百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話   作:もちごめさん

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ぼくはおでんになる ③

 またも船にこっそり潜り込み、ヤマトは背負った女の子を連れて鬼ヶ島へと帰りついた。

 無論、今回もまた誰の眼にも触れていない。爆発手錠を外して鬼ヶ島を脱走したことが露呈してしまう不安はもちろん据え置きであるし、加えて背中の女の子の命運をも背負ったステルスミッションは相当な緊張感を伴ったが、ともかくヤマトはやり遂げて、当初目指した安全な場所へと向かった。

 

 かつて初めて刀を振るい、今もよく修行場所としているお堂だ。鬼ヶ島の外周にあり、且つ寂れているそこは、めったに人が寄り付かない。しかもヤマトが占有していることが知れ渡っているために、誰か訪れたとしてもお堂の中を荒らされる心配も不要なのである。

 故にワノ国に出向く前、カギを外した爆発手錠も、ヤマトはここに隠していた。そしてその結果、錠はいつかに開いた床の穴の中で、誰にも見つかることなくヤマトを出迎えている。

 鬼ヶ島を出てから凡そ丸一日、誰にも見つからなかった秘匿性と、しかも簡単な応急手当の道具も持ち込んであるために療養できる環境も整っている。

 怪我を負った女の子を匿うのに、ここは最適な場所であるのだ。

 

 ――鬼ヶ島は冬の気候であるために、常春の花の都にいた女の子には少し厳しい寒さであるかもしれないが。

 

 

「……そういえば、収納のどこかに布団みたいなのがあったような……?」

 

 

 何かできないかと白い吐息と共に考えて、ふと、ヤマトは昔、初めてこの場所を探索した時のことを思い出す。

 ひとまず背の女の子を床に寝かせると、ヤマトは薄い記憶に導かれるまま、最奥の神棚の下の棚を開け放った。

 記憶通り、いったい何十年放置されていたのかわからないほどの埃と黴臭さが立ち込める。咳とくしゃみを誘発してくるその中に、ヤマトは躊躇うことなく身体ごと頭を突っ込んだ。

 

 そうして薄暗い中に散らばるガラクタを掘り進めながら、しかしヤマトの思考は己の背後の女の子のことを――花の都からここまで、結局目を覚ますことなく昏睡し続けている女の子のことを、考え続ける。

 呼吸は、徐々に取り戻しつつある。きちんと手当てをしてやれば、ほどなく意識は戻るだろう。

 だが、そうなった時が問題だ。

 

 治療した後の女の子をいったいどう扱うべきかという悩みは、未だヤマトの中で答えが出ていない。

 花の都の相撲取り、浦島曰く、花の都で食うに困って非行に走る孤児は後を絶たない。女の子もその一人であり、故に傷を治してはいさよならとはいかないのだ。彼女は生きるため、また食べ物を盗む他ないのだから。

 

 何かしらの手立てを考えなければならない。しかしヤマト一人の頭ではこれといった手は思いつけず、ならば女の子と話し合い、引き取ってくれそうな親戚や知り合いなんかはいないかと尋ねるくらいしかないかと考えるものの、そもそもきちんと会話ができるかどうかが不明瞭だ。

 なにせ、ヤマトの素性。ただの女の子である彼女が、百獣海賊団提督の子である自分と話をしてくれるだろうか。

 そんな不安が、彼女を背負ってからずっとヤマトの中で燻っている。ヤマトが生まれた年からワノ国を虐げ続け、そしてとうとう完全に支配してしまった百獣海賊団に対するワノ国の民の恐怖と反意は相当なものなのだ。

 

 とはいえ、国民の全員が全員そうだというわけではない。中には落ちたワノ国を見限って、強かなことに百獣海賊団に鞍替えする者もいる。

 ヤマトの友にも、そんな境遇の子が一人。あの子みたいに女の子もウチに――と、想像しなくはなかったが、彼女の場合、それはないだろう。孤児ということはつまり、彼女の親はカイドウとオロチによる支配の犠牲者になった可能性が高いのだから。

 

 となればやはり見通しは断然悪く、ヤマトは今からため息が止まらない。そんな思いで棚の探索を続け、そしてヤマトはとうとう目的のものを掘り当てた。

 いつ誰が着ていたとも知れない、古びた打掛だ。大人用サイズで、十分布団代わりになるだろう。

 が、やはり長年埃とカビに漬け込まれていただけあって非常に汚い。洗うか、せめて少しは汚れを払わなくては、別の病気を呼び込む羽目になるだろう。それほどに不衛生だった。

 あるいは払っても、怪我をしている女の子にはよくないかもしれない。危惧しつつ、しかしせっかく引っ張り出したものをまたしまうのも億劫で、ひとまずできる限りきれいにしてしまってから考えようとヤマトは決める。汚れたその打掛を片手に引きずり、外に出た。

 

 ――もとい、外に出るため戸を開けて、その時点でピタリとヤマトの動きは止まった。

 そしてヤマトの目の前の二人(・・・・・・・・・・)も、戸を叩こうと手を挙げた体勢のまま、ピタリと驚き固まる。はらはらと雪が舞い散る中、そうしてしばしお互い見つめ合い、やがて一足早く衝撃から立ち直ったヤマトが喜色満面で声を上げた。

 

 

「ジャックに、ブラックマリア! びっくりしたよ! ちょうど君たちのこと考えてたんだ!」

 

 

 魚人の男の子と、角の生えた人間の女の子――ジャックとブラックマリアは、いわばヤマトの修行友達だ。

 特にジャックはその血の気の多さからヤマトと同等以上に力に飢えており、強くなるため殴り合ったり切り合ったりはしょっちゅうな間柄。しかもお互い百獣海賊団内でも数少ない同年代の子供だということもあり、ヤマトにとってもカイドウたちや大名たちに次いで親しい相手だった。

 

 故に、彼らが自分を尋ねてきたことそれ自体もヤマトは嬉しかった。だが今はそこにサプライズ的な喜びが、ブラックマリアの存在によって加わっている。

 裾の短い振袖に琵琶を背負ったブラックマリアは、ワノ国の生まれだ。つまりさっきヤマトが思い描いた、ワノ国から百獣海賊団に鞍替えした友達その人。

 まるで示し合わせたようなタイミングで、ヤマトはつい、手にした打掛の要因(・・)も忘れるほどに興奮してしまったのである。

 

 

「あら……私のこと、考えてくれてたの? かわいいこと言ってくれるねェ♡」

 

 

 そんなヤマトの喜びように、薄く積もる雪の中でキョトンと視線をヤマトの向こう側(・・・・・・・・)に飛ばしていたブラックマリアが我に返る。ヤマトとジャックの一つ年上であるために姉ぶる彼女は、ヤマトの頭を抱きかかえるようにしてわしゃわしゃ撫でた。

 が、それでも弟をかわいがるには足りなかったらしく、「そうだ」とさらにニマニマ笑みを深くした。

 

 

「この間、遊郭の姉さんからお酌の仕方を習ったんだ。ヤマト坊ちゃんにしてあげようか? おでんみたいにハーレムがしてみたいって、前に坊ちゃん言ってたじゃないか♡」

 

「ほんと!? してみたい! ……けど、あれからよく考えたんだけど、お酌ってお酒を注ぐことでしょ? ぼく、大人じゃないからまだお酒は飲めないんだよね」

 

「あ……そっか。そういえばそうだ。そりゃ残念……」

 

「おい、おれたちはそんな下らねェ話をするために来たわけじゃないだろう、ブラックマリア! おれたちはカイドウさんの命令通り、確実にヤマト坊ちゃんに伝言を伝えなきゃならねェんだ!」

 

 

 と、ヤマトとブラックマリアが二人で親交を深め合っていると、痺れを切らしたというふうにジャックが声を上げた。

 ジャックは力に飢えているだけあって、特に強くカイドウを信奉しているのだ。ブラックマリアはその忠誠心に感心するような呆れるような面持ちで、「ああ、そうだね。ごめんごめん」とヤマトを放し、ジャックに前を譲った。

 そしてジャックは普段からほとんど放任主義な父親の伝言とやらに首を傾げるヤマトへと畏まり、賜った指令をそのまま口にした。

 

 

「じゃあ、伝えます。……『ヤマト、見せてェもんがあるから今すぐ港まで来い』」

 

「見せたいもの? ……なんだろ、珍しいお宝とか? それか……そういえば、ワノ国の大名が一人、まだ見つかってないんだっけ。もしかして……」

 

 

 捕まえたので、それを自慢する気なのではと、そんな想像がヤマトの中で膨らんでいく。もしこの想像が当たっていたなら、ヤマトのカイドウに対する好感度低下はさらに進行するだろう。

 そうならないことを祈りつつ、ヤマトは言葉を切ったジャックの間の中、一つ息を吐く。

 

 

「……まあ、わかったよ。それで、続きは?」

 

 

 そして伝言の続きを促した。ジャックはあれほど真剣だったのだから、まだ他にもっと重大な言葉があるのだろうと。

 が、しかし。

 

 

「……いや、これで全部です」

 

「……えぇ?」

 

 

 重大な言葉とか、そんなものは特に何もなかったらしい。ジャックの真剣な態度は、偏にカイドウへの忠誠心の賜物であったようだった。

 

 身構えていたヤマトは肩の力がガクッと抜けて、伝言内容を知っていたブラックマリアは声を潜めてクスクスと笑う。

 ジャックが抱く忠誠心は、やはり些かならず暴走気味だ。が、だからこそ使命をやり遂げたその瞬間、ジャックは安堵しその気と口が僅かに緩み、子供らしい好奇心が顔を出した。

 

 

「それで……ヤマト坊ちゃん。おれ、さっきからずっと気になっていたんですが……」

 

「あ、そうそれ、私も気になってたんだよ。なんか聞きそびれちゃってたけどさァ」

 

 

 同時にブラックマリアも忍び笑いから復帰して同調し、視線がジャックと同じ場所、ヤマトの背後へと向けられる。

 ヤマトがお堂の戸を開け現れた時からずっと、二人の眼には見えていた。ヤマトとの会話やカイドウの指令で後回しになっていたが、しかしジャックだけでなくブラックマリアもまた、それ(・・)をスルーできるはずもない。

 お堂の中で眠る見知らぬ女の子(・・・・・・・・・・・・・・)を見つめて、二人は同時に口にした。

 

 

「「その子、誰?」」

 

 

 バタンッ。

 

 二人が首を傾げた一秒後、開けっ放しだったお堂の戸を、ヤマトが後ろ手で勢いよく閉めた。

 しばしの無言。戸を閉めた振動でお堂の屋根から雪の塊が滑り落ち、ドササッと音が鳴る。しかしそれ以外の音は軒並み降り積もる雪に吸われて消えて、静寂が流れること数秒後。

 

 

「――えっ、何のこと?」

 

 

 ヤマトは真顔ですっとぼけた。

 

 

「えっ……いや、『何のこと』って、そりゃあ……」

 

「さすがにここから誤魔化すのはムリだと思うわよ、ヤマト坊ちゃん」

 

「い、いや、誤魔化すとかじゃないよ! 気のせい! 気のせいだって!」

 

 

 困惑するジャックに、冷静に突っ込むブラックマリア。そもそも戸を閉めるまでずっと視界に映っていたのだから、今更『気のせいだった』で片付けられるわけもない。

 加えて、戸を閉めてもヤマトはしっかり状況証拠を纏ってしまっている。

 

 

「……ヤマト坊ちゃんのでも、おれたちのでもねェ血のにおいがする。そいつ、百獣海賊団の子供じゃねェ……。つまり、侵入者だ……!」

 

「だ、だから違うってば! あの子は侵入者なんかじゃ――」

 

「侵入者じゃないにせよ、私たちが知らない子供がいることは確かじゃない。怪我してるその子を看病してやろうとしたのかしらね? でなけりゃそんな打掛なんて引っ張り出してこないだろう?」

 

「うぐ……」

 

 

 手に握りしめた汚れた打掛へと向く視線に、もはやヤマトは唸ることしかできない。

 

 

「それに実際、あんなきれいな青緑色の髪の毛をした子なんてウチにはいない。じゃあそれって、やっぱり外から来た侵入者じゃないか」

 

「うぐぐぐ……」

 

 

 そして続く追及にも、ヤマトは何ら言葉を返せなかった。

 故に、勝手に想像される真相はジャックとブラックマリアとの間でどんどん大きく育っていく。

 

 

「なんで侵入者なんて庇うんだ、ヤマト坊ちゃん! もしかして、そいつはワノ国の侍なのか!? ……ヤマト坊ちゃんが侍のこと好きなのは知ってるけど、だからってカイドウさんにも言わずに庇うのは許されねェ!」

 

「あんなめんこい女の子が侍だとは思えないけど……。でも、そうだね。侍じゃなくても、刀は持ってるのかも。ヤマト坊ちゃんから奪ってさ」

 

「奪った? ……っ! そういえばヤマト坊ちゃん、いつも腰に下げてた刀はどうしたんだ!? カイドウさんからもらった、大事なあの刀!」

 

「もしかしてあの子に奪われて、どこかに隠されちゃったんじゃないのかい? だから刀を取り戻すために、隠し場所を知ってるあの子を看病しなきゃいけなくなったとか……」

 

「……坊ちゃんがカイドウさんからもらった大事な刀を、よくも……ッ!! そんな奴、看病する必要なんてねェ!! 安心してくれ坊ちゃん!! おれがそいつを拷問して、隠し場所を聞き出してやる!!」

 

 

 子供の豊かな発想力が広がって、最終的に二人の話はそんな物騒な結論へと着地することになったのだった。

 

 そして血の気の多いジャックは、一度そうだと思い込んだら一直線。ヤマトから敬愛するカイドウのプレゼントを奪った不埒者に慈悲などないと、眉を吊り上げ肩を怒らせる。ヤマトがいつも目にする戦闘態勢で、その足をお堂へ向けた。

 だからヤマトは、慌ててその前に立ちふさがった。打掛を放り出し、口でダメなら身体でと、その身を挺して侵入者説を否定する。

 だがそんな弱々しい主張では、一途なジャックは当然の如く止まらない。

 

 

「邪魔しないでくれ、ヤマト坊ちゃん!! 大丈夫だ、キングの兄御がヤマト坊ちゃんにヘンなこと言ってた奴を拷問してるのを見たことがあるから、やり方はわかってる!!」

 

「いや、そうじゃなくってッ!! ぐ、ううッ……!!」

 

 

 進むジャックと止めたいヤマト。お互いの譲れない心情は、手と手で組み合い押し合いっこのような体勢へと繋がった。

 

 本来、ヤマトとジャックの実力はほぼ互角だ。修行での戦いも、勝ったり負けたりで勝敗は五分五分。“どちらの方が強い”というようなことはない、伯仲した力関係に二人はあった。

 が、こと膂力に関しては魚人であるジャックが上だ。ただでさえ、人間の十倍の力があると言われる魚人という種族。人間としては規格外なカイドウの血を注いでいるヤマトをしても十倍の壁はやはり厚く、且つジャックもまた非凡の才を持ち合わせているために、結果としてヤマトは徐々に力負けしていくことになる。

 

 一歩、また一歩とお堂への階段を上らされ、やがて背中が戸にガタンと当たる。しかもジャックはそうなってもまだ力を緩めることなく、ヤマトごと戸を押し破らん勢いだった。

 ミシミシと、木戸が軋む。ただでさえ古いお堂なのだから、いつ破れてもおかしくはない。そして戸を破られれば、怒れるジャックはそのまま宣言通り、奥で眠っているはずの女の子を手にかけてしまうだろう。

 

 

「っ――ぶ、ブラックマリア!! お願い、助けて!! ジャックを止めるの手伝ってよ!!」

 

「それはムリ。だってその子が侵入者だったなら、私だって排除すべきだと思うしね」

 

「だ、だから、あの子は侵入者なんかじゃ――」

 

「じゃあ何者なの? そこを教えてくれないと、私だって何もできないよ」

 

 

 一縷の望みに縋ってブラックマリアに助けを求めるも、返ってくるのはごもっともなそんな言葉。ヤマトが放り出した埃塗れの打掛を嫌そうに抓みながらそう言うブラックマリアに、ヤマトはやはり、己の迂闊さを呪うほかない。

 

 あの女の子の正体。すなわち、彼女を保護した経緯。それを説明しない限り、ブラックマリアから協力を得るどころか、その警戒心を解くことすら不可能だ。

 ジャックも、もはやヤマトの力では止められない。この状況を打破するためには、洗いざらい白状するしかないだろう。

 もはやそれは明らかで――だがしかし。女の子が侵入者でも侍でも、あるいはヤマトの刀を隠した不埒者でもないということを白状するということは、つまりヤマトが鬼ヶ島を出てワノ国に赴いた事実を二人に告白することと同義だ。そして二人、特にジャックは、きっとカイドウにその告白を報告してしまうに違いない。

 

 つまり、女の子の無実を証明すれば、その瞬間にヤマトはもう二度とワノ国には行けなくなってしまうのだ。

 

 ヤマトを鬼ヶ島に縛り付けている爆発手錠のカギは、より厳重に管理され、隠されることになる。少なくとも、もうカイドウの部屋の引き出しにしまわれるようなことにはならないはずだ。

 他の牢や武器庫、宝物庫などのカギと同じレベルに厳重に管理されることになるか、あるいはカイドウ自身が持ち歩くことになるかもしれない。なにせこれは百獣海賊団ではなく、カイドウとヤマトの親子の問題なのである。

 

 ともかく、どうであれもうヤマトは錠を外すことができなくなる。鬼ヶ島の外に出れば爆発する錠前がヤマトの両腕に嵌っている限り、ワノ国になど行けるはずもない。

 女の子を守るために白状すれば、もう生涯、ヤマトはその冒険心も正義感も発揮することが許されず、鬼ヶ島に軟禁されたままになってしまうことが確実だった。

 

 とはいえしかし、女の子を犠牲にワノ国行きのチケットを守ったところで、己の冒険心と正義感は守れないことも、ヤマトは理解できていた。

 ヤマトの望みは、あくまでワノ国を、百獣海賊団とオロチ将軍に虐げられる国の民たちを守ること。そして、立派な侍であるおでんになることだ。

 女の子を見捨てることは、決してそれには繋がらない。むしろそれはヤマトにとって、自らおでんであることを捨てるような行いでしかなかった。

 

 ――故に、そもそもからしてヤマトに選択の余地などなかったのだ。

 

 

「ッ――わかった!! 言うよ!! ちゃんとあの子のこと説明するから!! だからジャック、いったん中止!!」

 

「……はい」

 

 

 とうとう腹をくくったヤマトが声を上げ、ジャックが渋々といったふうに力を抜いた。

 そして劣勢だった力比べから解放されたヤマトも、これから無に帰す“自由”へはあぁと大きなため息を送りつつ、急かすように自身を見つめる二人の視線に渋々なふうに口を開いた。

 

 

「……あの女の子、花の都の孤児なんだよ。それがお相撲さんに痛めつけられてて……全然目を覚ましてくれなくて、放っておくわけにいかなくて、それで……」

 

「孤児……?」

 

 

 と、不服なしかめっ面をしていたジャックが反応し、眉を上げた。続いてさらにブラックマリアもハッと顔を持ち上げる。

 

 

「花の都の……ああ、それであの時、『ちょうど君たちのこと考えてたんだ』なんてこと言ってたのかい。……というか、待って。花の都って……!?」

 

「っ! そうじゃねェか! 鬼ヶ島から出たら、ヤマト坊ちゃんの爆発手錠が! 坊ちゃん、腕は大丈夫なのか!?」

 

「さっき取っ組み合ったじゃん。どこ掴んでたか、もう忘れちゃったの?」

 

 

 やはりすぐさまそこに行き着き、ジャックが慌てた様子でヤマトの腕を掴み取った。心配が勝ったそのあまりの勢いに、またしてもヤマトの背中がお堂の戸に押し付けられる。

 いっぱいの心配を顔に浮かべて、ジャックはさらに狼狽しながら首を傾げた。

 

 

「じゃ、じゃあ坊ちゃん、どうやって鬼ヶ島の外に……」

 

「別に、普通にカギで外したんだよ。帰ってきてからつけ直しただけ」

 

「それって……カイドウ様を出し抜いたってこと? 実の親とはいえ、よくやれるねぇ、そんな事」

 

「うん、まぁ……」

 

 

 呆れのおかげか、錠の事実は案外すんなりヤマトの口から語られた。

 が、しかし口にして、唖然としたふうなジャックとブラックマリアの顔を見てしまえば、やはり未練が顔を出す。

 

 

「……それで、このことなんだけど……。お父さんたちには内緒にして……くれたり、しないかなぁ……?」

 

 

 そうしたら女の子もヤマト自身も皆ハッピーな大団円で、今回の件を締めくくれるのだが――と。

 おずおずと、ヤマトがそれを口にした。その時だった。

 

 バキバキっと、ヤマトの背中を押し付けられていたお堂の戸が、とうとう軋む音ではなく破砕音を奏で始めた。

 押し留められていた身体が戸に埋もれていくように後傾し、あっヤバイと、ヤマトがそう思った時にはもう遅く――

 

 

「わっ――ぶへっ……!」

 

 

 戸はヤマトの身体に押し破られ、あっけなく崩壊してしまうことになった。

 ボロボロ崩れる木片の山が、仰向けに倒れたヤマトの上に降ってくる。もわもわと立ち込める埃はまたもヤマトの喉と鼻を刺激して、その身に咳とくしゃみがこみ上げた。

 だが、その間に響いた小さな悲鳴は、そんな生理現象すら押し退けた。

 

 

「ひぁっ――だ、誰ですか、あなたたち……!」

 

 

 仰向けになった視界、埃舞い散るその中に、半身を起こして怯えた眼をこちらに向ける、青緑色の髪をした女の子。

 ついさっきまで静かに目を閉じ昏々と眠り続けていたその子が、目を覚ましていた。

 

 

「キミ、気が付いたんだ! ああよかった! ぜんぜん目覚める気配もなかったから、ぼく、心配だったんだよ!」

 

 

 動くその姿を認め、途端、ヤマトの中は歓喜と安堵でいっぱいになった。木片の中から勢いよく身を起こし、ヤマトはその衝動のまま、女の子の下へ突進する――前に、ブラックマリアにその襟首を捕まえられた。

 

 

「落ち着きなって、ヤマト坊ちゃん。そんな汚い格好で詰め寄ったりしちゃ、怖がられる上に嫌われちまうよ。ほら、せめて埃を払って」

 

「ぐえっ……そ、そうだね、ごめん。それじゃあ……ええっと、どうしよう?」

 

「まずは自己紹介でもしたらどうだい? あの子も、目が覚めたらこんなお堂の中で訳が分からないだろうしさ。……あ、私はブラックマリアっていうんだ。よろしくね。それで、あっちのしかめっ面の男の子がジャック。そんでもって、こっちの埃塗れなのが――」

 

「ヤマトだよ! 本当に、キミが死ななくてよかった!」

 

「え、ええっと……」

 

 

 ブラックマリアの手により足はお堂に入ってすぐの地点で止まったものの、ヤマトのその、自分の自由を賭けて助けた女の子が無事だったことへの喜びは変わらない。

 ブラックマリアに勝手に紹介されたジャックとの対比も相俟って、そのニコニコ笑顔は女の子が思わず警戒心をゆるめてしまう程だった。

 

 そして、そうして女の子から怯えの色が薄れると、次に表層に出て来るのは困惑のそれ。己を見つめる視線にヤマトは目敏くそれを捕まえ、パタパタと服の埃を払いながら口にした。

 

 

「……もしかして、何があったか覚えてない? キミ、花の都でお相撲さんになぶり殺しにされそうになってたんだよ?」

 

「お相撲さんに、わたしが……?」

 

「うーん……あ、そうだ! そういえば、あの時はお面付けてたんだっけ! ……これで思い出せるかなぁ?」

 

 

 助けたことも忘れられているのかとほんの少しだけ寂しくなっていたヤマトだったが、ふと当時、自分は鬼のお面で顔を隠していたことを思い出した。

 ピンと来ないわけだ。間抜けな気分になりながら、懐からお面を取り出しかぶって見せる。

 女の子は鬼が怖いのか何なのか一瞬身を強張らせるも、すぐに何か感じるものがあったのかお面を凝視して――そしてしばらくそうした後に、あっと小さく声を上げた。

 

 

「そうだ……わたし、とっても痛くて、辛くて……もう死んじゃうのかなって思ってたら、あなたが……!」

 

「そうそう! とはいってもあの時は、なんでかお相撲さんがいきなり気絶しちゃったんだけどさ。でもその後は、ばっちり――」

 

「ご、ごめんなさいっ……。違うの……あの時、悪いことをしたのはお相撲さんじゃなくって……お相撲さんのお稲荷さんを盗んじゃった、わたしの方で……っ!」

 

 

 ばっちりそのお代も弁償してきた、とヤマトは続けようとしたのだが一足遅く、女の子の両の目から後悔の涙が溢れだした。

 

 「ごめんなさい」と、相撲取りに命を奪われそうになりながらも謝り続けた女の子の清い心は、思い出してしまった罪の意識に絡め取られてしまう。ヤマトは慌てて言葉の続きを紡ごうとするも、迷惑なことに、それまで黙っていたジャックが反応を示してしまった。

 

 

「盗んだ……? 孤児だって話だったが、泥棒なのか……?」

 

「っ……」

 

「こらジャック! 別にこの子はやりたくて泥棒したわけじゃないんだよ! ……お腹が空いてて、仕方なくだったんだろう?」

 

「そ、そうだよ! キミは何にも悪くない! 悪いのはワノ国を滅茶苦茶にしたオロチと、それに手を貸したカイドウなんだから!」

 

 

 泥棒と呼ばれて一層辛そうに涙をこぼした女の子に、ブラックマリアのお姉ちゃん力が発動したようだった。掣肘し、女の子の下で慰めるように硬く握りしめられたその手を撫でて、ついでに誇りを払い終わったヤマトもそれに同調し、声を上げる。

 が、その言い分はカイドウの信奉者たるジャックにとって言語道断なもの。実子であるヤマトの言葉であるため強く出ることはできなかったが、それでも眉間にはしわが寄っていた。

 それをまた、ブラックマリア呆れたような調子で諫めた。

 

 

「だからおっかない顔はよしなって。男の子がこんなめんこい子を怖がらせたりしちゃダメだよ。男が廃るってやつさ」

 

「……なんだ、それ」

 

「……よくわかんないけど、花魁の姉さんが言ってたんだから間違いないよ。……あ、そうだ。あんたお腹が空いてるんだろう? 姉さんから舶来のおかし、ちょこれーとっていうのをもらったんだけど、食べるかい?」

 

「ぐすっ……だ、ダメ……。わたし、悪い人だから……そんなの、もらえない……っ」

 

 

 ジャックをあしらい、とうとう女の子を腕の中に抱えて愛で始めたブラックマリアが差し出した黒色の粒を、女の子は拒絶する。甘いにおいにぐぅとお腹は正直な返事を返したが、それでも頑なに顔を背けた。

 だがそうまでしないといけないほどの罪は、本当にもうどこにもありはしないのだ。ヤマトはようやく、女の子にそれを伝える。

 

 

「お稲荷さんの事なら、もう気にしなくても大丈夫だよ。お相撲さんにはぼくがばっちり弁償しておいたからさ」

 

「え……」

 

「……ああ、なるほど。それで大事な刀をやっちまったわけかい」

 

 

 ブラックマリアの呆れたふうなため息に、女の子がぽかんと呆けた。ヤマトは大きく頷くと、堂々とさらに言葉を重ねる。

 

 

「お相撲さんも、それで納得してくれた。だから、もう誰もキミのことを悪い人だなんて思ってないよ。罪はもう、どこにもないんだ」

 

「っ……で、でも、代わりにあなたの大事な刀が……」

 

「あれ、巻き藁も切れないくらいのとんでもないなまくらだったんだよね。全然、大した貸しじゃないよ。それでも返したいなら……キミの名前、教えてほしいな。それで十分、足りるからさ」

 

「っ……!」

 

「だからさ……キミも、キミのことをもう許してあげなよ」

 

 

 女の子の目に、また涙が盛り上がった。だが今度のそれは今までのように後悔と罪悪感から滲み出たものではない。

 安堵の涙が、頬を伝って滴った。

 

 

「……っあり、がとう……っ」

 

「うん……!」

 

 

 ヤマトはもう一度、大きく堂々頷いた。

 

 初めて侍として誇れることをやり遂げられた。そんな誇らしい心地だった。

 刀の扱いに腕っぷしの強さにと、おでんを名乗るには何もかもが足りていないと自覚させられてだかりだったヤマトにとって、これは初めての成果なのだ。大名たちが太鼓判を押してくれた侍の“魂”を証明できたことこそが、ヤマトは何よりもうれしかった。

 

 そしてもっと単純に、この女の子を助けることができてよかったと、心の底から強く思った。

 なにせ生きるために仕方のない盗みにも罪悪感を抱いてしまうくらい、女の子はいい子なのだ。

 純粋で優しいそんな子が、潰れてしまいそうなほどの罪の意識に苛まれるなどあまりにもかわいそう。だからこそ、そんな暗闇から女の子が解き放たれたことが、ヤマトは嬉しくてたまらない。

 そしてそれは、ブラックマリアやジャックもそうだった。

 

 

「私にも教えておくれよ、あんたの名前。ほら、お代にチョコレートあげるから」

 

「……おれは興味はねェが……言いたいのなら、聞いてやる」

 

 

 ブラックマリアは酷く優しげな顔をしながら女の子の頭を撫で、そしてジャックはとめどなく温かな涙をこぼす女の子を静かな眼差しで見つめている。

 女の子は両手で涙を拭うと、赤く腫れた目に安心しきった笑顔を浮かべ、それに応えた。

 

 

「私は……日和、です……! ありがとう、ヤマトさん、ブラックマリアさん、ジャックさん……っ!」

 

 

 皆が、穏やかに微笑んだ。

 ジャックもまた厳めしい顔を緩めたが――しかし当人にとってはそれはそれ、これはこれ。憐れみつつも、ジャックはあくまで百獣海賊団の一員として口を開いた。

 

 

「それで、こいつはいったいどうするんだ、ヤマト坊ちゃん。敵じゃなくても、仲間じゃないならやっぱりさっさと追い出すべきなんじゃねェか?」

 

 

 ヤマトもブラックマリアも、そして女の子――日和も、一瞬あっけにとられることになった。この状況でその話を続けるのかと、信じられないものを見る眼が集中する。

 とはいえその話題は知らんぷりできるようなものではなく、故にドン引きしながらも、ヤマトはやむなくそれに答えた。

 

 

「え……いやでも、日和は身体中、怪我してるんだよ? 花の都に放り出したりしたら、きっともっとひどくなっちゃうし……それにこのままじゃ、この子はまたお腹が空いて苦しむことになるだけじゃないか」

 

「それはおれたちには関係ねェです。どうせそいつは、おれたちの仲間じゃねェんだから」

 

「ちょっとジャック! さすがにそんな言い方はないんじゃないかい!? 今更見捨てるなんて、そんなのあまりにもかわいそうじゃないか!」

 

 

 ブラックマリアが声を上げた。日和の口にチョコレートを突っ込んでやりながら、その味と話題とで目を白黒させる日和を腕の中に抱え込む。

 もはやヤマト以上に日和にほだされてしまったブラックマリアは、そうしてお姉ちゃん力を発揮して日和を守りにかかり――その直後、その思い故にか、ハッと一つ、思い立った。

 

 

「そうだ……仲間じゃないから世話ができないのなら、仲間になっちゃえばいいんだよ! 私たちの仲間にさ!」

 

「そりゃそうだけど……でも、それを決めるのは日和だよ、ブラックマリア」

 

 

 さも最高のアイデアを思い付いたというふうに喜ぶブラックマリアだが、しかしヤマトは平静を保つ。ヤマト自身、それは当初から頭にあった理想の展望の一つであるのだ。だからこそ、それがいかにか細い可能性であるか、しっかりと理解できている。

 

 

「あ、あの……そもそも、みんなはいったいどこの子なの……? ここは、どこ? さっきのお菓子、花魁のお姉さんからもらったって言ってたけど……もしかして、みんな遊郭の子……?」

 

「あ、いや、違う……んだけど、えっと……」

 

 

 途中まで言いかけて、ブラックマリアも気が付いた。ワノ国の民のほとんどは、百獣海賊団にいい印象など皆無であるのだ。

 普通に考えて、仲間になることを了承するはずもない。それどころか、ここがその百獣海賊団の居城である鬼ヶ島だと知ってしまえば、その眼にはたちどころに恐怖ばかりが満ちてしまうことだろう。そうなればもはや、説得も何もない。

 

 故に、とにかくこの話は慎重を期さねばならない。そしてそのための覚悟は、日和が目を覚ます前からできている。

 だからブラックマリアから送られてくる「どうしよう」の視線に、ヤマトは力強く頷いた。頷き、そしてまずはとにかく自分たちが日和の味方であることを確かにしようと口を開こうとして――

 

 

「おれたちは百獣海賊団だ! そしてここは鬼ヶ島。カイドウさんが治めるおれたちの島で……しかも、このヤマト坊ちゃんは、カイドウさんの実の息子なんだぞ!」

 

 

 すごいだろう、と。誇らしげに胸を張ったジャックが、あっさり言ってしまった。

 

 おバカ!! と、心の中でヤマトとブラックマリアの声がシンクロする。

 無論、ジャックに日和を怖がらせてやろうなどという邪心はない。これはジャックがワノ国出身でないためにワノ国の民が抱く百獣海賊団への恐怖がイマイチ理解できていないことと、ジャック自身の強大な力を持つカイドウへの敬愛が合わさった結果の言葉なのだ。

 だがだからこそ質が悪く、カイドウの勢力の一員であることを自慢するだけならまだしも、顔を立てたつもりなのかヤマトの素性まで暴露してしまった。

 

 これではもはや、味方なのだというヤマトの言葉が日和に届くはずもない。少なくとも、平静を保って聞いてくれるわけもない。事実、恐る恐るに目をやった日和の顔は、死人と見紛うくらいに真っ青になっていた。

 

 否、それ以上(・・・・)だった。

 

 

「か、カイ――ッ!! や……いやッ!!」

 

「きゃっ……!」

 

 

 恐怖に駆られた日和が、自身を抱きしめるブラックマリアを突き飛ばした。腕の中から逃れると、信じられないと恐怖とショックが入り混じった眼差しが後退り、そのままお堂を飛び出していってしまった。

 

 身体はまだまだ痛むだろうに、そのことに気付いてもいないかのような狂乱っぷり。あっという間のことで衝撃が抜けきらないヤマトとブラックマリアは、雪が降る中遮二無二駆ける日和の背を見ているしかない。

 そんな中、呆れたふうにジャックが言った。

 

 

「……なんだ、あいつ。怪我してる割に元気じゃねェか。これなら花の都に帰しても大丈夫なんじゃ――」

 

「いやそんなわけないから!! ジャックのせいで無理してるだけだからっ!!」

 

 

 突っ込み、しかしそんな場合ではないとヤマトは勢いよく立ち上がる。ブラックマリアも続き、ジャックに叫んだ。

 

 

「とにかく追うよ! あんな髪色のめんこい子、ウチにはいないからね! 人に見つかったら、すぐに侵入者だって騒ぎになっちまう! お屋敷に入る前に捕まえないと……!」

 

 

 日和が、殺されてしまいかねない。そこでようやくジャックも事の重大さに気付いたらしい。

 三人は雪の上に残る足跡を追って駆け出した。

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