百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話 作:もちごめさん
カイドウが残した“賭け”のおかげか、その後ヤマトたちが百獣海賊団に襲われることはなかった。エースたちの船も幸運なことに泊められたままであり、皆は安堵を浮かべながら号令通りに準備を進め、海へと出た。
航海素人のヤマトはその作業をただボーっと眺めるばかりだったが、それでもあっという間のことだった。あっという間に船は走り出し、港を出て、鬼ヶ島からも遠ざかる。
いつも島から眺めるばかりだった海原に自分が立っていることに、ヤマトは困惑にも似た感慨を感じていた。海から見る鬼ヶ島の光景もそう、遥か昔にワノ国へと赴いた時も荷物に隠れての密航であり、船の上から風景を眺めるなんてことはしたことがなかったのだ。
故に、その小ささを実感するのも初めてのこと。呆れるほどに広大だと思っていた屋敷も島も、周囲に広がる海と比べれば呆れるほどにちっぽけだった。
世界は広い。おでんの航海日誌で知ってはいたが、見るのと聞くとでは大違いだ。
加えてさらに、海といってもワノ国のそれはいわば湯呑みにたまったお茶の上。その縁から零れる滝の下には、日にならないほど広大な海と世界が広がっているという。
今から自分は、そんな広い世界を旅することができるのだ。ヤマトはそんな感慨と実感を、同時に噛みしめ心を躍らせていたのだった。
「……あ、そうだ。ねぇエース。みんなも……改めて、いいかな」
「ん? どうかしたか、ヤマト」
冒険に思いをはせて、おかげでヤマトはふと思い出した。流れでそのまま乗り込んでしまったが、しかしまだ、ヤマトの口から
集まる皆の視線。仕事の手を止め注目する一味全員へ、ヤマトは背筋を伸ばして姿勢を正し、そして多少の緊張を纏いながら口を開いた。
「僕は、おでんのように生きたい!! 世界を旅して、様々なものを見てみたい!! 色々な島に行って、様々な人と出会って、戦って、話して、世界を知りたい!! それが僕の、今の“夢”だ!!」
「ああ……! 知ってる!」
「けれど、“夢”は僕一人じゃ叶えられない……!! 僕一人じゃ航海なんてできないし、どこに行けばいいのかもわからないし、何よりせっかくの冒険に、一人だけなんてつまらない!! 僕はエースやみんなと、一緒に冒険がしたいんだ!!」
「おう、おれたちもだぜヤマト!」
「とっくにおれたち、お前と一緒に行く気満々だぜ!」
皆がそうはやし立てる。その気持ちは、ヤマトも当然理解していた。もはや言うまでもないことであると。
だがしかし、それでもヤマト自身の口から言わねばならない。“自由”であるために。
「うん! だからみんな! そのために、僕を――」
――と、しかしその時。
りんりんりんと、突如としてベルの音が辺りに響いた。
鳴り続けるその音にヤマトの言葉が遮られ、皆からも一転、怪訝と憤慨が滲み出る。
なんと無粋なと、顔を歪めて音の出所を見回し探す。しかしそんな皆の行動に反して数舜後、ヤマトとエースが同時にハッと思い出した。
「あっ、これって……」
「……ヤマトの手錠のこと、忘れてたな」
「「「「「………」」」」」
ヤマトの両手首に嵌った二つの輪っか。鬼ヶ島を離れると大爆発する手錠が、りんりんと爆発のカウントダウンを奏でていた。
ああそうだ。エースの爆発首輪は彼の
ああうっかり。と、ヤマトが己のど忘れに頭をかいて、その一方。
「……わ、忘れてたで済むかァーーーッ!!?」
「爆発!!? 爆発するのか!!? 今ここで!!?」
「こ、工具だっ!! な、何かペンチとか針金とか、何でもいいから手錠を外せそうなものっ!!」
大混乱が始まって、皆一斉に慌て出す。爆発錠を外すための道具をあちこちひっくり返して探し始めるその姿に、「僕を海に捨てるとかの考えはないんだなぁ」と、ヤマトの中で皆に対する想いがより強くなった。
が、いくらうれしかろうと皆と共に爆死するわけにもいかない。エースと共に二人だけ落ち着きながら、ヤマトは慌てふためく皆を笑みで宥めた。
そして、ぐしゃりと。
「……へ?」
両手に纏った【流桜】で、両手の錠を内側から破壊し握りつぶす。割れて手首から外れたそれを、ヤマトは海の彼方へ思いっきり投げ飛ばした。
大爆発。日の下でも眩く輝く爆炎に照らされながら、ぽかんと口を開ける皆にヤマトは内心のドヤ顔と共に説明した。
「【流桜】で纏った覇気はさ、モノの表面だけじゃなく内側にまで届くんだ! カイドウをぶっ飛ばせたのもそのおかげ。だから普通の覇気じゃ壊せないくらい頑丈な手錠だって、この通りさ!」
「内部破壊の覇気ってわけだ。……なあヤマト。今度それ、おれに教えてくれよ。船長なのにお前より弱いままってのは、ちょっと格好がつかねェからな……!」
刺激され、プライドを露にするエース。ニヤリと勝気な笑みが浮かぶ。他の皆も「あっそうなの」と視線が戻るが、しかしその意識はまだ爆発の唖然から帰らぬままだ。
が、まあいいだろう。話を断ち切られた空気の中では多少のことは関係なしだと、ヤマトはそう妥協して、咳払いを一つする。
「……で、いいかな、エース。みんな」
「うん? ああ」
戦士の顔をいつもの無鉄砲な青年のそれへと戻したエースと、目を瞬かせるみんな。そんな彼らへ誠実に、ヤマトは今度こそ、己の意思をそこに示した。
「改めて――僕をこの船に……『スペード海賊団』に、入れてくれないか……!」
エースを『船長』と、皆を『仲間』と、そう呼ぶために。
答えは無論、笑顔で返った。
「もちろんだ……!!」
どちらからともなく差し出した手が握手する。ヤマトもエースも満面の笑みで笑い合い、そして直後、周囲の仲間たちもわぁっと我を取り戻した。
そしてエースも今度は手の代わりに肩を組み、嬉しくてならないというふうに声を上げて笑う。
「あっははは!! そうだヤマト!! 今日からお前は、正真正銘おれたちの仲間だ!! おれたちの冒険は、今日ここから始まるんだ!! ……だから、記念に祝ってやらねェとな……!!」
笑い、そしてエースは同じく沸き立つ仲間へと、その拳を突き上げた。
「よォし、野郎ども!! 肉と酒を用意しろ!! ヤマトが正式に俺たちの仲間になった記念に、やるぞ!! ……宴だァッ!!」
「「「「「おおーーーーーっ!!」」」」」
「……って、そんな肉も酒もどこにあるってんだよ、エース船長。おれたちは着の身着のまま、手ぶらで鬼ヶ島から逃げ出してきたんだぜ?」
と、皆が盛り上がった中で一人、場の熱に流されず冷静を保った者がいた。「船に残ってるのはクッキーとかの日持ちするものだけだろう」と、肩を竦める。
確かに船が拘留されて一週間以上。鬼ヶ島は冬島ではあるものの、生ものは痛んでいてもおかしくないほどの時間が過ぎていた。
あるいはそもそも、拿捕されると同時に食料が根こそぎ持ち去られている可能性もなくはない。というかそのほうが高い。宴会どころか、今のスペード海賊団は空にも困る中々に危機的な状況であるのだ。
「……い、いや、もしかしたら残ってるかもしれないだろ!? だから……ああ、うん、そうだな。……とりあえず、船の中、まるっと確認してみるか……?」
一気にエースの威勢がなくなって、皆も現状を認識して顔色を悪くする。そして提案が出るや否や、皆一斉に船中へと走り出した。
ヤマトも、この船のことなど何も知らない身ではあるが手伝わないわけにはいかない。宴が開けそうにないことに肩を落とすエースの手を引き、甲板を歩く。
誰も向かわなかった奥の戸を開けて――そしてすぐ目の前だった。
「……!? え、エース、君これ、どうしたんだよ……!?」
「は……い、いや、おれは知らねェよ!? つーかこんなところにこんなもん置いとくわけねェだろ!?」
甲板上の一室。入ってすぐの机の上に無造作にぽつんと置かれた、その
海の秘宝とも呼ばれる
慌てふためき混乱しているエースの言う通り、一つで数億は下らない価値を持つ秘宝をこんなところに置いておきはしないだろう。というかエースたちがこんなお宝を持っていたなら、真っ先に百獣海賊団に回収されているはずだ。
なら、いったいなぜここに悪魔の実が置かれているのか。
いったい誰が、こんなところに置いたのだろう。
――と、ヤマトはふと、思い出した。ついさっきのライブフロアで、カイドウはどこから現れただろう。……港へ続く一本道からだ。そしてその時カイドウ以外にそこから来た者は、少なくともヤマトの視点ではいなかった。
「……ッ!!」
衝動的に、ヤマトは部屋を飛び出した。階段を駆け上がり、船尾の手すりから身を乗り出す。
鬼ヶ島はもうすっかり遠ざかっていた。象徴的なドクロドームの造形が辛うじて見て取れる程度で、当然人の姿などは見つけられない。
「ヤマト」
ヤマトの傍らにエースが追い付いてきた。その手には先ほどの悪魔の実――柿に似た、髭のような渦巻き模様の果実が乗っており、そしてエースはそれをヤマトへと差し出した。
「……なんていうか、良かったな、お前」
羨むような喜ぶような、そんな表情でエースは言った。
ヤマトはそれに一目を向け、見つめ、手に取る。すると途端、胸の中が熱いものでいっぱいになり――
「――クソオヤジ!!」
想いのままに、ヤマトは鬼ヶ島の方へと手を振った。
「――行ってきます!!」
島が水平線の向こうに消えるまで、ヤマトはそう手を振り続けていた。
「――本当によかったのか、カイドウさん」
大の字に倒れるカイドウに、キングは静かに問いかけた。
建物の消火活動もとりあえずの目途がつき、手が空いたそのタイミング。ヤマトたちが去り、遠くで恐らく手錠の爆発音が轟いてから、もう幾らかの時間が経っている。
体裁のための
眼が、自然と港の方へ向く。船はもちろん海すらその通路からは見えないが、じっとそのまま言葉を待った。
「……どうだかな」
しばしそのままでいた後に、カイドウが呟いた。仰向けに倒れたまま、自身が叩きつけられたドームの跡を見つめながら口にする。
「……ヤマトが、“暴力”でおれを上回ることはねェ。……いや、この世のどこを探しても、おれよりも強い生物なんざいやしねェだろう」
「……ああ、そりゃあそうだ」
「だから……“暴力”じゃねェ強さを手に入れることができれば、あいつでもおれに対抗することはできるんじゃねェか。あいつがおれに、いい
「……なるほど」
キングはマスクの下で、ほんの僅かに頬を緩めた。全く、自分の王は息子共々、あまりにも不器用だ、と。
「だが別に、分の悪い賭けじゃねェはずだ」
カイドウが、懐を漁ってふと何かを取り出した。カイドウの手にはあまりに小さな、手帳のような一つの冊子。何度も読み返されてすっかりボロボロになってしまったそれをカイドウは慎重な手つきで開き、あるページの一文にたどり着く。
曰く――『教育とは、子供が一人で生きていくための力を身に着けさせることです。その時には親御さんも、笑って子離れしてあげましょう』
……笑えただろうか。と改めて文面を眼にし、カイドウは少しばかり不安になった。が、それ以外のことはできたはずだと冊子を閉じる。
だから――そう、つまり。
「……あいつはもう、大人だからな」
自分が骨を折ってやる必要は、もうないのだ。
カイドウは
まだ先は書けそうですが書きたいことは書けたのでここでおしまい。誤字報告感想評価等々ありがとうございました。
特に感想はもらえればもらえるだけ嬉しいのでまだまだください。