百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話   作:もちごめさん

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僕はおでんか ②

「エース、百獣海賊団に入ってくれ!」

 

「い や だ !」

 

 

 ――と、ヤマトの台詞とそれをきっぱり拒否するエースの声が、天岩戸の内で響いた。

 

 かつて大名たちが閉じ込められていたそこには、しかし現在、二人以外の誰もいない。そしてそれ故に、その杜撰極まる管理体制も今やすっかり改められていた。

 牢番がおつむの弱い“ナンバーズ”でなくなったのはもちろんのこと、何より内装。以前まではまさしくただの洞窟でしかなかったそこには、特別製の手錠と首枷、さらには身動きすら取れぬよう縛り付けるための鎖といった、物々しい道具の数々が増えている。

 名実ともに、今の天岩戸は牢獄だった。

 

 そんな噂に聞く世界の監獄、インペルダウンにも引けを取らないほどの厳重な拘束を以ってして、エースはその身を壁に繋ぎ止められていた。

 

 カイドウの【雷鳴八卦】に敗北し、以来ずっとエースはここに拘束されている。手当はされているもののダメージの残る身体で、且つ拘束による消耗も合わされば、その身はきっと辛いだろう。体調は万全には程遠いはずだった。

 が、にもかかわらず、エースはそれを感じさせないほどに堂々たる物言いを返していた。故にヤマトもそれ以上の心配を引っ込めて、そして笑みを作って頷くのだった。

 

 

「そっか、残念!」

 

 

 そう、一言。ヤマトはそれだけでこの話題を終わらせた。

 

 だがしかし、エースはそんな潔いはずのヤマトに対し、ジトっと白けた視線を送りつける。いっそ煩わしげにヤマトの笑みを引きつらせ、そしてため息と共に吐き出した。

 

 

「……これでちょうど一週間連続だ。毎日毎日同じやり取り繰り返して、よく飽きねェもんだな、ヤマト」

 

 

 実際のところ、ヤマトは別に潔くもなんともなかったのだ。一言のやり取りですぐ「残念」と打ち切ろうが、それが一週間毎日となればしつこいと辟易せざるを得ない。

 

 

「……念のために言っとくが、何回言われようがおれの答えは変わらねェぞ。カイドウの部下になるなんて、死んでもごめんだ。……説得されやしねェって、一週間続けてまだわからねェのかよ」

 

 

 エースの心は最初から決まっているために、それは尚のこと鬱陶しいだけだった。

 その上、ヤマトが一言で諦めてしまうことが、逆にやる気があるのかとエースに疑わせている。おざなりな勧誘など、そもそもからして頷く気が起きるはずもなく、わかっていながらこんな無駄を続けるヤマトに怪訝までもが顔を出す。

 

 しかしもちろん、ヤマトの側にも事情はあるのだ。無為な茶番はわざとではなく仕方がないことなのだと、引きつる笑顔をいっそのことと取り払い、ヤマトはフンと鼻を鳴らした

 

 

「別に……言われなくてもわかってるよ、そんな事。でも仕方ないだろう? ウチに入るよう君を説得するっていうのは僕が言い出したことんだ。ただのお題目でもサボるなんて道理に反すること、侍はしないんだよ……!」

 

「はぁ?」

 

 

 若干のバカにするようなエースの調子に、ヤマトの唇がムッと尖る。それに連なり堪えた不満を露にするように、ヤマトはこれ見よがしに腕を組んだ。

 

 

「……大体、君は僕にもっと感謝するべきだよね。僕が説得するって言い出さなかったら、君、拷問されてたんだよ? 拷問で心を折って戦力を増やすっていうのがカイドウの、百獣海賊団のやり方なんだから」

 

「拷問? そんなもんに屈するやつらが戦力なんかになるのか? ……少なくとも、おれは絶対に折れないが」

 

「そりゃあ君は耐えられるかもしれないけど……どうだろう。仲間が酷い目に遭っている姿を前にして、平気でいられる?」

 

「ッ!! おいヤマト!! あいつらは――!!」

 

 

 言い辛い思いを押してヤマトが口にすると、途端にエースは顔色を変えた。自身を縛める数多の拘束もお構いなしに身を乗り出し、その力と気迫に鎖が甲高い音を鳴らす。

 

 仲間想い故に、エースは心配と怒りが抑えられていなかった。もし仲間がそんな目に遭わされていたのなら絶対に許さないと、まっすぐヤマトを捉える眼が言っている。

 が、それは杞憂。むしろだからこそ僕に感謝するべきなのだと、ヤマトはエースを制してそれを言う。

 

 

「落ち着きなよ。エースの説得は僕が受け持ったってさっき言ったろ? 当然、君の仲間も僕の担当さ。誰も拷問なんて受けてないよ」

 

「そ、そうか……そりゃよかった。どうもありがとう」

 

「律儀かって。なんか気が抜けるなぁ、全く」

 

 

 覇気を迸らせた姿から一転、頭を下げたエースにヤマトは思わず息を吐く。何とも落差が激しいなと。

 

 しかし、確かにエースの仲間たちは拷問の類を受けていないが、その現状はまだ(・・)と頭につくものでしかない。時間はないのだと、ヤマトはエースに言葉を続ける。

 

 

「僕も君たちをずっと守れるわけじゃない。百獣海賊団入りを拒むなら、カイドウはいずれ暴力を持ち出して君を支配しようとするだろう。……拷問は、避けられない」

 

「……まあ、だろうな」

 

「だろうなって……もしそれでも折れなかったら、最後には殺されるんだよ? 本当にわかってる?」

 

 

 焦燥に塗れた先ほどとは打って変わって気のない返事。“いずれ”の話は想像できないのか何なのか、反応の薄いエースにヤマトは呆れを抱く。

 このままでは本当に、この想像通りの結末を辿ってしまいそうだった。そしてそれは、決してヤマトの望むところではない。

 故にヤマトはほのかな気恥ずかしさを呑み込んで、エースのためにも言い募る。

 

 

「……エース、君は僕のことを気に入ったって言ってくれただろう? 色々とあったけど、僕も君のことは嫌いじゃない。だから……拷問の挙句に殺されるなんて、そんな事にはなってほしくないんだよ」

 

「だから百獣海賊団に入れって続くなら、答えは同じだぜヤマト。おれは絶対に、他の誰かに支配されねェ。死んだ方がマシだ」

 

「エース……」

 

「ただまぁ……仲間まで道連れにする気はねェからな。おれを言いくるめる代わりに、あいつらを言いくるめといてくれよ。お前なら信頼できる」

 

 

 あるいは自分の命なのだから好きにさせろと、投げやりに言うような声だった。エースの“潔さ”がそこに繋がって、思わず胸が重くなる。

 

 それまで良い方向に捉えていたその潔さが、そう考えられなくなった。ある意味突き放されるようで、エースはヤマトの方を見ていない。

 どうすれば猪突猛進な彼の目に映れるのだろうか。このままでは彼の言うように『言いくるめられない』と、ヤマトは口を閉ざし、思考を回す。

 

 

「まあ、そんな事態にする気はねェけどな!」

 

 

 するとそんなヤマトの煩悶を笑うように、当のエースが得意げに声を上げ、その空気を吹き飛ばした。

 ヤマトの黙考も思惑通りに引き戻されて、そしてエースはまた我が物顔で潔く(・・)言葉を振るう。

 

 

「まだ死ぬと決まったわけじゃねェんだ。今そんなことに頭回しても意味ねェよ。お前が言う“いずれ”がくる前にここを逃げ出しゃ、それで済む話だ!」

 

「……簡単に言うけど、その有様でどう逃げるつもりなの」

 

 

 思わず嘆息。引っ張られるような感覚にされるがまま、ヤマトはエースを縛める拘束の数々に眼を向けて、言う。

 

 

「まず、両手の海楼石(かいろうせき)の手錠。悪魔の実の能力者はそれに触れてると力が入らなくなるんだろう? 特に君が嵌められてるそれは飛び切り純度の高いものだって話だし、さっきみたいに身じろぎするのもキツイんじゃない?」

 

「ぐ……」

 

 

 悪魔の実の能力者は海に嫌われ、そして海楼石は海の力を宿す鉱石である故に起きるという、その現象。能力者でないヤマトにとってはなんて事のない手錠でも、メラメラの実を食べたエースにはさぞ重たく感じられていることだろう。

 そして、もう一つ。

 

 

「首の枷は、僕の両手に嵌っているのと同じ爆発錠だ。鬼ヶ島の外に出たら爆発する」

 

 

 ヤマトは己の手首の錠をじゃらりと鳴らしてみせる。手錠と首枷という違いはあれど、性能は同一。むしろサイズと首という部位の分、エースの方が致命的だ。

 

 

「海楼石の錠で君は碌に動けないし、もし運よく鎖を外せても、爆発首輪を外せない限りは島の外に出た瞬間にお陀仏だ。……で、これでどうやって逃げ出すつもりなんだい?」

 

「そりゃお前……どうにかするんだよ!」

 

「どうにかできるわけないだろ! そんな無策が通るほど、カイドウも百獣海賊団も甘くないよ!」

 

 

 不可能に等しい絵空事だ。それを本気で口にしたエースには事実それ以上の策はないようで、ヤマトは思わず天井を仰ぐ。

 

 

「はぁ……そんな簡単に出し抜けるなら、僕はとっくにこれ(爆発手錠)を外して海に出てるよ。全く……」

 

 

 とはいえヤマトの拘束は、エースと違って自ら嵌めた枷でもあるのだが――それはともかく。

 エースの考えはあまりにも甘すぎる。ヤマトがずっと外せないその()を、エースが外せるはずもない。

 カイドウがいる限り、それは絶対に不可能なのだ。

 

 そういう思い、長年の諦念の数々を、ヤマトは一つのため息に詰め込んで吐き出した。するとエースは、何か反論するように口を開きかけ――結局何も言わずに黙り込む。

 あるいは多少は脱獄が不可能であることに納得がいったのか。ならばと、ヤマトはその心の揺れが収まる前に畳み掛けるように続けた。

 

 

「そんなに……思い切りがいいのなら、潔く百獣海賊団に入ったっていいんじゃない? 支配がどうこう言うけれど、エースが心配してるようなことにはならないよ、きっと」

 

「………」

 

「百獣海賊団は強ければ上に行ける組織なんだ。だからエースならすぐに“飛び六砲”……ううん、“大看板”まで上り詰めることだって不可能じゃない。僕が保証するよ。そうして誰にも文句を言わせないような地位を手に入れてから、百獣海賊団の内側で牙を研げばいいんだ。僕みたいにさ」

 

「……それはお前がカイドウの子だから許されてることじゃねェのか?」

 

「っ……!」

 

 

 無言でヤマトの説得の続きに耳を傾けていたエースが、ふとそんな台詞を口にした。

 

 ヤマトがカイドウの子である事実。そんな話を耳にすれば当人に確認したくなるのが人情というものだろうが、しかし今日この時に至るまで、ヤマトはエースの口からそんな質問を聞いたことはなかった。故につい驚き、息を呑んでしまったヤマトは、喉を鳴らしながら訊き返す。

 

 

「……知ってたんだ」

 

「最初の日におれをここ(天岩戸)に放り込んだ奴が言ってたよ。『お前、カイドウ様の息子に気に入られてよかったな』ってな。正直半信半疑ではあったんだが……お前の部下たちの坊ちゃん呼びもあったし、その反応を見る限り、どうやら本当らしい」

 

「うん……まあね」

 

 

 ヤマトにとってカイドウとの親子関係は知られて嬉しいものではない。できることなら隠したままでいたかったが、とうに知られていたのであればどうしようもなかった。

 というか、バレるのはどのみち時間の問題であっただろう。そう思うことにして、ヤマトは小さく頷いた。

 

 

「カイドウの息子っていう立場なんて関係ない……とは言わないけど、それでもやっぱり強ければ多少の無理は利くよ。事実、今“飛び六砲”にいるササキとフーズ・フーっていうのは元々エースみたいにウチに討ち入りしてきた海賊だし、それに……小紫って子も、僕と同じくらいカイドウを敵視してるのに幹部やってるしね」

 

 

 そして続ける。出した例はいずれもエースとは事情が違う気がしなくもないが、ともかく内側で牙を研ぐという点において、ヤマトには問題ないという確信があった。

 

 

「強ければ多少の反意は気にされない。むしろカイドウはそれを望んでるよ。自分に歯向かうような気骨のある奴は大歓迎だってね」

 

 

 なにせ“死は人の完成”だから。それが好敵手となり得る存在であるなら、カイドウは喜んでそれを見守るだろう。

 ヤマトに対してそうしているように。

 

 

「それに……」

 

「……?」

 

 

 と、ヤマトは念には念を入れてこの場に自分たち二人だけしかいないことを確かめて、さらにエースの耳に口を寄せる。

 ひそひそと、決して他の誰の耳にも触れないようにして口にした。

 

 

「……今から四年後、光月 トキが詠った通り、カイドウを倒す機会が来るんだ」

 

「四年後? それに光月 トキってのは……おでんの妻だったか。どういう意味だ?」

 

「詳しいことはわからない。さっきの、小紫って子は知ってると思うんだけど、僕は顔に出るからって教えてくれないんだ」

 

 

 すげなく拒否された当時の落胆を思い返しつつ、しかし、とヤマトは声を潜めるのをやめ、エースから身を離した。

 

 

「でも本当なのは確かさ! 機会は来る。最初で最後のチャンス、決戦の時が……!」

 

「……だからお前は、その時を待ってるのか」

 

「そうさ! そして……エース、君も待ってほしい。屈辱を呑み込んで、僕と一緒に」

 

 

 エースの眼が、離れたヤマトをまっすぐ捉えてそう聞いた。ヤマトは頷き、そしてまっすぐ真摯に見つめ返す。

 

 

「君が誰かの下に付くことが我慢ならない質だってことは十分わかった。死んだ方がマシだって言葉も本心なんだろう。……けど、それでも無駄死にはごめんだろう? チャンスがあるのに、それをふいにしてまで通す意思は無駄って言えないかい……?」

 

「………」

 

「少しでもそう思うなら……頼むよエース。百獣海賊団に入ってくれ」

 

「………」

 

 

 まっすぐお互いに見つめ合ったまま、しかしエースはヤマトの懇願に、やはり、無言だった。

 鎖がこすれる音もない。ただの無音がしばらく続いた。そしてその末、エースは僅かに眉根を寄せて、唸るように言葉を押し出す。

 

 

「……考えさせてくれ」

 

 

 保留の言葉。それはもちろん、ヤマトが望んだ答えではない。

 しかしこれ以上せっついても望む答えが出ないことは明らかだ。拒否を保留に変えられただけでも十分な成果だと、そう思うしかなく、ヤマトは落胆のため息を噛み殺して了解を返した。

 

 

「……わかった。今日も勧誘は失敗だね」

 

 

 しかし、となればもうこのような辛気臭い空気に甘んじている必要はない。故にヤマトは半ば無理矢理気持ちを切り替え、意識して明るく切り出した。

 

 

「それじゃあ……この間してくれた話の続きを聞かせてくれよ、エース! 君の弟の――ルフィの話を!」

 

「……ああ、まあ、いいけどよ……」

 

 

 以前、暇を持て余したエースが零した、ルフィという名の弟分についての話題。それに掻き立てられた高揚感を呼び戻し、迫るヤマト。

 エースはそれに、変わらぬ仏頂面を返しながら頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――遥か遠くの東の海(イーストブルー)からここまで旅をしてきたエースの話は、かつて大名におでんの航海日誌を読み聞かせてもらった時のように、そのどれもがヤマトの冒険心を激しく揺さぶるものだった。

 否、エース自身の口から語られるそれらは、紙の上に書かれた冒険譚よりもずっとリアルだ。共にあちこちの海を旅しているようなそんな感覚に陥り、つい牢獄での会話であることを忘れてしまうそうになる程の臨場感がそれにはあったのである。

 

 そしてその中でもエースの弟分たるルフィという少年の存在は、ものの見事にヤマトの心を貫いた。

 正確には、話が弾んで思わず飛び出た、彼の“夢の果て”の話だった。

 仮にもし百獣海賊団の兵隊たちがそれを聞けば、百人中百人が声を上げて笑っていただろう。傍からすればそれくらいバカバカしい話であり、故にエースも本来はその話を語るつもりはなかったはずだ。

 零してしまったその直後に、口が滑ったと悔いていた。忘れろと、笑うことは許さないと念押しをするほどで、それはルフィが本気でその“夢”を叶える気だからであるらしい。

 それを聞いて、もちろんヤマトは笑わなかった。それはエースがかつてヤマトの“(おでん)”を笑わなかったから、ということもあったが、しかしそんな義務感以上に、まっとうな感動がヤマトの心を襲っていたからだった。

 その“夢”はおでんの航海日誌の中で、かの海賊王、ゴールド・ロジャーが言った言葉と同じだった。

 何度も読み、夢想した日誌の中の出来事までもが、エースの口からリアルを伴い語られたのだ。心を動かされないはずもない。

 故にやはり、エースの冒険譚も魅力的ではあれど、海賊王と重なったルフィという少年の存在はそれ以上に魅力的であり、おでんほど強くヤマトの心に焼き付けられることとなったのだった。

 

 

「――ってなことがあって、ルフィの巻き添えでおれまで怒られる羽目になったわけだ。ま、おれはさっさと逃げだしたから、最後まで仕置きされてたのはあいつだけだが」

 

「あははは! 本当に面白いやつだな、ルフィは!」

 

 

 そして。おでん然り、心に深く刺さった相手のことは一から百まで知りたくなるのがヤマトの常だ。

 陰鬱な空気を切り替えるという大義名分があればなおのこと。その欲望は際限なく膨れ、結果、始まったヤマトのおねだり(ルフィの話)にはかなりの時間が費やされた。

 いったいどれほど経ったのか、不明なほどに話は続き――そしてその後、ようやく満足感に息を吐くことが叶ったヤマトは、聞いた話で積もりに積もった思いの丈をニコニコしながらぽつりと零した。

 

 

「いいな……僕も会ってみたいな、ルフィに!」

 

「……ああ、きっと気も合うだろうぜ」

 

 

 相槌を打つエースは、夢見心地に笑みを浮かべるまでに至ったヤマトとは対照的に、結局仏頂面のままだった。

 刻んだ眉間のシワはいくら話せど消えることはなく、新たに加わったのはいささかげんなりとした憔悴の色が一つだけ。しゃべり疲れた様子だが、それでも頭の中には互いを見つめたあの時の煩悶が居座っている。

 

 相槌を打つその声すら、どこか上の空。それだけあの件を、百獣海賊団入りを悩んで迷っているのだろうか。

 結構なことだが、せっかくの楽しい話に辛気臭い空気を引きずってくるのは勘弁してほしいところだ。

 と、実に無責任なことを思いながら、ヤマトは再び夢想にふけり想いを呟く。

 

 

「そうだね……うん! 四年後、まずはルフィに会いに行こう! その頃にはもう海に出てるんだろう?」

 

「……ああ。あいつが海に出るのは、たぶん今から二年後だ」

 

「二年……ルフィなら、二年でもずいぶん世界をひっかきまわしていそうだな! 話を聞くのが今から楽しみだよ!」

 

「……ああ。そうだな」

 

「どうせならエースも一緒に三人でカイドウと戦いたいけれど……さすがに無理かな。ルフィの……ゴムゴムの実だっけ? 悪魔の実の力があっても、覇気なしじゃワノ国まで来るのも難しいだろうし」

 

「………」

 

 

 無言。おざなりだったエースの返事がとうとう途絶えた。

 それはつまり陰鬱の気が漏れ出ていることに外ならず、さすがのヤマトもこれでは夢見心地を保てない。

 二度も楽しい思いを遮られ、溜まる不満。仏の顔も三度までと呑み込むか、それとも早いうちに言ってしまうべきかと逡巡し、そして後者に心を決めて、ヤマトは不満の表情を形作った。

 それをエースに向けようとして――その直前のことだった。

 

 

「こっちから迎えに行きゃいいじゃねェか」

 

「……はぁ?」

 

 

 突然、真剣そのものな眼差しがヤマトへと向けられた。

 エースとヤマト、お互いの視線が再び繋がる。しかし言っていることは、その睨むような真剣とは異なり全くもってバカバカしい。

 呆れ果て、ヤマトは腕の錠と鎖を鳴らしてみせた。

 

 

「さっき言ったでしょ。爆発錠、僕にも嵌められてるんだってば。これがある限り、僕は海には出られないんだよ」

 

 

 ルフィに会いに行くことができるのは、来る決戦の日にカイドウ打倒が叶った後。その打倒のために迎えに行くというのは順序が逆だ。

 

 ――できるはずもない。

 故にヤマトは鼻を鳴らし、そうエースの提案を一蹴した。

 

 しかし、エースの眼の“真剣”は、嘲笑われても変わらなかった。

 眉間のシワが深くなり、むしろその度合いはさっきからずっと強くなり続けている。あくまで本気で、そして真に迫った物言いが、また一歩ヤマトに詰め寄った。

 

 

「なら四年後にそれ(爆発手錠)を外したら、お前は海に出るのか?」

 

「……? 何を言ってるんだよ、出るに決まってるじゃないか! おでんとしてワノ国を救ったら、もちろん次はおでんとして世界を冒険するよ!」

 

「それじゃあ、もし今、たった今その枷が消えてなくなったとしたら、お前は海に出るんだな?」

 

「……そりゃあまあ……カイドウを倒す四年後まではやることないし……そんなことはあり得ない話だけど、もしもそんな奇跡が起きたなら、もちろん今すぐにでも――」

 

「――考えたこと、なかったんだろ?」

 

「………」

 

 

 今度はヤマトの口がその機能を停止した。

 

 そのことに、まずヤマト自身が驚いた。

 カイドウを倒した後の“夢”は、決して嘘ではない。海に出ておでんのように冒険したいという、その想いは確かに本当だ。

 が、しかし。『考えたことがなかった』。過去、差し出されたエースの手を前にして己から零れたその言葉。

 ヤマトの“夢”には、それを成し遂げたいという意志が欠けていたのだ。

 

 いつの日かと、文字通り夢見るだけ(・・・・・)。おでんのように冒険をとはいうものの、思い描くのは航海日誌に綴られたおでんの冒険をなぞるだけで、そこにヤマト自身の冒険(・・・・・・・・)は何もない。

 中身のない妄想で満足していただけだった。エースの眼は、ヤマトにそう気付かせた。

 そしてさらに畳み掛けるように、エースはまた一歩ヤマトへと迫り、続ける。

 

 

「あの時、お前に間の抜けた顔で『考えたことなかった』だとか言われた時は、正直、こいつは何言ってんだって思ったさ。海に出たいのか出たくないのか、いったいどっちなんだよってな」

 

「………」

 

「だがこれだけ毎日話してりゃ嫌でもわかる。……ルフィの件でなおさらはっきりしたよ。お前は本気の“夢”を茶化すなんてことは死んでもしねェ。お前のその“夢”は冗談なんかじゃ断じてねェ。海に出たいって気持ちも、出たくねェって気持ちも……たぶん、全部本当なんだろう」

 

「………」

 

「だから、おれの結論はこうだ。……ヤマト、お前は心を繋がれちまってる(・・・・・・・・・・)! その腕の手錠じゃねェ、心に嵌められた見えねェ鎖が、お前をこの島に縛り付けているんだよ……!」

 

「………」

 

 

 無言。無言以外をヤマトは返せない。喉が何かで張り付いてしまったかのように、何も返すことができなかった。

 それはつまり、エースの言う通りなのではないだろうか。心のどこかで図星を感じているからこそ自分は返す言葉を持てないのではないかと、意志なきヤマトはそんな思いが拭えない。

 故にさらに迫り、続くエースの詰問も、ヤマトに見えぬ鎖の存在を強く意識させることとなった。

 

 

「だが……お前を繋いでるその鎖は(・・・・・・・・・・・)いったい何なんだ(・・・・・・・・)……? その正体が、おれにはどうしてもわからねェ……!」

 

「……正体……?」

 

「最初はカイドウの奴にビビっちまってるのかと思った。だがどうにもそんな感じじゃねェし……どれだけ考えてもさっぱりなんだよ。なあ、ヤマト。お前はいったい、何に心を繋がれちまってるんだ……?」

 

 

 心を繋ぎ、海に出るという“夢”を押し潰してしまっている何か(・・)。この島にヤマトを縛り付け、“夢”を“妄想”に留めてしまっている鎖の正体。

 疑問符を向けられて、ヤマトの頭にはいくつかが浮かび上がった。海に出るための航海術を持たないこと、ワノ国の窮地、そして友への情、等々と。

 しかし同時に、思いついたそれらはいずれも正解ではないだろうと、ヤマトは直感で理解した。

 直感でありながら、それはほとんど確信に近い。自覚した鎖の重さは、思いついたどれとも合致しないのだ。故にエースが望んだ答えは出せず、ヤマトはまたエースに無言を返す他なかった。

 

 だがしかし、その正体はわからずとも、その鎖が断ち切るべきものであるのは明らかだ。

 おでんはかつて世界を冒険するため、大名の地位というしがらみを捨て、海賊白ひげの船に乗ったという。「窮屈にござる」とそう言って、偶然の縁を迷うことなく手に取り、そしてそれは航海日誌に綴られた心躍る冒険の数々に繋がったのだ。

 

 つまり心を繋ぐ鎖を断ち切り、エースの船に乗り海に出ることは、海賊としてのおでんに沿う行為。ヤマトの夢を“夢”たらしめる行いに他ならない。

 ならば、ヤマトが取るべき選択はそれだ。鎖の正体も、断ち切ってしまえばそんなものはもはやどうでもいい話。

 できるはずだ。おでんはワノ国に残した家臣たちの存在に後ろ髪をひかれたかも知れないが、しかしヤマトはとうにその覚悟を決めているのだから。

 

 

「……おい、ヤマト……?」

 

 

 と、ヤマトがそう心を決めた頃、しばしの黙考を訝しんだエースが気遣わしげにヤマトの顔を覗き込んだ。それによってヤマトも思考の海から戻り、顔を上げる。

 そしてその決めた意思を、答えの代わりに告げようとした――その時だった。

 

 

「面白れェ話をしているな。ヤマトが繋がれてるって?」

 

 

 響いた声に、ヤマトもエースもハッとそっちを振り返る。石が擦れる耳障りな音を鳴らしながら開いていく天岩戸の岩扉。

 開いたその向こうに、声の主、カイドウが立っていた。

 

 

「ッ!!!」

 

 

 それ(・・)と対面したその瞬間、ヤマトは酷く驚いた。一瞬のうちに訳の分からない不安感が肌を刺し、悪戯をしているところを咎められたような、そんな具合の悪さに身体が縮こまる。

 内臓をぎゅっと絞られているような感覚が、ヤマトの内を満たしていた。ヤマト自身、なぜ自分がそれほど怯えているのかわからないまま後退り、しかし代わって囚われの身であるエースが、怯むことなく声を張った。

 

 

「繋がれちまってるだろうが! 今のこいつにゃ、海に出ようとする意思がねェ……! 何もなきゃ、おでんになる男がこんな有様にゃならねェだろう!」

 

「ふん……確かにな。ヤマトはまだまだおでんにはほど遠い。だがその原因は繋がれていることじゃねェ。こいつが弱いからだ」

 

「……弱い、だと……?」

 

 

 エースが怪訝を見せる。それは己に近しいヤマトの実力を弱いと称された故のものと、そしてもう一つ。

 おでんとは強者であるという、カイドウの言に対するものだった。

 

 

「ああ、ヤマトは弱い。お前程度に手こずるような有様じゃ、とても強いだなんて言えねェさ。だからおれは、こいつのために色々と骨を折ってやってるわけだ」

 

 

 エースの眼がまた険しくなるも、カイドウは鼻で笑って変わらず続ける。

 

 

「実力の近い修行相手を用意して、兄弟も作ってやって、ついでにお前のような威勢のいいバカの相手もさせてやっている。強くなるための環境として、これ以上のもんはそうそうねェ。少なくとも、海にはびこる有象無象と戦うよりは随分マシだ。死にかけるような戦いをすればするほど、覇気は磨かれる」

 

「……だから、ヤマトをこの島に閉じ込めてるってのか。せまっ苦しい()の中で強くさせられることが、ヤマトの“夢”のためになるって?」

 

「そうだろう。島を出る必要なんざどこにもねェ。……なにせヤマトの“夢”は、おでんだ。おでんになること(カイドウを倒せるほど強くなること)こそが、ヤマトが今日まで生きてきた意味(・・)なんだよ……!!」

 

 

 その通りだ、とヤマトは思った。

 打倒カイドウこそ、おでんが果たせなかった悲願。侍としてのおでんを継ぐことこそが、遥か昔に誓ったヤマトの“夢”の始まりだ。

 強くなり、カイドウを打ち倒しておでんの遺志を果たす。そのための、この環境。それを捨ててまで海に出る意味は――ない。

 

 あるはずもないのだ。そう結論付けると、ヤマトの内に渦巻く不安感が僅かに和らいだような、そんな気がした。

 がしかし、それ一瞬のこと。

 

 

「ふざけんなッ!! おでんは、そんなんじゃねェッ!!」

 

 

 吠えるエースの気迫が、ヤマトの内に顔を出した安寧を跡形もなく吹き飛ばした。

 緊張がぶり返す。身体がすくみ、またも身が縮こまって――しかし今度はエースのその真剣そのものの眼差しが、ヤマトの眼を惹きつける。

 

 

「カイドウ、お前を倒すことがおでんの意志だってのは間違ってねェ。だが、それだけじゃねェ。それで終わりじゃねェんだよ……!! ヤマトの“夢”をお前(・・)が勝手に終わらせるな!!」

 

 

 侍としてのおでんで満ちていたヤマトの脳裏に、海賊としてのおでんの姿がチラついた。

 

 

「おでんは強いだけの男じゃねェ!! おれはヤマトからそいつの話を聞いただけだが、それくらいはわかる!! 戦ったってのに、お前にはそんなこともわからねェのか、カイドウ!!」

 

「知ったふうな口をきくな、小僧!! お前が言う強さ以外の力ってのも、全てあいつの圧倒的な暴力あってのものだろう!! わかってねェのはお前の方だ!!」

 

「いいや、お前の方がわかってねェ!! ……確かに、強くなけりゃ得られねェ力は多い。でも同じように、強さじゃ絶対に手に入らねェ力だってある……! 暴力じゃねェ強さってのを、おれは確かに知ってるぞ、カイドウ!!!」

 

「!!」

 

 

 エースのその気迫が故か、カイドウが一瞬息を呑んだ。そしてそれから、何か考え込むように黙り込む。

 同時にヤマトの意識も思考の中に引きずり込まれた。脳内に蘇る海賊としてのおでんの矜持がエースの言葉に頷くも、しかしやはり、侍としてのおでんのそれが前を塞いでヤマトの身体は動かない。

 

 カイドウと共に現れた不安感に再び見舞われた今のヤマトは、エースのように果断に踏み出すことができなかった。決断ができない。どうすればいいのかわからない。二つのおでんの間で心が揺れ動き、そしてそれはどちらにも傾くことはない。

 もはやどちらでもない気さえしていた。であるなら、ヤマトの“夢”とは――おでんとは、いったい何なのだろうか。

 やがてヤマトのその“迷い”は、それほどに大きくなっていった。

 

 そして、その時だった。

 

 

「……カイドウ、ヤマトはやっぱりお前に心を繋がれちまってる。それがどんな鎖なのかは別として、誰かに支配されてるやつがおでんになれるわけもねェ」

 

「………」

 

「だから……決めたぜ。やっぱりヤマトは、おれが海に連れていく……!!」

 

「……なんだと……!?」

 

「え、エース……!?」

 

 

 息を整え、エースが静かに口を開いた。その中に飛び出た単語が、思考に沈んでいたカイドウと呆然とするしかなかったヤマトの二人を、その衝撃で当惑させる。

 そしてエースはそんなことなどお構いなしに、ヤマトへと力強く笑みを浮かべた。

 

 

「ヤマト、お前の“夢”はおれが一緒に叶えてやる!! だから、おれの仲間になれ!! 一緒に海に出よう!!」

 

「ッ……!!」

 

 

 その瞬間、ヤマトの胸がどくんと激しく高鳴った。頭の中に、エースとの冒険の情景が浮かび、流れる。

 そんな“夢”を、ヤマトは見た。がしかし、今のヤマトにエースのその眼差しは眩しすぎる。

 “迷い”に囚われたままのヤマトはその眼に応えること、払い除けることもできなかった。

 つまりはまた、呆然と固まることとなり――そしてそんなヤマトに代わり、カイドウがその身を動かした。

 

 

「……碌に動けもしねェ負け犬の分際で、よくもそうまで騒げるもんだな、火拳のエース」

 

「おれは……負けちゃいねェ……! まだ生きてる……!」

 

「そうか。ならその減らず口、おれが塞いでやろう」

 

 

 がらり、と鎖や錠ではない重量感のある金属音。カイドウが腰の金棒を抜き放ち、ゆっくりとエースの下へと歩み寄る。

 やがて金棒の間合いで立ち止まり、するとその金棒が、拘束されているエースを捉えてこれまたゆっくりと振り上げられて――

 

 そこで、ヤマトは我に返った。走った緊張感がようやくヤマトの頭の混乱を押し退けて、慌ててカイドウとエースの間に飛び出した。

 ただし、緊張感がヤマトを動かしたのはそれまで。意志など定まらないまま立ち塞がったヤマトに対し、カイドウは静かに短く言い告げる。

 

 

「……どけ、ヤマト」

 

「……っ――!」

 

 

 命令に、思わず身体が従いかけた。だがしかし、背のエースの危機を支えに辛うじて踏み止まる。そしてなんとか言い返した。

 

 

「え、エースをウチに勧誘するのは、僕の仕事だろ……!? なのに……勝手なことするなよ、クソオヤジ……!」

 

「元々お前の説得に期待なんざしてねェよ。おれに啖呵切るほど威勢のいい奴だったからな、部下にするにはキングやクイーンに直接拷問させて心を折る以外にねェと、最初から考えていた。お前に任せたのは、戦いの最中で横入りしちまったことへの罪滅ぼしみたいなもんでしかねェ」

 

「っな、んだって……!?」

 

「だがどうやら、こいつはおれが思っていた以上のはねっ返りだったらしい。……ここまで扱い辛い男は、部下にしても面倒だ。だから殺す。それだけだ」

 

 

 殺す。その言葉に籠った殺気が、カイドウが本気であると告げていた。

 海楼石で拘束されているエースがそれに抗うことは不可能だ。つまりこれはヤマト次第の二択。カイドウに従って退きエースの死を容認するか、それともカイドウに背いてエースの死を拒絶するか。

 

 背いたところでカイドウを止められる可能性は皆無であるが、しかし迷う要素などどこにもない二択だ。エースが殺されるのを黙って見ていられるはずがない。

 はずがないが、しかしヤマトを縛る正体不明の“不安”は、カイドウに背くことを恐れていた。

 

 相反し、決められない。故にその瞬間、背後から聞こえてきたエースの声に、ヤマトは縋るように飛びついた。

 

 

「ヤマト」

 

「っエース――」

 

 

 だがバッと勢いよく振り返るも、ヤマトに安堵は与えられなかった。

 ヤマトを見つめていたのは、さっきヤマトに手を差し伸べた時の笑顔とは程遠い、冷酷なまでに厳しげなエースの“真剣”。頼るはずが逆に迫られ、ヤマトは思わず言葉をなくす。

 

 

「ヤマト。“おでん”は、“自由”だ……!!」

 

「……じ、ゆう……?」

 

 

 だがその三文字は、立ち止まりかけたヤマトの足を無理矢理前に押し出した。

 

 

「自分を支配していいのは自分だけだ。カイドウの言う通りにする必要なんてねェ。……おれの言うことも、聞く必要はどこにもねェ。どうするかは、全部お前が決めるんだ」

 

「僕が……」

 

 

 前を向く。振りかぶったまま、バチバチと覇気の紫電が迸り始めたカイドウの金棒が眼に入る。

 大きなカイドウの姿が、目に入る。

 

 

「――理屈じゃねェんだ。お前の中の、“おでん()”に従え」

 

 

 そんな声が聞こえた。

 

 

「僕の――」

 

 

 ヤマトの右手が、背中の金棒へと伸びた。

 

 

「……邪魔するなら、お前ごとぶっ飛ばすぞヤマト……!!」

 

 

 カイドウの腕の筋肉が膨れ、そして振るわれた。

 それと同時。

 

 

「「【雷鳴八卦】!!!」」

 

 

 カイドウとヤマト、紫電を迸らせる二人の金棒が、その瞬間ぶつかった。

 

 無論、どちらの力が勝っているかは疑問の余地もない。衝突は一瞬で、あっという間にヤマトの側が押され始める。

 だがヤマトとて力の差を理解できていないはずもない。故にこそ、放った【雷鳴八卦】の目的は端からカイドウに打ち勝つことではなかった。

 ヤマトの金棒は、ただ一心にカイドウの【雷鳴八卦】の軌道を逸らすことだけに全力を注いでいた。甲斐あり、振り下ろされた金棒の一撃はエースから僅かに逸れ、ちょうど錠や鎖を留めている壁へと叩きつけられ、そしていとも容易くそれらと、その周囲を破壊した。

 

 つまるところ、エースを捕えていた天岩戸が吹き飛んだ。

 瓦礫とそしてエースも宙に放り出される。ヤマトは踵を返して跳び、エースの身柄を抱えると、巻き上げられた砂塵に紛れて一目散にその場から逃げ出した。

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