百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話   作:もちごめさん

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僕はおでんか ⑤

「――うぐ……」

 

 

 唸り声を漏らしながら、ヤマトは意識を取り戻した。

 朦朧としながら瞼を持ち上げ、うつぶせに倒れた身体を起こそうと腕を突く。そして同時、その直上から心配と安堵が混じった声がヤマトの耳朶に降り注いだ。

 

 

「……おお、目ェ覚めたか、ヤマト。よかったぜ、あれで死なれちゃ悔やんでも悔やみきれねェからな……」

 

「エース……?」

 

 

 重たい首を動かし、ヤマトはエースの顔を見やった。

 そして思わず息を呑む。横眼だけを向け微かにヤマトに微笑むエースは、しかしその笑みに反して満身創痍の状態だった。

 上裸の身体は酷い傷だらけでいたるところに血が滲み、息も絶え絶え。今にも倒れてしまいそうなほどの重傷を負っており、途端にヤマトは心配と困惑でいっぱいになる。

 いったいどうしてそこまでの傷をと、朦朧とした頭がその身を案じ、そのまま口に出そうとして――その寸前。

 

 

「――ッッ!!!」

 

 

 遅れて正気に戻った頭が、意識を失う直前までの出来事を思い出した。ヤマトとエースは今現在、鬼ヶ島脱出を阻むジャックたちとの戦闘の真っ最中なのだ。

 呆けている暇はない。それだけ気付けば十分で、ヤマトは慌てて勢いよく身を起こした。そしてエースと背を合わせて構え、自身が失神している間、身を挺して守ってくれていたのだろう彼への感謝を口にする。

 

 ――もとい、口にしようとしたものの、その言葉は出る前にまたも喉の奥で掻き消えた。

 それは勢いよく立ち上がった途端、血と共に痛みを噴き出したヤマトの左脇腹。ジャックの一撃に刻まれたクロスの傷のせいでもあったが、しかし立ち上がって目の当たりにしたその光景によるところが大きかった。

 

 

 エースと背中合わせに構えた視界の右から左、端から端に至るまで、全面が百獣海賊団の兵隊たちで埋め尽くされていた。

 そもそも場が、さっきまでヤマトたちがいた狭い廊下ではなく大きな広場。ライブフロアのど真ん中だったのだ。

 

 ジャックのあの攻撃が、ヤマトごと建物を粉砕してしまったのだろう。吹き飛ばされれば屋敷の中心たるこの場所に放り出されるのが自然。

 曰く『ヤマトを捕まえエースを殺せ』というカイドウの号令も発せられたのならばこの場所に大人数が集うのもまた道理であり、故にヤマトたちは百獣の大軍勢にぐるりと周囲を取り囲まれるという、こんな事態に陥ってしまったのである。

 

 が、しかし実際のところ、包囲それ自体は大した問題ではない。

 大群だろうが雑兵ならば今のヤマトたちでも一掃することなどわけもなく、エースのメラメラの実の能力があればなおのこと、殲滅は容易だ。

 つまりヤマトが戦慄を覚えたのは周囲を囲むその数ではなく――その中の、容易に殲滅できないごく一部。

 

 

「……起きたか、ヤマト坊ちゃん。思いのほか気絶の時間は短かったな、一分と少しか」

 

「ムハハハハ! さすがカイドウさんの血筋だぜェ~! ……ともあれ何よりだ! 今日死んでいいのは、そこのエースとかいうイキったガキ一人だけだからなァ!」

 

 

 キングとクイーン。視界の端、目的だったエースたちの船が泊められているはずの港へと続く道の前に門番のように立ちふさがっている、最高幹部である“大看板”の二人。

 そして――

 

 

「しかし驚いたな。カイドウさんの指示には馬鹿みてェに忠実なお前が、まさかこんなことをしでかすとは思わなかった。なあジャック」

 

「……すまねェ、キングの兄御」

 

「やらかすとしたらうるティか、大穴で小紫ちゃんだと思ってたぜおれは! まァそれでも殺す気でぶった切るとは思っちゃいなかったがな! なあジャック!」

 

「……すまねェ、クイーンの兄御」

 

 

 ――ジャック。“大看板”の最年少でありヤマトをこの状況に叩き込んだ張本人たる彼も、やはり同じ場所に立っていた。

 

 

「もしヤマト坊ちゃんが死んでたらどうなってたんだろうな? カイドウさんはお前をどうしたと思う? ……『部下が組織のトップの子供をうっかり殺しちまった』、なんてバカバカしくて考える気にもならねェってか?」

 

「おうおう、おれも同感だぜ? ありえねェことだもんなァ、忠臣が私情にかまけてトップに牙剥くなんてよォ」

 

「「なァ、ずっこけジャック……!!」」

 

「……すまねェ……」

 

 

 カイドウに次ぐ実力者である三人が、揃ってヤマトたちと対峙している。その事実は今のヤマトたちにとってあまりにも絶望的だ。

 当初目論んだ戦わずしての脱出が破綻したのはもちろんのこと、しかしかといって戦い打ち破ることも至難。いっそ不可能とすら言いきれるほど、彼我の戦力差が大きいのだ。

 今現在、縮こまるジャックを詰ることに熱中している二人の意識は明らかにヤマトたちから外れているが、それでも尚、つけ入る隙は皆無。元よりジャックの力量を上回る二人はつまるところヤマトにとっても格上であり、大ダメージを負ってしまった今、勝機は限りなく薄いだろう。

 その事実が、否定のしようもなくヤマトへと叩きつけられている。

 

 そしてジャックがこの場にいるのなら、もちろん()も揃っていないはずもない。彼女らもまたキングやクイーンと同様に、ジャックに冷たい眼を向け詰っていた。

 

 

「本当に、こればっかりはちゃぁんと反省してもらわないとねェ。気持ちがわかってるなら、エースを狙えばヤマトがどう動くかなんて簡単に想像付くだろうに」

 

「キレてバカになるのはうるティの姉貴の特権だろ。お株を奪ってやるなよ」

 

「『バカ』だとォ!? ぺーたんのくせにあちきをバカにしてんじゃねェよ!! ……もっとお姉ちゃんを敬うザマス!! あちきならあんな攻撃……百発食らっても平気ザマスからね!!」

 

「……やっぱ話がぶっ飛んでない分、ジャックの方がマシだったかもな」

 

「『マシ』だとォーー!!?」

 

 

 やれやれと息を吐くブラックマリアと、相変わらずの姉弟漫才を繰り広げるうるティとページワン。

 そしてさらに、そんな二人を横目にジトッと湿った鬼面の視線を向けている、小紫。

 

 

「……まあ私がヤマトを抑え切れなかったことが原因でもありますし、そこを詰ったりする気はありませんけど……それはさておき、ジャックはいつの間に【桃源十拳】なんて習得したんですか? ……私はまだまだ全然なのに。なんかずるくないですか?」

 

「……すまねェ」

 

 

 いつもの面子が欠けることなく勢揃い。ヤマトの絶望的な心境などどこ吹く風といったふうなその余裕は、しかしやはり道理だった。“大看板”に加えて“飛び六砲”たる彼女らも揃った状況で、緊迫感を感じろという方が無理な話だろう。

 

 周囲に集う軍勢も相俟って、今この場には百獣海賊団の全戦力が集結していると言っても過言ではない。カイドウの号令は、ワノ国含めて周囲の百獣海賊団を根こそぎ集結させてしまっていたのである。

 故に、残る“飛び六砲”の二人もこの場にやって来ることは、ある意味当然のことだった。

 

 

「おいガキ共、うるせェぞ!! ジャックが殺しかけたのはともかく、カイドウさんの指令を果たせなかったのはてめェらも同じじゃねェか!!」

 

「能無しのクソガキはおとなしく引っ込んでりゃいい。尻拭いはしてやるからよ……!!」

 

 

 ササキとフーズ・フーが、周囲の軍勢の間を割ってヤマトたちの前に姿を現した。

 

 「あ゛ぁ゛!? なんだとゴラァ!!?」と、今度は二人に咬みつくうるティを完全無視し、包囲の内側に進み出る。そしてジャックたちを鼻で嗤ったササキは次いで、キングとクイーンの方へと視線をやって、傲岸不遜に言い放った。

 

 

「キング、クイーン、てめェらも手出しは無用だ!! ここはおれに任せてもらう!!」

 

「いいや、おれが一人でやる。相手がヤマト坊ちゃんだってなら尚のこと、この機会は逃せねェ……!! あの時の“返し”が、まだできてねェからな……!!」

 

 

 応じて、フーズ・フーもまた言い放った。ただしそのマスク越しの眼は最初からまっすぐヤマトへ向いたまま、挑むように睨み続けてブレもしない。

 不遜な宣言に割って入られたササキは当然こめかみに青筋を浮かべるも、それでもフーズ・フーは一心にヤマトへ殺意を向けながら言い返した。

 

 

「……フーズ・フー、てめェも引っ込んでろ!! それとも何か!? 今度こそ背中からおれを刺し殺そうって魂胆か!? やってみろよ腑抜けの猫野郎!!」

 

「安心しろ、ササキ。お前を闇討ちなんざしねェさ。格下を殺すのにわざわざ策を弄する必要はねェからな……!!」

 

「格下だと……!? そいつはてめェのことか!? 自己紹介が上手いじゃねェか……!!」

 

 

 さしものフーズ・フーも足が止まった。その眼がとうとうササキに向いて、バチバチと火花が散る。

 

 そして、その時だった。そんな二人の威嚇合戦の合間に唐突に、空気に則さない笑い声が割り込んだ。

 

 

「ククク……フーズ・フーにササキか……! “飛び六砲”って話だが、あいつら(ブラックマリアたち)とは随分毛色が違うみたいだな……!」

 

 

 笑いを堪えかねたように、エースが肩を震わせていた。その様子にササキとフーズ・フーも口を止めて怪訝を浮かべ、そしてエースは立っているのもやっとな身体でそんな二人をなおも笑った。

 

 

「おれたちと戦おうって時に仲間割れかよ……! こいつは楽に勝てそうだなぁ、ヤマト……!」

 

 

 ヤマトとは対照的に臆した様子もまるでなく言ってのけるエースのそれは、勇敢ではなく明らかに蛮勇だ。到底見習うべきものではないが、しかし各々の強さをよく知る故に嫌が応にも身が竦んでしまうヤマトにとっては心強い。

 どれだけ絶望的でももはや既に退路はなく、故にヤマトもエースに応じ、緊張に強張る顔を無理矢理歪めた強気な笑みで頷いた。

 

 

「ああ……ッ! 余裕さ、僕たちなら……! なんならフーズ・フーは、ずっと前にも倒してるしね……!」

 

「そのリベンジをしてやるって言ってんだよ、ヤマト……!!」

 

 

 フーズ・フーの口元に怒りが満ちる。その激情のまま、たちまち人獣形態へと変身。ササキの方も負けじと身体を変形させながら、怒りの声をエースに向けた。

 

 

「死にかけのクソガキが……よく吠えやがるなァ!! 上等だ!! フーズ・フーのバカがヤマト坊ちゃんにご執心ってならちょうどいい!! エースとやら、てめェの首はおれが取ってやるよ!!」

 

「へっ……望むところだ!! 来いよ恐竜野郎!!」

 

 

 対してエースも挑発を返す。消耗すれど未だ燃え盛る拳を握り、姿勢を低くし突進の構えを取る二人に身構えた。

 ヤマトも金棒を正中線に構えると、迫る戦闘に覚悟を決めて戦意を引き絞った。双方の間の緊張の糸が互いの覇気で張り詰めて、そしてとうとう限界を超えて弾け飛ぶ――その直前に、それは響いた。

 

 

「いや、待てササキ、フーズ・フー」

 

 

 キングの口から、戦闘中止の声が放たれた。まさに戦いの火ぶたが切って落とされんという所でのその制止に、ササキとフーズ・フーのみならずヤマトたちもあっけにとられて言葉をなくす。

 とはいえ憤りはササキたちの方がはるかに大きく、たちまち唖然から勢いを取り戻した二人は、その怒りを隠そうともせずキングへと食って掛かった。

 

 

「おいキング、てめェ今、おれに命令したんじゃねェだろうな……!? てめェの指図なんざ受ける気はねェぞ……!!」

 

「……リベンジとはいえ、カイドウさんの指示はわきまえてる……!! 心配せずとも、ジャックのマヌケと同じヘマはしねェよ……!!」

 

「ああん? そうなのかフーズ・フー。そりゃ心強いぜェ! ……だが生憎、そう(・・)じゃねェ」

 

 

 苛立ちと不満の眼を向ける二人に、今度はクイーンが首を振った。からかうように言った後、次いでキングと共に背後を示し、その理由を口にする。

 

 

「カイドウさんが来てるんだ。出番を奪っちゃまずいだろ?」

 

 

 ――と。

 

 まず、風が吹き荒れた。示された背後、港の方からかなりの風圧が吐き出される。一部の雑兵たちはそれに煽られ吹き飛ぶほどで、それを身に受けヤマトは思わず顔を背けた。

 腕で風を遮り、止んだところで顔を上げる。そうして元の直前上、ササキたちの方へと視線を戻し――その彼らの目線に釣られ、今度は上へと持ち上げて、そして目撃した。

 

 

「カイドウ……ッ!!」

 

 

 港の方から姿を現した龍体のカイドウが、悠然と宙を飛んでいた。

 ライブフロア内を回遊し、やがて驚愕による呆然から解き放たれた雑兵たちから歓声が上がる。ササキとフーズ・フーの二人もその威容の前に滾る血を引っ込めるしかなく、そしてエースすらも、とどめの一撃のようなその参戦に冷たい汗を流していた。

 

 だがしかし、ヤマトの頭には彼らとは全く異なる感情が浮いていた。

 不安と焦燥感。ついさっき、失神の直前に小紫に告げられた“情”の話が、ヤマトの中で蘇る。曰く、ヤマトが繋がれている“鎖”の正体はカイドウへの“情”であるという、あの話だ。

 

 

「……別に、構わねェぞ」

 

 

 そんな中、龍のカイドウがふと声を上げる。しかし主語のないその台詞は皆が慄く中では通じず、向けられる怪訝へカイドウさらに言葉を続けた。

 

 

「おれの出番、だったか。別におれにおもねる必要はねェ。なにせウチは弱肉強食の海賊団だ、誰しも挑む権利はある。ササキもフーズ・フーも、好きに挑みかかってみりゃぁいい」

 

「っ! ……そうか、感謝するぜカイドウさん……!!」

 

「さすが。キングとクイーンのクソどもと違って話が分かる……!!」

 

 

 キングとクイーンに止められた戦闘に対する許可。それを呑みこみ、ササキはニヤリと礼を口にした。フーズ・フーも戦意を再び取り戻し、その牙をヤマトへと向け直す。

 

 

「じゃあ、遠慮なく――」

 

 

 と、昔はともかく今はカイドウの忠実なる部下である二人は、お墨付きを得て意気揚々と、今度こそ戦闘を開始せんと身をたわめ――

 

 

「「ッ!!?」」

 

 

 それが解き放たれる前に飛び出したヤマトの姿を目撃し、息を詰めることとなった。

 

 

「ッ!! ヤマト!!」

 

 

 作戦も何もなく、気付けばヤマトは地を蹴っていた。エースが驚愕交じりにその名を呼ぶも、しかし突発的な衝動はもう止まらない。そもそもエースの声は、ヤマトの耳に届いてすらいなかった。

 ヤマトの頭にあるのはただ一つ。蘇った小紫のその言葉と、それを否定しなければならないという強迫観念のような激しい思いのみ。

 

 

「ッこの――」

 

「邪魔ッ!!」

 

「がはッ――!!」

 

 

 そして脇腹の傷の激痛すら掻き消してしまうその思いは慌てて迎撃に飛び出たササキとフーズ・フーを撥ね飛ばし、金棒に覇気を蓄え、そのまま一直線にカイドウへと跳びかかる。

 “情”などあってはならないのだと。おでんにとってカイドウはいけ好かない父親ではなく――討たねばならない大敵なのだと、そう心に押し付けて、

 

 

「【雷鳴八卦】!!!」

 

「―――!!」

 

 

 渾身の力で、ヤマトはカイドウを撃ち抜いた。

 

 宙を飛ぶ龍の巨体が叩き落とされた。巻き込まれた雑兵の悲鳴が上がり、破砕音と埃のもやが立ち上る。

 巨体に代って視界一杯に満ちたそれを見つめながら、ヤマトは詰めていた息を荒い呼吸に変えて吐き出した。ぜいぜいと、肉体ではなく精神の疲弊に膝をつく。

 

 

「おい、大丈夫かヤマト!? 無茶しやがって……。だが、やったな! あれほどの一撃だ、カイドウの奴も面食らったにちがいねェ……!」

 

 

 慌てて走り寄ってきたエースが、次いで「よくやった」とヤマトの背を叩いた。

 なにせ一目瞭然のクリーンヒットだ。カイドウをノックアウトさせたのだと、そう喜ぶのも無理からぬことだろう。

 

 だがしかし、現実は全く異なる。そしてたったの一度、しかも一瞬しかそれ(・・)に触れることが叶わなかったエースには想像し難いものであれど、これまでに幾度もそれに、カイドウの強さを目の当たりにしてきたヤマトには、はっきりと見えていた。

 

 

「……この程度じゃダメージにもなってないよ、あのクソオヤジは」

 

「なに……!?」

 

 

 同時、エースもまたそれを認めた。もやの中、重い足音と共にヤマトたちの方へと進む、巨大な人影。

 その巨体で砂埃を押しやって現れたカイドウは――やはり、全くの無傷だった。

 

 

 巷では最強生物などと呼ばれているカイドウの肉体。その称号が誇張でも何でもないことは、ずっとその雄姿を間近で見てきたヤマトにとって今更過ぎる確たる事実だ。

 故に、叩き込んだ今の先制攻撃も、その目的はカイドウを倒すことではない。その前段階、おでんとして今ここでカイドウと対決することを決意した、ヤマトなりの宣言だった。

 

 つまりたった今、ヤマトはカイドウに果たし状を叩きつけたのだ。

 ここから始まるのは殺し殺される真剣勝負だ。ヤマトがおでんになるために、避けては通れぬ最大の関門。頭の中に響く声を振り切って、ヤマトはそう、決死の覚悟を固めていた。

 だからカイドウに殺意を向けられる覚悟は、当然の如くできていた。あるいは激怒されようとも、間違っても臆するなんてことはないように、ヤマトは胸の中央に己の“おでん()”を据えていたのである。

 それ故に、ヤマトは出て来たその感情に、思わず息を呑みこんだ。

 

 

「……おいヤマト、お前、なんだ今の攻撃は」

 

「……え?」

 

「こんなもん、何発撃ってもおれには通じねェ。これがお前の言う“おでん”だってなら……ふん、下らねェな。本物には程遠い……!!」

 

「ッ……!」

 

 

 突き放すような叱責だった。そして、ヤマトの胸の内に湧く不安の感情。

 天岩戸でカイドウに対面した時のそれによく似ていた。

 

 そしてその時のように、カイドウはまたヤマトの“おでん(自由)”に首を振る。

 

 

「結局お前はエースに唆されただけだってことだ。だからエースが死に体になっちまえばこの有様。……ヤマト、お前はもう何にもならねェ」

 

 

 じっと、いやに無感情な視線でヤマトへと口にして、そしてカイドウはさらに続けて冷たく告げた。

 

 

「わかったら自由だなんだと言ってねェで、おとなしく父上の言うことを聞け。おれに従っていりゃあいいんだ、今までのようにな」

 

 

 『今までのように』。それは、見間違えようもなく“鎖”だった。ヤマトの心を繋ぐ、“鎖”の“持ち手”がそこにいた。

 カイドウの手に持たれたそれを、やはりヤマトは否定する。しなければならないという焦燥が溢れるが、しかしもはやそれは事実として、ヤマトの目の前に鎮座してしまっているのだ。

 

 目を逸らすことは、もうできなかった。故に、ヤマトはその時、とうとうそれを受け入れた。

 自分とカイドウの間には、確かに切っても切れない“情”がある。血という“縁”、家族という“縁”が、自分の心を固く繋ぎ止めているのだと。

 カイドウの息子である限り、『もう何にもならない』。その通りだ。その“縁”と“おでん”は、決して結びつきはしないのだから。

 

 なら――

 

 

「――やってやるさ……!!」

 

 

 と、ヤマトは冷たく痺れる身体に決意の声を叩きつける。無理矢理力を流し込み、気力でそれを動かすと、正面からカイドウを睨み返した。

 

 

「僕は、おでんになる……ッ!! 誰に何を言われても、絶対に諦めない……!! その、障害になるのなら……!!」

 

 

 そして叫ぶように、言い放った。

 

 

「カイドウ!! お前との親子の縁はここで断つ!! 今日、僕は本当のおでんになって見せる!!!」

 

 

 カイドウはおでんを殺し、ワノ国の開国を妨げるおでん(ヤマト)の大敵。それだけでいいのだと、ヤマトはそう言った。

 

 ヤマトの自称おでんに慣れてはいても、ここまで極まれば驚愕は免れ得なかったのだろう。周囲の雑兵たちから一斉に驚きの声が上がった。

 そしてヤマトがちらりと眼をやれば、ジャックたちは苦虫を纏めて噛み潰したようなしかめっ面。ブラックマリアと、鬼面で表情が見えないが小紫すらも、ヤマトの決意の強固さに不安の色を浮かべていた。

 

 だがしかし、そんな中でカイドウだけは変わらなかった。

 真正面からヤマトの宣言を受けながら、その眼はあくまで昂然とヤマトを見下ろしたまま。それは自身が負けることはないという自信から来る余裕が故か、その真意は読み取れないまでも、放たれる威圧感には嘘はない。

 少なくとも、知らずの内に唾を呑むほどのプレッシャーをヤマトは感じていた。そしてそれは、傍らのエースにも伝播する。

 

 

「ヤマト、おれも戦うぞ……!!」

 

 

 悲壮感をも漂う決意で、エースもまた、そう口にした。傷だらけで力もろくに残っていない身でありながら、それでもその宣言に揺らぎはない。

 ちらりとヤマトが視線を向けると、エースは力強く頷いた。

 

 

「……ヤマト、お前にこの決断をさせたのはおれだからな。責任はとる」

 

「責任……?」

 

「ああ。……正直に言う。おれは今になって、お前を海に連れ出すことが正しいのかどうか、よくわからなくなっちまった。おれは……親子の繋がりってやつが、よくわからなくてよ……」

 

「……!」

 

 

 次いで出てきたのは、ヤマトに驚きと不安を与える言葉だった。親に関してエースが何かしらの事情を抱えていることは彼との会話でわかっていたが、しかしそこまでとは思っていなかった。

 海に出ることにまで躊躇を見せられては、ヤマトも動揺せざるを得ない。

 

 だがしかし、心を揺らされたのは一瞬で、その不安を押し流すようにエースの真剣の想いがヤマトに迫った。

 

 

「だから、おれにも確かめさせてくれ。それが……“鎖”が、どういうもんなのか、知りたいんだ」

 

 

 それはエースにとって命を懸けるに値することであるようだった。ヤマトはその眼に本心と覚悟を読み取って、となれば当然、断れるはずもない。

 

 

「……わかった」

 

 

 短く返し、金棒を固く握りしめた。

 そして、ちょうどその瞬間だ。

 

 

「――【牙銃】!!!」

 

「「ッ!!」」

 

 

 放たれた牙の覇気。ヤマトもエースも寸前で察知し避け、その出所へ眼を向ける。

 

 

「……まさか、あんな不意打ち一発でおれを倒したなんて思ってやしねェだろうな……!! あの討ち入りの日と同じと思われちゃあ困る……!!」

 

 

 人と獣が入り混じった人獣形態から漏れ出る唸り声は、その憤怒を隠してもいない。フーズ・フーは身体の土埃を払いながら、唸り声と同種の怒りで再びヤマトたちの前に、カイドウへの行く手を遮るようにして再び立ちはだかった。

 そして当然、ササキもまた同じように現れる。

 

 

「修行してたのはあんたらだけじゃねェんだよ、ヤマト坊ちゃん!! カイドウさんに挑む前に、おれたちの相手をしてもらおうか……!!」

 

「……仕方ねェな……!! ヤマト!!」

 

「ああ……!! さっさと倒そう……!!」

 

 

 立ちはだかる二人に引く気はなく、ならばもう前哨戦と思う他ない。エースもヤマトも息を吐き出し、身構えた。

 

 が、しかし。

 

 

「ササキ、フーズ・フー。二人とも下がってろ」

 

「カイドウさん……!?」

 

 

 なるべく体力を残しつつ、且つ手早く決着をつけなければと考えていたヤマトの思考を、その時カイドウの言葉が遮った。

 同時にササキも怪訝に振り向き、そしてフーズ・フーが声を荒げる。

 

 

「どういう意味だよカイドウさん!! なぜ止める!? さっきはいいと言っただろう!?」

 

「そうだぜ!! おれたちにも権利はあるんじゃなかったのか!? ……それとも何かよ、さっきの一発でチャンスはおしまいだってのか!?」

 

「ムハハハ!! そりゃあ無理もねェ!! あれだけ啖呵切って一発でぶっ飛ばされちまったんだからな!! 勝負ありってことだ!!」

 

 

 「残念だったなカス野郎ども!!」と、憤るササキとフーズ・フーにクイーンがヤジを飛ばした。

 怒る二人の矛先は当然クイーンへと向けられる。だがそれが怒声となる前に、カイドウからの言葉が続いた。

 

 

「いや、違う。少し考えが変わった。……お前ら二人と戦った後じゃ、ヤマトに碌な力は残らねェだろう。そんなんじゃ……面白くねェ」

 

 

 否定と、そしてササキとフーズ・フーに道を譲らせ前に出ながら、カイドウはやはりヤマトをまっすぐ見つめたまま、淡々とヤマトを威圧した。

 

 

おれを倒す(おでんになる)と言うからには、そんなくだらない決着は許さねェ……。心躍る闘争がなけりゃ、意味がねェ……!」

 

 

 その柱のように太い腕が、腰から金棒を引き抜いた。たちまちさらに膨れ上がる殺気と緊張。肌を泡立てるヤマトへと、カイドウは刀を振り下ろすように言い放った。

 

 

「来い、ヤマト……!! ここからは、おれが一人で相手をしてやる……!!」

 

「ッ……!!!」

 

 

 覇気が爆ぜた。

 殺気も威圧感もそれまでの比ではない圧が、まるで暴風のようにヤマトへと叩きつけられる。物理的な力すら有しているのではと思うほどで、ヤマトの足は抗いようもなく溢れる“不安”に、“恐ろしさ”に後退る。

 

 

「……理由はわかったが、やっぱりそりゃないぜカイドウさん。せっかくテンション上がってきたってのに」

 

「それにあんた一人で戦うとは言うが、そりゃ何のハンデにもなってねェだろう……。俺たちと戦う前でも後でも、ヤマトがあんたに勝てるわけがねェんだから」

 

「悪いなササキ、フーズ・フー。埋め合わせはする」

 

 

 ササキとフーズ・フーが文句をつけても頑なに、カイドウからの意思は放たれ続けた。それを前にヤマトは怯えたまま、ササキとフーズ・フーも身を引くしかない。誰しもが黙り込んだ。

 

 だがそういう状況だからこそ、エースの気力はより漲る。流れる冷汗はそのまま、しかし向こう見ずな質はそれをニヤリと笑って拭い去り、自分たちを完全に敵と認めたカイドウへと立ち向かった。

 

 

「……つまりおれたちは、お前さえぶっ飛ばせばこの島を出られるってわけか」

 

「……ああ。なんならお前の部下共も逃がしてやる。戦いのハンデにはならねェが……少しはやる気になるだろう」

 

 

 と、カイドウがちらりと一瞬横眼を向けて指示をする。それを受け、ブラックマリアが後方から引っ立ててきたのは――身体と口を糸で縛られた、エースの仲間たちだった。

 すまないと眼で訴えかける彼らを一目。エースは僅かに目を見張ると無事を噛みしめるように瞑目し、それから再びカイドウへ、

 

 

「気前がいいな。だがそうなると、今度はこっちがもらい過ぎだろう。賭け金は釣り合いが取れてないといけねェ」

 

「何が言いてェ」

 

「簡単さ。おれが負けたら、一生お前の言いなりになってやるよ」

 

 

 今度はそんな、自ら身を投げ出すようなことを宣った。

 

 

「おれを部下にしたかったんだろう? ならちょうどいいはずだ。お前が勝てば、俺はお前のどんな命令にも絶対服従。これでどうだ?」

 

「『どうだ』って、エース!? 君、何を言っているんだよ!?」

 

 

 ヤマトの内はたちまち驚愕に支配される。カイドウや周囲、仲間たちも程度は違えど驚きを見せ、そんな中でエースだけは何でもなさそうに肩を竦めて言った。

 

 

「どのみち負けりゃ死ぬ。死んだらそれまでだ。だから何も変わりゃしねェよ」

 

「でも……!!」

 

「それに、結局のところ勝ちゃいいんだ。問題はねェ」

 

 

 前半は冗談、そして後半は本気の言葉なのだろう。エースの気迫にヤマトはそう悟り、そして諫める気力を失った。

 元よりエースはこういう人間なのだ。ならばもう、仕方ない。

 

 呆れ半分でヤマトがため息を吐くと、不思議なことに内に渦巻いていた“不安”も随分減っていた。

 そうして湧いた勇気を以って、ヤマトはカイドウに金棒を構える。そのカイドウもエースの答えにしばし口を閉ざしていたが、やがてふと吐き出した。

 

 

「……いけ好かない野郎だな、お前は」

 

 

 その口角が、ほんの僅かに持ち上がる。恐らくはヤマトくらいにしか気付けないほどのそんな小さな変化を伴いながら、カイドウはヤマトと、そしてエースを睨み、金棒を背に担いだ。

 

 

「いいだろう、賭けは成立だ。……来い!!」

 

「「ッ!!!」」

 

 

 ライブフロアに響く大声。ヤマトとエースは、二人同時に地を蹴った。

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