パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした 作:だいたいねむい
「二人とも怪我はないか?」
集まってきた二人に声をかける。
後方で戦いを見守っていたリタはともかく、エキドナの方は少々心配だった。
「あたしは無事ッス」
「ええ、ブラッドさんが駆けつけてくれたおかげで、無事です。もちろん多少の傷はありますが、これはミノタウロス霊がお店を破壊したときに破片を浴びたせいですので、お気になさらず」
彼女は苦笑を口元に湛えつつ、腕やわき腹などをさすって見せた。
確かに打撲や擦過傷が見て取れたが、重症と言うほどでもない。
回復薬を使えばすぐに治癒するだろう。
「そうか、それはよかった」
とはいえ、店の方は惨憺たる有様だ。
なにしろミノタウロス霊が派手に店の前面をぶっ壊していたからな……
この状態じゃ店の経営はしばらく無理だろう。
地下にある工房は多分無事だろうから、魔道具の生産はできるとは思うが。
「あの、エキドナ様」
そのまま二人と話をしていると、セバスが声を掛けてきた。
彼は深刻そうな顔をしていた。
「お話し中、申し訳ありません。私はネメシオ商会会長……リタ様のお父様でらせられるファビオ様の執事頭を務めております、セバスと申します」
「ええ、初めまして。お話はリタからかねがね伺っております。……それでセバス様、どのようなご用件でしょうか?」
どうやら二人は初対面のようだ。
「はっ。まずは、エキドナ様に謝罪を。まさか、貴方にまでご迷惑をおかけすることになるとまでは想定しておらず……これは明らかに我々の不手際です。お怪我の治療費、そして店舗の修繕費用は弊商会にてすべて負担させて頂きますので、何卒ご容赦を」
言って、セバス氏がエキドナに深く頭を下げる。
「暴漢との戦いはともかく、店を壊してしまったのは私ですが……一応、経緯をお伺いしましょうか」
「はっ」
セバスがエキドナにこれまでの経緯を説明する。
内容は、おおむねリタから聞いたものと似たようなものだった。
要するにリタの実家であるネメシオ家のお家騒動に巻き込まれた、という話だ。
で、さきほどの猫背男は……対立しているダリオ氏が差し向けた刺客ではないか、というのがセバスの見立てらしい。
とはいえ、俺としては彼の見解には少々疑念が残るところだ。
別にセバス氏が嘘をついているとは思わないが、そのダリオ氏というのは、魔剣持ちの暗殺者を雇ってまでリタを排除したいのだろうか?
そもそもそれならば、まず狙うべきはリタであってエキドナではない。
それにさっきのヤツは明確にエキドナを狙っており、リタには目もくれなかった。
もちろん、リタに対する脅迫手段として、近しい者を傷つけるというやり方がないわけではないし、今回の対象者があくまでエキドナであったということなら暗殺者がリタを狙う理由はないのだが……
「ブラッド様」
しばらく考え込んでいると、セバス氏が俺に声を掛けてきた。
これまでとはうって変わって丁寧な態度だった。
「さきほどの鮮やかな撃退劇、感服いたしました。そこで……」
彼は一瞬だけ逡巡するように俺から視線を外したが、すぐに戻してきた。
「貴方の腕前を見込んで、折り入ってお願いごとがございます。これは弊商会からの、正式な依頼と受け取って頂いて差し支えありません」
「……リタの手前だ。一応話だけは聞くよ」
「ありがとうございます」
彼は頷くと、真剣な表情でこう続けた。
「貴方にはしばらくお嬢様の護衛としてお側に付いてほしいのです」
「えっ! どういうことッスか!?」
セバスの提案に驚きの声を上げたのは、リタだった。
「お嬢様はご不満ですか? これほど切迫した事態において、彼ほど相応しい人選はそうないかと愚考いたしますが。それとも、我々のうちの誰かがお嬢様の周辺警護に付くほうがよろしいのですか?」
「うう……たしかに先輩が一緒にいてくれるなら、すごく嬉しいんスけど……前のお付きの人は女の人だったし」
確かにセバス氏のところの黒服が一緒なのは、リタとしては抵抗感が強いだろう。
連中、揃いも揃ってムキムキのオッサンだからな。
ただ、リタが顔を赤らめてモジモジし出したのはよく分からない。
「それ良い考えです。私の力ではリタを守り切れるかどうか不安ですし、しばらく店は営業できませんし、工房も使い物にならないでしょうからね」
「師匠まで!」
なぜか半泣きで右往左往するリタ。
「俺は別に構わないぞ」
「せ、先輩もッ!?」
ゲイザーの魔力回路はすでに剥離済みだ。
仕事はほとんど終わっている。
なにより可愛い後輩の無事を確認せずにトレスデンを後にするのは夢見が悪い。
「もちろん、ただとは言いません。報酬については……そうですね。危険手当込みで、金貨十枚でいかがでしょうか。もちろん、一日あたりの報酬です。それと食住に関する費用は別途我々で負担させていただきます。このほか、護衛にあたり必要なものがございましたら何なりとお申し付けください。可能な限り、ご要望に沿わせていただきましょう」
「きっ、金貨十枚ですって!?」
素っ頓狂な声を上げたのはエキドナである。
まあ、それはそうか。
金貨一枚あれば、ひと月は食うに困らないからな。
とはいえ聖剣錬成師にとっての金貨十枚は、そう見慣れない金額ではない。
錬成する聖剣によっては、その百倍以上するからな。
まあ……どのみちリタの身の安全は守るつもりだったからな。
それで金も出るのなら、渡りに船というやつである。
「よし、受けた」
「ありがとうございます。貴方ならば、そう言って下さると思っておりました」
ホッとしたように笑みを浮かべるセバス氏。
「ただセバスさん、一つだけ言っておく」
「はい、何なりと」
「あんたたちには悪いが、コイツが魔道具職人になりたいというのなら俺はそれを応援する。護衛につくとしても、彼女の意向が最優先だ」
「もちろん、承知の上です」
セバスは言って、頷いた。
俺の言葉に少しは難色を示すと思ったが、存外素直な反応だった。
なんだかんだ言っても、彼にとってリタは大切な存在だというわけか。
「もちろん我々としては、お嬢様に商会の未来を背負って頂きたいという意思に変わりはありません。ですが今は身の安全が第一です。この期に及んでお嬢様や貴方のご意向を妨げるつもりは毛頭ございません」
「言質は取ったからな?」
「商人にとって、信用は命よりも重い。私の身分は執事ですが、ネメシオ商会の人間です。口約束とて、翻すようなことはありません」
「分かった。……俺も職人の端くれだ。あんたの心意気、確かに受け取った」
「ありがとうございます」
言って、セバス氏は深く頭を下げた。
もっとも一日で金貨十枚という報酬は貰いすぎのような気がするが……まあ、リタは大商会のご令嬢だからな。
王国で言えば、大貴族の子女の護衛任務が毎日続くようなものだ。
そう考えれば、納得の金額ではある。
「では、依頼契約成立ですね。これで私も安心できます」
「ふふ……リタ、よかったですね」
「よくないッスよ! あーもう!」
それにしても……なんでリタはこんなに顔を真っ赤にして憤慨しているんだ?
なぜかエキドナは口元がニマニマしているし、セバスはお爺ちゃんが孫を見るような目でリタを見ているし。
――そのとき、俺は全く分かっていなかった。
この国において、「男性が大商会のご令嬢の護衛任務に就く」という、その本当に意味を。