百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話   作:もちごめさん

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ぼくはおでんになる ①

 鬼ヶ島内部にある屋敷の一角、自然が生んだ岩屋を使った牢獄にヤマトは忍び込んでいた。

 見張りを言いくるめ、岩屋の前へ。入り口をふさぐ巨大岩石の蓋の隙間に身体をねじ込んで、幼い子供の身体が辛うじて通れるくらいの隘路を這い進む。

 

 そうしてどうにか内部への侵入を果たし、ヤマトはそこにじっと座するたった三人の囚人たちに、自身と共に運びこんだ風呂敷包みを広げてみせた。

 

 

「お侍さんたち、お待たせしました! 今日もご飯、持ってきたよ!」

 

「おお! 待っておったぞヤマト坊主! ちょうど腹の虫が騒がしくなってきたところだったのだ!」

 

「ふむ……今日は握り飯か! さて中身は……なんと、牛のしぐれ煮! これはありがたい!」

 

「カイドウの奴、兵糧攻めで我らを屈服させる気なのか、酷く粗末な食い物しか寄こさんからな。肉を食らうのは久方ぶりよ。ううむ、実に美味い! 毎度のことながら、ヤマトには感謝の念が堪えんな」

 

 

 閉じ込められていた三人の侍――あのワノ国での反乱で捕らえられた大名たちは、実に美味そうにヤマトが屋敷の食堂から拝借してきたおにぎりを口に運んでいった。

 

 ヤマトが隙間を通って持ち込めたおにぎりは、普通サイズが精々十数個だ。当然、それまでの戦いや拷問での消耗と、何より空腹の前では焼け石に水な量である。

 だがそれでも、大名たちは心底から満足そうにそれを平らげた。満ち足りた表情で感謝を示し、そしてヤマトに「さて」と切り出した。

 

 

「それでは、また『お返し』をせねばなるまいな。今日は刀か、それとも……おでんの航海日誌の続きを読むか? どちらでも構わんぞ。飯を運んできてくれるお主への、これは礼なのであるからな」

 

 

 そんな、言うなれば助け合い。数日に一度、大名たちに僅かな食料を届け、そのお礼に刀の修行をつけてもらったり、あるいは偶然手に入れたおでんの航海日誌の読み聞かせをしてもらう。

 それがあのワノ国での反乱以降、ヤマトと大名たちとの間にできた親交の形だった。

 

 立派な侍になるのだと決意を新たに縋りつく覚悟で師事を求めたヤマトに対し、「良いぞ」とあっけなく成立することになったこの関係。始まりこそ肩透かしを食らったヤマトだったが、しかしもちろん喜んだ。

 なにせ侍の師匠を得るという念願が叶ったのだ。その時点で文句などあるはずもない。

 

 さらに加えてもう一つ、おでんの航海日誌を読み聞かせてもらえることが、ヤマトにとっては特に大きい。

 おでんの処刑の日、偶然川辺で拾ったそれは紛れもなくおでん本人の著作であり、当然ヤマトにとってこの上ない宝だったのだが、しかし難しい字が多いせいでヤマトには読むことができなかったのだ。

 

 おでんの本は読みたいが、自力では読めない。かといってカイドウを頼ろうものなら日誌自体が没収されてしまうことだろう。

 故にどうすることもできずに悶々としていたヤマトにとって、カイドウに密告される恐れもない大名たちの存在は正に渡りに船だった。

 そして読み聞かせてもらい、知ったその内容――おでんが海外で繰り広げた愉快で壮大な冒険の数々は、やはりヤマトを魅了した。それを己の聖書(バイブル)と定めるほどで、ヤマトはまるで目の前で新たな世界が開けたような、心躍る体験をすることができたのだった。

 

 

 だからこそ大名たちは、今度の“お礼”にもヤマトの喜ぶ顔以外を想像していなかった。

 ニマニマと好々爺然とした優しい表情を浮かべていたのだが――しかし、三人はふと、いつもであれば高揚しているはずのヤマトが、口元をぎゅっと結んで動かないことに気が付いた。

 怪訝になり、その内の一人、二刀流の大名が口にする。

 

 

「……どうした、ヤマト坊。何か気になることでもあるのか?」

 

「……うん。えっと、ね……」

 

 

 ヤマトは一瞬口ごもった。言うか言うまいかで天秤が揺れ動くも、最終的にはそっちのほうに傾いて、懐からそれ(・・)を――一本の武骨なカギを取り出し見せた。

 

 

「それは……もしや、その手錠のカギか!? よくぞ手に入れられたものだな!」

 

「……うん。お父さんの部屋の引き出しに入ってたんだ。酔っぱらって寝てるうちに、こっそり別のカギとすり替えたの」

 

 

 己の両手首に嵌ったその金属質の腕輪を撫でながら、ヤマトは頷いた。

 

 それはヤマトを鬼ヶ島に縛めるための錠だった。もう二度とヤマトが勝手に危険な戦場へ行かないようにと、カイドウの命令で技術に強いクイーンが制作した一品である。

 曰く、鬼ヶ島の外に出れば大爆発するのだという。あの戦場での一件で父親を心配させてしまった自覚はあるし、そもそもからして大爆発もただの脅しという可能性も残っているのだが……錠を嵌められながらそれを聞かされた時は、父親の好感度の著しい低下は避けられなかった。

 

 ――ということはともかくとして、つまりこの錠のカギはそんな父親の束縛を解くことができる代物であり、カイドウに禁止されたワノ国行きのチケットなのだ。

 故に、本来であればヤマトにこれを使うことを躊躇するような理由はない。カイドウの意向に唯々諾々と従ってやる必要もそう思わせる好感度もどこにも存在しないのだから、大名たちにもご機嫌にカギの奪取を報告してしかるべきだ。

 が、ヤマトの口は素直にそれを良しとしない。散々に煩悶し、そしてその結果、おずおずと大名たちへとそれを向けることとなった。

 

 

「……ねぇ。お侍さんたちは、ここから逃げようとは思わないの……?」

 

「なに……?」

 

 

 提案は、別にカギによって大名たちの脱獄の手はずが整ったからとか、そういうわけではない。

 そもそも大名たちはヤマトのように錠をはめられてはいない。拘束されているわけでもなく、ただ岩屋に閉じ込められているだけだ。言ってしまえば、脱獄などいつでも可能な身の上にある。

 

 にもかかわらず未だ牢の中で座しているのは、偏にあの反乱での結果に殉じているからでしかない。大名たちに、今一度、侍として旗印になる気はなかった。

 そして大名たちのその思いはヤマトも間近で受け止め、理解していた。それを知っている故に、大名たちもその提案を誇示しつつ、変わらず怪訝を浮かべる他ない。

 

 

「……我らには、もはやワノ国を率いることはできん。表に出ても悪戯に混乱と犠牲を生むだけであろうよ」

 

「うん……そう、ですよね。ごめんなさい」

 

「謝る必要はない。だが、何ゆえそのようなことを?」

 

「……だって、その……なんていうか、『いいのかな』って……」

 

 

 そうして集中する訝しげな面持ちに、黙り込んでいたヤマトの本心がとうとう口を開くことになった。思いの発端が顔を出し、そして連鎖的にその思いの大本が、ヤマトの口から飛び出した。

 

 

「ワノ国には行きたいけど、でも、行っちゃいけないとも思う(・・・・・・・・・・・・)んだ……。だって今のワノ国に必要なのは、みんなを助けられる立派な侍だ。ぼくが行っても何にもならないし……むしろカイドウの息子のぼくが行ったら、きっと邪魔になっちゃうだけだろうから……」

 

 

 つまり、ヤマトは自信が欠けていた。

 

 現在のワノ国は、最後の抵抗勢力であった大名たち侍の反乱軍が破れたことによりひどく荒れていた。

 思うがままに将軍の権威を振るうことができるようになったオロチの治世は、平安どころか悪意を以って暗黒の時代を推し進めている。軟禁状態にあったヤマトはその様子を人づてに聞くことしかできなかったが、それでも聞こえてくる話には不幸ばかりが満ちていた。

 だからこそ、苦しむ民の力になりたいと、ワノ国の窮地を知ったヤマトは強く思った。そうすることが己の使命なのだと、強い気持ちを抱くことになったのだが――しかし。

 

 そもそも侍たちの反乱を叩き、オロチの悪政を許したのは。ヤマトの父親であるカイドウだ。

 その現実に、無力感に、救国に燃えるはずだったヤマトの決意は押し潰されてしまっている。

 自分は無力だ。以前の戦場での一幕も、結局は父親の強さに守られただけではないか。

 自分はワノ国を救えるような立派な侍などではないのだと、そんな思いが、ヤマトを大名たちに縋らせているのである。

 

 

「……なるほど。なにゆえそのようにバツの悪そうな顔をしているのかと思えば、そういうことか」

 

「親の所業に責任を感じる必要もあるまいに。……全く真面目というかなんというか、そういうところは確かにカイドウの血筋でござるな」

 

「そんな血の子が光月 おでんを名乗るというのも然りだが、本当に諧謔に富んだ親子よ、お主らは。我らはもはや戦えんと言うておるのにな」

 

 

 そしてそんなヤマトの内心、ハの字に歪んだ眉の心情を、大名たちも察することになった。

 

 その際、若干滲んだ呆れは皮肉を言われているのかとヤマトの眉尻をさらに下げた。だが当の大名たちにはもちろんそんな気はなく、ほのかに頬を緩めた彼らは一つ息を吐き、二刀流の大名が俯くヤマトの頭を撫でた。

 

 

「先も口にした通り、拙者たちはもはやワノ国には戻らんし、戻れん。お主の期待には応えられぬ。……が、その心だけならば、共に行くことはできる」

 

「心……?」

 

 

 改めて同行を断られ、肩が落ちたその瞬間に付け加えられたその言葉。ヤマトがおっかなびっくりに視線を上げて、大名たちがヤマトのその眼に力強く頷いた。

 そして親指で自身の胸を指し、鉢巻の大名が口にする。

 

 

「ヤマト坊よ、侍とは魂なのだ。血でも、刀の腕でもない。最も大切なものは、ここに据えた誇りであるのよ。誇り高く、清廉な魂を持っているのなら、それは例え大悪を親に持とうとも立派な侍よ」

 

「然り。ヤマト坊の魂がすでに誇り高き侍のそれであることは、我ら全員が保証しよう。お主が我らとカイドウの間で我らの魂を守り抜いてくれたこと、我らは生涯忘れぬであろうよ。無論、今こうして飯を運んできてくれていることもな」

 

「お主が成した行為は、決して凡庸な魂の持ち主に出来ることではないのだ。……自信を持て、ヤマト坊主。お主のその魂のありようは、もはや立派な侍だ」

 

 

 続けて口ひげを蓄えた大名と二刀流の大名もそう言った。ヤマトは無力ではないのだと、誰に憚る必要もない、立派な侍であるのだと。

 だが顔を上げたヤマトの心の内には、未だ雲がかかったままだ。

 

 

「でも、魂が立派でも強くなくちゃ何もできないよ。……お父さんだって言ってたもん、おでんもすごく強かったって」

 

「ふむ、確かにその通りではある。正しき道を見据えても、力なくしては変えられんことも多かろう」

 

「でしょ? だから百獣海賊団の構成員に勝つので精いっぱいなぼくなんて、まだまだおでんみたいな立派な侍には……」

 

「だがそのおでんも、腕っぷしばかりであれほどの傑物となったわけではなかろう? 彼奴がいかにして九里の大名になったか、話してやったではないか」

 

 

 言われて、そういえば確かにそうだとヤマトはハッと息を呑んだ。

 その始まりこそ暴力での平定だったが、しかしその後の繁栄は力によるものではない。かつてそこを根城にしていたという荒くれ者たちはともかくとして、普通の町人は暴力の強さでは集まらない。

 百獣海賊団とは違うのだ。

 

 

「己が信念を通すには力が必要だ。それは否定せぬ。だが力がなければ成せぬことが存在するように、力では成せぬことも……誇り高き魂でなければ成せぬことも、また存在するのだ」

 

「それに今となっては、たとえお主一人が百人力の力を得ようとも何も変わらぬであろう。今のワノ国には、オロチやカイドウに抗う力が残っておらぬ」

 

「故に……二十年。光月 トキ殿が残した夜明けの時まで、ワノ国は耐え忍ばねばならぬ。……まあ、つまりはヤマト坊。強さはその時までに手に入れておればよい、ということだ」

 

 

 光月 トキ。おでんの妻であるその人物が今際の際に残した詩歌は、ヤマトも耳にしていた。詩的なそれを完全に理解することはできなかったが、それでもそこに込められた想いと決意は間違いなくヤマトの心をも揺さぶっていた。

 だから大名たちの言い分は、その通りだとヤマトの内にすんなり響いた。

 

 

「逸るな、ヤマト。力が足りぬと嘆くのではなく、自分を見据え、今の己にできることを積み重ねよ。さすればいずれ、お主は心身共に、おでんにも負けぬ侍に至れよう」

 

「……まあ、刀の才ばかりはもしかすれば諦める他なくなるやもしれんがな」

 

「お主……今よいところであっただろう。なぜいらぬことを口走った?」

 

「くふ……あははははっ!」

 

 

 ヤマトの口から笑い声がこぼれ出た。それは鉢巻の大名と口ひげの大名が突然軽口を言い放ったせいでもあったが、ともかくヤマトの内の雲はきれいに消え、晴れ渡ることになった。

 気持ちが前を向き、そしてヤマトは大名たちへ、謝意と共にその明るい笑顔を振りまいた。

 

 

「そうですよね! おでんだって、最初からあんなに立派な侍だったわけじゃないんだ! だったらぼくも、時間をかけておでんになればいい! 魂も強さも、いつかお父さんを倒せるようになるくらいに!」

 

「ふふ……うむ、その意気だヤマト坊」

 

「我らの侍魂と共に、行ってこい」

 

「あるいは……カイドウの矜持と共にな」

 

「うん! 行ってきます!」

 

 

 大名たちから侍の魂を授けられたヤマトは、そうして手に入れたカギを以って、その両腕に嵌った錠から己を解き放った。

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