パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第110話 『後輩の師匠』

 リタの先導で、夜のケルツを歩いてゆく。

 

 いつしか人通りが少なくなり、気づけば路地裏深くに入り込んでいた。

 

 進んでいる道は両脇にそびえる高い建物のせいで月光すら届かず、完全に夜の闇に沈んでいるような状態だ。

 

 だが彼女はそんな暗さをものともせず、しっかりとした足取りで進んでゆく。

 

「おいリタ、本当にこっちなのか?」

 

「あっ、だいじょーぶッス。この辺ごちゃごちゃしてるけど、ただの住宅街ッスから。あ、暗かったら明かりつけて下さいね。あたしはここら歩きなれてるし多少は夜目が効くんで大丈夫ッスけど」

 

「じゃあ、そうさせてもらう」

 

 さすがに土地勘がない俺には、この暗闇はきつい。

 

 彼女の勧めに従い、魔導鞄(マジック・バッグ)からダンジョン用の魔導カンテラを取り出して明かりをつけた。

 

 うむ、これで多少は足元が見やすくなったな。

 

「あ、ここッス」

 

 しばらく進んだところで、リタが足を止めた。

 

 ちょうど狭い路地を抜け、少し広い通りに出たところだ。

 

 人通りは全くないものの、ここは魔導灯の蒼褪(あおざ)めた明かりに照らされ、立ち並ぶ建物の様子がよく分かった。

 

 彼女が手で指し示したのは、古びた石造りの建物だ。

 

 両脇に立ち並ぶほかの建物よりはるかに年季の入った佇まいは、まるでダンジョンの入口を思い起こさせる。

 

 実際、そのような演出が施されているようだ。

 

 風化したように崩れかけたように見える石の階段、黒錆加工された鉄製の手すり。

 

 外壁にはツタが這いまわり、鬱蒼と生い茂っている。

 

 とはいえ、階段にはきちんと足が乗るだけのスペースが確保されているし、手すりは見た感じかなりしっかりとしたものだ。

 

 階段の上にある木製の扉には蛇の魔物を象った複雑なレリーフ加工が施されており、さらにその下部には古風な書体で『エキドナ魔道具店』と彫刻された鉄製のプレートがはめ込まれていた。

 

 ここの店主、なかなかに美意識が高いタイプだな。

 

 ……ざっくばらんな性格のリタとは正反対な気がするが、本当にここが彼女の師匠がいる店なのだろうか?

 

「先輩、どうぞ! ちょっと店内、散らかってるかもですけど……」

 

 リタに促され、古びた扉をくぐり店内へと入る。

 

 むわっ、とむせかえるようなお香の匂いが鼻腔をくすぐった。

 

 薄暗く、雑然とした店内だ。

 

 ところどころに置かれた蝋燭の火がゆらゆらと揺らめいており、それが雑多に置かれた商品のシルエットを曖昧に浮かび上がらせている。

 

「なかなか雰囲気のある店だな」

 

 店内の様子を見る限り、ジャンルとしては素材屋兼魔道具屋といったところだろうか。

 

 黒く捻じれた何かの角、干した果物のような素材、妖しく燐光を放つコケのような素材。おっ、あっちにあるのは蟲系魔物の尾殻だろうか?

 

 並べてある商品は王国では見たことがないものがが多い。

 

「…………」

 

 若干テンションが上がる。

 

 そして、薄暗さに目が慣れてくると……壁には杖が何本も吊るされているのが分かった。

 

 これは……魔術杖だな。

 

 なるほど、だんだん分かってきた。

 

「リタ、正解を言うぞ。お前、魔術杖職人に転職したんだな」

 

「うーん……ちょっと違うけども……一応正解ッス!」

 

「なんだそれ。魔術杖職人じゃないのか?」

 

「いや、だいたい合ってるんスけど、微妙に違くて――」

 

 と、そこで店の奥からシュルシュルと衣擦れのような音が聞こえた。

 

「あら、リタ? 帰ったのなら、きちんと報告してもらわないと困りますよ」

 

 現れたのは、妖艶な雰囲気を持つ美しい女性だった。

 

 赤銅色の肌と額のツノ、そして下半身が大蛇であることを除けば……だが。

 

『ご主人、あの方は獣人ですか? 随分と人族とはかけ離れた容姿をしていますが』

 

『なんだか、魔物っぽいね』

 

『レイン、お前がそう思うのは半分合っている。あれは魔族だ。魔族とは、魔物の特性を持った種族だからな』

 

 そう。

 

 目の前の女性は、明らかに魔族だった。

 

 しかも、上級魔族とされる蛇魔族だ。

 

 身のこなしは俊敏で変幻自在。蛇の胴体から繰り出される強烈な尾撃や巻き付きは岩をも粉砕し、おまけに毒や魅了などの状態異常系魔術に長けている。

 

 中堅冒険者程度のパーティーならばたった一人で瞬時に殲滅させるだけの戦闘力を持つ強力な種族だ。

 

 いくらトレスデンが魔族領と交流を持っているとはいえ、こんな場所で出くわしていい相手じゃない。

 

 俺はいつでもセパとレインを引き抜けるよう構えながら、リタの方を見た。

 

「おいリタ」

 

「あっ、師匠! ただいまッス!」

 

「……なんだと?」

 

「お帰りなさい、リタ。それで……そちらの方々(・・)は?」

 

 蛇魔族がこちらを向く。

 

 彼女は目を布で覆っていた。

 

 盲目なのだろうか?

 

 だが、何らかの方向で俺を認識しているようだった。

 

 いや……さっきコイツは俺を指して『方々』と言った。

 

 実体化していないセパとレインも視えている(・・・・・)らしい。

 

 そんな『師匠』の様子を、リタは気にしていないようだった。

 

 相変わらずのテンションで、元気よく話し出す。

 

「ご紹介します、師匠! こちらは、あたしの聖剣工房時代にめっちゃお世話になった先輩、ブラッド・オスローさんッス。なんでもケルツに用事があってやってきたらしくて、さっき偶然会いまして!」

 

 ……彼女の様子からして、『魅了』などによる精神操作を受けている様子はなかった。

 

 そもそも『魅了』は著しく思考能力を奪い、対象にしか意識を向けることができなくなるようにする魔術だ。

 

 だからリタが俺と会った時に、あのように馴れ馴れしく話しかけてくることはありえないし、元気に会話を続けることは不可能だ。

 

 となると、リタは正気のまま目の前の魔族を『師匠』と認識していることになる。

 

 …………マジか?

 

 リタの紹介を受け、蛇魔族が少しだけ前に進み出て頭を下げてきた。

 

「……お初にお目にかかります、ブラッドさん。この店の主、そして彼女の魔道具造りの師匠をさせて頂いております、エキドナと申します。申し訳ありませんが、見ての通り私は盲目でして。不格好ですがご容赦くださいね」

 

「…………ブラッド・オスローだ」

 

 そうなると、こっちもいきなりケンカ腰で応答することもできない。

 

 仕方なく、軽く会釈。

 

「……なるほど。つまり貴方は聖剣工房時代の同僚、というわけですね」

 

「……ああ、そうだ」

 

 彼女は口元に笑みを湛えている。

 

 お互い挨拶も済んだ。

 

 お互いの素性も大体判明した。

 

 ならばここで歓談……となるところなのだろうが。

 

 なぜか俺は、肌にピリピリとまとわりつく空気を感じていた。

 

「……それでは」

 

 言って、彼女は近くに立てかけてあった魔術杖を手に取り……それを、俺に突き付けてきた。

 

「ブラッド様。初対面でのご無礼、とても申し訳なく思いますが……私と一本、お手合わせ願えませんか?」

 

「……は?」

 

「……ふぁっ!?」

 

 エキドナのいきなりの申し出に、俺とリタの声が重なった。

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