百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話 作:もちごめさん
逃げ出したヤマトたちを、カイドウは追って来なかった。
瓦礫と土煙で見失ったのか、それともヤマトの行為が余りに衝撃的だったからなのか――見逃した理由は当然不明だが、ともかく無事に牢獄を脱出したヤマトとエースは、そのまままっすぐ別の牢獄へと走り抜けた。
目的はもちろん、捕まっているエースの仲間を助けるためだ。カイドウに反抗し逃げ出した以上、急いで皆で島を脱出せねばならないのだから当然のことだ。
故に無駄話などしている余裕はないのだが、しかし現在、己が眼でお互いの無事を確かめることが叶ったエースとその仲間たちは、緊急事態であることなどお構いなしで安堵に喜びあっている。
皆が一纏めに入れられた牢のカギを開けるなり始まって、もう数分ほども経過しただろう。有り得べからざる事態だ。
と本来なら思うところだが、しかし実際、今の皆がすべきはこの場での待機なのだ。
故にヤマトはエースたちのバカ騒ぎを放任しつつ、その喜びの輪に一人入れないまま、
が、そんなヤマトの心情などつゆ知らず、すっかり喜びに溺れたエースたちがニコニコと口を出してきた。
「おいヤマト、お前もこっちにこいよ! 改めて、仲間たちの礼が言いたい!」
「おれたちもだ! エースの件で礼がしたい! ……それに謝罪もな。エースは無事だって散々言ってくれていたが……正直な話、半信半疑だった。おれたちはあんたを信じ切れていなかったんだ」
「ヤマトがカイドウの息子だって聞いちまったから、尚のことな……。でももう疑わねェ! ヤマトがいい奴だって事は今はっきりわかった!」
「ヤマトはおれたちの味方……いや、もう仲間だ! ウチの海賊団に入るかもって話なんだろう!? 入るんなら、おれたちは大歓迎だぜ!」
などと賑やかなその一味。頷く彼らに仲間の一人と認められたその事実は、もちろんヤマトにとって喜ばしいものだ。
しかしそれでも、ヤマトの足は彼らの手招きには応じない。その場に佇んだまま、ゆるゆると首を振った。
そして足元で目を回す牢番だった百獣海賊団員と、彼が持っていた鍵束、そして鍵がかかったいかにも厳重な鍵箱を指し示し、応えた。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今ちょっと忙しいんだよね! 見ての通り! ……せめてエースの海楼石の手錠は外しておかないと、この先どうしようもないだろう?」
呆れ半分苛立ち半分で言い捨てる。今のエースは身を繋ぐ鎖の拘束こそ解けたものの、両手と首の錠が未だに残ったままだ。特に両手の海楼石の錠は悪魔の実の能力者であるエースの力をこの上なく阻害するものであり、逃げるためにはその解除が必須である。
そして解除するための鍵は、通例でこの鍵箱に保管されているはずなのだ。故にこそヤマトはエースたちに顔も向けずにそれだけ答え、鍵束の鍵を総当たりで鍵穴に突っ込む作業へと意識を戻した。
目を背け、そう気付かないふりをしたのだが――しかし。エースは大雑把なようでその実繊細であり、加えてなかなかに目敏い。ヤマトの
「……もしかしてお前、まだ海に出る覚悟が決められねェのか?」
「っ……」
鍵束をじゃらりと鳴らし、鍵穴に差し込もうとしたその体勢で、ヤマトの動きが固まった。
図星だったのだ。忘れようと思考に蓋をし、作業に没頭しようとしても、一度表に出てきてしまえばもうそれ以上は無視できない。
息を吐き、総当たり作業を再開させながら、ヤマトは気まずく頷いた。
「……ああ、そうだよ。……情けないよね、こうまでうじうじしてるだなんて」
「別に情けないとは思わねェよ。……ただ、少し不思議だな。お前はおれを助けてくれたじゃねェか。お前の“夢”が、“おでん”が向いている方向は、もうわかったはずだろう……?」
「そう、まさにそれなんだよ」
ヤマトはエースの疑問符に喉を鳴らし、ううんと唸る。告白することへの躊躇はあったが、今更エースに口をつぐんでも仕方がないと、思い切って口にする。
「僕はきっと……“おでん”が、怖いんだと思う……」
「……はぁ?」
エースが目を丸くする。当然だ。ヤマト自身、何を言っているんだろうかと思わず心の中で呟いた。
だがしかし、それでも心情はそれ以外に言い表しようがないのである。“おでん”は“自由”だと言うエースに従い、“魂”が海を選んだからこそ、ヤマトはそれを悟ったのだ。
「……海に出るってことを、僕は考えていなかった。いや、考えてはいたけれど、それはカイドウを倒した後の話で、ずっと先の“夢”だったんだ。だからいきなりそれが目の前に現れて……ビビったんだよ、僕は」
エースはそんなことはないと言うものの、しかしやはり情けないと――しょうもないと言う他ない。
要するに、これは新しい物事への挑戦に対する不安だ。
見知らぬものに挑むに際し、大なり小なり不安が伴うのは世の常というものだろう。それがこれだけの大事であるなら尚のことであり、そしてヤマトはそれに負けた。
結局のところ、それだけだ。少なくともヤマトは己の状態をそう評価していた。
カイドウが現れた時も然り、自分は“
「……本当に、僕がこんないくじなしだったなんて初めて知ったよ」
また一つ、ヤマトは深々とため息を吐き出した。
しかし、ヤマトが自らそう告白しても尚、エースは怪訝に眉を顰めるばかりだった。むしろその弱音をつまらない冗談だと切って捨てるように鼻を鳴らし、言う。
「いくじなし? お前のどこがいくじなしなんだよ。……カイドウをぶっ倒すって心に決めてるようなやつが、ビビり野郎なわけがねェだろう」
ヤマトは手を止め、振り向いた。エースはもちろん、仲間たちも心の底からそうと確信して頷きかけて、途端にヤマトの心に温かいものが灯される。
そしてそれは、すぐにその“情けなさ”を糧にして大きく育ち、エースの言葉と共に燃え上がった。
「それにその“不安”とやらがお前を繋ぐ鎖だっていうのなら、これほど簡単な話もねェ。……そんなもんは、断ち切っちまえばいいだけだ! そうだろう、ヤマト!」
「……そう、だね……!」
まっすぐにそう信じられたなら、ヤマトがそれに応えないわけにはいかない。
“不安”が自身の心をこの鬼ヶ島に繋ぎ止めているのなら、それを振り払ってしまえば一切が解決する。つまりこれはそれだけの、単純明快な話なのだ。
「僕は、おでんになるんだ……! 絶対に諦めたりしない! 障害があるなら、乗り越えるまでさ!」
「ああ、その意気だヤマト! お前の“
差し出される手。同時、最後に試した鍵がガチャリと回り、とうとう鍵束の当たりを引き当てたヤマトは鍵箱の中に一本だけ鎮座していた鍵を手に取った。そしてそれと共にエースに応え、その手を握る。
二ッと好戦的に笑うエースに同じように笑い返し、ヤマトは堂々口にした。
「うん、行こうエース! “不安”はまだあるけれど、でも僕は逃げないよ! 今更怖いからって、おでんになるのをやめられるもんか!」
「へっ……それでこそだぜ!」
エースも頷き、それを受け取った。仲間たちも再び喜びに沸き立って、ヤマトはそこに今度こそ向かうため、足を向けた。
もとい向けようとした、その直前だった。
「わー!! ぺーたん!! しっかりするザマスーーー!!」
「や、やめッ……!! うるティの姉貴、いいから、手を放――!!」
などという声と、そして何か重いものが転げ落ちてくるような騒音。牢獄の唯一の入り口である階段の奥から、徐々に気配が近づいてくる。
明るくにぎわっていた皆に一気に緊張が走った。もちろんヤマトも瞬時に身構えるが、しかしエースたちほどの危機感はやはり沸いてはいなかった。
理由はその訳の分からない語尾の存在と悲鳴、そして起きているであろう彼女らの状態が故。そしてヤマトのそんな想像通り、うるティとページワンはほどなくヤマトたちの目の前に現れた。
「うぅ、あちきのペーたんがぁ……って、ヤマト!! それにエースとかいう半裸野郎!! やっぱりここにいたザマスね!! カイドウ様とぺーたんの報いを、今こそ受けてもらうザマス!!」
「いや、
「ぐ……そ、そんなことないでザマス! これは……そう! お姉ちゃんの愛のムチなんザマスよ! ね、ぺーたん!」
「……ぺーたん言うなや二人とも」
ずざーッと牢獄の石畳に滑り落ちてきた二人。雪滑りのそりのようにうるティに馬乗りになられたページワンは、己の上でキャンキャン吠える実姉を振り落とし、忌々しげに立ち上がった。
階段での顔面スキーでついた服の汚れを払い落すと、「言うなだとォ!!?」とじゃれつき始める姉にヘッドロックをかけられながら、それでも声音は真剣にヤマトへ向けた。
「カイドウさんから命令が出てる。ヤマト、お前とエースたちを捕まえろと。……何ならエースのほうは殺しても構わねェと」
「……そう」
殺害の許可。カイドウが自身へそれを下したことに対して、ヤマトは特に驚きもなかった。
それだけのことをしでかした自覚はあったからだ。身に立ち込める不安はとめどないが、しかしそれも当然のことだろう。
故にこの場合、それを信じられなく思っているのはページワンの方。そしてヤマトのその反応に、ページワンもその決意を悟ることとなった。
「……本気なんだな。そいつらと海に出る気なのか、ヤマトの兄貴」
「ああ、行くよ。誰に止められても」
「……そうか」
一瞬、目を閉じる。同時にその首に巻き付いていたうるティもおふざけをやめ、ひどく忌々しそうに舌を鳴らした。
そしてそれから、勢いよく己の得物――かつての釘バットよりもはるかに凶悪なモーニングスターを抜き放った。
「じゃああちきらも遠慮なくやっていいってことザマスね!! ヤマトもエースも、あとついでに後ろのザコ共も!! 全員纏めてぶっ殺してやるよ!!」
勢いよく声を上げると、うるティは武器を構えてヤマトたちへと突っ込んだ。振りかぶり、同時にヤマトも迎え撃つため金棒を構える。
が、しかしその二人の接触が起きるよりも早く、
「――ならおれたちは、お前ら全員ぶっ倒して堂々この島を出ていくだけだ!!
「ッ!!」
海楼石の錠を外し力を取り戻したエースが、今までの鬱憤を晴らすかの如く燃え上がった。
瞬時に辺りに広がる熱。炎が、あっという間にエースを中心に広がって、
「ちょっ――!! エース、それはここじゃ――」
咄嗟にヤマトが叫んだ制止の声が届く間もなく、それは爆ぜた。
「【炎戒――火柱】!!!」
地下の閉鎖空間である小さな牢獄に、炎の柱が立ったのだ。
何が起こるかは言わずもがな。破壊された天井は崩落を引き起こし、そのままあっという間に降り注ぐ瓦礫に埋め尽くされることとなった。
牢獄は屋敷の外れに存在していた。普段はさして人の多い場所ではないが、今はうるティとページワンの部下たちが集っている。唯一の出入り口がある建物はもちろん、その周囲に立ち並ぶ楼閣や遊郭、宴会場の建物にも詰め、見張っていた。
そんなところに突然の大爆発。燃え、あるいは消し飛び、崩れる建物の様相は、いつでも戦えるようにと身構えていた彼らの思考をも、一瞬のうちに唖然とさせてしまうほど。
とはいえ見るからな非常事態で、彼らは皆、すぐに我に返った。己の上司と、いるのだろうヤマト坊ちゃんたちは無事なのかと、戦闘から救助活動へと頭を切り替え走り出す。
消火ホースと瓦礫をどかす道具の一式を手に取って、燃え盛る瓦礫の山におっかなびっくりに近付いて行った。
そして正に放水を開始しようとした、その時だ。
「――【火拳】!!!」
「――【鳴鏑】!!!」
「「「「「うぎゃあぁーーーーーッッ!!!?」」」」」
瓦礫の内側から突き破るように飛び出してきた炎の拳と衝撃波の弾丸、エースとヤマトと仲間たちの攻撃に、不幸にも彼らは皆吹き飛ばされた。
百獣海賊団の兵隊たちが吹き飛び開いた空間を、生き埋め状態から飛び出してきたヤマトたちはそのままの勢いで駆け抜ける。攻撃を逃れたものの事態の急転に頭が追い付かない兵隊たちをすれ違いざまに吹き飛ばしながら、ヤマトはひとまず脱出を果たしたことに安堵の息を零しつつ、代わりに沸き上がる衝動のままエースに怒鳴った。
「エース!! バカなのか君は!! いやバカなのはわかってたけど、まさかあんな狭い空間で【火柱】を使うなんて!!」
「いやぁ、つい熱くなっちまって……。どうもすみません」
「律儀か!! じゃなくて……ああもう、いいよ!! 何はともあれ、うるティとページワンからは逃げられたわけだしね!!」
半ば破れかぶれに言い放ち、ヤマトとエースは遊郭が入る建物の引き戸を押し破る。ぽつぽつ出くわす兵隊たちを殴り飛ばしながら階段を駆け上り、進むとやがて一行は、屋敷の奥へと続く大廊下へと差し掛かった。
その頃になるとヤマトの不満も落ち着いた。それを見計らったかのように、反省を示していたエースが再び口を開く。
「しかし……うるティとページワンだったか? あいつらもお前の妹と弟なんだろう? ……悪いことしちまったな」
「……平気だよ。というか二人とも、たぶん無事だよ。少し前に悪魔の実を食べて、かなりタフだから」
「へぇ、悪魔の実か! ……ちなみに、どんな実なんだ?」
「それは後回し! 今はそれよりこれからどう動くのか、ちゃんとすり合わせておかないと!」
うるティとページワン、二人の安否についてはそう言うヤマトも心配が拭えずにいたのだが、しかし優先順位はこちらが上。心配に思考を割く余地はない。
エースはともかく、後ろに続く仲間たちもヤマトに同意見だった。振り向けば頷き返す皆。それを背中にして残る“不安”を打ち消すと、ヤマトは走りながら頭の中で思い描いた船出の道筋を口にした。
「……まず、うるティとページワンが言っていたような命令が出てるなら、当然だけどもう僕たちには時間がないってことになる! だからここから先、余計な戦闘はナシだ! まっすぐ島の正面の港に向かって、まずみんなの船を確保する……!」
「おい待てよヤマト! 『戦闘はナシ』って……敵は全部逃げるってことか!?」
「そうだよ! 君たちが乗ってきた船はまだ港に泊められているはずだけど、こんな状況じゃうかうかしてたら別の場所に移されるか、最悪沈められるかも……! それは嫌だろう!?」
「……確かにな! 船も共に旅してきたおれたちの仲間だ! 見捨てるのは忍びねェ……!」
「まあ、そうだが……」
仲間の一人の後押しもあり、エースも言葉を引っ込める。
かと思いきや、彼はまたも声を上げた。
「だが……一直線に船に行くってなら、手錠はどうするんだ!? つけたまま島を出たら大爆発するんだろう!?」
「っ……」
ヤマトは思わずちらりと己の両手へ眼を向けた。
両手首に嵌められている二つの枷は爆発手錠。この鬼ヶ島の外に出てしまえばたちまちのうちに爆発するという代物だ。
これがある限り、“自由”はない。そして同じようなものが、エースの首にも嵌められたままだった。
それらを外そうにもその鍵は、過去にヤマトが盗み出したことによって海楼石の錠などよりもはるかに厳重に管理されており、当然牢獄の鍵箱には仕舞われていなかった。
一応、ヤマトはカイドウかキング、クイーンのいずれかが持ち歩いているのではないかと推察してはいるのだが、その予想とて確たるものではない。挙句にもし予想が当たっていたとしても、鍵を入手する難易度がどれだけ高いのかは言うまでもないだろう。
この点に関して、ヤマトは何ら対抗策を見出せていないのだ。何かしらの奇跡を願うこと以外、思いつくことは何もない。どうしようもないというというのが結論だった。
故に、ヤマトはその“何らかの奇跡”が起きるのを待つか、あるいはそれに等しい天啓が誰かに降りてくるのを待つ他なく、期待し背後に眼を向けた。
「僕には……思いつけない。だからエース、みんなも、何かいい方法が――」
だが、しかし。
「え……!!?」
疾駆していたヤマトの足が、驚愕のあまり勢いを失った。走りから小走り、歩きになって、やがて立ち止まる。
「エース……!?」
ヤマトと共に廊下を疾駆していたはずのエースが、仲間たちが、どこにもいない。
それまで走ってきた廊下は全くの無人。一本道で奥の壁まで見渡せる中、ヤマトの息以外の音すら何もなく、しんと静まり返っている。
はぐれたにしてもありえない状況だった。そのために、困惑や驚きよりも疑念の方が先に来て、故にヤマトは次の瞬間、それに気付いた。
「これ、まさかブラックマリアの……!!」
辺りにうっすらと漂う
「――ッ!!」
気付き、幻覚に侵されそうになっていた頭が我に返るのと同時に、ヤマトの覇気が迫る輝き――殺気に光る刃を捉え、金棒を抜いた。