを理解していた。

 もはや日和でも小紫でもないというその気持ち、侍に切られ、ページワンを殺せなかったその瞬間を、ヤマトはその目で目撃している。死にたいと思ってしまうほど憔悴しきった苦しみが、理解できないはずもないのだ。

 

 だがしかし。そんな日和の苦しみに、理解をすれど同調することは、ヤマトにはできない。それは『死にたい』という言葉の重大さ故のものでもあったが――しかし。

 大部分は、溢れ出る“呆れ”の感情によるものだった。

 

 なにせ日和の声の悲愴に対し、その言い分はあまりにも“ニブチン”だ。

 鈍感で、あまりに察しが悪すぎる。言葉でも伝えたはずなのに、なぜそこまで頑なに認めようとしないのか。

 日和自らがヤマトたちに抱く親愛を自覚したにもかかわらず、それ(・・)に気付かないのはもはや何かの冗談かと思ってしまうほどだ。故にヤマトは言葉もなく、がくりと肩の力が抜けるような感覚を味わう羽目になっていた。

 

 が、しかし一方。ヤマトよりもずっと早くから日和の本心を知っていたブラックマリアの心境は、ヤマトのそれを凌駕した。“呆れ”を通り越したそれは“憤り”を帯び、我慢ならずと一際大きく響き渡る。

 

 

「いい加減におし、日和ッ!!」

 

「ッ!? ……ブラックマリア……?」

 

 

 日和は滅多に聞かないブラックマリアの怒声に身を跳ねさせた。何もかもを諦めたその目に人らしい怯えが覗き、恐る恐るに背後を見やる。

 ブラックマリアは襲い来る海賊たちと戦いながら、日和をしかりつけるように続けて言い放った。

 

 

「あんたが侍の討ち入りで何をしてたのかは、大体想像がつく! それでヤマト坊ちゃんに何を言われたのかも、何があったのかも、その顔を見りゃ一目でわかるさ!」

 

「っ……だ、だったら――」

 

自分の本心に眼を向けること(それ)ができたなら、ヤマトたちの想いも認めてあげなって言ってんだよ! ……『死ぬ以外にどうすればいいのか』だって? そんなの、私たちと一緒に(・・・・・・・)生きればいいだけじゃないかい!」

 

「……!!」

 

 

 孤独。恨み故に一人ぼっちを強いられていた日和が、その身体の震えをピタリと止めた。声も消え、同時にヤマトもようやく正気を取り戻す。

 もはや言いたいことのほとんどはブラックマリアに言われてしまっていたが、ヤマトも続けて日和へと口にした。

 

 

「日和が死のうとするのなら、僕は……ううん、僕たちは何度だって君を助けるよ。この気持ちだけは、君にだって否定させない。否定できるわけがない。だって……僕たちだって君のことが大好きなんだから(・・・・・・・・・・・・・)……!!」

 

「っ……!!」

 

おんなじ(・・・・)さ。そうでしょ、日和?」

 

 

 日和の声は、やはりなかった。だがその心情は、見張られた目から零れた涙に現れる。

 先ほどの絶望に淀んだ雫とは正反対。それは確かに、いつかの続きの安堵だった。

 

 

「……感動的だな。お涙頂戴ってか? いい具合に揉めてくれるかと思ったら……下らねぇ」

 

 

 と。ササキの声が安堵の中に割入った。

 言葉に反して酷く冷めたふうにそう言って、さらにフーズ・フーもそれに続く。

 

 

「こんなことなら様子見なんてやめてさっさと攻撃しちまえばよかったな。……が、まあいい。どのみち結果は同じだ……!」

 

 

 途端のことだった。

 ヤマトが改めて二人のほうに眼をやると、不意にその身体がボコボコと膨れ始めた。元より大きな二人の身体がさらにどんどん大きく、そして荒々しさを増していく。

 

 その変身(・・)に、ヤマトは悟った。己の攻撃が想像よりも聞かなかった原因と、ササキとフーズ・フーのタフさの理由。

 

 

「カイドウ戦のために力は温存しておきたかったが……その三文芝居とてめェの強さに免じて、見せてやるよ……!! おれたちの、悪魔の実の力!!」

 

 

 つまりはそういうことだったのだ。

 

 

「迫撃において最強たる動物(ゾオン)系、その古代種!! この力があれば、お前の攻撃も防御も、もはや何の意味もねェ!!」

 

 

 悪魔の実の中でも動物の力を宿す動物(ゾオン)系。それは単純な身体能力の強化に加え、圧倒的な持久力と回復力を能力者に与えるものだ。

 しかも二人のそれは通常の動物(ゾオン)系ではないらしい。曰く、百獣海賊団に於いてカイドウに次ぐ地位にいるキングやクイーンと同じ古代種だ。カイドウの幻獣種ほどではないにせよ珍しく、そしてパワーやタフネスの上昇量は通常種の比ではない。

 その能力があればこそ、二人はヤマトの攻撃に耐えることができたのだろう。そして実際、その力を解放した今、彼らの自信と言い分は慢心ではありえない。

 

 

「ネコネコの実、モデル“サーベルタイガー”……!! 言っておくが、この形態で放つおれの技、【牙銃(ガガン)】の威力は、さっきの【指銃(シガン)】や【刃銃(ハガン)】の比じゃねェぞ!! 武装色ごと、お前の肉を食いちぎる!!」

 

「そしておれの能力、リュウリュウの実、モデル“トリケラトプス”の突進は、もうテメェでも止められねェ!! ……本来ならおれ一人でもてめェ程度、轢き殺せるが……不本意だが、万が一ってこともあるからな……!! 同時攻撃で確実に仕留めてやる……!!」

 

 

 と、大きな牙を蓄えた巨大なサーベルタイガーとなったフーズ・フーと、同じくトリケラトプスに姿を変えたササキが吠える。

 

 そしてササキは同時、トリケラトプスの首のフリル部分を回転させ始めた。

 えっそこ動くの!? なんていう驚愕をヤマトは一瞬覚えるも、しかしもちろんそれがウケ狙いの冗談であるわけもない。瞬時に気を引き締めて――その直後、彼は地を蹴った。

 

 

「さあ……守れるもんなら守ってみろッ!! 【弾丸(タマ)ケラトプス】!!!」

 

 

 ササキがフリルの回転を推進力に、飛ぶようにヤマトへと射出された。

 加速した突進は、言葉の通りかなりの威力であることは明らかだった。正面から立ち向かえば恐らくは受け止め切れず背後の日和たちを巻き込むことになり、そこをさらにフーズ・フーに追撃でもされてしまえば大惨事になってしまうのは間違いないだろう。

 

 そう――正面からは、不可能だ。

 ヤマトは瞬時にそう判断した。故に、目の前にしたその攻撃と――そして直前に気付いた気配(・・)に心を決めて、跳んだ。

 

 

「は――!!?」

 

 

 跳躍。飛来するササキの頭上を跳び越える。

 ササキにとっては想定外の行動だった。一直線に突進するササキに立ち向かわず、回避したならば、結果ササキの攻撃がどこを穿つかなど考えるまでもない。

 

 

「――ハハッ!! なんだ、守る守ると言いながら、結局直前でビビったか!? まさかここにきてガキどもを見捨てるとは、恐れ入る!!」

 

 

 動かず待機していたフーズ・フーが先んじてそう悟り、跳ぶヤマトへ笑いながら構えを取る。

 そして次いでササキもヤマトの跳躍に納得した。フーズ・フーとは対照的に、忌々しげに舌打ちを零した。

 

 

「――チッ、そうかよ……!! ならばご要望通り、先にてめェの大事なガキどもを粉微塵にしといてやるよ!! 腰抜け野郎!!」

 

 

 同時攻撃と言いつつ先陣を切り己が手でヤマトを倒すはずが、当てが外れた故の苛立ち。それでも船長らしく合理的に切り替えて、ササキは標的を日和たちへと変更する。

 どのみちここで臆して逃げるようなやつは自分が殺す価値もないのだと、そう己に言い聞かせて。

 

 

「テメェはそこで、おれの攻撃にビビったことを後悔してやがれッ!!!」

 

 

 が、しかし。

 ヤマトはササキの【弾丸(タマ)ケラトプス】から逃げたわけでも、もちろん臆したわけでもなかった。

 そんな考えは頭にすらない。背を向け海賊たちと戦い続けるブラックマリアも、そして日和も同様に、ヤマトがそんな人間でないことを知っていた。これは日和たちを見捨てたのではなく、策なのだと信じていた。

 

 ――事実、

 

 

「後悔するのは、テメェだ……!!!」

 

「!!!??」

 

 

 ヤマトが直前に気付いた気配(・・)の主――ジャックが、驚愕に目を見開くササキの至近で、手の二刀を構えていた。

 

 

「【おでん二刀流(・・・・・・)――】」

 

「ッ!!?」

 

 

 日和が思わず息を漏らしてしまうような、そんな技を伴って。

 ヤマトがその身で開けた楼閣の穴から飛び出し、その巨体に見合わぬ身軽さで瞬く間にそこまで攻め入ったジャックは、低く構えた二本のショーテルを、込めた覇気と共に一文字に振り抜いた。

 

 

「――【桃源白滝(とうげんしらたき)】!!!」

 

 

 ズガッ、と。

 かつておでんが生み出したその一太刀は、刃のさらに先すら切り裂いた。立ち並ぶ櫓のいくつかが鋭利な切り口と共に崩れ落ち、間にいた海賊たちの尽くが切り飛ばされる。

 そしてそれを直に受けたササキもまた、大ダメージを負うこととなった。“動物(ゾオン)系”の頑丈さは真っ二つを防いだが、しかしササキの意識を彼方に飛ばすには十分すぎる斬撃が横腹を切り裂き、声すら上げる間もなく白目をむく。

 吹き飛ばされ、楼閣の瓦礫にぶつかり落ちたその身体は元の人状態へと戻り、そして血を流したまま動くことはなかった。

 

 それほどの威力は、フーズ・フーからしても驚愕以外にあり得ない。ヤマトを攻撃するのも忘れて固まって、結果ヤマトは【牙銃(ガガン)】を受けることなく、ジャックの傍に着地することとなる。

 そうして、ヤマトは期せずして戦場の間隙を見出すことになり――故に思わず、ジャックの大きな身体を強めに小突いた。

 

 

「来るのが遅い! 友達の大ピンチに、いったい何やってたんだよ! 新しい武器を探すにしても、時間かかり過ぎじゃない!?」

 

「大ピンチ……? ……いや、すまねぇヤマト坊ちゃん。おれの技に耐えられる丈夫なやつを探してたんだが、なかなか見つからなかったんだ」

 

 

 ヤマトとの修行で、ジャックは己の得物を失っている。元の武器もそれなりに希少な一品で、それ以上を欲すれば入手に時間がかかってしまうのは必定というものだ。

 

 加えてそもそも、ジャックは別にヤマトに加勢しろなどと言われていたわけではない。さらに言えばこの大ピンチ、侍五百人の討ち入りと日和の件、おまけにササキとフーズ・フーたち海賊団の襲撃を予測できるはずもなく、なのに『遅い』などという叱責は明らかに不当な八つ当たりであるのだが――そこはカイドウの忠実な部下であるジャックのこと。その子たるヤマトが黒と言うならば、頭を下げないわけにはいかない。

 縦社会の難点だ。が、とはいえそこまでガチガチに凝り固まっているのはこの場ではジャックくらい。ブラックマリアは特に畏まることもなく、ジャックの攻撃もあって海賊のほとんどの無力化が成った彼女は畏まるどころか大きなため息と共に、二人の背中に言葉を投げた。

 

 

「ともかく、おかげで助かったよジャック。あのどでかい恐竜を一撃なんて、さすがの強さ……だけれども、いったいどういうことなんだい……? さっきの技、光月 おでんの技だろう? どうしてジャックが……」

 

 

 ちらりと、日和を気にしながら口にする。父親の技を百獣海賊団に使われるなどと、当然日和には面白くないだろうと。

 ヤマトとしてもそれに関しては口が重たくなるばかり。しかしそういった遠慮の類がないジャックは構わず、事実をそのまま口にする。

 

 

「ヤマト坊ちゃんや小紫の修行を盗み見て覚えた。カイドウさんの敵の技とはいえ、覚えて強くなれるならそれに越したことはねェからな」

 

「……つまり、僕と日和が大名たちと天岩戸で修行してたこと、ジャックにバレてたみたいなんだよ……。僕も最近まで気付けなくて……その、ごめん……」

 

 

 日和はともかく、ヤマトの刀の修行はもはやほとんど道楽に近い。才能がないと知れた時点で刀の修行をやめていれば、あるいはこれほど見事に技を盗まれることはなかったはずなのだ。

 そんな負い目があればこそ、ヤマトは日和へ頭を下げた。

 

 

 少し前までの日和であったなら、そんなヤマトへ冷たい罵声の一つや二つ、浴びせかけていただろう。仇敵が我が物顔で父の技を使う光景など、腹が煮えて然るべきだ。

 

 が、しかし。反して今の日和には、そのような怒りや怨嗟が存在してはいなかった。

 心を占めるのは、諦念とほのかな幸福。故に、申し訳なさそうに日和の顔を覗き込んでいるヤマトに対して普段のように突き放すことはなく、勝手に十年前のあの頃に戻った口は和らいだ調子で彼らに応じた。

 

 

「……ヤマトが気付けなくても、大名様方が気付かないはずがないでしょう? だから、きっと大名様方は承知の上だったはずです。なら私が言うべきことはありませんよ」

 

「……! そっか……」

 

 

 ヤマトは少し驚いたふうに目を見張り、そして微笑んだ。

 ブラックマリアもやれやれと肩を竦めながら笑みを浮かべ、ジャックは当たり前だろうとでも言うように公然と腕を組んでいる。そしてついでに、二人で寄り添うように目を閉じている、うるティとページワン。

 安堵はもう誤魔化しようがなかった。だから日和は、日和の中の最後の未練は願うように、あるいは乞うように、三人へ尋ねる。

 

 

「ジャック、ブラックマリア、そして……ヤマト。あなたたちは……どうして、私を助けてくれるんですか……?」

 

「……? そんなの、君が大事な――」

 

「――仲間だからだ」

 

「――妹だからね」

 

「――友達だからだよ!」

 

 

 と、三人の声が同時に飛び出し、重なった。

 全員バラバラで締まらない。が、しかしその芯は皆一つだ。

 

 

「……つまり、みんな日和が大切だってことさ! 日和が僕たちを大切に思ってくれてるのと同じように!」

 

 

 “日和”でも“小紫”でもない日和に、傍にいてくれる仲間はいない。日和が抱いていたそんな絶望感、孤独は、滑稽なまやかしだ。日和はヤマトのその言葉を聞いて、いやが応にもそれを理解させられた。

 

 

「敵とか味方とか、立場に囚われる必要なんてない。自分の心も自分で決められないなんて、そんなの全然自由じゃない! ……日和も、“光月”も“百獣”も関係ない、日和(・・)として生きていいんだよ! ――窮屈にござる、でしょ?」

 

 

 そんなことを言うヤマトたちが傍にいる以上、日和はどうしたって一人などではないのだ。

 

 ふと、日和は大名たちとの別れ際の会話を思い出す。『受け入れる以外に前へと進む道はない』。その通りだ。そして大名たちも、きっとヤマトのこんな姿を眼にしたからこそ、そこに希望を見出すことができたのだろう。

 であればその()である日和も、もはやそれを認める他なかった。

 光月の恨みも義務も、もはや何も関係ない。自分にとって、彼らはもう疑いようもなく家族なのだと。

 

 

「――そうですね」

 

 

 日和はそうして、十年ぶりに心からの笑みを浮かべることができたのだった。

 

 

「――ふざけるなよ……!!」

 

 

 と、フーズ・フーの底ごもる声が、大団円を無遠慮に切り裂いた。

 たちまち戦闘態勢を取り戻すヤマトたち。構える三人に対し、ササキも失い一転して一人となったフーズ・フーは、その目に狂気的な怒りを燃やす。

 

 

「何を『もう勝った』みたいな気分でいやがる……!! ササキをヤったくらいで調子に乗ってるんじゃねェ……!! あんな雑魚、おれでも瞬殺するくらいわけねェんだよ……!!」

 

 

 吐き捨て、そして手をつき四足になったフーズ・フーは全身に覇気をみなぎらせた。獣が獲物を狙うような低く構えた体勢は、フーズ・フーから雑念(・・)を排除し、ただ相手を狩ることだけに集中させる。

 そんな我を忘れたような殺意を、フーズ・フーはただ一人、ヤマトだけに差し向けて――

 

 

「元より最後には殺す予定だったんだ……!! 見せてやるよ、ササキのバカを殺すために伏せておいた、とっておきを!!」

 

 

 一直線に突っ込んだ。

 

 

「【鉄塊(テッカイ)――牙閃(キバセン)】!!!」

 

 

 スピードはササキの【弾丸(タマ)ケラトプス】にも劣らない。威力も然り。迫るそれに、ジャックがヤマトを庇うように前に出る。

 が、その時

 

 

「――ヤマトッ!」

 

「!」

 

 

 日和が、ヤマトの金棒を投げ渡した。

 

 瓦礫に紛れて行方不明だったはずが、いったいどうやって見つけ出したのか。反射的にキャッチしつつ思うも、しかしヤマトはすぐにかぶりを振った。

 そんなことよりも、託された期待に応えるために。

 

 

「任せて!!」

 

 

 ジャックを制し、前に飛び出す。迫りくる覇気に染まった牙の一撃を見据え、ヤマトは固く握りしめた金棒を振りかぶった。

 背の日和に滾る覇気と、そして父たるカイドウから継いだ構えを以ってして、打ち放つ。

 

 

「【雷鳴八卦(らいめいはっけ)】!!!」

 

「ごっ―――!!!」

 

 

 紫電迸る金棒の一撃。ヤマトの十八番の攻撃は、突っ込んできたフーズ・フーを真正面から迎え撃ち――そして撃ち抜いた。

 

 フルスイングで打ち返されて、フーズ・フーの身体はボールのように飛んでいく。突進の軌跡に沿って瓦礫の山を吹き飛ばし、なお突き進んで楼閣の礎に直撃。その威力のまま、伝わった衝撃はついさっきジャックの一閃で建物が脆くなっていたことも相俟って、楼閣自体をも破壊した。

 木の破砕音を響かせ、沈み込むように崩れ落ちる一棟分の瓦礫の中、そこから弾き出されたフーズ・フーがちょうどササキのすぐそばに放り出される。目元を隠すマスクも割れて血まみれになったその顔面も、投げ出された手足もやはり、ピクリとも動かない。

 倒したのだ。危機をとうとう完全に退けて、ヤマトはふうと息を吐いた。

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