百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話   作:もちごめさん

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ぼくはおでんだ ③

 数分も移動を続けた頃だ。さっきの侍たち以外の人間と出会うこともなく、実に順調に進みながら、ヤマトはとうとうそれらしき戦闘の音を聞きつけた。

 

 鋭い刃が走る音と、それから重量物による破砕音。侍の刀と、カイドウの金棒が振るわれる音だった。

 目的地は、立ち並ぶ家屋の壁をもう三、四枚ほど越えたくらいの地点だろう。そこで大名たちと、その加勢に集っているという大勢の侍たちが刀を振っている。

 そう想像するとヤマトは浮足立ってしまうが、しかしこびりついた恐怖心がいい塩梅にブレーキをかける。ここからは今まで以上に慎重に、誰にも見つからないよう気をつけねばと、そう気合を入れ直した。

 ちょうどその時だった。

 

 

「――え……!!?」

 

 

 突然、何の前触れもなく――空が開けた。

 

 ヤマトが隠れていた長屋や、その他周囲の家々から、一瞬にして屋根が消える(・・・・・・)

 否、切られたのだ。ちょうどヤマトの背丈に拳一つ足したくらいの空間を残して切り飛ばされ、分かたれた家屋の上半分が宙を舞っている。吹き飛び、そしてそれらははるか後方に墜落し、騒音を撒き散らした。

 

 そんな頃に、ヤマトは遅れて今起きた事象を理解した。

 つまり、斬撃が飛んできたのだ。優れた剣士ならばそういうことも可能であるし、事実、百獣海賊団内でもキングなどはそういう技を習得している。

 が、もちろんこれはキングの仕業ではないだろう。なにせここはカイドウが立つ戦場で、そしてカイドウは己の戦いに水を差されることを好まない。

 となれば消去法的に、この数百メートルもの範囲を切り裂く飛ぶ斬撃を放ったのは、彼でしか……否、彼()でしかありえないのだ。

 

 

「――ウォロロロロ!! なかなかやるじゃねェか、大名ども!! もしこの場にいたのがおれでなくキングやクイーンだったなら、もしかしたら今の一撃で伸されちまっていたかもしれねェなァ!!」

 

 

 ヤマトがその目前で『いつか倒す』と言ってのけた時のような、己が父親の楽しそうな笑い声。ヤマトはその方向、斬撃が飛んできただろう方向へと眼を向けて、そしてその姿を視界に捉えた。

 

 刀を構えた幾人もの侍の中、ヤマトにも一目でわかるほど突出した気迫を放っている三人。鉢巻に大きな三角形の顔をした侍と、鋭い目つきと口ひげを蓄えた侍、そして精悍な身で二本の刀を手にした侍。

 ヤマトが一際憧れる存在、侍の中の侍たる大名たちが、カイドウと相対していたのだった。

 

 ――が、しかし。ヤマトの心はそんな彼らを目撃したにもかかわらず、ほんの少しも沸き立つことはなかった。

 

 

「ワノ国の大剣豪ども、お前たちの全力は悪くなかった。……が、それでもおれには届かねェ!! おれを殺したいのなら、死力の底まで絞り尽くしてみせろ!! こんな、雑魚侍どもを使い捨てにして(・・・・・・・・・・・・・)茶を濁すんじゃなくてよォ!!」

 

 

 叫び、カイドウが自身の大樹の幹のように太い腕から何か(・・)を引きはがし、投げ捨てた。

 

 それは、上半身だけになった侍の亡骸だった。

 胴体が、切り捨てられている(・・・・・・・・・)。よくよく見れば立っている侍たち以外にも、戦闘の余波で吹き飛び、開けたその場には、あちらこちらに事切れた侍たちが伏している。

 

 そのいくつもが、明らかにカイドウ唯一の得物である金棒ではなく、鋭利な刀で切り裂かれて死んでいた。

 

 要するに、侍たちは仲間もろともカイドウに刀を振るっているのだ。

 切りかかり、少しでもカイドウの動きを封じることが叶ったならば、即座に縫い留めた侍もろとも切り伏せる。確実に全力の一撃を与えるために、そんな攻撃を繰り返していたのだろう。

 魂に定めた一心のため、命を顧みることなくただ切り伏せる。冷徹なまでのそのありようは、まさに侍。おでんにも通ずる見事な侍精神だ。

 

 ヤマトの憧れのど真ん中。――そうであるはずなのに、

 

(――怖い……!)

 

 ヤマトの心は、彼らのその姿にただ恐怖した。

 彼らの眼には、ここまで見てきた侍たちと同じような、怖気の走る黒い炎が燃えていた。加えて視界に広がる侍たちの亡骸が、ヤマトの中から嫌が応にも侍の中の侍たる大名たちに憧れる気持ちを消していく。

 

 ――何かが、違う。ただ漠然と、そんな思いが目の前の光景に溢れ出る。

 しかしもちろん隠れたヤマトのそんな思いに気付く者などいるわけもなく、大名たち侍はそのおぞましい炎に塗れたまま、吐き捨てるようにカイドウへ言葉を返した。

 

 

「喚くな、カイドウ。……言われずとも、貴様は我らが切り捨てる。我らが誇り高き同胞と共に、必ず」

 

「然り。屍を踏み越え、重ねた斬撃が効いていないわけもない。驕り高ぶった挙句、死した後に後悔などしても遅いぞ」

 

「ウォロロロロ!! 血も出ねェような攻撃で、どうやっておれを殺すつもりだ?」

 

「心配無用。……貴様の血が流れる時は、貴様の首が飛ぶ時だッ!!!」

 

 

 そして、戦闘が再開した。

 大名たちとカイドウの姿が掻き消えて、途端、そこら中で銀閃や爆発が吹き荒れる。繰り広げられる戦闘のレベルはヤマトの眼に捉えられるようなものではなく、もはや何が起こっているのかもわからないほどだったが、しかしそれでも、“赤”ははっきりと眼に入った。

 

 血、臓物、折れた刀の破片に、バラバラになった人の身体。

 暴虐の嵐から吐き出され、撒き散らされるその量は尋常でなく、霧のように濃く漂う死の臭いはヤマトの嘔吐中枢を酷く刺激した。

 

 その時、どちゃりと湿った音が、ヤマトのすぐそばに落下した。

 侍の亡骸だ。左肩から袈裟斬りにされ、残った右手に折れた刀を握り締めている。

 

 その瞳は、死しても尚、暗く燃えていた。

 

 ――いや、違う。

 

 焼き付いてしまっている。

 恐怖の中、ヤマトはとうとうそれ(・・)に気が付いた。

 侍たちは皆、カイドウを殺すことしか考えていない。それ以外の一切が、本当に何もないのだ。

 

 『どうして』も『なんのために』もなく、ただ相手への殺意だけで刀を振るう。仁義も誇りもなく、血だけを求めて目の前の人間を切るそれは――侍のありようではないだろう。

 

 修羅だ。ヤマトの目の前にいる偉大な侍たちは、今まさに、侍ではなくなりつつあった。

 ヤマトは、それが恐ろしくてたまらなかった。

 

 なにせこれでは、勝っても負けても侍には何一つ残らない。これは戦いではなく、“侍”の死――自殺でしかないのだから。

 

 

「――だ、ダメ……」

 

 

 そう悟り、ヤマトの口から思わず零れた。しかしもちろん、か細い悲鳴は侍たちには届かない。殺意ばかりで、そもそも聞く耳がない。

 

 巻き起こるカイドウと大名たちの剣戟の中で、恐らく最後の“侍”が切られて死んだ。飛び散る死の臭いが、もはや手遅れであることがありありとわかるほど濃く香る。

 あとに残るはもう、四人の“鬼”だけだ。

 

 ヤマトの身を襲う、恐怖を通り越した絶望感。気力がその両足から見る見るうちに抜けていく。

 だが、それでもヤマトの心の憧れが、決意が、足を折ることを許さなかった。

 

 支えられ、あるいは導かれるようにして、ヤマトの足が四人の方へと駆け出した。カイドウも大名たちも足を止め、身から立ち上る気迫を研ぎ澄ましている、その最中へ。

 殺気だけでも身が切り裂かれそうなほど張り詰めた両者の間へと、想いに突き動かされたヤマトは、衝動のままに己が身を投げ出した。

 

 

「やめて!! こんなの、“侍”じゃないよッ!!!」

 

「ッ!!? ヤマト、なぜここに――」

 

 

 突然目の前に飛び出してきた己が子の姿を捉え、カイドウは思わず目を剥いた。

 鬼ヶ島にいるはずのヤマトがこの戦場にいることも、この戦いのど真ん中に飛び出してくることも、何もかもが想像すらしていなかった。

 その衝撃は高まっていた戦闘の集中すら揺るがして、あまりのことに一瞬思考すらもが止まってしまう。

 

 そして大名たちは、カイドウのそんな隙を見逃さなかった。

 途端、三人が一斉に大地を蹴った。もはや瞬間移動に等しい速さで踏み込み、発する殺気と気迫の全てを刀へと注ぎ込む。

 

 

「「「カイドウ、覚悟ッッッ!!!」」」

 

 

 目の前に立ちふさがったヤマトの姿は、やはり見えていない。もろとも切り捨てる斬撃が、瞬きほどもない刹那の間で振るわれた。

 

 ヤマトはもちろんその斬撃を見切れない。視認することすらできなかった。だがそれでも、吹き付ける殺気と気迫に己の未来が想像できないわけもない。

 死ぬ。周りで事切れている侍たちのように、身体を両断されて死ぬ。大名たちの前に立ちふさがる以上、それが自身の避けようのない結末だ。

 無論、恐ろしかった。けれど、あの暗い鬼の炎を受け入れてしまうことよりは遥かにマシなのだ。

 

 故にヤマトは逃げも避けも、後悔もしていない。ただヤマトにとって命よりもずっと大切なもののため、ぎゅっと固く目を瞑り、殺意に怯える身体の震えを押さえつける。

 そうしてヤマトは己の結末に覚悟を決めて――そしてやがて、いくら待ってもその時が訪れないことに気が付いて、恐る恐るに瞼を上げることになった。

 

 

「……え?」

 

 

 最初に目に入ったのは、見開いた眼でヤマトを凝視したまま固まっている、三人の大名たちの姿だった。

 遅れてヤマトの存在を認識し、驚愕を露にしている。ただし、固まっているのはそのためではない。

 

 赤い雫が滴った。雨のように視界の中を降り落ちて、ヤマトはその出所を追いかけ、視線を持ち上げた。

 太くたくましい、カイドウの腕。その手が、大名たちの刃を握り締めて止めていた。

 

 つまり、ヤマトはカイドウに守られたのだ。

 もう一滴、滴る血にそれを理解し、ヤマトの内に何とも言い難い温かいものが滲み出す。

 

 

「……っお、おとう――」

 

 

 が、しかし。

 

 

「うおおおおォォォッッ――――――!!!」

 

 

 咆哮と共に、カイドウが大名たちを握った刀ごと投げ飛ばした。

 そしてヤマトへと向く眼。声共々、それは明らかに憤怒を帯びたものだった。

 

 

「馬鹿野郎!!! ヤマト、なんでお前がこんなところに居やがるんだ!!!」

 

 

 ごすっ、という鈍い音。ヤマトの目の奥に星が散った。

 一瞬わけがわからなくなったが、しかしヤマトはすぐにカイドウに殴られたのだと理解した。遅れて頭に痛みがやってきて、さらにはどこかが切れたのか、赤い血までもがポタポタと滴り落ちる。

 

 叱責にしても、些かならず度が過ぎた所業だった。が、しかしヤマトがそれに負の感情を抱くことはない。

 カイドウの戦いの邪魔をしてしまったのだから、怒られるのも当然だ。そんな父親に対する罪の意識が、ヤマトの落涙を踏み止まらせていた。

 しかもただ邪魔しただけでなく、カイドウの敵である侍たちを守ろうとしてしまったのだ。それは二重に父親の嫌がることをしてしまったということに外ならず、それがヤマトの罪悪感に拍車をかけている。

 故に言い逃れのしようもなく、ヤマトは痛む頭を抱えながら、さらなる叱責も覚悟して身を縮めることしかできなかった。

 

 ――のだが、

 

 

「ガキってのは、ちょっとしたことですぐ死んじまうくらいか弱いもんなんだろう!? だったら、戦場なんていつ死ぬかもわからねェところに来るんじゃねェ!! 死ぬんなら、約束通りおれに挑んで来てからだ!!」

 

「っ……! お、おとう、さん……」

 

 

 次いでカイドウが吐き出したのは、ヤマトが想像していた叱責とは少しばかり異なるものだった。

 しかもいまいちよくわからない言い回しだったが――しかし、それでもその言葉に滲んだ想いの丈は明らかだ。

 

 カイドウは、ヤマトの身を案じていた。

 もちろん戦いを邪魔されたことへの怒りがないわけではないだろう。しかし、それでも最初に顔を見せたのは父親としての怒りであることに間違いはない。

 そのことが、覚悟に凍ったヤマトの内に温もりを引き戻した。

 

 途端、それまでの恐怖や間近まで迫った死、ここまでに味わわされた様々な感情が、熱い塊となってヤマトの喉元に込み上げて、

 そして我慢していた涙が、咳を切ったようにあふれ出した。

 

 

「う……わあああああああぁぁぁぁぁぁんっ! ご、ごめっ……ごめんなさいぃっ……!」

 

 

 赤子に戻ってしまったかのようにヤマトは泣いた。それほどに、安心してしまったのだ。

 

 

 そしてそれを与えたカイドウ当人は、ヤマトのあまりの変容に面食らっていた。

 カイドウとしては、ワノ国に到着するまでの船中で探し当てた例の育児書の一文、『子供は身体が出来上がっておらず、簡単に取り返しのつかない怪我をしてしまいます。決して目を離してはいけません』に植え付けられた不安感を単にぶつけただけだった。

 いわばしょうもない八つ当たり。だというのに、まさか大泣きされた挙句に『ごめんなさい』なんて謝られるとは全くの予想外。どう返していいのかまるで分らず、混乱した頭からは苛立ちもすっかり吹き飛んだ。

 

 何もわからぬまま、ただ赤子のように泣きじゃくるヤマトを、当時のようにそっと優しく抱き上げる。脳内に刻んだ育児書を必死に読み返しながら、無我夢中であやそうとした――その時だった。

 

 

「カイドウさん!! 鬼ヶ島の部下共から報告があった!! ヤマト坊ちゃんに付けていた奴が気絶していて、当の坊ちゃんがどこにもいないらしい!! 島中探すよう指示したが、もしかしたら――」

 

 

 キングがその背の翼を羽ばたかせ、泡を食ったような様子でカイドウの下に飛んできた。カイドウの戦闘に水を差すことになろうとも、ヤマトの失踪など一大事だと覚悟を固めた彼だったが、

 

 

「あ、ああ……。いや、もう問題ねェ。ヤマトなら、ここにいる」

 

「! ……そうですか、よかった」

 

 

 当のヤマトは、カイドウの腕の中でわんわん泣いている。覚悟は無駄になったものの、最悪の事態からは逃れられた事実にキングは胸をなでおろすことになった。

 そしてカイドウは、己の右腕たるキングが傍についたことで、ようやく混乱から抜け出した。腕の中のヤマトをキングに押し付け、金棒を握り直す。

 

 

「……そうだった。キング、ヤマトを連れて下がってろ。邪魔は入ったが、決着をつけてくる」

 

 

 大名たちとの戦いは、まだ終わっていないのだ。

 吹き飛ばしはしたが、刀を掴んで放り投げただけ。大名たちはそんなことで死ぬようなタマではない。

 事実、キングがヤマトと共に離れると、それを見計らったかのように家屋が潰れたもやの中から、三人の大名がその姿を現した。大した傷もない。まだまだ戦うことができるだろうと、カイドウの口元に笑みが浮く。

 

 以前、おでんとの戦いでは忌々しい横槍のせいで不本意な決着となってしまったが、今度こそ最後までやれそうだ。そう浮かんだその笑みは――だがしかし、ほどなく逆の弧を描いた。

 

 

「……おい、どういうつもりだ、お前ら」

 

「見ての通りだ、カイドウ」

 

 

 刀が、置かれた。

 大名が三人とも、鞘に収めた己の刀を腰から外して地に置いて、すっとその場に腰を下ろした。

 

 全くの無防備だ。仮に今、カイドウが彼らに金棒を振るえば、三人は逃げることも刀を抜くこともできずにあっさりと死ぬだろう。

 そんな状況に、三人は自らその身を置いた。それはつまり――

 

 

「降参する。我ら三人、もはや貴様らとは戦えん」

 

「え……」

 

 

 ヤマトの涙が止まった。代わりに唖然と、その口からこぼれ出る。

 しかし、それが明確な言葉と成るその前に、カイドウが爆発した。

 

 

「ふ……ふざけるんじゃねェッッ!!! 降参……降参だと!!? いったい何を考えてやがる!!? まだその腕も、足も、刀も、どこも死んじゃいねェだろう!!?」

 

「カイドウ、自分の手のひらを見てみろ。……それが証拠だ。我らの刀は、貴様の手に小さな傷をつける程度のものだ」

 

「だからおれを殺すことなど不可能だと、諦めたってのか!!? あり得るかよそんなことが!!! 仲間の侍を捨て駒にしてまでおれを殺そうとした奴が、そんな程度で諦めるわけがねェ!!!」

 

「……何を言われようが、某たちはもう戦えん。この首、持っていくがいい」

 

 

 大名たちはカイドウの、大地が揺れるほどの激情を浴びせかけられても尚、その場に座したままだった。

 その目は、ひどく澄んで凪いでいる。戦意はもはや一かけらも存在せず、凛々しく引き締まった表情は何かを悟ったかのように穏やかだ。

 

 それは明らかに、死を受け入れていた。

 

 

「……ぼくの、せい……?」

 

 

 ヤマトの唖然が、その事実にとうとう悔恨の形を得た。

 

 

「ぼくが、『やめて』なんて言ったから……」

 

 

 ヤマトはただ大名たちを、“侍”を助けたかっただけだ。

 そのほとんどは死に沈み、大名たちも囚われることになったが、しかしそれでも彼らの内の“侍”を見捨てられずに彼らの前に飛び出したのである。

 だが、そうして守ったはずの大名たちは、守れなかった侍たちのように死のうとしている。それはつまり、ヤマトの献身には何の意味もなかったということ。

 

 それどころか、己の行為は大名たちにとどめを刺しただけだったのかもしれない。そう思うとヤマトの内には後悔と無念と罪悪感と、ありとあらゆる負の感情が湧いて得る。

 こんなこと、侍には程遠い。おでんなんてもってのほかだ。ぼくは決しておでんのような立派な侍にはなれないのだと、ヤマトの心を絶望が蝕み埋め尽くしていった。

 

 

「いいや、違う。違うぞ、小さな侍よ」

 

 

 しかし二刀流の大名が、ヤマトの絶望をきっぱりと否定した。

 そして同時、ヤマトに向けられたその眼の言葉が、ヤマトの目尻に蘇りつつあった涙の雫を吹き飛ばしてしまう。

 『小さな侍』。他でもない大名から告げられたその言葉は、ヤマトにとってあまりに大きなものだった。

 

 暗く打ち沈んでいた思考には到底受け止められないほどの、眩すぎる喜び。ヤマトの頭は悲喜入り混じる感情にショートして、啞然に逆戻りする羽目になる。

 そしてその復帰を待つことなく、僅かに微笑む大名たちが言葉を継いだ。

 

 

「我らは、ワノ国の未来を繋ぐため立ち上がったのだ。カイドウにもオロチにも屈さぬ、侍の国の魂を守るために。……カイドウの“暴”に囚われ、何をしてでも……それこそこの国の悉くを屍に変えてでもカイドウを討つなどという決心は、我らの大義の真逆であった」

 

「だが愚かしいことに、我らはそれに気付けず道を誤った。大義を失い、ただ敵を弑するためだけに刀を振るう修羅に、ワノ国を守るためにと高説を垂れる資格などなかろう。……いや、修羅どころか外道に等しいな。守るどころか、戦士ですらない女子をも躊躇なく切り捨てようとしていたのだから」

 

「ヤマトと言ったか。お主のおかげで、某たちはそのような外道に手を染めずに済んだのだ。……もはやこの身は侍とも名乗れぬが、それでも外道としてではなく、一人の人間として死ぬことができる。事ここに至っては、望外の喜びよ」

 

「ヤマト、お主は己の身を賭して、某たちの魂を救ってくれたのだ。誠、かたじけない」

 

「――魂……」

 

 

 命よりもはるかに大切なもの。

 穏やかに頭を下げる大名たちに、ヤマトは二の句が継げなかった。

 

 そしてカイドウも、額突いた大名たちのその姿を前にして、全身から迸っていた憤怒がたちどころに鎮まった。

 大名たちにはもはや本当に戦意がないのだと、戦闘はもう終わってしまっていたのだと、理解できてしまったのだ。

 であれば、勝利を受け止める他なかった。勝者として、望み通り大名たちを殺してやるべきなのだろう。あの時のおでんのように。

 

 ヤマトですらそう考えるくらいに、大名たちはもうすでに敗者だった。

 ――が、

 

 

「……キング、この負け犬どもを縛り上げて連れていけ」

 

「いつものように、拷問で心を折って戦力に加えるんで?」

 

「ああ。上手くいけば、まだ使えるはずだ。侍じゃねェってんだから、そう扱ってやりゃあいい。とにかくお前は先に鬼ヶ島に戻って、こいつらを牢にでも入れて来い。おれは侍の残党どもを片付ける」

 

 

 そう言い捨て、カイドウは侍たちに背を向けた。

 殺してなどやらない。死にたいのなら、勝手に死んでいればいい。

 これは自分で手にした勝利ではないのだからと放り投げ、カイドウはそのまま何も言わずに立ち去った。

 

 キングはそれを見送ると、抵抗の意思のない大名たちをそれでも警戒しながら、懐から通信用のスマートタニシを取り出した。

 カイドウの指示通りに動くため、部下たちに次々と命令を下していく。帰りの船と、大名移送のための人員を整えさせて、後は部下が来るのを待つばかりといったところで――ふと、後回しにしていた疑問のことを思い出す。

 

 

「そういえば、ヤマト坊ちゃん。どうしてこんな戦場に? お目付け役の部下を吹っ飛ばしたというのもそうだが……」

 

「あ……えっと、どうやったらお侍さんみたいに強くなれるか悩んでたら、その人が実戦で鍛えたらいいって教えてくれたんだ。でもやっぱり危ないからって止めようとして、ぼくがそれを無理矢理押し通っただけだから……怒らないであげてよ。ね?」

 

「………」

 

 

 そしてヤマトも、件のお目付け役にした約束のことを思い出す。彼が罰せられないように弁明を試みるが、しかしキングは無言で目を細めるばかり。あまりいい感触はしない。

 それまでのヤマトであれば、そこで身を引いただろう。元よりキングは拷問好きで、なかなか苛烈な性格の持ち主だ。理由があろうと、己の仕事を全うできずにカイドウの子を危険にさらした部下なんて存在を、彼は赦しはしない。

 だから仕方がないと、力及ばずな自分自身を口惜しく思いつつ、諦めていたはずだ。

 

 ――だが今は、及ばずとも諦めない。

 

 

「どうしてもって言うなら、ぼくにも同じようにして。彼だけに罰を与えるなんて、絶対許さないからね」

 

「……なぜ、そこまで?」

 

「だって……彼のおかげで、ちょっとだけだけどお父さんが言ってた『死は人の完成』って言葉の意味、わかったんだ。そんな恩人を見捨てるなんて、ぼくは納得できない(・・・・・・)

 

「……そうか」

 

 「わかった」と、キングはどこか満足げに、小さくそう呟いた。

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