パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした 作:だいたいねむい
「おいこらテメェ、いいからさっさとその鞄を寄越せや!」
路地の暗がりから響いてくる怒声。
覗いてみれば、すこし先にある街灯の下で大柄なチンピラ風の男が若い女が言い争っているのが見えた。
男は女の鞄を奪おうとしているようだった。
『ご主人、あれは……』
「あー、分かってる」
俺はこめかみをグリグリと揉んだ。
言うまでもない。追いはぎだ。
シルさんからは、ケルツは商業都市ゆえに治安もあまりよろしくないと聞いていたが……早速その現場に遭遇してしまったらしい。
「はあ……」
面倒だな、と心底思った。
このまま見て見ぬふりをして、宿に帰った方がいいじゃないか、とまず考えた。
ここはダンジョンじゃなく、街中だ。
誰かを助ける義務なんてない。
そもそも論として、異国で面倒ごとは起こしたくない。
だが……
このまま宿に戻って気分よく床に就けるか?
明日にはきれいさっぱり忘れて、ゲイザーを探しに行けるのか?
それは無理だ。
「……あぁ、クソ!」
俺は思い切り毒づいてから、路地裏に足を踏み入れた。
◇
「おいこら、暴れるんじゃねえ……さっさと手を離しやがれ! 中身が壊れるだろうが!」
「いーやーでーすー! 渡したら師匠にぶっ殺されるッス! ちょっ……マジでダメだって!」
状況はかなり悪かった。
すでに鞄は男の手に渡っており、それを女がどうにか紐を握りしめて耐えている状態だ。
このままでは、鞄が奪われるのは時間の問題で……うん?
あの口調と快活そうな服装、それにオレンジの明るい髪色。
見覚えのある顔だった。
……そういえばアイツ、トレスデン出身だったな。
『ご主人、早く助けましょう!』
『あーしも準備できてるよー?』
「まあ、二人とも少し待て」
俺はやる気満々のセパとレインを制止する。
『えーなんで? あーし、はやく食後の運動したい気分なんだけどー?』
『なぜですか? もしかしてあの女性が好みでなかったのですか?』
「そうじゃねえよ! アイツは聖剣工房時代の知り合いだ。見た目から想像できないくらい腕っぷしが強いんだよ。むざむざ追いはぎされるようなタマじゃない」
『はあ……そういうことなら、早く言ってくださいご主人』
『えー、ちょっと期待したのにー……』
俺の説明に、二人が残念そうな声を上げる。
つーかレインはともかくセパは俺のことなんだと思ってんだ……
明日の朝食抜くぞ。
「そもそも、お前らだってケンカ相手をいきなり横取りされたらムカつくだろ? ……とはいえ、万が一の状況に備えて実体化は解いておけ」
『そんなのご主人だけだと思いますが……ともかく、了解です』
『確かにそーかも……りょーかーい』
セパがなぜか呆れていたが、レインには俺の考えが伝わったようだ。
二人の姿が消える。
それを確認してから、俺は言い争う二人からすぐ近くの物陰に身を潜めた。
何かあれば、すぐに飛び出して男を制圧できる距離だ。
そうこうしているうちに、抵抗を続けるリタに男がしびれを切らしたようだ。
「ちょっと優しくしてやったら調子に乗りやがって……いい加減にしろよこのアマッ!」
「おわっ!?」
男がリタの鞄を掴んだまま、反対の手で彼女を殴りつけた。
が、彼女は顔を背け、紙一重でこれを躱す。
「へへーん、そんなハエの止まりそうなパンチ、あたしには当たらないッスよ~。……そのムキムキは見せかけッスかぁ?」
リタはその場から逃げるでもなく、あろうことか挑発。
うんうん、コイツはそういうヤツだ。
俺は自分の考えが間違っていなかったことを確信し、小さく頷いた。
「んだと……!?」
男の顔に青筋が浮かぶ。
が、それも一瞬だった。男の顔がスッと無表情になる。
「上等じゃねえか。……ならば、分からせてやるよ」
冷えた声とともに、男がパッと鞄から手を離した。
「おっとぉ!?」
当然、引っ張り合いを続けていたリタはバランスを崩す。
両手には、鞄の紐を持っている。
これでは男の攻撃は防げない。
「この俺に舐めた口をきいたことを後悔するんだな!」
男の剛腕が、リタの腹部へ叩き込まれ……なかった。
「よっ」
彼女はまるで猫のように身をよじり、これを躱したのだ。
「な……なんだとっ!?」
予想外だったのか、男の顔が驚愕に歪む。
「はあ……おじさん、ダメッスよ。ダメダメッス。そんな見え見えの喧嘩殺法、一生かかっても掠りもしないッスよ!?」
男から数歩離れた場所で、リタがチッチッと指を振る。
すでに鞄は取り戻した格好ではあるが、彼女は路地の建物を背にしている。
逃げるにしても、もう少し位置をずらす必要があった。
煽りはその作戦の一つだろう。
「くそっ! だったら……コイツはどうだ!」
男が離れた場所で、地面を抉るようにして蹴りを繰り出す。
同時に砂埃や小石が舞った。目潰しだ。
が、これも彼女は鞄を盾にして防ぐ。
「はい、それもお見通しッス! 仕方ないッスね……師匠からは禁止されてるけど、ちょっとだけ格闘のお手本ってのを見せちゃおうっかな……打撃てのは、こうやって……
リタが鋭く呼吸を吐き出し、男に接近。
「くっ!?」
男は両手を上げ、彼女の攻撃に備えるが……
ベキャッ。
男の顔面にリタの拳がめり込んだ。
彼女は拳を
「ぐほぁっ!?」
どういうわけかリタのパンチはかなりの衝撃だったようだ。
大柄な男が鼻血を吹き出しながらフラフラとよろめく。
だがヤツもアウトローの矜持からか、どうにか踏みとどまった。
「舐めんなよ、このアマ……!」
「へえ……やるッスねぇ、おじさん。さっきのはクリーンヒットしたと思ったんだけどなぁ」
「るせぇっ! ……女子供にシバき倒されたなんて知れちゃ、明日から
「ふーん、まあ次で仕留めるッスけどね? 追ってこられても面倒だし、そろそろ帰らないと師匠にぶっ殺されるッスからね。遊びはおわりッス」
言って、リタは深く腰を落とした。
半身に構え、右拳は大きく引き絞っている。
相手の攻撃に合わせた
「ほざけっ! うおらぁっ!!」
だが、男の方はそんなことお構いなしで突っ込んでくる。
こちらも太い腕を大きく振りかぶり、渾身の殴打をリタ目がけて放った。
それは、破れかぶれの特攻に見えた。
だが……
『ご主人』
「ああ、分かってる」
男は俯きながら、軽くほくそ笑んでいた。
そして、反対の手は自分の腰で隠すようにしている。
だが、ここからならその手に小さなナイフが握られているのが分かる。
刃は黄色い液体で濡れていた。
おそらく麻痺毒の類だろう。
なるほど、これまでの大味な打撃は目くらましか。本命はそのナイフ。
ケンカのやり方としては狡猾で悪くない。
リタは拳を回避するのに集中しており、男のナイフには気づいていない。
はあ……さすがに見物はここまでか。
「セパ、レイン。そろそろ出番だ」
『了解、ご主人!』
『はーい、マスター!』
二人を抜き放ち、一呼吸で二人の間に割り込む。
「そこまでだ」
「なっ!?」
「へあっ!?」
カキン!
男が突き出そうとしていた隠しナイフをセパで弾き、レインの刃を男身体に軽く触れさせる。
「がはっ!?」
とたん、男がグルンと白目を剥いた。
そのままガクンと膝を屈し、顔から地面に突っ込んだ。
「――――」
男は起き上がってこない。
かなり手加減したとはいえ、レインの刃を当てたのだ。
酷い魔力欠乏を起こしているだろうから、小一時間は起き上がる事すらできないだろう。
こっちはこれでよし、と。
「な……なんスか!? おじさんの増援……じゃないッスね」
突然の闖入者に、リタは構えを取ったまま固まっている。
そんな彼女に、俺は気安い声を掛けてやる。
「ようリタ、久しぶりだな」
「はぇ……? ……ってもしかしてブラッド先輩っすか!?」
そこで、彼女はようやく俺が誰なのかを認識したようだ。
ただでさえ丸っこい目が、大きく見開かれる。
「おう。元気そうでなによりだ。しばらくぶりだな」
「ウッス! 先輩、お久しぶりッス!」
構えを解き、俺に向かって直角にお辞儀をするコイツは……
聖剣工房時代の後輩、リタ・ファニックだった。