百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話 作:もちごめさん
おでんになるのだという決意表明の後、キングにその場を追い出されたヤマトは、希望通り一振りの刀を与えられていた。
ただし、それは名刀には程遠い数打ちの一本だ。これで修行に励めと、そんな言葉と共に送られた品である。
どうせならおでんが持っていた『閻魔』や『天羽切々』のような業物が欲しかったとこっそり不満で頬を膨らませたヤマトだったが、しかし同時に、自分にはまだそんな資格もないことはわかっていた。
そんな立派な刀を持てるほど今の自分はおでんでも侍でもないし、それに何より、ヤマトは刀に関して完膚なきまでの素人なのだ。
これまで握った武器といえば父親であるカイドウとおそろいの金棒くらいで、刀どころか、刀剣の類には一度も触れたことすらない。何なら本来は竹刀の素振りから始めるべき段階で、数打ちとはいえ真剣を持つことすら不相応なくらいだったのだが――まあそこはきれいな武術とは縁遠い海賊団故の思考。
本物の刃を初心者用の入門道具として、そうしてヤマトは鬼ヶ島の外周、いつ建てられたとも知れないお堂を道場代わりにし、侍の象徴たる刀を抜いて意気揚々と修行を開始したのだった。
――が、しかし。
「……あ、あれぇ……? おかしいなぁ……」
その一歩目で、ヤマトは見事に躓くことになる。
刀を鞘から抜き放ち、構えた時点でそれは判明した。刀が、妙に手に馴染まない。
気のせいとかぶりを振って修行を強行したが、その感覚は変わらなかった。いや、むしろ強まり、はっきりしたと言えるだろう。
まず、一振り目で刀が手からすっぽ抜けた。
まあそんなこともあるよねと頬を染めながら握り直し、振り下ろした二振り目は、狙ったはずの巻藁を大きく外れて床に突き刺さる。
そしてますます茹る顔のまま、三度目の正直と意気込み踏み込んだ大上段は――天井の梁に食い込んで振り下ろされることすらないという始末。
おでんのような強い侍になるとか、そういう以前の問題だった。
梁などに刀を取り上げられてしまうような有様では、さすがのヤマトも認める他ない。金棒の扱いに関しては随一の才を持つ父親の血は、どうやら刀には対応していないようだと。
ありていに言って、刀の才能がない。このまま遮二無二修行を繰り返しても、何も進歩はないだろうことは明らかだった。
だから、もはや刀は諦める他ない――とは、もちろんならない。
なんといっても刀は侍の象徴だ。おでんは両手に刀を持つ二刀流であったし、その配下である赤鞘九人男たちもみんな刀を差していた。
ヤマトからしてみれば、刀は侍の必須条件の一つであるのだ。故に偉大な侍、おでんになるために、ヤマトの頭は次なる手段を模索する。
そう、自力での修行が不可能ならば、誰かに頼んで修行をつけてもらえばいいのだ。
幸いなことに、ヤマトの生家は海賊家業。戦闘技能を持つ人間はごまんといる。刀使いに限っても、キングを筆頭により取り見取りだ。
そのほとんどは今カイドウと共に反乱の制圧に向かっているが、そもそもからして百獣海賊団という組織が巨大故に、居残り組だけでも候補者の数は十分すぎるほど。そして組織のトップの娘の頼みであれば、誰もが喜んで協力してくれることだろう。
刀の扱いを学ぶだけなら、ヤマトの境遇は実に恵まれたものなのである。
「でも……どうせなら海賊じゃなくて、お侍さんに師匠になってほしいなぁ」
だがしかし、ヤマトは別に刀の扱いが上手くなりたいわけではない。侍に、ひいてはおでんになりたいのだ。
ならば海賊の剣ではなく侍の刀を学びたいというのが人情であるし、なによりそうするべきだ。それがおでんに至る最短経路であるのだから。
が、しかし。肝心要の、師匠になってくれる侍の当てがない。
理由は単純で、ワノ国中の侍の尊敬を一身に集めていたおでんをカイドウが殺してしまったからだ。
主君の仇の娘を鍛えようという者がそうそういるはずもないし、下手をすれば指導ではなく暗殺の刀が振り下ろされるであろうことも想像に難くない。カイドウの息子など、侍からすれば憎しみ以外の感情はないだろう。
自分が侍たちに憎まれていることは、ヤマトにもわかっていた。
だがそれでもヤマトは理想の師匠を諦めることができなかった。元よりカイドウに詰められたところで些かも薄れなかったほど侍に憧れるその思いは強く、不可能だ、という程度で諦めがつくほどヤマトは大人でもない。
しかし一方、その不可能を可能に変えることができる頭脳も、ヤマトは持っていなかった。故にうんうん唸って散々考え抜いた末、ヤマトの頭に浮かんできたものは何もなく、手詰まりにため息を吐き出すばかり。
結局、藁にも縋る思いで傍の人間に尋ねる以外のことはできなかった。
「……ねえ、きみは何か思いつかない? ぼくがお侍さんに刀を教えてもらえるようになる方法」
「えっ? さ、侍に修行をつけてほしいってことですか?」
ヤマトがそう助言を求めたのは、ヤマトの修行のお目付け役を申し付けられていた男だった。
それまでずっと微笑ましい修行風景をニマニマしながら眺めていた男は突然の問いかけと、そして内容の無茶ぶり加減に眼を剥いた。そのまましばし絶句したが、ヤマトの無言の催促の急かされて、急いで思考を巡らせる。
「う、ううん……生憎、思いつきませんねェ。なにしろほら、時勢が時勢なもんで」
が、やはり当然、彼の頭にも考えは浮かんでこなかった。
落胆するヤマト。わかっていたことだったが一縷の望みも絶たれてしまってはショックは免れ得ない。遠ざかる侍への道に、がっくりと肩を落とした。
「ま、まあまあ坊ちゃん、ワノ国ったって広いですから、探せばどっかにはそういうやつもいるかもしれませんし……あ、そうだ! 今回の侍共の反乱、腕のいいやつは捕まえて仲間に引き入れるって話ですよ! うまく言えば、師匠用に一人寄こしてもらえたり――」
「そんなのダメに決まってるだろ! 無理矢理やらせるなんてかわいそうだし、そもそもぼくはお侍さんたちをやっつけるって話も大反対なんだからな!」
「うっ……そ、そうっすか……」
落ち込むヤマトに男が慌てて話を繋ぐが、しかしそれは地雷だった。
侍の反乱の鎮圧。それはもちろん、侍に憧れるヤマトにとって見過ごせない出来事だ。
だがカイドウたちの蛮行を阻止したいと、侍たちに加勢したいと思っていても、弱いヤマトにできることは何もない。あの時、カイドウやおでんの真意を知った今となっては尚のこと何も言えず、歯がゆい思いを必死にこらえているのが現状なのである。
「だから、きちんとお侍さんに教えてもらって、早く強い侍にならなきゃいけないのに……!」
故に男の物言いはヤマトの苛立ちを刺激した。そして怒りを向けられて、男も慌てふためくことになる。
ヤマトを怒らせたという話が変に伝われば、あるいは自分も処分されるかもしれない。そんな恐怖心のままに、男は全力でヤマトのご機嫌取りの方向へと頭を回し始めた。
「そ、そう気を落とさないでくだせェ、ヤマト坊ちゃん! 坊ちゃんなら師匠なんぞいなくても、すぐに強くなれますって! なにせカイドウ様の血筋ですからね! 金棒の扱いだって、あっという間にモノにしちまっていたんだし――ぶへっ!?」
「それはぼくに元々金棒の才能があっただけ! 刀の才能は全然なかったんだ! きみだって見てたんだから、わかるだろ!?」
保身を目指して愛想笑いを浮かべた男は、残念ながら少々言葉を間違えた。それまでの苛立ちの分も含め、若干顔を赤くしたヤマトから金棒の一撃が飛ぶ。
「……金棒の時みたいに一人で修行したって、上手くなれるわけがないじゃないか。おでんみたいに強くなんて、このままじゃ、いつまでたっても……」
「っだ、大丈夫! 大丈夫ですよヤマト坊ちゃん!」
大きなタンコブを作った男がバッと勢いよく顔を上げ、言い募る。生き延びるためならこれくらいの痛みは何のそのと、さらに続けて聞こえのいい励ましを並べ立てた。
「別に修行と師匠だけが強くなるための手段ってわけでもねェんですから! もしこの先、侍の師匠が見つからなかったとしても、きっと――ごふぇっ!?」
「だから、お侍さんに教えてもらわないでどうやってお侍さんの刀を覚えるんだよ! ……ねぇ、きみさっきから適当に言ってるでしょ。ぼくの気も知らないでさぁ!」
だが二撃目。男のタンコブが雪だるまになり、顔が床板にめり込んだ。
しかも二連続の失敗は、ヤマトに男の邪心を悟らせることにもなった。となればヤマトの中に僅かとはいえ存在した男への信頼も完全に消え去ることになり、その結果、ヤマトはもう男を見限ることに決めた。
これ以上、男の話に付き合っても無駄だ。もしかしたら何かが出て来るのかもと、縋った藁の未練くらいの思いはあったが、それすら切れた今となってはもう本当に何もない。
だからヤマトは梁に食い込んだ刀を回収し、とにかくその場を後にしようとした。男の存在は、もはやヤマトを苛立たせるだけだった。
「ま、待ってくだせェ坊ちゃん! 適当じゃねェです! ちゃんとありますから、修行と師匠以外に強くなる方法!」
がしかし、その一歩を踏み出す前に、またも男が覚醒した。床から顔を引っこ抜き、ふらふらしながら身を起こす。
そして――金棒に二度も殴打されたせいでまともに働かない頭のまま、男はそれを口にしてしまった。
「実戦ですよ! 戦うんです! 事実、カイドウ様も常在戦場で力をつけてきたお方ですし。おれだって、戦争しながら周りの奴らの見よう見まねで戦い方を覚えたクチですからね!」
「戦場……?」
ヤマトの眼に、光明が映った。
心に引っ掛かったその単語の可能性。ヤマトは導かれるまま振り向いて、しかし殴打の衝撃から抜け出せない男の脳味噌はその目の輝きに気付かない。
「戦場って……それって、今お父さんが行ってるお侍さんの反乱みたいな……?」
「え? ええ、そうですそうです! きっと今も、おれみたいなやつらが侍と戦いながら……うん?」
気付かない――もとい、気付いた。遅れて男の脳味噌は、その機能を回復する。
が、もはやそれは遅かった。
「そっか……! 戦場でなら、お侍さんの刀も戦いも見放題だ! 師匠が欲しいなんて言ってないで、こっちから出向いたらいいだけの事だったんだ!」
「……………えっ」
ヤマトの足を戦場へと向けてしまった。男が、その言葉で以って、組織のトップの息子をその気にさせてしまったのだ。
ヤマトが変なことを言わなければ――だとか、もはやそんなレベルの話ではない。
男はたちまち、青い顔で大声を張り上げた。
「ま、ままま、待ってくださいヤマト坊ちゃん!? まさか今から反乱の戦場に向かうだなんて、そんな事はおっしゃいませんよね!? 危ないですし、それに侍と戦う気はねェんでしたよね!?」
「そりゃあお侍さんと戦ったりはしないよ。ちゃんとわかってるもん。……でも、うちの兵隊と戦うところを見ることはできるでしょ? なら、それを見てマネして覚えられるかも!」
技を見て盗む、というわけだ。侍の技を盗むなどという行為は当然ヤマトの心に引っ掛かったが、しかし背に腹は代えられない。
早くおでんになるために、心のささくれを無視することを決めたヤマトは、そのまま足を港の方へと向けた。
「だ、ダメですよ坊ちゃん! お願いですから……そんなことされちまったら、おれがカイドウ様に殺されちまう……!!」
「大丈夫、ぼくがちゃんと言っておくから! 強くなる方法を考え出してくれた恩人だしね!」
「そ、そうはいっても――」
「それでも邪魔するって言うなら……容赦しないよ! うりゃあッ!!」
「ほげぇええーーーーーっ!!」
身を挺して立ち塞がった男も、三度も金棒を食らってはさすがに立ち上がれない。
そうして男を、今度は頭だけ残して床に打ち込んだヤマトは、侍の戦いを夢想しながら港へと向かった。
港は、平時とは比べ物にならないほど騒々しく稼働していた。
ひしめく人や物資のほとんどは、今現在繰り広げられている侍の反乱鎮圧のために動いている。ひっきりなしに出入りする船はどれもワノ国との間の直通便であり、ヤマトを望み通り戦場へと連れて行ってくれるものだった。
が、普通に乗せてくれと言っても追い返されることは明白だ。
ボロボロになりながらヤマトを引き留めたお目付け役の男のように、誰もが必死に止めようとするだろう。押し退け無理矢理乗り込んだところで、船を出してくれるはずもない。
故に、方法は一つ。密航以外になかった。
幼く小さな身体を生かし、医薬品の詰まった木箱の中に己の身体を滑り込ませる。
人でごった返しているとはいえそれが見つからなかったのは、初犯ではなかったからだ。
以前、おでんの処刑を見に行く時も、ヤマトは同じ方法で海を渡っている。二度目となるその手際は鮮やかで、そうして目論見通り、ヤマトは誰にも気付かれることなく医薬品と一緒にワノ国の荒海に揺られることになった。
ほどなく到着し、船から降ろされると、今度は荷車か何かに載せられて運ばれた。周囲に荒々しい百獣兵たちの鬨の声を伴って、ヤマトの中の戦場への期待がどんどん強くなっていく。
もう少しでとうとう本物の侍の戦いが見られると、戦場に到着するその時を木箱の中でひっそりワクワクしながら待ちわびて――
そしてその時は、ひどく唐突に訪れた。
「――んぎゅっ……!」
順調にガタゴトと進んでいたはずの荷車が、何の前触れもなく突然ピタリと停止した。慣性がヤマトの身体を木箱の壁に押し付けて、漏れ出た声と相席していた医薬品のビンががちゃんと小さからぬ音を立てる。
百獣海賊団には粗暴な者が多いのは事実だが、割れ物くらいはもう少し慎重に扱うべきではないか。不満を心の中で呟きつつ、ともかく到着したのかと、ヤマトは外の様子を窺うためにこっそり木箱を押し上げた。
それと、同時。
「ぎゃああああーーーーー!!」
「うわッ――!?」
横殴りにされるような衝撃がヤマトを襲った。そして、野太い悲鳴。
ヤマトと物資を運ぶ荷車の周りを囲んでいた百獣兵の一人の声が、その身体と一緒にヤマトが潜む木箱に吹き飛んできたのだ。
木箱は荷車もろとも押し潰されることになり、中のヤマトも他の物資と共に百獣兵の下敷きにされてしまう。
百獣兵は中々の巨体であり、その重さは息が苦しくなるほどだった。ヤマトは反射的にそれをどけようとして、しかし寸前に自分が密航者であることを思い出す。
見つかれば、きっと連れ戻されてしまうだろう。顔を出すわけにはいかない。とはいえしかし、このまま隠れていても当の百獣兵に気付かれておしまいだ。
果たしてどうするべきなのか。咄嗟に判断がつくはずもなく、ヤマトはただ息苦しさを抱えたまま思考停止に陥ることになったのだった。
だが、それがよかった。気配を殺したヤマトの存在は、百獣兵たちはもちろん、
「って、てめェら……!! 不意打ちたァ、随分卑怯なことしてくれるじゃねェか、お侍さんたちよぉ!!」
「貴様らが卑怯を語るか……百獣海賊団!! 釜茹でに耐えれば解放してやるなどと言いながら、その約束すら裏切りおでんさまを殺した貴様らが……よくも言えたものだな!!」
百獣兵と、それに対する侍の声だった。
途端、ヤマトは我に返った。夢にまで見た本物の侍なのだ。興奮しないわけがない。
心の内にワクワクと疼きが蘇り、それに急かされたヤマトの腕がのしかかる百獣兵の身体を押し上げ、視界を確保する。
そして念願だった、侍たちの姿を捉え――
「我らワノ国の侍は、貴様ら百獣海賊団を決して許さぬ……!! もはや正々堂々も何もない。おでん様のため、ワノ国のため……侍の誇りを捨て去ることになろうとも、貴様ら百獣海賊団だけは、末端に至るまで須らく切り捨てるッ!!!」
彼らの暗く燃え盛る激情の眼と表情を認めた、その瞬間。
ヤマトは己の全身が一瞬のうちに臓腑の底まで凍り付いたような、そんな感覚を叩きつけられることになったのだった。
「皆殺しだ!!! かかれェッ!!!」
「迎え撃て、百獣海賊団ッ!!! 大口叩く侍共に、てめェらの立場ってもんをわからせてやれ!!!」
おおッ!! と、混ざり合った鬨の声と剣戟の鋭い音が、たちまちのうちに辺り一帯を埋め尽くした。
そして同時に、ヤマトはその場を逃げ出した。
覆いかぶさっていた百獣兵の――死体を、突き飛ばすように押し退け、ただただ無我夢中で足を動かし、その戦場から少しでも遠くにとひた走る。
数舜前まで内心を満たしていたワクワクは、跡形もなく吹き飛ばされてしまっていた。代わりに頭の中を満たし、身体を動かしているのは、恐怖だ。
侍への恐れだった。彼らが全身から放つ尋常ならざる気迫が、侍に憧れていたはずのヤマトの心をも叩き折り、無我夢中の逃走を強いている。
彼らは敵も味方もヤマトの存在に気付かなかっただろうが、それでも到底足を止める気にはならないくらい、彼らの放つ殺気が恐ろしかったのだ。
覚悟はできていたはずだった。侍がヤマトたち百獣海賊団を憎んでいることはわかっていたし、刀を向けられることもわかっていた。
だが、実際に向けられたそれはヤマトが想像していたものとまるで違っていた。その度合いも――そして、性質も。
向き合うことなどできなかった。訳も分からずパニックに陥った。故にヤマトは逃げた末、どこかも定かでない街中の路地の陰で、ただ息をひそめてじっとしていることしかできなかったのだった。
そしてその時、震えるばかりのヤマトの下に、怒声のような叫び声が轟いた。
「――おい、お前!! ちょっと待て!!」
「ッ――!!」
ヤマトの心臓が飛び跳ねた。隠れていることがバレたのかと、殺したはずの息が制御を外れて荒くなる。
が、それは杞憂だった。怒声はヤマトを見つけたわけではない。
また別人の大声が、競うように怒鳴り返した。
「止めるな!! 向こうで大名様方がカイドウと戦ってるんだ!! 加勢に行かねぇと……!!」
「いや、駄目だ行くな!! おれたちは町中に散らばってる百獣海賊団の連中を叩こう!!」
「なぜだ!? カイドウと戦う人間は一人でも多い方がいい!! ……まさか、ビビってるんじゃねぇだろうな!? お前、それでも侍か!?」
どうやら二人は侍であるようだった。
おかげで縮こまったヤマトの身にまた恐怖心が流れ込むが、しかし出てきた二つの単語に踏み止まる。
己が父カイドウと、それと戦う大名たち。大名とは、要するに侍の中でも特に誇り高く立派な、侍の中の侍のことである。
ヤマトの憧れのど真ん中だ。そしてそんな存在が、どうやら近くにいる様子。その事実から生み出される高揚感は、ヤマトの心を満たそうとする恐怖心をも押し退けるほどのものだった。
おかげでヤマトの身を蝕んでいたパニックは解きほぐされ、ぎこちなくではあるものの、動いた身体が恐る恐るに声の方、目抜き通りを覗き込む。
そこではやはり、通りを進もうと勇む侍と、反対にその腕を掴み引き止める侍の二人が対峙し、怒鳴り声をぶつけ合っていた。
「いいから落ち着け!! ……カイドウをこの手で打ち取りたいという気持ちはわかる。だが、敵はカイドウ一人だけではないんだ……! 百獣海賊団そのものを討ち果たさねば、この戦は終わらない!!」
「それでも、カイドウを倒さなけりゃ何も始まらねぇだろう!? ……もういい、そこをどけ!! おれは誰が何を言おうとも、大名様方のためにも――」
「その大名様方が、これ以上の加勢は不要だとおっしゃったんだ!!」
「ッ!?」
語調の荒い侍が怒声と共に掴まれた腕を振りほどこうとして、しかしさらに大きな怒声が響き、それを止める。
止めた方の侍は、無念そうに顔を歪めた。
「……おれたちの腕では、大名様方の邪魔になってしまう。わかるだろう。……おれとて無念だ。だが、この戦に勝つためには……」
「……もういい。皆まで言うな、わかったよ。……仕方がねぇ、百獣の畜生退治で我慢してやるよ」
「……ああ。できることをやろう」
二人はそう息を吐き出すと、走って通りを戻っていってしまった。
その眼には、やはり怖気の走る黒い炎を滾らせて。
見送るヤマトもぶるりと震えることになった。がしかし、さっきとは違ってパニックを解きほぐされた身体が恐怖に駆られて逃げ出したりすることはない。
むしろ頭の方では高揚感に引っ張られ、当初の“期待”が息を吹き返しつつあった。
カイドウと、侍の中の侍である大名の戦い。見て学ぶために、これ以上の教材はないだろう。
もちろん危険だ。それはわかっているし、侍に対して生じてしまった恐怖心も当然、まだ頭に引っ掛かって残っている。
だがそれでも、おでんへの憧れと――そして父親との約束を思い出せば、ヤマトの身体はそうすることが当たり前であるかのようにすくっとその場を立ち上がった。
侍たちが去って行ったのとは逆の方、カイドウと大名たちが戦っているだろう方向へと、眼を向ける。
「……ぼくは、おでんみたいな立派な侍になるんだ……!」
決意したヤマトは、余人に見つからないよう気をつけながらできうる限り足早に、カイドウたちの戦場目指して動き始めた。