パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第120話 『元不死魔族は企てる』

(なんなのじゃ……なんなのじゃアイツの力は……)

 

 魔物が完全に消滅し、がらんとしたダンジョンの大広間で。

 

 魔族ノスフェラトゥ――現在はノンナを名乗っている――は呆然と立ち尽くしていた。

 

 原因は、魔物から自分たちを守ってくれた冒険者の存在だ。

 

 もっともあれがただの手練れの冒険者だったのならば、鮮やかな救出劇に感謝こそすれ、敗北感まで覚えることはなかっただろう。

 

 だが、それがあのブラッド・オスローだったのなら話は別だった。

 

 

 あの男――当時は少年だったが――との因縁は、十年以上前に遡る。

 

 当時はまだ、人族と魔族が血で血を洗う抗争を繰り広げていた時代だ。

 

 そんな中、ノスフェラトゥは先代魔王の命を受け、人族との抗争の障害となりそうな人物を『排除』して回っていた。

 

 そのうちの一人が、『邪神狩り』ブラッド・オスローだ。

 

 前情報によれば、『邪神狩り』は若干十五歳の若造ではあるものの、排除リストのかなり上位に食い込んでいるという。

 

 ――『邪神狩り』か。ずいぶんと大きく出たものじゃ。

 

 当時ノスフェラトゥはそう思い、せせら笑ったものだ。

 

 分不相応な二つ名で自分を大きく見せるという行為は、己の器を知らぬ若い冒険者にはよくあることだ。

 

 実際、彼女が手に掛けた者たちの中で大仰な二つ名を名乗る者は皆、そうだった。

 

 だから、今回の仕事も簡単に終わるものだと信じて疑わなかった。

 

 ……だが。

 

 彼と対峙した瞬間に身体をバラバラに斬り裂かれ、地べたに這いつくばり……そしてノスフェラトゥは、自分の認識が完全に間違っていたことに気づくことになる。

 

 以降、彼女は自身のプライドを賭け、不死の特性を生かしつつ何度も彼に挑むことになるのだが……

 

 結局、彼を『排除』することはかなわず、戦況の変化により別の任務を命ぜられることになる。

 

 

 ――だから彼女の中では、ブラッド・オスローとの勝敗はまだ決していないことになっている。

 

 今日までは。

 

(よりによってあやつに助けられるなど、一生の不覚じゃ……ッ!)

 

「ぐ、ぐぬうううぅっ!!」

 

 やり場のない敗北感と屈辱感に支配されたノスフェラトゥは床の上を転がりまわる。

 

「ちょっ、ノンナさん!? 大丈夫っすか!?」

 

 とはいえ、その様子は他者にとっては奇行そのものだ。

 

 案の定彼女の様子を見かねたのか、同行していた冒険者の一人が心配そうに駆け寄ってきた。

 

(し、しまった……今は、人族の娘に化けておるのじゃった……!)

 

 状態異常魔術を極めたノスフェラトゥはあらゆる『状態異常』を対象に付与することができるが、これは他者に限ったことではない。

 

 自分にも『状態異常』を付与することができ、今は『変化』の術式により姿を変えている。

 

 現在ノスフェラトゥの身分は、トレスデンを中心に商売を行う『ファビオ商会』の顧問魔術師、『ノンナ』である。

 

 幸い、以前ナンパしてきた男を『眷属』にしたところファビオ商会の関係者だったため、男を使い取り入った。

 

 とはいえファビオ商会はそれなりに大手だ。

 

 そこの関係者ともなれば、間違ってもダンジョンの床で埃まみれになりながら奇声を上げ悶絶するような真似はしない。

 

 取り繕わねば。

 

 彼女はスンッ……と動きを止め、何事もなかったようにゆっくりと立ち上がる。

 

「うろたえるでない。……急に持病が悪化して身体が爆発四散しそうになっただけじゃ。何の問題もありはせん」

 

「えっ、それ大丈夫なんスか? つーかノンナさん、もしかしてさっきの戦いで、魔物に変な魔術でも喰らったんじゃ……頭がおかしくなる系の」

 

「無礼なヤツじゃな! ものの例えじゃ! お主ら、サボってないで早く行くのじゃ!」

 

「りょ、了解っす!」

 

 ノスフェラトゥが りつけると、男は「サボってるのはアンタなんだけどな……」とぶつくさ文句を言いつつも、他の冒険者たちを連れダンジョンの奥へと消えていった。

 

「……ふん」

 

 誰もいなくなった広間で、ノスフェラトゥは先ほどの戦いに思いをはせる。

 

(それにしても、ブラッドめ……久しぶりに戦いぶりを見たが、恐ろしく強くなっておったのう……先代魔王様ともいい勝負じゃぞ。とても妾では勝機を見出せぬ)

 

(じゃが……)

 

(あやつがケルツにいるということは、不死の力を取り戻すために協力させることもできるということじゃ)

 

 冷静に考えれば、これは好機だ。

 

 どうにかして、ブラッドを屈服させることができれば。

 

 それにしても、である。

 

 ノスフェラトゥは先ほどの戦いを思い返す。

 

 脳裏に映るのは、忌々しい宿敵の後ろ姿だ。

 

(あやつの背中……あんなに広かったのじゃな……)

 

 ノスフェラトゥは『ノンナ』の姿で、ほぅ……と熱い吐息を漏らした。

 

 ブラッドには屈辱感と、憤りしかない。

 

 そのはずなのに。

 

 なぜか、そのことばかりが脳裏にちらつくのだ。

 

 それに。

 

(たった一人で、じゃぞ? 妙な妖精型従魔を連れてはおったが……)

 

(恐ろしい魔物の群れにたった一人で、妾たちを助けるため、危険を顧みず突っ込んできおった)

 

(バカ者じゃ!)

 

(大バカ者じゃ!)

 

(いくら自信があろうが、実力があろうが……あのような真似をするのは、ただの大バカ者じゃ! なのに……)

 

「……ッ!」

 

 おかしい。

 

 頭を振っても、深呼吸しても。

 

 ブラッドのことを考えずにはいられない。

 

 今も、脳裏に彼の後ろ姿が焼き付いて離れない。

 

(なんじゃ、これは……このような感覚、妾は知らぬぞ……これは一体なんなのじゃ!?)

 

 気づけば、ノスフェラトゥは自分の胸元を鷲掴みにしていた。

 

 吐き出す息が熱い。

 

 胸が苦しいのに、その感覚が心地よいと感じてしまう。

 

(なんなのじゃ、これは……もしや部下どもの言うとおり、あやつに妙な魔術を掛けられたのじゃろうか……?)

 

(そう言えば、あやつは凄腕の魔術師じゃったな……昔は邪神を狩っておったくらいじゃし、この手の魔術に精通していてもおかしくはない。……そうじゃ、そうに違いない)

 

 そうだとしか、考えたくなかった。

 

 そうでなければ、妾は、あやつに――

 

「…………ッ!」

 

 ノスフェラトゥはブンブンと首を振り、わずかに生じたありえない考え(・・・・・・・)を頭から無理矢理追い出すため、自分の考えをあえて口に出す。

 

「いや……ならば話は早いのじゃ! 魔術を掛けられたのならば、術者にかけ返せばよい!」

 

 術者のことしか考えられなくなる、という『状態異常』ならば心当たりがある。

 

 これは『隷属魔術』による、ある種の精神汚染だ。

 

 しかしこの手の魔術は、やり方さえ間違えなければそっくりそのまま相手に返すことができる。

 

 それはつまり、あの忌々しいブラッドを自分に意のままに従わせることが可能になる……いうことだ。

 

 そうなればノスフェラトゥは今後彼の脅威に怯える必要はなくなるし、不死の力を取り戻す手助けをさせることすら可能になる。

 

 それどころか、いつもそばに侍らせ、あんなことや、こんなことも……

 

(ぬああ~~違う違うッ! 違うのじゃッ!)

 

 ノスフェラトゥは慌ててブンブンと首を振り、危険な妄想を頭から追い出す。

 

 やはり精神汚染が進んでいる。

 

(くっ……今すぐにでも『魔術返し』をしなければ、正気を保てぬ……とにかく、やるしかないのじゃ)

 

 やり方は心得ている。

 

 具体的には、相手の身体に触れたうえで自分の受けた術式を相手に流し込むのだ。

 

 今の精神状態では、きわめて危険な行為だ。

 

 もちろんそれは理解している。

 

 下手をすれば、完全に正気を失ってしまうだろう。

 

 だが、やるしかない。

 

 ブラッドが宿泊している宿は分かっている。

 

 魔物を倒したあと、彼と雑談をしていたときに話題に出ていたからだ。

 

 だが、さすがに直接彼の部屋に押しかけても返り討ちに遭う可能性が高い。

 

(あやつ……ミノタウロスを一瞬で蹴散らしておったからの……)

 

 あんな剣を喰らったら、今の不死を失ったノスフェラトゥはひとたまりもない。

 

 とはいえ『竜の巣に入らねば、宝を得ることはかなわぬ』だ。

 

(抵抗する隙を与えるのはマズいのじゃ。ならば、魔術返しの最中は夢うつつだと錯覚させるような仕掛けが必要じゃろうな。……幸い、それを実現するための状態異常魔術には事欠かぬ)

 

(なれば、接触するときの容姿は……なるべく現実味が無い方がよいじゃろう。そうじゃ、あの妖精従魔の姿などはどうじゃろうか? 大きさまでは再現できぬが……全く知らぬ者よりも、警戒されぬじゃろう)

 

 作戦が決まれば、あとは実行するだけだ。

 

「ククク……首を洗って待っておれ、ブラッド・オスロー!」

 

 ノスフェラトゥの高笑いが、ダンジョンの広間いっぱいに響き渡った。

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