百獣海賊団の家族問題が少しだけマシだった場合の話   作:もちごめさん

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ぼくはおでんになる ④

 日和は、普通の女の子だ。

 少なくとも、ヤマトやジャックやブラックマリアのように武道の類を修めているわけではない。身体能力には天と地ほどの差があって、故に日和一人に対してヤマトたち三人が追いかける鬼ごっこなど、本来ならば勝負にもならない手合い違いだ。

 

 がしかし実際のところ、恐怖に駆られた日和の足は、ヤマトたちにも追いつけないほどだった。

 “本来”を覆してしまうほど、日和の恐怖心は激烈なものだったのだ。そこをヤマトたちは読み違え――そしてその結果、狂乱する日和はそのまま雪の中を駆け抜けて、岩山に同化するように建てられた屋敷へと侵入を果たしてしまったのである。

 

 そしてそうなると当然、ブラックマリアの危惧が現実のものとなる。

 屋敷は鬼ヶ島の中央部で、百獣海賊団の本拠地なのだ。あまりに巨大で広大故に人口密度は意外と低いが、それでも迫れど追いつけない追走劇をドタバタと繰り広げていれば、誰とも遭遇しないなんてことはあり得ない。

 ヤマトたちは四人のままいくつもの廊下や階段を駆け抜け、障子やふすまをぶち破ったりしてきたが、しかしとうとうその時――もう何個目かもわからない階段に差し掛かろうというその瞬間に、前方の下り階段から、彼らは慌ただしく現れた。

 

 

「クソ……何なんだ、さっきから! どこのどいつが暴れてやがんだ、全く……!」

 

「部屋が何個も滅茶苦茶になってたって話だぜ。もしかして、この前の反乱で死に損なった侍が討ち入りに来たんじゃねェか?」

 

「そうだったらおれたちで返り討ちにしてやろうぜ! 名のある侍なら、うまく行きゃあ昇格も夢じゃねェ!」

 

 

 階段の奥から生えてくる頭が、一つ、二つ、三つと続いて、合計七人。みんな手に武器を持ち、百獣海賊団の構成員たちは既に戦う気満々だった。

 ヤマトの一歩後ろを走るブラックマリアが、怯えたふうに声を上げる。

 

 

「ヤマト坊ちゃん……!」

 

「わかってる!!」

 

 

 わかっているが、しかしどう考えても手が届かない。日和との間にはいつどこの角で見失ってもおかしくないくらいの距離が未だに開いている上に、止めなければならない男たちはそのさらに向こう側なのだ。

 

 そしてそんな男たちが、ヤマトが歯噛みした数舜後、日和に気付いておしゃべりをやめた。「なんでガキが」と、その姿を認めて目を丸くするも、しかしその手は身に滾らせた戦意の赴くまま、握った武器の切っ先を日和の方へと向けてしまう。

 初めて日和を見つけた時と同じだった。間に合わない。

 故に、ヤマトはまた、口からその想いを吐き出すことしかできなかった。

 

 

「やめろッ!! 百獣海賊団!! その子に手を出すなッッ!!!」

 

「ッッ!!? ヤマト坊ちゃん!!?」

 

 

 だがしかし、二度目のそれは百獣団員たちを気絶させることはできなかった。ヤマトの問題か、それとも百獣団員たちが相撲取りよりも気丈夫だったからなのか、相撲取りの浦島を昏倒させたようなあの不思議な現象は起こらない。

 精々が、日和へ駆け出す彼らの足を、一瞬怯ませ止めただけだ。

 だが、それが起点となった。

 

 

「イヤ――、どいてッッ!!!」

 

「ぶほぁっーー!!?」

 

 

 迫る百獣団員へ、日和は見事なドロップキックを叩き込んだ。

 走る勢いをそのまま乗せた、美しさすら感じるような一撃だった。格闘好きのブラックマリアが状況を忘れ、「おやまあ、お手本みたいなきれいなフォーム」なんて思わず零してしまうくらい。

 

 武器を持った荒くれ者七人を相手に躊躇なく飛び込んでいけたのは、背後に迫るヤマトの存在がそれほど恐ろしかったからであるのだろう。

 あるいは単に錯乱していただけか――ともかく日和の一撃は、百獣団員たちの先頭、一際大きな偉丈夫の顎にクリーンヒットすることとなり、その意識を有無を言わさず断ち切った。

 後傾し、階段の向こうへと倒れていく男。ヤマトの一喝で足を縛られてしまった背後の六人には、階段を転げ落ちてくるその巨体を回避する術がない。「ぎゃーーーー!!!」という悲鳴と共に木材と武器の金音からなる騒音を撒き散らしながら、彼らはヤマトたちの視界から消え失せてしまうのだった。

 

 そして勢いの乗ったドロップキックを放った日和もまた、勢い余って一緒に階段を飛び降りてしまった。

 百獣団員撃退に安堵する間もなく、ヤマトたちの心臓が跳ねる。男たちの雪崩に日和が巻き込まれてはいないかと、今度はそんな不安に駆られたが、階段の下を覗き込んで見れば幸いなことに日和は無事だった。もみくちゃになって気絶した男たちの塊が上手くクッションになったらしく、立ち上がってまた走り出している。

 が、それでも『何の影響もなく済んだ』というわけにはいかなかったようだった。

 元より花の都での傷が残るその身体。今までは恐怖がそれを覆い隠して身体を無理矢理動かしていたのだろうが、今さっきの衝撃でとうとうそれが難しくなってきたらしい。逃げる足が、明らかに遅くなっていた。

 

 そうなってしまえば、もはや時間の問題だった。ヤマトたちも一気に階段を飛び降りて、日和との間に開いていた距離が見る見るうちに縮まっていく。日和はそれでも痛む身体を必死に走らせ逃れようと足掻いたが、しかし当然、どうしようもない。

 

 

「――日和っ!」

 

「ッッーーーー!!」

 

 

 広く薄暗い廊下の突き当り、大扉を押し開けようとしたところで、とうとうヤマトは日和の手首を捕まえたのだった。

 

 

「ふぅーーー! すごいね日和! まさかキミがこんなに足が速いなんて思わなかったよ!」

 

「ああ。武器を持った敵に突っ込んでいくその度胸も中々だった。褒めてやる」

 

「そうそう、あのドロップキックも――じゃなくって! 日和、怪我してるんだろう? あんなに動いて身体は大丈夫なのかい?」

 

 

 各々、まずは純粋に賞賛を口にする。強さを貴ぶ百獣海賊団で育った癖のようなものだ。

 

 とはいえ、特にブラックマリアは加えてその中に心配を覗かせたが、しかし、その想いが日和に届くことはなかった。

 日和は三人の言葉と掴まれた手首を、恐怖と敵意と――そして失望で以って、乱暴に払い除けた。

 

 

「や、やめて、離してっ!! 百獣海賊団の手先だったなんて……そんな人たちと話すことなんて、何もないからっ……!!」

 

「わっ! お、落ち着いてってば日和! そりゃあぼくもジャックもブラックマリアも百獣海賊団の子供だけど……少なくともぼくは、キミの味方だから!」

 

 

 じゃらんと爆発手錠に繋がる鎖が鳴る。拒絶されながら、しかしもちろんヤマトは再び日和の手を掴んだ。

 

 ジャックとブラックマリアに関しては、日和の言っていることが正しい。二人はカイドウの命令で動く百獣海賊団の一員だ。特にジャックなどはカイドウの命令があれば、例え内心イヤでもその暴力をワノ国へと向けるだろう。

 ワノ国の住民である日和の味方だと、胸を張って言うことはできない。だからブラックマリアも日和にどこの子なのだと聞かれた時、言葉に詰まってしまったのだ。

 だがしかし、ヤマトは違う。ヤマトだけは、日和の味方だと嘘偽りなく言うことができる。

 

 

「嘘っ!! だってヤマトは、カイドウの娘なんでしょう!!?」

 

 

 なぜならば――

 

 

「違うよ! だってぼくは男で――そして、おでんだから!」

 

 

 ヤマトが百獣海賊団の一員でカイドウの子であるのと同時に、光月 おでんであるからだ。

 そう、胸を張って言うことができるからだ。

 

 誰もが慕う偉大な侍だった、光月 おでん。ワノ国の民にとって、これ以上の味方などいるはずもない。故にヤマトは脳裏に「えっそうなの!? じゃあ味方だね!」と笑顔に変わる日和と――あるいは「嘘つかないで! あなたなんかおでん様じゃない!」と罵倒してくる日和の両方を思い浮かべた。

 侍の魂を持ち合わせてはいるものの、腕っぷしを筆頭としておでんを名乗るには何もかもが足りていないことをヤマトは自覚していた。今の自分は、精々二割くらいしかおでんではないのだろうと。

 故に可能性から考えて、恐らく信じてはもらえない。けれどもしかし、二割だけとはいえ、ヤマトは確かにおでんなのだ。

 

 カイドウの子であることと同様に、それを否定することはできない。

 だからこそ、その信念が伝わることを祈りつつ、ヤマトは胸を張っていた。堂々と罵倒される覚悟を固め、身構えていた――のだが、しかし。

 

 

「……日和?」

 

 

 日和はヤマトを罵倒することも、もちろん信じて笑顔を浮かべることもしなかった。

 日和は呆然とヤマトを見つめたまま、ただ固まっていた。

 

 ヤマトがまるで想像していなかった反応だった。呆けて固まるその表情は内側の感情をも停止させてしまっており、さっぱり何も伝わってこない。

 だが、ブラックマリアとジャックには何かしらが分かったようで、二人して頭痛を堪えるようにため息を吐いた。

 

 

「……まあ、私たちはもう随分慣れたけど……そのぶっとんだおでん様宣言、普通の人が聞いたら、そりゃ『何言ってんだろうこいつ』ってなっちまうよ」

 

「正直おれは今もよくわかってねェんだが……誰かが『ヤマト坊ちゃんは気狂いなんだ』って言ってた。カイドウさんの娘のくせにおでんを自称する頭のおかしな奴なんだから、深く考えるだけ無駄だって。おれもそう思うことにしてるから、日和も適当にそう思ってりゃいいぞ」

 

「ちょっとジャック、その話、誰が言ってたの? 教えてよ、あとでぶっ飛ばしに行ってやるから」

 

 

 気狂いだなんて、全く失礼極まりない。ぼくは全くもって正気そのものだ。……というかジャック、ぼくの事そんなふうに思ってたの!?

 ――などと喚き散らしたくなるくらいに屈辱的な噂話が蔓延していることを知ってしまったヤマトだが、しかし溢れ出る不満はそこまでで呑み込んだ。

 

 今はそんな場合ではないのだ。とにかく気狂いでも何でも、ヤマトは日和の味方なのだと信じてもらえさえすればそれでいい。

 そんな決意を以ってして、ヤマトは未だ呆然としたままの日和の両肩をがしっと掴む。

 

 

「とにかく、ぼくは日和の味方だ! 百獣海賊団の奴らみたいに、キミに酷いことをしたりとか、絶対にしないから! むしろカイドウたち百獣海賊団はぼくの敵なんだよ!」

 

「……まあ、そういうこと。私らを味方だって思わなくてもいいし、ヤマトのことも頭がおかしい奴って思ってていいけれど……でもそれは、嘘でも冗談でもないんだよ」

 

「ありがとう、ブラックマリア! でもキミもジャックも、敵だけど友達だよ!」

 

「ははっ、なんだいそりゃ。敵なのに友達って、滅茶苦茶じゃないか」

 

 

 言葉を呑み込みヤマトを立てたブラックマリアに礼を言いつつ、それだけははっきり告げる。途端にブラックマリアと、それにジャックも背後で苦笑するように笑みをこぼすが、例えどれだけ支離滅裂と言われようが、この想いもまたヤマトにとって嘘でも冗談でもない本心だ。

 

 

「敵だから仲良くしちゃいけないなんて、そんな決まりはないよ! 例えこの先いつか戦って、どっちかが死ぬんだとしても、そんな事は“友達”には関係ない。でしょ?」

 

 

 そう、関係がない。いずれ敵同士になり、戦う運命なのだとしても、今友達であるという事実はなくならない。

 

 

「キミたちがカイドウの百獣海賊団で、ぼくが立派な侍で……おでんだとしても、そんな事は関係――」

 

 

 ない。そう言いかけた、その直前だった。

 

 

「やめてッッ!!!」

 

「っ――!!?」

 

 

 日和の絶叫が、ジャックとブラックマリアへ向いていたヤマトの意識を力づくで引きはがした。

 そして逆にヤマトを掴んだ日和の手が、そのままヤマトを背後の大扉へと突き飛ばす。勢いで戸が開いてそのまま倒れ込むことになったヤマトは、薄暗かった廊下から一転して明るい照明の光の下で、日和に馬乗りにされることになった。

 

 ヤマトを見下ろす日和の顔は、涙と憤怒で濡れていた。

 

 

「カイドウの子なんかが、父上の名前(・・・・・)を騙らないでよッッ!!!」

 

 

 罵倒されることはわかっていた。そしてその、怒りの源も。

 日和は孤児だ。つまりは親を亡くしている。そして今の時勢、子を残して親が死ぬ要因など一つだけだろう。

 日和の親は、百獣海賊団の手によって殺されてしまったのだ。そして恐らく、侍だったのだ。先の反乱に加わって百獣海賊団に挑み、討ち死にしてしまったと考えるのが自然。

 故に、ヤマトが日和の父親――“侍”を名乗ることに怒るのも、当然のことであるのだ。

 

 そのはずなのだ。が、しかし――

 

 

「――“父上”の……?」

 

 

 名前。

 日和の怒りは、侍を自称したなどという表面的な憤りを遥かに超えて、激しく燃え盛っていた。

 

 もっと深く、より近い、称号などではない大事な誰か(・・)を侮辱されたような、明確な憤怒。あるいはそれは――“父上”というその二文字を、あり得ない偶然へと繋げようとしており――

 そして、その時。

 ヤマトの頭の中でそれが繋がる直前に、そんな日和の断末魔は断ち切られることになったのだった。

 

 

「――ウォロロロ!! なんだ、騒がしいと思ったらお前らか! 何をやってんだ、こんなところで!」

 

 

 カイドウの笑い声が轟いた。

 

 

「っ! お父さん!」

 

「っひ――!!!」

 

 

 同時に日和が跳ね起きるようにヤマトの上から飛び退いて、そしてヤマトの視界に屋敷で一番広い空間、ライブフロアの天井と、こちらを覗き込む巨大な龍の頭が映り込んだ。

 

 姿もサイズも全く別次元だが、それは悪魔の実の力で巨大な青龍へと変化したカイドウ本人だ。

 だがしかし、並の人間であれば見ただけで腰を抜かしてしまうほどの威容と迫力があろうとも、ヤマトにとってそれは己の父親でしかない。その到来に胸をなでおろし、仰向けの身体を持ちあげて――しかし、身を起こすなり見えた日和の顔に、一瞬にして我に返る。

 

 

「あぁ……? ヤマト、後ろのガキは誰だ? ジャックとブラックマリアはともかく、そっちの青緑色の髪は見覚えがねェんだが……」

 

「ええっと、その……さ、最近ウチに入った子だよ! 仲良くなったばっかりでさ!」

 

 

 カイドウの姿を目にするなり、瞬く間に真っ青な怯え顔に逆戻りしてしまった日和を背に庇い、ヤマトは必死に適当な経緯を紡ぎ出す。

 日和が侵入者だとバレてしまえば怪我が治るまで匿うこともできなくなってしまうと、当初の通りの危惧を抱いて。

 

 だがしかし、もはやそんな取ってつけたような誤魔化しには何の意味もなかった。

 

 

「そいつはヤマト坊ちゃんが花の都で拾ってきた孤児です。カギで爆発手錠を外して、こっそり一人で鬼ヶ島を出てたらしいです」

 

 

 ジャックが、あっさりとしゃべってしまった。

 ヤマトから非難の眼が向けられる。

 

 

「……なんで言っちゃうんだよ。そりゃジャックは敵だけど、今くらいは味方でいてくれてもいいんじゃないの」

 

「だって……カイドウさんに嘘はつけねェし……。それにヤマト坊ちゃん、カイドウさんの部屋からカギを盗んだんだろう? カイドウさんが盗まれっぱなしで気付かねェってことはねェんじゃねェか……?」

 

「あ゛!? あー……まあ、そうだ。気付いてたぞ、ウォロロロ……」

 

 

 ジャックの指摘は正しかったようだ。カイドウが、なぜかその龍の顔に冷や汗をかきながらではあるが、頷き笑っている。

 つまり、ヤマトの鬼ヶ島脱走は初めからバレていたということだ。日和が百獣海賊団の新入りなどではないことも、最初から知っていたことになる。

 カイドウのあの質問も、必死にそれを隠そうとするヤマトを嘲笑うためのものだったに違いない。カイドウに対するヤマトの好感度がまた下がった。

 

 とはいえしかし、ヤマトはそれに言い返すことはできない。ジャックにしてもそうだ。どこか申し訳なさそうに泳ぐその眼は、崇拝の域でカイドウを信奉している彼にとって精一杯の友情を示してくれたその証。そもそもからして、ジャックに黙っていろと言うほうが酷なのだ。

 そして、そうなってしまえばもはやヤマトに取れる選択肢は多くない。故にヤマトは覚悟を固める他になく、大きく息を吸い込み、そして吐き出すと――口にした。

 

 

「……わかったよ、認める。ぼくはお父さんの部屋からカギを盗んで、勝手にワノ国に……花の都に行ってた。お父さんはぼくのことを心配してくれてたのに、ごめんなさい」

 

 

 頭を下げつつ――とはいえ内心、それでも鬼ヶ島から出たら爆発する錠なんてものをつけてヤマトを軟禁したカイドウが悪いのだという思いはとめどなかったが、なんとか心の奥底に押し込めた。

 自分の不満などよりも重要なことがあるのだからと、尾を引く思いを断ち切って、ヤマトは堂々とカイドウに対峙する。

 

 

「勝手に手錠を外して花の都に行ったことは謝るし、もうカギも盗まない。誓うよ。でも、その代わり……この子は、許してほしいんだ」

 

 

 そして、そう持ち掛けた。

 ヤマトの背の後ろで、日和の身体がびくりと跳ねた。その手が、恐らく本人も気付かぬうちにヤマトの着物の裾を掴む。

 カイドウはそんなヤマトにようやく冷や汗を消し、代わりに怪訝な表情を浮かべた。

 

 

「……許す? 何をだ」

 

「怪我が治るまで、この子をウチで匿うことを。……できれば、治った後もちゃんと自分で生きられるようにしてあげたいんだ」

 

「あの……カイドウ様、私からもお願いします。その子は親がおらず、今日の飯の種にも困るような暮らしをしているかわいそうな子なんです……!」

 

 

 ブラックマリアも、ヤマトに続いて声を上げた。龍のカイドウを目の前にしてその身体は微かに震えているが、それでも日和のために黙ってはいられなかったのだろう。

 だがカイドウはそんなブラックマリアの頑張りにも情を移すことはなく、淡々と続けて口にする。

 

 

「孤児なんざ、今のワノ国には山ほどいる。そんなガキ共の一人でしかねェそいつに、わざわざ目をかけてやる理由がどこにある? ウチは慈善団体じゃねェんだぞ」

 

 

 ある意味、組織の長として当然の冷徹さだ。とはいえその威圧感は本物で、ブラックマリアも思わずといったふうにその口を閉ざしてしまう。

 そしてヤマトも、カイドウを説得するに足り得る言葉は頭になかった。咄嗟に返す言葉が出てこない。

 が、その時。意外にもジャックが、黙り込むしかない二人に代わってカイドウへ返した。

 

 

「理由はあります。さっき、おれたち三人で逃げちまったこいつを追いかけていたんですが……なかなかの足でした。そしてその道中、大人の戦闘員を七人倒してます。ヤマト坊ちゃんの助けがあったとはいえ、度胸は本物でした」

 

「……つまり、何が言いてェんだ、ジャック」

 

「鍛えれば、きっといい戦力になります。少なくともそこらの雑兵よりは強くなるでしょう」

 

 

 顔を寄せるカイドウに対し、ジャックは信奉するだけあって恐れることなく堂々と答えた。

 そしてその、日和を匿うための理由。確かに、恐怖心が引き出したものであるのかもしれないが、その身体能力は本物だった。きちんと鍛えれば強くなることは間違いない。

 そして強くなれる素質があるのなら、

 

 

「こいつを百獣海賊団に入れてやってください。そうしたら、何の問題もねェはずです」

 

 

 カイドウは、それを受け入れる。なにせ百獣海賊団は、強さで全てが決まる組織なのだ。

 例え子供であろうと、強ければ“上”へと行ける。そしてカイドウ自身も、今現在、大名たちを監禁しているように、かつての敵でも強ければ部下に引き入れようとするような気性だ。侍の娘という肩書は、当然、カイドウが日和を拒絶する理由にはなりえない。

 

 

「……なるほどな。なら――」

 

 

 故に、もちろんカイドウは頷いた。日和が強くなるのなら世話でも何でも好きに焼けと、そう認めて、万事解決――

 ――とは、やはりならない。

 

 

「いやッ――!! 私、入らない……っ!! 父上と母上を殺して、ワノ国を滅茶苦茶にした百獣海賊団になんて……絶対、入らないからッ……!!」

 

 

 カイドウが認めようと、日和がそれを良しとするかは別問題なのだ。ワノ国の民であり、両親を殺された日和は、やはり悲鳴のような拒絶を叫んだ。

 

 そして何かに弾き飛ばされたような勢いで、ヤマトの背中から飛び出した。その手はやはり無意識にヤマトの服の裾を掴んだまま、日和は涙が溢れるほどの恐怖に耐えて、カイドウへと立ち向かう。

 そんな日和を、ブラックマリアが顔を真っ青にしながらたしなめた。

 

 

「そ、そんなこと言うもんじゃないよ! そりゃあ、気持ちがわからないとは言わないけれど……でも、入らないと殺されちまうんだよ!? ねぇ、ヤマト坊ちゃん!?」

 

「………」

 

 

 ブラックマリアが、お前も何か言ってやれとヤマトに応援を求めてくる。が、しかしヤマトは日和の説得に加わることはできなかった。

 

 日和が纏う覚悟が、ひしひしと伝わってヤマトの口を塞いでいた。

 日和の覚悟のその固さが、はっきり理解できてしまったのだ。今この場で何を言おうと、日和のそれはへこみすらしないだろうと。

 そんな誇り高さを以ってして、日和はさらに身を震わせた。

 

 

「ひゃ、百獣海賊団に入るくらいなら、侵入者としてこ、殺された方が、マシ、だもん……っ!! 許されないなら、っこ……殺せば、いい……ッ!!」

 

日和(・・)ッ!!」

 

 

 ブラックマリアが悲鳴を上げるようにその名を呼ぶも、日和には意味を成さない。

 日和はまっすぐ、言い放った。

 

 

「私は……私はっ! 偉大な、武士の娘っ!! 無様に命を乞うたりしないッ!! カイドウ……わたしはあなたを、絶対に許さないからッッ!!!」

 

 

 圧倒的な気迫と共に、日和の決意は放たれた。

 その力強さに、その身体に取りすがるブラックマリアも一瞬身を固くした。ジャックすらもがその顔に緊張を滲ませる。

 

 そしてヤマトも、ある種の衝撃を受けていた。既視感、と言ってもいいだろう。か細く小さな、ほんの僅かな印象ではあるものの――かつて眼にした光月 おでんの面影を、決意で濡れた日和の顔に認めることになった。

 偉大な侍、おでんの誇り。日和は胸に、そんな思いを抱いているのだ。

 

 カイドウも、それに気が付いた。

 殺し合い、トドメを刺した間柄であるカイドウは、ほとんど伝え聞きでしか知らないヤマトよりもよほどおでんという男を知っている。故にヤマトが抱いた既視感も、より強く感じ取っていた。

 より強く、おでんの面影を想起して――そして。

 気付いたそれに、カイドウは龍の瞳孔を真ん丸に見開くことになった。

 

 

「……おい、ブラックマリア。今、なんて言った?」

 

「えっ……あの、ええっと……?」

 

 

 名指しされ、固まっていたブラックマリアの身体が今度は跳ねる。慌てて反応したものの、しかし言わんとすることが分からず、聞き返されたカイドウの苛立ちを覚悟して首を傾げてみせるしかなかった。

 

 が、カイドウは目を見張り、唖然としているままだった。唖然としたまま、問いを重ねる。

 

 

「このガキだ。このガキの――名前(・・)を、言ってみろ」

 

 

 名前(・・)。聞こえてきたそれは、カイドウにとって聞こえてくるはずがないものだった。故に聞き間違えの可能性を捨てきれず、“唖然”から動けない。

 しかしその瞬間、聞き間違えでない事は明らかになった。その当人(・・)が、気付かれたことに気付いて戦慄をみせたのだ。身が凍り、直後、バレるわけにはいかないと本能的に、ブラックマリアへ手が伸びる。

 

 もはや何もかもが手遅れだった。手は露見を止めるのには間に合わず、そしてそもそも、その名前は彼女自身がヤマトたちに明かしてしまっている。

 彼女の名前は、そうしてカイドウに明かされた。

 

 

「こ、この子は……日和です。苗字は知らないけれど、でも全然、おかしな名前でも――」

 

「――光月だ」

 

 

 そして、ついさっきヤマトが繋げ損ねた“あり得ない偶然”を、カイドウは捉えてしまった。芋づる式にカイドウの頭の中に当時の情景が蘇り、視覚情報とも一致を果たす。

 

 

「そうだ……おでんの息子を始末しに行ったおでん城で、おれは確かにお前の顔を見ている……! ああ、間違いねェ」

 

「お、お父さん……何が、間違いないの……?」

 

 

 ヤマトは恐る恐るにカイドウへ尋ねる。否、気付いてはいた。もはや今の状況で気付かないはずもない。

 だがそれでも信じられなかったのだ。なぜならそれは、やはりあり得るはずもない偶然で――そして、自分がおでんであるという自負を跡形もなく砕かれてしまいそうなほどの、あんまりな悲運であったからだ。

 

 カイドウは、恐怖のあまり息すら荒くなっている日和を凝視したまま、言った。

 

 

「光月 日和。こいつはおでんの……実の娘だ」

 

 

 つまりヤマトは、光月家の人間を――ワノ国を支配するカイドウにとって生かしておけない真の将軍家の末裔を、カイドウの目の前に運び込んでしまったのだ。

 助けようと、そう思って連れてきたのだ。そんな残酷な現実、到底信じられるものではなかった。

 

 

「そんな……っ! ううん、あり得ないよそんなの! だって日和とは、ただの偶然……偶然町で話を聞いて、見つけただけなんだよ!? それがおでんの娘だなんて、そんなの――」

 

「間違いねェ。実際、おでん城の焼け跡からは赤鞘九人男はもちろん、おでんの息子のモモの助の死体も出てこなかったんだ。あの夜、確実に死んだのは、おでんの妻である光月 トキただ一人」

 

「っ――!!」

 

 

 光月 トキの名前に、日和の身体が一際冷たく強張った。

 そして、ヤマトもとうとう思い出す。カイドウが現れる直前、日和に詰め寄られたその時彼女が見せた、怒りと悲しみに満ちたあの言葉。

 やはりあの『父上』は、おでんを指していたのではないだろうか。

 であれば、ヤマトにあれほど激甚な怒りを見せたのも納得がいく。むしろ、そうでなければ説明がつかない。

 

 つまり――日和がおでんの娘、光月 日和であることは、真実であるのだ。

 ヤマトはおでんであるのに、自分の娘に気付かず彼女を破滅へ追いやってしまったのである。そう思い知らされたヤマトの内心に、後悔と自責の念が吹き荒れる。自分で自分を縊り殺してやりたい気分で、ヤマトはその時、腹を切って死ぬ侍の気持ちが身に染みて理解できたような心地だった。

 

 ――がしかし、今ヤマトが切腹することは許されない。自分の命にはまだ使い道があるはずだと、ヤマトは折れてしまいそうな足を踏ん張って、立ち上がった。

 そして、震える日和をカイドウから庇うように、両手を広げて立ち塞がった。

 

 

「……どうした、ヤマト」

 

「お父さんこそ、どうする気なの」

 

 

 ヤマトの行動に眉をひそめたカイドウに、ヤマトは逆に聞き返す。ちらりと、こちら(日和)へと向けられた龍の鉤爪に眼をやってから、改めて、一歩も引かぬ決死を以ってカイドウを睨め付ける。

 

 

「オロチが言ってた。光月家は、一家皆殺しなんでしょ? ……もし、お父さんが日和を殺す気なんだとしたら……」

 

「だとしたら、何だ」

 

「絶対に、そんな事させない。日和はぼくが……死んでも、守るッ!!!」

 

「や、ヤマト坊ちゃん……!」

 

「坊ちゃん……」

 

 

 決死の決意。目の当たりにし、ブラックマリアとジャックの心がかき乱される。

 だがもはや、二人にすらヤマトは止められない。それほどの意思を見せつけられ、そしてその強固さはカイドウにも伝わった。

 一瞬の瞑目と共に、カイドウは「そうか」と息を吐き出した。確かめるように、口にする。

 

 

「それは、お前がおでんだからか?」

 

「そうだよ、当たり前だ! ぼくは何があっても、絶対おでんなんだから……娘が殺されるのを見過ごせるわけがない!」

 

 

 例えその原因を自分が作り出してしまったのだとしても、否、だからこそ、ヤマトはこれだけは譲れない。おでんとして、いつかワノ国を救う者として。

 

 

「絶対に、日和は殺させない!! 今から百獣海賊団やオロチと全面戦争することになっても、絶対に見捨てたりするもんか!!!」

 

「ッ……!!」

 

 

 ヤマトが背に庇った日和の震えが、止まった。

 ジャックとブラックマリアも言葉を呑まれ、しばし静寂が場に流れる。がやがやと、下方のライブフロアで人がひしめく音までもが上ってくるほど静まり返り、そんな中で、カイドウはふと、意識を己の頭へ向けた。

 

 思案顔が続く。ヤマトはそれに最大限の警戒を構えつつ、全身を緊張させて出方を窺っているほかない。

 そうして実に十数秒、緊迫した空気は続き――そしてその時、とうとうカイドウが口を開いた。

 

 

「……娘、か。だがヤマト、お前がおでんだとしても……こいつは()じゃなくて、精々()ってとこだろう。確かお前ら、歳も近いはずだ」

 

「え……? あ、うん。そうかも……?」

 

 

 だが警戒の果てに出てきたのは、緊張感など欠片もないそんな言葉。思わず力が抜け、ヤマトは生返事を返してしまう。

 そして遅れて、決死の覚悟を茶化されたようで、憤りが湧いてくる。「歳が近くて、だからなんだ」と、思わず苛立ちに任せて言い返そうとして――しかしそれが口から出る前に、下のライブフロアに眼を向けたカイドウが巨体通りの大声を張り上げた。

 

 

「おい、キング!! 例の奴ら、こっちに連れて来い!!」

 

 

 その声量は、つい耳を塞ぎたくなるほどのもの。事実、ヤマト以外の三人は顔をしかめて両手を耳に当てている。

 だがヤマトは残った危機感を以ってして、辛うじてそれに耐えぬいた。そしてそれ故に、はっきりと耳にする。

 曰く、『例の奴ら』。心当たりはまるでない。ジャックとブラックマリアがヤマトを探していた理由に関係するのだろうかと思いつくくらいで、そして結局そのまま、心構えをする余地もなく、キングと共にその『例の奴ら』は現れた。

 

 

「お呼びで。カイドウさん」

 

「ああ、ちょうどいい場なもんでな。ここで紹介してやろう」

 

 

 カイドウと同じ悪魔の実によってプテラノドンから元の人型に戻ったキングが、その手に抱えていた『例の奴ら』を――一人の幼女と一人の赤子を、ヤマトへ向けた。

 そして――

 

 

「うるティとページワンだ。二人とも、今日から百獣海賊団に入るガキで――ヤマト、お前の妹と弟だ(・・・・・・・)

 

「…………えっ」

 

 

 カイドウは、そんな事を宣った。

 

 当然、ヤマトの思考は停止する。理解できるはずもない。いきなり見知らぬ赤子と幼女――いや、幼女のほうも赤子と言っていいほどに若年だが――を紹介されて、新しい兄弟だなどと突然言われて、ああそうなんだと受け入れられる方が稀だろう。

 実際、うるティとページワン自身も状況がよく理解できていなかった。そもそも幼すぎるということもあるが、けれどもしかし、うるティのほうは幼いながら言葉の意味を理解して、その突拍子のなさに声を上げた。

 

 

「いもうとと、おとうと……? なんだそれ! あたしはぺーたんのおねえちゃんで、ぺーたんはあたしのおとうとだ! おまえ、ペーたんにヘンなことするきなら、ゆるさないでありんす!」

 

 

 キングの腕の中で弟を守るように抱きながら、うるティがヤマトを威嚇する。だがヤマトも、そしてカイドウも、もはやそんなことは意識の外だ。

 

 これも全て、すっかりカイドウの愛読書となった育児書の賜物だった。

 曰く、『兄弟の存在は子供の社会性を育む助けになります』とのこと。要するに、お互い影響し合って強く育ちます、という意味だ。

 

 そう読み解き、そしてたまさか縁があったこともあり、カイドウはうるティとページワンを引き取ることを決めたのだ。とはいえ、殺し合って鍛え合うには少しばかり歳が離れすぎているだろうかという懸念が拭いきれずにいたのだが――

 それも、なんとも都合のいい偶然(・・)の下、今や解消されたのだ。

 

 故に、今のカイドウは案外と機嫌がよかった。少なくとも、日和の生存によって起こる様々な面倒ごとも呑み込んでしまえるくらいには、機嫌がいい。

 だから何の忌憚もなく、カイドウはあっさりそれを言ったのだった。

 

 

「こいつらと一緒に、日和もヤマトの妹にする(・・・・・・・・・・・)!!」

 

 

 もはや全員、頭の中から思考力は失われた。

 

 

「おでんの息子はダメだったが、娘は多少は見込みがあるようだし、ヤマトたちも気に入ってるなら尚のこと都合がいい! オロチのバカも、うまい具合に誤魔化しちまえばいいだろう! 誰も損をしねェいい方法だと思わねェか? ウォロロロロ!」

 

「ま……待ってくれ、カイドウさん! 妹……!? うるティとページワンはともかく、日和というのは、確か……」

 

 

 その中で衝撃を重ねておらず、比較的まともを保っていたキングが慌てて止めるが、機嫌よく鼻歌まで歌っているカイドウの耳には届かない。

 

 

「一度に三人も家族が増えるとは……今日はめでてェ日だ!! ウォロロロロ!!」

 

 

 そう笑い、上へと昇って去っていくカイドウの姿を、日和含めて全員が唖然としたまま見送ることしかできなかった。

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