百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話 作:もちごめさん
「――ウォロロロ! おれが寝ている間にそんなことがあったのか!」
「ええ。ライブフロアは当分使用不可、屋敷を守ってた部下からもかなりの死傷者が出ましたが……ヤマト坊ちゃんたちが敵をほぼ殲滅。生き残りも全て生け捕りにすることが叶いました。それなりに使える奴もいましたが、部下にするか奴隷にするかはまたこれから、ということで……」
「起こしてくれりゃよかったのによォ~~~! せっかくの祭りだってのに、見逃しちまったじゃねェか! 侍はともかく、ウチに海賊が討ち入りしかけて来るなんざここしばらくなかったし。退屈してたんだぜおれはァ!」
「すいません、カイドウさん。伝える必要もねェ些事だと思ったもんで」
「些事なもんかよ! せっかく楽しい戦争ができるはずだったのによォ! ……だがまあ、許してやる。ヤマトは随分活躍したようだしな! その話だけで、酒の肴には十分だ! ウォロロロ!」
――と。
屋敷の、とある一室。畳敷きの宴会場で、カイドウは普段の五割増しの速度でカラの酒樽を量産し続けていた。
酒精に染まったその顔は、傍にジャックの報告とブラックマリアのお酌を置いて、ずっと楽しそうに笑い声をあげている。当人たちが憧れのカイドウに構われて嬉しそうにしているのが救いだが、しかしやはり、ヤマトにとってその光景は気に食わない。
今のこの場は、今回の討ち入り事件を収束させたことに対する、褒章代わりの祝宴であるはずなのだ。
つまり主役はヤマトたち。それを差し置いて好き放題酒盛りしているカイドウのその様に、ヤマトはイライラせずにはいられない。
身内だけのささやかな規模ではあれど、日和とうるティとページワンだけでなく、ジャックとブラックマリアも加えたいつものみんなでの宴会など、そうそうあるものではない。だというのに、皆で楽しく盛り上がれるはずだった宴が、カイドウに乗っ取られたような形。
普段から『クソオヤジ』だのなんだのと呼ぶ程度にはヤマトにカイドウへの敬意はないが、今はそれに輪をかけて気に食わない。もういっそ――生理的に無理な感じでもあった。
とはいえ、気に食わないから退室するというのも『なんでカイドウのために僕が動かなくちゃならないんだ』という妙なプライドが邪魔をしてしまう。故に結局ヤマトは聞こえてくるカイドウのご機嫌声に反応してしまいそうになる己を無視によって律しながら料理を口に運ぶことに集中しているのだった。
「それにだ、ジャック! お前も褒めてやらねェとなァ! ……おでんのやつの技を習得しちまったんだろう? ウォロロロロ! これほど愉快なこともそうはねェ!」
「ンぐ……!」
が、しかし。いかに集中しようとも、その話題には聞こえないふりなどできようはずもない。反応した身体が早速動揺を零してしまい、おかげで咀嚼中の白米が喉奥に転げ落ちたヤマトはむせた。
慌ててジョッキを手に取ると、ほぼ同時、杯の酒を呷って息を吐いたカイドウがヤマトの方へニヤニヤと眼をやって、面白がるように口にする。
「大名どもを生かしておいた甲斐があったなァ、ヤマト。よかったじゃねェか、お前の代わりにおでんの技を継いでくれる奴が見つかって」
その意は明らかだ。十年かけてもおでんの技どころか刀の扱いもままならないほど刀の才能がないヤマトへの揶揄。そして――
……そして、ヤマトたちが無断で大名たちと密会していたことに対する叱責だ。
立ち入り禁止な大名たちの岩牢への侵入は、本来であれば当然、叱られて然るべき行いだ。ヤマトも日和もそしてジャックも、それを理解した上で無視し、侵入を繰り返していたのだが、面と向かって言われれば気まずい思いは避けられない。
「……うるさいなぁ。そもそもあんな程度の警備、出るも入るもご自由にって言ってるようなものじゃんか」
故にヤマトの反抗心も僅かながら削られた。それをジョッキごと呷って飲み下した後、唇を尖らせながら謝罪の代わりに不服の思いで鼻を鳴らす。
実際、それは詭弁ではない。事実として牢の警備はひどく脆弱だ。なにせ十年前のヤマトでも侵入できたレベルで、以降今日までほとんど警備体制は変わっていない。
ヤマトや日和に牢が破られたという報告も、カイドウの様子を見るに入ってはいたのだろう。なのに警備の増強も何もしなかったのだから、それはつまりヤマトたちの行いを黙認しているも同様であるのだ。
と、そんな理屈で言い返したが、とはいえ無許可の侵入であったことに変わりはない。叱責の回避はならないだろうと、不貞腐れながらヤマトはふいっと顔を背ける。
が、しかし。
「わかってるじゃねェか。そうだ、天岩戸には元々そういうつもりでぶち込んでやったんだよ」
「え……?」
意外なことに、覚悟した叱責はまるで飛んでこなかった。
それどころかヤマトが通るはずがないと思い込んだ建前ごと肯定し、カイドウはブラックマリアが注いだ酒をますます機嫌よく呷る。
「心折れておれに下るのならそれで良し。だがヤマト、お前からの刺激で奴らが“侍”を取り戻したのなら……あの時の戦いの続きができるってことだ! そんなもん、燃えるじゃねェか! ウォロロロロ!」
「……わざと杜撰な警備を敷いていた、ってことですか」
「ああそうだ! 中途半端に終わっちまったからなァ……おれにとっちゃ、そうなった方が都合が良かった! それだけさ! ウォロロロロ!」
「はぁ……」
目を瞬かせたジャックにもカイドウは頷いた。
立ち入り禁止は本当に建前以外の何物でもなかったらしい。途端、不満を抱きながらもこっそり隠れて通い詰めていた自分たちが一気にばからしく思えてしまい、ドッと押し寄せる疲れに負けて、ヤマトは思わず机の上に突っ伏した。
そしてカイドウはそんなヤマトの様子を肴に、実に楽しそうに声を上げて笑っていた。
「まあもっとも、今となっちゃどっちももう望めそうにねェが……出涸らしになった連中にも、まだ価値はあるもんだ! ジャックの技に……ああそうだ! ヤマトは【覇王色】にも目覚めたんだろう? 大手柄だ! ……後で連中も褒めに行ってやるか? ウォロロロロ!」
「覇王……? おいカイドウ様、その覇王色ってなんだ?」
「ちょ、ちょっとうる姉ちゃん! 言葉遣い……」
「構わねェ、今日は無礼講だ! ……で、【覇王色】か。こいつはつまり、武装色、見聞色と並ぶ三つ目の覇気……侍たちがひとりでに気絶していったんだろう? 奴らを威圧したのがそれだ。前二つと違って生まれ持った資質がモノを言う力だが、使い手が弱けりゃなんでもねェ。それを初めての覚醒で、覚悟の決まった侍どもを気絶させたってんだから……やっぱりそりゃ、大名たちとの修行が効いたってことなんだろうよ! ウォロロロロ!」
【覇王色】という聞き慣れない単語に怪訝を示したうるティとページワンに、カイドウがご機嫌全開でそう答える。
厳密にはヤマトの【覇王色】――相手を威圧で気絶させたのは今回が初めてではないのだが、もう面倒なのでヤマトは口をつぐんでいることにした。
そうして、またしばらく一人盛り上がるカイドウの独壇場が続くこととなる――はずが、しかし。カイドウのノイズに耐える忍耐の時間と覚悟したはずの宴会は、それから意外にもヤマトにとって好ましい方向へと転がり始めた。
積み上がるカラの酒樽と酒臭くなった部屋の空気が給仕の手により三回ほど掃除された、ちょうどその頃。カイドウの世話が一段落し、ジャックとブラックマリアがようやく料理に手を付けたのだが、それが思いのほか盛り上がったのだ。
二人とも、空腹と憧れのカイドウに構ってもらえた充足感とでテンションが上がっていたのだろう。うまいうまいと喜んで、そんな声が呼び水となり皆の内で会話が弾み、いつの間にやらカイドウの声にも負けないほど賑やかに。
邪魔者とカイドウを疎んだ思いはどこへやらで、ヤマトも気付けばその空気に呑まれ、皆と共に純粋に宴を楽しんでいたのだった。
不満と不機嫌を、そうして払拭されたヤマト。不満を抱いていたことも忘れ去るほどだったが――しかし。
祝宴が始まってからずっと、不安と緊張と、そして決意とでその身を焦がしていた者が、凡そ一人。
「――あの、いいですか、カイドウ様」
「あ? なんだ、ページワン。言いたいことがあるなら言え。今なら何でも聞いてやるぞ。ウォロロロロ!」
ページワンという姉思いな弟が思わず口にしたのを皮切りに、とうとう前に歩み出ることとなった。
「……小紫姉ちゃんは、どうなるんだ……? ウチを裏切っちゃったんだし、何か罰とか、あったりするのか……?」
骨付き肉にかぶりつく寸前だったヤマトの口がピタリと止まる。楽しかった気分がすうっと抜け落ち、今更のように思い出す。
日和の裏切り。その問題があったのだ。共に祝宴の料理を口にしていることも相俟って、ヤマトは完全にその事件のことを忘れていた。
ジャックもブラックマリアも、そしてうるティも、同じように身に緊張を走らせる。一気にしんと静まり返った宴会の場、その場で当の本人、日和は、覚悟を決めたように息を吐いた。
「ああ、そのことか。小紫がおれを敵視してることは、ヤマトが“おでん”を名乗るのと同じく周知の事実だからな。今更叱りつけるつもりはねェよ――と、言いたいところだが、実害が出てる以上、今回はそれじゃあさすがに示しがつかねェ。……まあ適当に、一週間飯抜きにでもすりゃあ――」
「そのことなのですが。よろしいですか、カイドウ様」
割って入る。よく響く声を上げて皆の視線を集めた日和は、次いでカイドウへ向き直り、正座したまま手をつき深く頭を下げた。
「まず、今回のことを謝罪させていただきます。……百獣海賊団をお騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
「……殊勝だな。だが頭を下げたくらいじゃ、ケジメにはならねェぞ。おれたちは侍じゃねェんだ」
額を地につけ赦しを乞う、土下座。ワノ国にて最上級の謝罪ではあるがカイドウは冷たくそれを押し退ける。その冷酷さにヤマトの反感も刺激されるが、しかし同時にカイドウが正しいことも理解した。
百獣海賊団は、海賊なのだ。謝意があっても、
そしてそのくらいのことは、十年もここにいる日和にも理解できる。故に――
「ケジメとして……私は、“
そう、言った。
はっきりとした声で放たれた、そんな宣言。ヤマトはしばらく理解が追い付かなかった。
「な……何を言ってるんだよ、日和!!? 名前を捨てるって、そんな――」
「名前を捨てても、私が私であることは変わりません。それに……大事な人が覚えていてくれるなら、それだけで十分ですよ」
ヤマトが慌てて食って掛かるも、日和の表情は穏やかだった。
もはやそうすると心に決めてしまっているのだ。その意志は明らかでおまけにそんなことまで言われてしまえば、ヤマトに口を挟める隙はない。
他の皆共々、ヤマトは口を閉じる他なかった。
「……改めて、“小紫”としてあなたに忠誠を誓います、カイドウ様。義娘として部下として、お好きなようにこの身をお使いください」
「……そうか」
再び深々頭を下げた日和に対し、カイドウは嬉しいような残念なような、奇妙な表情を浮かべていた。
日和の敵意が――いつかカイドウへと挑む意志が、消えてしまったからだった。
そもそもカイドウが日和を生かしたのは、日和に“力”を求める意志があったからだ。カイドウを倒したいその意志がヤマトの意志と高め合い、いつしか自身にも届く“力”を得、心躍る闘争を与えてくれるのではと期待したから。
だがこうなってしまっては、その思惑はもはや叶わない。良い手駒が増えたという喜びはあっても、やはり無念の思いが大きかった。
「私には、もうあなたの首を取ることはできません。百獣海賊団を……みんなを切ることは、私にはできない。そう、わかってしまいましたから」
「……そうか。まあ、いい。そもそもおれの身体に傷をつけることすら、並みの人間には不可能だ。……諦めちまうのも、無理はねェ」
だからカイドウもまた、諦める。これもまた、自分の暴力が圧倒的であるが故のしがらみなのだと。
日和の心が折れてしまうのも無理からぬことだったのだと、そう忘れようとした。
――が、しかし。
日和は折れたわけではないのだ。
「その代わりに、お願いがあります。カイドウ様、あなたの部下として、私をあなたと戦わせてください……!」
「……あ?」
カイドウは唖然と目を瞬かせ、顔をしかめた。なにせ意味不明だ。カイドウに忠誠を誓いながらカイドウと戦わせろなどと、明らかに矛盾している。
そも、日和はカイドウの強さ、“力”に屈し、挑むことを諦めたのではなかったのかと。そう頭の中で困惑を巡らせた。
だが、そうではない。カイドウの思考を読んだように、日和がそう首を横に振った。
「父を、母を、皆を殺し、ワノ国を踏みにじった貴方への恨みはまだこの身に残っています。でも、それでも私は……大切な友達と一緒にいたい……! だからこそ、
「……!」
カイドウは、まっすぐに己を見てきた日和の目に、その本心を確信した。
嘘も虚勢も狂言も、そこにはない。ただひたすらまっすぐに、己へ向き合っているのだと。
「……“
それが果たして如何ほどのものなのか。カイドウの“暴力”に勝るものなのかは、わからない。“暴力”によってここまで成り上がってきたカイドウには、まるで想像できないのだ。
故に、その強さは信じられない。自身の“暴力”に敵うはずもない。そう思えてならないが――
「ウォロロロロ!! 面白れェ!! 小紫、お前を娘にして正解だった!!」
育児書曰く、『時に子供は凝り固まった大人よりも柔軟です。子供から学ぶ視点を持ちましょう』。カイドウが常々抱く世への失意を、あるいは日和が別の角度から打ち壊してくれるのかもしれない。
そう考えると、途端に愉快があふれ出た。盛り返した気分のまま酒を呷り、酔いの気分に浮かされながら口にする。
「いいだろう!! 小紫、見せてみろ――お前の世界を!!」
来たる未来に期待して、カイドウは娘の頭を撫でるのだった。