百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話   作:もちごめさん

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僕はおでんか ④

 振り向きざま、込めた覇気と共に攻撃が振るわれた。打ち合い、静まり返った空間に甲高い衝撃音とぶつかり合う覇気の火花が撒き散らされ、吹き荒れた衝撃波が周囲のもやを吹き飛ばす。

 明瞭を取り戻した視界。ヤマトは己の金棒と打ち合う二本のショーテル――それを叩きつけてくるジャックを眼にし、きつく歯を食いしばった。

 

 

「ジャック……!!」

 

「ヤマト……!!」

 

 

 ヤマトとジャックの付き合いは長い。それ故に、いつものように「ヤマト坊ちゃん」ではなく「ヤマト」と叫んだその声だけで、その意思は伝わった。

 そしてそれはジャックも同様。お互いに得物を弾いて距離が開くと、ジャックはヤマトの眼を一目してからすぐさま再び地を蹴った。

 

 

「ぐ……!!」

 

 

 ヤマトもそれを迎え撃つ。

 ジャックが放つ剣戟は、ヤマトにとって妬ましいのと同時によく見知った連撃だ。“大看板”の地位を得るにふさわしい威力を秘めていようとも、実力的には同程度。決して捌けないものではない。

 

 ――そのはずだった。

 が、絶えず流れる濁流のようにヤマトを襲うその攻撃は、徐々にヤマトの足を後ろへと押し下げていた。

 押され、やがて受ける金棒に叩きつけられる衝撃が、支えていられる限界に触れ始める。耐えきれずに膝が落ちそうになる状況にパニックの気配を感じながら、それでもヤマトは必死の思いで心を律し、滲む冷や汗を誤魔化すように強気に笑みを作ってみせた。

 

 

「っ……ちょっと見ない間に、随分強くなったみたいだねジャック……! それとも、そんなに僕のやってることが気に食わないのかな……ッ!」

 

「ッ!」

 

 

 ヤマトがそう零したその一瞬、不意にジャックの攻撃が緩んだ。今のヤマトにそれを見逃す余裕はなく、すぐさま跳んで降り注ぐ刀から抜け出した。

 

 距離を取り、そしてヤマトは改めて怪訝にジャックの方を見やる。その表情はいつも通りのマスクをつけたしかめっ面だが、しかしヤマトにはほんの僅かではあれど切なげに眉を下げている様子が見て取れた。

 それはそれで意味不明だ。今更、いったい何を悲しむのか。

 怪訝がますます深まり、そしてそれが表情にも表れ目を瞬く。そんなヤマトの心情を察したわけではなかったが、ジャックはその時、ため息を吐くようにその“切なげ”を口にした。

 

 

「手を抜いてるってわけじゃ、ねェんだな」

 

「何を、言ってるんだ……? 抜くわけないだろう? 君の強さは嫌って言うほど知ってるんだから。……こんなに強くなってるなら尚のこと――」

 

「おれは別に特別強くなっちゃいねェ。逆だ、ヤマト。お前が弱くなってやがるんだ。

 覇気が、意志が、前とは比べ物にならないくらいショボくなっちまってる。……心当たりがねェわけじゃねェだろう」

 

 

 身構えたはずの“不敵”が、その言葉で跡形もなく吹き飛んだ。

 

 エースの手を取り、心の奥へその感情を押し込むことが叶ったはずが、しかし一枚剝げばこの通り、ヤマトは動揺を抑え切れない。

 決心という布切れで覆って隠しただけだったのだと、ヤマトは理解せざるを得なかった。なにせその感情、“不安”は、十六年もの間ヤマトを鬼ヶ島に繋ぎ続けた見えない鎖。それほどの業の塊を、こうも簡単に断ち切れるわけがなかったのだ。

 

 

「エースとかいうやつと一緒に、ヤマトがとうとうウチを裏切ったって話だった。だがこれはどういうことだ?」

 

「……どう、だろうね」

 

 

 思い知らされ、呆然としたままヤマトが押し出した声に対し、ジャックは相変わらずの憮然の中、その眉根に力がこもる。

 そして一瞬、瞑目した。何とも悩ましげな息を吐き、刀を下げると殺気も消して、唸るように口にした。

 

 

「……戦う気がねェのなら、こんな戦い茶番でしかねェ。何の意味もねェだろう、ヤマト坊ちゃん。さっさとウチに戻ってこい。……今ならカイドウさんも、きっと大目に見てくれる」

 

「………」

 

 

 “許し”は、蘇った“不安”の前にはあまりに強い誘惑だった。ヤマトの心が、いやが応にもそちらへ傾く。

 だがしかし、エースの存在がそれを留めた。許されるとしてもそれはヤマトだけ。下れば、エースは殺されてしまうのだ。

 頷けない。結局はそんな結論しかありえず、それでもって金棒を構え、ヤマトはジャックへの答えとした。

 

 そうしてジャックがまた眉をひそめて――ちょうどその時だった。

 どがしゃんッと破砕音。背後で鳴ったそれに思わずヤマトは振り向いて、そして壁を突き破って現れたその姿にたまらず驚愕の叫びを漏らす。

 

 

「え、エース!?」

 

「ぐ……っ! ヤマト、お前は無事だったか……!」

 

 

 失踪していたエースが、ボロボロの身体で廊下の木の床に転がっていた。

 元よりカイドウに打ちのめされた傷を抱えたまま一週間の牢獄生活を経たエースの身体は満身創痍ではあるが、今やそのダメージはそれ以上。身体の傷は倍増し、口からは血までが滲むほどで、震える手足は立つことすらままならないでいる。

 手ひどく痛めつけられていた。そして、エースをそうした下手人が、壁に開いた穴からゆっくりとその身を現す。

 

 

「なんだ、人の心配か? ……随分余裕じゃねェか、まだやられ足りねェらしい……!!」

 

「上等だ!! あちきらだってまだまだボコし足りねェんだよ!! 生き埋めの借りは、死んでも返してやっからなァ!!」

 

 

 ページワンとうるティだった。やはり瓦礫の下敷きになった程度では大したダメージも負わなかったらしく、拳を鳴らし、モーニングスターを振りかざしている。

 エースはそんな二人を前にして、立ち上がろうと一層その身に力を入れた。執念で身体を持ちあげて、手に炎を燃やして踏ん張るも、しかしそれが実る前に大きな手が握りつぶし、持ち上げた。

 

 

「うふふ♡ うるちゃんたちもあんたも、みんな元気がいいねェ♡ あれだけ殴られたのに、まだやる気なのかい?」

 

「ぐ、がは……ッ!!」

 

「ブラックマリア……! やめろ、エースを放せ……!」

 

 

 二人に続いてブラックマリアまでもがヤマトの前に姿を現した。

 面白がるように握ったエースを弄ぶブラックマリア。ヤマトは必死に制止を叫んだが、だがもちろん、今のヤマトの言うことをブラックマリアが聞く道理はない。

 それどころかブラックマリアはヤマトの様子にますます愉快そうに笑みを深め、くすくすと笑いながら苦悶するエースの頬を指で突く。

 

 

「ヤマトったら、ほんとにこのエースって子を気に入っちまったみたいだねェ♡ でも、私もわかるよその気持ち。これだけいい男なんだ、許されるなら、私も飼ってやりたいくらいだよ♡」

 

「何が『いい男』だ。カイドウさんどころかお前らにも負けるような、ただの雑魚じゃねェか」

 

 

 ブラックマリアがサディスティックに宣うと、途端にジャックが忌々しげに眉を寄せる。ブラックマリアはそれをも面白がるように、またも声を潜めてニマリと笑った。

 

 

「生憎、私にはちょっと雑魚とは呼べないねェ。私らが無傷でこの子をやれたのは、この子たちが上手く幻覚にかかってくれたからさ。こんなにボロボロなのに、能力も覇気もすごかったよ、この子」

 

「んなことねェよ!! こんな奴、ブラックマリアがいなくても余裕に決まってんだろ!! 何ならぺーたんなら片手でボッコボコにできるザマス!! ねぇペーたん!!」

 

「適当なこと言うなや」

 

「『言うな』だとォーーー!!?」

 

 

 いつもの如くじゃれつくうるティを、ページワンは邪魔そうにしながら受け入れる。我慢し耐えて、そしてそれが混ざった舌打ちを一つ、吐き出した。

 

 

「とにかく、そいつは倒したんだ。ならカイドウさんの命令通りに、さっさと殺しちまえよブラックマリア」

 

「ッ!!」

 

 

 冷たく吐き捨てるページワンに、ヤマトの心臓が凍り付く。彼らがそうすることはわかっていたが、実際に言葉にされれば走る戦慄は尋常ならざるものだった。

 その声と眼の冷たさも相俟って、尚のこと。ヤマトは衝動的に一歩踏み出して、苦しげな息を吐くエースと彼の命を握るブラックマリアへ、必死の思いで声を上げた。

 

 

「だ、ダメだッ!! やめろ、ブラックマリアッ!!」

 

 

 その直後だった。

 

 

「ええ。今少し、時間をかけてもばちは当たらないと思いますよ、皆さん方」

 

 

 また新たな声が響いた。そしてこれもまた、ヤマトにとっては聞き慣れたもの。しかし他の皆以上にヤマトの驚愕を刺激する声だった。

 

 同じく壁の穴から身軽に飛び出た鬼面の女。ヤマトたちと比べれば小柄な緑髪の剣士、日和改め小紫は、驚くヤマトたちの間へ進み、双方を見やりながら口にした。

 

 

「ヤマトも状況が変わったことはわかったでしょうし、話し合いの余地だってあるでしょう。ね? 少しお話ししましょうよ、ヤマト兄様?」

 

「………」

 

 

 これ見よがしに言う小紫に、否と言える人間はこの場にいない。うるティとページワンは不貞腐れたように鼻を鳴らし、ジャックはむっつり黙り込んで、ブラックマリアはようやくエースを握る力を緩めた。

 おかげでヤマトの口も僅かに緩んだ。緩んだ故に、最初に頭に浮かんだ驚きがそのまま前に進み出て、口に出る。

 

 

「……小紫、鬼ヶ島に来てたんだね。久々だったから驚いたよ」

 

「ええ、二月ぶりくらいですか? 何分、色々と忙しいもので」

 

 

 小紫であることを誓った日和は、今では基本的にワノ国に常駐している。カイドウとの間でどういう取引をしたのかはヤマトにはわからないが、ともかく彼女はジャックたち幹部以上に鬼ヶ島にいるタイミングは少ないのだ。

 故に驚き。しかもこんな一世一代の大騒動の最中となればなおのこと、ヤマトは見えない手の存在を意識せざるを得なかった。

 が、しかし突発的なこの事態に誰かの策略などあるはずもない。事実小紫も同様に、肩を竦めて続きを言った。

 

 

「というか、驚いたのは私の方ですよ。たまたまカイドウ総督に報告したいことがあって、戻ってきたらこれですもの。ちょっとした奇跡ですよね――と、まあそんなことに感心している場合ではないみたいですが」

 

 

 改めて、と小紫はエースの方をちらりと見やり、

 

 

「ヤマトはこの方を死なせたくないのでしょう? そして、強行突破の線が潰えたことはもう明らか。であるなら次善の手として考えられるものは……もうジャック辺りに言われたと思いますけれど、降伏する以外にないとは思いませんか?」

 

 

 次いでその鬼面の視線を、まっすぐヤマトへと向けた。

 

 ジャックに言われたという所まで、何もかも小紫の言う通りだ。

 エースは倒れ、仲間たちも――恐らくは捕まった。しかも旧友五人に囲まれてしまっているこの状況。ここからヤマト一人で彼らを纏めて倒し、カイドウたちを避けながらどこにいるかもわからない仲間たちを救い出した上で皆と共に島を脱出する、なんてことはもはやどうあがいても不可能だろう。

 それは確かな事実だった。ならば死に物狂いでカイドウを説得する方がまだしも可能性がある。

 今の状況でエースを救うには、確かにそれしかないだろう。ヤマトの理性もそう頷いた。

 

 だがしかし、心はそれを口に出すことを拒んでいた。ちらりと垣間見えた“不安”に対し、抗うと決めた固い意志がそれを押し留める。

 そうしてヤマトが息を呑みこんだ、その時に、それに呼応するように声が上がった。

 

 

「ダメ、だ……ッ!! ヤマト……!! お前は、おでんになるんだろう……!?」

 

「エース……!!」

 

「ッ! 驚いた……! まだそんな元気があるのかい……?」

 

 

 息も絶え絶えであったエースが叫び、ブラックマリアが息を呑んだ。その手が再び強くエースを握り締めるが、しかしエースは口から血を飛ばしながらも構わずヤマトへ声を張る。

 

 

「お前の夢を、おれが邪魔するわけにはいかねェ……ッ!! おれは、お前の鎖になんか、死んでもならねェぞッ……!!」

 

「熱ッ……!」

 

 エースがその身に炎を滾らせ、虚を突かれたことも相俟ってブラックマリアはエースを取り落とした。

 床を転がり、その勢いを利用して立ち上がることに成功したエースは、立っているのもやっとな身体で皆にファイティングポーズをとって、強気にニヤリと笑ってみせた。

 

 

「ヤマト、お前は自分のことだけ考えて、好きにおでんになればいい……!! おれたちのことは心配すんな……! 殺される前に、また逃げだしてやればいいだけだからな……!!」

 

「……ふふっ。本当に、バカだな君は!」

 

 

 つられてヤマトの口からも笑みが漏れる。対照的にうるティとページワンはもちろん、ジャックとブラックマリアの顔も僅かに歪んだ。

 ため息を噛み潰すような皆の中、鬼面の小紫も恐らくは同じように息を吐き、呟くように口にする。

 

 

「おでんになる、ですか……。その方と一緒に海に出ることが、ヤマトにとっての“おでん”なんですか? けれど、それをいうなら百獣海賊団に残ることだって、立派に“おでん”だと思いますが」

 

「……そうだね。小紫も、何をやっているかは知らないけど……きっとそれも“おでん”なんだと思うよ。他でもない君が決めたことなんだから、そこには正しくおでんの意志がある」

 

 

 ヤマトは小紫の仕事(・・)を知らない。知らないがしかし、ある程度の予想はつく。

 つまりそれは大名としてのおでんなのだろう。彼女の言にその意思が宿っていることは疑いの余地がない。

 そう確信するだけのものが、ヤマトの眼に映る小紫には宿っているのだ。それに頷けばヤマトの身を苛む“不安”も、立ちどころに消えてしまうのだろう。実に魅力的ではある。

 

 が、それでもしかし、ヤマトの心はもう誘惑に傾くことはない。その意志は、もはや定められていた。

 

 

「おでんは、“自由”なんだ」

 

「“自由”……?」

 

「そうさ! 僕はこの“不安”に屈するわけにはいかない……!! 小紫たちの言葉は嬉しいけど、それでも僕は“おでん”のために、“自由”のために、僕の心を繋いでいるこの“鎖”を断ち切ると決めたんだ!!」

 

 

 ヤマトは下げた金棒を再び構えた。エースと背を合わせ、正面の小紫とジャックの二人を強気ににらみつける。

 見せつけた戦闘態勢に、もちろんジャックたちも応じて構える。うるティとページワンは憤りに息を巻きながら、ジャックは忌々しげに、そしてブラックマリアは肩を竦めてため息を吐き出した。

 

 小紫はしばし不動で立ち竦んだ。鬼面だけに表情も変わらぬまま――やがて彼女らしからぬ苛立ちの空気を発しながら、腰の木刀に手をかける。

 

 

「……断ち切る、ですか」

 

「……ああ……!! “おでん(自由)”は何にも縛られない……!! だから僕は僕を繋ぐこれを断ち切って、本当のおでんになるんだ!!」

 

 

 あまり覚えのない怒りをぶつけられ、僅かに怯んでしまうもしかし、ヤマトは負けじと言い切った。それにエースも調子付き、その身の炎が勢い良く燃え盛る。

 

 

「そうさ!! ヤマトがなりたいのは、誰にも支配されない自由な海賊!! それこそが“おでん”だ!! ……それを邪魔するってんなら――」

 

 

 と、その時ジャックたちの身体に緊張が走った。放たれた威圧に身体が反応し、ほんの僅かではあるものの後退る。

 皆が気圧されるほどの意志の圧。エースはそれを、自覚なく叫び放った。

 

 

「テメェら全員ぶっ飛ばしてでも、おれたちが正しいってことを証明してやる……!! かかってこい、百獣海賊団!!!」

 

「「「「「ッ!!」」」」」

 

 

 思わず首を垂れてしまいそうなほどの、そんな迫力。あるいはこの場に雑兵がいたのなら、その気迫に須らく意識を飛ばしてしまっていただろう。

 それほどの気迫、意志を、ジャックたちは浴びせかけられることとなり――そして、それは彼らの闘争心に火をつけた。

 

 

「なるほど、カイドウさんが言っていた通り威勢だけはいいらしい……!! なら望み通り、徹底的に叩き潰してやる……!! やるぞ、お前ら!!」

 

 

 ジャックの号令。否もあるはずなく、皆は一斉にその覇気を滾らせた。

 

 

「!?」

 

 

 皆同時にそれは起こった。

 

 エースもさすがに面食らう。それもそうだろう。ジャック、ブラックマリア、うるティとページワンの四人が一斉に、その身体を変形させたのだ。

 人の造形から離れ、そこに巨獣が混ざったかのような異形への変身。それはもちろん、彼らが食らった悪魔の実――動物(ゾオン)系、古代種の実の力だ。

 

 

「……うるティはリュウリュウの実、モデル“パキケファロサウルス”で、頭突きが強力。ページワンは同じく“スピノサウルス”で、ゾウゾウの実、モデル“マンモス”のジャックに次いでタフだから要注意だ。そしてブラックマリアは、さっきエースたちに幻覚をかけた霧や蜘蛛の糸を使う絡め手が多い。クモクモの実、モデル……なんだっけ。まあとにかく、十分に気をつけて」

 

「クモクモの実、モデル“ロサミガレ・グラウボゲリィ”だよ! ……いつまでたっても覚えてくれないわねェ、ヤマトったら。こんな一般常識も覚えられないなんて、そんなんじゃ海外でやってけないよ」

 

 

 少しでもエースが楽に戦えるようにとヤマトが知る情報を口にして、そして一向に自身の悪魔の実の名前を覚えてくれないヤマトへと、ブラックマリアが思わずといったふうにツッコミを入れてくる。

 しかしどうやら、ロサミガレ・グラウボゲリィは鬼ヶ島やワノ国ではともかく世界では誰もが知っている古代の蜘蛛なのだという彼女の主張は、「一般常識なのか? 聞いたことねェんだが……」と呟くエースに儚く散らされてしまったらしい。「そう……」と心なしかしゅんとなって口にして、以来息を詰めたように黙り込む。

 

 という間に、人獣形態へと変身したうるティはその闘争心を持て余してしまったのだろう。言葉が途切れたその瞬間、彼女は弾かれたように勢いよくヤマトとエースへと襲い掛かった。

 

 

「もう殺していいんだよな!!? エースとかいうマッチ野郎、メッタメタにぶっ潰してやるッ!!」

 

「ッ!! させないッ!!」

 

 

 それに辛うじてヤマトが反応し、叩きつけられたモーニングスターを金棒で受け止めた。

 鈍い金音と、ぶつかり合う覇気の衝撃。それが開戦の合図となって、途端、一歩遅れて他の皆も力と覇気を滾らせる。一気に場の空気が荒々しさを増し、そしてやはり、その先鋒にはうるティの弟たるページワンが飛び出した。

 

 

「『殺していいんだよな』って、聞く前から殺す気満々だったろうるティの姉貴!! ……まあ、おれもそうだが……!!」

 

「お前らなんかにゃ殺されねェよ!! さっきはちょっと油断したが、同じ轍を踏む気はねェ!!」

 

 

 ページワンの一撃はエースがそう言い受け止める。事実ヤマトの見立てでも、動物(ゾオン)系のパワーとエースの状態を加味して尚、エースはページワンの力量を上回る。元はヤマトと同程度の強者であるのだから、当然と言えば当然のこと。

 故に、ヤマトとうるティの場合は力量差がより顕著だ。無論うるティとて弱くはないが、それでもやはり真正面からの対決では結果は明らか。

 

 

「――ッ!! ヤマトテメェ、おとなしく潰れとけよッ!! 【ウル頭銃(ズガン)】!!!」

 

「そっちこそ、おとなしくしてなようるティ――ッ!!!」

 

 

 押されつつある鍔迫り合いに焦ったか、うるティが得意の頭突きを放つ。覇気を込めたそれは本来ならば人の頭蓋を軽く粉々にできるほどの威力があるが、しかしそれでもヤマトの覇気は破れない。

 

 対抗し、同じく頭突きで迎え撃ったヤマトの一撃は、こちらもうるティを押し返した。鍔迫り合いと頭突きの両方で押しのけられて、たまらずバランスを崩したうるティはそのまま一歩、二歩と後退し、同じくエースに一撃をもらったページワンのふらつく身体とぶつかり止まる。

 そしてその状況、怯む二人の一塊は、ヤマトたちにとって好機に他ならない。頭突き対決の余波でこちらもふらつくヤマトに代わり、エースがすかさず拳に炎を纏わせた。

 

 

「まずは二人だ!! 【火拳】!!」

 

「ッ――!! ぺーたん!!」

 

「ッ!!」

 

 

 炎の拳が放たれて、直後にうるティが足を踏ん張り前に出た。

 単身で迎撃の姿勢。姉のその姿にページワンはその意図を瞬時に悟り、無防備に拳に覇気を蓄える。

 つまりはうるティが守り、その分ページワンは攻撃に集中して全力のカウンターを叩き込めと言うこと。姉弟だからこそ瞬時に伝わったその声はヤマトにも届いたが、しかしやはりタイムラグは免れ得ない。ヤマトが悟った時には、もうすでにうるティが膨大な覇気と共に炎の拳へモーニングスターを叩きつけていた。

 

 

「お――らァッッ!!!」

 

「なっ……!?」

 

 

 結果として、エースの【火拳】はうるティの覇気に完敗を喫した。

 

 文句のつけようもないだろう。うるティの渾身の一撃は、いっそあっけないくらいに炎の拳の正中線を貫いた。

 打ち砕く、どころではない。いっそ刀で銃弾を切り裂いたように、見事なまでに真っ二つだ。キレイに分かたれ、炎の拳はうるティの顔の横を通り抜けていくこととなり――

 

 

「ぐはァ……ッ!!」

 

「あっ」

 

 

 うるティを信じて攻撃のみに集中していたページワンに、直撃した。

 

 無防備にエースの攻撃をもらってしまい、さすがにたまらず白目をむくページワン。うるティは背後のその様子をしばし唖然と見つめ、

 

 

「……よ、よくもやりやがったなァメラメラ野郎!! あちきと見せかけぺーたんを狙うだなんて、なんて卑怯者ザマス……!!」

 

「………」

 

 

 全力で責任転嫁し始めた。

 

 ただまあ実際、やったのはエースであり、うるティに他意などなかったことは間違いない。これは単なる不運な事故。しかしそれ故に微妙な感じになった空気を押し退けて、エースはゴホンと咳払いを一つする。

 

 

「まあ……なんだ。どうもすみません」

 

 

 不憫なページワンへ律儀にぺこりと頭を下げて、そして、

 

 

「だが百獣海賊団の幹部ってわりに、随分と甘いことを言うんだな……!! 海賊の戦いに、卑怯もクソもねェだろう!!」

 

 

 言い放ち、エースは手に炎の槍を振りかぶった。

 狙いはもちろんうるティだ。狼狽える彼女の隙を容赦なく突き、今度こそ二人の戦闘不能を狙った攻撃が、放たれる。

 

 ――その直前に、しかしエースの手はビタリと止まった。

 

 

「同感♡ うるちゃんったら、この歳になってもちょっぴりおバカでかわいいのよ♡」

 

「ッ!? 上か……!!」

 

 

 蜘蛛の下半身で天井に張り付いたブラックマリアが、炎の槍を放たんとしていたエースの腕を糸で縛り、引き留めていた。

 

 しかし拘束自体は一瞬だ。エースの身から溢れる炎は気付くと瞬時に糸を焼き切り、逃れる。続けざまに飛ぶ追加の糸もその尽くを迎撃した。

 が、その一瞬は戦闘中に於いて果てしなく大きい。糸に対処するエースが失った僅かな間は、それだけで打って変わって大きな危機を己が懐に呼び込んだ。

 

 

「海賊を語るなら、お前も覚悟はできてるんだろうな!? 潔く死ね、火拳のエース……!!」

 

「ぐぅッ……!!」

 

 

 ヤマトの目前を突き抜けて、ジャックのショーテルがエースを襲った。

 確実にエースに痛打を叩き込むべく、ジャックはずっと機を窺っていたのだろう。そうして溜めた力を解放し、その巨体を打ち出したマンモスの下半身による突進力は、ジャック自身の剣技と相俟って防御の上からでもエースの身体に甚大なダメージをもたらした。

 

 エースは口と、そして防御した腕からも血を噴き出していた。吹き飛ばされ、がくりと落ちた片膝で身を支えながら、それでも続くジャックの追撃に挑むような目つきを向けているものの、それが強がりであることは明らかだ。

 

 うるティの件が尾を引いてジャックに反応が遅れてしまったヤマトは、己の失態に歯噛みする。うるティやページワン、ブラックマリアが相手なら戦えるだろうが、しかしジャックはどう考えても今のエースにはきつ過ぎるだろう。

 彼の相手は己がしなければならなかったのにと、ヤマトは後悔を噛み潰しながらエースの方へと足を向ける。一刻も早く盾にならねばと、無理を承知でヤマトは全力で地を蹴った。

 だが、

 

 

「【雨月流――斬裟メ(キリサメ)】!!」

 

「!!」

 

 

 そんなヤマトの行く先に、おぼろげに揺蕩うように置かれた(・・・・)斬撃。防御は叶えどヤマトの身体は弾き返され、そしてそこに、その斬撃の主、小紫が木刀で打ちかかった。

 

 真剣ではないそれに切れ味はない。がしかし木刀それ自体は並の刀なら打ち砕けるほど頑丈で、且つ今の小紫はかつてのように弱くない。覇気は当然のように使いこなせるようになっており、“飛び六砲”にも名を連ねるほどの“武”に磨き上げられていた。

 つまるところ、彼女はもはやヤマトでも軽くあしらえるような相手ではなくなってしまっている。エースの助太刀に向かうはずの足は止まらざるを得ず、ギリと歯をさらに噛みしめ、ヤマトはそれを鍔迫り合いする小紫の鬼面へ向けた。

 

 

「ッ……退いてくれ、小紫……!!」

 

「退くと、思いますか……ッ!? “自由”とやらが示すまま、海に出ると決めたのでしょう……!?」

 

 

 当然、小紫はそう返す。今やヤマトは百獣海賊団の敵なのだ。カイドウに忠誠を誓った小紫がそんなヤマトを通す道理はない。

 それに加え、その声にはうっすらと苛立ちの感情もが滲んだままだ。何に苛立っているのかなどヤマトには理解の及ばぬことではあるが、ともかく尚のこと言葉で小紫を動かすことは叶わないだろう。

 そしてそれは、ヤマトの方向にも同じこと。

 

 

「ヤマト、あなたこそ『断ち切る』だのなんだのと、馬鹿げた言葉を取り下げてください……!! そうしたら、私も退いてあげたって構いませんが……!!」

 

「それはできない相談だッ!!」

 

 

 つまりはやはり、力づく以外に解決する方法はない。なにせヤマトのこの“意志”は、エースの後押しを受けてもはや不動。ブレることなどもうあり得ないのだ。

 

 

「僕はおでんになるために、僕を繋ぐこの“鎖”を断ち切らなきゃならない……!! そうしないと“おでん(自由)”になれないって、そうわかったからこそ……!! 僕は絶対に、ここから退かない!! 前に進むんだ!!」

 

「進んだって貴方にその“()”は断ち切れませんよッ!!」

 

 

 食い気味に淀みなく、小紫は吐き捨てた。

 その声は妙に確信に満ちており、それが一瞬、ヤマトの内に動揺を呼び込んだ。それはほんの僅かな揺らぎでしかなかったが、しかし小紫は知ってか知らずかさらにそれを焚きつけるように、続けて言葉を絞り出す。

 

 

「断ち切れなどしませんし、断ち切るべきでもないでしょう……!? ましてやそれがおでんに、我が父に繋がるなど……そんなことはあり得ませんッ!!」

 

「ッ……いいや、違う……!!」

 

 

 おでんの実の娘としての言葉。それを否定するのはヤマトの決意を以ってしても苦しいものがあったがしかし、どうにか首を横に振る。

 断ち切ると、“不安”の中で決意するため振り絞った勇気を否定され、黙っていられるはずもないのだ。ヤマトにとっての“おでん”とはそれほどの想いであり、それ故の憤りを力に変えて、ヤマトは小紫を押し返していく。

 

 

「僕が鎖を断てないって、どうしてそんなことが君にわかる……!? そもそも断ち切るべきじゃないって、なぜ……!!」

 

「わからないん、ですか……!?」

 

「ああ、わからない……!! どうして小紫にそれがわからないのかも、僕にはわからないよ!!」

 

 

 勢いに任せ、ヤマトは木刀ごと小紫を弾き飛ばした。

 壁まで吹き飛ばすほどの力を込めたが、しかし小紫はその威力を受け流し、最小限の体捌きで体勢を整えると、エースの下に向かおうとするヤマトの行く手をすぐさま塞ぎ、木刀を突き出した。

 

 

「『“おでん”は“自由”』、でしたか……!? 言わんとすることはわかります!! けれど、それがどうして“鎖を断ち切る”なんてことになるんです!?」

 

「むしろ鎖に心を繋がれた状態が、どうして自由って言えるのさ!! それにおでんは何者にも縛られず、自由に世界を冒険したんだ!! 『窮屈にござる』ってさ!!」

 

「ッ、それは――」

 

 

 と、木刀の突きを身を捻って躱し、お返しに放たれた金棒の一撃を辛うじて防いだ小紫。しかし押されてもその身は攻め気を止めず、口と共になおヤマトを攻め立てんと覇気を練り上げる。

 間違っているのだと、小紫はヤマトの“意志”にも等しい確固たる想いで以って、ヤマトの誤りを正さんと試みて――そして、それを乱暴に押し退けて、ヤマトの声と金棒が轟いた。

 

 

「“不安”に心を縛られてるなんて、全然おでんなんかじゃない!! だから僕は、これを克服しなくちゃならないんだよ小紫!! おでんになるために“おでん(自由)”にビビってちゃ、僕の“夢”は何も始まらないから……!!」

 

 

 ヤマトは己の思いの丈の、その全てを絞り出し、そのまま小紫へとぶちまけた。

 

 そんな想いの、全てを終わらせるための一撃。小紫を倒すと決めて振るった金棒は、その決意が故に容赦なく小紫の動きを読んでいた。

 見る(・・)覇気、“見聞色”の覇気で以って動きを先読みし、小紫が回避に動いたその先へ金棒を振り下ろす。クリーンヒットする覇気がこもった攻撃は、その一撃で小紫の意識を刈り取る――

 

 ――はずだったのだが、しかし。

 

 

「は――?」

 

 

 と、ヤマトが想いの丈をぶちまけたその瞬間、小紫はふと唖然の鳴き声を漏らして急停止。先読みの金棒は、結果全く見当違いの位置を貫いた。

 

 バキバキっと、床板ばかりが粉微塵に砕け散る。確信を持って金棒を振るったヤマトは、その現実にさすがに胆を冷えさせた。

 ありていに言って格下だと思っていた小紫が、自分の読みを上回った。それはつまり、エースの窮地がより危機的になったということに他ならない。

 緊張と警戒心がヤマトの身を包み、立ち竦む小紫から距離を取らせる。どうすれば小紫を倒しエースの下に行けるのか、道筋が不透明に転じてしまい、動くことができなくなった。

 

 そうして数秒、ヤマトの様子見が続いた。続いて、そしてふと、小紫が握る木刀から戦意が消えた。

 ヤマトの緊張と警戒心にさらに困惑までもが混じる中、その小紫の小さな身体が小刻みに揺れ始め、鬼面が俯き、そして――

 

 

「あははははっ!」

 

 

 おかしくてたまらないというふうに、笑った。

 それまでの憤りが滲んだ様子とは一転して、心からの笑声。ヤマトがさらなる困惑に言葉を無くしてしまうのも致し方なく、腹を抱えて笑う小紫に対して、今度はヤマトが唖然と立ち尽くす。

 

 そんな状況がしばし、小紫の笑いが話せる程度に収まるまで続き、やがて息を吐いた後、小紫は若干残る笑いを口の中で噛み潰した。

 

 

「なるほど……ヤマトったら、『“おでん(自由)”にビビってる』んですか。それが“不安”で、断ち切るべき“鎖”だと。道理で……」

 

 

 くつくつと背を揺らしながら呟いて、そしてようやくヤマトを見やる。木刀と逆の手がふと顔の鬼面を外し、露になった苦笑いがヤマトへと短く言った。

 

 

あの時(・・・)とは真逆ですね」

 

「……あの時?」

 

「まさか忘れてはいないでしょう? 私もヤマトのように、百獣海賊団に反旗を翻して戦ったじゃないですか」

 

 

 頭が回らないまま言葉を繰り返し、そして出てきた答えにヤマトはハッと我に返る。

 日和が小紫になったあの討ち入り。ササキとフーズ・フーという現幹部が生まれ、そして数多の侍たちが消えたあの戦いを、もちろんヤマトが覚えていないはずがない。

 

 

「その時はヤマトが私に、気付けなかった大事なこと(・・・・・)を教えてくれたでしょう? なのに、そのヤマトが今は気付けていなかった(・・・・・・・・・)。それがなんだかおかしくって……うん、きっとブラックマリアなんかは最初からヤマトが気付いてないことに気付いていたんでしょうね。私も、なんだかもういっそカイドウ提督が哀れというかなんというか……」

 

「……何を言ってるのか、さっぱりわからないよ小紫……! 僕が……気付けていない……? どういう意味なんだ!? あの時の君と立場が逆って、いったい君は僕の何を知っているっていうんだ!?」

 

「あなたが言う断ち切るべき“鎖”、“不安”の正体です」

 

 

 小紫の言葉の意味はわかっても、言わんとすることがヤマトには見えてこない。間を開けず、果断に出てきた疑問の答えもまた、ヤマトの中の困惑を解きほぐすことはなかった。

 

 正体も何も、それはとっくに明らかになっているのだ。“自由”という、ヤマトにとって初めての環境に尻込みしてしまっているだけ。そんな、実に情けない理由でしかない。

 故に小紫の苦笑は理解不能。理解できるはずもなく(・・・・・・・・・・)、ヤマトは小紫の答に首を横に振る。

 

 

「何を言ってるんだ……! どうして君に、僕の心を繋ぐ“鎖”の正体なんかがわかるんだ!?」

 

「むしろ私ほど“それ”を知る人間はそういないと思いますよ。……その重さは、いやというほど思い知ってしまいましたから」

 

 

 小紫の笑みがそこで僅かに曇る。しかしそれもすぐに晴れ、「まあ、だからこそヤマトが気付いていないなんて思わなくて、イライラしちゃったわけですけれどね」と気恥ずかしげな微笑みで覆い隠された。

 

 そして一方、ヤマトの心にはじわじわと焦燥感のような何かが滲み始めていた。それが何なのかもわからないまま、ヤマトはただ闇雲に繰り返す。

 

 

「だから、それは――」

 

 

 なんなんだ、と小紫に迫り、それに重ねるようにして小紫は短く返した。

 

 

「“情”ですよ」

 

 

 と。

 

 『あの時とは真逆』。当時の小紫が認められなかったのは“情”だ。ヤマトやジャック、ブラックマリアにうるティとページワンへの、長い軟禁で生まれてしまった百獣海賊団への情愛。

 つまり、小紫はヤマトに対し、それを指さしている。

 ヤマトがそれに気付くのに、たっぷり十秒ほどの間を要した。

 

 

「……バカな……!」

 

 

 そして気付いた末、ヤマトはそう吐き捨てる。バカバカしいと切って捨てるに足る理由は、もちろんあった。

 

 

「あの時のことを覚えてるなら、僕が言ったことだって覚えてるだろう!? いつか敵同士になっても友達は友達! あの言葉は冗談なんかじゃないぞ!? 今だって僕は小紫もジャックもブラックマリアもうるティもページワンも、みんな友達だって思ってるし、みんなもそうだって信じてる!」

 

 

 故に、ヤマトの心を鬼ヶ島に、百獣海賊団に繋いでいる“鎖”が皆への“情”であることなどありえない。

 そのしがらみは、あの日に確かに克服しているのだ。

 

 だが――

 

 

「それでも僕が“情”に繋がれてるって言うのなら、この“鎖”の端を握っているのはいったい誰だと――」

 

「ほら、やっぱり気付いているんじゃないですか」

 

 

 と、小紫の苦笑い。もとい困ったような羨ましいような、そんな顔が、焦燥感のままに吐き出されたヤマトの言葉をあっさり止めた。

 まるで幻か何かのように跡形もなく台詞の余韻が掻き消えて、一瞬のうちにヤマトの頭は真っ白になる。何の反応も行動もなく、ただ呆然とするほかなく――そしてそれ故に、響いて届いたその声は白紙の頭を突き抜けて、直にヤマトの本能を撃ち抜いた。

 

 

「おでん二刀流――」

 

「ッッ!!!」

 

 

 ヤマトは反射的にそっちを見やる。いっそうのダメージを負い、ブラックマリアの糸に動きを封じられてしまっている苦悶のエースと、彼へ引き絞られたジャックの二刀。そこに込められた、極限まで練り上がった覇気の気配。

 

 思考の間はなかった。小紫の微笑みを飛び越えて、ヤマトは二人の間に身を躍らせる。

 とはいえしかし、迎え撃つ技など出す暇があるはずもなく、

 

 

「【桃源十拳】!!!」

 

「――!!!」

 

 

 自身の身体を穿つ十字の斬撃と周囲の建物が吹き飛ぶ破壊音を聞きながら、ヤマトはあっという間にその意識を闇へと沈めることとなった。

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