パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第111話 『先輩vs師匠』

「貴方がリタの同僚というのならば、あえて理由を語る必要はないでしょう? もちろん私が本気を出すつもりはありません。ですが、せっかくですのでトレスデン土産に私の作品を味わって頂きたいのですよ」

 

 言って、エキドナが魔術杖をこちらに向けてきた。

 

「いやいやいやいや待て待て待て待て!」

 

 俺がリタの元同僚だから戦う?

 

 まったく意味が分からんぞ!?

 

 まだ、魔族だから人族の俺が憎いだとか嫌いだとか、そんな理由で襲い掛かってくるのならば理解のしようもあるのだが。

 

 とはいえ、ここには彼女とケンカをしにきたわけじゃない。

 

「落ち着いてくれ、エキドナさん。俺たちは人族と魔族だが、話し合えるはずだ!」

 

「ちょっ……師匠、いきなりどうしたんスか!? この人はあたしの先輩ッスよ!?」

 

 リタもこの状況は想定外だったようだ。

 

 慌てたように、俺とエキドナの間に割って入った。

 

「なあエキドナさん、もしあんたの身内が王国の誰かと戦って傷を負ったり戦死していたのなら、気の毒だったとは思う。だが、俺はアンタを知らん。だから戦う理由はない。武器を収めてくれ」

 

 だが、魔術杖を構えたまま、エキドナの表情は揺るがない。

 

「身内……? 別に私は、王国に対しても人族に対しても仇にも恨みにも思っておりませんよ」

 

「だったらなぜだ!?」

 

「決まっているでしょう? 貴方がかつてのリタの元同僚だった。その事実だけで戦うに十分な理由です。――『顕現せよ』」

 

 口の端を歪ませると、エキドナが魔術杖を一振りした。

 

 次の瞬間。

 

『ガウゥッ!!』

 

 突如、天井に張り付く(・・・・・・・)ようにして(・・・・・)、三体の大型犬が出現した。

 

 もちろんただの犬じゃない。

 

 身体は半透明に透けており、うっすらと白く光っている。

 

 霊体だ。

 

「ちょっ!? それはシャレになってないっスよ師匠ォ!?」

 

 唸り声を上げる霊犬たちを見て、リタが悲鳴を上げる。

 

「いいから貴方は下がっていなさい。怪我をしますよ」

 

「リタ、下がってろ。素手じゃ怪我するぞ」

 

「ひいいぃっ!? なんなんスか二人ともおぉっ!?」

 

 俺とエキドナの警告で、さすがのリタも危険だと判断したようだ。

 

 慌てて店の奥に引っ込んだ。

 

 それを確認して、彼女はさらに薄く笑う。

 

「さて、これでいいでしょう」

 

「……一応聞いておくが」

 

 俺は言った。

 

「俺とリタの仲に免じて、ここらでこの犬たちを収めてくれないか?」

 

「それならばなおさら無理な相談です」

 

 きっぱりと言い切るエキドナ。

 

 そして捲し立てるように続けた。

 

「貴方たちが見て見ぬ振りをしたあの子が、どんな思いで王都を去ったのか……知らないわけはないでしょうッ! 少しは恥を知りなさい」

 

 震えるような、腹の底から絞り出したような、低い声だった。

 

 この魔族……

 

 なるほど。

 

 このケンカがどういう理由で吹っ掛けられたのか分かった。

 

「あんたは――」

 

 言いかけたが、やめる。

 

 誤解だとか、お前は間違っているだとか、今さら言葉を尽くしたところで、彼女の気持ちは収まらないだろう。

 

 ならばその頭に昇った血を、俺の話を聞けるようになるまでキッチリ冷ましてやろうじゃないか。

 

 俺は腰からセパとレインを引き抜いて、言った。

 

「いいだろう。このケンカ、買ってやるよ」

 

「ケンカなどになりませんよ。貴方は這いつくばるだけですから――『駆けよ』」

 

『ガウッ!』

 

 エキドナの命令とともに霊犬が素早く散開。

 

 壁や床、それに商品の棚などを蹴り、狭い店内を縦横無尽に駆け回る。

 

「くふふ……どうですか? これは魔術杖ですが、降霊の術式に特化したものです。この()たちは、ダンジョンに巣くうブラック・ドッグの霊体。獲物に食らいつけば、死ぬまで離しません」

 

『ガウッ!』

 

『ガルルッ!』

 

『ガウゥッ!』

 

 霊犬たちは、三体のすべてが俺の視界に入らないよう器用に立ち回りながら、狭い店内を機敏に駆けまわっている。

 

 しかし、奴らがいくら駆け回っても、棚や壁の商品がズレたり落ちたりすることはないし、着地の音もまったくしない。

 

 なにせ霊体だからな。

 

 なるほど、ブラックドッグの機動力と霊体ゆえの隠密性が合わさると、なかなかに厄介である。

 

 だが。

 

 俺の所感としては、その程度(・・・・)だ。

 

「さて……いつまでも犬たちを遊ばせていても仕方ありません。命乞いならば今の内ですよ?」

 

「ハッ! 這いつくばらせたけりゃ、力で押さえつけてみろよ」

 

「…………」

 

 俺の啖呵に、エキドナが一瞬ピクリと頬を動かすが、すぐに冷静な顔に戻った。

 

「そうですか、ならば遠慮なく。――『嚙み殺せ』」

 

 エキドナの杖がスッと動く。

 

『ガルッ!』

 

『ガウッ!』

 

 それと同時に、霊犬たちが仕掛けてきた。

 

 別々の方向から、二体同時にだ。

 

 だが、この程度で俺を撹乱できるとでも思っているのか?

 

「あまり舐めてもらっては困るな」

 

『ギャンッ!?』

 

 タイミングを合わせ、レインを一閃。

 

 胴体を両断された霊犬が消滅する。

 

『キャインッ!?』

 

 続く一体はセパを二体目の喉元に突き刺した。

 

 その瞬間、霊犬は魔術杖からの魔力供給を断たれたのか霧散した。

 

「……っ! な、なかなかの腕前ですね。ですが……最後の一体はどう攻略します?」

 

 三体目は、視界から消えていた。気配を探るが、感はない。相手は霊体だ。物陰に隠れ唸り声を上げなければ、こちらから認識することは不可能だ。

 

 もちろん、この雑然とした店内でうかつに探そうとすれば、潜伏している霊犬に先手を取られるだろう。

 

 彼女はそれを狙っている。

 

 だから動けない。

 

 ……とはいえ、である。

 

 タイミングがないのなら、こちらが作ればいいだけの話だ。

 

「…………」

 

 張り詰めた空気の中。

 

 俺はたまらず(・・・・・・)呼吸を乱した(・・・・・・)

 

 少なくとも、彼女にはそう見えたはずだ。

 

 その瞬間。

 

「……そこっ! 油断しましたねッ!」

 

 勝ち誇ったように口の端を吊り上げ、エキドナが魔術杖を振った。

 

 気配はない。

 

 視界に霊犬はいない。

 

 だが、襲い掛かってくる方向は簡単に特定できる。

 

 視認できないのなら、死角にいるということだからだ。

 

「油断したのはアンタだ」

 

 振り返るようなことはせず、俺はそのまま襲撃の軌道上と思われるポイントにレインを割り込ませた。

 

『ギャウッ!?』

 

 犬の悲鳴。

 

 振り返れば、音もなく飛び掛かってきていた霊犬が、喉から胴体までを刺し貫かれていた。

 

 直後、最後の一体が消滅。

 

 店内に静けさが戻る。

 

「…………っ!? なっ……まさか、背後が()えていたのですか!? それとも、私と同じく魔力を読んで……ッ!?」

 

「どっちも不正解だ。残念だが、ケンカの経験値は俺の方が上だったみたいだな……さて、まだやるか?」

 

 驚きの表情を隠せないエキドナに一足飛びで迫り、首元にレインを突き付けた。

 

「……お見事です」

 

 観念したのか、エキドナが杖を手から離した。

 

 と、その時だった。

 

「はい、ここまでっ! 師匠も先輩も、ストップ! ストーップ!!」

 

 勝敗が決したと見たのか、リタが俺とエキドナの間に割り込んできた。

 

「まったく! 師匠は早とちりしすぎっス! 先輩はあたしの恩人なんスよ! だから、他のひとたちとは全然違くてっ!」

 

 ブンブンと手を振りながら、彼女に懸命に説明をするリタ。

 

「そ、そうなのですか?」

 

 言って、俺とリタを交互に見比べるエキドナ。

 

「そうッス! だからもう、争う必要はないんス! だから……あふンっ!?」

 

「あっ」

 

 リタの目がぐるん、と白目を剥く。

 

 どうやらレインの刃に身体の一部が触れてしまったらしい。

 

 彼女はそのままぐらりとよろめき……

 

「危ねえっ!?」

 

「危ないっ!」

 

 とっさにリタを抱きかかえようとしたところで、俺が差し出した腕が誰かの腕とぶつかった。

 

 エキドナだった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 盲目の彼女と視線が合うことはなかったが、気まずい空気を共有していることだけは分かった。

 

「…………あんたはそっちを支えてくれ」

 

「…………っ、わ、分かりました」

 

 彼女が頭を打たないよう二人で協力して、昏倒したリタを床にそっと横たえる。

 

「とりあえず、休戦ってことでいいよな?」

 

「そうですね。そうしましょうか……」

 

 俺の提案に、エキドナが何とも言えない様子で頷いたのだった。

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