百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話   作:もちごめさん

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僕はおでんか ⑥

「【火拳】!!」

 

 

 飛び掛かり、直後エースがその拳に集った炎を放った。

 巨大な炎の拳がカイドウへと猛進する。その巨躯の数倍もの大きさの火球が迫り、そしてカイドウはそれに対して一歩も動かずただ金棒を横凪ぎに振るう。

 炎の拳は、ただそれだけの攻撃で容易に砕け散った。カイドウとエース、両者の間にある残酷なまでの力量差が故の結果だ。

 

 がしかし、その結果に息を呑んだのはエースではない。カイドウだった。

 

 

「――!!」

 

 

 カイドウの眼が四散した炎の欠片、その向こうから飛び出したヤマトを捉えた。

 つまり【火拳】は目くらまし。炎の拳を盾に一直線にカイドウへ接近したヤマトは、覇気と共にその勢いを己の金棒に注ぎ込んだ。

 

 

「【雷鳴八卦】!!」

 

「ぐぉ……!!」

 

 

 紫電がカイドウへ突き刺さり、その巨体を仰け反らせる。が、当然それでカイドウがダウンするはずもなく、すぐさまヤマトのものより数段巨大な金棒が反撃に唸りを上げた。

 振るわれる金棒は、直撃すれば十分致命傷に届く。しかしそれを前にして、ヤマトは避けようともしなかった。

 むしろ前に、カイドウにさらなる攻撃をと前に踏み出し、そして金棒がヤマトに振り下ろされる、その直前、

 

 

「【十字火】!!」

 

「ッぐ……!!」

 

 

 十字に交差させたエースの指から炎の光線が放たれた。

 それはほとんどカイドウへのダメージにはならないが、それでも着弾と同時に引き起こされた爆発は金棒の狙いを僅かにズラした。金棒はヤマトの服を掠めてすぐ隣の空を叩き潰し、衝撃を撒き散らす。

 そしてヤマトはその衝撃をも利用して、振り抜いた金棒を再び大きく振りかぶった。

 

 反撃の芽を潰し、絶え間なく攻撃を浴びせ続ける。それがカイドウに対抗するヤマトたちの、唯一の作戦だった。

 作戦としてはあまりに陳腐ではあれど、それ以外にやりようがないのだ。

 エースはもちろんヤマトも体力的に余裕があるとは言えず、その時点で長期戦は望むべくもない。加えて渾身の一撃でもカイドウの肉体に碌なダメージを入れられない以上、無理をしてでも二撃、三撃と重ねていくしか手立てがないのは自明だろう。

 

 戦端が切られたと同時、ヤマトとエースはお互いに言葉を交わすまでもなくそれを理解し、連携していた。故に、そこにミスはなかった。実際に締めて七発、ヤマト渾身の【雷鳴八卦】はカイドウの身を打ち据えたのだった。

 ――が、

 

 

「――小賢しいッ!!!」

 

「なッ――うわぁッ!!」

 

「ッ!! ヤマトッ!!」

 

 

 煩わしげに振られた腕の一振り。エースの【火拳】をそうしたように、ヤマトとエースの必殺の戦法は、それだけであっけなく瓦解した。

 風圧が飛び掛かるヤマトを押し返し、攻撃の雨に穴が開く。その光景にエースは歯噛みし、そして援護のために保っていた中距離を捨ててカイドウへと突撃した。

 

 気力を取り戻したとはいえヤマト以上に消耗しているエースの迫撃戦は心臓に悪くてならないが、状況が状況だ。カイドウに反撃に出られる方がずっと不味い。

 ヤマトは瞬時にそう呑み込んで、着地と同時にエースに続いてカイドウの下へ突っ込んだ。相も変わらずその場から動かないカイドウにエースは燃える拳を構えてほぼゼロ距離まで接近し、そしてヤマトもまた金棒に覇気を練り、そして二人同時にそれを撃ち放った。

 

 

「【火拳】!!!」

 

「【鳴鏑】!!!」

 

 

 二人の技はカイドウに直撃した。さっきの比ではない大爆発が周囲のギャラリーまでをも吹き飛ばす。

 

 

「……ヤマトの連撃と、今の同時攻撃。さすがに少しは効いただろ……!」

 

 

 と、爆発の勢いでヤマトの下まで位置を下げたエースが、消耗に息を弾ませながらそう言った。

 だがしかし、その声には同時に願望の色が強く滲み出ていた。その手応えから、エースもなんとなく感じ取ってしまったのだろう。

 そしてヤマトも、そんなエースの声に黙り込んでいるしかない。カイドウの強さを知る故に否定できず――実際、それは正しかった。

 

 

「……効きやしねェよ、こんな攻撃なんざ」

 

「……無傷、かよ……ッ!」

 

 

 炎の中から現れたカイドウは、血の一滴も流していない。まるで変わらず平然と立ち、鼻を鳴らしていた。

 その姿に、ヤマトは改めて実感する。本当にこのクソオヤジは、化け物染みた強さなのだと。

 

 

「覇気の強さは知ってたが……素の肉体だろ。どうなってやがるんだ、あいつの身体は……!」

 

「僕も不思議でしょうがないよ。あんな炎に焙られて火傷の一つもしないなんて」

 

 

 まさに最強生物。そう呼ばれるにふさわしい肉体だ。

 が、しかし。

 

 

「……でも、決して無敵の存在じゃない。僕らと同じ人間なんだから、倒せないなんてことはない……! 現におでんは、確かにあいつの身体を切り裂いた……!!」

 

 

 折れかける心を、ヤマトはそう勇気付ける。自身の身にも刻まれた、【桃源十拳】の刀傷。そのオリジナルであるおでん本人により残された、カイドウの右の脇腹に残るその証を睨みつけて。

 

 

「ああ、そうだ。おれは無敵じゃねェ。切られりゃ血は出るし……まぁ、死にもするだろう」

 

 

 ヤマトが睨むその傷痕を、カイドウの太い指がなぞるように撫でた。この傷がもう少しだけ深ければ、それは己の命に届いていたのだとでも言うように。

 

 しかし。その直後、「だが」とカイドウの声は続いた。

 

 

「これほどの一撃を、お前らが撃てるのか? ……不可能だ。おでんと比べりゃお前らの覇気は、あまりにも弱すぎる……!!」

 

「……覇気か。確かにそこに関しちゃ、お前の方が強いかもな。だがおれたちは二人で、そしておれには、メラメラの実の力がある……!! 覇気の差だけじゃ、戦いはまだわからねェぞ……!!」

 

「いいや、覇気が全てだ!!」

 

 

 カイドウに反発し、手に炎を灯してみせたエースだったが、しかしカイドウは一切の躊躇もなくそれを否定した。

 吠えた声はそれまで以上に確たる信念に満ちており、その迫力にエースも思わず口をつぐむ。そしてカイドウはその確信を、また射貫くような眼差しと共にヤマトへぶつけた。

 

 

「能力で小細工しようが、結局のところ戦闘の要は覇気だ!! 覇気の強さが足りねェからこそ、その威力はおでんのそれに届かねェ! 覇気こそが、全てを凌駕する……!!」

 

「覇気……!」

 

「ヤマト!! お前の覇気がそのまま(・・・・)である限り、何発重ねても何人束になっても、おれを倒すことはできねェぞ!!」

 

「ッ……!!」

 

 

 さあどうする、とでも詰められているような、そんな心地にヤマトは陥った。

 同時に諦めることを迫られているような心地でもあり、そしてその通り、今のこの状況がかなり危機的であることをヤマトは認めるしかなかった。

 

 このままではカイドウを倒せない。“自由(おでん)”になれず、それどころかエースの“自由”もが奪われてしまう。

 

 

「――やれるさ(・・・・)……!!」

 

 

 故に、どれだけ迫られようが――それでもヤマトは“諦め”へ背を向けた。

 

 

「僕の覇気が弱いなら、足りないのなら……! もっと強い覇気を込めればいい……!!」

 

 

 ヤマトは腕に、金棒に覇気を込める。だが今はそれでは終わらない。もっともっとと集中し、より強大に強力に、全身の覇気を練り上げる。

 限界以上の覇気を引き出さんと目を伏せ、集中するヤマト。その前に、言葉もなくエースが進み出た。

 おれが隙を作る。そこにお前の全力をぶちかませ。と心の中で通じ合い、そしてその声ならぬ声の通り、エースはその身に『これが最後』とばかりの全力を絞り尽くした炎を吐き出した。

 

 

「いくぞ、カイドウ……!! おれの炎が小細工かどうか、お前の身体に教えてやるよッ!!!」

 

 

 エースはカイドウに襲い掛かった。両足からジェット噴射のように炎を噴き出し、一気に加速。もはやヤマトでも捉えきれないほどのスピードで以って、カイドウへ炎の雨のような猛撃を浴びせかけた。

 

 炎の拳に弾丸に光線。己のスタミナなど考慮する気もない連撃が爆ぜる光と音が、絶え間なく辺りに響き渡る。

 それほどの、なりふり構わぬ攻撃った。が、しかしそれでもカイドウを翻弄するには至らない。

 当初はさすがに面食らった様子だったカイドウだが、しかしそのうちに慣れた(・・・)のか、反撃が飛び始めた。振るわれる金棒はまだエースの速さを捉えていないが、それも時間の問題。掠っただけでも今のエースには十二分に致命傷だろう。

 その未来に対する恐れは、当然ヤマトの精神を揺さぶった。今すぐに援護したい思いに身体が疼くが、しかしそれでも呑み込み、ヤマトはひたすらに覇気を練り続ける。

 

 エースを信じ、カイドウを倒せるレベルまで。あの肉体にも負けぬ、硬い鎧のような覇気を(・・・・・・・・・・)――と、そう堪えた。

 

 そして、やがてその決死の集中力は実を結ぶ。

 その時は、エースの炎が一際激しく燃え上がるのと同時に訪れた。

 

 

「【大炎戒――炎帝】……!!!」

 

 

 エースの周囲に広がる炎が集い、頭上に巨大な火球が現れる。ライブフロア全体を照らし、燃やし尽くさんばかりの熱を放つそれは、以前エースがカイドウと対峙した時にも使った技だ。

 ――が、

 

 

「見た技だな……!! そんなもんがおれに通じると思うか!?」

 

 

 それは既に一度、カイドウに破られた技でもある。それがエースにとって最強クラスの技であり、今の気力が威力を底上げしていようとも、その事実は変わらない。

 カイドウの言う通り、その火球だけでカイドウを揺るがし、隙を作り出すことは不可能だ。

 

 故に、荒く呼吸するエースはおもむろに、己の()に手をかけた。

 

 

「通じねェなら、通じさせりゃいい(・・・・・・・・)……!!」

 

 

 首に嵌められた鉄の枷。それまでずっと嵌められたままだった爆発首輪(・・・・)を、エースは炎と化した身体から引き抜いた。

 途端、ベルの音の爆発のカウントダウンが始まるが、もはやそんなものに意味はない。

 

 

「ずっと返してやりたかったんだ……!! 受け取れよカイドウ!!!」

 

「!!」

 

 

 火球と爆発首輪。エースは手のそれらを同時に、カイドウへと投擲した。

 直後、着弾したカイドウを中心にすさまじい大爆発が巻き起こった。三度目のそれは前回の爆発を優に上回る規模を吹き飛ばし、港への出入り口側にいた雑兵たちはそのほぼ全員が瓦礫と共に宙を舞った。

 

 だがやはりというべきか、カイドウはそれでも健在だった。エースの【炎帝】と爆発首輪の爆発を浴びてなお、倒れない。爆炎の中、両の足で立ったままだ。

 

 しかし、それでもその体勢は崩れていた。碌なダメージは入らず、倒れずとも、それは攻撃の影響を全く受けていないということを意味しない。爆発の威力は確かにカイドウの体幹を揺さぶって、燃える炎がその足元を無茶苦茶に破壊したことにより、その体勢は僅かではあれど崩されている。

 ほんの一瞬の、瞬きほどの間の隙だ。体勢を崩し、カイドウが無防備を強いられた、たったの一瞬。

 エースが全力を賭して生み出した、そのか細い光を、

 

 

「――行け、ヤマトッ!!!」

 

「ああッ!!!」

 

 

 ヤマトは間違いなく掴み取った。

 

 引き絞られた矢のように、ヤマトの身体が放たれた。その速度は矢どころかエースのジェット噴射をも凌駕するほどで、コンマ数秒ほどの時間もなく距離を詰める。

 奇しくもカイドウの言う通り、極限までの覇気を込めた故に成ったその神速を――ヤマトは金棒の柄を握りつぶさんばかりの力で握り締め、振り抜いた。

 

 

「【神速(しんそく)――白蛇駆(はくじゃく)】!!!」

 

 

 力、勢い、覇気共に、それはこれ以上ない一撃だった。同じことをもう一度やれと言われても、恐らくは不可能。エースの最大火力をも超える威力が、確かに発揮された。

 

 ――そのはずだったが、しかし。

 

 

「――ッ!!?」

 

 

 限界のさらに先、身体がはち切れんばかりの覇気を練り、込め放ったその一撃。それをカイドウは、真正面からその身一つで(・・・・・・・・・・・)受け止めていた(・・・・・・・)

 

 衝撃で爆炎が吹き飛び、さらにカイドウを押し込みはしたものの――しかしそれまで。さっきまでと何一つ変わらないカイドウの眼が己の肉体を打ったヤマトを見下ろして、やはりその身には血の一滴も出て(ダメージは与えられて)いない。

 ヤマトとエースの文字通りの全力は、それでもカイドウの肉体に敵わなかったのだ。

 

 

「……ふん」

 

 

 と、小さく鼻を鳴らす音。現実を突きつけられ愕然としていたヤマトがその音にびくりと背を跳ねさせ、頭上を見上げる。

 その時だった。

 

 

「――ッうわ……!!?」

 

 

 弾き飛ばされた。そう称するしかない感覚が、ヤマトの身を襲った。

 

 カイドウは動いていない。手も足も金棒も、筋肉の筋の一本すら動かしていない。にもかかわらず、ヤマトは弾き飛ばされた(・・・・・・・)

 続けざまにそんな状況に見舞われれば、ヤマトの頭が困惑で埋め尽くされるのも致し方ないこと。尻餅をつき唖然とカイドウを見上げるヤマトは、それ以外の何もできない。

 

 そんな息子を見下ろして、カイドウはまた鼻を鳴らすと、次いでよそ見――キングたちのほうに眼を向け、言った。

 

 

「……おいキング、クイーン。お前らは部下共を指揮してライブフロアの消火と掃除を始めさせろ。ジャックはエースの部下共を……そうだな、とりあえず元の牢屋にでもぶち込んでおけ。他の面子は解散だ。今度の騒動は、これで終わった」

 

「……ッおい、待てよ……!!」

 

 

 淡々と皆に指示を出すカイドウに、エースがハッと我に返り声を上げた。その身体はもう炎も覇気も残っていないが、それでも気力を振り絞って立ち上がり、立ち向かう。

 

 

「おれたちが勝ったら、仲間は開放する約束だろう……!! 勝負がつく前に、勝手なことしてるんじゃねェ……!!」

 

「勝負はついただろう。お前らの全力を尽くした攻撃は、おれには通じなかった。……おれを切った【桃源十拳】にゃ及びもしねェ。結局、お前らはおでんにはなれなかった。それが全てだ」

 

「……おでん、には……ッ!」

 

 

 “おでん”。その言葉が、ヤマトのなけなしの誇りを刺激した。金棒を支えにどうにか立ち上がる。

 

 が、しかしカイドウの言葉は紛れもない事実だ。今のヤマトの一撃がおでんのそれにほど遠いことは、カイドウの肉体が証明してしまっている。

 故に、黙っていられず前に出たヤマトの言葉は、その誇りに反して言い訳染みたものにしかならなかった。

 

 

「それはッ……し、仕方ないだろう!? ジャックと違って、僕には刀の才能がなかったんだから……!」

 

「そうじゃねェ……! 言っただろう、覇気の話だ! 事実、ジャックの【桃源十拳】もそこが足りてねェからお前は死なずに済んだ!」

 

 

 ヤマトの気弱な反発に、カイドウの語気が徐々に上がっていった。覇気で気配を感じ取っていたのかジャックを例に挙げながら、舌打ちでもするようにさらに続ける。

 

 

「上っ面の覇気をいくら高めても、そんなもんに意味はねェ!! そんな事にも気付かねェようじゃおれを倒すなんて出来っこねェぞ、ヤマト……!! 今のお前の覇気には、おでんの覇気の片鱗もありゃしねェ……!!」

 

「ッ……おでんの覇気を、マネしろって……!? そんなの……それこそできるわけがないだろう!? お前と違って、僕はおでんが戦う姿を見たわけじゃないんだ!! 見たことがないものを真似ろだなんて、そんなこと――」

 

「できねェわけがねェッ!!!」

 

 

 ヤマトの声を遮り、響いた怒声は一際大きなものだった。ライブフロア内で反響した振動が燃え盛る建物の一部を崩壊させてしまうほどで、ヤマトも思わず身を跳ねさせる。

 そんなヤマトに、カイドウはギリと歯ぎしりの音を鳴らした後、溢れる怒りを呑み込むように深く息を吐き出した。そしてその後、手の金棒を握り直すと――ゆらりとそれを持ち上げる。

 

 

「……いいか、ヤマト」

 

 

 それまでになかった鋭い眼差しが、ヤマトを捉えた。

 

 

「これが最後のチャンスだ……!!」

 

 

 攻勢。これまでずっと己からは手を出さず守勢に甘んじていたカイドウが見せた、初めての攻撃態勢。それをヤマトが悟り、身を凍らせたその直後。

 

 

「ッ――!!?」

 

 

 それまでのエースやヤマトの最高速すら上回るほどのスピードで疾駆したカイドウが、金棒の一撃をヤマトへと――飛ばされた殺気で咄嗟に構えたヤマトの金棒へと、振り抜いた。

 

 その結果は、言わずもがなだ。同じ金棒同士であれど、そのサイズと内包された力の大きさはまるで異なる。ヤマトがその威力を受け止め切れるはずがなく、当然、ヤマトは吹き飛ばされた。

 そこに何かが介在する余地はない。ヤマトとカイドウの力の差はそれほどに歴然として、覆しようがないものだ。

 

 だからこそ、ヤマトの眼にはその異常がはっきり映った。

 唐突に攻勢を受け、“受け”に集中せざるを得なかったことも大きいだろう。ともかくヤマトは互いの金棒がぶつかり合うその一瞬、それ(・・)を直に目撃することとなった。

 

(――!? 今、金棒が――)

 

 ぶつかり合っていなかった(・・・・・・・・・・・・)

 

 金棒と金棒が触れていない。カイドウの金棒に何か見えないものがまとわりつき、押し返しているようで、何もない空を挟んで金属同士がぶつかり合う金音も響かなかった。

 それはついさっき、カイドウが指の一本も動かさずヤマトの攻撃を弾いてみせた現象と酷似したものであるようにヤマトは感じた。故に驚愕が既視感を通じて和らいで、頭は止まらず回り続ける。

 

 

「――ッ!! ヤマト!!」

 

「退け!! お前に用はねェ!!」

 

 

 その間にも、カイドウは吹き飛ばしたヤマトを追ってさらに突進していた。一瞬遅れてエースがヤマトのフォローに走るも、その消耗もあってあえなく無視され弾き飛ばされる。

 だがおかげでカイドウの勢いは僅かに緩んだ。

 引き起こされる焦燥は理性的に押し留め、ヤマトは金棒を床に突き立て吹き飛ぶ身体にブレーキをかけると、返す刀でカイドウを迎え撃つ。

 

 

「ぐぅッ……!! や、やっぱり……ッ!!」

 

 

 地に足を突き身構えて、ヤマトは今度こそ辛うじてカイドウの金棒を受け止めることに成功した。

 そして再び、今度は一瞬でなく視界に収め、確信する。

 やはり金棒は触れていない。カイドウの金棒に流れる何か(・・)が、ヤマトの金棒を受け止め押し返そうとしているのだ。

 

 

「ッぐあッ……!!」

 

 

 と同時、カイドウの力を受け止め続ける身体に限界が訪れ、またもヤマトは吹き飛ばされる。今度は受け身が取れ得ずに床を転がり、そしてどうにか止まって金棒を支えに身を起こした。

 

 その時だった。

 

 

「……ワノ国が数百年間鎖国国家であり続けられた理由の一つは、侍どもが特殊な覇気を使いこなしていたからだ」

 

 

 カイドウが佇んだまま、不意に語った。いきなり何をとヤマトが怪訝を浮かべる中、話は続く。

 

 

「だがそれは侍以外には使えない特殊能力とか、そういう特別なもんじゃねェ。あくまで武装色の覇気の高等技術というだけのこと。……覇気を身体に込めるのではなく、拳や得物に流して使う……ワノ国じゃ【流桜(りゅうおう)】だとか呼ばれる、ただの技だ」

 

「……!」

 

 

 ふとヤマトは思い出す。かつて大名たちが名前だけ語ってくれた、武装色のさらに先。

 カイドウが語っているのはまさにそれだった。

 

 

「覇気と同じく、鍛えりゃ誰にでも使える。おれもガキの頃乗ってた船で、死にかけながら覚えたもんだ」

 

 

 そしてつまり、今カイドウが使ってみせた“触れない覇気”がその【流桜】。見て、盗んで覚えろと、カイドウはヤマトにそう言っているのだ。

 

 自覚して、途端、ヤマトの内に場違いな熱が滲み出てきた。【流桜】のことよりもむしろそっちに動揺しながら、ヤマトはそれを押し隠して金棒を構える。

 

 

「……知ってるよ。大名に習ったから……!!」

 

「そうか。……なら、習ったもんを見せてみろ、ヤマト……!!」

 

 

 ヤマトとカイドウは、二人同時に地を蹴った。

 覇気を込めるのではなく、流す。【流桜】を意識し振るったヤマトの最初の一撃は、やはりというか成功には至らなかった。いつもの【武装色】がカイドウの金棒を打ち据えて、するとカイドウはこれ見よがしに流れる覇気によってヤマトの金棒を弾き飛ばす。

 打ちかかって失敗し、カイドウに【流桜】を見せつけられて、そして意趣返しの想いで見せつけられたそれを真似、やはりカイドウに弾かれる。

 そんなことが何回も繰り返された。回を重ねるごとに少しずつヤマトは“覇気を流す”という感覚に近付いて、模倣の精度も上がっていく。

 

 そしてその度、ヤマトは胸に押し寄せる温かな熱をどんどん無視できなくなっていった。

 その“温かさ”は、ついさっきまでのヤマトであれば躍起になって否定していただろう。だがもはや、今のヤマトは添えに対し、何の悪感情も抱くことができない。

 この戦い――否、カイドウとの稽古は、否定のしようもなく多幸感をヤマトへと与えていた。

 

 認める以外になかった。“情”という、小紫が言ったその単語。――親子の縁とはこれのことを言っていたのだと。

 そして同時にヤマトは納得する。確かにこれは断ち切れない。捨て難い。

 これはヤマトにとって、あまりに当たり前のものだったのだ(・・・・・・・・・・・・)

 例えるなら自分の顔や名前、金棒に、己がおでんであるという自負。それらと同じくらいにあって当たり前の縁であり、故にその存在を意識することはない。

 意識せずとも傍にあるものであるからこそ温かく、そしてだからこそその縁は捨て難い。ヤマトに海に出るという考えがなく、そして“自由”に、全てを捨て去ることに不安を覚えたのも、全ては根底にこの想いがあったからこそだ。

 尊敬するおでんを殺し、日和から名を奪い、ヤマトを鬼ヶ島に軟禁しても――しかしそれでも、カイドウはヤマトの父親なのである。

 

 ヤマトはそう、事実を認めた。カイドウと“家族”という縁で繋がっていることを受け入れて、そしてそれ故に考えが行き着いた。

 この縁に甘んじれば、ヤマトが行き着くのはカイドウにとってのおでん(侍のおでん)だ、と。

 それだけではない。小紫のように呑み込めばそれは小紫にとってのおでん(将軍のおでん)であり、エースに引かれるまま行けばそれはエースにとってのおでん(海賊のおでん)でしかない。

 

 誰かに寄りかかれば、それは誰かの“おでん()”にしかならない。それは決してヤマトの“おでん()”にはならないのだ。

 だからこそ、ヤマトは言う。

 

 

「……僕は、“おでん()”だ……!!」

 

「……!!」

 

 

 ヤマトは“おでん(自由)”をはき違えていた。

 身にまとわりつく“鎖”を断ち切り、身一つで海に出ることこそが“自由”だと、そう信じていた。がしかし、そうではない。

 意に反して断ち切るならば、それは同時に新たな“鎖”に繋がれるのと同義であるのだ。

 縁は柵。されどしかし、必ずしも断ち切らねばならないものではない。おでんだからと、ヤマトにとってのカイドウが不倶戴天の敵であらねばならない道理はない。

 

 そういう“誰かが敷いた道”ではなく、自分自身で進む道を決めること。それこそが、真なる“おでん(自由)”だ。

 

 カイドウにとってのおでん(侍のおでん)小紫にとってのおでん(将軍のおでん)エースにとってのおでん(海賊のおでん)も、全て抱えてただ前へ進めばいい。

 ジャックもブラックマリアも小紫もうるティもページワンも、皆どこまでも仲間だと決めたように。

 

 

「――ならその覚悟を見せてみろ、ヤマトォッ!!!」

 

「ああ……!! 見せてやる、カイドウッ!!!」

 

 

 カイドウが纏う覇気の圧が、爆発的に強くなる。しかしその、実に楽しそうな戦意を見たヤマトはもう臆さない。

 自分のために、前へと踏み出す。おでんになるのではなく、おでんのように生きるのだと、そんな意志が金棒を強く握り――

 そしてその手が、とうとう覇気の流れ(・・)を掴み取った。

 

 

「【大威徳(だいいとく)】――!!」

 

 

 ヤマトの腕に、金棒に覇気が流れる。それまでとはまるで異なる規模の紫電が、その余波で周囲を吹き飛ばすほどに迸る。

 カイドウはその光景に僅かに口角を持ち上げて、そして。

 

 

「――【雷鳴八卦】ッッ!!!」

 

 

 ヤマトの【流桜】は、その覚悟と共にカイドウの身体を撃ち抜いた。

 

 それまで膝をつくこともなかった巨体が吹き飛んだ。奥の建物、その上階を突き破り、天井の岩のドームにまでめり込むと、やがて重力に従い落ちてくる。

 落下は地響きすら引き起こした。床板は陥没し、その瓦礫に半ば埋もれるようにして倒れる首領。周囲の雑兵たちはおっかなびっくりに近寄って、唖然としたまま声をかけた。

 

 

「……か、カイドウ総督……?」

 

「………」

 

 

 しかし返事はない。投げ出された巨大な両手足はピクリとも動かず、静寂を保ったまま。

 何一つ反応はなく、それを認めて数秒後。理解した雑兵たちが、一斉に狂乱した。

 

 

「「「「「え、ええええぇぇぇーーーーー!!!? か、カイドウ総督が、やられたああああぁぁぁーーーーーッッ!!!?」」」」」

 

 

 最強無敵のカイドウの敗北。――無論死んではいないだろうが、それでもカイドウの強さを信奉している百獣海賊団の者たちにとって、敗北は青天の霹靂だ。

 パニックが起こるのは必然。そしてそんな状況は、ヤマトたちには好都合。

 

 

「ヤマト……!!」

 

「ああ……!!」

 

 

 エースの呼びかけにヤマトは振り向く。見やれば混乱に乗じて伸びたエースの炎が、囚われの身にあった仲間たちの拘束を焼き切っていた。

 カイドウを倒し、仲間も取り戻した。ならばこれ以上ここに留まる理由は、ない。

 故にヤマトは頷いた。頷いて――そして、ひとりでに眼が、そっち(・・・)を見つめる。

 

 ジャック、ブラックマリア、小紫。そしてうるティとページワン。皆、同じくヤマトの方を見つめていた。その表情は様々だったが、その視線に宿るものは、やはりなおも変わっていない。

 確かめて、そしてヤマトは口元に笑みを浮かべた。離れても変わらぬ友たちへ、口は結んで手を振ってから、彼らそれぞれのらしい反応を噛みしめて、背を向ける。

 そうして得た力を以って、ヤマトは疲弊した身体に鞭を入れた。

 

 

「行こう、海へ……!!」

 

「……いいのか、ヤマト」

 

 

 対して、エースが尋ねる。ヤマトを海に連れ出すことが正しいことなのかわからないと言った彼は、その時以上に深い皺を眉間に刻んでいた。

 親子の繋がりに対するエースの思案は、解決するどころかより深くなったらしい。が、それでもヤマトの決意は、エースの迷いを吹き飛ばした。

 

 

「いいんだ! “鎖”は、このまま一緒に持っていく……! それが僕の“おでん”だから!」

 

「そうか……!」

 

 

 エースは一つ息を呑みこみ、頷いた。そして集った仲間たちへ、船長として号令をかける。

 

 

「よし……野郎ども、撤収だ!! 大急ぎで船を出すぞ!!」

 

「「「「「おう……!!」」」」」

 

 

 仲間たちも応え、ヤマトたちは港へと走り出した。

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